謎町紀行

第20章 監視の町の最後の戦い

written by Moonstone

 2日後。タカオ市の中心部にある高級住宅街が大混乱に陥った。タカオ市の市長が旧シシド町への産業廃棄物処分場誘致と建設に絡んで、建設業者とその家族を殺害して産業廃棄物処分場に遺棄した。−概要だけでも衝撃だ。そしてこの情報はマスコミ発ではなく、流出した市政情報の分析から発覚したという体でSNSが爆心地になった。
 産業廃棄物処分場の航空写真。それだけだとよく分からないが、画像解析すると人骨らしいものが彼方此方にある。スペクトル解析の結果、複数の人骨が産業廃棄物処分場に遺棄されていることが明らかになった。それらは特徴やDNA解析から、行方不明になっている建設業者とその家族であることも。
 勿論、こんな明確な証拠となる情報がそのまま流出する筈がないし、こんな情報を無数のアクセスがあるサーバに保管している時点でどうかしているとしか思えない。シャルが、未だに復旧しない市のサーバから流出した情報に、解析した結果を断片的に混入させ、タカオ市の安全都市条例に反対していた政党や市民に情報提供という形で存在を知らせた。
 多少の分析は必要だが、総合すれば産業廃棄物処分場に複数の人骨が遺棄されていて、しかもそれらは行方不明になっている建設業者とその家族だと分かるようになっている。何故なら遺留品もそのままだったからだ。複数の写真から年齢性別問わず遺棄され、白骨化するまで放置されたことも分かる。
 まさに「処分場」と化していた、旧シシド町にとって負の財産でしかない産業廃棄物処分場。アクセスのし難い立地、高い塀、そして相互監視させる安全都市条例で覆い隠されていた市長の恐るべき闇が白日のもとに晒された。SNSが爆心地になった市長の大量殺害と死体遺棄の証拠は、瞬く間に全国に広がった。
 マスコミはこぞって一面や冒頭で報じ、SNSの情報配信者に情報提供を依頼して却下される図式が続く一方、市長の病院逃走の余波が冷めやらぬタカオ市は、再び激しい怒りの炎に包まれた。市民を相互監視で抑圧するどころか、父の代から付き合いがあった建設業者を家族を含めて「処分」していたとなれば、鬼畜の所業と言う他ない。
 市中心部の高級住宅街には、市長の自宅がある。SNSで稀代の悪事を知った市民とそれを報道するマスコミが大挙して押し寄せ、警察が突入を防ごうと駆け付け、一触即発の雰囲気になっている。未だに業務再開の見通しが立たない市役所にも市民が押しかけ、市長の行方を教えろと職員に詰め寄り、こちらは既に駆けつけた警察と小競り合いが起こっている。
 肝心の市長は、市民病院から逃走した後、行方をくらましている。SNSを爆心地とする情報の数々に、警察もついに死体遺棄の容疑で市長を重要参考人として事情聴取する方針を固め、捜索を開始している。一方でその警察がやむを得ないとはいえ市長の自宅を警備していることに、「市長なら犯罪者でも警察が守るのか」など批判が続出している。
 捜査員が市長の自宅に赴いて市長の所在を聞いても、妻など家族が「市長は帰宅していないし連絡も取れない」と回答している。逮捕状や捜査令状がないと、警察と言えども容易に突入は出来ない。これが特別な地位にある犯罪者の擁護と映り、更に警察批判が過熱している。

「これで市長が表に出て来る道は封じました。ヒヒイロカネの能力と手配犯が派遣したと思われる支援機で逃げおおせても、市役所も自宅も市長が帰る場所ではなくなった以上、潜伏と逃亡の生活を続けるしかありません。」

 シャルは産業廃棄物処分場で収集した情報と関連情報を集約・分析して、産業廃棄物処分場に纏わる大量殺人事件と断定しただけに止まらず、その情報をネットを通じて拡散した。それは市長が表舞台に出て来るのを防ぐため。ノーマルな人間なら逮捕・起訴と進めるべきだが、ヒヒイロカネを身体に埋め込んでいる市長は、その前にヒヒイロカネの明け渡しが必要だ。
 だからシャルは市長のまっとうな逃亡先を潰した。警察が周辺を固め、市民が押し寄せる中、市庁舎や自宅に戻れるのは余程神経が図太いかそもそも神経がないかのどれかだ。大量殺人に何らかの形で手を染めておいて神経があるも何もないけど、逮捕されると分かっていて戻って来ることはないだろう。
 ヒヒイロカネで病院から飛び降りて逃亡できたけど、シャルと違って全身がヒヒイロカネじゃないから、全治3カ月の重傷であることは変わりない。病院での治療を切り離したから、骨折も正しく繋がるか怪しくなるし、何より骨折の痛みは強いそうだから、潜伏と逃亡の生活が長続きするとは思えない。

「ヒヒイロカネで空を飛べれば話は変わって来るけど、それは無理だよね?」
「不可能です。ヒヒイロカネを一部に埋め込まれた程度では、飛行で必要な浮力や推進力に肉体が耐えられません。」
「車を奪うとか逃亡手段は幾つか考えられるけど、公共交通機関を使うのは不可能だし、飛行も無理。陸上移動しかないね。」
「車を奪ったら、通常は警察に通報されます。しかもそれが市長なら警察が動かない選択肢はありません。目立つリスクを含む手段を使う確率は低いと見ています。」
「だとすると、それほど遠くへは行けてないね。」

