謎町紀行 第73章

子育て名目の腐った共闘関係

written by Moonstone

『問題の人物は、恐らく私が創られた世界の住人です。』

 宮司夫妻に礼を言って-調査費用の提供を提示されたが固辞した-ニウヤマ神社の社務所を出たところで、シャルがダイレクト通話で言う。

『手配犯の1人?』
『その確率は低いです。ただ、手配犯ではないといっても同じ団体の構成員である確率は高いので、ある意味正解です。』
『手配犯じゃないけど手配犯と同じ団体の確率が高いと思う理由って何?』
『本殿など境内にヒヒイロカネが一切存在しないこと。宮司夫妻の証言に矛盾点がなかったこと。証言に出た男の行動や本殿の現象、宮司夫妻の娘の言動の変化が、手配犯の所属する団体の洗脳方法に酷似している-この3点です。』

 流石に理路整然とした説明だ。特に決定的なのは3点目。母親グループの代表の言動が本殿の光を見た前後で豹変したのは、何らかの方法で洗脳されたと見るのが自然。光を見ただけで洗脳されるなんて、凄い技術だ。勿論悪い意味で。
 問題の男は翌朝姿を消していたそうだし、追跡するのは不可能だ。ヒヒイロカネは今のところ関係なさそうだけど、手配犯と同じ団体の構成員が間接的に関与しているなら、カノキタ市の問題を解決することで、その構成員ひいては手配犯の情報が得られるかもしれない。
 問題は、どうやってカノキタ市に切り込むかだ。無茶苦茶な条例だけど、タカオ市のように旅行者や出張の人のように、無差別に条例で監視対象にされるわけじゃない。店舗の喧騒以外は、カノキタ市の住民でなければ一時の我慢か店を出るかの選択で対処可能。だから、カノキタ市への切り込み方法が思いつかない。

「カノキタ市に転入する手段もあります。」
「え?そんなことって…。」
「日本では住民票があれば転入は可能です。私の分はどうにでも出来ます。」

 駐車場に出たところで、シャルが提案する。シャルなら自分の住民票を用意するなんて朝飯前か。僕の分は郵送で取り寄せられるから、揃ってカノキタ市に転入することは出来る。だけど、カノキタ市の住民になって条例改正や廃止を訴えるという正攻法が通用するだろうか?利権はそれを破壊あるいは真相を暴こうとするものを激しく攻撃する。子育て支援も利権になれば同じことだ。
 これだけ好き勝手出来る制度や状況を、新参者の訴えで改めるくらいなら、今回の事態は既に収束しているし、世に蔓延る汚職や利権は相当数が消滅する。そう考えると、カノキタ市に転入して住民として改正や廃止を進めようとするのは非現実的だ。やっぱりこれまでのように部外者という立場から弱点を探して暴くのが良いのか。

「当面は、カノキタ市の内情を探るしかないかな。手っ取り早い方法が思いつかない。」
「それは私も同じです。地道な調査を続けることで、相手の方から尻尾を出すこともあります。」
「そうだね。今までもそうだったし。」

 結局いつもの方針に立ち返ることになる。映画のように劇的な出会いや解決策は出て来ないものだ。…シャルとの出逢いは結構どころかかなり斬新か。今じゃこうして僕の隣に居て、ペアの指輪を填めて…。何が起こるか分からないと思った方が良いかな。
 ニウヤマ神社にいた間に、周辺には雪が積もっている。除雪された道路や駐車場も雪が覆いつつある。道路の交通量が少ないから、スプリンクラーの融雪でも追い付かないようだ。母親グループの代表は、冬は雪に埋もれるこの環境から脱する口実が欲しかったんだろうか?だとしても、多くの人々を犠牲にして良い筈がない。

