Saint Guardians

Scene 3 Act 1-3 交渉-Negotiation- 森に秘められた狼達の巣窟

written by Moonstone

 ドルフィンにとって、アレンの答えは意外だった。自身の目標である父親の救出とはおよそかけ離れたことに興味を示すとは思わなかったからだ。
アレンは『赤い狼』の一団と向かい合いながら、その思いを口にする。

「・・・俺とフィリアがあの娘・・・リーナと一緒に鉱山に突入した時に遺跡で出会った、意識だけ魔法の箱に封じ込めてきたっていう古代の人が言ってた
ことが気になってて・・・。」
「何て言ったんだ?」
「『私達と同じ轍を踏まないで欲しい』って・・・。鉱山の内部にあった遺跡の中は別世界だったんだ。誰も居ないのに金属で出来た犬や骸骨が巨大な
いそぎんちゃくの化け物に操られて俺達を殺そうとひたすら追いかけてきた・・・。あの時は必死だったから考えてる暇なんてなかったけど、こんなものが
国王やあの兵士達の手に渡ったら、一体どうなるんだろうって・・・。」
「・・・。」
「生意気に大きなことを言うと思うかもしれないけど、父さんを救出してそれで終わりには出来ないと思うんだ・・・。父さんを攫って俺の持つ剣を狙う
意味も分からないし、あんなとんでもない古代文明を持ち出して何をする気なのかも判らない・・・。鉱山の中で偶然会った『赤い狼』の小隊長っていう人は
『これが奴等の手にわたったら世界の破滅に繋がりかねない』って言ったけど、それは当たってはいても、間違ってはいないような気がするんだ。」
「・・・。」
「正義の名の下に悪を倒すなんてことは言いたくない。これまで何度かドルフィンに言われてきたことだしね。でも・・・あの古代の人が言ってた同じ轍を
国王が踏もうとしてるなら、それを阻止しなきゃ結局また同じことの繰り返しになるかもしれないって・・・そう思うんだ。」

 ドルフィンは無言で聞いていたが、内心は驚きで溢れていた。
父親の救出で頭がいっぱいと思いきや、実のところアレンは深いことまでしっかり考えていた。そして、自分がフィーグの話を聞くまで思いもしなかった、
父親救出だけで終わらせた場合の次の事態まで考えを巡らせている。アレンの話を聞くと、『赤い狼』は王権打倒に執着する理由も至極もっともなことに
思える。もしかしたら、一番自分のことしか考えていないのは、実は自分自身ではないのか?ドルフィンは自分が妙に小さく思える。
 アレンはドルフィンを見上げる。その大きな青い瞳で見詰められると、利用するかされるかをまず先に考えていた自分を戒められる気がする。

「だから・・・『赤い狼』に協力するかどうかは、一度話を聞いてから決めても悪くはないと思うんだ。・・・どうかな?」

 ドルフィンは口元に自嘲の混じった柔らかい笑みを浮かべる。

「お前がそうしたいなら・・・俺はそれに協力するさ。フィリアはどうだ?」
「パートナーであるアレンの意見は私の意見です。」
「・・・だそうだ。」

 行動を共にする二人の意見が自分に賛成であると確信したアレンは、改めて青年に向き直る。

「まず、話を聞かせて下さい。協力するか否かはその後で判断したいと思います。」
「分かりました。此処では何ですので、我々『赤い狼』の中央本部までお連れしましょう。そこでより詳しい最新の情報もお伝えできると思います。」
「中央本部・・・か。」
「協力を申し入れる以上、中央の者が直接お会いするべきでしょう。中央もそれを望んでいます。」
「じゃあ・・・準備をしますから少し待ってて下さい。」
「分かりました。我々は周囲の警戒を行っていますので、完了しましたらお知らせ下さい。」

 青年が右手を挙げて回転させると、それまで後方で待機していた『赤い狼』の面々が一斉にテントを取り囲むように散らばり、深い闇の方に体を向ける。
フィリアは集団の敵に対して魔術で有効に応戦できるので、『赤い狼』と共に警戒に当たることにした。十分な監視体制の下で、アレンとドルフィンは
テントの片付けにかかる。

