Saint Guardians

Scene 5 Act 2-3 希望V-WishV- 帰還、突入、そして危険の接近

written by Moonstone

 ドルフィンとシーナを乗せたドルゴは、全速力を出して砂漠を疾走していた。
途中野宿をしながらの旅はシーナには辛かろう、と思ってドルフィンは最寄の町に立ち寄るか、と尋ねたが、シーナは丁重に断った。それより一刻も早く
町に戻って、鉱山の最深部からルーの像を持ち帰って私を正式に妻として欲しい、と言って譲らなかった。シーナの心はドルフィンとの公認の関係になる
ことでいっぱいなのだ。そんなシーナの思いを察したドルフィンは、朝食を食べたら日が暮れるまでノンストップでドルゴを全速力で走らせていた。
 ドルフィンとて、記憶を失っているとは言え自分を愛していると言い、一夜を共にしたシーナを未公認のままにしておくつもりはない。一刻も早くマリスの
町に戻り、謎の化け物が蠢く鉱山に突入し、最深部に安置されているというルーの像を持ち帰り、シーナを町長公認の妻にする。シーナの記憶回復の手段が
断たれた以上、それしかシーナを取り戻す手段はない。
 5回目の野宿を挟んだ日の昼前、砂煙の向こうに壁が見えてきた。右手に立ちはだかる断崖絶壁と合わせて、ドルフィンはこの風景を覚えている。
マリスの町が間近なところまで近付いてきているのだ。少しずつ近付いてくる壁に向かって、ドルフィンはドルゴの手綱を叩き、限界までスピードを
上げさせる。シーナのポニーテールが水平にたなびく。シーナは吹き飛ばされないようにドルフィンによりしっかりとしがみ付く。空気を切る音を残して、
ドルフィンとシーナを乗せたドルゴは猛烈なスピードでマリスの町にぐんぐん近付いていく。
 太陽が天頂に達した頃、ドルフィンとシーナの前にマリスの町を取り囲む壁が手に届く距離にまで迫ってきた。ドルフィンはギリギリまでドルゴを全速力で
走らせ、入り口直前で手綱を引いて急停止させる。そのためドルフィンとシーナの上体は大きく前のめりに傾くが、ドルフィンの両足がしっかりドルゴの
胴体を挟んでいたため、前に飛び出すことは免れる。
ドルゴが停止した直後、シーナはドルフィンの腰に回していた手を離してドルゴから降りる。ドルフィンもドルゴから降り、ドルゴの額に手を翳して
ドルゴを消す。そしてドルフィンはシーナの手を取り、走って入り口を潜る。
 賑わう大通りを、人波を掻い潜りながら、ドルフィンはシーナの手を引いて町長邸へと急ぐ。まずは半月ほど連れ出していたシーナを町長夫婦の元に
戻さなければならない。町長夫婦を安心させるのは勿論のこと、シーナが無事戻るまでの人質として軟禁されている可能性もあるアレン達を解放するためだ。
大通りを暫く走った後左折して高級住宅街に入り、その一番奥に佇む町長邸を目指してドルフィンとシーナは全速力で走る。ドルフィンの方がはるかに
脚力が勝るため、ドルフィンは無意識のうちにシーナがついて来れる程度にスピードを落としてはいるが。
 町長邸の門前に立つ兵士達は、自分達の方に向かって走って来る巨漢の背後にシーナの姿を見つけて警戒態勢を解く。ドルフィンとシーナは門前まで
走って来て立ち止まる。ドルフィンはまったく息切れしていないが、シーナは肩で息をしている。

「お嬢様!よくぞご無事で!」
「町長が心配しておられます。さあ、中へ!」
「は・・・はい。」

 シーナは呼吸を整えるのもそこそこに、ドルフィンの手を取って開いていく門へ向かって走り出す。
シーナがドルフィンの手を取っていることに、兵士達は驚く。先に述べたとおり、メリア教圏内で男女が手を繋ぐのは夫婦か恋人であるということを示す
からである。

「お嬢様!見知らぬ異性と手をつなぐことはまかりなりません!」
「この人は見知らぬ異性なんかじゃありません!」

 シーナはそう言い残して、ドルフィンを先導する形で敷地内に入る。直ぐに追いついたドルフィンとシーナは石畳が敷かれた広大な庭を走り抜け、町長邸の
玄関のドアの前に辿り着き、シーナがドアをノックする。少ししてドアが開き、町長夫人が顔を出す。その瞬間、町長夫人の顔が驚きから喜びに変わる。