 市長が病院から逃亡して3日目。実質徒歩でしか移動手段がなく、更に人目を避けながらではかなり移動範囲は限られる。となると、捜索範囲は割と絞れる。

「市長の移動範囲を推測した結果、幾つかの地点が候補に挙がりました。」

 シャルがHUDにタカオ市と近辺の地図を表示する。その複数の地点にマーカーが表示される。順に探って行くと、その間に別の場所に逃げられる恐れもなくはない。出来ればピンポイントで候補地の1つに向かい、早々に身柄を抑えたいところだ。

「…左上の場所だと思う。」
「私もそう思います。行きますか?」
「早めに行動を起こした方が良い。行こう。諜報部隊の派遣とナビを頼むよ。」
「分かりました。」

 シャル本体のシステムを起動して運転を始める。タカオ市とヒヒイロカネの因縁を断ち切るには、まず市長の身柄確保が必要だ。ヒヒイロカネを回収するのは勿論、その背後に居る手配犯と思しき人物を引き摺り出すためにも。

「ヒヒイロカネのスペクトル反応を検出しました。推測は正解でした。」
「移動してる?」
「いえ、一点に留まっています。ヒヒイロカネを埋め込んでいると言えど本体は重傷の身。潜伏しているというより動けないのかもしれません。」
「念のため、諜報部隊の監視継続と、妨害に対する迎撃の準備をしておいて。」
「分かりました。援軍を派遣します。」

 シャル本体から続々と戦闘機が飛び立っていく。前回は予想外の支援機の妨害で市長を逃がしてしまったけど、今度は逃がすわけにはいかない。手配犯も恐らく市長の近くに居るだろう。全面対決の時は近い。オクラシブ町を上回る困難や危険があるだろうけど、逃げる選択肢はない。

「!市長とは別のヒヒイロカネのスペクトル反応を検出しました!」
「手配犯?!」
「手配犯の資料と照合した結果、1名に極めて近いことが分かりました!」

 事態が一気に緊迫の度合いを増した。この世界に多くの混乱と悲劇を齎した手配犯の1人がついに姿を現した。本人か子孫かは別として、容疑者であることには違いない。その人物からもヒヒイロカネのスペクトル反応が検出されたということは、所有か埋め込みかをしているということ。激しい戦闘は避けられないだろう。

「戦闘を開始します。」
「!周囲に危険は及ばない?」
「敵は集落から1km以上離れた場所に居ます。集落に決して近づけないよう、より遠くに追いやります。」
「それなら安心だけど、敵の攻撃に注意してね。」
「大丈夫です。任せてください。」

 シャルは敵の攻撃を待つんじゃなくて、必要なら先制攻撃で有利な状況に持ち込む。今回のように敵がどんな手を使うか分からないし、敵が周囲を巻き込むこともあり得る状況では、先制攻撃で敵の虚を突いて追い込む方が戦闘被害が少なくて済む。
 僕はスピードを上げて現地に急ぐ。今回はバスを待つことはしない。本来はいけないことだが、市長に裁きの場に引きずり出すため、そしてヒヒイロカネを回収して手配犯の身柄を確保するため、敢えてマイカー立ち入り禁止を破る。オフシーズンなのが幸いだ。車は前にも後ろにも居ない。
 現地に近づくにつれて爆発音らしいものが聞こえて来る。敵も支援機を飛ばして来るくらいだ。すんなり追い込まれてはくれないだろう。ヒヒイロカネを回収して保管するボックスがあるシャル本体を出来るだけ現地に近づけるのは良いとして、他に僕に何が出来る?

「敵が避難を始めました。戦局はこちらに有利です。」
「シャルの被害は少ない?」
「若干被弾しましたが、その場で修復可能なレベルです。敵の支援機による妨害も存在が分かれば早々に無力化できます。」
「被害状況にも気を付けてね。」
「大丈夫です。到着予定ポイントと最適なルートをナビとHUDに表示します。」

 ナビには近辺の地図が、HUDには運転方向を示す矢印が表示される。此処からそれほど遠くない。爆発音に驚いたか、大通りを人が走っている。HUDに従って急展開して細い道を走る。子距離としては大通りを走る方が近いけど、人が無秩序に入り乱れる中を掻い潜れるような運転技術はない。
 上下左右にくねる小道を、必死に運転する。うっかりするとハンドルを取られて森に激突しそうだ。不思議と振動が少ないのは、シャル本体のショックアブゾーバーのおかげだろう。多数の戦闘機や支援機を指揮操作しながら、僕の運転アシストも欠かさない。シャルには本当に恐れ入るばかりだ。
 急に開けたところに出る。こんなところがあったなんて驚きだ。崖の近くに何かが倒れている。

「市長を発見しました!確保します!」
「どうやって確保するの?」
「そのままHUDに従って運転してください!」

 幾らシャルの強力なアシストがあっても、この状況で急ブレーキは危険だ。シャルの言うとおりにアクセルを踏み続ける。近づいて市長と分かる人物の全体が視認できたところで、シャル本体から巨大なシャベルのような物体が飛び出して市長を掬い上げ、瞬く間に市長を縛り上げてラゲッジルームに飲み込むように取り込む。

