雨上がりの午後

Chapter 337 夫婦で迎える穏やかな年の瀬

written by Moonstone

 翌日。月曜だから店が定休日なのはこの点では好都合だ。俺は会社に休むと電話で伝え、晶子を病院に連れて行った。鷹田入はかなり広いせいか、病院にも不自由しない。前に晶子が寝込んだ時にも連れて行った病院も結構近いから、そこに連れていくことにした。
 かなり早く入ったのに、どう見ても病人には見えない老人達が屯するように居るのは解せない。その中で明らかに若い俺と晶子、特に容姿が良い晶子が平日の早い時間帯に病院に居るのがどうしても気になるようで、頻りにこちらを見てひそひそ話をしている。そのひそひそ話が耳障りなレベルのノイズになって耳に流れ込んでくるのがどうにもストレスになる。

「具合はどんな感じだ?」
「少し気分が悪いくらいで、動けないほどじゃないです。」

 実際、昨日帰宅する前に完全に安心して良いこと、晶子の伯父にとっては制裁どころか粛清レベルに罪が重くなる可能性が高まったことを伝え、俺が左顎近くに大袈裟に見える絆創膏を貼っただけで帰宅したことで、晶子は俺の怪我の具合を心配しつつもようやく安堵出来た様子だった。
 それでも体調は完全に回復しない。精神的なものなら例の件がひとまず俺と晶子の側に圧倒的に有利な形で解決したことで解消するところだ。これは精神的な要因以外の原因、つまり肉体的なものだと考えるべきだ。「大丈夫」と無理をしていたら取り返しのつかないことになる恐れさえある。

「症状の様子や始まり、経過は晶子しか分からないところが多いから、それは晶子がありのまま話せば良い。それ以外は俺が受け答えするから。」
「はい。」

 身体の内側の様子は俺ではどうにも分からないし、表現のしようがない。少なくとも意識はあるなら自分の何処がどんな具合に悪いのかといった情報は、晶子本人が医師に伝えるに限る。検査の説明やあまり考えたくないが入院の手続きなどは俺が受け持てば良い。

「安藤晶子さん。2番診察室にお入りください。」

 看護師のアナウンスが入る。俺は晶子に付き添って「2」と大書されたドアを開けて入る。医師は白髪の男性。この人は現在の院長で、親が創立者で子どもが実地研修をしている。そのためか総合病院のような広さと設備が揃っている。

「おはようございます。今日はどうしました?」

 医師の問いかけに、晶子が答える。親族とのトラブルが勃発した先々週の金曜−よく考えて見ればまだ半月も経ってない−から体調が優れないこと。嘔吐感が強く、食欲が低くなったこと。それらは昨日親族とのトラブルがひとまずの解決を見たことで緩和したがまだ続いていること。

「−このようなところです。」
「なるほど。」
「あの、検査の際、レントゲンは使わないようお願いできますか?」
「祐司さん?」
「ああ、そうですね。ご安心ください。」

 晶子は驚いた様子、医師は理解した様子を見せる。早速検査が始まる。悪い病気じゃなければ良い。
 検査が終わり、廊下を歩く。病院は広いから、最後に入った超音波エコー室から診察室まではそこそこの距離がある。

「祐司さん。…分かってたんですか?」
「高島さんのアドバイスを受けて病院に来て、話をした時から、じわじわ分かってきた。」

 俺も鈍いというか…、晶子の体調不良が妊娠の兆候である可能性を完全に失念していた。妊婦、特に初期にレントゲンはご法度。俺だけだとそれに気付かないと思って高島さんが補足したんだろう。鈍いというより情けないな…。
 心当たりは十二分にある。最近では結婚記念日。あれから丁度2カ月くらいだし、タイミングとしては最高だ。ただ、妊娠初期は不安定で難しい時期だというのに、あんなトラブルに巻き込まれたことが残念で悔しい。

「晶子は何時くらいから分かった?」
「今月のはじめくらいです。今まで感じたことがない身体の変調だったので、もしかしたら、と。」
「俺は兎も角、晶子は分かるか。」
「もしかしたら、というレベルからですから、祐司さんと大して変わりませんよ。それより…祐司さんとの子どもを身籠れたなら…凄く嬉しいです…。私しか出来ないことが出来るから…。」

