謎町紀行 第45章

カメラとマイクの花園と化した本丸ハネ村

written by Moonstone

 キスの余韻を残して、居心地が良かったミニホテルをチェックアウト。そして荷物置き場と化していたカマヤ市のホテルもチェックアウト。2つのホテルを同時に使って、片方を荷物置き場にするなんて無茶な金の使い方が出来てしまう。請求額には毎回びっくりするけど、これも慣れの問題だろうか。
 向かうはハネ村最寄りのエハラ市。A県は高速道路も一般道も彼方此方で渋滞している。シャルのシミュレーションで、北側のI県経由の大幅な迂回ルートの方がむしろ早くエハラ市に入れるというとんでもない結果が出た。だけど、赤色が大量にある一般的なルートを見ると、さもありなんと思う。
 原因はA県県警の前代未聞の不祥事のため。元々ホーデン社や系列企業の横暴な運転で事故が多い土地柄。ホーデン社や系列企業の社員は今までどおりの感覚で無謀な運転からのA県県警召喚でなあなあに済まそうとするけど、そうは問屋が卸さない。事故の被害者がドライブレコーダのネットへの公開や弁護士の召喚で徹底的に対抗する。
 A県県警は流石にホーデン社や系列企業の社員を諌め、逮捕しようとするけど、今までと違うとかA県の財政を支えるホーデン社をないがしろにするなとか、こちらも抗戦する。結局、交通事故の現場検証や証拠の確保にやたらと時間がかかって、結果道路が渋滞を起こす。事故が彼方此方で勃発すれば道路が彼方此方で渋滞を起こす。こういう流れらしい。
 A県県警関係者を出入り禁止にしたり、物品を売らない業者が続出している。人の入れ替わりが激しいチェーン店はまだしも、地元に根付く個人経営の店は、誰が何処の人か結構把握している。出入り業者もSNSが隆盛する今日、A県県警との取引は業者の信頼低下や他の取引への悪影響を及ぼすと判断され、業者が続々と撤退しているそうだ。
 A県県警側は、メディアに更迭が確定したと報じられた本部長がついに県民市民に陳謝し、公正な法運用を徹底すると宣言したが、間もなく更迭されて当事者でなくなる、しかも逮捕はおろか辞職もない本部長の宣言を誰もまともに受け入れる筈がない。だいたい陳謝するなら記者会見くらい開けば良いのに、広報課発の文書で収めようとするあたり、認識がずれている。
 これから先、A県県警がまもとになるかは疑問だ。本部長声明でも、ホーデン社との関係は言及がなかったし、ホーデン社は相も変わらず「事実関係を調査中」「担当者が不在でコメントできない」を繰り返し、あれほど個人には執拗にコメントを迫るメディアも、ホーデン社との事実上の癒着を反映して突っ込んだ取材をしない。
 こんな状況下では変わるものも変わらないし、ほとぼりが冷めたら元の木阿弥だろう。だけど、僕とシャルは変革を働きかけるつもりはない。あくまでヒヒイロカネの捜索と回収を目指す結果、ヒヒイロカネに絡みつく黒い影を取り除いた結果だし、そこからどうするかはA県県民の意思次第だ。僕とシャルの旅の目的は世直しじゃない。
 迂回ルートは確かにスムーズだけど、運転時間はそれなりにある。途中のSAで休憩と食事がてら、今後の対策を講じる。焦点は1つ、ハネ村のヒヒイロカネをどう回収するか。A県県警の自滅でハネ村は独立した治安維持の大義名分を得て、現在も勿論継続中。村に入ることは出来るだろうけど、オウカ神社に近づく方策がない。

『オウカ神社周辺は、特に自主警備隊の警備が厳重です。』

 SAのレストランで食事をしながら、シャルはダイレクト通話でスマートフォンに表示したハネ村のマップを説明する。自主警備隊の展開地点を示す赤い点が随所にあって、特に集中しているのが、オウカ神社と、ハネ村に通じる唯一の国道、隣接するエハラ市とトヨトミ市の境界だ。

