謎町紀行

プロローグ

written by Moonstone

 ちょっと眠くなってきた。…出発から4時間超えてる。手近なところで仮眠するか。ナビに目を向けると、画面の上の方に「道の駅 ハマシオ」の表示が見えている。

「道の駅で休憩しますか?」
「うん。」
「私もそろそろ休憩したかったところです。」
「ふーん。」

 我ながら素っ気ない返事。だが、会話の相手に休憩とかその要因である疲労とか、そういうものが存在したり必要だったりするのか、未だに疑問だ。こういう疑問も相手は感じているんだろうが、その点は全く触れない。気が利いていると言うか知恵が働くと言うか。
 ごく稀に車とすれ違うくらいで、同じ車線にはこの車以外走っていない。時刻は午前4時過ぎ。東の方にほんの少し夜明けの前兆が見えるが、まだ未明という時間帯。こんな時間に車を走らせるのは、根っからの夜行性か暇人か、車が居ないと見てスピードを出したいかのどれかだろう。
 道の駅の表示がナビの中央付近に近づいて来る。ヘッドライトに「道の駅 ハマシオ」の文字が浮かぶ。車は減速して右折帯に入り、律儀に一旦停止して安全を確認してから構内に入る。車は意外と居る。車は更に減速して、建物の向かい側、空いている方に移動してその一角に停まる。

「建物から離れたところに停まったね。」
「ああいう人達が苦手なので。」
「…見えるの?」
「はい。」

 ヘッドライトの明かりでチラッと見えた限りだが、ほぼ全て黒のワンボックスやミニバン。この道の駅の位置関係からして、車の主は海とバーベキューとタトゥーで繋がる系統。僕も苦手どころか関わり合いになりたくないタイプだが、こういうところまで一致してる。

「自動販売機は、此処から真っ直ぐ行って正面入り口脇です。トイレもその近くです。」
「ご丁寧にどうも。まだそれらは要らないよ。ちょっと寝から。」
「分かりました。私も休憩しています。」

 シートベルトが外れ、窓が曇りガラスのような遮光モードになってシートがリクライニングされる。ベッドよりは手狭だけど、1人で寝るには十分。それに、車中で疲れを取るには贅沢言ってられない。身体の力を抜いて、と…。
 目が覚める。まだ少しぼうっとしてるし、身体がどうも硬い。ほぼ水平に倒れるとは言え、ベッドや布団とは根本的に作りが違うからな…。うっかりしてると意識がなくなりそうな眠気はほぼ消えた。車中泊ならこれで上等と思った方が良い。

「…起きてる?」
「…あ、はい。」
「取り繕うの、反則。」
「暫く起きないかと思って、ディープスリープモードにしていました。御免なさい。」
「まず大丈夫だろうけど、防犯対策だけはしっかりね。」
「それは万全です。停車時のACS(註:Anti Crime Systemの略。警戒のみならず撃退や追跡・捕獲まで行う強力な防犯システムで、この世界ではこの車のみ搭載している)は最強レベルにしていますから。」
「頼むよ。」

 時刻は…8時過ぎ。遮光モードから透過モードに切り替わった窓から見える景色は、完全に朝のものだ。暗闇の中に墓石のように鎮座していた建物は、周囲に幟が並んで、屋台も出ている。駐車場も車が半分以上入っている。僕が入るより前に居た車は…まだ居るみたいだ。

「朝ご飯ですね?海鮮丼がお勧めですよ。いってらっしゃい。」
「そういうことも知ってるの?」
「はい。」

 どれだけ情報が入ってるんだろう?おかげで初見の場所でもあまり苦労はしなくて良さそうだ。その分、車を降りてからが大変だな。食事を選んだりものを買ったりするのは良いけど、目的によっては色々な危険を避けたりしないといけない。それが普通、か。人間が機械に飼いならされるってこういうことを言うんだろうか?

