Saint Guardians

Scene 3 Act 1-4 交渉-Negotiation- 推測が描く波乱の予兆

written by Moonstone

「話では、もう一方いらっしゃるということだが・・・?」
「その方は今具合を悪くされたということで、休憩室で休んでもらっています。」
「そうか・・・。では、お二人はどうぞこちらの方へ。」

 リークが指し示した位置は彼の右隣に座する情報部小隊の面々が座っている位置、言い換えれば上座に当たる。その位置に居た情報部小隊の面々は、
下座の方に席をずらして二人分の席を空ける。しかしドルフィンは空けられたその席へ向かうことなく、下座のドアと背中合わせになる位置に座り、
アレンはドルフィンの行動の意味が分からないまま、そそくさとその左隣に座る。

「此処で話は十分聞こえる。」

 ドルフィンは丁度正面に見えるリークを見据えて、わざわざ下座に座った表向きの理由を説明する。
何分機密性が重要な戦略を客人とはいえ部外者に話すわけだ。交渉が決裂した場合「秘密を知った以上は出すわけにはいかない」と強硬な態度に出て来る
可能性は否定できない。その時はアレンの安全確保は勿論、人質にされる可能性があるフィリアを即座に救出に向かわなければならない。
出来る限り唯一の脱出口であるドアの近くに身を置くのは、100%相手を信用できない交渉の場における戦略の一つなのだ。

「・・・成る程。戦略に関しても長けておられるということですか。」
「この交渉の場が即、共闘関係の締結とは限らないからな。」
「おっしゃるとおりです。」

 リークはドルフィンの暗喩を汲み取ったらしい。ゲリラ戦や戦略に長けた集団の長というのは伊達ではなさそうだ、とドルフィンは思う。
自分が想像していた和気藹々としたものとは違う張り詰めた緊張感にアレンは戸惑うが、まずは『赤い狼』の話を聞く事が先決だと気を取り直す。
席をずらした情報部小隊の面々は元の席に戻り、二人を案内した小隊長は情報部小隊の面々の向かって右側の列に着席すると、リークは改めて二人の方を
向いて一礼する。

「では、共闘関係の構築に向けた話し合いの前に、まず現状についての最新の情報をお伝えしたいと思います。情報量を出来るだけ共有してからでないと
正確な判断がし辛いかと思いますので。」
「…分かった。」
「お願いします。」
「では、状況説明を情報部第2小隊長、ジェン・ハルマスから…。」

 向かって左側の列、下座から3番目に座っていた金の短髪のいかつい体格の男性が立ち上がる。

「はい。では交戦状況を私から説明します。エルスとバードについてはほぼ国王勢力の撃退に成功。現在周辺地域で散発的な戦闘が行われていますが、
敵主力部隊はマシェンリー川北部まで撤退しました。現在、ナルビアからの戦力や物資の補給を待っている模様です。」
「敵の戦力はどの位のレベルだった?」
「当初は一般の兵士が主力でしたが、戦況が敵方の不利に傾き始めて暫くしてから、魔術師や魔道剣士が若干名投入されてきました。魔法反応から
推測するに、魔術師の称号はTheurgist5)、魔道戦士の魔術師の称号はConjurer6)若しくはEvoker7)でした。我々も当初より多くの被害を被りましたが、
戦況を覆されるには至りませんでした。」
「奴等にしてみれば敵の重要拠点を攻め落とそうとする割に、随分低レベルだな。」