『ハネ村はA県県警の前代未聞の不祥事発覚を利用して、大々的に自主警備隊を募集し、近隣自治体を中心に多くの応募がありました。自主警備隊はA県から引き出した補助金とハネ村の財源から給料が支給されています。弁護団が居るので無償労働など違法行為をし難いのもあると思いますが、3交代制で低料金の宿もあり、物価が安いことから、職にあぶれた就職氷河期世代などから問い合わせが殺到しているそうです。』
『世代的な問題でまともに就職できなかった世代や人を抱き込むことに成功してるね。このあたり、かなり知恵が回る印象だよ。』
『問題が起こると広報や総務に丸投げして、それらもお決まりのコメントを出してほとぼりがさめるのを待つ大企業や大規模自治体などより、小回りが利くのも大きいですね。また、A県も議会を中心に今回の事態を黙認していたことも武器に、ハネ村はかなりの金額の補助金を引き出したようです。』
『ますます鉄壁の防御って感じが強まってるね…。ホーデン社とトヨトミ市の動きは封じたけど、副作用が大きいね。』
『ホーデン社とトヨトミ市の悪行を封じたが故の結果ですから、致し方ありません。』

 ホーデン社とA県県警、ひいてはA県に対抗してきた結果を掲げるに留まらず、不幸にして職にあぶれた世代や人の就労支援という大義名分も利用してA県から補助金を引き出し、ハネ村はますます独立した治安維持の体制を固めている。A県県警の不祥事で警察全体に対する分割民営化論も浮上しているし、A県県警自体がもはやハネ村に干渉できる状態じゃない。
 問題が表に出る前後から弁護団を組織しているから、尚更警察には対決姿勢を取りやすい。世論もA県県警の一大不祥事を背景に分割民営化論まで浮上しているくらいだから、圧倒的にハネ村支持。ハネ村の行動を止められる存在は居ないと言って良い。それは同時に、ハネ村のヒヒイロカネ回収を非常に困難にしている。

『言い方は悪いけど、ハネ村の自主警備隊の弱点を突いて崩すのが良いかもしれないね。』
『弱点、ですか。ある意味傭兵ですから、金銭で手を引かせるとか、ですか?』
『今の財力ならそれも不可能じゃないけど、金額が予想できないし、もっと寄越さないと要求に応じないって金蔓にされる危険もある。』
『それは確かに…。難しいですね…。』

 ホーデン社とトヨトミ市、そしてA県県警という巨悪の動きを封じたことが、予想外の大きな副作用を生み出した。村が公的に募集して給料も払う警備隊が組織され、弁護団も居る状況をどう打開するか。知恵の出しどころだ。

「次のニュースです。」

 食事を終えて賑わいから幾分隔絶されたレストランから出て、シャル本体に戻ろうとしたところで、フードコートに設置されたTVに「ハネ村、A県から独立を宣言。」というテロップが出る。独立?!

「ホーデンとトヨトミ市、そしてA県県警から吸収合併を迫られていたハネ村は、もはやA県に属する理由はないとしてA県からの独立を宣言しました。ハネ村は隣接するN県への編入も考えていないとしており、総務省などの対応が注目されます。」
「市町村が都道府県から独立って、不可能なんじゃ?」
「調べた限り前例はありませんが、弁護団が控えているので、総務省に無効を宣言されても裁判で争うでしょう。判例主義に凝り固まった裁判所がどう判断するかは未知数ですが、ハネ村が独立の正当性を主張する理由は十分あります。」

 市町村が都道府県から独立した事例は、僕も知らない。そもそもそんなことが可能なのか、地方自治法とか詳しくないから分からない。だけど、ある意味法律を独自に解釈して正当性がある筋書きを作るのが仕事の弁護士が多数控えているから、裁判で徹底的に争う姿勢だろう。
 A県県警を管轄とするA県に属したままでは、再び何をされるか分からない、とかハネ村が独立の正当性を主張する根拠は十分だ。それに、圧倒的な世論も背景にある。裁判所は司法官僚と揶揄されるくらい政府与党の言いなりな面もある。ナチウラ市での元財務相の核攻撃拠点建設の発覚もあるし、政府与党も裁判所に圧力をかけ辛いだろう。
 TVでは、ハネ村の独立宣言を読み上げる村長をはじめ、村幹部と弁護団が映っている。A県からの独立は来年4月付。現在は独立までの移行期間として、A県から行政・立法・財政・警察といった都道府県のすべての権限を移行するとしている。村長の朗読の声は、かなり強気の姿勢だと感じさせる。