「113番の方、お待たせしました。」

 テーブルに置いていた番号札が振動すると同時にアナウンスが流れる。僕は席を立ってカウンターに向かう。カウンターで番号札と引き換えに海鮮丼を受け取って席に戻る。刺身数点が周囲を囲んで中央にシラスが盛られている。朝からこんな豪華な食事は普段じゃ考えられない。人はそこそこ居るけど、フードコートの席は十分余裕がある。程近い海岸に繰り出して海水浴かバーベキューだろうか。どっちにしろ、ゆったり食べられるからこの方が良い。こういうところの食事はどうなんだろう?…意外といける。シラスも生臭くないし、生姜も擦り下ろされたものだ。
 半分ほど食べたところで、新調して間もないスマートフォンを取り出す。地図アプリを起動して現在地と目的地を確認。現在地は…此処。目的地は…此処。大体…100kmくらい。順調に走れて2,3時間ってところか。高速道路が通ってないから一般道以外に選択肢がないのがちょっと辛い。

『今のところ、国道1号並びに経路の県道308号で渋滞や通行止めの情報はないですね。』
「?!」
『御免なさい。私です。時計内蔵の生体通信機能を介して、脳に直接音声信号を送っています。』

 おいおい、付属品の時計にそんな機能があったのか。道理で「時計は常時填めておいてください」と言われたわけだ。

『私への会話は、頭の中で言うことで伝わります。』
『…こんな感じ?』
『はい。話を元に戻しますと、オオバネインターで国道1号を降りて、そこから県道308号で北上するルートです。所要時間は約2時間40分の見込みです。』
『意外とかかるね。』
『山道特有の激しい蛇行に加えて急勾配ですからね。安全を考えてスピードはあまり出せません。』

 物理現象を伴う以上、遠心力や慣性といったものは絶対に無視できないんだな。僕も山道の運転はあまり慣れてないし。それもさることながら、目的地のことが気になる。

『目的地は候補の1つなんだよね?』
『はい。』
『どんな町か知ってる?』
『霧の町。年中霧が深いことから、そう呼ばれています。』

 スマートフォンの画面にポップアップが出る。正式名称オクシラブ町。人口3,512人。林業と観光が産業の主体。宿が10件ある。境界線も出る。結構広いな…。歩くことも考えて、2泊か3泊は必要かな。それで探せるかどうかも怪しいけど、1日じゃとても無理そうだ。

『宿は民宿とホテルが半々。どうしますか?』
『ホテルの方が良いかな。ベッドの方が寝やすい。』
『分かりました。何泊分予約しますか?』
『そうだな…。ひとまず2泊、否、3泊だね。この広さだと3泊しないと十分探せそうにないと見た。』
『分かりました。ホテルニューオクシラブで3泊手配しておきます。』
『決済はカードOK?』
『残念ながら現金のみです。県道308号線沿いの町の店や宿は、マツハラ市と隣接するオオヌキ町より北ではカード決済が不可能です。』
『仕方ないね。オオバネインターだっけ?そこから近いATMで現金を調達してから行こう。』
『はい。ATMがある場所を検索しておきます。』

 まだまだカード決済が出来ない店は多いんだな。店としてはカードの手数料と集客のしやすさを天秤にかける格好だから、現金の方が良いとなるかもしれない。宿はカード決済が普通だと良いんだが、都会や有名観光地じゃないと現金縛りを選ぶんだろうか。
 食べる方に再びシフトする。海鮮丼は起きぬけに近い身体でもスイスイ喉を通っていく。吸い物に続いてセルフで汲んでおいたお茶を飲んで、朝食は終わり。この量と味なら800円はかなりお得だ。それにしても、こんな情報まで持ってるなんて凄いと言うか変わってると言うか。
 食べ終えて、トレイごと開いた食器を返却口に運んで外に出る。やけに太陽が眩しく感じる。ただのドライブなら爽快に思うんだろうが、今はどうも嫌な予感を感じさせてならない。目的は行動に背景と骨格を持たせるとか聞いたことがあるけど、目的があまりにも漠然としていたりすると、そうはならないと思う。
 僕が運転席のドアの前に立つと、ドアミラーが開いてロックが解除される。本当に何処に目があるんだろう?車だから目というよりセンサか。一見普通のコンパクトカーなんだが、彼女の機能は僕の想像をはるかに超えている。

「おかえりなさい。
「…ただいま。」
「ホテルの手配の他、ATMがある場所と最も近い駐車場を検索しておきました。」
「燃料は良いの?」
「ATMを出てから立ち寄るようにスタンドを検索してあります。」
「…僕が心配するまでもないか。」
「気遣いは嬉しいですよ。」

