謎町紀行

第16章 監視の情報網の綻び、噴き出す不満と怒り

written by Moonstone

 集落を散策してから電車に乗ってゆったり帰還。そこからはホテルに戻るまで監視と尾行の連続で辟易。シャルの本体は駐車中ひっきりなしに写真を撮られていたそうで、カメラを使用不能にしようと何度思ったか分からないとのこと。モデルならまだしも、シャルの本体は基本的に僕と人型のシャルが居ないと動いちゃいけないから、ストレスは相当なものだっただろう。
 夕食はシャルの心境を考慮してデリバリーにした。フロントに頼むと契約している料理店から運んでもらえる。金銭面で不自由はないから、シャルにかかる無用なストレスを避けることを優先した。料理はピザ中心にしたけど、シャルが予想外に喜んだ。そういえばピザは初めてだった。
 シャルがストレスを発散させたところで、諜報部隊が収集した情報の分析結果を話した。無論ダイレクト会話で。

『−以上です。』
『うーん…。』

 現市長が高度な人格を有するヒヒイロカネである確証は得られなかったけど、それを臭わせる出来事は複数あった。現市長の周辺で何人もの人が行方不明になっている。それも唐突に。その中には僕とシャルがツクシ村で遭遇した元副市長も含まれる。それは旧シシド町に強引に建設した産業廃棄物処分場の建設中から始まった。
 奇怪なことに、産業廃棄物処分場を建設した業者は現市長の父の代から付き合いがあった、旧タカオ市でも有数の建設業者だったそうだが、産業廃棄物処分場の完成とほぼ同時に廃業してしまった。負債らしい負債がないのに突然廃業したその業者は、実は最も行方不明者が多い。社長やその家族もごっそり行方不明になっている。
 それと前後して、現市長の強引な手法がエスカレートしている。行方不明になる人も散発的ではあるが出ている。同時期に現市長が顧問と身辺警備のためと称して、タカオ市の新興企業と契約している。この企業は出所不明で、社長をはじめ社員の経歴が悉く辿れないと来た。この時点で怪しさ満点だ。
 この新興企業はコンサルタントや情報技術−つまるところはネット通販やSNSサービスを主体としているけど、タカオ市への食い込み方が尋常じゃない。一応市のサービスの電子化や効率化と銘打ってはいるが、癒着と言われても仕方ない一体ぶりだ。
 そして、タカオ市のあの条例ではデータベースにその新興企業のサービスが使われている。サーバからソフトウェアまで全て。条例の成立と殆ど変らない時期にこの企業がサービス構築事業を落札して、一気呵成に構築した。怪しいどころの話じゃない。
 現市長が高度な人格OSを搭載したヒヒイロカネである確証は得られなかったけど、産業廃棄物処分場の建設を契機に現市長の強引さと周辺のきな臭さが加速したのは間違いない。これらの情報は市議会でも追及しきれていなくて、シャルが創製した諜報部隊がサーバから得た情報を集約・分析したことで得られたものだ。

『現市長がヒヒイロカネである確証は得られなかったけど、その確率はかなり高いと出てるね。』
『はい。80%の確率ですから、現市長がヒヒイロカネと見て今後の計画を考えて良いと思います。』

 現市長がヒヒイロカネである確証を得られなかったのは、そうだった場合諜報部隊の存在を感づかれてしまう恐れがあったため。シャルが持つ多くの機能は基本的にシャルしか搭載されていないけど、通常の製造管理過程を逸脱しているからヒヒイロカネの検知機能などを持っている確率もある。
 周辺を探っても、現市長が人間じゃないと知っている人はいなかったし、その可能性が考えられる人達の殆どは行方不明になっている。産業廃棄物処分場を建設した業者などだ。例の新興企業−サイバーパソナ社の関係者、特に社長は知っている可能性が高いけど、これがなかなかの曲者だ。
 サイバーパソナ社は、現市長に関する記録を一切残していないことが分かった。幾ら大半の契約相手であるタカオ市側が記録を残しているからと言っても、契約書や納品書と言った書類を記録として残さないのはおかしい。素人から見ても杜撰どころの話じゃない。
 情報を集めるほど、分析するほど、サイバーパソナ社のきな臭さが際立ってくる。就業規則もないし、人事異動もない。これらは社内専用ページで閲覧できるのは、会社勤めで経験済み。特に就業規則は容易に見られるような状況にしておくよう労働基準法だったかで定められていた筈。
 だけど、シャルの調査結果ではそういったものは書類にもサーバ上にも一切見当たらなかったという。会社自体は間違いなく存在し、社長をはじめとする人員も存在するけど、法制度の面では非常に杜撰かつ怪しい。現市長にとっては逆に好都合かもしれないけど。