「市長の身柄を確保しました!このまま運転してください!手配犯は近くです!」
「分かった!」

 シャルを信じるしかない。僕は力いっぱいアクセルを踏む。広場をひた走ると爆発音が最大になる。ある一点に向けて戦闘機が入れ替わり立ち替わりミサイルを放ち、戦闘ヘリが機銃照射を続けている。手配犯が居る?でも、こんな攻撃じゃ死んでるんじゃ…。

「いえ、死んではいません。防御に徹しているだけです。」
「ということは、手配犯のヒヒイロカネは…。」
「かなり高度な人格OSを有しているか、或いは…。」

 シャル本体の進行が自動的に止まる。代わりに、HUDに攻撃集中個所の映像が出る。サーモグラフィを通して見たような映像の中心には、半球状のドームのようなものの中に居る何者かが居る。あれが手配犯か。つまり、半球状の物体はヒヒイロカネ?

「そのとおりです。ヒヒイロカネの創造機能による位置固定型防衛シェルターです。」
「逃亡し続けても良さそうだけど、シャルの攻撃に耐えかねた?」
「自分の秘密を知る市長を放り出してこの位置に居ることから、恐らく攻撃をかわせなくなったのかと。」

 今もシャルが指揮操作する戦闘機と戦闘ヘリの攻撃は続いている。生身の人間なら既に肉片しか残ってないだろう。防戦一方ではあるけど、その攻撃を完全に防いでいる手配犯の防衛シェルター。ヒヒイロカネがこの世界に広がったら、際限なき軍拡競争の果てに世界大戦が起こるのは目に見える。
 今の問題は、手配犯をどうやって確保するかだ。確かに今はシャルの絶え間ない攻撃で手配犯の動きを封じている。だけど、攻撃が止んだらすぐさま逃亡か攻撃をして来るだろう。実際、HUDに映るシェルターの内側に居る手配犯は、怯えている様子はない。攻撃が止むのを座して待っている雰囲気だ。
 手配犯はヒヒイロカネを持っている。しかも、シャルに匹敵するかもしれない高度な人格OSをも有するタイプを。オクラシブ町のものは本能レベルしか有しなかったから、シャルで無力化して回収できた。だけど今回はそう簡単にはいかないだろう。どうする?何が出来る?

「手始めに、手配犯に無条件降伏を呼び掛けます。」
「降伏するかな…。」
「しなければ次の手段を実行するだけです。」

 シャルが僕のパートナーとしてこの世界に送り込まれたことを考えれば、シャルが手配犯に粘り強く降伏を呼びかけ続けるわけはない。降伏しないなら制裁、制裁でも降伏しないなら抹殺。そう考えていても不思議はない。

「手配犯CH1007690125B。聞こえるでしょう?命が惜しければ無条件降伏しなさい。」
「!貴様、人格OSか?!誰の差し金だ?!」
「貴方と同じ世界の存在以外あり得ません。もう一度だけ言います。命が惜しければ無条件降伏しなさい。」

 スピーカーを通じてシャルと手配犯の応酬を聞く。管理区域外への持ち出しは理由を問わず実刑など、取り扱いが非常に厳しいヒヒイロカネを別の世界に持ち込み、多くの混乱や悲劇を齎した手配犯は、捕縛されれば厳罰は免れないだろう。手配犯はどう出る?

「無条件降伏?冗談じゃない!!」
「冗談で言ったつもりはまったくありません。」

 シャル本体から何かが次々と分離していく。戦車か。ん?空にも…。あれは爆撃機?更に攻撃を強めるんだな。でも、ヒヒイロカネの防衛シェルターを破れるんだろうか?

「防衛シェルターを破るのは困難ですが、それを制御するのが生身の人間かヒヒイロカネかの違いがあります。」

 戦闘機と戦闘ヘリに加えて、戦車と爆撃機が攻撃を始める。砲撃と爆弾がシェルターに容赦なく浴びせられる。車内は防音処理が施されているから音は聞こえないけど、爆発の振動は感じられる。現場は耳を引き裂くほどの轟音と、全身を揺さぶられるほどの振動に違いない。

「大音量と振動は人間の精神状態に悪影響を及ぼします。ヒヒイロカネで攻撃自体は防衛できても、音や振動は相応の機能がないと遮断・無効化できません。」
「!つまり、今の手配犯は拷問を受けているようなもの。」
「そのとおりです。また、スペクトル解析の結果、ヒヒイロカネは頭部を除く随所に埋め込んでいるのと、別途人格OSを有するものがあることが分かりました。人格OSのレベルはそこそこのようですが、機能はごく限定的なもののようです。」
「ヒヒイロカネは大丈夫でも、当人は…。」
「何時まで耐えられるでしょうかね。」

 シャルはしれっと言うが、1時間、否、30分持つかどうかだろう。でも、不用意にヒヒイロカネの防衛シェルターを解除すると、ミサイルや機銃や砲撃や爆弾を一気に浴びて、それこそ肉片も残さないほど粉々にされる。シェルター内から無条件降伏するしかないけど、手配犯はどう出る?

