Saint Guardians

Scene 5 Act 2-4 希望V-WishV- 元凶の破壊、最大の危機

written by Moonstone

 ドルフィンは鼠が子どもを産むかのように大量に湧き出してくる謎の魔物を最小限撃退しながら、その魔物と同じ身体の色を持つドラゴン目掛けて突進
する。ドラゴンはドルフィンを敵と見なしたのか、口を大きく開け、嘔吐するかのように緑色の液体を吐き出す。ドルフィンはすかさず横にジャンプして
その液体をかわし、着地地点に居た魔物に鋭い蹴りを入れ、小さな赤い核を魔物の肉体から蹴り出して潰す。その魔物が地面に肉体をぶちまけるのと、
表現し難い悪臭がドルフィンの鼻を突き始めたのはほぼ同時だった。
 ドルフィンが周囲の魔物を倒しながら悪臭の漂ってきた方向を見ると、緑色の液体を被った魔物の身体が白煙を上げながら溶けていっている。スライムの
ように武器の類が一切効かないというこの謎の魔物の身体を溶かすということは、強力な酸性若しくは腐食性の液体だろう、とドルフィンは推測する。
ドラゴンは再びドルフィン目掛けて緑色の液体を吐き出す。

「フライ!」

 ドルフィンの足が輝き、急速に宙に浮かび上がる。ドルフィンに襲いかかろうとした魔物達はゆっくりと衝突し、互いを取り込んで仲良く自滅していく。
ドラゴンは宙に浮かび上がったドルフィンを捕捉して例の液体を吐き出すが、液体はさほど射程距離がないらしく、ドルフィンには届かず、地面で蠢く
魔物達に降りかかって、白煙と凄まじい悪臭を放ちながら溶かしていく。再び液体を吐き出すか、とドルフィンが思ったが、ドラゴンはドルフィンの方を
向いたままで何もしようとはしない。倒しても倒しても湧き出てくる謎の魔物には見境なく獲物を取り込む程度の知能しかないが、ドラゴンにはかなり高い
知能が備わっているようだ。
 宙に浮かび上がったドルフィンは、ドラゴンの全体像を把握する。ドラゴンは白亜の建物から首と胴体の前半分を出し、その身体から謎の魔物がまさに
細胞分裂するかのように千切れて出て来ているのが見える。よく見ると、建物からはみ出しているドラゴンの身体の中、丁度他のドラゴンの心臓がある位置に、
かなり大きな赤い物体がある。ドラゴンの身体から続々と千切れて現れる謎の魔物の大きさと比較すると、ほぼ魔物と同じくらいの大きさ、即ちドルフィンの
肩ほどまではありそうだ。更によく観察すると、魔物がドラゴンの身体から千切れて形を成す際、その赤い物体が少し割れて魔物の核となっているのが分かる。
魔物を続々と生み出しながらも一向にその大きさが小さくならないところからすると、あの赤い物体は自己修復機能を備えているようだ。
 ドルフィンは自分の左手にも埋め込まれている賢者の石を思い起こす。賢者の石はその名が示すとおり石のように硬いが、専用のナイフで切り取ることが
出来る。しかも切り取ると、切り取られた部分がフィルムを逆回転させるように再生して元どおりの形−球形−を成すのだ。切り取られた部分も復元機能を
発揮して「本体」の形を成すので、この性質を用いて賢者の石は世界各地の魔術学校に配分されている。ちなみに切り取られた部分を途中で人間の身体に
埋め込むと復元機能が止まり、身体の一部となってそのままの大きさで留まる。これらは人類、特に魔術師の間で長年の謎となっており、シーナも魔術
開発や研究の傍ら賢者の石のこの特質を研究対象にしていた。
 ドルフィンは思う。
この見たこともないパイプが走り回る建物と、恐らくドラゴンの核であろうあの赤い物体とは何らかの関係があるのではないか。もしかすると、あの赤い物体は
賢者の石との関連性もあるのではないか。
 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。この鉱山の魔物を根絶やしにして再び金の採掘が出来るようにしなければ、基幹産業を失ったマリスの
町が衰退の道を辿ることになるのは明らかだ。そうなってしまっては、本当の意味での「像を持ち帰った勇気と力ある男」としての功績にはなりえない。
ドルフィンは、ドラゴンが吐き出した液体が魔物の身体を溶かしたことを踏まえ、ある決断をする。ドルフィンの眼下では地面いっぱいに謎の魔物が
犇(ひしめ)き、隣の仲間を取り込むものも居る。魔物が白亜の建物とドラゴンが鎮座する広大な空間の地面を完全に埋め尽くしたところで、ドルフィンは
呪文を唱える。

