謎町紀行

第21章 海辺の町で蘇る過去の負の記憶

written by Moonstone

 イイダテインターを降りて国道を2時間ほど走って、ようやく目的地に到着。今度はこれまでと打って変わって海沿いの町。海を見るのは久しぶりで、人体創製を使ってからは初めてのシャルは、高速道路走行中から海が見えてきた時点で目を輝かせている。
 イイダテインターからはほぼ海岸線沿いに伸びる国道をひた走るだけだったんだけど、これがなかなか…。何時になったら到着するのかと思うほどの距離間だった。ともあれ、無事に目的地−ナチウラ市の宿に向かう。国道から外れると途端に道が狭くなる。しかも傾斜が急なところが多い。

「えっと…、此処?」
「はい。」

 近くの駐車場にシャル本体を止めて、これまた坂道を上ったところまでシャルが案内した、このナチウラ市での拠点となる宿は、純和風建築の旅館。宿の手配は完全にシャルに任せてるけど、こういう宿を選ぶとは思わなかった。勿論良い意味で。

「此処はお部屋での食事が出来るんですよ。」
「部屋食は珍しいね。」
「外のお店で食べるのも良いんですけど、この町は居酒屋やスナックが殆どなので。」
「それだとシャルの選択が最適だね。」

 偏見もあるだろうけど、こういう港町はまだ「男は酒を飲んでナンボ」という価値観が主流なのか、夜になると酒飲みの男性が屯する。そんな店に金髪という特異な髪を持つ、群を抜く容貌の若い女性であるシャルが入るのは、わざわざ性的な店にサービスに行くようなもんだ。
 まずはチェックイン。正面玄関こそ自動ドアだけど、内装は純和風の旅館。スリッパが整然と並べられた玄関に、和装の女性が近づいて来る。多分女将だろう。

「いらっしゃいませ。」
「予約した富原です。」
「富原様ですね。どうぞこちらへ。」

 靴を脱いで鍵付きの下駄箱に仕舞ってスリッパを履き、女将に玄関向かって右側のフロントに向かう。宿泊者カードに必要事項を記入してといったところは一般的なホテルと変わらない。

「富原様。2名様で10泊にてご予約いただいております。料金はオンラインで決済いただいております。」
「はい。」

 途中のSAでATMに行って現金をある程度下ろしておいたけど、こういうところでもオンライン決済できるとのはちょっと意外。ある程度の町中ならカード決済出来ると思いきやそうでもなかったりするし、カード決済は無理だろうと思った店で意外と出来たりする。飲食店以外はオンライン決済の方が都合が良いんだろうか。

「ご案内いたします。どうぞこちらへ。」

 女将に案内されて部屋へ向かう。旅館は最近改装したのか、凄く綺麗だ。廊下や階段が広くて、階段の段差も緩やかだ。こういうところは旅館らしい。部屋は2階。和風建築だとそれほど高く出来ないのもあるだろうけど、エレベーターを待つのは朝食時とかに結構イライラすることもあるから、階段で移動できるのは良い。
 案内された部屋は「海風」という名前。部屋毎に名前が記載された表札のようなものが掲げられているのも旅館らしい。部屋の鍵はカードキーだけど、ドアノブの形状は古めかしくもある一般的なもの。今時設備と純和風の雰囲気が上手い具合に混在している。

「良いお部屋ですねー!」

 シャルの言葉に納得。10畳を超える和室には床の間と押入れがあって、障子を開けると窓に面して向い合せに並ぶソファ。シャルが窓を開けると、広大な海が一望できる。急斜面を上ったところにある理由が分かる。この景色は格別だ。

「ありがとうございます。長期ご宿泊いただけるということで、特に良いお部屋をご用意いたしました。」
「2人だと持て余すくらいの広さですね。」
「お部屋は純和風ですが、冷暖房をはじめとする設備は最新式ですので、快適にお過ごしいただけますよ。」