「・・・ドルフィン。」
「何だ?」
「ドルフィンが『赤い狼』にあまり良い感情を持っていないことは何となく分かってる。でも・・・。」

 アレンが次の言葉を言おうとした時、ドルフィンがアレンの肩を軽く叩いてそれを遮る。

「言っただろ?俺はお前に協力する立場だって。自分でそう言った以上、お前が決めたことに文句は言わんさ。」
「・・・ありがとう。」
「礼を言うのは俺の方だ。今日はお前に教えられたよ。」

 意味がよく分からないアレンに、ドルフィンは確信を込めて言う。

「お前は・・・きっと強くなる。」

 驚きと喜びが入り混じる表情を浮かべるアレンを見ながら、ドルフィンは心の中で呟く。心はもうお前の方が強いかもな、と・・・。
 20ミム程後、準備を終えた一行は『赤い狼』の一団が分乗するドルゴに周囲を囲まれた格好でドルゴを走らせていた。重要人物ということで『赤い狼』が
周囲を固めると申し出て、アレンがそれを承諾したのだ。
ドルフィンがライトボールで照らす闇の草原は、かなりのスピードで後方へ過ぎ去って行く。集団行動とはいえ、魔物は勿論、国王勢力が何処で牙を研いで
いるかも知れない中をのんびりしているわけにはいかない。闇は決して安全な隠れ蓑ではない。あくまでも諸刃の剣なのだ。
 一団は進路を大きく南に変えて走っている。方角からすると『赤い狼』の最大拠点であるエルスとバードの方へ向かっているようだ。
まさか国王勢力との戦火の中に中央本部が在るとは思えないが、その近辺の森林の中にでもあるのだろう。塀に囲まれた閉鎖空間を一歩外に出れば広大な
自然が広がっているから、身を隠す場所には事欠かない。
 暫くドルゴを走らせていると、左側の空の闇が薄まり始める。初夏を迎えた今の夜明けは日に日に早まっている。毎朝早く起きることが長く日課に
なっていたアレンは、およそ4ジムくらいだろうと推測する。ミノタウロスの襲撃でいきなり叩き起こされて眠気が体に染みついているが、ドルゴを相当の
スピードで走らせている今は眠いなどと言っていられない。
 さらに一団は南にドルゴを走らせる。空は徐々に白色の度合いを強め、東の方は微かに茜色を滲ませている。それなりに周囲が確認できるように
なったことで、ドルフィンはライトボールを消し去る。ライトボールの何万倍もあろう巨大な光の球が大地を照らすのももうすぐだ。
 前方に広大な水の帯が見えて来た。一行がナルビアへ向かう途中に南へ流れを変えたマシェンリー川である。地図を見ると、マシェンリー川は南に延々と
進んだ後に再び東に進路を変えて、サンゼット湾へと流れ込んで行くとある。丁度、国王勢力の本拠地ナルビアと、『赤い狼』の最大拠点であるエルスと
バードを分かつような形だ。

「我々は国王勢力の攻撃を受けた後、早急に橋を落としました。そのため、国王勢力が戦略物資を前線に運搬する能力を著しく阻害でき、戦力弱体化に
繋げることが出来たんです。」

 一行の近くを走るドルゴに乗った女性が説明する。
多量の物資を運搬するには通常荷台を幾つも繋げた馬車を使うが、下流に近いマシェンリー川はかなり深く、馬は渡れない上に物資をむざむざ沈めて
しまう。ドルゴで川を越えることは出来ても、その大きさや運搬能力もあって多量の物資を運搬するのは不可能であるし、多数の荷台を引っ張る力に乏しい。
ワイバーンなど大型の魔物を使っても、数多くの戦力を維持するだけの物資を前線に送り込むのは大変な作業だ。そうなれば残された手段は船くらいだが、
時間が掛かる上に接岸できる場所が限られている。
『赤い狼』は戦力こそ国王勢力に劣るが、戦略と地の利を生かし、さらに得意のゲリラ戦と元来支持層が多い住民を抱き込むことで国王勢力を撹乱し、
互角以上に渡り合っているのだ。
 あれほど深かった闇が黄金と朱色が交じり合う光の中に溶け込んで行く。東の空は夕焼けを思わせる色に染まっている。南に進むにつれて何かが炸裂する
ような音が散発的に聞こえて来る。どうやら戦闘が行われているようだ。この地域が国王勢力と『赤い狼』の一大決戦場であることを考えれば、時間に
関わらず戦闘が行われていても何ら不思議ではない。
 人間同士の争いなどとは無縁に穏やかな流れを湛えるマシェンリー川を渡ったところで、突然一行の周囲を護衛していた『赤い狼』の約半分が一団から
分離して南東の方角へ全速力でドルゴを走らせる。何が起こったのか分からず、急速に小さくなって行く一団と残った一団を交互に見るアレンとフィリアを
他所に、残った『赤い狼』は一行を前後で挟むような形に隊列を変える。