「雪が多くなってきました。」

 シャル本体に乗り込んでシステムを起動する。外は降り続ける雪と、その隙間から覗く灰色の空しか見えない。雪が視界を覆い尽くそうとしている。シャル本体は全く問題なくても、通行止めとか規制がかかったところを強行突破するのは危険が多い。雪に埋もれる前にこの集落を出た方が良さそうだ。
 駐車場から県道に入る。車は対向車も含めて全く通らない。雪の勢いが更に増してくる。シャル本体の機能に助けられている。今までは意識することがなかったけど、これから旅を続けるにつれて、雪や雨、暑さ寒さといった気候が時に重大な障害になるだろう。シャルのサポートを受けて、僕は出来ることをしよう…。
 翌日。I県は全域大雪で交通網が寸断されている。高速道路は殆ど通行止め。一般道も主要な国道と県道以外は通行止め。ヒジリ市やニウヤマ神社がある集落のあたりは、国道だけが辛うじて通じているけど、凍結防止作業で片側交互通行。集落を離れて正解だった。
 この雪でカノキタ市に移動するのは危険だ。何より高速道路は通行止めだし、一般道は酷い渋滞で移動しようにも移動がままならない状況だ。シャルの提案で拠点のホテルに籠ることにする。食事はレストランで十分出来るし、大浴場もある。定時に掃除もあるし、それを断ってもアメニティの交換が可能。至れり尽くせりだ。

「この大雪は2、3日続く見込みだそうです。」
「うーん…。天気が障害になるのは予想してなかった。」
「外から見るだけなら、静かな白銀の世界なんですが。」

 ルームサービスで持ってきてもらった紅茶を飲む。部屋の確保はシャルがしてくれたから値段は知らないけど-旅に出る前だったらあり得ない感覚-、大の字になっても余裕たっぷりのダブルベッドに始まり、テーブルとソファ、大画面TVが乗るTVボード、よくある1ドアの安っぽいものじゃなくて、2ドアの冷凍も可能な冷蔵庫、クローゼットなどなど、設備は豪華で潤沢だ。
 部屋自体、一般的な1人用の何倍かある。よく考えてみれば、この階にあるのは他の客室じゃなくてレストラン。恐らく全体で2部屋か3部屋くらいしかない、スイートルームだろう。この部屋なら1日籠ることも苦じゃない。空調も全域で効いているし、大型の加湿器も稼働中。快適そのものだ。
 調査は引き続きシャルの諜報部隊が行っている。エネルギー供給については全く問題ないそうだし、シャル本体の水素も念には念を入れて、ニウヤマ神社から帰還した際に満タンにしておいた。更に、シャルは光学迷彩を施した水素精製装置を本体近くに設置して、雪から水素を精製してタンクに保管している。
 この雪でシャル本体や諜報部隊の機能が低下することはない。問題は、この雪の影響が長引くこと。諜報部隊が遠隔地で多数同時に行動しているから、エネルギー消費が結構なものになることが予想されると同時に、水素スタンドへ行ける機会が遠のくこともあり得る。水素精製と保管はこの状況の長期化を見込んでのことだ。
 さっきスマートフォンで見た天気予報でも、この大雪は2、3日続く見込みだと言っていた。だけど、天気は急変することがある。天気予報の精度は格段に上がっているけど、すべてを完全に見通すことは出来ない。今後のことを考えれば、水素を自前で精製して保管しておくのが安全だ。
 この大雪は水素精製には都合が良い。何処にこれだけの水分があるのかと思うくらい、除雪しても除雪しても降ってくる。水素精製に必要な水は、都心部とは思えないほど潤沢だ。融雪の手間が増えるけど、材料が実質無尽蔵だから、水素の精製と保管には事欠かない。

「カノキタ市も同じ状況かな。」
「はい。インターチェンジが上下線とも完全に閉鎖。国道も除雪作業のため片側の交互通行で大渋滞。学校は安全のためすべて臨時休校。I県全域の状況を踏襲しています。」
「学校が休校なのは、カノキタ市の条例とは無関係なんだね。」
「I県の教育委員会が各自治体に通知しています。積雪は既に1mを超えていますから、通学は危険と判断したようです。」
「メートル単位の積雪か…。今まで数cmの積雪でも大騒ぎだったから、別世界に来たみたいだよ。」
「I県北部、ヒジリ市やニウヤマ神社のある地域の積雪は2mを超えたそうです。氷の塊が町全体を覆っている格好です。」
「2mって…。」