「シーナ!無事だったんだね?!」
「心配をかけました。話は私からします。ドルフィンさんは鉱山へ向かってください!」
「分かった。後は頼む。」

 ドルフィンはシーナから手を離し、踵を返して元来た道を引き返す形で走り去る。
何が何やら事情が分からない町長夫人は、呼吸を整えているシーナに尋ねる。

「一体どうしたのかね?彼と一緒に帰ったと思ったら、彼に鉱山へ向かうように言うとは・・・。」
「お父様を呼んでください。事情を話します。」
「分かったわ。とりあえず中に入りなさい。それから水を浴びて服を着替えて居間に行きなさい。話はゆっくり聞かせてもらうわ。」
「分かりました。」

 シーナは中に入ると、急ぎ足で水浴び場へ向かう。その間に町長夫人は自室に居る夫である町長を呼びに行き、その途中で出くわしたメイドに、アレン達に
居間に来るように伝えるよう命令する。
 町長夫人は夫の自室のドアを激しくノックする。少ししてドアが開き、町長が怪訝な顔を出す。

「一体何事かね。騒々しい。」
「あなた!シーナが帰って来たんですよ!」
「何?!本当か?!」

 町長の顔が驚きに急変する。

「本当ですとも!今水浴び場へ行かせて身なりを整えさせています。話をすると言ってましたわ。居間へ来て下さいな!」
「分かった!」

 町長は部屋を飛び出し、夫人を残して居間へ向かう。呆気に取られた夫人は気を取り直し、町長の後を追って居間へ向かう。

 アレン、フィリア、イアソンの三人は、相変わらずカイレルに興じていた。娯楽に乏しいメリア教圏内14)、しかも町長邸に居候状態の今はカイレルで暇を潰す
しかない。それぞれカードを5枚手に取った三人は、出来るだけ表情を変えないように目で隣の相手の様子を窺う。3連敗を喫しているフィリアは、今度こそ、
という闘志を燃やしつつ右隣のアレン、左隣のイアソンを目だけ動かして様子を窺う。気迫が並々ならぬものだけに、睨んでいるようにしか見えない。

「よし。それじゃカードを出すぞ。せーの・・・。それっ!」
「どうだ!」
「今度こそ!」

 イアソンの合図で、三人は一斉にカードを床に広げる。3組のカードの組み合わせを見たイアソンは、ニヤリと笑う。アレンは少し悔しそうに顔を顰(しか)め、
フィリアは唖然とする。イアソンが勝利に酔った口調で言う。

「フフフ。また俺の勝ちだな。」
「くっそー。今度はいけると思ったんだけどなぁ。」
「ちょっと!何でまたあたしが負けなわけ?!これで4連敗よ!」
「運も実力のうち。さ、もう一回だ。」
「くーっ!悔しいーっ!」

 フィリアが頻りに悔しがる中、イアソンは優雅に口笛を吹きながらカードを集めてシャッフルする。
イアソンがカードを配ろうとした時、ドアがノックされる。何時になく激しくノックされるため、何かあったのだろうか、と不信に思ったイアソンがカードの束を
床に置いて立ち上がり、ドアへ向かう。ドアを開けると、メイドが切羽詰ったような表情で立っていた。

「どうしたんですか?」
「シーナお嬢様が戻られたんです!大至急居間にお越しください!」
「「!!」」
「シーナさんが?!ドルフィン殿は?!」
「分かりません。兎に角居間にお越しください!」
「分かりました。アレン、フィリア。一旦休戦だ。居間へ行こう!」
「うん。」
「無事だったのね・・・。」

 アレンとフィリアは立ち上がり、イアソンと共に居間へ向かう。
メイドは部屋から出てきたのが三人だったことを不審に思い、三人が立ち去った後中を覗き込むが、もう一人−リーナ−の姿はない。メイドは残る3つの
ドアを順々にノックしていく。一番端の部屋のドアをノックすると、程なく怪訝な顔をしたリーナが出てくる。