 確かに壁に埋め込まれたエアコンもあるし、TVは大画面。冷蔵庫もビジネスホテルとかのチャチなものじゃなくて、小型とはいえ2ドアタイプ。冷蔵はまだしも冷凍が出来る備え付けの冷蔵庫はホテルではまずお目にかかれない。トイレはウォッシュレットだしユニットバスもある。女将の言葉どおりだ。
 女将から説明を受ける。朝食と夕食は部屋食も食堂でも可能。朝食は前日の20時までに、夕食は当日10時までフロントに連絡すれば良い。布団を敷くのと畳むことの指示や、部屋の清掃の可否などは、ドアの隣にあるボタンを押せばその指示がフロントに伝わる。布団の出し入れは随時。部屋の清掃の可否はチェックアウト時刻の10時までに連絡すれば良い。
 出入り口は夜10時で施錠され、朝5時に解錠されるが、カードキーを認証エリアにかざせば何時でも出入り可能。出入りは24時間体制で監視されているので、利用客以外はロビーから奥には入れない。土産や軽食などはロビーにある売店で購入できて全てカード決済可能。
 建物や構造は純和風だけど、設備はビジネスホテルと同等どころかそれ以上。部屋食が選べることや布団の出し入れがこちらの都合で指示できるのがありがたい。こういう旅館だと料金が結構なものだろうけど、金に関しては全く心配要らない。その分此処を拠点にヒヒイロカネの捜索と回収に専念できる。
 女将が退室した後、改めて窓から外を見る。左の端から右の端まで、緩やかなカーブを描く海岸線とそれに沿って走る、僕とシャルが此処まで走ってきた国道281号線。その向こうに広がる砂浜と青い海。時折国道を走る車の音が聞こえる程度で、微かな潮の香りを運んで来る外の空気は喧騒から隔離されている。

「海が凄く綺麗ですね。」
「長閑な海辺の町って印象だけど…、此処もヒヒイロカネがある候補地なんだよね。」
「はい。私もそうは思えないですけど。」

 このナチウラ市の別名は「海鳴りの町」。この前のタカオ市みたいに「何かある」と感じさせるものじゃない。町の雰囲気も今のところ異質な感じはしない。まずは情報収集だな。一見何もないようでも何か怪しいところはあるかもしれない。そこに切り込んでいけば何かがあるかもしれない。ヒヒイロカネがなければ次の候補地に行けば良い。
 それよりも…、景色は良いし設備が快適なのは間違いないけど、正直海が近い場所にはあまり長居したくない。出来るだけ早々に決着を付けられれば良いんだけど、これまでの経験からそうはいかないと思った方が良い。最初からシャルが10泊も入れたくらいだから、長期滞在を視野に入れてるんだろう。

「海が近い場所は嫌なんですか?」
「海自体は好きでも嫌いでもないけど…。」

 口にするのも嫌な記憶が、海に近い場所に出来るだけ長居したくない理由だ。だけど、この宿や選んだシャルは何も悪くない。ヒヒイロカネの捜索と回収に専念して、出来るだけ早々に決着を付けるようにしよう…。
 流石に疲れた…。翌日、ナチウラ市でヒヒイロカネが隠されていそうな場所として、これまでの経験から些細なことでも不審な出来事が発生している地域や寺社仏閣をリストアップして、それらの概要を現地に赴いて調べることから始めた。だけど、不審な出来事というのが僕とシャルが滞在する旅館から見える海だけという事実。
 その不審な出来事とは、海鳴りがする夜に海岸に出ると、行方不明になるというもの。と言っても、海鳴りの発生理由が沖の天候が荒れて大きな波が崩壊する音で、沿岸部が穏やかで風向きが海から沿岸部であるという条件が重なることで聞こえるという性質から、後に海が荒れた時に不用意に波打ち際に出て波にさらわれたと警察が結論を出している。
 そもそも、この不審な出来事も、SNSやブログで多少喧伝されてはいるけど、現地では「天候が悪くなる時に、しかも夜に不用意に海岸に出ることがおかしい」と認識されている。海に限らず、水がある場所は夜になると真っ黒になる。おまけに街灯も及び難いから、余計に地面と海の区別が付き難い。そんな条件で不要に海岸に出たら、少し高い波が来たらアウトになる危険性は高い。人間、たった数cmの水深でも溺死する。ましてや突如波が来たことや水に浸ったパニック状態なら尚更だ。
 しかも、不審な出来事というには頻度が少ない。年に数件、しかも海鳴りがして天候が荒れた夜のこと。海で溺れたり行方不明になったりする事故は全国どころか世界各地で起こっている。年に数回の海の事故を異常事態と言うには無理がある。SNSやブログで海鳴りと連動して切り取られた結果、話が肥大化したという真相が見えて来た。
 まだ結論を出すには速いとはいえ、此処までこぎつけるのには相応の時間と手間を要した。市の図書館で事故のデータを得たり、市の全域を聞いて回ったり。ほぼ半日使った長距離運転の翌日、朝から市の全域を駆け回ると、シャルのアシストがあると言っても運転だけで結構疲れが溜まる。