 殆どの人の身長を超える雪が積もる世界が、同じ日本にある。雪が生活を阻害して、時に人の財産や生命を奪う凶器となる世界。そんな世界が、僕がかつて住んでいた町から道伝いに行けるところにある。そして、その一角に母親グループに牛耳られる町がある。日本は…広い。

「水素の精製は順調です。仮にこのホテルが全面停電になっても1週間発電できるだけの量を確保しました。」
「そんなに?」
「水を凝縮したものが絶えず空から降ってくるようなものですから、雪の集約と融雪のプロセスを追加すればオクセンダ町の温泉以上の効率です。」
「凄いね…。」

 よく考えてみたら、水や氷から直接水素を精製できるのは、シンプルだけど未だに商業ペースになるには至っていない。結局のところ、水素を作るのに石油や石炭を掘るという脱炭素社会と言いながら本末転倒なことをしているのが実情だ。電気分解は電気がないと出来ないし、その電気はどうやって作るかって話になる。
 シャルが持つ技術も、この世界では正しく使われるか怪しいところだ。本来行動の制約や病院通いが増えることへの支援である筈の子育て支援も、使う者と使いどころを誤ればたちどころに利権と化す。車のみならずインフラの根幹にかかわるエネルギーのシンプルな大量生産方法は、利権にすべく血道を上げるだろう。

「雪が収束すると見られる2、3日後には、全ての調査が完了します。それまでは…。」

 シャルが僕の隣に移動する。ソファは1人には有り余る広さだから-2人用の部屋だと思うんだけど-、2人で腰かけてもちょっときついくらい。逆に密着できるのはこの場合利点か。

「存分に楽しみましょう。」

 シャルは、紅茶と共に運ばれてきたクッキーを口に咥えて僕の方を向く。意図を察した僕は一気に全身が熱くなる。クッキーを咥えて少し下に力を入れる。…割れない。もうちょっと真ん中あたりまで咥えないと無理かな。…こんなところかな。と思ったら、向かい側の力が抜ける。

「…シャル?」
「1枚そのまま渡そうと思って。」

 クッキーを口に入れて尋ねると、シャルの意図と幾分ずれていたことが分かる。じゃあ、僕の方から改めて。…いざやってみると、結構照れくさいな。シャルは僕が差し出したクッキーを咥えて受け取る。

「シャルって、こういうこと好きだね。ちょっと意外。」
「情報を収集していると、色々なシチュエーションがあって、それを実行することに興味があるんですよ。それに、こういう時だからこそ出来ることですから。」

 シャルは僕の肩に頭を置く。髪は普段どおり後ろで束ねているけど、そこから溢れた髪が僕の方に流れる。

「調査や対峙が一旦始まると、それに集中せざるを得ません。勿論、それが私の創られた理由ですし、当然のことです。でも、そうしているとヒロキさんと深く交流する機会がどうしても限られます。こういう時間をもっと持ちたいという感情が常にあるんです。」