「マルデル・ガルメディッブス・エラ・ドレード!汝、生を終え地に返る道を歩め!終末のラッパをその耳で聞け!コロージョン15)!」

 すると、魔物達とドラゴンが巨大な結界に包まれ、その肉体が急速に腐り落ちていく。まさしくあっという間に魔物達とドラゴンが小さな赤い核と大きな
赤い物体だけになったところで、ドルフィンは間髪入れずに早口で呪文を唱える。

「アルブ・デラ・ンデ・クローズ!見よ汝、銀河の星が砕ける様を!ギャラクシャン・イクスプロージョン!」

 地面に散乱した小さな赤い核と赤い物体が再び全て巨大な結界に包まれ、結界内部で激しい爆音と残響と伴った大爆発が起こる。猛烈な爆煙のため、
結界内部の様子は全く窺い知ることが出来ない。
ドルフィンの身体から大量の汗が噴出す。大量の魔力を消費した証拠だ。幅も奥行きも広大な空間全体を魔法の対象にし、Illusionistのドルフィンが呪文を
詠唱しなければ使えない程のランクの高い魔法を2回連続で使ったのだから、魔力を大量消費しない筈がない。
 ようやく爆煙が収束し、地面を敷き詰めている白い綺麗な物体が見えてくる。魔物達とドラゴンの姿は勿論、地面に散乱していた小さな赤い核やドラゴンの
心臓部にあった大きな赤い物体はその影も形もない。Illusionistというドルフィンのもう一つの強大な力の前に、無数に居た魔物達とそれを生み出していた
ドラゴンは完全に消滅した。普段召還魔術以外は殆ど魔術を使用しないドルフィンがあえて大量の魔力消費と引き換えに強力な魔法を2つも使ったのは、
ナルビアにおける謎の巨大生物との戦闘の経験を踏まえたものだ。
あの時、ドルフィンが剣で魔物の身体を寸断しても、魔物の身体は直ぐに元どおりになった。その時中心となったのが、賢者の石らしい−露出して直ぐに
叩き壊したので確認はしていないが−魔物の核だった。ギャラクシャン・イクスプロージョンでも粉砕出来なかったのに、その巨体の何千分の一かの核を
破壊したら魔物は二度と再生しなかった。ドルフィンは謎の魔物もドラゴンもあの魔物と同様だと推測し、まず魔物の肉体を溶かして核を露出させ、直ちに
それを粉砕するという手段をとったのだ。
 ドルフィンは地面に降り立ち、噴出す大量の汗を拭わず息を切らしながら、残された白亜の建物を見る。崖に埋め込むように立っているその建物は、
明らかに今の建造物ではない。アレン達がハーデード山脈の鉱山内部で遭遇したと言う古代遺跡と同年代のものかどうかは考古学者ではないドルフィンには
分からないが、少なくともこの建物、否、この空間が現代のそれとは異質のものであることだけは確かだ。この建造物の存在が世に知れ渡り、悪意ある者に
よってその機能が発揮されるようなことになれば、今回の騒動の繰り返しを招きかねない。ドルフィンは建造物に向かって呪文を唱える。