「疲れが酷いようですね。」

 シャルと部屋で夕食。部屋食はゆったり出来るから良い。シャルは数ある服の中で浴衣が相当気に入っているようで、旅館に居る時はずっと浴衣だ。髪こそ浴衣のイメージとは離れた金髪だけど、変に着崩さないから違和感がないんだろう。

「身体の動きとしては、運転って基本的にずっと座って時々手足を動かす程度なのに、割と疲労が溜まるんだよね。」
「強い緊張感が維持されますから、姿勢やその継続から乖離した疲労になるようです。」

 今の車は人工知能搭載やら安全機能搭載やらで安全性の向上や自動運転は進歩しているけど、何から何までフォローしてくれるわけじゃない。その頃の運転感覚が染み付いているから、運転席で完全に寝ていても目的地に移動できるシャルになっても、運転の緊張感は維持されるんだろう。
 移動はシャルに任せれば良いんだろうけど、シャルはヒヒイロカネの探索の他、データの分析がある。それに移動まで任せたら僕の存在意義が問われかねない。土地勘はなくてもリアルタイム更新されるナビに、安全な車線変更の誘導や周辺の危険を即座に表示するHUDと、今の車を遥かに凌駕する機能があるんだから、運転くらいは僕がしたい。

「ヒロキさんから、これまでにない複雑な感情を感じます。疲労の原因は、不慣れな場所の移動も勿論ですが、その感情に起因する矢継ぎ早な行動が続いたからと見ています。」
「複雑な感情…。」

 心当たりはある。否、シャルの言うとおりなんだ。こういう場所から出来るだけ早く去りたい。そのためにはヒヒイロカネがあるかないかをまずはっきりさせないといけない。ヒヒイロカネの手掛かりを虱潰しに探して、拒否感とも言える否定的な感情が先走って誤った判断をしないようにブレーキをかけている面もある。

「ヒヒイロカネの回収は重要ですが、それはヒロキさんの心身に過度な負担をかけるものであってはなりません。少なくとも私はそう考えています。」
「…。」
「明日は1日休みましょう。私は本体からエネルギーを得れば疲労個所の修復も直ぐ出来ますが、生身の体であるヒロキさんはそうはいかないんです。」
「…うん。分かった。」

 明日もヒヒイロカネの捜索を続けたい気持ちは強いけど、ぼうっとしてると意識が急速に消えそうになるほど疲れが溜まっているのは感じる。運転席で寝こけて移動なんてそれこそシャルの負担でしかないし、シャルの言うとおりにしよう。…チェックアウトで一旦部屋から出ないといけないんじゃなかったっけ…。
 翌朝。ナース姿のシャルに起こされて−本当にびっくりした−部屋で朝食を済ませて、チェックアウトより少し前に旅館を出た。シャル本体で少し遠くに行こうと思ったけど、シャルがそれを止めた。昨日入浴を済ませて布団に入ったら直ぐに意識が闇に沈んだほど疲れていた僕に運転させたくない、と。
 海の近くに居たくない僕は、何処か行けそうなところを探したけど、このあたりはヒヒイロカネの存在候補地であることを除くと、めぼしい場所はない。海と砂浜と漁港、そして大小の旅館と土産物屋を除けば、ひなびた小さい港町。緩やかな時間を過ごす感覚がないと退屈で仕方ない場所だ。
 海に近い場所に居たくないとはいえ、車がないと海から遠ざかるのは結構大変だ。海が近いと言っても地形は山が殆どで、平地は山と海に挟まれた僅かなエリアしかない。そこに両方に歩道を伴う片側1車線の国道が走っているから、大半の建物は山沿いの斜面に沿って作られている。
 旅館に近い寺社仏閣は昨日の段階で調査に走っているから、改めて行く必要はない。となると、ゆったり歩きながら暇を潰せる場所は自ずと海に近いところになる。国道沿いには若者向けの店も幾つかあるけど、それが僕にはかえって拒否感を募らせる。

