Saint Guardians

Scene 1 Act2-4 突破-Overcoming- 少年の決意、武神の開眼

written by Moonstone

 時計の針が夜中の1ジムを指した頃、居間のドアがゆっくりと音を立てないように開く。上着を羽織ったフィリアがアレンの様子を見に来たのである。
フィリアは真っ暗な居間のソファで毛布に包まって眠っているアレンの枕元にしゃがみ込んで、アレンの寝顔を見る。目元に微かに涙の跡があるアレンの
顔は、寝ていてもなお苦渋に満ちている。

「どうして自分一人で何もかも背負っちゃうのよ・・・。」

 フィリアは悲しそうに呟く。
その時、遠くの方から足音が聞こえて来た。足音の数からして、かなりの数の人間だということは分かる。

「・・・何かしら・・・?」

 こんな夜中に大勢で何をやっているのかは知らないが、これだけ大きな足音を立てるとは近所迷惑な、とフィリアは眉を潜める。
 足音は次第に音量を増して来た。フィリアの頭に恐ろしい予感が浮かび上がる。

「・・・こっちへ・・・来る?」

 近付いてきた足音はアレンの家の前でぴたりと止んだ。フィリアは玄関の方へ全神経を集中する。
暫くの沈黙の後、玄関のノブがガチャガチャと激しく音を立てるのが聞こえる。

「き、来たの?!」

 フィリアは反射的にアレンの頭を抱き寄せる。ガチャガチャという乾いた音は、暫くの間、闇に包まれた居間に響き渡る。
 音が止んだ。諦めたのかとフィリアがほっと胸を撫で下ろした時、剣を鞘から抜く冷たい音が断続的に聞こえてきた。それに続いて、ドアを何度も力任せに
蹴りつける音が聞こえてきた。何度か音がする度にドアが軋み、木が裂けていく音がする。
 激しい物音に、アレンが目を覚ます。目を覚ますと、目の前に薄い布を隔てただけのフィリアの胸があったのでアレンは動転する。

「な、何してんだよ、フィリア!」
「アレン!来たよ!奴等が!」

 フィリアは半分泣き出しそうな表情でそれだけ言うのが精一杯だ。
バキバキとドアが破れる雷のような音が響き、続いて大勢の足音が家の中に踏み込んで来た。

「国家特別警察の奴等か!」

 アレンはばっと起き上がる。
玄関に近い居間のドアが勢いよく開き、大勢の兵士達が居間になだれ込んで来た。兵士達はアレンとフィリアを包囲し、手にした武器を構える。侵入者である
ドルフィンを匿っているアレンを逮捕するよう命令された、国家特別警察の兵士達である。最後に入って来た、警備隊長が二人を見て尊大な素振りで告げる。

「アレン・クリストリアだな?国家反逆罪で逮捕する。」
「父さんを返せ!」
「そんな口が利ける立場か?侵入者を匿ったことは即ち、国家に反逆したということ。ついでにその娘も逮捕してやる。反逆者隠避の罪だ。」
「寝ぼけたこと言うな!」
「口の利き方を知らん奴だ。我隊は国家の忠臣。貴様ら臣民とは違うのだ。」

 警備隊長は頭の構造を疑いたくなるような台詞を堂々と言う。アレンは恐怖で体をがたがた震わせるフィリアを庇うように身構える。

「ほう。その娘はお前の大事な存在か?」
「お前達の知ったことか!」
「くっくっく。ではその小娘が泣き叫ぶ様子を見せてやろうか?」

 アレンが叫ぶと、警備隊長は卑らしい、残忍な笑みを浮かべる。警備隊長が何を考えているのか分かったアレンは、フィリアをぐっと抱きしめる。

「させるか・・・。」
「美しいな。だが、ここでは悲劇の始まりだ。」

 警備隊長は嘲笑う。そして合図をしようとしたその時、警備隊長の背後からぬっと手が伸び、その頭を鷲掴みにする。警備隊長の体が宙に浮かび上がる、
否、引っ張り上げられる。

「な、な、何事だ!」

 警備隊長が慌てて言うと、背後から声がする。

「夜中にぐだぐだと喧しいんだよ、犬供め。」
「何奴だ!!」
「死神だ。貴様らを地獄に連行してやるぜ。」

 警備隊長の頭を掴んだのはドルフィンだった。何時の間にか居間に入り、警備隊長の背後に気付かれることなく回り込んだのである。
兵士の一人が持って来たランプを点けると、アレンとフィリアが初めて見る、眉間に皺を寄せたドルフィンの姿が浮かび上がる。見る者全てに恐怖を
感じさせるような険しい表情。その瞳が闇夜に光る狼のように鋭く輝く。