「騒々しいわね。一体何事?」
「シーナお嬢様が戻られたんです!」
「シーナさんが?!じゃあドルフィンも?!」

 リーナの表情が一変して驚きのそれに変わる。

「分かりません。兎に角居間へお急ぎください!」
「分かったわ。」

 リーナは部屋を飛び出して廊下を走っていく。残されたメイドは開け放たれたドアを閉め、リーナの後を追う形で廊下を走っていく。

 居間に町長夫婦とアレン達4人が集まった。メイドがシーナを含めた人数分のティンルーを用意していると、ドアが開いてシーナが入ってくる。
丁寧に拭いたとは言え、金色の髪は水分を吸ってしっとりとしており、髪の一部が頬にくっ付いている。

「お待たせしました。」
「お嬢様はこちらへ。」

 ティンルーを配置し終えたメイドは、町長夫婦とアレン達の間に空いている位置へシーナを案内する。シーナはメイドにありがとう、と言って腰を下ろす。
役者が全員揃ったところで、メイドと兵士は全員部屋から退出する。これは町長の命令によるものだ。ドアが閉まった後、町長がシーナに尋ねる。

「シーナ。記憶は・・・戻ったのかね?」
「ドルフィンさんにカルーダへ連れて行ってもらい、医師や魔術師、最後には魔術大学で回復を試みてもらったのですが、戻りませんでした。」

 最も重要な内容の質問に、シーナは少し声の調子を落として答える。記憶が戻らなかった、というシーナの答えに、アレンとフィリアは残念そうに小さく
溜息を吐き、リーナと町長夫妻は安堵の表情を浮かべる。

「ドルフィン殿はどうしたのかね?」
「ルーの像を取りに、鉱山へ向かわれました。」
「つまりは・・・お前を妻にしようという狙いがあるのだな?」
「ドルフィンさんは私に約束してくれました。必ず像を持ち帰る、そして私をお父様とお母様公認の関係にしてみせる、と。」

 シーナは静かだがはっきりした口調で言う。そのシーナの、公認の関係、という言葉に引っ掛かりを感じた町長はシーナに尋ねる。

「公認の関係にする、ということはどういうことかね?」
「・・・ドルフィンさんと私は、一夜を共にしました。」

 頬を少し紅くしてやや伏目気味なシーナから発せられた答えに、町長夫婦は勿論、イアソンの通訳を受けたアレン達も驚愕する。町長夫婦は勿論
アレン達も、一夜を共にする、という言葉の意味が単に一緒に寝ました、ということではないことくらい分かる。
アレン、フィリア、イアソンは驚きで固まり、リーナは悔しそうに唇をぎゅっと結ぶ。町長夫婦はあまりのショックにブルブルと身体を振るわせながら
シーナに言う。

「シーナ・・・。お前は自分のしたことが分かっているのかい?!結婚前に異性と褥を共にすることがどういう意味か!」
「お前は結婚前にドルフィン殿に貞淑を捧げた。つまりはドルフィン殿と結婚する以外にないということだぞ。ドルフィン殿が像を持ち帰るかどうか確証が
持てないというのに、安易に貞淑を捧げるとは・・・!」
「ドルフィンさんは必ず私を妻にしてくれます。私はドルフィンさんを信じています。」