 人間だったら超有能な秘書になれるのは間違いない。逆に有能過ぎて役員とかに警戒されるタイプかもしれない。役員の器量なんてない僕−とは言え近年は社内政治の立ち回りと口のうまさが出世の秘訣らしいが−だと、とっくに秘書の傀儡になってるような感じだ。
 睡眠を含めて意外と長居した道の駅ハマシオを後にする。国道を走る車の量が増している。町や人は何時ものように動き始めている。一方、僕は終わりも正体も見えない旅という名の騒動の渦に飲み込まれようとしている…。
 車の数が目に見えて少ない。対向車線を走ってくる車は、オオヌキ町を出たあたりから見たことがない。同じ車線を走る車も、同じくオオヌキ町を出たあたりからどんどん減って、今は前にも後ろにも居ない。道路はそこそこ広いけど、山道ならではの蛇行が凄い。ナビに表示される道路は、ミミズがのたうち回ったような軌跡を描いている。ハンドリングやアクセルワークが下手だと簡単に対向車線にはみ出すだろうし、同乗者は車酔い間違いなしだ。
 道路の蛇行具合もさることながら、安全という概念が最低限しかないように感じられてならない。崖側に一応ガードレールはあるが、少ない直線部分にはなかったりする。下りだと曲がり切れずに真っ逆さまという事態もあり得る。更に怖いのは、照明が1つもないことだ。周囲に住宅なんてないから、夜は完全に真っ暗だろう。昼前の今でも木々の茂り具合と太陽の角度の兼ね合いで薄暗い個所がある。この先無事に走らせる気がないとしか思えない。

「体調はどうですか?」
「車酔いのことなら、何ともない。曲がるたびに多少左右に振れるけど、遠心力だから仕方ない。」
「今は安全と体調を考えて運転制御を完全に私が担当していますが、通常モード、すなわち安全制動以外を移管しましょうか?」
「否、良いよ。正直こんなに上手く運転できる自信はないし。」
「分かりました。あと1時間ほど辛抱してください。」

 1時間というと、オオバネインターを降りてからの時間とほぼ同じ。こんな道路を約2時間走らないとたどり着けない町、か。候補の1つとしては相応しいが、人里離れた秘境でのんびりリゾートじゃないから、嫌な予感を募らせる要因の方がウェイトが高い。
 それにしても、下って来る車は勿論、同じ車線を走る車が1台も居ないのが奇妙だ。ホテルや民宿がある、観光が産業の1つとされている町なんだから、他の車と行き違ったり後ろから煽られたりするもんじゃないのか?少なくとも僕の少ない経験ではそうだ。今日はたまたま人の出入りが極端に少ない日なんだろうか?否、観光を掲げる町なら余程の悪天候や通行止めでもない限り、多少は出入りがある筈。それに物資の運搬もあるから、トラックの上り下りはあって然るべきだろう。
 まさか今時、他の町や人の行き来がなくて、完全自給自足社会の町なんて考えられないし…。それに「彼女」は確かに、ホテルの手配をしたと言った。廃業したホテルを手配するなんて出来る筈がないし、そもそも観光を産業とする以上、閉鎖社会は成立しえない。
 まさに秘境なのかもしれない。このご時世、秘境と紹介されるとそれを目指す人が出て来て、その紹介がインターネットを通じて一気に広がる。秘境が公然の秘密になるわけだが、続く人が出ないと検索結果で下位に後退する。すると、場合によっては「なかったこと」にもされる。「霧の町」と通称されるオクシラブ町は、一時秘境などとして紹介されたが、行く人があまりに少なくて半ば忘れ去られ、秘境に戻った町なのかもしれない。そう思うしか、この不可解な状況を合理的に説明できない。

「…オクラシブ町について、基本データ以外に知ってることはある?」
「社が4つあって、それぞれに近い集落が集団で管理しているそうです。」
「手がかりがあるとしたら、やっぱりその社だよね。その調査許可なんて降りるかな。」
「交渉次第ですね。」
「それが一番難しいんだけど。」