「アルブ・デラ・ンデ・クローズ!見よ汝、銀河の星が砕ける様を!ギャラクシャン・イクスプロージョン!」

 建造物が瞬時に結界に包まれ、轟音炸裂する大爆発が起こる。それに続いて崖の彼方此方に皹(ひび)が入り、大小の岩の塊となって崩れ落ちていく。
皹は崖だけに留まらずに地面や天井にも波及し、白い綺麗な物体と共に岩が次々と落下してくる。
 ドルフィンは瓦礫の豪雨に飲み込まれる前に、急いで空間から脱出して坑道に飛び込む。背後からは、ドルフィンが引き起こした爆音を凌駕する勢いの、
雷鳴が乱舞するような激しい音が聞こえてくる。こうしておけばあの建造物や空間が人目につくことはないだろう。
ドルフィンがそう思っていると、その左右や上下でピシピシッ、と音がして、坑道の周囲にも皹が入り、崩壊が始まる。
急いで脱出しようとしたドルフィンの前に、これまで残してきた謎の魔物が立ちはだかる。フライで飛んでいくには坑道の高さが足りない。元々坑夫夫数人程度が
作業出来るスペースがあれば良かったのだから、高さまで十分確保されているわけではない。ドルフィンは前方から迫り来る魔物を倒して活路を開くと、
全速力でその間を駆け抜ける。その後を追おうとした魔物の上から瓦礫が降り注ぎ、魔物はあえなくその下敷きとなっていく。自らが発した魔法の余波が
止むまで、ドルフィンは前方からの魔物と上方からの瓦礫の雨に晒されることになった。
 どうにか魔法の余波で生じる音が遠雷となった時には、ドルフィンはこれまでの旅で一度も感じたことのない疲労感に苛まれていた。幅も奥行きも広く
深い空間全てを対象に強力な魔法を2回連続で使い、更にこれまた巨大な建造物を瓦解させる魔法を使ったのだ。幾ら使用した魔法がNecromacerから使用
可能のものなので使用魔力が1/3になるといっても、元々多大な魔力消費を伴う魔法。そんなものを3回も使ったのだ。Illusionistのドルフィンと言えども
魔力の大幅低下と、それに伴う激しい疲労感は避けられない。
 ドルフィンはここへ来て初めて額の汗を右腕で拭うと、左手に持っているものを見る。左手には常に持ち歩いている愛用の剣でもあり、白狼流剣術継承者の
証でもあるムラサメ・ブレードと、この坑道で入手したルーの像が握られている。像は確かに手に入れた。あとは襲い来る魔物を全て倒し、マリスの町に
居るであろう町長の元へ持ち帰るのみだ。そうすれば鉱山の再開は勿論のこと、シーナとの結婚を町長公認のものにすることが出来る。ドルフィンは精神を
押し潰すような疲労感を無視するようにして駆け出し、迫り来る謎の魔物の集団を迎え撃つ・・・。
 また一人、剣士が薪のように縦に真っ二つにされ、血飛沫を上げながら左右に分かれて砂に倒れ落ちる。マリスの町の入り口付近には、縦に真っ二つに
された剣士の死体が累々と横たわり、水分に乏しい砂に赤い水分を染み込ませている。
血飛沫を鎧や顔に浴びた、黄金の鎧を纏った巨体の男ゴルクスは、自分の背丈ほどはあろう白銀に輝く巨大な斧を右手一本で持ち、薄笑いを浮かべている。
歓喜とも嘲笑とも取れる笑みを浮かべるゴルクスは、マリスの町の入り口前で固まって剣を構える剣士達に低い声で言う。

「さあ、次はどいつだ?セイント・ガーディアンと一戦交える機会はまたとないことだぞ。フフフフフ。」

 剣士達は剣を構えつつも突撃には二の足を踏む。常人ならとても一人では持てそうもない巨大な斧を右手一本で振り回し、近づいた剣士を一瞬で
真っ二つにするのだから、迂闊に近づけない。少々腕の立つ者なら、ゴルクスは斧を構えることもしない隙だらけの様相と分かるのだが、そう思って
突っ込んで行った剣士は皆真っ二つにされた。これが噂に聞くセイント・ガーディアンの力か、と否が応にも痛感させられた剣士達は、剣を構えたまま
じりじりと後退する。