「昨日は離れていたから気付きませんでしたけど、国道沿いは結構賑やかですね。」
「うん。」

 確かに賑やかではある。浜辺の方から独特のリズムに乗った英語の歌詞が流れて来る。海が最も賑わう時期でもあるけど、この手の賑わいは台風接近で海が大荒れになるくらいでないと消えないだろう。潮の香りは結構好きなんだけど、この手の曲が伴う浜辺は出来るだけ近づきたくない。

「ヒロキさんから、これまでにない強い拒否感情が伝わってきます。」
「…その理由までは読み取ってないの?」
「ヒロキさんの許可なく把握するのは憚られます。それに、強い拒否感情が壁のようになって絶えず前面に出て来て、接近を阻むイメージです。」
「そう…だろうね。」

 口に出すことも避けたいと思うくらい嫌な思い出が、強い拒否感情の原因だと僕自身それこそ嫌というほど分かっている。この手の賑わいから離れることが出来れば多少は良いんだろうけど、見た限り前も後ろもずっとこんな調子だ。
 海鳴りがした夜に海岸に出て行方不明になっているのは、記録がある限り−50年以上はある−殆どは若者。特にこの20年ほどは若者だけの状況が続いている。正直、海鳴りなんて知らずに安易に花火だデートだで夜の海岸に出て海に飲まれたなら、ナチウラ市にとってはネガティブなばかりで有難迷惑だけど、海がその手の連中を片づけてくれたんだという嫌な思いも生じている。

「思うのは自由です。それがヒヒイロカネを回収しないという選択にならなければ。」
「…咎められるかな、って思ったんだけど。不謹慎だし。」
「ある命題にどのような所感や方針を持つかを否定することや禁止することは出来ません。個々の性格や感情、それを取り巻く環境から生じる所感や思考は様々です。一律な思考を強制するのは非常に危険なことであり、そういった教訓から思想信条の自由という概念が各種法律に定められたんです。ですから、私もヒロキさんの感情や所感そのものを否定することはしていないつもりです。」
「勿論ヒヒイロカネがあると分かって見なかったことにするつもりはないよ。だけど、どうしても…。」
「この旅は、ヒヒイロカネの探索と回収が目的ではありますが、そのためにヒロキさんに体力も感情もすべて捧げろとするつもりは毛頭ありません。これまでの呪縛から脱却して、負の記憶を消去若しくは埋め固めることもヒロキさんには必要なことです。」
「ありがとう…。」

 負の感情が激しい渦を巻いている。シャルはそれを止めようとするんじゃなくて、正の感情の渦を別に作ってそこに負の感情の渦を飲み込ませようとしている。こういう点1つ取っても、シャルはこれまで僕が接した人間、特に女性とは違う。
 暫く国道に沿って続く歩道を歩く。相変わらず独特のリズムに乗った英語の歌詞が遠くに近くに聞こえて来る。歩いて移動できる程度の距離じゃ離れられないか…。ふと海側を見ると、広大な砂浜の国道に近い方に幾つかの屋根があって、そこに人が屯している。洋風お経と表現するあの音楽も主にそのあたりから聞こえて来る。