 確かに、調査や対峙・回収となると朝から晩まで移動や検討、各種作業に追われる。イズミ町での回収は車中泊も必要になった。ヒヒイロカネに関係あるかないかを問わず大勢の人を巻き込む傾向が強いから、その後始末にはどうしても時間がかかる。
 シャルはとてつもない高性能・高機能な、文字どおりの人工知能だけど、ヒヒイロカネの捜索と回収に特化していない面がある。不眠不休でただひたすらヒヒイロカネの捜索と回収に邁進することはない。特に人型を取るようになってからは、僕と同じく食事もするし入浴もするし睡眠もとる。
 この世界におけるヒヒイロカネ捜索と回収の主役は僕で、自分はサポートする側とシャルは言う。だけど、生身の人間である僕に合わせることだけが、シャルの行動原理じゃないと感じる。性格も人格もある1人の人間として、送り込まれたこの世界のことを、そして僕をもっと知りたいんだろう。
 2、3日はホテル生活が続くだろう。その間悶々としていても雪が止んで溶けるわけでもない。だったらその間は、こうしてシャルとの時間を大切にしよう。ホテルの豪華客室でこんな可愛い女性と2人きりで過ごすなんて、ほんの1年前は思いもしなかったな…。
 3日後。シャルに起こしてもらって、身繕いしてから朝食へ。何とか大雪は止んだけど、あまりにも雪が多くて除雪作業に時間がかかっているそうだ。そのため、高速道路は全域50キロ規制。国道と主要県道も除雪作業のため片側の交互通行が続いている。これを前置きとして、シャルは調査報告をする。

『母親グループの代表が、ヒヒイロカネを所有していることが判明しました。』
『!!』

 もしかしたらとは思っていたけど、やっぱり聞くと驚きの事実だ。こうなると、カノキタ市と関わりを持たない理由はない。

『いったい誰から…。』
『現時点で現実的な推論は2通りあります。1つは代表を洗脳した手配犯と同じ団体の人物から譲られるなりしたもの。もう1つは、代表と接触した財務省主計官から譲り受けたもの。この2通りです。』
『前者はまだしも、後者は本当だとしたら、霞が関の中央省庁にヒヒイロカネや手配犯がが食い込んでいるってことだよね?』
『その確率が高まります。しかし、代表の行動や関連する人物の行動から、後者の推論が事実である可能性はかなり具体性を帯びています。』

 財務省主計官がヒヒイロカネを持っているとなると、様々な点で重大だ。財務省は中央省庁の頂点。どの省庁も概算要求の段階で財務省のヒアリングを経てランク付けされ、上位のものしか概算要求に計上されない。つまり、概算要求に入るかどうかは財務省のさじ加減1つで決まる。省庁に上下関係がないなんてのは、まるで無知か予算の獲得や執行に関りがない立場かの浅い認識でしかない。
 その財務省は当然ながら出世競争が激しい。官僚の頂点である事務次官のポストは1つ。そのポストを巡って、長時間労働による精神疾患のリスクとも隣り合わせの熾烈な争いがある。中でも主計局は事務次官への有力コース。主計官はいわば事務次官候補の1人と言える。
 その事務次官候補の1人がヒヒイロカネを持っているということは、財務省がヒヒイロカネの存在を少なからず知っている確率が高い。ヒヒイロカネを持つことが事務次官への有力条件とされているかもしれない。その行く末に国民が幸せになる未来はない。ヒヒイロカネに惹かれた連中の末路と巻き込まれた人々の状況を見れば断言できる。

『!そういえば…、ナチウラ市とヒョウシ市を蹂躙していた国会議員は、元財務相…。』
『どちらが鶏でどちらが卵か分かりませんが、ヒヒイロカネの濫用ルートが見えてきましたね。』
『…問題の財務省主計官が、カノキタ市の母親グループの代表にヒヒイロカネを渡した?』
『現時点では断定できるには至りませんが、その確率は十分考えられます。母親グループが活性化したのは、財務省主計官との接触後。その際にヒヒイロカネが秘密裏に譲渡された確率は十分あります。』
『財務省とヒヒイロカネの関係性はかなり具体的になって来たけど、主計官とカノキタ市の接点が見えないね。』

 中央省庁の頂点であり、日本の国家予算をさじ加減で決められる財務省が、オーバーテクノロジーのヒヒイロカネを何らかの形で知っていて、所有もしていることは、十分考えられる。だけど、東京とか大都市ならまだしも、かつてはI県の小さな自治体、タザワ市のベッドタウン未満だったカノキタ市との接点が分からない。