「貴様らのような虫けら共を相手にするのはいい加減飽きてきた。大人しくシーナを差し出せば見逃してやる。拒むのなら俺様を倒すことだ。」

 シーナ、という名前を聞いて、剣士達は顔を見合わせてざわめく。
剣士達がマリスの町にきた理由は、町長の娘であるシーナを妻にするために他ならない。誰もが皆一度は町長邸でシーナを見ている。
あんな美人を妻に出来る機会はそうそうないことだ。しかし、目の前に居るセイント・ガーディアンがシーナを欲しているなら、命には代えられない。
それぞれの見解が一致したのか、剣士達は左右に分かれてマリスの町の入り口への道を開ける。それを見たゴルクスは邪悪な笑みを浮かべ、配下の部隊を
率いて前に進み始める。間近に迫ってくるゴルクスを見て恐れを成した剣士達は出来るだけ後ろに下がろうとして、後ろの剣士達ともみ合いを起こす。
ゴルクスはそんないざこざには目もくれず、象が歩くかのようにゆっくりと、そしてどっしりとした足取りでマリスの町に入ろうとする。
 ゴルクスが町に足を踏み入れようとした時、突如爆発がゴルクスの身体を包み込む。町の中で控えていた魔術師の一人がイクスプロージョンを使ったのだ。
その場に居合わせた剣士や魔術師がゴルクス粉砕を確信するが、爆発に伴う砂煙が収まるにつれてそれは絶望へと変わる。ゴルクスの身体は勿論、その
身体を包む黄金の鎧には傷一つついていないのだ。それどころかマントすら破れてもいない。イクスプロージョンを受けても完全無傷のゴルクスを
目の当たりにして、魔術師達は表面上立ち向かう様子を見せるが、内心では狼狽している。
 剣士の剣が効かないのと同様、魔術師の魔法が効かないことは、相手との決定的な力量の差があることを意味する。特に魔術師の場合、称号によって魔法
防御力に絶対的な格差が生じるため、「魔法が効かない=自分では倒せない」という公式が成立するのだ。剣士なら武器と運次第で相手にダメージを
与えられる可能性はゼロではないが、魔術師の場合はそうはいかない。

「死にたくなければ、退け。」

 ゴルクスが低い声で死刑宣告のように告げると魔術師達も恐れを成し、左右に分かれて道を開ける。
ゴルクスが改めて町の中に入ろうとした時、多数の光弾と共に一直線の光がゴルクスに突っ込んでくる。光弾と光はゴルクスに直撃し、その身体を僅かながら
後ろに傾ける。
魔術師達が開けた道の奥には、険しい顔で両手を輝かすフィリアと同じく険しい表情で両手を前に突き出しているリーナが立っていた。フィリアが
エルシーアを使い、リーナがレイシャーを召還したのだ。フィリアの横にはアレンが、リーナの隣にはイアソンがそれぞれ剣を抜いて構えている。
 態勢を立て直したゴルクスは光弾とレイシャーが直撃した個所を左手で何度か払うと、鋭い視線でアレン達を睨みつける。そしてその口元に再び邪悪な
笑みを浮かべる。

「貴様ら・・・この辺の雑魚共よりは出来るようだな。」
「セイント・ガーディアンだか何だか知らないけど、あんたみたいな奴をのさばらせておくわけにはいかないのよ!」
「これ以上近付いたら、その無駄にでかい図体ぶち抜くわよ。」
「フフフ、面白い。ならばやってみてもらおうか。」