 呟きを漏らしたドルフィンには勿論、アレンにとっても意外どころか耳を疑うような話である。
古代遺跡の発掘調査が行われていたミルマの鉱山の警備をドルフィンが事前に調査した時、Warlockクラスの魔術師が居ることが分かり、鉱山に突入した
アレンもドルフィンから魔水晶としてもらったアーシルが無ければ、大苦戦どころか進むこともままならなかたであろう激しい迎撃を受けた。
警備の厳重さは国王の勅命−その意図は未だ持って不明だが−を受けた以上、当然といえば当然のことであると言える。
 地理的にもナルビアに近く、目の上のたんこぶと呼ぶに相応しい存在である『赤い狼』の重要拠点であるエルスとバードの2つの町を攻略することも、
国王の勅命が下っていると十分考えられるが、重要性の割にそれに対する戦力の配分が低すぎる。戦闘による損害を避けたいような重要な施設、例えば
武器や防具を大量生産する鉄工所などがあるならまだしも、漁業や農業以外めぼしい産業がない2つの町にそのようなものが在るとは思えない。
その程度の戦力でも十分叩けると高を括っていたのかもしれないという見方も出来るが、それでも戦況が不利になれば、一気に巻き返すだけの戦力を
投入してきても不思議ではない。
 遺跡調査に熱中するあまりに戦力の配分を誤り、結果的に大損害を出した上に敵の重要拠点を落とせなかったとなれば、国王やその背後に居るという
黒幕の信用も危うくしかねない。やはり、国王や背後の黒幕の行動には何かちぐはぐな点が見受けられる。

「その点に関する考察は、後程あると思います。何れにせよ、敵の損害は甚大であることは確かです。」
「ということは、国王勢力はナルビアに篭城しているようなものだと考えて良いんですか?」
「そうですね。お二人が通過してこられたテルサとミルマからは新たな侵攻が開始されたという情報も入っておりませんし。」
「調子に乗ってナルビアに攻め込んできたところを一網打尽にする腹積もりなのかも知れんがな。」
「・・・その可能性も否定できません。ですのでこの先、戦略がさらに重要になってきます。」

 戦略を構成する為の材料を収集し、提供する情報部小隊の長だけあって、戦果を誇示するだけではなく現状分析も怠っていない。数に物を言わせるような
戦力の使い方をする国王勢力とは幾分質が違うのは間違いないようだ。

「敵の本拠地についての情報はどうなんだ?」
「その点に関しては情報部第1小隊長、イアソン・アルゴスから・・・。」

 ジェンという金髪の男が座ると、向かって右側の列の最も上座に位置する、茶色の光沢のある長髪を束ねた青年が代わって立ち上がる。

「では、次はナルビアとそれに関する考察を私から述べたいと思います。我が『赤い狼』のナルビア支部は一斉摘発により全員逮捕されましたが、ミルマの
鉱山で強制労働に従事させられていた一部の同志が、お二人のご活躍によって無事救出されました。この場を借りて改めて感謝します。」
「あの中に『赤い狼』の関係者も居たんですか。」
「ミルマ支部が潜入させたスパイの情報から同志が居ることは掴んでいたんですが、所属までは分からなかったんですよ。・・・で、話を戻しまして・・・。
救出されたその同志の証言と、エルスとバードの戦況がこちらの有利で固まってからナルビアに潜入した結果判明した事実を交えて、ナルビアの現状を
説明します。」

 イアソンというその青年は、幅2メールはある大きな紙を取り出して広げると壁に画鋲で固定する。そこに描かれているのは、北を上側にしたナルビアの
略地図であり、二人の位置からどうにか確認できるくらいの細かい注記が施されている。イアソンは木製の指示棒を手に説明を始める。

「現在、ナルビアは軍事要塞として大幅に変貌を遂げています。まず、この国に唯一存在した劇場・・・城の南にあるこの部分ですが、此処は閉鎖され、
大幅な拡張工事が行われました。工事は完了し、既に内部で何かが行われている模様です。」
「何か・・・というのは分からないんですか?」
「我々も潜入を試みたんですが、国王勢力の中でも異質の兵士や魔術師が完全に周囲を固めていて不可能でした。不思議なことにあの建物に人が出入り
することは非常に希で、それも出入りできるのは一様に白衣を着た非戦闘員だけです。それでも出入り口で身分証明の確認や身体検査などが行われ、
それを通過できないと入るどころか不審人物として連行される仕組みになっているようです。また、全ての兵士には厳重な緘口令が敷かれているらしく、
この建物の内部のことを話題にしただけでも連行されてしまうということが実際にありました。」
「随分厳重だな。ハーデード鉱山の遺跡調査とよく似てる。」
「よって内部を窺い知ることは出来ませんが・・・このようにかなり巨大な建造物ですので、戦略物資や財宝を大量に備蓄している可能性が考えられます。
本来の軍隊を一気に数倍の規模に膨れ上がらせたのですから、それなりの資金や物資が必要になるでしょうし、篭城を決め込むなら尚更です。」
「成る程ね・・・。」