「ドルフィン・・・。何時の間に・・・。」

 アレンもフィリアもドルフィンの突然の登場には驚いた。完全に気配を消して居間に入り、背後に回り込むという尋常ならざることをやってのけたのだ。

「は、離せ!!離さんかあ!!」

 警備隊長がじたばたしながら叫ぶと、ドルフィンは警備隊長の頭から手をぱっと離す。床に落とされ、立ち上がろうとした警備隊長の頭をドルフィンの
右足がぐいと踏みつける。警備隊長はどうすることもできずにアレンの足の下でじたばたともがく。

「き、貴様!!警備隊長に何をするか!!」
「貴様も逮捕されたいのか!!我隊に刃向かうことは国家に唾することと同じだぞ!!」

 喚き散らす兵士達にドルフィンが冷たく告げる。

「その台詞はいい加減聞き飽きた。夜中に吠える五月蝿い犬は俺が処分してやる。」

 兵士達はアレンとフィリアの包囲網を解き、直ちにドルフィンを包囲する。

「おら、犬供。時間の無駄だ。処分されたい奴から来い。」
「何だと!!」
「丸腰で何ができる!!」

 ドルフィンは愛用の剣はおろか、護身用の短剣すらも持っていない、完全に丸腰だ。それで重装備の兵士の集団を相手にしようというのだろうか。
だとすれば、無謀としか言いようがない。
 ドルフィンに踏み付けられている警備隊長が、今にも飛び掛かろうとする兵士達を制する。

「・・・貴様には手出しするなと命令されている。大体、貴様はあのガキ供とは無関係だろう?この足を退ければ反逆罪は問わない。こんな奴等の巻き添えを
食って逮捕されたくはあるまい。どうだ?」
「・・・誰に向かって口利いてんだ、貴様。」

 ドルフィンは警備隊長を踏み付ける足に更に力を込める。警備隊長の顔がゴムまりのように歪む。

「家畜の分際で人間様に指図する気か。身の程を知りやがれ、屑が。」
「ば、馬鹿な奴だ。後悔するなよ!かかれ!!」

 警備隊長が叫ぶと、兵士達が一斉に武器を振りかざしてドルフィンに襲い掛かる。

「ふん。」

 ドルフィンが両手をばっと左右に広げると、まるで見えない壁にでも当たったかのように兵士達が弾き飛ばされる。

「後悔するのは貴様らだ。死神に牙向けたらどうなるか、身体に教えてやる。」

 起き上がってもう一度攻撃を仕掛けようとした兵士達の体がある者は足から、ある者は指先からぼろぼろと砂の像のように崩れ始める。

「お、俺の体が!」
「崩れていく!!」

 信じられない光景に兵士達は勿論、アレンとフィリアも驚いた。

「貴様らの肉体はゆっくりと塵になり、やがて完全に崩壊して死に至る。自分の目で自分の肉体が崩壊する様を眺めながら死ね。」

 兵士達の体がどんどん崩れていき、半分ほど崩壊したところでボシュッと音を立てて完全に塵になって床に散らばる。ドルフィンの足の下でその様子を
目の当りにした警備隊長は、真っ青になってその声も上ずる。

「い、い、一体何者なんだ、お、お前は・・・。」
「死神だと言った筈だ。」
「も、もしかして、手出しするなと命令されたのは、戦っても絶対勝てない相手だからなのか?!」

 ドルフィンは警備隊長を見下ろしながらその問いに冷淡な調子で答える。

「それだけ理解が早いんなら、この家に来るんじゃなかったな。」

 警備隊長の顔面が蝋人形のように蒼白になる。

「ひいーっ!!そ、そんな話、一言も聞いてないぃ!」
「知らん。」
「い、命ばかりは、命ばかりはお助けを!!」

 警備隊長はそれまでの敖慢な態度とは打って変わって、見苦しいほどの必死の形相で泣きながら命乞いを始める。ドルフィンは警備隊長の頭を掴んで
自分の正面に近付ける。

「おい、俺がさっき言ったことをもう忘れちまったのか?便利な頭じゃねえか。」
「い、嫌だ、嫌だ、殺さないで下さいぃ・・・。」
「もう一度言ってやる。夜中に吠える五月蝿い犬は俺が屠殺してやる。」
「ひっ、ひっ、ひっ・・・。」
「そうか、そんなに嬉しいか。心配しなくても貴様もきっちり屠殺してやるぜ。」