 晶子の欲しかった幸せの残る1つは、俺との子どもを産むこと。否、そのために俺との結婚を目指して早い段階から動き始めたと言っても過言じゃない。言わば晶子の目標そのものが実現できる可能性が高まっていることに、晶子が喜びや幸せを実感しない筈がない。
 俺も子どもが出来ることを承知で放出を続けてきた。学生時代だと大変なことになっただろうが、双方大学を卒業して社会人になり、しかも婚姻届を提出して1年が経った今は、社会的に何ら咎められたりする要素はない。年齢的には今の時代早い方かもしれないが。
 晶子の伯父もこの点で馬鹿な事をした。せめて放置や静観にしておけば、姪の子どもと対面できる時期が来ただろう。姪の子どもは実感がないかもしれないが、何れにせよいかなる形でも顔は合わせないし、高島さんに徹底的に叩き潰すよう委任してある。
 検査結果は直ぐ出るそうで、結果を聞くために診察室に戻る。最後の超音波エコーに時間がかかったのが気がかりだが−そこで晶子は頻繁に体勢を変える羽目になった−結果がどうであれ、俺と晶子が親になる方向に足並みを揃えられたことは大きな1歩だろう。
 病院を出る。肩を落とす晶子は病院に来る時より具合が悪くなったようにも見える。結果は…残念。ストレスによる体調不良と想像妊娠が重なったものだと診断された。超音波エコーで時間がかかったのは、問診から1カ月か2カ月程度の子どもの姿が確認できるところが全く見えず、子宮外妊娠も想定して詳細に検診したためだそうだ。
 時期が一致するだけに期待感が膨らんでいたところで一気に否定されたことで、晶子の落胆ぶりは想像以上だ。「十分若いんだし、気長に待てば授かる機会は必ず来ますよ」という医師の慰めがどれだけ有効だったか分からない。

「残念です…。」

 駅に繋がる大通りに出たところで、ようやく晶子が顔を上げて口を開く。

「祐司さんと結婚できるまででも色々ありましたから、子どもは尚更簡単にはいかないってことでしょうか…。」
「先生も言ってたが、子どもは望むだけじゃ出来ないもんだからな。まだその時じゃない、もうちょっと後で、って子どもが判断したのかもしれない。」
「難しいですね…。」

 晶子は結婚記念日の営みで妊娠したとかなり感じていたんだろう。タイミングとしても最高だし、気持ちがひとりでに高揚し続け、今回のトラブルをきっかけに身体の変調が明瞭になったことで確信に近いレベルに達していただろう。
 だが、生理だから必ず妊娠できるとは限らない。排卵のタイミングとか色々条件があるらしい。そういうことも含めて子どもを「授かりもの」と称するのかもしれない。子どもをもうけるのは簡単なようで難しいことを思い知ったような気がする。

「難しいからこそ…夫婦や家族の一体感を感じられるんじゃないか?」

 晶子が言うとおり、結婚するまでにも紆余曲折があった。一時は、この状況が続くなら別れることも致し方ないと思ったこともあった。それを突破して結婚したからこそ、得られたものはたくさんある。今の幸せなんて最たるものだ。
 思いどおりに行かないことはたくさんある。むしろ、その方が多いと感じる。余程の天才や幸運に恵まれた人でもない限り、思い描いたことを実現させることは容易じゃない。その過程やそれに伴う苦楽を共にするからこそ得られるものは、その成果以上に経験や記憶の共有の方が重みがあるように思う。
 晶子が長年読んでいるハードカバーの小説「Saint Guardians」のあとがきで、経験豊富な女性がもてはやされる風潮があるが少なくとも自分は御免だ、それは自分が小説を書くことにしたことや書くことでの苦労、売れて生活の見通しが立つまでの苦労といった、自分が辛かった、苦しかった時代の経験を共有できない、単に今の自分の美味しいところだけを他の男と遊んで来た出涸らしの女性に簡単に食われるのは容認できないからだ、というくだりがあった。
 今の時代、女性を批判することは社会体制を批判することに等しい。そういう批判をした個人だけでなく、今回だと出版社自体も叩かれる危険性すらある。それでもこんなくだりがあとがきではあれ掲載されたのは、「今の美味しいところだけを取ろうとするな」という男性の女性への怒りが深いところにあるからだと思う。
 俺と晶子は、出逢うまでに別の恋愛をしていたが、それぞれ破局して新京市で出逢い、それから今までの苦楽を共にしてきた。苦楽の過程で得られる経験や記憶を共有している。結婚の次にある子どもにしても、得られるまでの経験や記憶を共有出来れば夫婦生活の根幹を確率出来ているから、思いどおりに行かないのはむしろもっと経験や記憶の共有が図れる良い機会なんじゃないかと思う。

「今の夫婦生活を楽しんで、その結果子どもが出来れば良い。そういう楽天的な考えの方が晶子にとってストレスが少なくて良いと思う。ストレスが妊娠の最大の障害、って先生も行ってたしな。」
「そうですね…。授かりものっていう意識は大事ですね。それに…、圧力を受けて跡取りとして子どもを産むわけじゃないんですから。」
「跡取りとかそういうのに人生も、産みたい子どもも縛られるのが嫌だから、晶子は生まれ育った土地を脱出したんだろ?」
「そうです。そうですよね。しがらみのない環境で愛する人との子どもをもうけたい。それだけで良いですよね。」
「ああ。それで良い。」