「此処から暫く進むと森に入ります。その中に中央本部への入口がありますので引き続き先導します。」
「ちょっと待って。さっきいきなり別れた人達は何処へ行ったの?」
「彼らは本来別の小隊4)です。我々の支援を行ってくれていましたが、事前の打ち合わせどおり、ここで彼ら本来の任務に向かいました。」

 先導していた一団の小隊長−一行に話し掛けて来た青年−が説明する。

「一応この辺りは我々の勢力範囲ですが、魔物が数多く出るようになったので油断は出来ません。急ぎましょう。」
「魔物?」
「はい。元々オークはいましたが数が多くなりまして・・・。最近は国王勢力よりそちらの迎撃に戦力を割いているくらいです。」

 魔物が増えたりしているのは、どうやら王国の一部の突発的な現象ではないようだ。
オークは元々繁殖力が異様に高い種族だが、合わせたように大量発生するとは考え難い。それに本来平原に出現する筈がないミノタウロスまで現れて
襲撃して来る原因が分からない。
もしかしたら、これも国王勢力の仕業だろうか?だが、もし何らかの手段で魔物を増やしたなら、貴重な兵力を投入せずに召喚魔術なりで手なずけて
襲わせるだろう。術者に絶対忠実な召喚魔術で手なずけてしまえば、いつ何時寝返るかもしれない人間よりずっと確実な駒となる。
考え過ぎだろうか、とドルゴを走らせながらドルフィンは思う。

 戦闘が行われていることを物語る音を遠くに聞きながら、一団はひたすら南にドルゴを走らせる。既に空の朱色は薄まり、代わって幾分雲が混じった
青空が頭上の多くを占めている。川を渡ってからも続いていた平原が徐々にごつごつしたものになり、次第に木々が目立つようになって来る。
やがて散在していた木々は緑の塊となって一団を飲み込む。
 細く蛇行する獣道は夜が明けたにもかかわらず薄暗く、アレンとフィリアは緊張感を再び強める。丘陵地帯に入ったらしく、獣道は傾斜を含み始め、
さらに蛇行は激しくなる。ドルゴを操縦するのに懸命なアレンはまだしも、寝不足気味のフィリアは次第に気分が悪くなって来る。
 暫く険しい山道を走ると、道が傾斜の方向に対して垂直にほぼ直線になる。前方に光が点滅するのが見えると、先導していた小隊長が速度を落とし始める。
一団が続いて速度を落とす中、小隊長はライトボールを使って前方の光の点滅に答えるように光の強弱を変える。一見でたらめなようにも見えるが、
ドルフィンにはある種の合図という察しがつく。本拠地である以上は迂闊に人を近付けるわけにはいかないから、この用心深さはむしろ当然だろう。
 1ミム程光の点滅が交わされた後、さらにドルゴのスピードが落とされる。どうやら目的地である中央本部が近いらしい。耳に入る音の殆どを占めていた
風を切る音が次第に音量を落とし、木々のざわめきや動物の鳴き声が聞こえて来る。同時にアレンは、後ろから苦しそうな呻き声を聴いて後ろを振り向く。

「フィリア・・・。大丈夫?」
「大丈夫・・・と言いたいところだけど・・・ちょっと気持ち悪い。・・・よ、酔ったみたい・・・。」
「多分もうすぐ着くと思うから・・・それまで何とか我慢して。無理だったら直ぐ言ってよ。」
「わ、分かった・・・。」