 恐怖で引きつる警備隊長に、ドルフィンは冷酷な笑みを浮かべて宣告する。
ドルフィンが再びその手を離すと、床に落とされた警備隊長は這うようにアレンとフィリアの方へ逃げ出そうとしたが、ドルフィンがその足を踏み付けて
引き止める。

「おいおい。地獄行き片道旅行のキャンセルは一切受け付けんぞ。」
「た、た、助けて!!助けて下さいー!!」

 警備隊長はアレンとフィリアに手を伸ばして、プライドも何もかもかなぐり捨てて泣き叫ぶ。

「ぎゃあぎゃあ喚くな、見苦しい。国家の忠臣を自称するなら、いざぎよく国家とやらのために死にやがれ。」

 ドルフィンが半狂乱で泣き喚く警備隊長の首根っこを掴んで引っ張り上げる。

「おおりゃー!!」

 雄叫びと共に、ドルフィンの拳の嵐が警備隊長の全身に炸裂する。拳が激突する度に響く肉が潰れ、骨が砕ける音は、地獄の責苦に苦しむ亡者の
叫び声のようだ。
ドルフィンの両手が再び二本だけになると、警備隊長はぼろ雑巾の様になって床に落下する。惨たらしく潰された全身は、元の姿を想像することすら難しい。

「家畜にふさわしい、無様な死に様だ。・・・二人とも、怪我はねえか?」

 ドルフィンがそれまでの鬼神のような表情から一転して穏やかな表情で尋ねると、アレンが何とか頷く。アレンとフィリアは、ドルフィンの想像を絶する
破壊力を目の当たりにして腰が抜けてしまっていた。

「あ、ありがとう・・・。」
「なあに。それより、家畜の汚らしい死骸を床にぶちまけてしまったな。」
「そ、そんなことは良いよ・・・。い、一体ドルフィンって・・・?」
「少々人より腕っ節が強いだけだ。・・・びっくりして腰でも抜けたか?」

 ドルフィンが差し出した右手の中指に光る指輪16)を見て、フィリアは愕然となる。

「そ、そ、その指輪は?!」
「ん?これか?見ての通り、魔術師の端くれとしての証明だ。それより、俺を少しでも信用してもらえたか?」
「イ、Illusionist17)の御方だとはつゆ知らず数々の御無礼、何とぞお許し下さい!!」

 フィリアはアレンも今まで見たこともない、頭を床に擦り付ける低姿勢でドルフィンに詫びる。
ドルフィンの指輪はムーンストーンの指輪、即ち、魔術師の称号がIllusionistであるという証明である。魔術師の中でも上位三つの称号であるWizard、
Illusionist、Necromancer18)は別格の存在であり、三大称号の魔術師として人々の尊敬の対象となっている。
そんな偉大な魔術師でもあるドルフィンを知らなかったとは言え、散々疑いを向けたのである。この行為は魔術師では厳しい非難の対象になるばかりか、
あるまじき侮辱として制裁を加えられても文句は言えない。フィリアは兎に角平身低頭に徹して、最大限の誠意を示す以外に方法はない。
 ドルフィンはフィリアの近くにしゃがみ込む。その表情は兵士達を一蹴した時の表情ではなく、穏やかなままだ。

「そう改まらなくても良い。俺は階級や身分に頭下げさせたり下げたりするのは嫌いなんでな。ま、頭上げてくれ。」
「ゆ、許して頂けるのでしょうか?」
「許すも何も、俺は無礼だとはちっとも思ってねえ。第一、薄汚い格好の男がいきなり泊めてくれと言ってくれば、疑うのも無理はない。誰もそれを
責められねえはずだ。」
「ありがとうございます。ドルフィン様。」
「様付けで呼ばないでくれ。体が痒くなる。ドルフィンで結構だ。」

 普通なら自分の力や地位が向上すれば、えてして傲慢になるのが人間の悲しい性であるが、ドルフィンはどうやらそんなこととは無縁のようだ。
アレンが不意にドルフィンの両腕を掴む。