「や、止めろ。止めてくれ。止めてくれ…。」
「だったら無条件降伏しなさい。降伏の証明は、隣に居る人格OS搭載のヒヒイロカネを防衛シェルターの外に出すことです。」
「そ、それは…。」
「出来ないなら発狂するまでそこに居なさい。」

 シャルは一切攻撃の手を緩めない。交渉や妥協の余地は一切ない。降伏か抹殺かの二者択一しかない。手配犯は爆音と振動に耐えられなくなってきているようだし、このままだと本当に発狂するかもしれない。シャルとしては、ヒヒイロカネを回収すれば目的は達成できる筈だけど、手配犯も捕縛するつもりか?

「そのとおりです。S級物質取扱法違反、他世界干渉禁止法違反など罪状には事欠きません。」
「捕縛するのに異論はないけど、捕縛してからはどうするの?まさか連れ回すわけにもいかないし。」
「既に手は打ってありますから、安心してください。」

 手配犯の存在を把握して追い詰めたから、後処理は万端なようだ。僕はシャルの指示があるまでジェネレータを起動したままにして、何時でもシャル本体を発進できるようにして奥に徹するのが賢明だ。戦闘機と戦闘ヘリに、戦車と爆撃機を増派したから、シャルの負荷やエネルギー消費は確実に増えている筈だ。

「貴様!生身の人間が居るのに血も涙もないのか!」

 手配犯とは違う、やや高めの声がスピーカーから響く。これが人格OSを持つヒヒイロカネか?

「生憎私もヒヒイロカネですので、血も涙もありません。」
「光学迷彩付きの戦闘機を飛ばしてきた時点でもしやとは思ったが、『王』の差し金か?!」
「『王』が何を意味するのか分かりませんが、隣の手配犯はS級物質取締法違反をはじめ余罪多数。貴方は本来存在してはならないものですから、消去します。それが私の任務です。」
「そうはいくか!」

 防衛シェルターの中で幾つも発射台のようなものが出来て、一斉に何かを射出する。防衛シェルターを飛び出してあり得ない曲がり方をして、シャルの戦闘機や爆撃機に命中する。地対空ミサイルか。命中した戦闘機や爆撃機が爆発して飛散する。シャルにダメージは?!

「ダメージは全体の0.3%です。エネルギーが十分あって近距離から伝達できるので、即補修できます。」
「敢えて此処までシャル本体の移動を指示したのは、このため?」
「はい。無線方式のエネルギー伝達は距離による減衰が避けられません。ダメージの補修を即座に行うのは、距離が近い方が有利です。」

 よく覚えてないけど、電磁波は距離の二乗に反比例して減衰すると高校の物理か大学の講義で習った憶えがある。この激しい攻撃には当然多くのエネルギー消費が伴うだろう。遠距離から指揮操作も可能だけど、エネルギーロスを出来るだけ防いで効果的に追い詰めるために、本体を此処まで来させたんだな。
 それに、ヒヒイロカネは専用の回収ボックスに収納する必要があるけど、今回のターゲットはオクラシブ町のように全てヒヒイロカネじゃない。切除とかが必要だけどそれはシャルかシャル本体が必要だ。オクラシブ町もそうだったし、今回はよりややこしい状況だから、シャル本体が出来るだけ現場に接近する必要があったんだ。
 地対空ミサイルの発射は続くが、多勢に無勢なのは素人の僕でも分かる。ミサイル自体も明後日の方向に逸れるようになる。恐らく、前回市長を逃したエネルギーフレアを放つ支援機を投入したんだろう。シャルが無計画に被弾し続ける策を取る筈がない。

「ミ、ミサイルが通用しなくなった…。」
「機能もエネルギー搭載量も私の方が圧倒的に上です。前回貴方が投入した支援機も、当然私の機能に含まれますし、更に上位の機能も有します。」
「ぐっ…。」
「隣の人間が発狂するのを見ながら攻撃に耐え続けるか、早々に降伏するか。選択肢はそれだけです。」

 シャルは一切攻撃の手を緩めない。その気になれば人間どころか建物1つ軽く粉砕できるミサイルや爆弾が雨霰のように降り注げば、爆音と振動は甚大だろう。防衛シェルターも音や振動まで防げないようだし、手配犯とヒヒイロカネは降伏か抹殺かの二者択一しかない、絶望的な状況だ。

「や、止めてくれ…。た、頼む…。」
「自分達の崇高な目的とやらのために、生産施設の職員や警備員を殺害してまでヒヒイロカネを持ち出し、挙句別の世界に持ち込んで混乱と悲劇を齎した分際で、自分が追い詰められたら懇願ですか?」
「!シャル。手配犯は殺人もしてたの?!」
「はい。生産施設を急襲した手配犯は、居合わせた職員や応戦した警備員を殺害して、ヒヒイロカネを持ち出しました。」
「そ、それは、し、仕方なかったんだ!」
「なら、貴方がこの場で発狂するのも、重犯罪を多数犯した者の末路として仕方ないことですね。諦めなさい。」
「ち、畜生!血も涙もないのか?!」
「あちらの世界では5人がかりで28人、この世界でもそれぞれで何十何百人と殺害しておいて、どの口が言いますか。」
「タ、タケル!ぶっ殺せ!!こいつらを!!」
「了解しました!」
「本性を現しましたね。」

