雨上がりの午後

Chapter 137 もっと愛を、もっと貴方を

written by Moonstone


「今日もあっという間でしたね。」
「そうだな。まあ、暇よりかは良いんだろうけど。」

 俺と晶子は街灯が点々と灯る闇の住宅街を歩いている。何時ものように手を繋いで。
晶子の言うとおり、今日も接客にステージにとてんてこ舞いしているうちにあっという間に過ぎ去った。
リクエストでは予想どおりと言おうか、「UNITED SOUL」が候補の一つに挙がった。
どちらかと言えば客層は若い世代が多いから、ノリの良いあの曲はかなり好評だ。常連のOL集団から声援を貰って、ちょっと嬉しかったりする。

「祐司さん、明日は実験でしょう?朝、大丈夫ですか?」
「ああ。2コマ目からだし、レポートは事前事後両方共昨日の夜に仕上げたから、大丈夫。」
「・・・祐司さんの家に泊まって良いですか?」

 晶子の突然の申し出に、俺は思わず足を止める。
月曜の夜は晶子の家で夕食を食べて−時間が後ろにずれ込むのは相変わらずだが−泊まって一緒に朝食を食べて大学へ、というパターンだが、日曜の夜、
しかも晶子が俺の家に泊まって良いか、と言ってきたのは今日が初めてだ。

「駄目ですか?」
「いや、そうじゃなくて・・・、何かあったのか?」
「私、明日は2コマ目からなんですよ。1コマ目が突然休講になって・・・。」

 晶子の月曜は1コマ目から始まる。
俺は2コマ目から始まるのを良いことにギリギリまで寝てるし、晶子もそのことを知ってるから一緒に行きたい、とは言ったことがない。
進路指導担当の教官から散々説教を食らったにも関わらずろくに動こうとしない3人を引き摺って実験を進めなきゃならない、と思うと月曜の朝は気が重いんだが、
晶子と一緒に大学に行けるなら気分も軽くなるってもんだ。
 俺の左手が強く握られる。勿論、痛くはないが。
晶子は何かを訴えるような瞳で俺を見詰めている。一緒に居たい、と言っているような気がしてならない。

「出逢って・・・2年経ちましたよね?」
「ああ。」
「その思い出も作りたいですから・・・。」

 晶子の言葉の裏にある意思を感じ取る。
この前迎えた「出逢って2周年」記念日は、バイトが終わった後晶子の家で紅茶とケーキ−晶子が事前に買ってきたものだ−を囲んでささやかに祝った。
当時とこれまでの軌跡を振り返って和やかで幸せな時間を過ごした。
俺はそれで満足したつもりだった。だけど、「つもり」から一歩踏み出したい、という気持ちがなかったわけじゃない。
晶子の意思を感じ取った今、その気持ちが急激に頭を擡げてくる。

「・・・男の俺の家に泊まりたいってことは・・・。」
「・・・。」
「覚悟は・・・出来てるのか?」

 俺の問いに、晶子は一度だけゆっくりと、しかし真剣且つ切実な表情で頷くことで答える。
ここまで固まっている晶子の意思を拒む理由はない。拒みたくない。

「食事はどうする?」
「一旦私の家に寄ってください。必要な食材を持って来ますから。」
「一人じゃ持てないだろ?・・・2日も泊まるとなると。」

 言ってから、深読みし過ぎたか、と思う。俺の方から今日も明日も泊まっていけ、と言ったようなものだ。
だが、晶子は少しも驚いた様子を見せずに表情を明るくする。

「じゃあ、お願い出来ますか?」
「ああ。・・・行こうか。」
「はい。」

 俺と晶子は再び歩き出す。
会話はない。だが、これからのことは言わずとも分かる。晶子はそのつもりで話を切り出してきたんだし、俺もそれを知ってOKしたんだから。
胸が高鳴る。晶子を抱いた一番新しい記憶は、夏休みの終わりに「別れずの展望台」へ行った後。
久しぶりに味わう温もりと感触に浸りきり、力の限り求め合い、愛し合った。今日も・・・そうなるんだろうか?