 叱責とも言える町長夫婦に言葉に対し、シーナは真剣な表情で断言する。そのきっぱりした言葉に、町長夫婦は返す言葉が見当たらない。
ドルフィンがシーナを連れ出して今日帰ってくるまでの約半月の間に、ドルフィンとシーナの間には強い信頼関係が構築されたのだろう。そしてその信頼
関係は、真剣な恋愛関係を派生させたのだろう。
旅の過程で何があったのかは知らない。カルーダに赴いても記憶が戻らなかったと言う。しかし、過去の記憶があるなしに関わらずシーナはドルフィンを
愛し、貞淑を捧げたのだろう。動揺を抑えるために、町長夫婦はティンルーを啜る。飲み慣れた筈の味が妙に口に残る。
 アレン、フィリア、イアソンは、シーナの衝撃の告白を聞いて、ティンルーではなく唾を飲み込む。
シーナを連れ出してドルフィンの元に案内した時、ドルフィンがシーナに見せた態度と口にした言葉、それを受けたシーナの様子を思えば、ドルフィンと
シーナが半月の旅の過程で深い関係になるのはある意味自然な成り行きだったのかもしれない。それにしても、自分の名前以外の記憶を全てなくした筈の
シーナが、わずか半月ほどの間にドルフィンを深く愛し、信頼するようになったのは驚異的に映る。それほどドルフィンには異性を惹きつける魅力があるのか、
それとも愛と信頼を得るだけのことを実践して見せたのか。旅の過程で何があったのかは知らないが、二人の間に深く強い絆が構築されたのは間違いない
だろう。アレン、フィリア、イアソンは、シーナをドルフィンの元に連れ出したことが二人にとって良い結果を生んだことに満足感を感じる。
 一方のリーナは一見平静な様子でティンルーを啜るが、その手は小刻みに震えている。ドルフィンとシーナがそこまで深い関係になった以上、もう自分が
割り込む余地はない。シーナに記憶があるならまだしも、記憶がないのにドルフィンを愛し、一夜を共にしたのだ。ドルフィンもシーナも子どもではない。
ドルフィンはメリア教圏内の慣習やしきたりを熟知しているし、メリア教圏内に住むシーナは言わずもがな。だが、リーナはどうしても心の中で何かが
ふつふつと沸き立つのを感じずにはいられない。半月の間にドルフィンをその容姿と色気で誘惑して寝取った。そういう思いがどうしても全否定
出来ないのだ。
 カップを置いたリーナは、唇を噛んで目を伏せる。もうドルフィンは自分の手の届かないところに行ってしまった。自分がどう足掻いても取り戻すことは
出来ない。言い様のない悔しさと悲しさで、リーナの目の前が滲んで見えてくる。リーナは目を瞬かせて紛らわせようとするが、視界の滲みは収まらない。
様々な感情が交錯する中、シーナはティンルーを一口啜った後微笑みを浮かべる。それを見た町長夫婦とアレン、フィリア、イアソンは、シーナが心の底から
ドルフィンを信頼しきっていることを感じる。ただ一人、リーナだけは目を伏したままで、シーナの顔を見ようとはしない…。
 ドルフィンを乗せたドルゴが、鉱山入り口前で急停止する。ドルフィンはドルゴから降りるとドルゴの額に手を当ててドルゴを消し、駆け足で鉱山に
突入する。
 道程に沿って少し進むと、弱々しい声が聞こえて来る。ドルフィンが更に進むと、あの謎の魔物の1匹が青年を取り込んでいるのが見える。青年は何とか
脱出しようと試みているものの、既に魔物に取り込まれた右腕屋右足が服ごと完全に溶かされており、脇腹からは臓物がはみ出している。
ドルフィンは魔物目掛けて突進し、魔物の身体に拳を叩き込む。そして中心部にある小さな赤い核を捉え、その場で握り潰す。すると、魔物は支えを失った
かのようにその場で崩れ落ち、身体を地面に広げる。同時に青年は解放されるが、右半身を殆ど溶かされたことから生じる激痛で絶叫を上げて
のた打ち回る。

「痛えーっ!!た、助けてくれーっ!!」

 自己再生能力(セルフ・リカバリー)がない限り、助かる道はない。しかし、傷口から白煙が立ち上って治癒していかない様子を見ると、この青年には
自己再生能力(セルフ・リカバリー)が備わっていないのは明らかだ。
もはやこの青年は死を待つのみの身だ。助けようにも助けようがない。そう判断したドルフィンはのた打ち回る青年の傍にしゃがみ込み、額に右手を当てる。
すると、それまで激痛でのた打ち回っていた青年の動きが止まり、激痛に歪んでいた顔が安らかなものになる。