 シャルは徹底的に冷徹だ。こんなシャルは初めて見る。だけど、相手はオクラシブ町の時とは違って、明らかに人格OSを搭載するヒヒイロカネ。事前情報がなかったとはいえ一度はシャルの攻撃を無力化したし、両手で持てるサイズの大きさでもシャルが無力化するのは苦労した。舐めてかかっていると足元を掬われる危険がある。

「!ヒロキさん!ハンドルをしっかり握ってください!」
「わ、分かった。うわっ!」

 シャルの声で反射的にハンドルを握った瞬間、シャル本体が凄い勢いで後退する。さっきまでシャル本体が居たところの地面から、鋭利な刃物らしいものが突き出す。防衛シェルターで守れる換わりに身動きが取れないと思ったら、地中を潜らせて反撃して来たんだな。
 やっぱり高度な人格OSを有するヒヒイロカネを回収するのは相当困難だ。サイズがミニチュアなだけで破壊殺傷能力は十分あるミサイルや機銃を発射する戦闘機や戦闘ヘリ。更には爆撃機や戦車。妨害用の支援機に地対空ミサイル、集落1つの制圧くらい造作もない戦闘部隊。それらの攻撃も防ぐ防衛シェルターに、地中を潜らせて下から攻撃することも出来る。
 この世界にヒヒイロカネがあってはいけない。僕の意思とは無関係に前後左右に激しく動くシャル本体に、辛うじてハンドルとシートベルトで固定されている現状で改めて強く思う。利己主義と気に入らない対象の排撃が並行して強まる一方のこの世界は、ヒヒイロカネは破滅しか齎さない。
 地面からシャル本体を追うように、刃物らしいものが激しく突き出し、直ぐに引っ込む。どう考えても下から刺し貫くつもりだ。地対空ミサイルを完全に封じた時点でシャルの制圧は時間の問題と思いかけてたけど、そう簡単にはいかないか。此処からどうする?

「此処に逃げ込んだ時点で、手配犯らの敗北は決まったようなものです。」
「どうして?」
「もう直ぐ分かりますよ。」

 シャルは本体を巧みに動かして、下からの攻撃をかわし続ける。前後左右に激しく動くから、ハンドルをしっかり握って視点を固定していないと、車酔いを起こしそうだ。それより、シャルが余裕なのはどうしてだろう?シャルも手配犯が此処に逃げ込むように追い込んではいなかったと思うんだけど。

「ぐぅおおおおおおおおーっ!!」

 突然、前方の森の方から雄叫びが轟く。熊?直後、激しい地響きが起こり、急接近して来る。シャルは下からの攻撃は回避し続けるけど、地響きは意に介してない様子だ。

「ぎゃっ!!」
「ぐわっ!!」

 スピーカーから2つの悲鳴が飛び出す。防衛シェルターの下から巨大な拳が飛び出している?!拳は防衛シェルターこそ突き破れないものの、突然の、しかも予想外の下からの攻撃で第ダメージを負ったらしく、手配犯と人格OS搭載ヒヒイロカネらしい小柄な人物は地面に突っ伏して微動だにしない。あれは…!

「タカオ市の元副市長!」
「そうです。彼は肉体の変性によって地面が露出している場所へしか移動できない状態になっていましたが、手配犯らはその報復がまさか自分に返って来ることになるとは思わなかったようです。」

 そうだった。ツクシ村は元副市長が手配犯と談笑していた市長にヒヒイロカネで捕縛されて、肝臓にヒヒイロカネを埋め込まれてこの地に追いやられた地だった。市街地はアスファルトや住宅が鮨詰めだから移動できないけど、集落の面積がごく限られているツクシ村は割と自由に移動できる。
 シャルが戦闘機や戦闘ヘリの他、爆撃機や戦車まで創造して激しい攻撃を展開したのは、生身の人間らしい手配犯に精神的ダメージを与える方策だったのと同時に、元副市長に手配犯の居場所を知らせることも兼ねていたのかもしれない。地面が露出している場所に手配犯が居るから報復しろ、と合図を送るために。
 ふと後方に気配を感じて振り向くと、防弾チョッキと鎧を合成したような装備を着用した人達が次々と現れる。新たな敵?それならシャルが早々に反応してるか。

「到着ですね。」
「彼らは?」
「私が手配犯の身柄拘束と連行のために出動要請をした、SMSA−S-rank Material Security Agencyの職員です。」

 SMSA−単純に訳せば「S級物質保安局」の職員が、人格OS搭載のヒヒイロカネを捕縛し、手配犯の身柄を拘束する。下からの不意の攻撃で受けたダメージが相当大きくて防衛シェルターの維持が出来なくなったのか、防衛シェルターはシャルの攻撃でついに破壊された。そこにSMSAの職員が突撃した。
 手配犯とヒヒイロカネは共に両手は後ろで、両足は正座した状態で大腿部と足首をそれぞれ束ねるように拘束されている。拘束具は手錠じゃなくて、一見鉄パイプを拘束する個所の形状に合わせて曲げたような簡素なものだ。でも、時折抵抗の動きを見せる手配犯もまったく身動きが取れない。見た目より相当頑丈らしい。
 口にも同様の拘束具が着けられている。だから手配犯とヒヒイロカネは、時代劇で拷問される人のような格好で、地面から浮いている台車のようなものに載せられて連行される格好になる。何だか市中引き回しみたいだ。手配犯や人格OS搭載のヒヒイロカネには、かなり屈辱的じゃないだろうか?

