『ありました!』
シャルに七輪神社への航空部隊追加派遣を要請して1時間も経たないうちに、道が開けた報告が入る。TV画面に七輪神社周辺の透過構造が3Dで表示される。七輪神社の本殿奥から山の中に下り階段が伸びていて、その先に小ぶりな平屋1件分くらいの空間がある。その空間は、廊下を挟んで6つに区切られている。しかも鉄格子付き。監禁場所と見て間違いない。『本殿奥か…。厄介な場所にあるね。』
『これが問題です。この3D構造図のとおり、出入口らしいものはあるにはありますが、本殿と密接していてどのように入るかが分かっていません。』
『…ご神体がカギかな。』
『私もそう考えてご神体をスキャンしましたが、ご神体そのものはごくありふれた壺です。』
『本殿と出入口周辺に機械的な構造はない?』
『出入口を開閉する機械的構造は確かに存在しますが、それと本殿を繋ぐ機構が見当たりません。』
『うーん…。』
シャルに、本殿内部をTV画面に表示してもらう。高解像度で表示される本殿内部は、小規模とは言え通常では見ることが出来ない貴重なものだ。周囲を雪に囲まれているにもかかわらず、本殿は綺麗にされている。宮司が出入りしているのか?この雪の壁に囲まれた、参道も雪で覆われた中、どうやって?
雪かきは思った以上に重労働だ。降り積もった雪は氷の塊。それがメートル単位で積み重なっているんだから、除雪が重労働なのは必然的だ。だけど、過疎の村、しかも少子高齢化が著しくて、人口が全体で2000人いるかいないかの村で、小さな神社の参道を毎日除雪して、本殿を綺麗にできるだけの体力が宮司にあるとは考えにくい。
『…七輪神社はダミーかもしれない。』
『ダミー、ですか?』
『扉はあっても開けられないということは、そもそもそれは扉として意味をなしていない、つまりダミーってことだよ。』
『!なるほど…。』
『でも、もしかしたら僕とシャルが予想もしていない方法があるかもしれない。シャル。こういうことって出来る?』
『十分可能です。それに、ヒロキさん以外の人間が私に触れることがないようにも出来ます。』
『そんなこと出来るの?』
『はい。』
シャルには、並行して村役場と村長の自宅を調べてもらうように頼む。負荷の増大が気になるところだけど、シャル曰く誤差にもならない範疇だと言う。シャルの能力の高さには驚くばかりだ。人が少ないわりに面積は物凄く広いこのオオジン村の何処かに監禁されているであろうWeb管理者と、それ以前の被害者の消息を掴み、救出するために、出来ることを考えて実行するしかない。
『そういえば、隣の部屋ではまだ僕とシャルを盗聴してるの?』
『しぶとく続けていますよ。ヒロキさんと私の会話音声を適当に作って垂れ流していますから、理解不能に思いながらも懸命に盗聴を続けているようです。』
『執念深いと言うか…。』
『思い込みがなせる業ですよ。ヒロキさんと私がこの村に何か有害なことを企んでいるという思い込み。その思い込みの下、延々と理解不能な会話を盗み聞きしていれば良いです。』
『早速罠にかかりました。』
その日の夜、夕食を食べ終えたところでシャルが言う。TV画面に現地中継らしい映像が表示される。LEDライトのついたヘルメットを被って除雪しながら前進する男2人組。その後ろには、男2人に両脇を固められ、後ろ手に縛られた若い女性。この女性は全くの無表情だ。『こんな夜、しかも雪の中、何処へ?』
『ヒロキさんの予想どおり、七輪神社です。』
『雪が障害になるから、という見方が出来ます。』