 今子どもを産まなければならないこともない。跡取り云々と圧力をかけられる謂れもない。生活の基盤と環境を整えるのとタイミングがあったところで子どもが出来れば良い。束縛やしがらみを脱したんだから、その最大の要因でもある子どもを作ることを焦らない方が良い。
 帰宅すると昼過ぎ。すっかり気を取り直した晶子が昼飯を作る間、俺は高島さんに電話をかける。晶子にも聞こえるようにスピーカーモードにする。冒頭、俺はアドバイスどおり晶子を病院に連れて行き、検査の結果妊娠ではなかったことを伝える。

「そうでしたか。今回は残念でしたがお二人は十分若いですし、焦らないことですね。」
「はい。話は変わりますが、昨日の件で何か進展はありましたか?」
「丁度こちらからもお伝えしようと思っていたところです。」

 そう言えば、晶子の伯父と偽弁護士と対峙したのは昨日なんだよな。どうも展開が目まぐるし過ぎるせいか、時間の感覚が少しおかしくなっているな。

「相手方、すなわち奥様の伯父と偽弁護士は今もS県警察本部に拘留されています。偽弁護士はお二人には直接関係ありませんので別として、奥様の伯父の方は一家が親族を巻き込んで大混乱している模様です。親族の一部が何を思ったか地元の警察署に駆け込んで早期釈放を要求して門前払いされたりしています。」
「こちらへの接触の要求などはありませんか?」
「来ていますが全て門前払いしています。お二人への脅迫と弁護士法違反並びにその嘱託−依頼することの法律用語ですが、それと御主人への傷害は非親告−被害者が告訴せずとも立件される刑事事件であり、私の手を離れていること。それより今回、先に作成した公正証書の条文に抵触した以上、賠償金を即金で支払う準備をしておくように通達しています。」

 これも高島さんの戦略の一環だろう。地元の警察署ではなくS県警察本部を直接動かしたのは、地元ゆえの甘さや曖昧さを排除するため。晶子の伯父が拘留されても刑事事件だから無関係だと俺と晶子への要求−多分減刑するようにとの圧力だろう−を排除すると同時に、脅迫して呼び出したことで公正証書の条文に違反したから現金を用意しておけと通告するわけだ。
 前回で終わるとは思っていなかったとはいえ、これほど容赦なしに攻め立てるのは、めぐみちゃんの意向を受けているからだろう。晶子が苦しめられていると知れば、あとひと月足らずで会えて甘えて遊んでもらえる予定の晶子が来られなくなるかもしれないと強い危機感と怒りを抱き、その要因を徹底的に叩き潰すよう高島さんに依頼したと容易に考えられる。
 いかなる場合でも直接の接触はしない、した場合は前回の倍の賠償金を即金で支払う。これは公正証書の条文に明記されている。れっきとした証拠がある以上言い逃れは出来ない。払えない払わないとなれば裁判所から強制執行させることが出来る。それを邪魔すれば罪が増えるだけだ。

「お二人に接触することは公正証書の条文に違反することであり、その都度賠償金の金額を増やすことになる。先祖代々の土地とやらも売りに出さなければならなくなるだろうし、それを妨害すれば犯罪になる。これらを併せて通告していますから、万一違反すればお望みどおり先祖代々の土地を売却させてでも支払わせる金額を増やすだけです。」
「容赦しない、ということですね。」
「そのとおりです。ローカルルールや本家分家など法律の前には無力であることを、身を以って体感していただきます。」

 間違いない。高島さんは本気だ。本気で徹底的に追い詰めるつもりだ。公正証書を武器に強制執行や競売で家も土地も取り上げてでも賠償金を捻出させるつもりだ。これが法律を武器にした弁護士の本気というものか。味方にすれば頼もしいが、敵にすれば恐怖以外の何者でもないだろう。
 警察に被害届を出しても、公正証書の条文に沿って執行するだけと言われれば警察は何も出来ない。それどころか警察の方が罪に問われる恐れすらある。本家分家の力関係を出してもまったく効果がない。弁護士に頼んでもこれまた公正証書を出されたら執行の引き延ばしくらいしか出来ないだろう。まさに打つ手なしだ。

「奥様はいらっしゃいますか?」
「はい。病院から帰って来て今日は勤務先が定休日なので。」
「奥様にお伝えしたいことがありますので、お願いします。」
「お世話になっております。私に伝えたいこととは何でしょうか?」

 スピーカーモードにしているから、元々話し声は聞こえる。ただ、料理をしていると結構音がするから会話は難しい。キッチンに入って晶子の近くに携帯を向ける。晶子は手を休めて携帯の方を向く。