 珍しく青い顔をしているフィリアの様子を気遣いながら、アレンはゆっくりドルゴを進める。やや下向きの傾斜を帯びたところで、先導のドルゴが完全に
停止する。一団はそれに続いてドルゴを止めて降りると、召喚魔術を使える者はドルゴを仕舞う。フィリアはドルゴを降りると同時にその場に蹲り、
口を押さえて苦しそうにする。

「どうしました?」
「どうも山道で酔ったらしいんです。」
「薬がありますからそれを飲んでもらいましょう。ひとまず中へ・・・。」
「フィリア。立てる?」
「・・・ちょ、ちょっときつい・・・。」

 困惑したアレンはひとまずフィリアの背中を摩る。今にも嘔吐しそうだったフィリアだが、背中に感じるアレンの手の感触に少し気分が和らぐのを感じる。

「アレン。お前達の荷物は俺が持つから、フィリアに肩を貸すか負ぶってやるかしてやれ。」
「分かった。フィリア、背中の荷物下ろすよ。」
「う、うん・・・。」

 アレンはフィリアの背中から荷物の入った革袋をそっと下ろすと、自分の荷物と共にドルフィンに差し出す。結構な容量なのだが、ドルフィンは片手で
軽々と二つを抱える。アレンはフィリアの腕を取って自分の肩に回してゆっくり立たせるが、フィリアはそれでも立つのが辛そうな様子だ。

「このままじゃ歩けそうもないな・・・。」

 アレンはフィリアの両腕を自分の両肩に回して屈み、フィリアの両脚を抱えて再び立ち上がる。フィリアは弱々しい動きでアレンの首に腕を絡める。

「では、参りましょう。」

 小隊長に促されて3人分の荷物を持ったドルフィンとフィリアを背負ったアレンは一団に先導されて案内される。アレンは背後から聞こえる断続的な
フィリアの吐息に、相当気分が悪いことを察する。

「・・・ア、アレン・・・。」
「ん?吐きそうなの?」
「御免ね・・・。面倒かけちゃって・・・。」
「良いよ、そんなこと・・・。それより早く薬飲んで休まないと。」
「・・・うん・・・。」

 背負った病人を気遣うアレンの様子を聞いて、前を進むドルフィンは笑みを浮かべる。この優しさが利用されなければ良いが、とも思うが、それは敢えて
言わないでおいた…。
 一行が案内されたのは、斜面にぽっかりと口を開けた、5メール四方の巨大な灰色の枠とそこに嵌め込まれた鉄の扉の前だった。此処が中央本部の
入口だとすれば当然地下に存在するのだろうが、何時の間にこんな建造物を創ったのだろうか?否、それ以前に『赤い狼』に建設工事に割けるだけの
十分な頭数があるかも疑問だ。非合法組織としてこれまで盛んに「破壊集団」などと喧伝されて来た『赤い狼』の活動に身を投じる者は、当然限られるからだ。
 ドルフィンがそんなことを考えていると、小隊長が警備らしい男性と握手した後、ここを開けるように頼む。その男性と小隊長は他の『赤い狼』の数名と
鉄の扉の両側に分かれ、取っ手らしいものを掴んで左右に広げるように引っ張る。すると、鉄の扉が左右にゆっくりと、しかし何故か音を殆ど立てずに
開いて行く。

「どうぞ、お入り下さい。」

 小隊長の先導で一行は中に入る。他の『赤い狼』の面々は開いた入口付近で周囲を監視して、中に入ろうとはしない。機動部隊である彼らは、一行が
無事に中に入ったのを見届けた後、再び戦闘に加わるのだろう。
 小隊長に先導された一行が中に入ると、鉄の扉がゆっくりと中央で合わせられて行く。重要施設に繋がる入口を長時間開けっ放しにしておく筈はない。
内部は意外に広くて天井も高く、背の高いドルフィンでも頭をぶつけることはない。それに加え、天井には一定間隔で白色光を放つ長方形の物体が
埋め込まれていて、ライトボールを使う必要は全くない。

