謎町紀行 第115章

村が蟲毒たる理由(後編)

written by Moonstone

 更に2時間後、シャルが調査結果をTV画面に表示する。…やっぱり。

『ヒロキさんの推測どおりです。この企業、H県で国会議員の下で暗躍していた臓器売買企業と兄弟関係にあります。』

 こういう嫌な予想ほど的中しやすい。見覚えがあると思ったら、やっぱりH県の山間の町を事実上占領した新興宗教団体、神祖黎明会と結託してクローン人間を作り、更には女性信者を性的暴行した結果生まれた無戸籍の子どもを臓器売買の道具にしていた企業の1つ、ニューライフクリエイトコーポレーションと、日本語か英語かの違いを除けばほぼ同じ名前だ。
 シャルの調査結果によると、ニューライフクリエイトコーポレーションと新創命産業株式会社は、社長が実の兄弟で、新創命産業株式会社は父から兄が継承して、弟がのれん分けしてH県に居を構えた格好だ。表立って関係を明示していないのは、H県での一大事件が発覚するより前からで、だからと言って仲違いしているわけでもない。
 新創命産業株式会社が支援するA市の県議も、ニューライフクリエイトコーポレーションが結託していたO県選出の国会議員も、所属は政権党。どちらも相当額の企業献金で支援している。A市の県議はA県県議会の議長も務める重鎮で、政権党のA県県連の会長でもある。A市では有力企業として確実な地位を獲得して久しい。
 一方、O県は国会に進出したけど、例の事件で書類送検されている。これも「とっとと逮捕して起訴しろ」「政権の国会議員にはご丁寧なことで」などH県県警に対する風当たりは激しさを増している。父親が県議で幹事長止まりだった国会議員を推して勢力拡大を狙ったんだろうけど、様々な容疑で家宅捜索が入り、こちらも書類送検済み。悪行の規模や性質に対して警察の動きが鈍いから-証拠固めが膨大で時間がかかっているという見方もある-、H県県警も針の筵状態だ。
 言ってみれば、のれん分けした弟の企業は自滅したけど、政権党に与していることで、弟の企業から兄の企業にヒヒイロカネに関する情報が流れている確率が高い。このオオジン村には不可思議な模様を持つご神体がある七輪神社があり、それは遠く離れたヒラマサ島や三付貴神社と酷似している。しかヒラマサ島の銀狼神社には、Xと思しき人物が調査に訪れてもいる。政権に食い込んでいると見られるXなどから、政権党所属という繋がりでヒヒイロカネに関する情報を得ていると見て良い。
 その割には、A市の県議を支援する企業グループの中では、さほど格は高くない。A市の県議を支援する企業グループの1つという感じだ。何だかちぐはぐな印象を受ける。H県選出の国会議員と結託して事実上破滅した弟の企業との関係性を明らかにしていないことからも、あまり表に出ないようにしているんだろうか。

『企業規模はこの地域ではかなりのものですが、県議の支援勢力としての影響力は少ないようです。』
『何だかかえって嫌な感じがする。なんて言うか…裏から操る黒幕っていうか。』
『その確率もあります。既に諜報部隊を派遣しています。』
『黒幕とかだったらすぐには動かないだろうから、当面はこっちに専念して良さそうだね。』

 今のところ表立ってこちらの脅威になりそうな気配はないようだ。そうなると改めて、村を上げて迫りくる村人との対峙をどうするかに絞られる。このままだと全滅必死だから降伏するように説得する?包囲される方が降伏を求めるなんて奇妙だけど、力関係が違い過ぎる。包囲だけで思いとどまってくれれば、雪が鮮血に染まる事態は避けられると思うんだけど。

『青年団がこの施設の半径100mの地点に集結しました。施設を包囲した格好です。』
『外は雪なのに。』
『村を守るためですから何でもしますよ。それこそ、人攫いでも人殺しでも。』

 恐らく、青年団は僕とシャルが買い物や観光目的で外に出たところを襲撃するつもりなんだろう。幸か不幸か、僕とシャルは今日いっぱい外に出る用事はないし、1日家にいるのが耐えられないこともない。今日は一触即発の段階で踏みとどまるだろう。雪の中、どうやって待機し続けるつもりかは知らないけど。