『現市長がこんな怪しい企業と癒着と言って良い関係性なのに、議会もマスコミも追求しきれてないね。これはやっぱり例の条例が原因?』
『そのとおりです。治安維持を大義名分にして都合の悪い情報を隠蔽し、それを暴こうとする動きを犯罪とするのは、スパイ防止法や共謀罪といった思想犯を実質的に定義する法律に見られる特徴でもあります。』
『サイバーパソナ社がこんなに真っ黒な状況だから、現市長を直接攻めるより此処から無力化していった方が良いね。』
『その方針に賛成です。どのように攻めますか?』
『こんな考えだけど…。』

 あまり自信がないから、こう前置きしてから提案する。シャルは途中で茶々を入れたりすることなく、じっと聞いてくれる。藍色の大きな瞳で見つめられると、どうしても気後れしてしまう。

『−こんな考えだけど、どうかな?』
『一時的に市政の混乱や麻痺が発生すると思いますが、効果的なダメージが与えられると思います。』

 シャルが基本的に賛成してくれて一安心。ここから細部や手順を詰める。この策はシャルの力がないと実行不可能。だからシャルに過負荷がかからないよう、出来るだけ効率的に実行する必要があるけど、それにはシャルの能力との擦り合わせが必要だ。
 シャルは部屋に備え付けのTVに僕の考えをまとめたフローチャートを表示する。こんなことはシャルには負荷にもならないそうだ。効果的に攻めて大きなダメージを与え、条例と怪しい企業で守りを固める現市長の暗部を露わにする。どう攻めるかをシャルと真剣に討議する…。

「第1段階は成功です。早くも混乱が出始めました。」

 3日後。朝食を済ませてホテルを出た僕に、助手席のシャルが伝える。
 僕が提案してシャルが補強した、名付けてチョップド・ストリング(微塵切りにされた紐)作戦は、市役所の窓口業務が増える月末の週に決行した。第1段階は各所にあるネットワークハブの機能停止。シャルがネットワークハブの内部にある回路を書き換え、機能を停止させた。
 ネットワークを直接配線するのは、距離の面でも端末数の面でも限界がある。ネットワークの通信を中継・分散するネットワークハブは重要な存在。シャルの補強はサーバより先にこちらを機能停止することだった。
 ネットワークハブの機能停止は、数が増えるほどネットワークに重大な影響を与える。場合によってはその先に繋がるハブや端末も使えなくなる。しかも異常がサーバ本体にあるより特定や対策が難しい。一方で、ネットワークがあればそれを伝ってハブにアクセスするのはシャルなら造作もない。
 シャルが作成した市役所などタカオ市関係のネットワークマップを基に、急所と推定されるネットワークハブとそれ以外の数か所を機能停止させたことで、ほぼ全域が機能停止状態に陥った。各種住民サービスは殆ど使用不能になり、窓口は大混乱。怒号も飛び交う状況だ。
 状況まで分かるのは、ネットワークから独立した情報網−諜報部隊の拠点でもあるシャルのおかげ。HUDには運転の支障にならないよう別ウィンドウで、市内各所の状況が表示されている。僕は運転しつつ、シャルの解説や報告を聞くだけで良い。