 ゴルクスの嘲りが混ざった言葉に、フィリアはリーナと同様に両手を前に突き出して早口で呪文を唱える。

「ハージャン・マクネウス・オーン・ジェバルド。万物を司る精霊達よ、その力を我が手に集めよ!光の刃よ、その大いなる力をここに示せ!」

 フィリアの両手に急速に魔力が集中されて輝きを増す。リーナの両手も同様に輝きを強める。

「ビーム・キャノン!」
「レイシャー・フルパワー!」

 フィリアの両手から幅広の光線が、リーナの両手からもやはり幅広の光線が飛び出し、猛烈なスピードと勢いでゴルクスに衝突する。二つの光線の直撃を
受けたゴルクスの身体がくの字に折れ曲がる。
フィリアが大量に発汗を始め、片膝をつく。リーナの額からも汗が噴き出る。やったか、と二人が思ったその時、ゴルクスは再び態勢を立て直してビーム・
キャノンとフルパワーのレイシャーが直撃した個所を左手で払う。

「普通の人間なら跡形もなく消滅しているところだな。だが、このセイント・ガーディアン、ゴルクス様の鎧には傷一つつけられん。」

 平然としているばかりか邪悪な笑みを浮かべてさえいるゴルクスを見て、フィリアとリーナはセイント・ガーディアンの力を思い知らされる。
特にフィリアは、自分の魔力の大半を消費する魔法を使ったにも関わらず傷一つつけられなかったことで、敗北という単語が頭に浮かぶ。

「そこの黒髪の小娘・・・。貴様がザギが言っていたN計画の対象者だな?貴様だけはザギのために生かしておいてやろう。だが他の奴は・・・死ね。」

 ゴルクスはそう言うと、巨大な斧を振り翳して突進してくる。その速度はフィリアとリーナが発射した光線に匹敵するものだ。やられる、と思って
フィリアが目を閉じた瞬間、ガキンという金属同士が激しくぶつかり合う音がする。フィリアの前にアレンが立ち塞がり、ゴルクスが振り下ろした斧を剣で
受け止めたのだ。

「そうは・・・させるか!」
「小僧・・・。」

 ゴルクスはフィリアを仕留められなかったことに一時歯噛みするが、直ぐにまた邪悪な笑みを浮かべ、再び斧を振り上げて力任せに振り下ろす。
アレンはそれを剣で受け止めるものの、あまりの威力で足が膝まで砂にめり込む。自分の斧を二度も受け止めたアレンの剣を見て、ゴルクスが言う。

「小僧・・・。その剣、ザギが探しているものだな?」
「それがどうした?!」
「N計画の対象者にザギの剣を持っている小僧・・・。貴様ら、ドルフィンの連れか。ドルフィンは何処だ?」
「お前にいう必要はない!」
「力ある者に生意気な口を叩くとどうなるか、身体に教えてやる。」

 ゴルクスは空いている左手を拳に変え、斧を退けるや否やアレンの懐に入って鳩尾に拳を叩き込む。アレンの口から唾液と血が同時に噴出す。
前のめりになったアレンの横っ面に、ゴルクスの左足の蹴りがクリーンヒットする。アレンは両足を砂から引き摺り出され、近くの商店へ一直線に
吹き飛ばされて商品が陳列してある棚に叩きつけられる。激しい音と共に棚は滅茶苦茶に破壊され、アレンは商品の山と壊れた棚の下敷きになる。

「アレン!」

 フィリアが悲鳴を上げる。

「ザギの楽しみは残しておいてやることにするか。俺の目的はシーナだからな。」

 ゴルクスはアレンが突っ込んだ商店の様子を一瞥すると、再び邪悪な笑みを浮かべる。リーナとイアソンは反撃の二の足を踏む。
これだけの至近距離なら攻撃を当てることは確実だが、黄金の鎧には傷一つつけられないのは明白。そんな絶対的不利な状況で迂闊に手を出せば、今度こそ
本当に殺されてしまうだろう。
そんなリーナとイアソンの考えを知ってか知らずか、ゴルクスは残る三人には目もくれず、背後で控えていた配下の部隊に命令する。