『案外、施設に突入してくるかもしれませんね。』
『そこまで…するかもしれないね。』
『施設は村営で、管理人も職員も村役場との兼任です。宿泊者の情報を把握して集落に提供するのもお手の物。勿論、部屋の番号や位置もです。』
『Web管理者も、そうやって所在や個人情報を流布されたんだね。』
『はい。この施設の他にも2,3件旅館がありますが、すべて村役場に宿泊者の情報を提供する義務があるとされています。無論、表には出ていませんが、個人情報やプライバシーという概念は田舎を凝縮したこの村には存在しないと言って良いです。』

 シャルの情報は、言い換えればこの村に宿泊した時点で、全ての情報が村役場は勿論、各集落に共有される手筈になっているということ。若い女性の単身行動だったWeb管理者は格好のターゲットだったわけだ。シャルも勿論ターゲットだったけど、ものの見事に返り討ちを食らわされたのが青年団の2人だ。
 戦争に突入する確率は、残念ながらかなり高い。深夜に雪中行軍させて高らかに外敵との対峙を掲げた以上、撤退指示を出すのは村長のメンツが許さないだろう。明日、Web管理者を救出して村から脱出する時が、村との戦争の始まりだろう。そうなると、せめて外部勢力の介入は阻止したいところだ。

『シャル。警察や自衛隊の介入があった場合、それを防げる?』
『既に対策済みです。万一介入があっても1個師団くらいは即座に抹殺できます。』
『それなら良いんだ。戦争が拡大するのは防がないといけない。警察や自衛隊が介入すると、僕とシャルに非があるように持っていかれる危険があるから。』
『私も同意見です。もっとも、私と戦争したいなら命と引き換えにどうぞ、ですが。』

 1個師団と一言で言うけど、1万を超えることもある一大編成。この村の人口の10倍以上の、重火器の訓練を受けている軍団を壊滅できるなんて、弾道ミサイルを直撃させるくらいだろう。シャルは戦車から戦闘ヘリ、戦闘機、果ては人間を拘束可能な兵員や軍艦まで無尽蔵に創造できる。サイズはミニチュアでも威力はこの世界の同一兵器と同等以上。村が無残な死体で埋め尽くされる事態に現実味がある。
 ここまで来たら、もう成り行きに任せるしかないか。シャルも村も戦闘態勢に入って、警察や自衛隊の介入は阻止される。面積だけは近隣の自治体を上回るこの過疎の山村が戦場になる、否、一方的な虐殺の舞台になるまで、あと何日、否、何時間だろうか…。
 嫌な緊張感を覚えつつ夕食と入浴を済ませて、寝るだけになった。何時攻め込んでくるか分からないから生じる緊張感は、今までどちらかというと攻め込むことが多かった僕にはかなり強く、厳しく感じる。場所はまだ雪深い山村だけど、状況は一触即発の衝突地点そのもの。だからか、普段ならすぐ食べ終えてしまうシャルの料理なのに、なかなか食が進まなかった。

『ヒロキさんには、指1本触れさせません。』
『シャルを信用してないわけじゃない。シャルの能力は分かってるつもりだから。だけど…。』
『防衛側に立っての戦争開始は、これまで経験が少ないところなのは事実です。防衛は侵攻と違って、相手の出方や方法を考え、その対策を講じるのに多くのリソースを必要とします。時間的にも、精神的にも負担が増えやすいのも事実です。』
『…。』
『ですが、安心してください。それは兵力や兵站が拮抗あるいは劣勢である場合です。』

 シャルが僕の隣に座る。

『兵力も兵站も、こちらが圧倒的に優勢です。それを知らないのは侵攻側の方です。こちらの会話が向こうにはまったく正確に伝わっていないのに、向こうの通信や会話はすべてこちらに筒抜けなこと、そしてそれを知るのはやっぱりこちらだけ。通信内容が敵側に筒抜けなんて、戦争の体をなしていません。』
『じゃあ、何時攻撃を仕掛けて来るかも分かってる?』
『まだ攻撃開始指令は出ていませんが、指令を出す日と時間帯は通告されています。それに向けて向こうは包囲網をじわじわ詰めていることも、脱出できないように私の本体を包囲していることも手に取るように分かっています。』
『それは何時頃?』
『敢えて言いません。それを言うと、ヒロキさんが緊張感をさらに高めてしまうでしょう。』

 向こうの攻撃日時が分からないのも嫌な気分だけど、分かると「それに備えないと」となって緊張感が別方向で高まる。戦争になったら僕に出来ることはないけど、シャルの応戦の邪魔にならないようにしないといけないとか、色々考える。それがかえって反応を鈍らせる要因になりかねない。