「SNSでは、ハネ村の独立宣言を指示する意見が圧倒的ですね。」

 シャルはスマートフォンを見て言う。それにしてもSNSは反応が早いな。

「勢いに乗っているので、ヒロキさんの言うとおり、真正面からハネ村の自主警備隊を崩すのは困難です。」
「知恵の絞りどころだね。」

 A県の辺境に位置する過疎の村であるハネ村は、弁護団を組織して財政面でもA県から補助金を引き出し-独立が来年4月付なのは補助金の期限切れを待ってのものだろう-、A県県警を事実上追放して警察組織も有する、全国的な知名度を持つに至った。圧倒的な世論を背景に、このまま48番目の都道府県になるんだろうか。
 僕とシャルはシャル本体に戻って、高速道路の本線に戻る。まずエハラ市のホテルにチェックインしよう。HUDではあと4:46と表示されている。これでも本来のルートより早いっていうんだから、A県の混迷度合いは相当なものだな。A県とA県県警、そしてホーデン社は自業自得だけど、巻き込まれる無関係の人達は気の毒だ…。
 途中もう一度休憩を挟んで、エハラ市に到着。前回と同じホテルをシャルが手配してくれていたから、その駐車場にシャル本体を止めてチェックイン。さて、ここからどうするか。ハネ村に通じる唯一の県道である県道413号線の検問は、24時間体制で行われている。これを突破するのは可能ではあるけど、後々悪影響が出るのは必至だ。
 シャルが、ハネ村駐留の航空部隊からの映像をTVに映してくれる。県道の検問には、警備員が複数いる。銃こそ持ってないけど-A県から独立したら持つんだろうか-、防弾チョッキにヘルメットに警棒と、結構立派な装備だ。これを必要分揃えるだけでも、それなりの財源が必要だろう。
 検問の存在が周知されたのもあってか、車は時々出入りしている、運送業者は検問だから届け先に行かないという選択肢は取れないし、農協や郵便局の車もそうだろう。その都度検問の、踏切のような棒が開いたり閉じたりして、運転手に行き先や目的を聞いている。運送業や農協、郵便局はこの点分かりやすい。
 観光客は、ホーデン社の車でなければ基本的に通れるようだ。自主警備隊に限らず、組織にしろ建物にしろ、現存するものは必ず維持費が必要だ。A県から補助金を引き出しても、来年4月の独立を強行するならそのルートはもう使えない。元々過疎の村で農林業以外めぼしい産業はない。観光による外貨獲得が重要になる。
 自主警備隊は近隣から集まっているようだけど、遠いところからも来ているらしい。好景気や人手不足と言っても、それは大都市部で、企業や役所が求めるスキルを持っている人物が不足しているということ。そんな都合の良い人物はそうそういない。いたら人手不足なんて言う必要はない。
 大都市以外では、就職口がそもそも少なかったり、就職できても最低賃金ギリギリということも珍しくないそうだ。それも椅子取りゲームだと職にあぶれる人は必ず出て来る。就職氷河期は特にそうだった。政府与党は勿論、野党も労働組合も、それ以前のバブル景気とフェミニズムに狂奔して、組織化や救済を怠った。「見捨てられた世代」はこうして作られた。
 ハネ村の自主警備隊はそういった世代に特に訴えることが出来た。政府与党も野党も労働組合も何ら手を打たないし助けないところに、給料もあるし住居も格安で借りられ、料理が出来れば食材は豊富となれば、職にあぶれて親や周囲から責められ、悶々としていた人は突破口と見るだろう。少なくとも政府与党や野党や労働組合よりは信頼できるとなる。