「・・・此処は一体・・・?」
「此処も古代文明の遺跡ですよ。」

 アレンの問いに対する小隊長の答えは、一行に十分な衝撃を与える。

「5年ほど前、軍隊の追撃を受けてこの森に逃げ込んだ我々が偶然この遺跡を発見したんです。最初は洞窟かと思ったんですが、ご覧のとおり、内部の構造は
明らかに人工のものです。内部を探索した結果、これは広大な地下空間であり、出入り口は我々が入ったものの他に複数存在することが分かりました。
一部は固い岩盤に覆われていて使用不能ですが。」
「これを使って神出鬼没のゲリラ戦を展開して来たって訳か。」
「はい。内部には数多くの部屋があるので、長く懸案事項だった大量の物資の貯蔵場所も確保できました。ここで蓄えた物資を各支部に送付することで、
支部の物的強化にも成功したんです。」

 アレンは周囲を見回す。天井は勿論、床も壁も灰色の石を思わせるもので出来ている殺風景なもので、足音が五月蝿いほどに反響する。
洞窟は下へ向かう階段となって地下深くへ伸びているが、一直線な上に天井の物体が白色光を放っているため、右往左往することは有り得ない。

「古代文明の知識も此処で何か仕入れたのか?」
「いえ。我々も何度か探索したのですが、古代文明の痕跡は天井の不思議な照明以外、何一つ見当たらなかったのです。」
「・・・この地下空間だけ残して跡形もなく消えたっていうのか?」
「人骨も見当たりませんでしたし記録なども勿論・・・。何の為に使われたのか、何故誰もいなくなったのか、何も分かりません。」
「変な金属の化け物も居なかったんですか?」
「いいえ。兎に角人や生物が生活していた痕跡らしいものが何も見当たらないのです。ですので、此処は一時的な退避場所だったのではないかと我々は
推測しています。」
「一時的なものの為に、こんな大袈裟なものを作ったのかな?」
「さあ・・・。それは私には何とも・・・。」

 小隊長は首を傾げる。古代遺跡ということで、アレンはあの時遭遇した獰猛極まりない金属の犬や巨大な金属の亀や鰐の出現を想像していたのだが、
ここは只の人工の洞窟にすぎないらしい。古代人はもしかしたら意味不明のものを敢えて作ることもあったのかもしれない、とアレンは思う。
 足音が反響する四角形の洞窟を、小隊長に先導された一行はひたすら進んで行く。5ミムほど歩くと、またしても巨大な鉄の扉が現れる。両側に待機して
いた男性二人がすぐさま身構える。

「大丈夫だ。ドルフィン殿の御一行をお連れした。」
「これは失礼しました。少々お待ちを。」

 男性は入口を開けた時と同じ様に、左右に分かれて取っ手らしいものを握って左右に引っ張る。ゴウン、という音と共に扉が左右に開くと、目の前に
地下室というよりまさに地下空間が広がる。そこは直径数十メールは優にある円筒状の空間で、その中央部、幅10メール程がくり貫かれて巨大な吹き抜けを
形成している。吹き抜けには螺旋状の階段が備え付けられており、そこから階を行き来できるようになっている。空間からは放射状に通路が伸びている。
部屋らしいものが周囲に見当たらないので、恐らくその通路に面しているのだろう。
 ドアが開く音を聞きつけたのか、程なく20名ほどの臨戦態勢そのものの兵士が直ぐに駆け寄て来て、2、3メール距離を取って一行を包囲する。
やはり拠点ということで警備や見知らぬ入室者に対する反応は厳しい。

「武器を収めてくれ。彼らはドルフィン殿の御一行だ。至急代表に会ってもらいたい。」
「失礼しました。では、どうぞ。」
「情報が中まで伝わってなかったようだな・・・。」
「代表や各階層の同士には、我々から連絡しておきます。」

 『赤い狼』の兵士は警戒態勢を解いて通路の奥へ消えて行く。背後のドアが閉じられると、小隊長は再び一行を先導して歩き始める。
小隊長はこの空間にある通路ではなく、吹き抜けを縁取るように下へ伸びる螺旋階段へ向かう。フィリアの小刻みな吐息を聞いていたアレンは、この先が
まだ長いことを推測して小隊長を呼び止める。