「奥様も御主人から話を聞いて概要は把握していると思いますが、昨日の件で奥様の伯父は弁護士法違反の嘱託、脅迫、並びに傷害で逮捕され、警察に留置されています。それらは刑事事件となってお二人の手を離れましたが、御主人は奥様の伯父に徹底的な処罰を望んでいます。公正証書の条項抵触による前回の倍の賠償金の即金支払いも含めて、です。」
「はい。夫から聞きましたし、今も携帯電話のスピーカーモードを介して聞いておりました。」
「それなら状況は十分理解していると思います。奥様の伯父は社会的な面でも金銭的な面でも相当なダメージは避けられないと見て良いでしょう。そうなりますと、奥様の伯父を本家とする奥様の親族全体に影響が及び、地域性からして現在の場所に住めなくなることも考えられます。それで構いませんね?」
「はい。警察にも厳正な対処をお願いしてください。」

 高島さんの確認に対する晶子の回答は即答だ。晶子の伯父だけでなく、かつて将来を思い描いたその息子である晶子の従兄を含む親族を奈落の底に叩き落とす可能性も排除しない。一切の未練や情もないことを証明するものだ。

「夫は折角の休日を潰され、殴られもしました。閉鎖された地域にしがみつき、他人を尊重せず、何ら法的根拠のない権威で他人の人生も壊して壊そうとすることを当然のこととする人間はもう絶対に許せません。厳しい処断を望むだけです。」
「それを聞いて安心しました。この状況で唯一の懸念材料は、奥様が親族への情にほだされて御主人を背後から撃つことだったからです。」

 やはりそのことだったか。伯父は憎いがそれ以外、特に従兄まで巻き込んでしまうことに引っ掛かりがあれば、そこから「最悪の事態を避けるため」として突発的な行動に出て、それが高島さんの計画を狂わせ、情勢を一気に不利にしてしまう事態にもなりかねない。
 高島さんは以前晶子の本家に出向いて事情聴取している。それと前後して恐らく晶子と親族の関係も調べて把握しているだろう。だからこそ、要所要所で意思確認をしているんだろう。相手を疑ってかかるのは警察もそうだが、法曹関係者の職業病というか共通項というか、そんなもののようだ。そうでないといきなり状況が変わって対処出来ないから、そうなってしまうと言うべきか。

「私は、親族に翻弄され続けてきました。どうにか脱して夫と出会い、結婚して今に至ります。今と未来の幸せを壊そうとするのは絶対許せませんし、それを止めない人達も同罪です。結局は狭い地域とくだらない私的ルールに順応してしまったんですから。」
「親族間のトラブルは非常に多く、私も何度か依頼を受けましたが、最も問題なのは情に絆されたり泣き落としや恫喝に屈して態度を翻されることです。そうなると弁護活動に重大な支障をきたすばかりか、本来共に闘うべき自分の身内を蹴落とす事態にもなります。奥様はその点、しっかり未練や情を断ち切っていると判断出来ます。」

 弁護士に限ったことじゃないが、万能じゃない。特に依頼者が態度を180度変えるような行動に出ると、どうしようもなくなる場合だってある。高島さんは完全無償で俺と晶子の弁護や法的処置を引き受けてくれるが、俺や晶子の心変わりや裏切りまでは対応出来ない。そうならない確証がないと行動しようにも出来ない。
 逆に晶子が何の未練も情もなく厳しい処断を求めるなら、高島さんは行動しやすい。「貴方の姪は、貴方達を絶対許さないと言って厳しく対処するよう依頼した」と言えばそれまでだ。今まで入念に整えておいた手順で確実に相手の首を締めあげていくだけだ。

「今回の件も含めた一連の事件の処理は、引き続き私にお任せください。万全かつ厳粛に公正証書の条文を履行させます。」
「ありがとうございます。」
「よろしくお願いします。」
「承知しました。今度の正月に来ていただく日程と、めぐみと遊んでいただくことに専念してください。」

