「もう1つ。これもお二人に公開すべき情報でしょう。」
宮司はもう一度席を立ち、今度は巻物を持ってくる。「トライ岳の内部構造と建材の特徴を記したものです。」
「!」
「これも先祖が天鵬から得た情報です。正確には盗み取ったと言うべきですが。」
宮司の説明を聞く。天鵬上人が陣頭指揮し、職人を含む棟梁の一団を都-平安京から呼び寄せて造営した一大プロジェクトがトライ岳。内部構造は造営に携わる棟梁の一団は一応把握していたけど、建材は都度何処からか運び込まれ、天鵬上人の「この建材はこれ」という指示を受けた棟梁が一団に指示して造営する、という形だった。
建材は一見普通の巨石だったが、面の平面度や角の直角度が非常に高かった。「平面を滑らかにする」「角を垂直にする」これらは言葉では簡単だが、実は精度を追及すると非常に困難なことだ。ましてや1つが、大人が両手を広げたくらいの幅と奥行に大人の身長くらいの高さを持つ巨石。どうやってこんな理想的な直方体を作れるのか、等量の一団は不思議がった。
造営していくうちに、建材の謎は更に深まった。石の切り出しの精度が尋常ではなかった。造営で石を下から積み上げていくが、接触させると縦も横も紙1枚入る隙間がない。平面度や造営に使う位置関係を含めた非常に精密な加工がなされている証拠だが、そんな技術は棟梁すらも知らない。そもそも当時は建材と言えば木材であり、石は石垣や基礎など限られた部分にしか使用しない。だから石の加工道具はさほどメジャーではないし、加工精度は言うに及ばない。なのにどうやってこの精度で、このサイズの石を切り出したのか。
建材である巨石そのものも謎だったが、搬入も謎だった。日中に運ばれてくるのは良いとして、何処から運ばれてくるのか全く分からない。大きな筏か何かのようなものに乗せられて運ばれてくるが、複数の巨石を整然と、黙々と運んでくる集団は、棟梁も都で見たことがないと言っていた。秘宝を運び込んだ集団と同じかどうかは分からないが、どちらも一団の呼びかけには一切答えず、ただ黙々と目的を達成する人形か何かのようで不気味に感じた。
職人は、建材が何処から運ばれてくるのか、一定のやり取りができる関係性になっていた天鵬上人に尋ねた。天鵬上人は「海を越えて運ばれてくる」とは答えたものの、何処からなのかは巧みにはぐらかした。石の切り口が非常に綺麗で、ぜひ参考にしたいからと付け加えても、場所については一切教えなかった。強引に聞き出そうとして関係性を悪化させると聞けることも聞けなくなると判断した職人は、巨石の出所については追及を断念した。
造営で巨石をだんだん上に積み上げていったが、巨石のサイズはどれも同じである一方で、ある箇所には此処に置いてある巨石を使えと指示が出ることがあった。どれも同じ石にしか見えなかったが、ある日職人がふとある巨石の一面を見たら、石の中に目があって、それと目が合った。驚いてもう一度見た時には、目はなかった。だが、職人には幻覚や見間違いには思えなかった。
その「ある箇所に用いる巨石」には何かがある、もしかしたら何かがいる、と感じた職人は、天鵬上人から貸与された書物などを書き写すに紛れて、トライ岳の内部構造を書き記し、「ある箇所に用いる巨石」の箇所に目の印を書き込んだ。天鵬上人や他の職人に見られないよう、隠しての必死の作業になったから正確性は低いかもしれない。しかし、「ある箇所」は秘宝を収納したらしい閉鎖空間の内側だったり、外周から一段奥まった場所に不規則に配置されたりと、何かを隠すあるいは見張るために用意された、石に紛れて生きる生物か石が生命そのものなのかどれかではないかと推測した。
職人は、天鵬上人による抹殺を逃れた際、トライ岳の内部構造や「ある箇所」を示した情報も何とか持ち出せた。今は、自分の知識では正体は分からないが、遠い未来に子孫あるいはトライ岳の不可思議な点に気づいた何者かが謎を解き明かしてくれるだろう。そう考えた職人は、岩杖神社を建立した子にトライ岳の内部構造の情報を託し、原本は石室に厳重に保管し、写本を定期的に作り、後世に伝承するよう指示した。