「ネットワークハブへの攻撃でこんな大規模な混乱になるとは思わなかったよ。」
「ネットワークにおける攻撃対象としてはサーバや端末が直ぐに思い浮かびますけど、ハブは盲点です。有線無線問わずランダムに書き換えましたから、余計に原因の特定や対策には時間がかかりますよ。」
「役所の窓口の人には災難だけどね。」
「後でその鬱憤を市長やサイバーパソナ社にぶつけてもらいましょう。」

 ウィンドウにあるティッカー形式の速報が更新される。タカオ市の市関係のネットワークがダウンして復旧作業を行っているとアナウンスされた。だけど、ネットワークのダウンなんてサービスを受ける市民には知ったことじゃない。混乱は収まるどころか激しくなっている。
 サーバを含むネットワークの管理やメンテナンスは、タカオ市では外注業者に全面委託している。委託先は勿論サイバーパソナ社。市役所などの大混乱を受けて市長はサイバーパソナ社に復旧を指示した。サイバーパソナ社から市役所を中心とする関連施設に社員が赴き始めた。

「たった10名そこそこの社員、しかも税金を食いつぶすだけの出来そこないごときが、何百とあるネットワークハブから異常の発見や特定なんて出来るでしょうかねー。」
「…無茶だよ、それ。」
「たとえ異常が出たネットワークハブを特定できても、それでは終わりませんからねー。せいぜい何処に居るか知れないバグを延々と追いかけてもらいましょうねー。第2段階をスタンバイします。」
「シャル。…怒ってる?」
「別に。」

 怒ってる。絶対怒ってる。抑揚が極端に少ない口調と凄まじい毒づき方から、強い怒りをビシビシと感じる。タカオ市の現市長やサイバーパソナ社のせいで、シャルは駐車中に本体が360度からの無断撮影の嵐に晒されたんだ。前から不快なことこの上ないと言っていたし、この機会に徹底的に報復するつもりだ。
 シャルを止めるつもりは毛頭ないけど、この作戦が完了する頃にはサイバーパソナ社は見るも無残な状況に陥るだろう。恐らくこれまで表に出ることがなかった−これも大概不自然だけど−社長も表舞台に引きずり出されるだろう。そして現市長も。
 第2段階発動まではかなり余裕が出来そうだ。その間僕とシャルは何をするかと言えば、以前行ったことがあるアケチ町へ足を延ばして、以前はシャルが出来なかった食事をはじめ、…デートする。タカオ市役所の阿鼻叫喚の地獄絵図とは雲泥の差だ。
 タカオ市を出てアケチ町に通じる国道に入る。HUDの中継ウインドウには、タカオ市の大混乱がとうとう表沙汰になり始めたことを示す表示が次々現れる。ローカルニュースでボツボツ取り上げられ始めた。「タカオ市のネットワークがダウン。原因は不明。市役所は窓口が大混乱」「タカオ市のネットワークダウンで、市長が緊急対策本部を設置。対策を協議」など。
 全国ニュースにはなっていないようだ。ネットワークの全面ダウンとはいかなくても不調はあり得ることだし、タカオ市の例の条例があることで、背景にサイバーパソナ社という胡散臭い企業と、その企業と癒着している市長という図式は表沙汰になっていないらしいから、全国ニュースの段階ではないんだろう。

「1日程度ならローカルニュースで終わるでしょう。この先2日3日と延びて、しかも改善の見通しが立たないようだと、市長らが隠しても隠し通せなくなります。」
「市民の方から外に発信していくってこと?」
「そうです。市民が使うネットワークはタカオ市で閉じているわけじゃありません。現市長側も市民の不満や怒りが自分達に向かう形が多数あることを失念しているようです。」