「この者は?」

 手配犯とヒヒイロカネを連行して来た職員の1人が、シャルと一緒にシャル本体から降りた僕を見て訝しげにシャルに尋ねる。

「ヒロキさんは、マスターが私を委任し、この世界に持ち込まれたヒヒイロカネ回収に尽力している人です。無礼は許しません。」
「!マ、マスターご委任の方?!こ、これは失礼いたしました。」

 僕の身柄を拘束しそうに見えた職員は、シャルの強い口調での説明で態度を一変させて敬礼までする。マスターとはシャルが時々言う、僕の車をシャルに変えた「あの方」、つまりあの老人のことだろう。手配犯も「王」とか言っていたし、相当な権限を持つ人らしい。そんな人が僕にヒヒイロカネの回収とシャルを委任したのは不思議だ。

「私本体の後部座席に収容したもう1人の被移植者も、纏めて除去回収を行います。周辺住民の隔離と安全確保を。」
「了解しました。」

 シャルの指示で、SMSAの職員の多くは拘束した手配犯とヒヒイロカネを台車のようなものに載せたまま散開する。一部はシャル本体の周辺で待機する。ショットガンのような武器を使える態勢だから、シャルのヒヒイロカネ除去回収作業で不測の事態が起こった場合のサポート要員だろう。
 シャルの本体が車だったり、人体創製で若い女性の姿で分離していることに、SMSAの職員は何ら動じた様子がない。こういうことは向こうの世界ではごく普通のことなんだろう。あと、マスターと称されるあの老人からシャルの姿や立ち位置とかが周知徹底されているのか、シャルが指示することに怪訝な顔をすることもない。

「ヒロキさんのことも伝達されていますが、容貌など詳細までは伝わっていなかったようです。不快にさせて御免なさい。」
「ちょっとびっくりしただけだよ。僕とシャルの旅は、向こうの世界の公的な活動として認められているって理解で良い?」
「はい。ですので、SMSA関係者などがヒロキさんと私に危害を加えることは絶対にありません。…では、始めましょう。」

 シャル本体のラゲッジルームから、拘束された状態で市長が放り出される。続いて多数のケーブルが現れて、市長と手配犯に向かう。市長と手配犯は抵抗できないまま、先端が刃物や手術用器具と化したケーブルと突きたてられる。肉体からヒヒイロカネを除去して回収するためだろうけど、結構えぐい。
 その間、シャルは人格OS搭載のタケルと呼ばれていたヒヒイロカネに向かう。徐に両手をタケルの頭部に伸ばして抱き寄せる。同時にシャルの脇腹からシャッターのようなものが飛び出してタケルの胴体を囲い込み、更にシャル本体から太いケーブルが飛び出してシャルの背中に突き刺さる。当然血は出ないけどかなりえぐいし、ちょっと複雑な心境。
 次の瞬間、激しい光と爆発音がシャルとタケルを包み込む。オクラシブ町のヒヒイロカネ無力化・回収時にも見られた光景だけど、あの時より光と音の量が多い。人格OSのレベルに比例するんだろうか。兎に角音がきつい。耳を塞いで作業の完了を待つ。
 光と音がようやく止む。目を閉じていたのに、目に光の残像が残っている。シャルがシャッターのようなものを取り込み、タケルの頭部から離れる。タケルの頭部が接触していたシャルの胸から首、腹にかけた広い範囲が焼け焦げて表面が凸凹になっている。一方のタケルはまだ幼さが残る小柄な青年だった人体の形状が崩れている。
 シャルはその場に座り込んで、そのままゆっくり後ろめりに倒れていく。僕は反射的にシャルを抱きかかえる。シャルの損傷はかなり酷いけど、急速に修復されていく。本体から接続されたケーブルは、修復に必要なエネルギーを一気に供給するためか。

「そのとおりです。今回は人格OSが高度だったので、損傷率が20%を超えましたし、エネルギー残量も30%を下回りました。本体からエネルギー供給を受けて修復しないと、機能に支障が出る恐れもあります。骨折をきちんと手当てしないと、歪んだ状態で骨がくっついてしまうのと同じと考えてください。」
「そのためにも、シャル本体を無力化して回収する作業をすると予想したこの場所に出来るだけ近づける必要があったんだね。」
「はい。創造機能による戦闘機などの修復と同様の論理です。私の場合は戦闘機などよりエネルギー消費がずっと大きいので、その分破損時の修復に必要なエネルギーも多くなります。」

 エネルギーとなる水素を積載しているのはシャル本体である車の方だ。自己修復機能があると言ってもエネルギー供給がないと機能しないのはどんな機械や装置でも同じこと。シャルにとって、シャル本体はエネルギー基地であると同時に医療拠点のようなもの。強引にでも接近させる理由は此処にあったわけだ。
 タケルだったヒヒイロカネは、完全に人の形状を喪失した。もはや人間の一部のように見える部分がある金属の塊でしかない。修復が完了したシャルは、立ちあがってヒヒイロカネが乗った台車のようなものを移動させて、ラゲッジルームの回収ボックスに収納する。同化した1枚の板は厚みが増したけど、見た目にはつい少し前まで言葉も話し、人間の形を取っていた高度な人格OSを搭載していたとは思えない。
 別のケーブルからも、複雑な形状のヒヒイロカネが2個運ばれて来て回収ボックスに収納される。市長と手配犯から除去回収したものだ。こちらも少しして板と同化する。翻って市長と手配犯は、縫合処置は施されたようだけど、全身血塗れ。痛みのあまりか失神して失禁もしている。