「何となくですが、ヒロキさんがこの町から早々に立ち去りたいと強く思う理由が分かってきました。」
「…何か分かった?」
「この旅に出た当初、休憩のため道の駅ハマシオに立ち寄った際に見かけた人達と、あの屋根の下に集う人達には多くの共通項があります。それがヒロキさんの強い拒否感情を呼び起こしていると推測しています。」
「かなり正解に近いよ。正解の一部と言った方が良いかな。」
「私もああいう人達は苦手なので、ヒロキさんの精神衛生を考えて近づかないようにしましょう。もっとも下手に近づいたところで、腕や脚の1本くらい胴体から離れることは覚悟してもらいますけど。」

 シャルに絡んでどうこう出来る人間は居ないだろう。何しろ瞬時に全身が武器にもなるし、銃弾なんて石つぶてにもならない。シャルの逆鱗に触れて腕を切り落とされるくらいで済むなら良い方だ。オクラシブ町では麻酔なしで眼球や性器をえぐり取られたり、ミサイルで身体の一部を吹き飛ばされた輩が続出したんだから。
 ともあれ、厳しさを増してきた陽光の下をただ歩き続けると、流石に体力面で厳しい。手近なカフェに入る。旅館がある地域からするとかなり異質に映る今風の建物だけど、国道沿いにはこういう建物がそこそこある。若者向けというより、この浜辺に訪れる人向けだろうか。
 店に入ると、若い女性の店員が迎える。2人であることと禁煙席希望を伝えて案内してもらう。店はそこそこ客がいて、僕とシャルが案内された席は海が見える窓際の席。2人用の席らしく、テーブルもこじんまりとしている。水と手拭きを置いて呼び出し用の押しボタンを紹介して店員は立ち去る。

「魚介類のメニューはないですね。」
「カフェだからね。」

 元々カフェと魚介類は相性が悪い。店の雰囲気からして若者やカップル向けのようだから、メニューに魚介類が並ぶ確率は余計に低くなる。ちょっと喉も乾いていたところだし、無難に冷たい飲み物にする。僕とシャルは揃ってアイスティーを選ぶ。この店に限ったことじゃないけど、コーヒーはそこそこ色々な種類があるのに、アイスティーはミルクかレモンの選択肢くらいしかないのがちょっと解せない。
 待っている間、スマートフォンを出してシャルと行き先を探す。国道沿いに歩く限り、暫くはこういった風景が続くようだ。5kmほど南に行くと漁港があって、そのあたりは風景が異なるようだけど、この天候下で外を5km歩くのはなかなか厳しい。だけど、検討対象に含めても良いかもしれない。
 窓から外を見ると、浜辺には結構人がいる。家族連れも居るには居るけど、多くは若者の友人やカップルの集団。男はほぼ上半身裸で、女は水着か似たような露出の多い服。この店も流石に裸や水着の客は居ないけど、男女問わず共通項と言って良いタトゥーが見える。外に居る男の方は、タトゥーは面積の違いでしかない。

「刺青というのは、日本では違法行為を行う者の象徴だと認識しているんですが、この町に来る人はその手の人種なんでしょうか?」
「…似たようなもんだと思う。偏見も多少はあるかもしれないけど。」
「一部の視線からはその認識が間違っていないことを感じます。」

 横目で他の席を見る。中央の4人席、木の柵のようなものの向こう側の席に固まっている男女数人が、こちらを見ているようだ。露出が多めの服装にタトゥーにピアスと、僕とは絶対に相容れないタイプの連中だ。その視線は粘着度が高くて、隙あらば、否、何時絡んでやろうかと狙っているようにしか思えない。
 見た目、奴らにしてみればショボイ容貌の僕が、明らかに群を抜く容貌のシャルと座ってるから、「あんなダサい奴の癖に綺麗な彼女連れてやがる」「見せつけやがって」と妬むんだろう。ああいう連中は、自分達より弱いと見た人に絡んで好き放題するのがメンツだと思ってる。ヤクザとなんら変わらない。
 ヤクザは今時暴対法ってものがあるから、少しでも暴力団を臭わせたら警察が喜んで飛んで来る。そうでなくても銀行口座は作れない、ローンが組めない、賃貸住宅を借りられないとか制限が厳しい。だけど、ヤクザじゃなければそういった制限や禁止に縛られない。半グレとか言われるが、していることは結局ヤクザと変わらない。脱法ヤクザとはよく言ったものだ。
 およそそんな連中の共通項は、やたら日焼けや筋肉−正直威張れるほどの体格じゃない場合が多い−を誇示して、タトゥーとピアスで威嚇すること。タトゥーのあるなしで差別するなとか、タトゥーは外国なら普通にしているとか言うけど、こんな行動じゃヤクザや半グレと区別できないし、外国でもタトゥーは基本貧困層やアウトローのすることだ。