「-これが先祖からの言い伝えです。奇想天外で理解できない部分が多々ありますが、先に述べたように、『この記録に己の解釈を加えるべからず』と先祖は残しています。記録は記録としてそのまま残し続けて今に至ります。」
「確かにそのままだと夢物語とか空想とかで一蹴されかねない内容です。それでもその当時の文明水準に影響されないよう、正確な情報の伝承を徹底されたご先祖は大変聡明で、先見の明があったと改めて思います。」
トライ岳の内部構造を示した図面も、宮司の許可を得てスマートフォンで撮影して、シャルにキャプチャとスキャンをしてもらう。トライ岳の内部構造…、改めて図面としてみると、「あれ」にかなり似ている。ただ、今は言うべきことじゃない。職人からの忠告どおり、正確に忠実に記録することに専念する。
「岩杖に伝わる情報は以上です。情報はくれぐれも第三者に漏洩しないでください。」
「それは勿論お約束します。」
「恐らく先祖は、天鵬が表の顔と裏の顔を駆使して成り上がることを予想していたのでしょう。それ故に、自分の体験や記録は表立って世に出すものではない、しかし、時が来れば役に立つ時が来ると信じて、記録を3人の子どもに分配して残したのでしょう。」
「…。」
「三岳で聞いたと思いますが、先祖以外の職人は、天鵬に抹殺されました。三岳は情報の一部を残し伝えるとともに、天鵬の魔の手にかかり、遠い北の国で命を落とした先輩や仲間を慰霊するよう、三岳を建立した子どもに指示しました。以来1000年以上の時が流れましたが、先祖の先輩や仲間の魂を慰め、いずれ天鵬の悪行と本当の目的が暴かれる時を待っていました。今は、その時が近づいているのではないかと思います。」
「…。」
「貴方方が何者なのか詮索することはしません。少なくとも、今まで1000年以上門外不出だった情報、特にキリストの墓と偽った慰霊の地の真実をも、三岳が語り、この岩杖にあらゆる情報の提供を依頼したこと、そして岩杖もそれに応え、手持ちの情報をすべて開示したこと、これらの事実を正面から受け止めてくれると信じています。そしてそれは、歴史の闇に消されることを避けるためとは言え、先輩と仲間を見殺しにするしかなかった先祖、遠い北の国で天鵬に抹殺された先祖の先輩と仲間の無念を晴らし、彼らの魂に安らぎを与えるためでもあります。」
「はい。1000年以上の長い間、正確に忠実に伝えられてきた情報と真実を決して無駄にしないことをお約束します。」
そしてそれは、この世界の日本に食い込み、暗躍する手配犯の1人Xを追い、その正体を暴き、捕縛する旅でもあることがより明確になった。Xが何処にいるか、何者として存在しているのか、分からないことが多い。だけど、この旅を続けてヒヒイロカネを探し、回収し続けることで、いずれXと対峙する時が来る。その時まで、旅を続けるだけだ…。
『記録は原本あるいは写本の段階で生じた誤記と思われる個所が見受けられるものの、内容は至って写実的で、宮司の話と高い精度で一致しています。』
情報料を兼ねた初穂料として100万を支払い-これは予想外だったようだ-、今回の縁を繋いでくれた三岳神社と等分してほしいと依頼して、岩杖神社を後にした僕とシャルは、国道181号線に出て、近くにあったドライブインに入って少し早めの昼ご飯にする。古びた佇まいの店内は、ツーリング中らしいやや年配の男性客が固まっているくらいで人があまりいない。シャルは躊躇するかと思ったけど、レトロな雰囲気が気に入ったようで、頼んだカツカレーセットを待つ間、興味深そうに彼方此方見ていた。同じようにシャルは他の客にまじまじと見られているけど、シャルは全く意に介さない。『「この記録に己の解釈を加えるべからず」と職人は強く忠告したそうですが、それが忠実に守られた結果だと思います。』
『職人の聡明さには驚くばかりだよ。当時の文明レベルであの話を聞かされたら、奇想天外な神話か伝承として色々後付けしたりしても不思議じゃない。』