 晶子の家に立ち寄った俺と晶子は、食材の入った袋を幾つもぶら下げて−晶子は着替えも持っている−俺の家に入る。
鍵を外してドアを開けるが、当然真っ暗だ。
俺は先に中に入り、滅多に使わないキッチン周りを照らす電灯のスイッチをONにする。白色の光が眩しい。

「お邪魔します。」
「どうぞ。」

 通り一遍の挨拶をした後、晶子が入ってドアを閉めて鍵をかける。更にはドアチェーンもかける。
普段ガチガチのセキュリティに守られているから欠けてしまいがちな防犯意識もしっかりしている。

「冷蔵庫、使わせてもらいますね。」
「ああ。俺も手伝おうか?」
「これは私に任せてください。」
「分かった。それじゃ宜しく頼む。」
「はい。」

 俺はキッチンに持っていた袋を置いてからリビングの電灯を点ける。
キッチン周りの電灯は晶子が食材の収納に必要だろうから、点けたままで良いだろう。
はて、晶子が食材を収納する間、俺はどうすりゃ良いんだ?・・・あ、風呂の準備をしておくか。
今日も忙しかったからそれなりに汗をかいた。幾ら涼しくなってきたといっても、動き回ってりゃ嫌でも汗をかく。

「風呂の用意しておくよ。ちょっと時間かかるけど、良いだろ?」
「はい。」

 晶子の返事を受けて、俺は風呂の準備をする。
準備と言っても、風呂桶の栓が閉じていることを確認してボタンを押すだけだから簡単だ。
俺は手早く用意を済ませると、床に置かれている晶子の鞄を手に取る。

「鞄、俺のデスクの横に運んでおくから。」
「お願いします。」

 俺は晶子の鞄をデスクの横に運ぶ。
風呂の準備が出来るのにはもう暫くかかるだろうし、晶子の食材収納にもそれなりに時間がかかるだろう。
風呂の準備は自動だし、食材収納を手伝えるだけの技術はないから、俺はベッドに腰掛けて待つしかない。
 てきぱきと冷蔵庫に食材を収納していく晶子の後姿を見詰める。
缶ビールと食パンとジャムくらいしか入ってないから、スペースには余裕がある筈だ。逆に生活感がなさ過ぎて晶子は内心呆れ返っているかもしれない。
 少しして、食材を詰めていたビニール袋が全て空になり、晶子は冷蔵庫のドアを閉める。
そして隣接する流しで手を洗い、冷蔵庫のドアにぶら下がっているタオルで拭う。どうやら食材収納は完了したようだ。晶子は俺の隣に腰を下ろす。

「お疲れさん。ありがとう。」
「いえ。」
「風呂の準備が出来たら、晶子が先に入って。此処では晶子は客だから。」
「それじゃ、お言葉に甘えて。」

 晶子の微笑を伴う返事を得て、俺は徐に立ち上がってCDをセットする。
ピアノの明るい旋律が流れ始める。この前投入した晶子用の新曲「明日に架ける橋」だ。
ピアノとストリングスの比重が大きく、タイトルに象徴されるように歌詞が前向きな曲で、データを作る時にはストリングスのボリュームのコントロールデータを
こまめに入力した。
この曲も客にはかなり好評で−晶子がステージに立つだけでも喜ぶ客も居るが−、投入してからほぼ毎日のようにリクエストされている。
 控えめに流れる曲に、ベッドに腰を下ろした俺の隣からうっすらと歌声が被さる。晶子が曲に合わせて歌っている。
無声音だが距離が近いせいか、よく聞こえる。
それに、ただ歌詞をなぞるんじゃなくて、息継ぎや強弱はしっかり再現している。本当に綺麗な歌声だ。
何時の間にか俺は晶子の方を向き、歌う横顔を見ていた。聞き惚れる、とはこのことか。
 「明日に架ける橋」が終わったところで、ピピッ、ピピッ、という甲高い電子音が響く。風呂の準備が出来た合図だ。
晶子が俺を見る。俺は何も言わずに首を小さく縦に振る。
 「Lover Boy」が流れる中、晶子は鞄から取り出したバスタオルとパジャマを持って風呂へ向かう。風呂に隣接する脱衣場−洗濯機を置くスペースでもあるが−は
俺が腰掛けているベッドからは陰になって見えない。
晶子は結構風呂の時間が長いから−俺が極端に短いせいもあるだろうが−、のんびり待つとしよう。今夜は一緒に居られるんだから。
 俺一人残された部屋に流れる曲は、「Lover Boy」「愛をもっと」、そして「明日に架ける橋」のインストルメンタル・バージョン−曲のデータを作る際にかなり
参考になった−へと推移し、「明日に架ける橋」に戻る。
俺は頬杖をついてぼんやりと聞き入る。
こうしていると、女が一人暮らしの俺の家に泊まる、という性的興奮を招く筈の事実が意識の深淵にさらさらと流れ込んでいく。
このベッドだけでなく、「聖域」だった晶子の家でも晶子を抱いた。もはや場所に躊躇する必要はない。
だけど・・・晶子を抱きたい、という衝動は湧き上がってこない。
 晶子を初めて抱いた「記念日」、すなわち俺の誕生日から1ヶ月が過ぎた。
あれから1年。それまで4回。今時の若いカップルからすれば異常に少ないかもしれない。晶子を抱いた時の様子を思い描いて欲求を「処理」したことも珍しくない。
なのにその欲求を直接向けられる相手と一緒に過ごすとなると、欲求の荒波は凪へと変わっていく。
 晶子が今夜俺の家に泊まりたい、と切り出した時、覚悟は出来てるのか、と俺は言った。
晶子はそれを肯定したし、俺もそのつもりだった。
だが、「現地」に到着してから今に至るまでの過程で、異性という意識に代わって友人という意識が表立ってきた。
これで・・・良いんだろうか?