「身辺の心配は一切無用ですよ。万一ヒロキさんに指1本でも触れようものなら、その汚らしい指を全部切り離してあげます。」
「あまり派手に暴れないようにね…。」

 シャルがちょっと機能を使えば、人間の指を全部切り取るくらい野菜を切るより簡単だろう。だけど、あの手の連中は他人に被害を与えることは無頓着どころかメンツの問題なのに、自分が被害を受けることは甚大な屈辱でメンツが丸つぶれになることだと位置づける習慣がある。やっぱりヤクザと変わらない。
 そうでなくても、指が全部切り落とされたとなったら警察沙汰の危険がある。住民票を親の家に戻して辞職もした僕は、警察から見て心証が良くないタイプだろう。警察沙汰から裁判や示談となるとどうしても長期化は避けられない。ましてや実質ヤクザの連中相手だと余計に厄介だ。ヒヒイロカネの探索や回収がおぼつかなくなる。

「そういう事態になっても大丈夫です。気を大きく持って良いですよ。」
「シャルが言うなら…。」

 シャルのことだから何らかの対策があるんだろう。関わらないようにするのは勿論、シャルをある意味最強のボディガードと思って行動すれば良いのかな。ちょっと情けない気もするけど…。
 注文のアイスティーが運ばれて来て、ゆっくり飲みながらぼんやりこれからの行程を考える。徒歩だと移動範囲は限られる。チェックインが15時だから、最低あと4時間くらい外出を続ける必要がある。浜辺に行ければもう少し変わるんだろうけど、どうするかな…。

「浜辺に近づきたくないなら、山側に行きましょうか。この辺とか。」

 シャルがテーブルの中央に置いたスマートフォンを操作して、ある地点にマーカーを置く。…展望台?昨日は寄らなかったな。少し行ったところに調査対象に挙げた神社があるのに、まったく眼中になかった。

「少し坂を登ったりしますけど、此処の方がヒロキさんの精神衛生上好ましいと思います。」
「見晴らしは良さそうだね。休憩すれば良いから、そっちに行こうかな。」
「途中に小さな商店がありますから、水分の補給は十分可能です。」

 展望台は此処から直線距離で2kmほど。斜面が多いみたいだけど、嫌悪感や拒否感情を抱きながら歩くより精神衛生上はずっと良い。シャルを欲情の視線に晒したくないし、展望台へ行くのが現時点で最善の選択だろう。
 カフェを出て暫し歩いて展望台に到着。思った以上に坂がきつくて、しかも途中から段差が不規則に変わる階段になったりでかなり大変だったけど、4畳半程度のスペースから見える景色は苦労した甲斐がある。住宅街と浜辺を仕切る国道、国道と海を隔てる浜辺、はるか遠くまで広がる海。それらが明瞭な境界線を描いている。
 風には微かな潮の香りが乗って来るけど、あの洋風お経は聞こえて来ない。風で近くの木々が少しざわめくくらいの静けさが、これまで心の中で轟音を立てていた負の感情の渦をいくばくか穏やかにしていく。この距離と高さだと、人は針の先くらいのサイズになる。タトゥーやピアスがあっても目視できない。