『それよりも、今は私に集中してください。』
『え?』

 シャルが僕に抱きついてベッドに押し倒す。シャルは僕に乗りかかってネグリジェの-僕がプレゼントしたワイシャツ-ボタンを外す。拘束がなくなったことで豊満な双丘がネグリジェを前に突き出す度合いが増して、それが作る深い谷間と、僕との接触点を覆う薄い布と、その上にある細長い窪みが、猛烈な色気を醸し出している。

『今日のヒロキさんは奴らの動向に気を取られて、食事も心ここにあらずという雰囲気でした。私としては非常に負けた気分です。』
『負けたって…。』
『あんな連中に負けるのはとても悔しいので、今から私に没頭してもらいます。』

 さ、流石に全面衝突が近づいている状況で夜の営みはまずい。突入されたら咄嗟に反応できないし、何よりシャルの裸を見られたくない。だけど、シャルに光学迷彩付きのヒヒイロカネで拘束されているらしくて全く身動きが取れない。なのにベッドの中央に水平移動していく。シャルが手を伸ばして僕のパジャマを脱がしていく。前屈みになったことで、シャルの肌の露出度合いがじわじわ増えていく。これで良いのかな…。

…。

 結局没頭してしまった…。風呂上り間もないシャルの裸体が照明で照らされて猛烈に魅惑的だったとか、普段と違ってシャルが最初に上になって動くのがこれまた猛烈に魅惑的だったとか、色々言い訳はできる。性的な面と精神的な面での満足は十分だけど、こんな状況下で夜の営みをしたのは、別の方向で敗北したような気がする。
 途中からシャルがヒヒイロカネを伸ばして操作したんだろう、部屋の電気が消えた。対峙している村からすれば、攻め時そのものだろう。だけど、今に至るまで何の音沙汰もない。何だか妙だな…。僕だったら部屋の明かりが消えたのを突入の合図にするところなんだけど、罠だと思われたかな?

「そこまで深く考えられるほどの知能は、奴等にはありませんよー。」
「シャル。起こしちゃった?」
「私に没頭したヒロキさんが何時寝るか、観察していたんですよー。私を満足させてくれて、外の喧騒を忘れてゆっくり寝て欲しいですし。」
「眠いのは眠いけど…、やっぱり外が気になって…。」
「外のゴミムシなら、とっくに退治しましたよー。」
「え?」

 まったくそれらしい音も気配もなかった。ドアが乱暴にノックされたり、部屋に強行突入されることもなかった。そんな状況で営めるようなら、シャルが「負けた気がする」と言うほど気にかけたりしない。一体、いつの間に。

「ゴミムシを混乱させるため、偽の緊急通信を送ってみました。『対象者は部屋から変装して脱出し、味方舞台に紛れ込んでいる』と。」
「包囲されている中、そんな手が通じたの?」
「簡単ですよー。ホログラムって手段を少し使えば。」

 そうか。シャルはホログラムも使えるんだった。照明による影までリアルタイムで正確かつ精密に表現されるから、触れようとしないと本物かどうか識別できない物凄いレベルのホログラムは、ナチウラ市に潜んでいたヒヒイロカネをおびき出す有力な手段になった。ヒヒイロカネも識別できないホログラムが、人間の目で識別できるとは思えない。
 シャルは僕の左腕を枕にしたまま説明する。偽の指令は無線を完全に掌握しているから簡単。僕とシャルの背格好に似せたホログラムを偽の緊急通信発信前に出現させて、集団の一部に向かわせる。それで「この雪の夜に他の余所者が?」と疑念を抱かせて、偽の緊急指令を発信した。

「対象者は部屋から変装して脱出し、味方部隊に紛れ込んでいる」

 ホログラムで疑念が生じていたところに、通信周波数も声色も完全に掌握した村の総務部長からのこの緊急通信で、施設を包囲していた集団は一気に混乱し始めた。さっきの2人はやっぱり例の2人だったのか、じゃああの2人は何処にいるのか、どうして隣の部屋で盗聴を続けていて、施設の職員もいるのにみすみす逃したのか、と責任追及まで始まった。
 偽の通信で混乱を鎮め、包囲網を維持するよう命令したが、暗闇と雪、そして寒さが襲う中で長時間待機し続ける村人の疑心暗鬼が不満へと変化して燻り始めるのは容易。そこに村人に変化した-防寒用具で身を包めば本物かどうかなんて容易に識別できない-ホログラムを介してこう言った。

あんたが例の2人なんじゃないか?