 ネットワークが生み出した劇薬の1つがSNSだ。ネットワークに接続できる端末さえあれば、誰でも情報の発信者になれる。伝搬速度が猛烈に速くて拡散範囲が世界中にもなる絶大な威力の口コミだけど、使い方を誤ると重大な被害を受ける。ネットには人の粗さがしをして吊るし上げることに血道を上げる、正義の味方気取りの無能が溢れている。
 タカオ市では、「○○に怪しい奴がいる」「△△に行こうとしているようだ」といった、不審者と見なした人の居場所や追跡の情報を手軽に市のサーバにアップするためのツールと化している。勿論タカオ市の問題を挙げて追及する姿勢を見せる使い方もあったが、多勢に無勢だし、逆に監視対象にされて身動きが取れなかったりするようだ。
 そこまでいかなくても、相互監視社会を構築するものでしかないタカオ市の条例に不満を持つ人は一定数存在する。水面下に潜って不満を鬱積させていたところに、市長と癒着して死のネットワークを事実上牛耳るサイバーパソナ社の重大な失態が浮上した。溜めこんだ不満が爆発したら、その勢いは止められない。
 シャルが別ウィンドウを出す。そこにはSNSのタカオ市関連の投稿が表示される。「サイバーパソナ社管理下のタカオ市ネットワーク全面ダウン。復旧の見通しが立たないらしい。月末時期に何をやらかしてるのか。」「タカオ市市長と癒着するサイバーパソナ社が、タカオ市に重大事態を齎した。市のサービスが全面ストップ。どう責任を取るのか。」…厳しい告発が並んでいる。
 市のネットワークが全面ダウンしたことで、当然監視情報のアップと蓄積をするサーバにもアクセスできなくなっている。その分、タカオ市の重大トラブルを題材に、サイバーパソナ社の失態を厳しく批判する投稿が圧倒的だ。これまで条例で抑え込まれていた鬱憤を晴らしている感もあるが、当然だろう。

「今日の午前の段階でこうか…。このまま復旧しないようだと更に加熱するね。」
「それは当然ですよ。これまで抑圧されて来たものが、抑圧の蓋が吹き飛べば一時の暴発で収まる筈がありません。」
「投稿を見るとまさにそんな感じだね。」
「監視と銘打てば尾行盗撮何でもアリ。治安維持名目で犯罪行為が正当化されるなら、警察なんて要らないですよねー。その警察とやらは市民の告発や怒りを取り締まるんでしょうかねー。」
「…無理だよ、流石に。」
「治安をどうこう言うなら、せいぜいネットワークが全面ダウンした状態でその治安とやらを維持してもらいましょうねー。監視の情報もアップできない見られない溜められない駄目駄目な状況で何が出来るか、見せてもらいましょうねー。」

 相当頭に来てるな、シャル…。心なしか目が血走っているようにも見える。ハブの異常は意外に分かり難いそうだし、復旧には2,3日どころかこのままだと1週間、否、ひと月とかかかるかもしれない。連絡も更新も保管もネットワークなしでは語れないこのご時世、1日でも重大事態なのに2日3日と延びれば暴動が起こるかもしれない。
 しかも、この作戦はハブの内部回路書き換えだけじゃない。シャルはこの間に第2段階をスタンバイしている。散々苦労してハブの異常を解決しても、第2弾の攻撃がタカオ市のネットワーク、ひいてはサイバーパソナ社を直撃する。シャルの逆鱗に触れた以上、ただでは済みそうにないな…。
 昼前にアケチ町に到着。山岳地域らしいやや蛇行する国道しか行ける道がないから、時間がかかるのは致し方ない。天気も良いからオープンカフェで昼ご飯。日差しはやや強いけど高地ならではの冷涼な空気が良い具合に和らげてくれる。暑さとタッグを組まれると邪魔なことこの上ない湿気が少ないのも良い。
 シャルと向き合ってのんびり昼ご飯。シャルの綺麗な金髪が鮮やかな煌めきを放っている。こんな綺麗な金髪、映画とかでも見たことがない。おまけに際立つ顔立ちとスタイルだ。見て下さいと言わんばかりの状況だし、周囲からの視線がシャルに集中しているのを感じる。