 社、神社のことだと思うが、田舎に行けば行くほど関連する住民の帰属意識が強い。神聖視していると言っても過言じゃない場合もある。そんな場所を「ヒヒイロカネがあるらしいから調査させてくれ」と、余所者そのものの僕が頼んだところで承諾されるとは思えない。
 ヒヒイロカネ。僕の目的は、その奇妙な名前の物体を探し出して入手すること。ヒヒイロカネ自体は、実は直ぐ傍にある。僕が乗っている、「彼女」と言っている車に使われている。
 「彼女」は元々普通の車だった。僕が初めて買った新車で、車のサイズが変わった当初にありがちなこと−擦ったり引っかけたりで出来た傷が彼方此方にある、何の変哲もない車だった。自動運転とかHUD(註:Head Up Displayの略。フロントガラスなど正面の大規模平面あるいは曲面に情報を表示するシステム)とか音声認識とか、今時の車に標準搭載されている機能はあったが、「彼女」のような超高機能じゃなかった。
 僕の車が「彼女」に変貌したのは、ある日突然じゃない。気晴らしのドライブで出かけた先のハプニングがきっかけだった。道端で発作を起こして蹲っていた老人を、彼女も居ないし大した目的もないからって理由でかかりつけの病院を聞き出して運んだことだ。
 あの老人は病院で治療を受けた後、甚く僕に感謝した。それで終われば「袖触れ合うも多少の縁」とかで美談を伴う思い出に留まったところだが、あの老人、僕をやけに気に入って、僕に自宅まで送らせた後、車を綺麗にしてやると言いだした。それだけなら、自宅兼工場の創業者社長と見ることが出来る。しかし、老人の家はガレージこそあるが何の変哲もない日本家屋。何処で補修するのかと思ったら、ガレージに入れるから車のキーを貸せと来た。見た感じリフトする機械なんてある筈がない広さだし、板金塗装が出来る環境じゃないのは明らかだった。だけど、あの老人は僕が出しあぐんでいた車のキーをひったくるように取ると、自分でガレージに運んで行った。ある一言を残して。

「決してガレージを覗こうとするな。覗いたら、あんたの生命は保証できない」

 車が接近すると、ガレージのシャッターがひとりでに開いて、車が悠然と入った後ひとりでに閉まった。1時間ほどしてシャッターがやっぱりひとりでに開いて、車が出て来た。しかも誰も乗ってないのに老人が先導する形で。

「あんたはやっぱり良い人だな。約束をきちんと守った。シャルもあんたを気に入る筈だ。」
「シャルって?」
「この車に搭載したINAOS(註;「イナオス」と読む。詳細は後述)の名前だよ。」

 聞いたこともない単語、その上、車が僕を気に入るという、主語と目的語が逆になったとしか思えない老人の言葉に、僕は疑問符しか浮かばなかった。老人は僕に車のキーを返して、更に訳の分からない話をした。
 INAOSとは、INtegrated Antomotive Operating Systemの略。和訳するなら「統合自動車OS」。車に関するあらゆる機能を統括し、制御する。個別に名前がつけられるそのINAOSは、常時更新されるデータベースを内包して、所有者に最適な移動と環境を提供するそうだ。
 車本体も「助けてくれた礼」として、全面刷新された。それに使われたのが問題のヒヒイロカネ。見た感じ確かに傷は綺麗さっぱりなくなって新品同様になったが、自己修復機能という金属にあるまじき機能を持った金属で刷新されたようには見えなかった。「乗ってみれば分かる」と言われて、僕は老人に礼を言って車に乗った。その瞬間、キーを挿しても居ないのにコックピットが勝手にONになって、スピーカから声がした。

「…認識完了。はじめまして。私はシャルと言います。貴方の名前を教えてください。」
「え?え?誰か乗ってるの?」
「貴方が乗っているこの車が私です。名前を教えてくれませんか?」

 車が喋った。それだけなら前の車にもあったが、人間そのものの会話なんて出来なかった。「エアコンを強めて」と言うと「エアコンを強めます」と答えて風量を上げたり温度を上げ下げしたりする程度のものだった。

「…僕の名前は…、富原ヒロキ。」
「富原ヒロキさん、ですね?」
「うん。」
「登録完了しました。改めてはじめまして。私はシャルと言います。よろしくお願いします。」
「あ、うん。こちらこそよろしく。」

 お見合いか合コンの自己紹介みたいな感じで、「彼女」−シャルとの付き合いが始まった。そして色々あって今に至る。最初の目的地は蛇行しながら着実に近づいている。何が待っていることやら…。
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