『はい。天鵬上人こと手配犯の危険性を察したこともさることながら、記録手段が紙か木簡しかなかった時代に、口述の内容を可能な限り正確に記録したのは、相当な記憶力だから出来たことでしょう。加えて、主観に左右されず、情報は情報として写実的に徹して記録する冷静さも併せ持っていたようです。』
検証がしやすいところから、と前置きして、シャルは説明する。岩杖神社で得たトライ岳の内部構造と建材の特徴は、ヒヒイロカネが安置されていた隠し部屋と比較すると、擬態兵器が存在した箇所に使われた箇所が「目が合った」と職人が記した建材の使用箇所とほぼ一致する。天鵬上人は明らかに、普通の建材と要所を守る擬態兵器を仕込んだ建材を区別して搬入し、トライ岳の造営に使用させたことが分かる。同時に、職人は先入観や主観に左右されず、情報をひたすら正確に記録することに専念したことが分かる。
このことから、トライ岳潜入とヒヒイロカネ回収時に判明しなかった、Bタイプのジャミングの原因と配置が特定できた。トライ岳の内側を構成する建材に、均等な間隔で仕込まれた擬態兵器。ヒヒイロカネが安置されていた閉鎖空間にいたタイプとは違って攻撃能力は持たないが、強力な電波を発信できるタイプで、サカホコ町で木に擬態していたジャミングの小型版と言える。これらのどれかが不審者の接近を検出すると、連携しながら様々な妨害電波を発信する仕組みだ。
発見できなかったのは、ジャミングの複雑さも勿論だが、トライ岳の内部構造に使用されていたのが理由。奥まった位置にあるから電波の発信源を特定しづらいし、しかも均等間隔で配置されているから、発信源の特定がますますやり辛い。サカホコ町のジャミングも入り組んだ地形に木の擬態があったことで特定が困難だったが、今回も同様の巧妙さが伺える。
『職人が些細な異変を見逃さなかったのと、建材の使用箇所を正確に記録したのが大きいね。』
『同意見です。限られた時間で正確に徹して記録したことで、主観を排除した純粋なデータが形成されました。研究のお手本ですね。』
シャルの説明では、擬態兵器もヒヒイロカネと同じS級物質で構成されている。つまり、取り扱いには厳しい資格審査を通過した人物が、非常に厳重に管理された施設でしか製造できないし、使用用途もごく限定される物質。そのS級物質で構成される擬態兵器が、戦闘でシャルの損傷率が40%に迫る数での攻撃をしてきたことに加え、巨大で数も多いトライ岳の建材の一部に使用されるほど量産されていたことは、この世界の歴史を根底から覆す恐れがある。
文明レベルが極端に違うと、戦争や侵略は非常に容易だ。つまり、本来戦争や侵略が起こらなかったところにそれらが発生して、本来の歴史が大きく変わってしまう恐れがある。遠い昔、天変地異は神の怒りであり、怨霊の仕業だった。そこにヒヒイロカネや擬態兵器が登場したら、それらを製造して操れる人物は神や怨霊にとって代わる、言い換えれば世界の頂点に君臨できる。
天鵬上人はそこまでいかなくても、ヒヒイロカネや擬態兵器を悪用して時の権力者から民衆まで幅広い支持を集め、自分に都合の良い歴史を作ってきた確率が高い。それがトライ岳の造営であり、火山噴火を悪用した棟梁の一団の抹殺だったと考えれば、この世界の天変地異の勃発時期を知っていたであろう天鵬上人が天変地異を引き起こしたと見なされるし、そうして棟梁の一団をはじめとする多くの人々を闇に葬ってきたと考えられる。
『サカホコ町にいたピーキングアイもそうだけど、こういった兵器が今も製造できる環境があると、物凄く厄介だね。』
『同感です。確実に争奪戦になります。言葉はほのぼのしたイメージがありますが、文字どおりの戦争です。場所によっては大勢の人が巻き添えになります。』
そういった、現代の文明水準ではありえないレベルの兵器を製造できる環境が、そう簡単に使用不能になるとは考えにくい。現代だと半導体製造工場が最先端製造施設の1つだけど、常に綺麗な空気-排ガスどころか1μm未満の微粒子まで除去した空気を常に送り込む必要があるし、そのためのフィルターや大型のファンも必要だ。いったんそういった施設を停止させると、復旧に要する時間とコストが馬鹿にならない。合間を縫うように点検や保守が行われる。