『問題の主計官を調べたところ、30代で主計官に就任したエリートです。そうなると見えてくるのは、事務次官、ひいては首相への道。』
『財務省官僚から首相って、流石に飛躍が…とは言えないか。』
『財務省官僚出身の首相が存在する以上、この主計官がそれを狙っている確率は十分あります。』

 シャルの説明では、旧大蔵省時代から事務次官に繋がる主計局を経て国会議員になった事例は多い。首相経験者では福田赳夫、池田勇人がそうだし、鳩山兄弟の父鳩山威一郎もそうだ。財務省官僚と国会議員は無関係どころか、国会議員から政権党の要職、ひいては首相への道と言える。
 主計官とは、概算要求で各省庁からヒアリングをして査定する担当者のこと。僅か10人ほどのその担当者のさじ加減で、概算要求に乗るかどうかが決まるんだから、その権力は絶大だ。しかも事務次官への最有力コース。それに30代で就任したんだから、事務次官は当然として、国会議員、更には首相の座も視野に入っているだろう。
 傍から見れば権力欲に取りつかれたと見えるんだけど、権力=優秀な結果と見る向きからすれば、成果を上げるために日々長時間労働をしてでも職務に食らいつく。その権力の証がヒヒイロカネで、財務省内で公然か内密かで取引がなされていることは、ある意味理に適っている。

『財務省のエリート官僚が権力を欲しているのは間違いないみたいだけど、やっぱり分からないのがカノキタ市との接点だね。』
『接点として考えられるのは、将来の国政選挙を見込んだ地ならしです。』
『選挙でカノキタ市を?』
『この主計官はカノキタ市出身です。』
『!』

 事務次官から国会議員、更には首相を目指すには、まず当選することが不可欠。議院内閣制の日本では国会議員であることが、首相になる絶対条件だ。財務省事務次官の経歴を引っ提げて地元から立候補すれば、兎角地元と看板に弱い日本の有権者から票を集めるのは割と容易だ。
 そういえば、確かカノキタ市の現市長は財務省出身。OBとして自分の箔付けも兼ねて、丁度カノキタ市出身の現役主計官がいたから招聘した。将来の選挙に向けて地均しをしたい主計官は、母親グループの活動を絶賛することで「新しいタイプの事務次官候補」という印象付けをして、母親グループはそれで勢いを増した。-こんなストーリーが見えてくる。

『聡いですね。私もその線が最も有力だと思います。ヒヒイロカネが絡む理由もそれで仮説が立てられます。』
『どんな理由?』
『この国の支配層の証明として、ヒヒイロカネが存在しているということです。』
『!!』

 予想の中で最悪の形の1つが俄かに具体性を帯びてきた。シャルの仮説は、日本の支配層、すなわり政権与党や高級官僚、大企業経営層においてヒヒイロカネの存在は周知の事実であり、王冠か何かのように真の支配者の証として受け継がれるなり争奪戦が繰り広げられるなりしているというものだ。
 ヒヒイロカネはこの世界で権力欲や支配欲といった、他人を支配・隷属させたがる欲を持つ人間を引き寄せる傾向がある。それらの塊で、いかに他人を出し抜き、利用するかを優先する支配層が、オーバーテクノロジーの塊であるヒヒイロカネを我が物にしたいと考えない筈はない。

『実際、母親グループの代表は、主計官から譲渡されたヒヒイロカネを、幸運と未来を齎す宝物として、自宅に祭壇を作って安置しています。』
『ヒヒイロカネが母親グループの代表に譲渡なりされているってことは、母親グループの代表は支配層に食い込む見込みがあるってこと?』
『そう考えられます。主計官がどのような基準で判断したのかは理解できませんが。』
『能力は別として、主計官の策略だとしたら一応筋は通るかもしれない。』

