『得られた情報を整理して報告します。』
朝ご飯を終えて、茶を飲んで一息ついたところで、シャルが言う。気持ちを切り替えて報告を受けよう。『Web管理者はやはりこの村の人間に拉致監禁されています。目的はずばり、子孫生産による村の維持繁栄のため。』
『!子どもを産ませるために攫ったってこと?!』
『はい。あの2人はWeb管理者に目を付け、尾行していました。ちなみに2人は村の青年団の一員であり、村公認の事業と言う位置づけです。』
シャルの報告を聞く。この事業-事業と言って良いかどうかは兎も角-は「オオジン村外部交流活性化事業」という。村の過疎化・高齢化を食い止めるため、何と今の村長が先導している。勿論、村議会では議事録が残るから審議していないけど、根回しという名の賄賂で議員を懐柔している。反村長派やその議員も、結局のところ村長が気に入らないとかそんな理由で対立しているのであって、思想や方針での対立じゃないし、旨味があるから容認している。旨味とは当然、拉致された女性に子どもを産ませることだ。
自由意思も何もあったものじゃないけど、過疎化が進んで出産適齢期の若い女性自体が少なくなり、数少ない女性も家事出産マシンとされる村の現状に嫌気がさして逃げ出してしまい、このままだと村が消滅してしまうという危機感が強まっていた。そこで、村の人間が責任を持たなくて良い-この考え自体狂ってるけど-余所者の女性を誘い込み、拉致して子どもを産ませることで、近親婚による危険の回避にもつなげようと目論んだそうだ。
村は若い女性が来やすいように、安価で設備が整った宿泊施設、つまりは僕とシャルが滞在しているこの施設を地域活性化事業と偽って推進し、国の補助金も得て建設。そして青年団をやはり賄賂で懐柔し、実働部隊にした。そして何も知らずに入り込んだ若い女性を拉致して、村の子どもを出産させることにした。
だが、狂った計画は思うように進んでいない。地理的条件があまりに不利なのと、めぼしい観光スポットやレジャー施設がないことで、若い女性が訪れる理由がない。更に近隣の自治体が合併協議会からの離脱を内心歓迎するほど、長年の村長派と反村長派の警察沙汰が当たり前の長年の対立が悪い意味で有名になり過ぎたことで、近隣の自治体は「若い女性はオオジン村に行くな」と内々に通知しているらしい。だから、拉致できる対象になるのは偶々そういう事情を知らずに村を訪れた県外の人か、家出してきた近隣の自治体の人に限られていて、年に1人拉致できれば御の字といった状況だ。
Web管理者は、偶然この村という罠に入り込んでしまった。この施設に単身滞在するという情報が、施設管理者経由で村全域に行き渡り、青年団が出動して尾行して拉致する機会を窺っていた。だけどWeb管理者は、他に危険な目に遭ってきたのもあってか、異変に早期に気づいて脱出の準備をしていた。このままだと逃げられると思って施設管理者が要件を騙ってドアを開けさせ、別動隊が拉致したという。
拉致された女性は、ある場所に監禁されているらしい。ただ、情報漏洩や反村長派の裏切りを警戒して、監禁場所は青年団から拉致した女性の身柄が引き渡される村役場の職員の一部しか知らないらしい。頃合いを見て集落を順次回させるから-勿論子作りさせるために-、それまで楽しみに待て、ということで。
『…狂ってる。』
『小人閑居して不善を成す、という言葉そのものですね。醜悪な対立に明け暮れて将来の担い手を逃がしたばかりか、村全体が若い女性を標的にした拉致監禁・集団強姦組織になり果てたわけですから。』
問題は、監禁場所を2人組は勿論、実働部隊である青年団が知らないこと。シャルも2人組を徹底的に尋問して-当然、脳へのダイレクトアクセスも含む-情報を探らせたけど、監禁場所は分かっていない。村のWebページやメールなどを管理するサーバーに侵入して解析したけど、青年団とのやり取りは残っていても、〇〇に連行など、監禁場所を示す情報は何も残っていない。犯罪行為だと分かってはいるのか、情報漏洩や裏切りに備えて記録を残さないようにしているようだ。
『航空部隊を村全域に展開して監禁場所を捜索していますが、今のところそれらしい場所は見つかっていません。』
『かなり巧妙に隠しているみたいだね。僕とシャルが捜索するにしても何しろこの雪だから、移動するにも限られるし、下手に村を回っていると余計に怪しまれる。』
『諜報部隊を村長と村役場の職員、そして村議会議員の家庭に派遣しています。そこから何か情報が得られるかもしれません。』
『シャルが空と陸から情報を集める間に、別の手立てを考えよう。』
『…Web管理者の持ち物の中で、スマートフォンはないんだよね?』
『はい。くまなく部屋全域を探しましたが、スマートフォンだけは見つかりませんでした。Web管理者が拉致された時に携帯していたと見るのが自然かと。』
『そのスマートフォンのバッテリーが切れてなければ、位置情報を調べることは出来るんじゃない?』
『!出来ます。』
そういった項目は、ある程度スマートフォンやセキュリティの知識がないと何も設定されないままになっている。むしろ大半はそうだと見て良いくらいだ。Web管理者の情報機器の知識の度合いは不明だけど、アプリごとに詳細の設定をしていない確率が高い。それは逆に、スマートフォンから少なからず情報発信がなされ続けていること、すなわち発信機として機能していると考えられる。