「気持ち良い・・・。痛みが・・・消えていく・・・。」

 青年はドルフィンを見る。この見知らぬ男が自分を救出してくれたのだと悟った青年は、ドルフィンに言う。

「あんたが・・・助けてくれたんだな・・・。ありがとう・・・。」

 ドルフィンは無言で首を横に振る。

「痛みが消えたのも・・・あんたのお陰か・・・。あんたなら・・・奥まで行けるだろうな・・・。俺は・・・もう駄目だ・・・。楽にしてくれ・・・。」

 青年は自分の死期を察している。ドルフィンは青年の額に当てた右手に「気」を集中させる。右手がポゥ・・・と仄かに輝く。青年は安らかな表情のまま
ゆっくりと目を閉じ、それと並行して腹部の上下運動がゆっくりと鎮まっていく。
程なく青年の呼吸が完全に止まった。ドルフィンは「気」を青年の脳神経に送り込み、その機能を停止させて安楽死させたのだ。
青年の死を見とったドルフィンは、青年の額にさらに「気」を送り込む。青年の肉体が残された左腕や左足の方から徐々に砂のように崩れていき、やがて
ボシュッ、と音を立てて砂の固まりが破裂するように飛散する。自分の手で安楽死させた青年を魔物の餌にさせたくない。ドルフィンはそう思って肉体を
消滅させたのだ。
 ドルフィンは立ち上がり、感傷に浸ることなく再び走り出す。謎の魔物が所狭しと姿を現す。魔物をある程度倒さないことにはとても先に進めそうにない。
ドルフィンは迷わず魔物目掛けて突進し、魔物の身体に拳を叩き込み、小さな赤い核を握り潰していく。元々動きの鈍い魔物は、次々とドルフィンの攻撃に
よって身体を床にぶちまける。進路が出来たところで、ドルフィンは残りの魔物に構うことなく更に奥を目指す。
鉱山に突入した目的は魔物を全滅させることではない。最深部に安置されているというルーの像を持ち帰ることだ。ドルフィンは戦闘を必要最小限に留め、
何が控えているか分からないこれからに備えて体力を温存しているのだ。幾ら常人をはるかに凌駕する体力を持つとはいえ、万全を期すに越したことはない。
最深部にはルーの像が安置されている、ということ以外何の情報もない。そんな状況下でこれら正体不明の魔物との戦闘に明け暮れていては、肝心の
目的を達成するどころか、奥に控えているであろう魔物を生み出している敵との戦闘に必要な体力まで消耗してしまう。それでは何のために鉱山に突入
したのか分からない。

 ドルフィンは奥から湧き出してくる魔物の小さな赤い核を握り潰して倒し、進路が切り開けたところで戦闘を止めて奥へ奥へと走る。鉱山だけあって進路は
不規則に蛇行しており、時々分岐点もある。
ドルフィンは分岐点には目もくれず、これまで進んできた一番広い道をひたすら奥へ進んでいく。奥へ進むに連れて魔物の数が多くなってくる。
これまで獲物に飢えていたのか、ドルフィンに向かってくる前に近くの仲間−恐らく魔物にはそんな意識はないだろうが−に襲い掛かって取り込むものも
居る。勝手に数を減らす魔物に内心呆れつつも、ドルフィンは魔物を倒して進路を切り開き、ひたすら奥を目指す。
 ドルフィンの進行速度がだんだん鈍ってくる。勿論ドルフィンの体力が尽きてきたからではない。溢れ出してくる魔物の間隔が少なくなってきてなかなか
先に進ませてくれないのだ。ドルフィンはやはり必要最小限の魔物だけ倒して、自分が通れるだけの隙間が出来ると奥へ向かって突き進む。入り組んだ
坑道を埋め尽くす魔物を倒しながら、ドルフィンはただひたすら奥へ向かって進んでいく。

「ええい、鬱陶しい奴らだ。」

 ドルフィンは舌打ちしながら次々と迫ってくる魔物を倒していく。坑道の長さがどのくらいか分からない上に奥に何が潜んでいるか分からないだけに
出来るだけ先頭は避けたいところだが、生憎そうはさせてくれない。魔物を倒して突破して少し進んだところでまた魔物の群と出くわす、ということを幾度と
なく繰り返す。常人ならとっくに体力を使い果たしているところだが、ドルフィンは息一つ切らしていない。まさに目にも留まらぬ速さで右手を魔物の身体に
叩き込み、小さな赤い核を握り潰して魔物を倒していく。