「お待たせしました。」

 晶子の声で俺は我に帰って声の方を見る。
ピンクのパジャマを着た晶子の髪が、電灯の光を受けて虹色に輝いている。
晶子は不思議そうな様子で歩み寄ってきて、首を少し傾げて俺の顔を見る。

「どうかしたんですか?」
「・・・あ、いや、別に何も・・・。」

 俺は適当に誤魔化して−多分誤魔化しになってないだろうが−立ち上がり、風呂へ向かう。
一応晶子から見えないのを確認してから服を脱ぐ。
もう何もかも見られているから何を隠す必要があるか、と言われればそれまでだが、晶子の家ではリビングと風呂が壁とドアで完全に遮断されているから、
そっちに慣れてしまっているせいもあるだろう。
 風呂に入ると早速シャワーを捻って全身を濡らす。
髪と身体が適当に水分を吸ったところでシャワーを止めて、髪と身体を洗う。
ひととおり洗ったらシャワーを捻って、全身に纏った泡を洗い落とす。これで完了。我ながら呆気ない。
 そして湯船に浸かる。
この湯にほんのちょっと前、晶子が入ってたんだよな。・・・そう思うことは思うが、性的衝動は湧き上がってこない。
こんな状況、しかも相手はその気っていうこの状況で、性的衝動が湧き上がってこないのはやっぱりどうかしているんだろうか?
俺にとって女神だからか?・・・渉が言ってたな。だから・・・変な言い方だが微妙なタイミングが一致しないといけないんだろうか?
 ・・・出るか。考えてたところでどうになるわけでもない。
俺は湯船から出て風呂場を出ると、ドアに掛けてあるバスタオルを取って身体の水分を拭う。そして下着とパジャマの順に着る。これで完了。
俺は普段どおりの気分のままでリビングへ向かう。
「明日に架ける橋」がうっすらと流れるリビングの脇にあるベッドには、ピンクのパジャマ姿の晶子が腰掛けている。

「早いですね。」
「分かってるだろ?俺が烏の行水だってことは。」
「普段もこんな感じなんですか?」
「ああ。時間はもっと遅いけどな。月曜以降のレポートを書いたり、ギターの練習したりするから。」
「それじゃ、今日はまだお風呂に入らない方が良かったですね。」
「否、今日は良い。判明している分のレポートは仕上げたし、ギターも今日は昼間結構練習出来たから。」
「音楽、消しましょうか。」
「俺がやるよ。」

 俺は立ち上がろうとした晶子を制して、CDの演奏を止める。そしてその足で部屋の電気のスイッチを切る。
一転して静寂と暗闇の世界と化した部屋で、俺はベッドに乗って横たわり、普段より右寄りの位置に身体をずらす。晶子は黙って俺の左側に横たわる。
 俺は上体を起こして掛け布団を掴み、それを引っ張る形で掛ける。
静かな部屋の片隅にあるベッドに俺と・・・晶子が横になっている。
ふと左を見ると、晶子が俺の方に身体と顔を向けていた。

「今日の朝・・・電話があったんだ。高校時代のバンドのメンバーから。」
「あの写真の感想ですか?」
「ああ。裏工作でもしたかのように立て続けにな。皆一様に言ってた。晶子は凄い美人だな、って。」

 微かな光で浮かび上がる晶子の顔には、はにかんだ笑顔が浮かんでいる。

「そしてもう一つ。結婚式には必ず呼べ、って。予想どおりの感想だった。」
「自慢したんですか?」
「否。それ以前に殆どの奴から言われた。本気で彼女と一緒に暮らすつもりなら、お前がしっかりしろ、って。表現の違いは別としてな。それだけ俺と晶子の
幸せが俺の双肩にかかってる、ってことだよな・・・。」