スマートフォンにGPSが内蔵されているのは勿論だけど、そのGPSが算出した位置情報をスマートフォンが出していることは、意外と知られていない。それをアプリで利用するのが盗難防止アプリ-実際の用途では浮気の追跡調査が多いらしいけど-。GPSの位置情報を定期的に出力する発信機にするわけだ。
Web管理者を拉致した村の人間は、Web管理者からスマートフォンを没収している。外部と連絡を取られたら困るから、その程度のことは確実にする。だから、Web管理者の現在地を特定できる可能性は低いけど、今Web管理者のスマートフォンを持っているのは、監禁場所を知る村役場の一部の職員、あるいは村長やそれに近い人物である可能性は十分考えられる。
この村でも1人1台としても約2000はあるスマートフォンや携帯電話から発信される情報から、特定の情報を抽出するのは膨大な時間を要する。だけど、シャルならそういったことは待てる範囲の時間で十分可能。そこから監禁場所を知る人物を割り出し、必要ならシャルが尋問して場所の特定に至れるかもしれない。
『航空部隊には早期警戒管制機がいますから、情報が載った電波の検出が容易です。他のスマートフォンなどからの情報分析も行います。』
『頼むよ。些細なことでも断片的なことでも、集めれば重要な手がかりになるかもしれない。』
今日も朝から雪が降っているから、昨日に続いて部屋に滞在することにした。幸か不幸か、僕は元々アウトドア志向というほど外出しないと気が済まないタイプじゃなくて、必要だったり時に気晴らしで外出するタイプだから、特に苦痛に感じることはない。大体、外に広がる灰色の雲と白い雪の塊のグレースケールの光景を見ても外に出たいと思うのは、ウィンタースポーツ好きか物好きかのどちらかだろう。
流石に待つだけだと暇を持て余すから、洗い物をした後、シャルに頼んで昨日撮影した写真とWeb管理者が残していた写真、それと、シャルの航空部隊が調査分析のために撮影している写真や動画を検証することにする。Web管理者が残した写真は、今時珍しく加工されていない現地そのものの写真。まだ気づいていない手掛かりが残っているかもしれない。この村を訪れるきっかけになった写真も、不鮮明ながら写っていた七輪神社のご神体だ。意図せずに撮ったからこそ、重要な手掛かりや情報が偶然写り込んでいることはあり得る。
それにしても、七輪神社もご神体こそ特異だけど、神社自体は社務所すら境内にない、小さい拝殿と奥の本殿があるだけの小規模神社。なのに、僕とシャル、そしてWeb管理者にも尾行がついていた。めぼしい観光スポットがないところに拉致対象の若い女性がいたからという考え方が自然だろうけど、何となく腑に落ちない部分がある。
昨日の2人組の様子を思い出すと-ちなみにシャルに徹底的に使役された後、関連する記憶をすべて抹消されたうえで、除雪中に埋もれた体で雪の壁に暫く生き埋めにされてから診療所前に放置されたそうだ-七輪神社を余所者が参拝することに、かなり警戒感を抱いている印象だった。この人口が少ない村で村外の参拝者がないと建て替え資金になる賽銭も期待できないだろうに。余所者をとことん嫌う排他的な性質が表れたと考えるのが、やっぱり自然だとは思う。だけど…何か引っかかる。
余所者が参拝する困る神社って、考えれば考えるほど変な話だ。参拝者に事欠かない大規模な神社は、近隣住民より他所からの参拝者の方が遥かに多い。神社側もご利益を謳って参拝者を呼び込み、賽銭やお守りの販売とかで建て替えや維持の資金を得るようにしている。昔は近隣住民や地元企業の奉賛金に、政府の支援もあったから何とかなっただろうけど、過疎に加えて村の悪評、更に政府の支援は少なくとも表向きにはなくなった今、参拝者を排除するのは神社の消滅を促すようなものだ。
銀狼神社では、殺処分される運命だった捨て犬を引き取って改造手術を施してまで、偽の銀狼を創り出して観光客を呼び込んでいた。離島と、この村ほどではないけど過疎が進む町で、歴史や由緒だけじゃ寺社仏閣は維持できない。方法は杜撰で醜悪なものだったけど、神社の維持を図ったという点だけ見れば、銀狼神社の方向性の方が正当だ。だけど、七輪神社はこれまでの例以上に余所者の排斥に向いている。まるで…!
『シャル。七輪神社の本殿に航空部隊か諜報部隊を送り込むことってできる?』
『まったく問題ありません。どうしてですか?』
『七輪神社の本殿奥とかに、監禁場所の通用口があるかもしれない。』
『!』
言い方は悪いけど、僻地の小さい神社に参拝するのを非常に警戒するのは、七輪神社に知られたくない秘密があると見ることも出来る。ご神体や模様の意味を知らないとすると、この村特有の事情は、拉致した女性の監禁場所に関する情報。Web管理者が拉致されたのも、僕とシャルを尾行していた2人組がいきなり出てきて難癖をつけてきたのも、七輪神社に監禁場所が近いもしくは出入口が隠されているとすれば理解できる。
『あると決まったわけじゃないけど、可能性が考えられる以上は調べておいて。』
『勿論です。至急航空部隊を派遣します。』
『この程度のことは、負荷の増加と言うほどではありません。』
シャルがダイレクト通話で言う。『マスターのところでINAOSと搭載モジュールを抜本強化できたからこそです。あの時、ヒロキさんが私を信じてくれたから、今の私があるんです。』
『シャル…。』
『だから、安心して私を頼ってください。私しか出来ないことは私がします。2人で協力して解決していきましょう。』
『うん。』