「ちょっと待って。フィリアを先に安静にしたいんですけど・・・。」
「あ、そうですね。では先に医務室に運びましょう。この階にありますので。」

 ドルフィンは小隊長の対応を見て、『赤い狼』との共闘は問題無いだろうと思い始めていた。
もし組織の中枢部の人間が病人を、それも共闘も申し入れた関係者を無下にするようなら、到底国王に代わって権力の座に就くに値しないとドルフィンは
考えていた。その場合はアレンの意志に反してでも『赤い狼』との関係を断絶し、もし共闘に固執して自分達を妨害するような行動に出た場合は、威嚇程度の
実力行使も想定していた。そんなドルフィンの観察を知らず、小隊長は進路を変更して一番近い通路へ向かう。
 通路の天井にはやはり一定間隔で白色光を放つ物体が埋め込まれていて、壁にはノブのある普通のドアがやはり一定間隔で並んでいる。鉱山内部の
遺跡で目にしたドアは、音もなく左右に開く不思議なドアだったが、こちらは割と自分達の感覚に近い。創られた時代が違うのか、それとも作った人間が
違うのか、或いは・・・。
 フィリアを背負ったアレンは小隊長に案内されて『医務室』と掛かれた札が貼られたドアの中へ通される。中は意外に広く、3つのベッドが2列、足の方を
向かい合わせる形で整然と並んでいる。その間を白衣姿の男女が数名忙しく行き来して、ベッドに寝かされている怪我人らしい患者の包帯を取り替えたり
薬を処方したりしている。入室者に気付いた一人の女性が駆け寄って来る。意外に若いその女性もやはり、『赤い狼』の構成員の証である赤いリボンを
左腕に巻き付けている。

「どうしたんですか?」
「代表と会う客人の1人だが山道の走行でドルゴに酔ったらしいんだ。暫く休ませてやってくれないか?」
「生憎此処はいっぱいなんで・・・休憩室なら空いてると思いますからそこで休んでもらいましょう。どうぞこちらへ。」

 今度は女性の案内で一行は数個奥のドアの中へ通される。中は先程の医務室という部屋より随分小ぢんまりしており、中には2段ベッドが2組と小さな
テーブルと椅子2つ、そして小さな戸棚が置かれただけの殺風景なものだ。

「このベッドに寝かせて下さい。薬を持ってきますので。」

 女性に言われて、アレンは背負っていたフィリアを一旦床に下ろして今度は抱きかかえてベッドに寝かせる。顔には明らかに血の気がなく、かなり
辛そうなのが分かる。
 程なく女性が薬包紙に包んだ薬とコップに入った水を持って戻ってきた。女性が横になったフィリアの頭を抱きかかえて起こし、まずコップの水を少し
含ませてから薬包紙の薬をゆっくり注ぎ込む。やはり苦いのだろうか、フィリアは少し顔を顰めるが覚悟を決めて一気に飲み込む。すぐさま女性が残りの
水をフィリアに飲ませると、苦みを全て飲む込むかのようにフィリアは勢い良く飲み干して小さく溜め息を吐く。

「ここは暫く使用中にしておきますから、ゆっくり休んでて下さい。」
「では、お二人は改めて代表の元へご案内します。」
「フィリア。大人しく寝てるんだぞ。」
「うん、分かった・・・。いってらっしゃい。」

 フィリアは横になったまま二人に向かって小さく手を振る。微かに笑みが浮かんでいることからして、幾分気分が和らいだようだ。アレン、ドルフィンに
続いて小隊長が退室すると、女性がドアの鍵を閉めて「睡眠中」の札をドアのノブにかけ、小走りで医務室へ戻って行く。多忙な中、突然の見知らぬ
訪問者にもきちんと対応するあたりはなかなか見上げたものだ、と二人は思う。
 二人は小隊長に先導されて螺旋階段へと向かう。近付いてみると、円形にくり貫かれた空洞は思いのほか大きく、そして深い。殺風景な建造物ではあるが、
これだけのものを地下に作り上げた古代文明の高度な建築技術を窺わせる。