 これが引き金になって、お前か、否、お前だろう、と疑心暗鬼と不満が入り混じった争いが始まり、それが集団全体に波及した。異常事態を察した司令役の区長が止めるよう命令しても聞き入れる筈がない。とうとう手にしたシャベルを武器にした同士討ちまで始まった。
 司令役の区長や分隊長の青年団役員などが制止を試みたけど、全く効果がないばかりか、何時までこんなことをさせるつもりか、などと複数から矛先を向けられて懸命に宥めるしかない。その合間に本部である村役場に緊急通信を行ったが、「事態を混乱させた責任は重い。収束させて戦闘に備えろ」とシャルが偽の回答を出した。
 同士討ちは激しさを増し、ついに負傷者が出始めた。包囲どころの話じゃなくなり、みすみす僕とシャルを取り逃した。部屋を盗聴し続けていた村役場の職員や施設の職員にも怒りが向いた。連中を引きずり出せ、となったところでヒヒイロカネで全員を捕縛。雪の中で今も立ち往生している。更に、本部には同時期に地上部隊を送り込んで、司令役の村の総務部長をはじめとする村役場の職員全員を一気に拘束。これを受けて部屋の電気を消した。

「-じゃあ、部屋の電気を消したのは、村人への挑発や宣戦布告じゃなくて、事態の収束を宣言するようなものだったってこと?」
「そういうことです。押収した本部の資料では、この部屋の電気が消えたら突入開始としていましたが、残念ながらそれ以前の問題でした。」
「全面衝突を避けつつ完全に相手勢力を沈黙させるなんて、凄いね。」
「この部屋、正確にはこの施設に一定以上近づいたら戦闘ヘリで一斉攻撃するつもりだったんですが、全面衝突に消極的なヒロキさんに嫌われたくないので、策を講じたら、こういう単純な手段が有効かと判断して実行しました。」

 シャルはかなり、否、相当僕の見る目が変わるのを警戒している。僕としては、シャルに人殺しをして欲しくないことに尽きる。殺人はあらゆる犯罪の中で一線を越えたものだと思うからだ。だけど、今後はXの動向次第でそうも言ってられなくなるだろう。証拠はないけど、ナカモト科学大学の首脳部を自殺を装って抹殺したくらいだ。

「どうも私は頭に血が上りやすくて、ゴミムシが絡んでくるなら分け隔てなく始末すれば良いと考えやすいです。でも、始末するとそれらが持っているかもしれない情報や証拠も同時に闇に葬ってしまうことになりかねません。」
「…。」
「そんな私に、ヒロキさんの生命尊重の考え方は強いブレーキとハンドルになっています。O県とH県に跨る神祖黎明会の件でもそうでした。結果、そこから手配犯の身柄確保や、この村の重大な秘密の発見に至りました。私だけでは至らなかった、ヒロキさんがいてこその重要な成果です。」
「シャル。この村の重大な秘密ってさらっと言ったけど、それって何?」
「クローン製造です。」
「?!」