「自主警備隊が問題を起こしてる様子はないね。」
「応募でハネ村に入った候補者は、すべて役場で適性検査を受けた後、1週間の研修を受けることになっています。背後に弁護団が居るので、法的リスクについて-例えば強引に車外に引きずり出すことは暴行罪になるなども説明があって、研修終了後の試験に合格しないと警備員として活動することは出来ないとなっています。」
「こういう自主組織はならず者集団になるって印象があったけど、先入観の方が大きかったかな。」
「教育や指導もなしにいきなり野に放てば獣になるのは必然です。ハネ村はそうなってホーデン社やトヨトミ市、そしてA県県警に足元を掬われることを非常に警戒して、弁護団と協議して教育や研修を重視して、系統立てた組織化に成功したと言えます。」
「この分だと、実態はならず者組織って観点から崩す方法は使えないね。」
「はい。やはり現地調査でハネ村や自主警備隊の弱点を探す必要があります。」

 あらゆる組織は絶対的な弱点を抱えている。それは、枝葉か根か幹かは様々だけど、時間の経過につれて腐っていくということ。全員が必ずしも同じ価値観と目的で居続けることは出来ないし、価値観や目的がバラバラで組織を維持し続けることは出来ない。そこからの瓦解を防ぐために教育なり研修なり粛清なりがある。
 だけど、そうしていても、目的の達成のために結成された組織が、何時の間にか組織を維持することが目的になってしまうことは珍しくない。旧ソ連などの共産党が続々と瓦解したのは、共産党という組織の維持が目的になって、国民の生活向上や幹部や組織への不満を粛清で抑圧してきた歪が限界に達したからだ。日本の共産党が国会など多くの議会で無力に等しいのも、民主集中制と称した幹部の事実上の寡占運営と、それに対する内外の批判を黙殺する体質が、政策より知られているからだ。
 皮肉なことに、組織の中に居るとそれに染まってしまうか、生活と天秤にかけて見て見ぬふりをするかが殆どになる。内部告発が会社なり団体なり、された側から目の敵にされるのはそれも大きい。組織は多かれ少なかれ、独裁或いは寡占による組織の維持が目的になりやすい問題を抱えている。それはハネ村でも例外じゃないと考えている。
 検問には違法行為は見当たらない。これまで人数と財力に物を言わせた圧力に抗し続けて、今、真の自治を獲得したように見えるハネ村を内部から突き崩すことに抵抗がないわけじゃない。だけど、今のところそうすることでしか、オウカ神社に安置されたヒヒイロカネを回収する道は出来そうにない…。
 翌日、朝食を済ませた僕とシャルはハネ村に向かう。県道413号線を走る車は少ない。検問が設けられていると分かっていて踏み込む人はそれほど多くないだろう。やましいところがあるかどうかじゃなくて、痛くもない腹を探られるのが嫌なだけだ。そういう輩も自分の利権に関わる質問や追及には気色ばむ。同じことだというのに。
 少しカーブが多い片側1車線を南に走ると、G県からA県に入る。同時にエハラ市からハネ村に入る。県境が自治体の境界でもある場所に限られる瞬間だ。程なく警備員が赤く点滅する警棒を掲げて左右に振っている。縦型の信号も赤になっている。停車しろという合図だろう。僕は停止線の少し前で停車して運転席の窓を開ける。検問のゲートはかなり本格的だ。

「検問です。ご用件は?」
「歴史研究でこの村に来ました。」
「分かりました。こちらは宿泊施設と飲食店の案内です。どうぞ。」
「ありがとうございます。」

 警備員が合図すると信号機が緑になってゲートが開く。シャル本体をゆっくり加速してゲートを潜る。もっと高圧的かと思ったけど、大学や企業の守衛所を通過する時とあまり変わらない印象だ。シャルに関心を示してあれこれ聞くかと思ったけど、そんなこともなかった。