「お前達!その辺の奴らからシーナの居所を聞き出せ!」
「ははっ!」

 配下の部隊は近くに居た剣士や魔術師を適当に掴み挙げ、剣を喉元に突き立てて脅迫する。少しして、配下の部隊が続々とゴルクスの元に集まってくる。

「ゴルクス様。シーナはこの町の町長の家に居る模様です。」
「町長の家はこの先を暫く進んだT字路を左折したところにある高級住宅街の最深部に位置するとのこと。」
「そこまで分かれば良い。行くぞ。」
「ゴルクス様、このガキ共は?」
「放っておけ。何も出来ん。」

 ゴルクスは配下の部隊の先導を受けて、その場から走り去る。イアソンは商店に突っ込んだまま出てくる気配がないアレンの元に向かう。

「アレン!大丈夫か?!」

 イアソンは滅茶苦茶になった商店の棚と商品を掻き分け、下敷きになっていたアレンを抱き起こす。アレンは棚に叩きつけられた時に負った傷で血塗れに
なっているものの、底から白煙が立ち上り、徐々に治癒していっている。しかしゴルクスの拳と蹴りをまともに食らったダメージは相当大きいらしく、息は
絶え絶えで目を開けるのがやっとという状態だ。

「う、うう・・・。」
「しっかりしろ!」
「あ、あいつは・・・?」
「シーナさんが居る町長の家へ向かった。」
「こ、このままじゃシーナさんが・・・。」

 アレンは立ち上がろうとするが、側頭部と鳩尾に激痛が走り、足に力が入らない。ゴルクスの拳はアレンの内臓を潰し、蹴りは側頭部の頭蓋骨に皹を
入れたのだ。アレンが戦闘不能の状態だと察したイアソンは、フィリアに肩を貸しているリーナに尋ねる。

「リーナ!フィリアはどうだ?!」
「魔力を殆ど使っちゃって、一人じゃ立ち上がることも出来ないみたいよ。」
「アレンも駄目だ!」
「・・・イアソン!アレンとフィリアをお願い!」
「お、おい!リーナ!」

 イアソンの制止も聞かず、リーナはフィリアを砂の上に横たえると、ゴルクス一団の後を追って駆け出す。イアソンはとりあえずアレンを抱きかかえて
商店から脱出し、フィリアの横に寝かせる。フィリアは魔力が大幅に低下した状態であることを示す大量の汗を流し、こちらも息絶え絶えの状態だ。
戦闘どころか行動不能の二人を放っておくわけにはいかない。しかし単身ゴルクス一団の後を追ったリーナの安否が気がかりでならない。

「死ぬなよ、リーナ・・・!」

 二人の容態を見ながら、イアソンは不安げに呟く。
 ゴルクス一団は高級住宅街に入り、奥に見える一際豪華絢爛な建物を目指して走る。配下の部隊に前後左右を固められながら走るゴルクスの目は血走り、
口元に浮かぶ笑みは一層邪悪さを増している。

「フフフ。記憶を失ったシーナは無力。俺のものにすることは造作もないことだ。待ってろよ、シーナ。フフフフフ・・・。」

 ゴルクスのシーナを欲する野望は、もはや狂気の段階に入っていると言っても過言ではない。ゴルクス一団が一直線に町長邸へ向けて走る途中、
その背後から声が飛んでくる。

「レイシャー・フルパワー!」

 ゴルクスや配下の部隊が振り向くや否や幅広の光線が突っ込んで来て、進路上に居た部隊を鎧ごとぶち抜く。光線はそのままゴルクスの背中にも命中
するが、ゴルクスは倒れるどころか態勢を崩すこともない。
一団が進軍を中断して後ろを向くと、一団から20メール程離れたところでリーナが両手を前に突き出しているのが見える。その両手は眩く輝き、第二発を
発射する構えを見せている。ゴルクスを護衛すべく配下の部隊が立ちはだかったところで、リーナは叫ぶ。

「レイシャー・フルパワー!」

 再び幅広の光線が一団目掛けて襲い掛かり、部隊は鎧ごと身体をぶち抜かれる。部隊をぶち抜いた光線はゴルクスに命中するが、ゴルクスにはやはり
まったくダメージを与えられない。残り半数程となった配下の部隊に、ゴルクスは命令する。