 ミルマで遺跡調査が行われていた時も、兵士の間に厳重な緘口令が敷かれていたことはドルフィンもフィーグから聞いた。だが、スパイの潜入も
ままならない厳重なチェックが行われていたりするあたりに、遺跡調査よりもさらに大掛かりな何かを感じずにはいられない。

「では、説明を続けます。先程軍事要塞と表現しましたが、サンゼット湾に面する東側以外の城壁は全て大幅な拡張工事が行われ、高さ、厚さとも
約2倍に強化されました。」
「2倍?!」
「ええ。これだけでも尋常ではありませんが、さらに城壁内部に魔術師が大量に配備され、不審者に向けて魔法で一斉攻撃を仕掛ける準備が整って
います。」
「よくやられなかったな。」
「情報部隊の端くれですから、そう簡単に捕捉されない手段くらいは持っています。・・・で、配備された魔術師の称号の範囲は不明ですが、Magicianクラスは
存在します。市街には武装した兵士が多数配備され、上空には航空部隊が旋回しています。」
「・・・まさに要塞、というところか。」
「唯一城壁のない東側の港も厳重な警備が敷かれています。船で迂闊に近付けば一斉攻撃は免れないでしょう。」

 陸も海も空も厳重に固められた感のあるナルビアに正面から突入しようとすれば、双方に大損害は避けられないだろう。それに、まだ多数囚われの身に
なっているであろう『赤い狼』の活動家をはじめ、一般市民を盾にして来る可能性も否定できない。
 如何にアレンの父ジルムやリーナを救出したいとはいえ、それと引き替えに大勢の人を−戦闘員非戦闘員に関わらず−犠牲にして良い筈がない。
戦争が生きるか死ぬかの人殺しということは頭で分かっているとはいえ、アレンはそこまで割り切ることは出来ない。

「正面突破はちょっとばかり骨が折れそうだな・・・。」
「ナルビアの駐留兵力は推定5万。現在マシェンリー川北部に待機中の戦力や周辺の町の兵力が帰還して合流すれば、さらに1万は増えると考えて
良いでしょう。・・・ナルビアの現状に関してはこの様なところですが、何か御質問は?」

 イアソンの問いにアレンは首を横に振り、ドルフィンは黙ったままでいる。質問がないものと判断したイアソンは、略地図に向けていた指示棒を降ろして
二人と向き合う。その顔はアレンと大して歳は変わらないように見えるが−アレンは実年齢より幼く見えてしまうのだが−、実動部隊の責任者という自負と
責任感に溢れたものだ。