「手配犯はこれから私が創られた世界に送致して取り調べの後、起訴されます。終身刑は免れません。」
「管理区域から持ち出すだけでも実刑だから、当然だね。」
「市長からはヒヒイロカネに関する記憶を抹消しました。これから多大な負の財産を背負うことになるでしょう。」
「此処から先は、検察の力量次第だね。」

 一般市民には逮捕監禁当たり前でも、政治家や関係富裕層にはとことん甘いのが警察や検察や裁判所だ。何処まできちんと裁けるか怪しいものがある。だけど、この世界のある国で発生した犯罪は、その国の法律に基づいて公正に裁かれる必要がある。ヒヒイロカネを悪用したからと言って法に基づく治安や裁判への干渉は危険だし、慎まなければならない。

「さて、あの人からもヒヒイロカネを除去します。…お待たせしました。こちらに来てください。」

 一息吐いたシャルは、防衛シェルターがあったあたりに言う。地面が急に盛り上がって、岩石のゴーレムのようなものが姿を現す。今回の事態解決のもう1人の功労者、元副市長だ。

「邪魔にならないように地中に居たのだが、存在が分かるのか。」
「問題の物体が貴方の身体に埋め込まれているので、検出できます。その厄介な物体を貴方から除去します。」
「手酷い目に遭わされそうだが。」
「彼らは重大な違法行為をしたからです。貴方には慎重な処置をしますので安心してください。」
「信用するとしよう。」

 元副市長に、シャル本体から複数のケーブルが向かう。今度は容赦なく突き立てるという雰囲気はない。肝臓に埋め込まれているというヒヒイロカネの回収も勿論必要だけど、元副市長が元の姿に戻ってもらうことも必要だ。市長と手配犯が齎した災厄の1つでもあるから…。
 あれから1週間が過ぎた。タカオ市の現職市長が強引に誘致した産業廃棄物処分場に、家族を含めて殺された建設業者の遺体が遺棄されたことが分かったのをはじめ、現職市長自ら殺人に手を染めたこと、そういった情報を丸ごと隠蔽して発覚を防ぐためにタカオ市に例の条例を制定したことが明らかになった。
 当然ながら市長は逮捕されて取り調べを受け、自宅や市役所、事務所が家宅捜索された。結果、産業廃棄物処分場建設の際に建設業者社長と土地の買収を巡ってトラブルになり、市長が建設業者社長を殺害。発覚を恐れて従業員も家族も殺害し、産業廃棄物処分場に埋めたという。
 更に、市長が仕掛けた例の条例制定に絡んで、市長から与党会派の市議会議員に何度か現金が渡っていたことも発覚。市議会議員も続々と事情聴取から逮捕への流れを辿り、定数を大幅に下回った市議会は事実上の再選挙が行われることが決まった。一貫して条例に反対した政党が与党会派に与しなかった無所属議員と共に大躍進する可能性が浮上している。
 行方不明だった元副市長は、市長の建設業者殺害を知って市長に自首を勧めようとしたところ、捕えられてツクシ村の山奥に監禁されていた。ツクシ村の住民から奇妙な声がするという通報を受けた警察の捜索で発見・保護された。食料や水は定期的に与えられていたようで、衰弱はしていたが生命に別条はないとのこと。
 サイバーパソナ社の失態で停止していたネットワークは、その元副市長がコンタクトを取った、現役時代に交流があった業者の手でどうにか復旧し始めた。完全復旧にはまだ時間がかかるが−サーバ内の情報を警察が証拠として押収したため−、市の窓口業務はほぼ再開して、市役所の混乱は収束に向かっている。
 サイバーパソナ社の社長や社員も病院で事情聴取を受けたが、結局市長の大学時代の後輩でしかなく、起業したベンチャーを軌道に乗せようとして市長に利用されたに過ぎないことが確定した。条例制定や殺人には関与していないが、市の業務に重大な支障を及ぼした背任や、税金還流の疑惑は消えない。回復次第事情聴取から書類送検・起訴にはなるだろう。

「事態は収束しました。あとの事実解明や裁きは、関係機関が行うことです。」
「ヒヒイロカネ回収は、オクラシブ町の時より大規模になったね。」
「機能的には大きく劣ってはいましたが、高度な人格OSを搭載していました。こちらに関する情報はSMSAからの報告待ちです。」
「単に世界に散らばったヒヒイロカネを集めるって感覚じゃ駄目なのは確実と見た方が良いね。」