「お前達!あの小娘を生け捕りにしろ!少々手荒な真似をしても構わん!」
「ははっ!」

 残る部隊が突進して来る迫力に怯むことなく、リーナは両手を頭上に掲げて叫ぶ。

「パピヨン!」

 リーナの両手から黒い蝶が大量に溢れ出し、群を成して部隊に襲い掛かる。部隊は剣でパピヨンを払い除けようとするが圧倒的な数には敵わず、
パピヨンに全身を覆い尽くされる。黒い固まりに包まれた部隊は悲鳴を上げるがそれも徐々に弱まり、次々と砂地に倒れていく。パピヨンが離れた後には、
鎧に包まれたミイラだけが残される。
 部隊を全滅させたパピヨンの群は、続いてゴルクスへ向かう。だが、ゴルクスは邪悪な笑みを浮かべたまま動揺の素振りを見せない。黒い蝶が次々と
ゴルクスに纏わりつく。それを見たリーナは勝利を確信する。だが、パピヨンは一匹また一匹と地面に落下し、砂山が風で崩れるかのようにその姿を
消していく。パピヨンが全滅したのを目の当たりにして、リーナは愕然とする。

「残念だったな、小娘。パピヨンで俺の配下の部隊は倒せても、この俺には無効だ。この鎧を纏っている俺にはな。」
「くっ・・・。」
「これ以上付き纏われては邪魔なんでな。少しばかり痛い目に遭ってもらうぞ。」

 そう言うと、ゴルクスは一瞬にしてリーナの背後に回り込み、リーナの首筋に手刀を叩き込む。小さな悲鳴を残してリーナはその場に倒れ付し、砂煙を
上げる。足で小突いてリーナが動かなくなったのを確認すると、ゴルクスは一人町長邸へと走る。
 見慣れない男が突進して来るのを見た警備の兵士達が武器を構えるが、ゴルクスはそれをものともせずに斧を振り回す。バラバラに切り刻まれて地面に
飛散する兵士達を一瞥もせず、ゴルクスは左拳で強固な造りの門を破壊する。何事かと思って身構えた警備の兵士達にもゴルクスは斧を振り回し、乱切りの
肉隗へと姿を換えさせた後、町長邸に体当たりする。町長邸の壁は砂城のように呆気なく吹き飛び、侵入者を迎え入れる。
運の悪いことに、壁の向こう側には町長夫妻とシーナが居た。突然の大男の乱入に町長夫妻とシーナは腰を抜かし、声を出すことも逃げ出すことも
出来ない。

「フフフ。シーナよ、此処に居たか。探したぞ。」
「・・・あ、貴方は・・・一体・・・?」
「そんなものは後でゆっくり教えてやる。ゆっくりとな。」

 ゴルクスは怯えて身体を震わせるシーナの元に歩み寄り、その細い身体を掴み挙げて引き寄せる。町長夫婦は警備の兵士を呼ぼうにも、ゴルクスの突然の
乱入とその全身から感じる威圧感で声が出せない。ゴルクスはシーナを左腕でがっしり抱きかかえて、来た時とは反対にゆっくりと町長邸を後にする。
 その頃、ドルフィンは襲い来る謎の魔物を倒しながら出口へ向かっていた。
何度目かの集団を倒すと、前方に光が差し込む光景が見えてきた。出口は近い。そう察したドルフィンは再び駆け出し、立ち塞がる魔物の集団を右手一本で
次々と倒していく。

『待ってろよ、シーナ!』

 ドルフィンは心の中で言いつつ、魔物の小さな核を握り潰していく。そのシーナが最大の危機に瀕していることなど、ドルフィンは知る由もない・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

15)コロージョン:力魔術の一つで暗黒、毒属性を持つ。対象の肉体に腐食性細菌を異常繁殖させ、急速に腐食させる。結界外には一切影響を及ぼさない。
強力だが肉体を持たない対象にはまったくの無力であることが欠点。Necromancer以上で使用可能。


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