 この騒ぎですっかりおざなりになっていたが、正月に高島さんの家にお邪魔することになっている。日程を詰めようとしていたところでこの騒ぎ。めぐみちゃんも楽しみにしているだろうに、本当に迷惑な話だ。高島さんが容赦のない追い詰めをするのは、この騒ぎで俺と晶子の訪問が取り止めになることを強く危惧しためぐみちゃんの意向もある。
 刑事事件の方は俺や晶子がどうこうできる話じゃない。せいぜい寛大な処置を求めるくらいだが、厳正な処分を求めることはとっくに決めているし、晶子もその意向だと確認できた。民事についても高島さんに任せておけば容赦なく搾り取るだろう。
 変な野次馬根性からすると、本家の当主が警察に逮捕・拘留されて保釈や減刑を嘆願しようと混乱する晶子の親族の様子はさぞかし愉快だろう。だが、俺には哀れにしか思えない。かつての恋愛を破壊され、生まれ故郷を出奔した分家の娘の怒りと悲しみ、そして今の生活と幸せを守ろうとする決意をあまりにも甘く見ていた一族の末路だ。
 俺が勤める会社は昨日から年末年始の休暇に入り、晶子が勤める店も明日から年末年始の休みに入る。そんな日曜日。早番の晶子が出かけた後、俺は家の掃除をする。換気扇をはじめとするキッチンは晶子に任せて立ち入らず、それ以外の部屋を拭き掃除から順にしていく。
 高島さんの自宅にお邪魔するのは、1月2日から4日の2泊3日に決まった。俺が勤める会社は5日からで、晶子は店の営業日の関係で6日から仕事始め。元日は高島さんの家で初詣や客の訪問があるだろうし、俺と晶子も年越しは自分達の家でしたいと思い、高島さんと相談して決めた。
 高島さんからは、例の件−晶子の伯父をはじめとする晶子の親族の干渉への制裁について適時報告が入って来る。晶子の伯父は「姪をたぶらかした馬鹿な男に世間の常識を教えただけ」「警察に逮捕される理由はない」とか豪語していたが、弁護士法違反の嘱託の容疑で家宅捜索すると匂わされたら一転して容疑を認めた。
 弁護士も付くには付いたが−誰が付けたのかは分からないそうだ−、成人の独立した家庭への干渉は現在では犯罪にもなること、傷害はれっきとした犯罪であり、しかも現行犯では言い逃れできないこと、明らかな容疑を認めて反省を示さないと余計に不利になる、と説得され、「こんな弁護士は要らん」と追い返す威勢の良さも、世間体には負けるわけだ。
 初犯で重大な刑事事件−殺人とか強盗とか−でないので実刑の確率は低いそうだが、執行猶予は確実。執行猶予は無罪とは違って前科に含まれる。世間体を殊更重視する向きには実質実刑に等しい。その上、民事では公正証書を武器に容赦ない追い込みをかけられている。
 公正証書の写しを晶子の本家に内容証明付きで郵送し、先の干渉の和解条件として作成した公正証書の条項に違反すること、その制裁として前回の倍額600万を即金で支払う準備をすること、支払わない場合は裁判所が強制執行を命じ、邪魔すればそれも犯罪になることを通達している。強制執行申し立てまでの期限として1月末を提示している。
 晶子の親族は、どうにか釈放された晶子の伯父を中心に大混乱中。恥知らずな女を一生町に入れるな、一族に後ろ砂をかける小娘を育てた責任はどうなる、警察も弁護士も味方につけているからもう関わらない方が良い、600万をどう払うのか、とか主張が出るばかりで収拾がつかない様子だ。これで本家だ分家だとか言ってるんだからおかしな話だ。
 高島さんには600万の支払い免除や減額、そして晶子に会わせるよう頻りに申し出があるが、「クライアントの意向により面会は一切断る、制裁は一切容赦しない、期限までに払わなければ容赦なく強制執行する」とだけ伝えて門前払いしている。「直接対面したらその時点で600万上乗せになることを忘れるな」とも付け加えている。
 もう背に腹は代えられない、と親族の一部が弁護士に依頼したが、公正証書があって警察に被害届も出されて現行犯で押さえられたという事実の前に、賠償金の支払い期限の猶予を求めるのが限界、という回答を突き付けられて途方に暮れている。何せ高島さんに照会があって事実を返されたら、普通の感覚の弁護士ではお手上げだろう。
 弁護士は万能じゃないし魔法使いでもない。法律を駆使して弁護や執行を出来るが、それ以上のことは出来ない。法律を駆使するからこそ法律に違反すれば自分の仕事どころか資格そのものが危うくなることくらい分かる。高島さんとて心変わりや裏切り、水面下の接触を防ぐことは出来ない。だから高島さんは念押しするように晶子に確認した。
 これらが現在までの高島さんからの報告だ。支払い期限と強制執行を明示し、公正証書というこれ以上ない証明がある以上、粛々と執行する。600万という金額は詳しく知らないが高級車くらいの金額だ。これを即金で払うのは相当厳しい。だが、「払えない」「払わない」は公正証書の前には一切通用しない。「払わされる」だけだ。
 晶子の、否、あの一族がどうなるかは分からない。内部分裂で絶縁の嵐が吹き荒れて崩壊するか、こんな本家は役立たずと「下剋上」が起こるか、考えるだけなら色々出来る。ただ1つ言えることは、その火の粉や余波が俺と晶子に及ばないで欲しい。それだけだ。