 大半が荷物置き場になっていたタカオ市のホテルをチェックアウトする。延長に延長を重ねたから代金は見たこともない額になった。それでも問題なく払えるカードのおかげで、新たな警察沙汰になることはない。金銭面で不自由はないとは知っているけど、こういう事実を前にするとやっぱりただ事じゃないと思う。
 こちらの世界のタカオ市の顛末は、向こうの世界の事情を反映して一部改変されている。1つは建設業者大量殺人の理由。これは産業廃棄物処分場建設の際に偶然ヒヒイロカネの一部が掘り出され、旧シシド町の住民として潜伏していた手配犯が口封じのために行ったこと。でも、市長も建設業者社長との間で、これまで見たこともない金属の所有を巡ってトラブルになり、激昂して社長を殺害したのは事実だ。
 もう1つは元副市長の発見・保護に至る流れ。ツクシ村の住民の記憶をSMSA職員が一部改竄して、副市長が山奥の小屋に監禁されていることにした。副市長が容貌もあってツクシ村から出られなくなっていたのは事実だし、ヒヒイロカネ除去の結果、1日で元どおりになったものの衰弱していたことは事実。ヒヒイロカネ除去による肉体への負荷が原因らしい。
 手配犯は血塗れで失神・失禁したまま、SMSA職員によって向こうの世界に連行された。厳しい取り調べの結果得られた情報は精査・分析の上でシャルとマスターであるあの老人に伝達される運びになっている。それまでもう少し時間がかかるらしいけど、僕とシャルはそれを待たずに次のヒヒイロカネ捜索に向かう。
 今回、ヒヒイロカネに高度な人格OSが搭載されていた。その経緯は向こうの世界での取り調べ結果を待たないといけないけど、こちらの世界にヒヒイロカネを操作制御できる技術が存在するのは確実だ。技術はある人物だけで実現できるもんじゃない。その背後には企業なり国なり大規模な組織が関わっていると考えた方が良い。
 幾ら機能ではシャルが圧倒的と言っても、情報からヒヒイロカネの存在ポイントを予想して探すには、この世界は広過ぎる。今回も何だかんだでひと月以上タカオ市や周辺自治体に滞在することになった。全てのヒヒイロカネを回収するには、移動くらいは迅速にしたい。ヒヒイロカネがこの世界と相容れないオーバースペックであることは、今回でも嫌と言うほど証明されたんだから。

「旅の道のりは厳しくなりそうです。…ヒロキさんは騙されたような気がすると思いますが。」
「シャルとこの旅に出るって決めた時点で、もっと遡ればそう決める前に1ヶ月間の猶予を貰った時点で、何が待っているか分からない旅に出る覚悟は出来てた。そのために僕はこれまでのしがらみを全部捨てたんだ。騙されたとは少しも思ってないよ。」

 ヒヒイロカネがかつてこの世界にあって、今はあってはならないとされている理由は、スペックの面でも使用に必要な倫理の面でも、この世界とは相容れないからだ。利己的な人間が蔓延り、弱者を踏みつけることが美徳とさえ認識されるこの世界では、どう考えてもヒヒイロカネは使いこなせない。
 僕は、そんな世界が嫌だった。だけど、僕1人では到底変えられなかった。僕1人が変わっても、周囲が変わらないから多勢に無勢。日に日に息苦しさを感じていたところに、何の偶然か因果かあの老人と出会い、シャルと出逢った。僕はそこに新たな希望を見出したんだと思う。自分や周囲や世界を変えるのを止めて、広く自分に出来ることをすることに。

「ヒヒイロカネ相手に僕が出来ることは限られているけど、知恵を出すことと運転することと、この世界に関する知識を出すことは出来る。これからもシャルと一緒に旅をしていきたい。だから、気に病まないで。」
「ありがとうございます。私はあの方の言いつけどおり、ヒロキさんの安全確保とサポートに全力を尽くします。」
「サポートするのはシャルじゃなくて、僕じゃない?」
「いいえ。この世界の案内人はヒロキさんで、私はヒロキさんの案内でヒヒイロカネ回収を担当するんですよ。それより、1つ聞きたいことがあるんです。」
「何?」

 システムをスタートさせると、次の目的地がナビに表示される。此処から車で…7時間。これまたかなりの長旅だな。

「私が人格OS搭載のヒヒイロカネを無力化する際、ヒロキさんからこれまでにない感情が流れ込んで来たんですけど、あれは何ですか?」
「シャルがヒヒイロカネを無力化する際…!」
「あの感情は、ヒロキさんが若くて綺麗な女性と仲良くしてる時に私が抱く感情と一部酷似してましたけど、どういうことですかー?」
「…分からない。」

 シャルがタケルと名乗った人格OS搭載のヒヒイロカネの無力化する際、シャルがヒヒイロカネを胸に抱く格好になった。オクラシブ町の時は手に乗るくらいの球体だったから何とも思わなかったけど、今回はれっきとした男性の容貌だったから、無力化するためと分かってはいたけど…。

「ねえ、ヒロキさん。どういうことですかー?」
「だ、だから分からないって。」

 完全に理解は出来なくても、大体分かって言ってるな、シャルは…。タカオ市と周辺での時間は、シャルと観光をする割合が多かった。情報収集や分析の量が膨大だったのと、ヒヒイロカネの所在を絞り込むのに時間を要したのが主な理由だけど、その間、僕の中である感情が強くなっていくのを感じた。
 今回のヒヒイロカネ無力化でシャルが感じたという僕の感情は、その感情が基になって状況と合わさることで派生したもの。自覚はしてるけど、状況を弁えれば当然のことだろうし…。シャルを横目で見ると、答えを言わせようと悪戯っぽい笑みを浮かべている。見なかったことにしておこう。うっかり漏らしてしまいそうだし…。
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