 俺と晶子は暗闇の中で見詰め合う。
こうしていても俺の心の深淵から性的衝動は湧き上がって来ない。晶子は何も言わないし何もしない。何を思っているのかも分からない。
俺の出方を・・・待っているんだろうか?
今まで晶子と寝た時は殆ど、否、全て晶子から「仕掛けて」きた。今度は俺の番だ。
俺は上体を起こし、視界に晶子を収めたまま晶子に乗りかかる。晶子は俺の動きに合わせて身体と頭を動かす。
 俺は晶子の両脇に手をつき、晶子を見る。その瞳は俺だけしか映っていない。
驚きもしない。跳ね除けもしない。やっぱり・・・俺の出方を待っているんだろうか?
 ただ見詰め合うだけの時間がゆっくり流れていく。
俺は決意を固めて目を閉じながら身体を沈める。狭まっていく視界の中で、目を閉じていく晶子の顔が映る。
俺の唇に柔らかい感触が伝わる。俺は腕を晶子の背中に差し込んで抱き締める。
俺の首に何かが回り、軽く引き寄せられる。舌はあえて差し込まない。唇の感触を温もりを味わうだけの時間が過ぎていく。
 どれほどの時間が流れただろう。俺はゆっくりと晶子から離れる。
離れたといっても、顔面に神経を集中させれば微かに周期的に押し寄せる空気の流れを感じるくらいの距離だ。
目は閉じたままだから晶子の表情がどうなっているのかは分からない。
俺は再び身体を沈め、晶子の首筋に唇を付ける。

「んん・・・。」

 くぐもった声が一瞬闇に浮かぶ。俺は感触だけを頼りにして唇を動かす。滑らかな感触と甘い香りが心地良い。
唇を右から左へ、左から右へと動かしていく。耳に届く吐息が次第に周期を早めていく。
 愛しい、という心情が、抱きたい、という心情に少しずつ色合いを変えていく。
俺は上体を起こして目を開け、晶子のパジャマに手を伸ばす。晶子は目を閉じたままだ。
一つ一つボタンを外していく。
パジャマの隙間から覗く白い肌。そして2つの隆起。
思わず生唾を飲み込んだ後、下側に手を掛けてゆっくりずらす。それに合わせて晶子の腰や足が動く。
 パジャマの下側をベッドの外に捨てる。目の前には仄かに浮かび上がる白と、それとはまた違う白がある。
俺は自分のパジャマの上着をさっさと脱ぎ、続いて下側と下着を脱いでベッドの外へ出す。
パサッという音が断続的に浮かんだ後、俺は身を沈めつつ、パジャマの隙間から見える隆起の片方に右手を伸ばす。
隆起を軽く掴んでから、俺は更に身を沈めて晶子の首筋に唇を付ける。
 胸の膨らみをゆっくり揉み解していると、早くて小さくて洗い呼吸音が耳元で聞こえる。俺の首に再び腕が回って引き寄せられる。
晶子の頭が俺の唇の動きに沿って動く。呼吸音だけが暗闇の世界に響く。
 俺は晶子にキスをする。
唇の感触と温もりを確認してから身体を起こす。それと共に首の拘束が解ける。
隙間が大きくなったパジャマからは、胸の膨らみがはっきり見える。なまじ完全に見えない分、余計に魅惑的だ。
俺は徐に両手をパジャマに伸ばし、隙間をそっと開いてそのまま脱がせる。晶子は何の抵抗もせずに身体と腕を動かす。
 最後は・・・下半身の一部を覆う白い布だけ。
チラッと晶子の顔を見る。目を閉じて唇が少し開いている。手を動かす気配はまったくない。
俺の心の何処かに僅かながらあった迷い−恐怖心と言うべきか−が消える。
俺は晶子の下着に手を伸ばし、手前へ引っ張る。その動きに合わせて晶子の腰と足が動く。
 パサッという音を聞いた後、俺は身を沈めて晶子に覆い被さる。そして唇を首筋に、左手を胸に、右手を下側へ持っていく。
最も距離が短かった首筋に唇を触れさせると、甘い吐息が漏れる。
左手にそれが持つ独特の柔らかさが伝わると、くぐもった声が浮かぶ。
右手がそこにふれた瞬間、あっ、と小さな有声音が浮かび、俺の下側にある身体がびくんと揺れて、呼吸音の周期が更に早まり、そこに呼吸に伴う無声音が加わる。

「晶子・・・。」
「祐司・・・さん・・・。」

 俺の呼びかけに、晶子は荒い呼吸の中に応答を織り込む。
再び首筋に唇を付け、止めていた右手の動きを再開する。呼吸音の中に色々な声が不規則に混ざってくる。興奮しているのは間違いない。
もう止まらない。止められない。止めたくない。止めるもんか。