 掃除完了、と。それほど物が多くないから、拭き掃除から始めても極端に時間はかからない。北側の部屋にある書棚と、リビングにあるシンセ類が拭き掃除の殆どを占めたように感じる。拭き掃除を終えたらひたすら掃除機をかけるだけ。退けるものが少ないからあっさり終わる。
 掃除を終えると、俺はすることがなくなる。昼飯は晶子が作っておいてくれたものがあるし、洗濯は昨日済ませて今は干しているところ。冬時期だと取り込むのはもう少し後で良い。非時間は…丁度昼時か。昼飯を食べてから考えるか。
 昼飯は冷蔵庫に入っている。2個の箱に分けて入れられている。弁当形式の昼飯は、俺が休みで晶子が早番の時の俺用昼飯のスタイル。この弁当箱は普段会社に持って行っているものだ。1つはご飯でもう1つはおかず。これも普段と同じ。同じだけに安心して食べられるし、洗う食器が少なくて済む。
 茶を淹れてリビングで食べる。場所が違うだけで会社と同じ昼時の過ごし方だ。この時間になるとリビングいっぱいに光が差し込む。夏だと暑いが冬は良い感じに暖かい。暖房がなくても良いくらいになる。2人には結構広いリビングがあるこの家の光熱費が意外と安く抑えられているのは、冬場のこの日の差し込み方が大きい。
 弁当は鳥の南蛮漬けがメインで、ミニサラダに南瓜の煮つけ、ほうれん草のおひたしも付いている。今年最後の勤務になった−殆ど居室と作業場の掃除や整理整頓で終わったが−昨日の弁当と違う。留守番の俺1人用の弁当だから同じでも良いんだが、それは晶子が許さない。
 弁当終了。早速洗っておく。これも普段と同じ。給湯室には小さいが流しもあるし洗剤とかもある。各々のカップも適時洗っているから弁当箱を洗っても何ら違和感はない。アルミホイルを取り除いて2つの箱を洗えば完了だから、弁当ってのは良く出来たものだと思う。
 弁当箱を洗い終えると本当にフリーになる。さて…、曲データを作るかな。こういう時に一番良い暇潰しだ。時間は過ぎるし何かしら進むか出来るかする。俺がバイトを卒業してからは、データは晶子用のみ作っている。データを引き渡した増崎君は自分の曲データを出し始めているし、新たに曲データを作成する必要はない。
 社会人になって休みが土日祝日完全週休2日制になって、曲データは作りやすい条件になった。だが、晶子と一緒に行動する時間が多いから、実時間はそれほど増えていない。作るデータの数が晶子専用になったから、1曲あたりの時間は増えていると思う。不思議な感覚だ。
 今作っているのは「貴方が好きな私」。今まで倉木麻衣一本で来た晶子用のデータからはかなり異質な曲だ。発端は客の「こういう曲も聞いてみたい」という要望。晶子から伝え聞いた曲名を頼りにシングルを買って聞いてみたら、明らかに今までと曲調も歌詞も方向性が違う。当然と言えば当然だが。
 演奏はギターが前面に出るタイプで極端に作り辛いところはない。問題は晶子の声質と曲調や歌詞がかなりミスマッチなところ。晶子の声質は繊細なソプラノ。翻って「貴方が好きな私」は張りのあるアルトに近いもの。だが、キーをシフトするとおかしなことになって余計にミスマッチ。結局オリジナルに準拠することにした。
 今の家に住むようになってから、晶子の練習がしやすくなった。流石にマイクを使うのは無理だが、声量を増やすことが出来るようになった。鉄筋コンクリートと独自の構造の防音対策がなされた賃貸マンションならではだ。晶子は俺が出勤で自分が休日の時をはじめ、骨格が出来た曲データを使って練習しているそうだ。
 何だか…、こうして曲データ作りに没頭するのは久しぶりな気がする。晶子の親族が絡んできてからも断続的に曲データを作ってはいるが、何処かに引っ掛かりがあって専念しきれなかった。仕事は入社1年目とあってか緊張感が持続したが、一連の件が漂わせる緊張感は全くの別物。嫌な引力を持っていたと思う。
 大混乱中の晶子の親族は、どう収拾を着けるかや面子をどうするのかとかで頭がいっぱいで、俺と晶子に干渉する余力はないと思う。高島さんからの報告も同じだが、自棄になって突撃してくる恐れは捨てきれない。今日も晶子を迎えに行く。こういう時、1人より2人の方が有利だ。

 晶子を伴って帰宅。何事もなかったことに思わず安堵する。親族を混乱させて、しかも警察沙汰になったのはお前のせいだ、と晶子か俺に突撃して来るかも、という考えはどうしても捨てきれなかった。その分周囲を頻繁に見回してしまうし、傍から見れば俺の方が不審者かもしれない。そんなジレンマもあった。

「今年1年の仕事、お疲れさんだったな。」
「ありがとうございます。今日まで無遅刻無欠勤で働けて良かったです。」

 バイトのスタッフが一気に4人増えて、俺が抜けた分を差し引いても3人の純増になり、シフト勤務と週休2日制が導入された。勤務自体は余裕が出来たが、店では先輩格としてキッチンの片翼を担いつつ仕込みや調理の指導をしたり、唯一のヴォーカルとしてステージに立ってもいる。
 シフト勤務は行動時刻が速くなったり遅くなったりするから、身体のリズムが崩れやすいと聞いたことがある。夜勤がないからそこまでは至らないにしても、家の要と言える料理一切を仕切り、掃除や洗濯も分担とはいえこなしつつ勤務をこなすのは、考えたり口で言うほど楽じゃない。
 しかも今年は、晶子の親族からの干渉があった。厳密には今も存在するが、親族が依頼した興信所に付き纏われていると確信するまでも含めて、心労は相当なものだっただろう。それでも弱音らしい弱音も吐かずに今日まで戦い抜いたのは、ようやく掴んだ今の幸せを護ろうとする執念と決意の賜物か。