『繰り返しになりますが、見るだけならご自由にどうぞ、です。』
『シャルの気に障らないなら良いよ。』

 見るだけなら当人の記憶に残るだけだけど、写真や映像は長い間残るし、ディジタル化とネットワークが普遍的な現代ではコピーや伝搬が従来の比じゃない。しかも改竄も思いのほか容易に出来る。ディジタルは改竄が困難ってのは思い違いでしかなくて、映像も写真集もSNSも改竄したものが溢れているのが実情だ。
 シャルが怒り心頭なのは、本体が駐車中で動こうにも動けない状況下で散々無断撮影されたからだ。見た目は何の変哲もないコンパクトカーでしかないけど、シャルの本体であり高度な人格OSが搭載されている、車の形をした人間と言っても良い存在。動こうにも動けない状況で、無断で延々とあらゆる方向から写真を撮られるのは不快極まりないだろう。
 テーブルの中央に置かれた僕のスマートフォンには、タカオ市の非常事態を伝えるニュース速報やSNSの投稿が表示されている。この時間になっても復旧の見通しは全く立っていなくて、市役所は押し寄せた市民で大混乱。怒号が飛び交い、職員は対応に追われている。月末は手続きの締め切りとかが多いから、市民にも職員にも非常事態そのものだ。
 SNSでは、サイバーパソナ社の遅々として進まない原因究明や復旧に対する怒りが青天井。「タカオ市と条例に寄生しておいて、宿主の危機には何も出来ないなんて、サイバーパソナ社は寄生虫以下。」「条例で監視社会の片棒を担いでいたのは、こんな醜態を隠蔽するためだったのか?」「ふざけるな!サイバーオバカめ!」などなど。
 市役所にはSNSで実況中継している人もかなりいる。だからなのか、余計にSNSには怒りをぶつけるような投稿が連続している。写真や短いけど動画もつけられるから、市役所の混乱が良く分かる。市民に詰め寄られている窓口の職員の人には悪いことをしているけど、もう暫く我慢してもらうしかない。

「どうやら大手マスコミが嗅ぎつけて来たようです。」

 シャルの言葉に連動してスマートフォンのウィンドウが更新される。タカオ市関連の投稿を纏めたSNSに、「TVフソウ(公式)」とか「ドクウリ新聞(公式)」とかいう投稿主が、タカオ市の事態をアップしている投稿者に直接やり取りするよう持ちかけているのが連続している。どれも在京キー局や新聞社の系列の元締め的立場の新聞社だ。

「タカオ市のネットワーク全面ダウンについて、タカオ市からSNSで実況中継している人達から情報を仕入れようとしていますね。」
「全て断られてるね。現場に来ればたっぷり取材できるのに、横着だよ。」
「自分の労力を使わずに、SNSの情報の真偽も確かめずに無料で情報を仕入れて先着順を競うのは、報道に携わる者の姿勢ではありませんね。」
「辛辣だね。そのとおりだけど。」

 SNSで顕著になったことの1つが、マスコミの横着ぶりだ。SNSで特ダネと思しき情報が出ると、マスコミがその投稿者に情報の提供を依頼することが常態化している。経費節減とか市民ジャーナリズムとの協力とかお題目が並ぶが、結局のところ楽して視聴率や発行部数を稼ごうとする横着な姿勢の表れだ。
 SNSの投稿者にとっては、マスコミに情報を提供しても何ら得することはない。得するのは他社より速く情報を仕入れて報道、否、転送したマスコミだけ。マスコミの横着な手口はあっさり知れ渡って、偽や改竄した情報を敢えてSNSに投稿してマスコミを呼び寄せ、誤報をさせて大恥をかかせることもある。
 情報の拡散速度が尋常じゃないこのご時世、人の認識を誤らせ、時に恐るべき行動へと走らせる危険すらあるデマは重大な犯罪と言える。だけど、曲がりなりにも情報を伝え議論を喚起するという責務を負うマスコミが、SNSの一角に浮上した情報がデマかどうかも確認せずに仕入れて垂れ流すだけなら、マスコミの存在意義が問われる。
 やっぱり、マスコミの依頼は全て断られている。「自分で取材しろ」「横着するな」などの文言を添えられて。考えることは同じだ。地元マスコミは既に配信しているから余計に出遅れ感が否めない。情報の速度も重要だけど、その背景や経緯を深く掘り下げて問題点を洗い出すことの方がずっと重要なんだけど、マスコミに居ると感覚が麻痺するんだろうか。