 クローン製造が、この村で?!思わず飛び起きそうになった僕を、シャルがしっかり光学迷彩付きのヒヒイロカネでベッドに押し付けて「起きちゃ駄目」と言ってから説明する。
 全面衝突に消極的な僕の姿勢で、シャルは無線を乗っ取って部隊の-というほど大層なものではない-攪乱や同士討ちを誘う作戦に転換した。無線はディジタルだが旧型のもので、解析と乗っ取りは造作もなかった。村の総務部長には偽の報告を送り、部隊からの通信に偽の指示を出すことも、やはり造作もないことだった。
 無線通信を完全に掌握したら、あとはホログラムを使った攪乱から同士討ちを誘うだけ。これまたあっさりと成功して拍子抜けした感すらあった。手持ち無沙汰になったので、明日以降にするつもりだった村のサーバー侵入や書類の一斉調査を開始したところ、「機密水準:最高」のファイルに妙な記述を見つけた。
 日本の電子化は進んでいるところと遅れているところが混在している。書類への押印は減ったとはいえ未だに健在だし、電子署名の付け方が分からない人も珍しくない。メールがともすれば遅れた伝達手段とされる場合すらある中、FAXも健在。耐用年数は保存方法さえ正しければ紙の方が長いのは、古文書の例を見れば分かるから、一概に紙が遅れているとは言えない。
 大半の書類は電子化が可能な状況で、この村も多くはそうなっている。にもかかわらず「機密水準:最高」のファイルは、該当する電子ファイルが存在しなかった。敢えて紙にする必要性と言えば、焼却や裁断で跡形もなく消去できること。それは裏を返せば、いざという時確実に処分できる必要性があるということ。
 怪しいと踏んだシャルが調べると、この村の人口増加策として、クローン製造が提案されていた。村長から青年団まで関与する村外の女性を拉致して子どもを産ませる人口増加策は、村の評判が悪いことで遅々として進んでいない。この人口増加策も拉致される女性のことをまるで考えていないけど、その対案としてクローン製造が提案されるあたり、この村に人権や倫理なんてものは存在しないことが分かる。
 クローン製造を提案してきたのが、あの新創命産業株式会社。O県の国会議員と癒着した神祖黎明会と結託してクローン製造と臓器売買を手がけていたニューライフクリエイトコーポレーションの兄弟企業。勿論クローン製造は表に出されていないけど、新創命産業株式会社は、村長など村の幹部に抜本的な対策としてクローン製造を秘密裏に提案し、製造施設を作っていた。その入り口が曽利沢の滝の裏側にある。
 Web管理者が狙われたのは、単独行動の若い女性であったことは勿論、偶然とはいえ地下牢への出入り口がある七輪神社と、クローン製造施設の出入り口がある曽利沢の滝を訪れて写真を撮ったことが理由だったと考えられる。村の重大な秘密に繋がる場所を写真撮影したとなれば、そこから情報や秘密が漏れる危険性は否定できない。写真を解析することで不可解な出入口があることを掴まれる恐れは十分ある。
 クローン製造施設は、曽利沢の滝に隠された出入り口から地下通路を進み、村役場の地下室を通じて村の東端、ヒガシクニ集落跡の牧場跡に作られている。勿論、施設本体は地下に隠されている。人がいなくなって放棄された集落跡は、道が細くて車でのすれ違いが困難で、観光スポットは何もない。せいぜい重度の廃墟マニアが偶に訪れて写真を撮っていく程度。カモフラージュは十分成功している。
 施設は本格稼働に向けて最終調整中。人の行き来が雪深さに阻まれることで、リモート制御の無人工場になる予定。およそ半年後に施設から若い男女の第1陣が製造され、数年かけて一定の教育を施した後、村の集落に「配給」される段取りになっている。

「狂ってる…。」
「人権や倫理の概念がない集団が、技術だけ最新のものを取り入れると凶器にしかなりません。」
「その施設を止めないと…!」
「村の通信網は全て掌握しています。それは例の施設も例外ではありません。」

 クローン製造施設はA市にある新創命産業株式会社とケーブルTV回線で接続している。この時点でセキュリティや危機管理の意識の低さが窺えるが、警察や自衛隊の介入を阻むために村の内外との通信網を遮断している。その中にはこの施設の制御や監視に使われるケーブルTV回線も含まれる。
 司令塔の村役場は既に完全制圧して、村外との通信や警察への出動要請がないことも確認済み。A市の新創命産業株式会社には、通信網遮断のついでにウィルスを送っておいた。当然、部隊のスマートフォンや無線の通信は完全掌握してジャミングを常時展開中。もっとも物理的に抑えられているから警察など呼ぼうにも指1本動かせやしない。

「通信網の掌握とジャミングは、隣の無粋な男にも適用してあります。」
「普通の会話も声を出してるのは、そのためなんだね。」
「はい。あの連中を混乱させるためとはいえ、声を出して会話できないのはいい加減嫌だったので。」

 通信網を掌握されたら、遠隔地にいる本部とのやり取りまで全て筒抜けになる。この時点で戦争の大勢が決まると言って良い。それはシャルの報告でも分かる。傍から見れば自滅だけど、結果として全面衝突と大量の死傷者、否、死者は出なくなったことには変わりない。これ以上ない成果だ。

「明日、予定どおりWeb管理者を救出します。この村に用はありません。」
「Web管理者を載せてこの村を出よう。この村に留まる理由はない。」

 この村はもう駄目だ。救いようがないところに足を踏み込んでる。だけど、この村を救う理由も、この村の破滅を見届ける理由もない。ヒヒイロカネはなかったけど、それに繋がるかもしれない重要な情報を入手できたし、拉致監禁されていたWeb管理者を救出できる。それで十分だ。大勢が判明したと知って、一気に眠くなってきた…。

Fade out...