・・・。


 絶頂に達した俺の身体が強張る。それとほぼ同時に小さな叫び声が浮かぶ。
俺の身体の硬直が解け、両腕に篭っていた力を抜くと、それが支えていた白い幹が倒れこんでくる。
僅かな光を受けて仄かに煌く長い茶色の髪を広げて、晶子は俺に覆い被さる。耳元で早くて荒い呼吸音が聞こえる。

「・・・大丈夫か?」
「ええ・・・。な・・・何とか・・・。」

 応答こそ返したもののまったく動く気配がないところからして、もう力が入らない、否、力そのものがなくなったんだろう。
俺は自分と晶子の身体に隙間に挟まれる格好になっていた両手を抜いて−胸を掴んでいたからそうなったんだが−、晶子を優しく抱く。

「このままで・・・良いですか?」
「何で?」
「・・・重いでしょう?」
「全然。」

 晶子は一向に動かない。やはり力を使い果たしたようだ。かく言う俺も、続行出来る体力なんてありゃしない。こうして晶子を抱くのが精一杯だ。
今回も双方全力を使ったものになった。
夏休みの終わりに「別れずの展望台」へ行った後から数えて約二月。随分間隔が開いたようにも思えるし、随分「せっかち」なような気もする。
まあ・・・そんなことどうでも良いか。
 このまま意識をなくしてしまっても不思議じゃない。明日は実験だから尚のこと遅刻は出来ない−別に普段の講義は遅刻欠席し放題って意味じゃない−。
俺は晶子から両腕を離し、枕元を探る。えっと、あれは・・・、あった。
右手にあるものの感触を感じた俺は、それ−目覚し時計−を掴んで顔の近くまで持って来る。
そしてベルが鳴る時間を普段より1時間ほど早くしておいて・・・。これで良し。
ベルが鳴るようにスイッチをセットしてから枕元に戻し、再び晶子を抱く。耳元で聞こえる呼吸音は幾分落ち着いてきている。

「朝、6時半で良いか?」
「私は構いませんけど・・・祐司さんは?」
「今日は早く寝られそうだから、良い。普段、このくらいの時間に起きてるんだろ?」
「ええ。朝御飯作りますから・・・。」
「晶子の作った朝飯、ゆっくり食べたい。」

 俺の頬に柔らかいものが触れて離れていく。何をされたかくらいは分かる。
普段ならちょっと、否、かなり狼狽するところだが、今は心地良く感じるだけだ。
俺に覆い被さっていた重みが軽くなっていくと同時に、闇の中に白い稜線が浮かび上がってくる。
晶子は両肘を俺の脇について俺を見詰める。その身体はさっきまでの激闘の余韻を周期的な揺れで表現している。

「記念になったか?」
「ええ、十分・・・。」

 俺は晶子の背中に回っていた右手をその頬に触れさせる。晶子は目を閉じて愛しげに頬擦りする。

「初めてですね。」
「何が?」
「祐司さんの方から仕掛けてくるのって・・・。」
「たまには良いだろ?」
「たまに、よりも頻度を上げて欲しい・・・。」
「そうしたいとは思うけど・・・、晶子には女特有の事情があるし、その気にならない時だってあるだろ?」

 晶子は俺の問いに、少し間を置いてから遠慮気味に小さく頷く。

「女の性欲ってのは想像の域を出ないから断定は出来ないし、変な言い方だとは思うけど、こういうことは条件が複雑な女の方が準備OKの時に男に合図を
送ってくるようにした方が良いと思うんだ・・・。殆ど毎日したい盛りの男の方から仕掛けて女が断ったら男は怒るか、そうでなくても不満に思う。
それが積み重なると・・・待っているのは破局だ。それだけは絶対嫌なんだよ、俺・・・。晶子との今の絆を失いたくないからさ・・・。」
「私も失いたくないです・・・。絶対・・・。何としても・・・。」
「今日は晶子が準備OKの合図を送って来たし、俺が確認した時もOKしたから、俺の方から仕掛けたんだ。これからも・・・それで・・・良いんじゃないか?」

 晶子は微笑みを浮かべてゆっくり身を沈めて来た。その動きに合わせて目を閉じている。何をするつもりなのかくらいは分かる。
俺は目を閉じて「それ」を受ける。唇に柔らかくて温かいものが触れる。そして頭を抱きかかえられる。
気持ち良い・・・。こうしているだけで眠ってしまいそうだ・・・。それも良いな・・・。

Fade out・・・


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