「・・・ドルフィン・・・ドルフィン、お願いだ!父さんを助けるのを手伝って欲しいんだ!」
「ん?」
「俺は臆病なんだ・・・。父さんが連行されて行ってからも助けに行かなかった、いや、行けなかった。心の何処かで奴等を恐れていたんだ。一人じゃどうにも
ならないって諦めてたんだ。でも、ドルフィンが手を貸してくれれば、奴等から父さんを取り戻せる。父さんだけじゃない。奴等に捕まった多くの人々も!
俺のこと、他人の手を借りなきゃ何もできない弱虫って罵っても良い!腰抜けって馬鹿にしても良い!でも、手を貸して欲しいんだ!!」

 アレンが真剣な表情でドルフィンに訴えると、ドルフィンは大きく頷く。

「よく言った。その言葉、待ってたぜ。」
「え?」
「俺は何時、お前が父親を助けに行くと言い出すか待っていた。だが、俺が出て行くまでいじけているだけかと半ば失望しかけていたところだ。俺は手を
借りることは何ら臆病でもないし、腰抜けでもないと思ってる。本当に臆病で腰抜けなのは、自分じゃ何もできないとか現実だから仕方ないと言って
体よく逃げ出すことだ。」

 ドルフィンがアレンの肩に手を置く。その手から伝わる温もりは、父ジルムのものによく似て懐かしい気さえする。

「アレン、お前が行くというのなら、俺は喜んで協力する。」
「あ、ありがとう・・・。」

 アレンは思わず涙が溢れそうになって、慌てて堪える。

「でも・・・そんなことをすればドルフィン・・・さんも、奴等に狙われるんじゃ・・・。」

 フィリアが不安そうに尋ねると、ドルフィンは首を横に振る。

「俺はお前達が提供してくれた一宿一飯の礼をする責務がある。俺はその責務を果たさなきゃならん。それに奴等は俺に牙を向けた。家畜の分際で
俺に楯突いた以上只では済まさん。くせになるからな。」
「じゃあ、今からでも早速。」
「まあ待て。主役のアレンがこの調子じゃ駄目だ。暫くじっくり静養して元に戻してからだ。それまで奴等を足止めしておく。」

 気が逸るフィリアをドルフィンが制する。
ドルフィンは「協力はする」とは言ったが「自分がやる」とは言っていない。「主役」のアレンが行動しないなら、ドルフィンは動く気はないらしい。
その「主役」の体調が思わしくないのにジルムの救出を実行しようとしたところで、それは無理な相談というものだ。

「でも、足止めってどうやって・・・?」
「俺に任せておけ。心配は要らん。書くものと適当な紙をくれ。」

 ドルフィンは血の海に横たわる無残な警備隊長の死体−残骸というべきか−を一瞥する。アレンが自分の部屋からペンとインク、そして紙の切れ端を
持ってくると、ドルフィンは紙に何かしたためる。それが終わると、ドルフィンは警備隊長の死体の頭だったらしい部分を掴み上げる。

「ちょっと出かけてくる。すぐ戻るから何処かに隠れてじっとしてるんだぞ。」

 ドルフィンは兵士長の死体を持って居間から出て行った。
父や囚われの人々を助け出す。見えてきた大きな希望に、アレンの顔に生気が蘇り、大きな瞳にも輝きが戻って来た。絶望の闇の中にひたすら落ちていく
だけだったアレンは、ドルフィンという強力な助っ人を得たことで落下の一途から救い出され、生きる希望を見出す希望の光に包まれていた。
 つい数日前まで確かに存在した、親子二人で平和に暮らしていた日常。
アレンはランプのほのかな光の中で遠い日のようなあの日常の光景を思い浮かべる・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

16)右手の中指に光る指輪:魔術師はその称号を示すものとして、称号に応じた宝石を埋め込んだ指輪を右手の任意の指に嵌めている(勿論、フィリアも)。
指輪は称号を授与した魔術学校などの関連機関が作成する唯一のデザインであり、魔術を使用できるように術者の体に埋め込んだ賢者の石と組み合わさる
ことで、指輪を嵌めずに魔法を使用することは出来ないようになっている。


17)Illusionist:魔術師の15番目の称号。Wizardに次ぐ力を持ち、ほぼ全ての魔術を使用できる。

18)Necromancer:魔術師の14番目の称号。Illusionist程ではないが殆どの魔術を使用できる。

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