「足元に注意して下さい。」

 小隊長の注意を受けて二人は螺旋階段を降り始める。螺旋階段の幅は1メールあるかないかという狭いもので、さらに眼下に見える深い空洞を見ていると、
アレンはどうしても足の進みが遅くなってしまう。
 それでもどうにかついて行くと、先導する小隊長が入口より3階下の階層で階段から出る。アレンとドルフィンの二人が階に足を踏み入れると、途端に
彼方此方から重装備の兵士達が駆けつけて来る。また警戒態勢か、と思いきや、今度は左右一列に分かれて整列する。

「代表は何処に?」
「居室で情報部小隊と会合中です。」
「そうか。ありがとう。」

 小隊長の先導で進むアレンとドルフィンに、兵士達が一斉に頭を下げる。このような出迎えはレクス王国では高級宿泊施設くらいしかやらない最上級の
歓迎手法であり、知識だけは持っていたアレンは戸惑うように左右を見回し、ドルフィンは瞳だけを左右に一度往復させる。
ドルフィンは挨拶や応対を丁寧にされても大して気に留めないタイプであるから、これで印象を良くしようとしたのならその思惑は完全に的外れである。

「随分丁重なお持て成しだな。」
「最初のうち、こちらの不手際で連絡が遅れてあのような態度で出迎えましたので、そのお詫びも兼ねています。」

 ドルフィンは多少皮肉を込めてみるが、やはり『赤い狼』の行動に他意はないように思う。これまでの『赤い狼』との経緯もあって、まだドルフィンの
中で『赤い狼』に対する疑念は完全には消えていないようだ。
 小隊長は二人を階段の昇降口と反対側にある通路へ向かう。そこもやはり天井に一定の間隔で長方形の発行物体が埋め込まれ、壁にはやはり一定の
間隔でノブがある普通のドアが並んでいるだけの殺風景な作りだ。組織の最高幹部の居室ということで豪華な細工が施されたものを想像していた二人には
少々意外に映る。『代表執務室』と書かれたプレートが掲げられた通路最深部のドアの前に立つと、小隊長はドアをノックする。

「はい。」
「代表。ドルフィン殿の御一行をお連れしました。」
「そうか。ドアは開いている。」

 返事を受けて、小隊長はドアを開けて二人を中に入れる。正面に長方形のテーブルが短辺を手前に置かれ、その回りを囲むように置かれた椅子の奥側の
数個に、これまでの兵士とは違って緑を基調にした迷彩服を着た数人が座り、一番奥にカーキ色の服を着て茶色の顎鬚を生やした男が座っている。
髭の男が二人を見ると、すっと立ち上がって一礼する。

「『赤い狼』中央本部へようこそ。私が『赤い狼』中央本部代表、リーク・エミュットです。」

 その男こそ、国王勢力がアレン達の一行と同じくその存在を疎んじる反政府勢力『赤い狼』の最高幹部である。それを合図として周囲に居た迷彩服姿の
数人も一斉に立ち上がり、二人に向かって一礼する。彼らは『赤い狼』の巧みなゲリラ活動を支える、情報部小隊の面々である。

「…ドルフィン・アルフレッドだ。」
「アレン・クリストリアです。」

 二人がそれに応えて名乗る。
いよいよ共同戦線の実現に向けた『赤い狼』の正念場が始まる。アレンとドルフィンの二人にとっても、『赤い狼』の最高幹部との対面は今後の行動を
決する重要な場である。そしてこの交渉の成功は、国王勢力にとって対抗勢力の結集を意味するのだ…。

用語解説 −Explanation of terms−

4)小隊:『赤い狼』は構成員が何らかの役割を分担している。特に中央本部(中央と略されることが多い)では、最高決定機関である幹部会の下に機動部隊、
情報部隊、組織部隊、財政部隊の4つの大隊が組織され、相互に協力し、時に各都市の支部への支援と指導の為に派遣される。そして各大隊は幾つもの
小隊に区分されていて、細かい役割分担を担っている。通常、現場では幾つかの小隊が連携して行動することが多いので、陣頭指揮を取る小隊長は
事実上の責任者となる。


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