シャルの見解は裏をかくようなものだけど、的を得ていると思う。雪が積もるとどれだけ重くなるかは、僕自身嫌と言うほど理解した。この季節、この村では雪が降らないことの方が珍しいようだ。そんな気象条件を逆手にとって、絶え間なく降り積もる雪をあえて放置することで天然の障壁として、七輪神社に近づけないようにしていると考えられる。だから、除雪してまで参拝に向かっていた僕とシャルは、七輪神社の秘密を知ろうとしていると最大級の警戒対象にされたんだろう。七輪神社の本堂奥に監禁場所があって、そこに村に入り込んだ若い女性を監禁しているなんて発覚したら一大事。しかも村の公的事業として展開していると発覚したら、村の人間全員が逮捕連行されることになっても不思議じゃない。青年団は女性の狩りをすると同時に、七輪神社の警備をしていたと考えると、つじつまが合う。
僕とシャルがしたように除雪しながら参道を進む、否、切り開いていく。暫くしてようやく七輪神社の境内が見える。これも漏れなく雪に覆われているから、ちまちま除雪。何とか拝殿全体が見えるようになると、除雪していた男2人が拝殿に乗り込む。それに、女性を拘束した男2人が続く。靴は脱がない。七輪神社の位置づけが垣間見える。
一行は拝殿を通過して本殿に入る。此処でも靴は脱がない。これで完全に七輪神社の位置づけが確定した。神社の皮を被った監禁施設のゲートだ。本殿は神社の中でも特に神聖な場所。そこに部外者が靴も脱がずに入るなんて考えられない。村の人間だけならまだしも、捕縛した村以外の人間がいるにもかかわらず、だ。
注視していると、先導していた男2人組がご神体を祭壇ごと横に退かす。ご神体が載っているからか一応慎重だけど、ご神体を祀る祭壇を部外者が勝手に動かせる時点で、七輪神社は神社として機能していないことが分かる。こんなこと、一般の神社だったら絶対に許されない。まず間違いなく警察か警備会社がすっ飛んでくるだろう。
『!』
僕とシャルの前で監禁施設に通じる扉の謎が解ける。祭壇を退かして現れた観音開きの扉を、2人がかりで左右に開けるというものだ。なるほど。扉の開閉機構はあっても、それに連動する仕掛けがないわけだ。分かってしまえばごく単純だけど、何かしらの仕掛けがあると思い込んでいたから分からなかった。これも先入観の1つだろう。扉の奥は、シャルの解析どおり、階段が伸びている。その先には地下牢が廊下を挟んで3部屋ずつ、計6部屋ある。地下牢は一応明かりがあって、各部屋にベッドとトイレ、洗面台があるけど、快適な環境とは思えない。床はコンクリートが剥き出しだから、冬は暖房があっても相当寒いだろう。地下牢の最も奥、階段から見て左手側に1人の女性がベッドの上で蹲っている。連行されてきた女性は、その向かいの部屋に投げ込まれるように収容される。
「春になったらお前らには子作り労働が待っとんで、それまで良い子にしとんなやー。」
「若ぇ女が2人。これで村も安泰やわ。」
『こいつら、狂ってる…!』
『地下牢の気温は18℃。一応空調は効いていますが、壁や床がコンクリートむき出しなので、体感温度は13℃以下ですね。』
『向かいの部屋の女性が、Web管理者?』
『恐らくそうだと思いますが、連中が去った段階で一定範囲の情報収集を行います。奴らの始末は何時でも出来ます。』
『監視カメラやセンサの類はありません。このあたりが知恵の足りなさですね。』
『場所が場所だから、此処に監禁されたら出てこられないし監視の必要はない、と高を括っているんだろうね。』
『地下牢の状況は分かりました。向かいの女性への接触を開始します。』
「貴女は、全国秘境放浪記というWebページの管理者さんですか?」
向かいの女性は、緩慢な動きで顔を上げて女性の方を向く。顔色は悪くて生気もない。劣悪な環境での監禁生活と、その先に待ち受ける絶望的な生活で、相当精神的に追い詰められているんだろう。「そう…ですけど。」
「無事で良かった。私達は貴女を助けに来ました。」