「こんな良い場所があったんだね。」
「車で乗り入れできないのが幸いしてますね。」

 この小さな展望台は、階段を上る以外に到達できる道がない。近くにあったプレートには、かつて見張り台として機能していたものを整備したとあった。津波や、そこまで至らなくても大波で沿岸部が大きな被害を受けることは昔から繰り返されて来た。避難場所の整備が進んで灯台は別の位置に建てられて、天然の地形を生かしたこの見張り台は役割を終えた。
 木の柵は僕の胸くらいの高さで、あるのは木のベンチが1台だけ。しかも階段を上らないと到達できない。不便なことがかえって荒らされたりすることから遠ざけている。途中の商店で買ったペットボトルは持ち帰れば良い。だけど、それすらしない、それどころかしないことがカッコイイとすら認識する輩が、あの国道沿いに溢れている。
 立ち寄ったカフェから出る時、案の定というかついにというか、中央付近に陣取っていた連中が絡んできた。席に座ってはいたけど、シャルには下品な言葉を、僕には挑発の言葉を並べたてて来た。無視して会計を済ませて店から出るまで続いて、最後には「怖いのか〜?」とか言って勝手に大笑いしていた。
 この町に居る限り、少なくとも海沿いに居る限りはああいう連中と遭遇する確率は存在する。海に屯していてわざわざ労力を使ってまで粘着はしてこないだろうけど、良い気分がする筈がない。もっと寒ければ良かったんだろうけど、時期を選んでいるわけにはいかない事情もある。

「海沿いで得られる情報は、ナチウラ市の住民が少ないあのあたりにはないと見て良いでしょう。極力行かない方がヒロキさんの精神衛生と、絡んで来る連中の身体的安全を両立できます。」
「そうだね…。」
「お店を出る時に絡まれたことが、尾を引いているんですか?」
「それも少しはあるけど、それ以上に嫌悪感が強まって、早くこの町を出たいって気持ちに繋がってる。」

 まだ旅は始まったばかりだけど、此処ナチウラ市ではこれまでに滞在した2つの町では感じなかった感情、嫌悪感や拒否感が圧倒的に強い。さっきの店でそれがより強まった。あの手の連中に対する印象は、「関わりたくない」から「嫌い」になって確定した。勿論店には何の責任もないけど、ああいう連中が平気で出入りできる店という認識にならざるを得ない。
 とはいえ、ヒヒイロカネの存在候補地である以上、存在するかしないかを判断しないと次に行けない。それにはこれまでの2つの町と同じく、長期間の滞在をベースとした地道な情報収集と分析、そこからの推測が必要だ。海の近く、具体的には此処から見える浜辺に行かずにヒヒイロカネの探索に専念した方が良い。

「ヒヒイロカネの探索と回収とは区別して、ヒロキさんがああいう人達に強い嫌悪感や拒否感を抱く理由を知りたいです。」
「…それをシャルが知ってどうするの?」
「他のヒヒイロカネの存在候補地には、海に面した町が含まれます。それに、海に面した場所でなくても、季節と地域によってはああいう人達に遭遇する確率が高くなるという分析結果が出ています。早い段階でヒロキさんの心を蝕む原因を除去しておくことは、ヒロキさんの精神衛生上も必要だと思います。」
「…。」
「もし、私に知られるのが恥ずかしいとか情けないとか思っているなら、それは除外してください。悩みや苦しみの理由と受け止め方の度合いは個人の性格や環境、これまでの経験によって大きく変化するものです。少なくとも私はヒロキさんから理由を聞いて、あの手の人達のように嘲笑したりはしません。」
「…長くなるかもしれないけど…。」