「タカオ市の事態についての報道は、地の利を生かして地元マスコミが先行しています。」

 これまでやはり条例で抑え込まれていたらしい地元マスコミも、監視情報網が完全に機能しなくなったことで、これ幸いとばかりに市内の各施設の他、市役所本庁舎とサイバーパソナ社前に陣取って記者会見を求めている。今のところ市長やサイバーパソナ社は「復旧中につき現在は応じられない」としている。
 タカオ市に支局を持つ地元マスコミ、ノガナ新報社は、実はN県では全国紙を凌駕するシェアを有する。地方でよくある構図だけど、その地元マスコミが全力で取材や報道に乗り出せば、N県では少なくとも明日の朝刊で知られることになる。SNSを使わないけどローカルの新聞を購読している層はかなりいる。ネットは声が大きくしつこい方が目立つからそういう輩が多いように見えるが、実数はそれほど多くない。
 市のネットワークが全面ダウン、しかも発覚から4時間以上経っても復旧の見通しが立たない上に、市長や管理委託先のサイバーパソナ社は「復旧中」以外はまともに情報を流さない状況で、混乱ぶりをSNSも使って詳細に伝えるノガナ新報社の報道が際立っている。全国紙やキー局はSNSで彼方此方にコンタクトを取っているが、全て門前払いされている。
 こうなると流石に全国紙やキー局も東京本社に鎮座し続けるわけにはいかないだろう。これらがタカオ市に乗り込んで来るのは比較的速い時期になりそうだ。全国から殺到したマスコミ相手に、「復旧中」の一言で逃げ回るには限界がある。市長やサイバーパソナ社がそこで明確な見通しや対策を出せなければ、批判の集中砲火は必至だ。

「この分だと、思ったより速く全国に知れ渡りそうだね。」
「能なしの分際で何処まで逃げられますかねー。せいぜい徹夜でもしてもらいましょうねー。」

 シャルの怒り具合は相当だと改めて感じる。何とかハブの異常を見つけて対処できても、それで終わらないんだよな…。黙っていても時間はどんどん過ぎて行く。更に役所関係の手続きが必要な人が増えて来るし、混乱や怒りは増す一方だろう。この作戦が終わった時に市長やサイバーパソナ社は存在できるんだろうか?
 終日アケチ町を散策して、夜は前回も星を見るために訪れたオートキャンプ場へ。あの時は見た目僕1人だったけど、今回はシャルも一緒。この時間になると外は肌寒ささえ感じる気候。車内でシャルが創製した毛布を被ると丁度良い。
 旧シシド町の道の駅でしたように、シャルはシートを限界までリクライニングさせて、天井部分を透明化している。外に出なくても、こんなにあったのかと思うほどの星が溢れる夜空が一望できる。しかも遮音性能が物凄く高いから、偶に出入りする車の音も全く聞こえない。
 夜になっても、タカオ市のネットワークは復旧していないどころか、その見通しも立っていない。市役所に詰めかけた市民は流石に疲れたのか大半は帰ったけど、市長を出せなどと詰め寄る人達が数人ロビーに陣取っている。ノガナ新報社の記者もいるし原因は市側だから無碍に出来ないようで、食事や毛布を支給している。
 市役所の職員も疲労と怒りが蓄積している。特に窓口対応の職員は市民の怒りの矛先を向けられ続けたから、朝の段階で「復旧に向けて対応する」と表明したきりの市長や、市長と半ば公然と癒着しているサイバーパソナ社への怒りはより強い。中には記者に市長やサイバーパソナ社への怒りを堂々とぶちまける職員もいる。
 市長は非常時の陣頭指揮を名目に市長室に籠りっきり。実際の指示は総務局長などが出しているそうだけど、ネットワークダウンの原因の調査と復旧を指示するしか出来ない。サイバーパソナ社の社員は総出で原因究明にあたっているが、ハブは市役所だけじゃないし、まだハブに原因があると特定できていないようだ。
 そしてサイバーパソナ社の社長は、これまた雲隠れ。会社が入居する中心部のオフィスビル周辺にはノガナ新報社をはじめ、出遅れ感が否めない全国紙の記者やキー局のレポーターが屯しているが、オフィスから出て来たという報道はない。社長室に籠っているのかそれとも…。
 タカオ市の混乱が、此処では別の世界のように思える。オートキャンプ場併設のレストランでジャズの生演奏を聞きながらの夕食。そして同じく併設の温泉でゆっくり。前回はシャルが経験できなかったことを済ませて、今は静まり返った車内で、僕はシャルと一緒に星空を見る。