 懇意の仲の民間人が、代表を務める団体ごと市役所に食い込んだ。市長は自分の先輩にあたる。市役所のルートは確実に押さえ、「新しい形の民間人登用」という受け入れられやすい-同時に危険でもある-キャッチフレーズと合わせて、地元の選挙区で勝利して、国政に食い込む-主計官が描くシナリオは恐らくこんな形だろう。
 それと同時に、地元選挙区をさらに固めるために、母親グループの代表をカノキタ市の市長に据える算段だとすれば?自分の国政進出をバックアップした民間人を、「新しい時代の市長」「民間感覚を持つ女性市長」と銘打てば、反対派を抑えやすい。「国政との太いパイプ」を掲げた子飼いの市長誕生となれば、地元選挙区はより強固になる。

『いずれ市長になって自分に協力する証明書みたいな位置づけで、母親グループの代表にヒヒイロカネを渡したっていう筋書き。』
『十分考えられます。代表が現在でも大きな権力を持つとはいえ、市役所の一部署のままで終わるとは思えません。』
『目指すは市長、そして…自分も国政に進出するつもりかもしれない。市長として国会議員になった主計官のバックアップを続けて、政権党の要職に就いた段階で国政に打って出ることも考えていてもおかしくない。』

 かなり現実的な、同時に吐き気を催す企みは、主計官の国政進出と代表の市長就任で終わるとは、これまた思えない。その先、つまり主計官は政権党の要職につき、やがて首相と目論んでいるだろうし、その取り巻きとして、母親グループの代表も国政に食い込ませる。そのための地ならしだとしたら?

『こういう先を読んでも、暗黒政治の未来しか見えないけどね。』
『本人達には薔薇色の未来ですね。周囲から見れば異臭を放つレベルで腐った花を敷き詰めた未来ですが。』
『ヒヒイロカネがカノキタ市にあることが確定した以上、その未来は潰えてもらうしかない。』

 カノキタ市の将来はカノキタ市の有権者が決めることだ。現市長や母親グループをのさばらせて奴隷のままで暮らすか、リコールで失職させるかは干渉しない。だけど、この世界にあってはならないヒヒイロカネを持ち、それを支配層の証として崇め奉ることは看過できない。必ず回収しないといけない。その結果、現市長や母親グループの代表、そして主計官が逮捕起訴、失職やカノキタ市からの追放など悲惨な末路を辿るとしても、それこそ自己責任というものだ。
 問題は、どうやって母親グループの代表からヒヒイロカネを回収するか。実力行使なら、シャルの機動部隊を動員すればものの半日でカノキタ市全域の掌握と母親グループの壊滅、代表の身柄拘束とヒヒイロカネ回収まで至るだろう。だけど、サイズ以外は普通の軍隊と同じ、威力は同等以上の機動部隊が展開したら、カノキタ市は焼け野原になりかねない。
 シャルも母親グループや現市長と無関係の一般市民の区別は十分できるけど、ミサイルや機銃掃射が飛び交えば、被害が無関係のところに波及するリスクが付きまとう。かと言って、母親グループの代表が大人しくヒヒイロカネを返却するとはとても思えない。そんな殊勝な気構えがあるなら、こんな惨状にはなっていない。

『法律や条例の上に構築された支配環境なら、こちらが直接手を下さずに揺さぶることが出来ます。』
『前にシャルが言ってた、僕とシャルがカノキタ市の住民として転入すること?』
『そうしても良いですが、額は微々たるものとは言え、現状のカノキタ市に各種税金として資金を献上する気にはなれません。私に任せてください。』

 カノキタ市全域を戦場にしないでヒヒイロカネを回収できるなら、それに越したことはない。その方針で行こう。

『頼むよ。僕は良い案が思いつかない。ちなみに結果が出始めるまでどのくらいかかる?』
『大雪の影響で、1週間前後かかると思います。』

 早いのか遅いのか何とも言えない。それよりも大雪が影響するというのがよく分からない。法律や条例と大雪との関連性が見えないからだ。シャルのことだから何か考えがあるんだろう。僕がああだこうだ考えるよりシャルに任せた方が良い。さて、シャルはどんな策でカノキタ市に切り込むつもりなんだろう…?