「…店の方にも来なかったか?」
「はい。何時もどおりのお客さんばかりでした。もう…私達に構っている暇はないと思います。私をこの年末年始に来させてそのまま引き戻そうとしたつもりが警察沙汰になって、丸潰れになった面子をどうするかに執心して、本来の目的をすっかり忘れてしまっていると言うべきかもしれないです。」
「結局は面子のために、世間体のために動いていただけなんだな。」
「ただ同じことを繰り返して続けていくだけの狭隘(きょうあい)な世界ですから、それ以外の世界を知る必要はないし、知ろうともしない。…そういう人達なんです。」

 自滅による崩壊を高島さんから聞いている状態だが、俺と晶子の敵という観点を除けば哀れにも思う。単純に面子とやらを捨てれば身軽になれる。「あの娘は出奔したので勝手に生きていくだろう」と親族にも他人にも言いきってしまえば楽になれる。それこそ「余所は余所、家は家」という観念を出せば良い。
 それよりも、近所やこれまでの身内と同一の行動や思考をすること、言い換えれば同調することを最優先するのが世間体であり、それを護ることを優先することが面子だ。自分で考えて行動しているようで、今までの考えや行動を丸コピーしているに過ぎない。それが絶対視される世界が確かにある。
 晶子は痛苦の経験を経てその世界を脱出し、俺と出逢って欲しかった幸せと生活を掴んだ。それを邪魔して破壊しようとするなら、親族だろうがかつて好き合った相手だろうが敵でしかない。そう決意させるに至ったのは皮肉なことに晶子が脱出した世界自体、そこに生きる親や親族だったりする。

「来なかったのならそれに越したことはない。あっちのことは引き続き高島さんに任せておこう。」
「そうですね。もう…敵が自滅しようが崩壊しようがどうでも良いですよね。」

 晶子は「敵」と言い切った。高島さんや俺が懸念するような事態は起こりそうにない。やっぱり、晶子の親族はあまりにも晶子を甘く見ていた。命令すれば来るだろう、夫を脅せば怯えて態度を翻すだろうと高を括っていたんだろう。だが、それは晶子の逆鱗に触れるばかりだったわけだ。
 仕事がそれぞれ年末年始の休暇に入ったから、次の大きなイベントはめぐみちゃんに会うために京都へ行くことだ。日程も決まったことだし、荷物を纏めたり往復の新幹線の席を確保したりするかな。遠くの地で自ら何よりも優先させてきた面子と世間体に振り回されて自滅している一族に思いを馳せても無駄でしかない。

「祐司さん。蕎麦が出来ましたよ。」
「ついに登場か。」

 時は流れて早大晦日。食事も最後の年越し蕎麦。カツオ出汁の匂いが何とも芳しいかけ蕎麦が出て来る。刻み葱と擦り下ろしの生姜が薬味として小皿で添えられ、海老と紫蘇の天麩羅が乗っているかけ蕎麦は、見るからに美味そうだ。
 エアコンからの暖房の風が時折風の音を奏でる静かなリビングで、今年最後の食事を食べる。暖房とは違う温かさが身体の芯から湧き出て来るようだ。天麩羅の油と蕎麦のカツオ出汁が絶妙に調和している。薬味は控えめにしておいて良かった。

「目いっぱい作り込んだな。凄く美味い。」
「1年の締めくくりの食事ですからね。」

 キッチンは予定どおり、晶子が今年最後の勤務を終えた後で掃除した。換気扇から流しまで全部拭き掃除して、使うのが憚られるほど綺麗になった。だが、晶子は何時もどおり使い続けている。「1年の締めくくりとして全体を掃除したんです」とは晶子の弁。キッチンは晶子の城だからそれ以上言うまい。
 蕎麦を食べ終える。片づけは俺がする。2つの丼を洗って洗い桶に入れるだけだから直ぐだ。箸は割り箸だからゴミ箱に捨てるだけ。これくらい出来ないとどうしようもない。片づけを済ませたらリビングに戻る。リビングには急須で茶が淹れられている。晶子が俺の湯飲みに淹れてくれたものを飲む。