「本当に綺麗ですね。前見た時は思わずはしゃいでしまいましたけど、今回は見入ってます。」
「心境の変化?」
「前は運転疲れで寝たヒロキさんを放ったらかして1人ではしゃいでましたから、その反省もあります。」

 前回訪れた時は僕も初めての行程だったし、シャルのアシストはあったけど慣れない山道で神経を使った。無事夜空が見えて、夜空が綺麗だから行ってみたいと言ったシャルが歓声を上げて安心したのか、すっかり寝入ってしまった。だから放ったらかしたのはむしろ僕の方だと思ってる。
 旧シシド町の道の駅もそうだったけど、今は隣にシャルが居る。これだけで意識を隣に引き寄せられる。旅に出てからずっとホテルは同じ部屋だし、こうして偶にある車中泊でも同じ車の中で横になる。どちらも密室だし、自分の呼吸音が際立つような静けさの中でシャルと隣り合って横になると、胸の高鳴りが始まる。
 普段なら移動や調査で体力を消耗してるから何時の間にか寝てしまうんだけど、今日はそうならない。何故だろう?喧騒から一時とは言え離れられた安心感があるから?この最高ののシチュエーションの1つにある意味感極まってるから?色々考えは巡るけど、シャルが直ぐ近くに居るという事実は変わらない。
 何か喋らないと間が持たない。だけど、この静けさを背景とした星の煌めきに覆われている今、必要以上に声を出すのは憚られる気がする。だけど、僕の意識は星よりもシャルに向かう方の比重がどんどん高まっている。気の利いたことでも言えれば良いんだけど、生憎僕にそんな才能はない。
 ふと視線を動かすと、シャルの左手が見える。旧シシド町の道の駅で車中泊した時、朝起きたらシャルと手を繋いでいた。それ以外でも手を繋ぐだけならしてはいる。そもそも最初に手を繋いだのは、勢いがあったとはいえ僕から。だったら…今僕から手を繋いでも良いんじゃ…。
 顔は空の方を向けて、視線だけシャルの手に向けて、シャルの手に向かって手を伸ばす。ようやくシャルの手に届くところまで近づいた。此処まで来たら…一気に…。最後の一手で過去の忌まわしい記憶が頭をもたげる。拒絶された瞬間が次々と…。シャルの手の上くらいまで来ているのに、硬直したように動かせない。
 シャルの手から視線を逸らして、目を閉じて強引に手を動かす。この感触、この形…シャルの手だ。そう感じた瞬間、僕の手が軽く引っ張られる。思わずシャルの方を向く。僕の手はシャルのお腹の上に乗っている?!シャルの手が間に挟まる形ではあるけど、思わぬ状況がまだきちんと飲みこめない。

「私はヒロキさんを拒否しませんよ。」

 シャルがここで僕の方を向く。

「シチュエーションやムードは考えて欲しいですけどね。」
「シャル…。」
「星を見ながら寝ましょう。」

 改めて空を見る。溢れんばかりの星の煌めきが空を埋めている。あの頃と同じ時空なのに、全く違う世界に居るような気がする。シャルの手から伝わる、自分のものとは違う感触と温もり。タカオ市での喧騒から一時でも離れたこの時と、旅の前から続いているシャルとの関係を大切に…。
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