「ここからはこれまで説明しました現状を踏まえた私の考察をお話します。疑問点などありましたら随時お願いします。」
「はい。」
「分かった。」
「それでは・・・まず、国王勢力の意図するところが何であるか、ということから考えてみたいと思います。元来保有を恐らく数倍の規模にした兵力による
国土全体の大々的な中央集権的支配、自警団の解散や役所、魔術師の逮捕、我々『赤い狼』の一斉摘発など用意周到な支配体制の構築の一方で、
国家経済や国王勢力の有力な財政的支援団体であるミルマ経済連を破綻させることにも繋がりかねないハーデード鉱山の長期閉鎖と支配構築に無縁な
古代遺跡調査、そして、そちらの方のお父上とアルフォン家令嬢の拉致・・・。これらは国王が顧問として招聘したという人物の入れ知恵によることが
ほぼ確実視されています。」
「それは俺も大凡分かっている。」
「しかし、これら国王勢力の一連の行動は、計画性には秀でていますが明らかに一貫性に欠けています。特に遺跡調査は単に権力強化を考えるなら
全く無意味なことであると同時に、それに伴いこの国の主力産業である鉄鋼業を滞らせることで財政基盤を弱体化させる危険性がある点では愚策と
言わざるを得ません。まあ、他の行動が良いと言うわけではありませんが。」
「それは言えるな。いくら経済的特権が保障されるとはいえ、よくミルマ経済連の連中が黙ってたもんだ。」
「これらの矛盾する行動を同一人物が指示しているとすれば・・・国王の背後に居る人物は、別の意図を以って動いているのではないか、と推測されます。」
「どういうことだ?」
「思惑のずれといいましょうか・・・。国王は権力強化の為にその人物を利用しているつもりで、実は利用されているのではないかと。」

 アレンとドルフィンの二人は勿論、リークや他の情報部小隊の面々も一斉にイアソンの方を向く。イアソンの大胆な仮説に、当然のことながら聴衆から
異議や質問が相次ぐ。

「ちょっと待てイアソン。お前が言ったように仮に王が招聘した人物が王を利用しているとするなら、王の望む強権支配の構築に無関係なことを言い出せば
要らぬ不信感を招くんじゃないか?」
「自分の権力強化に招聘した人物が余計なことをしようとすれば、国王も何らかの抑止策を取るんじゃないか?でも、それが行われた様子はない。」
「所有する剣目当てに拉致された可能性が高い少年の父親に加え、どう考えてもアルフォン家令嬢の拉致は国王の意向とは逸脱している。これはどう
説明する?」
「現にハーデード鉱山における遺跡調査は失敗し、さらに駐留軍の壊滅や内部資料の流出などの大損害を招いた。直接指示を出した国王の不信を
生むようなことに何故何の対策も打たないんだ?」

 イアソンが質問や異議の集中砲火を浴びている間、アレンが小声でドルフィンに尋ねる。

「ねえ。ドルフィンは・・・どう思う?」
「良い推測だ。」

 短く答えたドルフィンは、集中砲火を受けるイアソンという若き情報部隊の責任者に秀でた能力を見出したようだ。
イアソンはドルフィンの見込みどおり、相次ぐ異議や質問の嵐にも動転したり、自分を攻撃されたと語気を荒らげて応戦することもなく、あくまでも冷静な
立ち居振舞いを見せる。

「不信感を招く・・・。確かにそうかも知れないな。しかし、譬え国王は不信を抱いたとしても関係を断絶できるとは思えない。」
「何故だ?」
「国王勢力が軍事力を規模を大幅に増強できたのは、一気に自分の野望を現実に近付けられたのは誰のお陰か考えてみてくれ。今その人物と関係を断絶
すれば、その人物はさっさと所有する戦力を引き上げるだろう。そんなことになれば一体どうなると思う?」
「!・・・戦力の大幅な低下どころの話じゃない、な・・・。」
「そういうことだ。それに支配体制が固まった数週間前ならまだしも、我が『赤い狼』やドルフィン殿が間近に迫った現状では只事じゃ済まない。警備が
手薄になったことくらい少し調べれば分かることだし、それを晒すことなんか攻めて下さい、と頼むようなものだ。」
「つまり、国王はどう転んでもその人物とは縁を切れない状況に追い込まれている、ということか・・・。」
「そうだ。もっともそのことに国王が気付いているかどうかは別問題だが。」
「折角だから、その説明は俺達にも話してくれないか?」

 ドルフィンが微かな笑みを浮かべながら言うと、イアソンは慌てて正面に向き直り、軽く咳払いする。議論に熱中するあまり、今は共闘関係を締結する為の
話し合いの前に、現状の考察を二人に述べている途中であることを忘れていたことに気付いたようだ。