 元々苦手なタイプだった、ああいう連中と極力関わりたくないと思うようになった過去の出来事を話す。

 今から2年前の夏。僕は職場でそこそこ仲が良かった男性の同僚から、合コンを兼ねたバーベキューに誘われた。当時、上手くいっていた女性から突然縁切りされて−これが実は伏線になる−気落ちしていた僕は、気分転換に期待も含めて参加することにした。
 僕の担当は飲料品の買い出しと運搬。代金は後日清算。車は買ったばかりの新車、つまりシャルになる前の車があるし、代金も清算なら気になる額じゃなかった。だけど、蓋を開けてみれば、合コンは既に枠組みが決まっていた。何のことはない。同僚の大学時代の友人グループと、僕が縁切りされた女性のグループの合コンに僕は駆り出されただけ。
 ご丁寧にも、同僚からは「合コンがあるから準備しておいて」とバーベキューで一番面倒なことの1つ、炭火の火起こしを押しつけられた。専用の着火剤があると言っても、炭に火を付けて安定させるのは時間も手間もかかる。当然僕は合コンに参加するどころじゃなかった。
 どうにか炭火を安定させてバーベキューが出来る状況になっても、今度は食材を焼く担当を押しつけられて、その場から身動きできなかった。日差しを遮る屋根はあるとはいえ、夏の高温多湿の環境で炭火に隣接すれば、暑さは半端じゃない。身動きが取れなかったのは水分補給がやっとだったのもある。
 僕は使用人のように奮闘する間、同僚のグループと女性のグループは上半身裸か水着の何れかで、僕が焼いた食材を遠慮なく取って食べて、僕が買って来た飲み物を手に談笑。炭火は熱いし煤も煙も飛んで来るし、汗だくになりながら見たのは、同僚や女性を含めてタトゥーやピアスを日焼けした肌に飾り立てる連中の楽しげな光景だった。
 流石に僕も我慢ならず、馴れ馴れしく話しかけて来た同僚に抗議して問い質した。此処で分かったのは、同僚と女性は、女性が僕と縁切りした直後から付き合っていたこと。女性が気のある素振りをしたり良い話を持ちかければ僕が簡単に乗ると、女性から情報を得た同僚が、合コンで面倒な役割を僕に任せようと画策し、女性が賛同したことを白状した。
 つまり、僕は都合良く利用されていただけ。この事実と裏の繋がりを知った僕は我慢の限界に達して、バーベキューを放棄してその場を後にした。背後から「責任を果たせよ〜」「逆切れか〜」と嘲笑混じりの罵声を浴びながら。僕は後日、同僚にレシートとメールでのやり取りを突き付け、金を払わないなら出るところに出ると通告して、飲料品の代金プラス交通費を得て、悪い話を流さないように誓約させて絶縁するのが精いっぱいだった。

 以来、僕にとって、タトゥーやピアスは人を都合良く利用する連中の象徴であり、それらで飾り立てた連中が集うレゲエが流れる浜辺のバーベキューは、そういう連中が集う場所と認識するようになった。タトゥーやピアス、バーベキューやレゲエに罪はなくても、僕に植え込まれた嫌な記憶を連想させる要素であることには変わりない。

「−こういう話。」
「何ですか、それ…!」
「…。」
「人を騙してこき使うなんて、詐欺そのものじゃないですか!!挙句、事実を知って脱出したヒロキさんに罵声を浴びせるなんて、悪いことをしたと認識すら出来ない知能なんですか?!」

 てっきり「騙される方が悪い」とか「そんな程度でトラウマを気取るなんて情けない」とか言われると思った僕は、シャルを見て驚く。見たことがない激しい怒りの形相だ。シャルは僕の肩を掴んで向い合せにする。シャルのあまりの迫力に思わずたじろく。

「良いですか?ヒロキさん。そんな忌まわしい記憶は、ずっと良い記憶で潰して埋め固めて二度と表に出て来られないようにしないといけません。そうでないと、ヒロキさんは何時までもその記憶につき纏われます。何時までも幸せになれません。それこそ、ヒロキさんに忌まわしい記憶を植え付けた連中の思うつぼです!」
「それはそうかもしれないけど、どうやって良い記憶を…。」
「私が居るじゃないですか。」
「え?」
「ヒロキさんの好みを完全に反映した容貌の、あらゆるスキルを即座に習得できる私が、ヒロキさんの忌まわしい記憶をゴキブリのように潰して埋め固めてしまうだけの良い記憶を作りますよ!」

 シャルの迫力は一時の感情だけではないと感じる。何か考えがあるんだろう。あの記憶、ひいてはこの旅に出る際に捨てた筈の過去と本当に決別するには、シャルの力を頼るのが確実だ。少なくとも今は、シャルに嗤われなくて良かった…。
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