「え?」
「最初に、貴女の健康状態を確認します。危害は一切加えませんから、じっとしていてください。」
「は、はい。」
『…全身スキャン完了。打撲骨折など外傷はありません。微熱あり。体温がやや低め。軽い風邪の症状が見られます。保温による応急処置を行います。』
「体温が低下しているので、保温処置をしました。このままで良いので、此処に至る経緯を聞かせてください。」
「はい。」
スマートフォンを取り上げられると思って、咄嗟にスマートフォンの電源ボタンを連打して緊急通報をした。案の定、その直後にスマートフォンを取り上げられ、この地下牢に収容された。食事や日用品は、定期的に洗面台脇の穴から出て来るが、1日2食で栄養補助食品ばかり。空調も効いてはいるけど部屋全体が底冷えする。地下牢に入れられる前、春まで此処に閉じ込めておくこと、春になったら出して村全体で子作り労働に励んでもらうと言っていた。絶望しかなかった。
Web管理者から、村の尋常じゃない事業の存在が証言されたことで、僕とシャルに絡んだ連中から引き出した情報が裏付けられた。こんな劣悪な環境に閉じ込めておいて、春になったら村全体で子作り労働と言う名の集団強姦をして、文字どおり子どもを産ませるための道具として、そして畑仕事や老人世代の介護の道具として、とことん使役するつもりだった。村の存続のために他人を犠牲にして憚らない。悪い意味での田舎を凝縮したような実態が此処にある。村全体から強烈な腐臭が漂っている。
「-状況はよく分かりました。よく今日まで頑張りましたね。」
「ううっ…。」
「脱出の前に、栄養補給と保温、安静によって心身の回復を図ります。今は休養と回復だけ考えてください。」
「は、はい…。」
『良かった。間に合ったね。』
『はい。これで作戦の第1段階は成功です。女性が回復次第、第2段階に移行します。』
光学迷彩を施した戦闘ヘリが同行しているから-TVの映像の視点がこまめに移動したのはそのため-、戦闘になっても何ら問題はない。そもそも遠隔操作端末は完全にシャルの制御下にある。遠隔操作端末は見た目若い綺麗な女性そのものだけど、シャルがもう1人いるのと等価。下手に手を出したらその瞬間に切り刻まれるか戦闘ヘリからのミサイルで粉砕されるのがオチだ。
遠隔操作端末を中継する形で、医薬品やシャルが作った料理を転送する。居場所が特定できたことで、僕とシャルがいる施設と監禁施設との間をヒヒイロカネのトンネルで結び、そこに必要物資を載せれば、少ないタイムラグで輸送できる。
遠隔制御端末が監禁施設に難なく入り込めたことで、地下牢の仕組みを内部から解析可能になった。山の中、しかも地中深くにあることで、早期警戒機の強力なレーダーでも内部の詳細までは把握しきれない。第2段階の前準備として、地下牢の詳細な構造解析や、遠隔操作端末の連行と収容を担当したことで発覚した村役場の人物の特定と情報収集を行う。更に、七輪神社のご神体をより詳細に解析する。
七輪神社のご神体が三付貴神社や銀狼神社など、遠く離れた場所のご神体と共通する特徴-ヘブライ語に酷似した模様の羅列がある。今回はご神体に相当接近しての撮影や解析が可能な状況だ。今のうちに解析を進めておくことで、天鵬上人としてこの世界に名を遺した手配犯の1人の行動、すなわちこの世界の日本史の謎とヒヒイロカネの所在を解明する手掛かりを掴もうというわけだ。
今は村の業の片棒を担いでいる格好だけど、七輪神社自体は歴史の長い神社だと分かっている。だから、ご神体も創建当初から存在する本物と見て良い。七輪神社と1000km以上離れた三付貴神社と銀狼神社に、似通った模様を刻んだご神体があるという事実は、日本史の常識を覆す可能性を秘めている。