「し、失礼しました。これは我々の内輪の討論ではなかったですね。」
「なかなか面白い考察だが、筋は通ってる。・・・続けてくれ。」
「ありがとうございます。出された質問に順次答えていきますと・・・、国王に招聘した人物の行動を抑止することは不可能だと思われます。先程も述べました
ように、国王勢力の兵力の大半はその人物のものであると考えるのが自然である以上、その人物が兵力の撤収を言い出せば国王は手も足も出せません。」
「兵力の増援をその黒幕に要請しても、急には出来ないとでも言えば却下できるからな。」
「はい。或いは、足元が危うくなって来た支配の巻き返しに懸命で、人物の行動を抑止するどころではないかもしれません。」

 自分の野望に手を貸すという甘い言葉に唆され、気が付いた時には−或いは気付いていなくても−既に抜け出せない泥沼に嵌まり込んでいるとすれば、
国王はまさに悪魔と契約したようなものだ。
 悪魔にとって契約とは目的の為の駆け引きであり、目的達成の為にはそれこそ手段を選ばない存在である。悪魔と契約をしてもそれが完遂されるという
保障は何処にもない。そしてイアソンの推測どおり、知らぬ間に悪魔から逃れられないように権力という麻薬を飲まされ続けたのだろうか。
強烈な快楽を秘めたその麻薬を手放さない為に、ますます悪魔の用意した深みに嵌まって行くとすれば、あまりにも愚かしい。
イアソンは一呼吸置いて、説明を再開する。

「そして次の質問、そちらの少年の父親とアルフォン家令嬢の拉致に関してですが・・・。我々が調査した限り、全く所在や情報が掴めません。拉致の目的に
関しては何ら分かっていないというのが現状です。」
「俺の父さんを攫ったのは俺の持つ・・・この剣を狙ってのことらしいんだけど・・・。」

 アレンは腰に帯びている愛用の長剣を鞘ごとテーブルに乗せる。テルサ解放後に人伝えで聞いた、父ジルムが国王の勅命とやら−恐らくは黒幕の
入れ知恵だろうが−で攫われる原因となったという曰く付きの剣である。『赤い狼』の面々はその剣を注視するが、特別変わった様子が見受けられないことに
首を捻り、口々に感想を述べる。

「特に・・・財宝的な価値はないように思えますね。」
「剣一本を狙った結果がテルサ支部の全滅、そしてミルマ支部全滅の遠因になったとすると、余りに高い代償だな。」
「テルサ支部からの情報では少年の父親を攫ったのは国王の勅命ということだが、アルフォン家令嬢はその命令系統が全く不明と聞いたが・・・。お前の
推測が正しいとすれば、国王の指揮系統とは一線を画しているということか?」
「そう考えるのが自然だろうな。何れにせよ、この件に関しては国王の野望から大きく逸脱しているのは勿論、背後の人物が意図するところも分かりません。」
「それは・・・」
「背景が何も分からない以上、憶測の域を出ないな。この件に関してはもう良い。」

 背後に居る黒幕と父親がクルーシァの関係者である可能性が高い、と言いかけたアレンを遮って、ドルフィンが拉致に関する考察を打ち切る。
アレンはその意図を知る由もないが、クルーシァの存在を表に出すことは現状では憚られるものだ。国王の背後に居る黒幕や自分はさておき、アレンの父
ジルムがその性質上強大な軍事力を誇るクルーシァの関係者と知られれば、『赤い狼』が余計な警戒心を持つ可能性がある。
そうなると、仮に共闘関係を締結しても自分達の最大の目標であるジルムやリーナの救出を妨害されたり、最悪の場合、今回の騒乱の元凶としてその身に
危険が及ぶとも限らない。
交渉に−あくまでも議題はナルビア攻略に向けた共闘関係の締結だ−直接関係しないことは、出来る限り伏せておく。これも駆け引きの一つなのだ。
 イアソンをはじめとする『赤い狼』の面々も不審を抱かなかったようで、イアソンは説明を再開する。