ピーキングアイや擬態兵器の製造工場だと、すべてが無人化されているのは勿論、工場全体が生きていて、傷がかさぶたで覆われて治癒するように、保守点検まで自分で実施していても不思議じゃない。そんな工場が稼働していると分かったら、確実に戦争が起こる。今のところ見つかっていないようだし、あったとしても攻撃されることを考えてそう簡単に分かる場所にはないだろうけど、あくまで希望的観測。もし実在するなら発覚する前に完全に破壊しないといけない。
『擬態兵器とかの製造工場は実在するかも分からないからひとまず棚上げするとして、七輪神社が天鵬上人の正体に迫る情報を持っていたのが痛いね。』
『七輪神社が持っていた情報は、この旅を続けることで何れ分かる範疇だと思うので、私は大きな損失とは考えていません。』
『そういう見方も出来るね。三岳神社と岩杖神社が持っていた情報は、失われていたらご神体の不可思議な模様の正確なものとか、擬態兵器がトライ岳に紛れているとか分からなかっただろうから。』
『はい。もし気になるなら、七輪神社の宮司を尋問することも出来ますが。』
『そんなことって…出来るんだね。』
ただ、そこまでして天鵬上人の正体に迫る情報を得る重要性は、シャルが言うようにさほど高くないのも事実だ。本筋であるヒヒイロカネの捜索と回収のためには、三岳神社と岩杖神社で得られた情報が関連する可能性が高いけど、この旅を続けていけばいずれ天鵬上人の正体に迫ることになる。だから、七輪神社の宮司から情報を引き出す手間と時間を本筋に適用するのが効率的だと思う。
『七輪神社の宮司は放置するとして、このトライ岳の構造。』
シャルはスマートフォンに、書物からスキャンしたトライ岳の断面図を表示させる。『ヒロキさんは、この情報が入るより先に、トライ岳の内部に閉鎖空間があることを見抜きました。どうして分かったんですか?』
『これ、エジプトのクフ王のピラミッドの内部構造と凄く似てるんだ。』
『!』
『最初にシャルの3D映像で見た時、何処かで見たことがあるなと思って、記憶を探ってみたら思い出したんだ。』
『調べてみました。ミューオンという宇宙線を用いた、多地点宇宙線イメージングという空間の解析手法ですね(註:原著論文はK.Morishima et al., “Discovery of a big void in Khufu’s Pyramid by observation of cosmic-ray muons”, Nature 552,386-390(2017))。問題は、ごく最近明らかになった未知の閉鎖空間を持つエジプトにあるピラミッドと、遠く離れた日本の北にあるひっそり佇む山の構造が酷似していることです。』
『岩杖神社の宮司が話していた内容からして、天鵬上人が旧約聖書に発想を得て、ピラミッドを丸々コピーした、ってところかな。』
『その確率が非常に高いと思います。その閉鎖空間に旧約聖書版の三種の神器を隠したところも含めて。』
トライ岳の造営を指揮したのは天鵬上人で、その閉鎖空間に収められたヒヒイロカネ製の三種の神器の漏洩を恐れた天鵬上人によって、トライ岳を造営した棟梁の一団は、1人の職人を除いて抹殺された。天鵬上人が旧約聖書になぞらえて一連の工作活動を遂行したのと、それらを極秘事項と位置付けいていたことが分かる。旧約聖書になぞらえた理由は、岩杖神社の宮司が語っていたとおり、天鵬上人がユダヤ系の渡来人という位置づけだからだろう。天鵬上人の先祖が遠い西の国、現在のイスラエルの出身で、その国が亡ぶ前に脱出して遠い東の地に向けて旅をして、その子孫の1人である天鵬上人が新しい都として平安京を造営に関与したという、岩杖神社の宮司が話した話の展開に一定の筋道が通る。