 どれほど時間が流れたことだろう。もう何度目か忘れた−数えてもいないが−魔物の群を突破したところで、急に前方の視界が大きく開けてくる。
またも襲い掛かってきた魔物の群を突破したドルフィンの目の前に、見たこともない光景が広がる。天井が急に高くなり、その天井や地面、そして壁までもが
これまでのような地面剥き出しではなく、白く輝く綺麗な物体が敷き詰められている。白銀に輝くパイプが上方に縦横無尽に張り巡り、白亜の巨大な建造物が
奥に鎮座している。これまで倒してきた魔物が溢れ出している先に、魔物と同じ色の胴体を持つ巨大なドラゴンが長い首を揺らめかせつつこちらを
見据えている。
 未知の光景に我が目を疑うドルフィンの足元に、何かがコツンと当たる。足元を見ると、6本の腕を持ち、そのうち2本を胸の前であわせた高さ40セーム
ほどの像が転がっている。これが町長が言っていたルーの像だろう。ドルフィンは急いで像を拾い上げて台座の裏側を見ると、マイト語で「ミルディアンド・
アルビアディス」と刻まれている。ミルディアンドとは恐らく町長の名前だろう。町長は初対面以降、一度も自分の名前を名乗ったことがない。坑道のこんな
奥深くに転がっている像が偽物であるとは考え辛い。
 ドルフィンはその像を剣を持つ左手で持つと踵を返そうとするが、そこで足を止める。ルーの像を持ち帰るのがこの鉱山に突入した目的だ。しかし、
このまま魔物が溢れ出してくるのを放置しておくわけにはいかないのではないか。普通の人間では太刀打ち出来ない魔物が溢れ出してくる坑道で作業が
出来るくらいなら、町長が娘を「賞品」にしてまで像を持ち帰って来い、と宣言しないだろう。像を持ち帰ることは勿論大事だ。だが、鉱山をこのままにして
おくわけには行かない。
 そう判断したドルフィンは接近して来た魔物を倒すと、魔物が溢れ出してくる正面を見据える。建物の前でゆらゆらと首を揺らめかせるドラゴンが、恐らく
魔物を溢れさせる「何か」を握っているのだろう。ドルフィンは眼光を一層鋭くして、ドラゴン目掛けて突進する。
 その頃、マリスの町にワイバーンの一群が接近していた。その一群の先頭に位置するワイバーンには、ドルフィンに勝るとも劣らない巨体を黄金の鎧で
包み、マントを翻す男が乗っている。短く刈り込んだ金髪に鋭い青い瞳を砂漠の陽射しに輝かせるその男は、口元に邪悪な笑みを浮かべている。

「あそこがマリスの町か。フン、ちっぽけな町だ。」

 男は右手を上げてワイバーンを降下させる。男に続く重装備の一群がそれに続く。
多数のワイバーンが降下したのを見た見張り台の監視人は、緊急事態を告げる鐘を乱打する。それまで賑わっていた町に、急速に緊張が走る。
 ワイバーンから降り立った、黄金の鎧に身を包んだ男をはじめとする重装備の一群はワイバーンをそのままにして、マリスの町へと近付いていく。
先頭を歩く巨体の男は、邪悪な笑みに更に邪悪さを加えて砂漠の砂を踏みしめる。

「フフフ。カルーダ国内に焦点を絞ったのは正解だったな。シーナ!今度こそお前を俺のものにしてくれるわ!」

 この男こそ、ドルフィンのセイント・ガーディアンへの夢を打ち砕き、シーナの記憶を封印した代わりにシーナの魔法で粉砕されたゴルクスである。
ゴルクス一群は、マリスの町へ向かって一直線に進んでいく。
 乱打される鐘の音を聞いた町長やアレン達、そしてシーナは、異変を察知して立ち上がる。鐘が乱打される音を聞くと、アレンとフィリアは故郷のテルサの
町に居た頃を思い出す。
乱打される鐘の音はすなわち、町に魔物が接近してきているという警告の合図だ。宗教も文化も違う町に居るとは言え、この鐘の乱打は尋常ならぬ事態が
迫っていることを否が応でも感じさせる。リーナとイアソンも何らかの重大な異変が迫っていることを感じずにはいられない。

「皆、行こう!魔物が接近して来ている可能性がある!」
「よーし!称号が上がったあたしの魔法の威力を見せてやるわ!」
「敵なら潰す。」

 アレン、フィリア、リーナは走って居間を出て行く。

「町長ご夫妻とシーナさんはこの家にいて下さい!何が起こっているか分かりませんから、決して外には出ないで下さい!良いですね?!」
「わ、分かった。」
「分かりました。」
「は、はい。」

 町長夫妻とシーナからの返答を受けると、イアソンも居間を飛び出していく。魔術のみのフィリアとリーナが先に町長邸を飛び出し、アレンとイアソンは
自室に向かい、剣を手にすると急いで外へ飛び出す。ドルフィンが居ないマリスの町に、大きな危険が迫りつつあった・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

14)娯楽に乏しいメリア教圏内:この世界にはスロットマシンやカードゲームによる賭博といった娯楽があるが、メリア教では賭博行為は厳禁。更に金銭を使った
娯楽も禁止されているため、アレン達のように金を賭けないカードゲームくらいしか娯楽がない。


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