「そして最後の質問、遺跡調査は失敗に終わり、内部資料の流出などの損害を招いたにも関わらず、その人物は何故対策を講じないのかということ
ですが・・・、背後の人物が意図するところが現時点で不明であることから、全く分かりません。ただ、私が先程述べたように、その人物が国王を利用して
いるとすれば、こう考えることも可能です。」
「?」
「その人物の本当の目的は国王の権力増強の支援などではなく、拉致や遺跡調査だということです。」
「な、何だって?!」
「一体それはどういうことだ?!」
「だからそれは判らないって・・・。ですが、その目的を円滑に遂行する為に、強大な王権の構築に手を貸すと持ち掛けたとすれば、元々強権的志向の強かった
王ですからそれに応じた可能性はあります。」
「ではイアソン君・・・。兵力の増強や支配系統の構築などは、あくまでも国王に取り入る為の策でしかないということか?」
「はっきり言えばそうです。」

 リークの問いに、イアソンは厳しい表情で答える。『赤い狼』の面々やアレンは愕然とするが、ドルフィンはやはりそうか、と思ったのか表情を変えない。
国王の望む強権支配の構築と無関係な拉致や遺跡調査の実行、そして内部資料の流出などの損害を招いても奪還などの対策を講じないことからしても、
イアソンの推測はかなり真実味を帯びている。
そしてそこにクルーシァが絡んでいるとすれば・・・ことは王の野望では終わらず、二重に重大な内政干渉である。

 まだ国家間の組織や国際条約の概念が存在しない現在だが、『大戦』を機に万物の霊長の座から転がり落ちて以来、人類は別種族や魔物との生存競争に
打ち勝つことに集中する時期が長く続いた。言い換えれば、国家間の争いに消費するエネルギーを生存競争に回したというわけだ。
ある程度勢力圏を獲得し、別所属との「住み分け」も達成した現在においても、国家間の争いは国境紛争以外は殆どない。共通の敵と戦うことで、ある意味
同じ人類という種族間で初めて連帯感が生じたとでも言おうか。
 そしてその流れを受けてか、他国の内情には干渉しないというのが暗黙の了解になっているのだが、仮にイアソンの推測どおりだとすれば、クルーシァは
その不文律の国際条約を破ったということである。
 さらにもう一つ、クルーシァにはその建国神話に基づく厳格な不文律が存在する。
『大戦』末期に天使達が打ち破ったという7の悪魔が復活した時に備え、その力を後の世に伝えていく為にクルーシァは建国された8)とされているが、
人類を滅亡寸前に追い込んだ悪魔の大軍団を率いた頭領格の悪魔を倒した力が外に向けられれば世界に対して多大な脅威になることは、誰の目にも
明らかなことである。建国した天使達はそれを見越していたのか、入国時に対象者を見定めることと併せて、厳格な秘密主義と伝える力を侵略や支配、
威嚇の道具にしない専守防衛の原則を打ち立てた。それを遵守することでクルーシァは「力の聖地」という畏敬の念を込めた尊称を賜ることになったので
あり、本来の役割である力の伝承を3000年以上の永きに渡って続けることが出来たのだ。
 強権を望む王に取り入る為とはいえ、禁を破って軍事支援を行ったということは、クルーシァが外に向かって力を行使し始めた可能性が否定できない。
となれば、これは世界が再び戦乱の渦に投げ込まれることにもなりかねない重大な予兆である。もはやどちらが利用するかされるかの問題ではなく、
曲がりなりにも自分と同じクルーシァに関わりを持った者が生み出した禍根は断たなければならない、とドルフィンは思い始める。

「・・・私の考察は以上ですが、何か御意見や御質問はありますか?」
「・・・俺は特にないです。」
「同じく。」
「イアソン君、ありがとう。・・・では、状況をご理解いただいたことで、王権打倒に向けた共闘関係を締結するかどうかを決めていただきたいと思いますが、
如何でしょうか?」