トライ岳造営完了後の天鵬上人の足取りは分からない。もともと天鵬上人の「空白の7年間」は一切の記述がない期間だから、分かる形で足取りが残っている方がおかしい。今回の結果だけを見ても、天鵬上人が日本の彼方此方にヒヒイロカネや関連する情報を隠し、関わった人々を抹殺したことは確実。トライ岳に関する数々の事実や情報のように、公にされない形で密かに伝承されているか、後継が途絶えて事実や情報も闇に埋もれたかのいずれかだろう。埋もれたり隠されたりする前に拾い上げて、伝えられている情報は得て、天鵬上人の足取りを解析して追跡する。長い旅の継続と地道な作業の繰り返しでしか得られるものはない…。
昼ご飯を食べ終えた僕とシャルは、ドライブインから割と近いところにある長者屋敷跡と、国道181号線沿いに散在する一里塚跡や関所跡を訪れて、観光ついでに調査した。どこにもヒヒイロカネや関連情報はなく、跡と言っても原野か石碑が立つだけで、観光資源とは言いづらいものだった。それでも徒歩しか移動手段がなかった時代、多くの人とモノがこの街道を行き来していたんだろうと思いを馳せることは出来た。
長者屋敷跡は、あの継体天皇の后になったと言われる女性の出身地ということで、何かあるんじゃないかと期待していたけど、案内板と石碑があるだけの原野で、期待していたものは何もなかった。史実では、生涯の后は近江や大和、河内出身の8人ということになっているから、そこから逸脱する存在は史実とは見なされないのかもしれない。
何だかんだで移動時間が長かったことで、A県との県境にほど近いキビ風穴を後にする頃には、日が大きく西に傾く時間になっていた。山間部の夕暮れは早い。新オオクス自動車道が国道181号線とほぼ平行に走っているけど、インターは近くにないし、使うとしたら拠点のホテルに近いヤマインターか、A県に入ってカシマヤマインターのどちらかで、距離はどちらも同じくらいという選択肢だから、国道181号線を走ることにした。ホテルに到着した時には既に真っ暗。事故とかに遭遇しなかったから良しとする。
「運転お疲れさまでした。夕ご飯にしましょう。」
シャルと一緒にホテル内のレストランへ向かう。少し時間帯がずれ込んだためか、客は1/3くらい。混雑していない方が気分的にもゆっくり出来るから、僕には都合が良い。フルコースを2人前注文して、春野菜のサラダが出たところで、シャルとグラスを合わせる。僕もシャルも着替えてないけど、雰囲気の良いレストランでこうしているだけで、特別な時間を過ごしている気分になる。「目的は無事達成できたし、明日からどうする?」
「1日オフにしましょう。」
その作業はシャルと常時リンクしている情報サーバーに自分のコアの一部を転送して行うが、恐らく丸1日は要する。一方で移動距離が増加傾向にあって、僕は取り切れなかった疲労が溜まっていることが、血液検査で判明した-ごく微量を採取するだけで十分検査できる-。このホテルは様々な施設を有しているから、心身を休めて欲しい。
『私はエネルギーがあれば終日稼働できますし、人間の疲労に相当するものは完全に除去できます。生身の人間であるヒロキさんはそうはいきません。ゆっくり身体を休めることも必要です。』
『シャルが働き続けてるのに悪い気がするけど、シャルがそれで良いなら。』
『決まりですね。まずは、今の食事をワインと一緒に存分に堪能してください。運転は一切考えなくて良いですから。』
『元々そんなに飲めないから。』
この旅を始めた頃は、あちこちに隠されたヒヒイロカネを探すものだと思っていた。だけどその認識は直ぐに変わった。マスターが言っていたように、「今はこの世界にあってはならない」ヒヒイロカネを悪用して、他人の生活も生命も蹂躙することを憚らない輩が居ることが分かったし、それは取り巻きを含めれば決して少なくないこと、加えてその輩は財力や権力を持つ側に多い、否、殆どがそうだと分かった。更にはこの国の支配層にも食い込んでいることも分かった。
シャルは新たに得られた情報を加えて、候補地を選定しなおす。この閒僕が出来ることはない。敢えて言うなら、シャルが言うとおり、心身を休めて旅の再開に備えること。この旅には定型化された部分がないと言って良い。言い換えれば何が起こるか、何が待っているか分からない。だからこの旅は難しいし厳しいけど…、面白い。