「…おいで。」
「はい。」

 晶子が俺の腕の中にすっぽり収まる。このスタイルで夜のひと時を過ごすのも恒例になって久しい。全てこの家で暮らした初めての1年が終わろうとしている。大学卒業、就職や継続、そして晶子の親族の干渉と目まぐるしかった。それらをクリアして生活を続けてこられたのは、話をして認識の共通化を徹底したためだろう。
 交際の期間を含めて4年は、今時にしては長い方だと思う。それでも元々は生まれも育ちも違う他人同士だし、4年でも他人として暮らしてきた時間の方がずっと長い。「言わなくても分かるだろう」というのは思い上がりだし、そこから生じた小さなすれ違いが、協力しなければならない事態で大きな亀裂になりかねない。
 料理は収納や仕込みを自分が使いやすいようにしたいという意向で晶子、それ以外は出来る方がするという分担にしたのも、話し合って決めたことだ。どうしても土日に勤務日程が入ることの方が多い晶子に対して、俺は土日が休み。洗濯や掃除は機械がかなりの部分をこなすから、俺がするようにして晶子の負担を減らしている。
 晶子の親族の干渉も、晶子が妄想ではなく事実と確認してからは、高島さんとの相談やそれに基づく行動を必ず伝えて、徹底抗戦することを意志統一して臨んでいる。おかげで若干大変な思いをしつつも、大筋は崩れることなく相手方の内輪もめと制裁へのカウントダウンを冷徹に見つめるだけになった。
 次の1年は何があるのかは分からない。ただ、些細なことでも話をして認識の共有化を徹底する、本来の意味でのコミュニケーションを継続することには変わりない。これからあるであろう晶子の妊娠・出産や育児も、コミュニケーションを怠らないことで山や谷はあっても順応していけるだろう。

「今年は、婚姻届を提出した夫婦になったことのありがたみを痛感しました。」

 俺の腕の中に居る晶子が顔を上げて言う。

「結婚前の状態だったら、私は強引にでも田舎に連れ戻されていたと思います。高島さんからのご連絡でも親族がそうする意図だったことは明らかですし…。所詮は同棲中、親が間違いを犯した娘を連れ戻しに来た、と言われれば高島さんも弁護しきれなかったかもしれません…。」
「それは言えるだろうな。」
「親族が、私の実兄を除いて此処まで直接出て来なかった、いえ、出て来られなかったのは、法的根拠がある結婚をした私を自ら連れ戻そうとすると、失敗したり万が一にも警察沙汰になったら世間体が悪いどころじゃないという危機感があったからだと思います。言い換えれば、実兄は捨て駒でしかなかったわけです。」
「本人が気づいているかどうかは知らないが…、結局S県から此処まで2回来た苦労は全くの無駄に終わったわけだな。」
「はい。祐司さんと正式な夫婦として一緒に暮らし始めたこの家で最初の結婚記念日を迎えられて、家に住んだ期間も丸1年を超えられました。私はこの生活と幸せを護れたんだ、祐司さんと一緒に護れたんだ。こうしていて、その事実が全身に行き渡っていくのを感じてます…。」

 振り返ってみればあっという間に過ぎたこの1年も色々なことがあった。それでも、それらを乗り越えていくのは結婚前より心理的には楽だったように思う。婚姻届を提出して対外的にも堂々と夫婦と言えるようになったことで、晶子の安定感が格段に増したのが最大の要因だ。苦節(?)3年を経て夢の1つを成就した達成感と満足感が、現実へと移り変わった夢を破壊されまいと晶子を支え、突き動かしている。
 言い換えれば、晶子は自分が獲得した幸せを護るため、すなわち自分のために戦い、俺と共同している。それは何らおかしなことじゃない。言ってしまえば人間は自分の利益になることで行動を起こすのが大原則だ。利益=金銭と見なすのはあまりにも短絡的。名声であったり信頼であったり愛情であったりする。
 もっと認められたい、もっと注目されたい、もっと愛されたい、と思うのは人間の本性だ。晶子は「もっと愛されたい」という気持ちが渇望のレベルにある。まったく手を抜かない料理の数々や俺の全精力を搾り取らんばかりの夜の淫乱ぶりも、俺の心を離さないため、つまりは俺にもっと愛されたいという気持ちの表れだ。
 それも大本は晶子の「自分のため」の行動だが、俺はそれを利己的とは思わない。非難されるべき利己的は自分の利益のために他人を踏み台や捨て石にすることで、晶子が目指す「自分のため」は俺のためにもなっている。他人を利することで自分も利するのは理想的だ。晶子はこのまま「自分のため」に行動すれば良いと思う。

「次の1年も、今の幸せを護っていこう。俺と晶子で協力して。」
「はい。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」

 次の1年、更に1年と夫婦の関係と今の生活を積み重ねていくのは、やっぱり基本に徹すること。つまり些細なことでも話をして認識の共有を図ること。喜びを倍にして苦しみを半分にするのは、地道なコミュニケーションの継続が成せる技だ。晶子の親族の干渉との対抗で身に染みて分かったつもりだ。
 この1年の最後の時間は緩やかに静かに流れていく。次の1年は何があるんだろう?この新京市の一角にある2LDKの賃貸マンションの一戸で営む夫婦生活をより良いものにしていくのは、俺と晶子の不断の努力。それだけは確実だ。今の生活を支えるのは親でも親族でもない、俺と晶子なんだから…。
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