 二人と向き合う形で正面に鎮座するリークが、二人に共闘関係締結の可否を求める。アレンは自分がこんな重大な決定をして良いものか、と不安になった
様子でドルフィンを見やる。アレンの視線に気付いたドルフィンは、アレンの方を向いて微かな笑みを浮かべる。それが決定権を委ねる、という意味だと
悟ったアレンは、改めてリークやイアソンの方を向く。
 たった数秒の沈黙が淀みのように室内を覆う。全員の注視の中、アレンは意を決して自分の判断を口にする。

「・・・人質の救出は・・・どう考えているんですか?」

 意外にもアレンが口にしたのは共闘関係の可否ではなく、一歩踏み込んだものだった。『赤い狼』の面々は少々驚いた様子を見せたが、直ぐにリークが
アレンの問いに答える。

「勿論、作戦として立案済みです。ナルビア攻略時に人間の盾とされないよう、先立って救出する用意があります。」
「・・・人質の重みを変えるということか?」
「いえ、詳細は共闘関係を締結していただける場合にお話しますが、国家権力に不当に拘束された人の重みは等価です。」

 ドルフィンが軽く牽制するが、さすがに『赤い狼』も手の内を全て曝け出すようなことはしない。アレンも何となくではあるが、交渉というものの
緊張感と駆け引きの難しさを感じ始めていた。
 共闘することになれば当然、ただ寝て待っているだけでは済まないだろうし、共闘を拒否すればナルビアの勝手を何も知らないまま、ジルムやリーナを
人間の盾にされる危険性に挑まなければならない。重大な結論にどうしても躊躇してしまうアレンは、再び助けを求めるようにドルフィンを見やる。
再び視線に気付いたドルフィンは、アレンの迷いを察して小声で告げる。

「俺はお前に協力すると約束した筈だ。遠慮しなくて良い。」

 確固たる裏付けを得たアレンは、三度正面に向き直って可否の判断を口にする。

「・・・一緒に・・・戦いましょう。」

 アレンの口から申し入れを受諾する言葉が出たことで、『赤い狼』の面々は安堵の表情を覗かせる。自分達が示した共闘関係の構築を実現する最後の
機会を実のあるものにしたことで、中央という立場故に背負うことになった重荷から解放されたというところだろうか。

「ありがとうございます。ドルフィン殿は・・・それでよろしいのですね?」
「俺に聞く必要はない。」
「分かりました。長旅でお疲れでしょうから、一先ずお休み下さい。共同作戦に関してはその後改めてお話するということで、如何でしょうか?」
「・・・その間に退避行動を取られるようなことはないのか?」
「我々が牽制策を取って国王勢力を引き付けています。準備が整ってからでも十分間に合います。」
「・・・分かった。」
「部屋は用意してあります。休んでもらっているお連れの方にも移動してもらってゆっくり休んで下さい。」

 リークはそう言うと席を立って二人に歩み寄り、手を差し出す。アレンがまずその手を取り、ドルフィンがそれに覆い被せるように手を乗せると、
リークは笑みを浮かべる。その成り行きを見守っていたイアソンら情報部小隊の面々も改めて胸を撫で下ろし、自然と拍手が起こる。
 此処に、国王勢力がもっとも恐れていた共闘関係が正式に樹立されたことになる。もっとも、その共闘関係を国王の背後に控える黒幕がどう思って
いるかは、国王といえど知る由はないだろう…。

用語解説 −Explanation of terms−

5)Theurgist:魔術師の7番目の称号。10番目の称号Phantasmistであるフィリアから見れば格下の相手である。Illusionistのドルフィンでは言うに及ばない。

6)Conjurer:魔術師の6番目の称号。魔道戦士の魔術師の称号はこの前後が多い。

7)Evoker:魔術師の5番目の称号。魔術師では初級を脱したレベルと言える。

8)『大戦』末期に天使達が・・・:詳細はProlougeの最後、『キャミール教経典「教書」外典マデン書』からの抜粋を参照されたい。

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