「ゲート前でしっかり正面からの写真を撮ってました。」
「何時の間に?」
「信号機に仕掛けられたCCDカメラです。」
「かなり巧妙だね…。」

 何処にカメラがあったのか、僕には全く分からなかった。単なる寄せ集めの組織や体制じゃない。本格的に独立を考えている気がする。兎も角、最初の目的地に設定した「奥の谷」という場所へ向かう。県道をさらに南に走って、途中で車線のない村道に入り、山奥へ進んでいくと、こじんまりした駐車場がある。此処にシャル本体を止めてそこからは徒歩だ。
 「奥の谷」そのものは目的じゃなくて、状況確認のためのカモフラージュ。とはいえ、獣道を多少整備して手すりを付けた山道を登って、山奥で静かに潤沢な水を落とし続ける滝を見るのは、シャルの希望でもある。車のままだったらこんな地形のところは流石に難しい。

「絶景ですね。」
「うん。」

 息が上がってうまく言葉が出ないけど、木とロープで作られた柵の向こうに見える滝は、思ったより大きくて、轟音と共に僕とシャルのところまで水飛沫を届かせる勢いで水を落とし続けている。柵から右手の方に、崖に適当な間隔で段差を付けただけのような階段が下に伸びている。どうやら滝壺のところまで降りられるようだ。

「足元に気を付けて…。」
「はい。急ぐ必要は全然ないですよ。」

 シャルの手を引いて階段を下りる。実際に降りてみると、想像以上に足場は悪い。雨は降ってないのに階段は水に浸ったように濡れている。滝の水飛沫のせいだろう。手摺もないから、完全に自分のバランス感覚と慎重さが頼り。後ろにはシャルも居るから、尚更気を付けないと。
 1段1段階段を下りるたびに、滝の音が強まっていく。シャルの情報だと「隠れた名所」らしいけど、駐車場に車が1台も止まってなくて、戻ってくる人もいなかったのは、この険しい地形のせいだろう。最低限スニーカーとか動きやすくて底の凸凹がしっかりした靴じゃないと、転んで大惨事になりかねない。
 どうにか一番下まで降りる。滝が間近に見える。水飛沫が絶え間なく飛んでくる。まだ暑さが十分残っているし、緊張となかなかハードな運動の後だから心地良く感じる。滝が滝壺に延々と水を落とし、水面にぶつかった水の塊が破裂して水飛沫が飛び散って雨のように降り注ぐ。それだけが続く、水と音の世界だ。

「こんなに大きい音だと、話は出来ないね。」
『ヒロキさんと私なら、音は会話の障害になりませんよ。』
『…そういえばそうだった。』
『ヒロキさんが、私ときちんと向き合って言葉を交わすことを大事にしてくれているんだと、改めて分かったのは大きな収穫です。』
『それは良かった。でも、どうして最初の目的地が此処なの?』
『盗聴を無効化するためです。』

 シャルの言葉に衝撃的な単語が混じる。こんな山奥で盗聴の危険があるなんて、考えもしなかった。そもそも盗聴器は何処にある?

『このエリアには盗聴器は設置されていません。この音量ではまず音声を取得できないと踏んだんでしょう。ただし、監視カメラは巧妙に設置されています。』
『何処に?』
『枝葉に偽装しているので、残念ながら肉眼では識別できません。私は可視光以外でもその気になれば見えるので、存在が分かったんです。』
『じゃあ、駐車場にも?』
『はい。駐車場には盗聴器も設置されていました。これらも非常に巧妙に設置されていて、肉眼ではまず識別できません。』

 一体何があったんだ?この村は…。村の人口だと到底カバーしきれない面積の村の、凄く奥まったこんな場所にまで盗聴器や監視カメラが仕掛けられているなんて。一気にきな臭くなってきた。この異常なまでの監視社会ぶりは、相互監視が条例になっていたタカオ市を上回る気がする。

『スパイの潜入や謀議を警戒してのものと思われますが、度が過ぎますね。』
『設置数が多いとなると、これだけの機械を何処から調達したかも気になる。』
『盗聴器などは専門業者でなくとも、電子部品の販売業者からでも購入できますし、特に不審な点はないと思います。』
『村の財政規模の詳しいことは分からないけど、安くはない盗聴器や監視カメラを村の全域に設置するのは難しいと思う。設置するにしたって、全部無償でしたとしても、シャルじゃないと分からないくらい巧妙に設置するなんて、素人じゃ出来ないよ。』
『そ、それは確かに…。』

 ハネ村は少し前まで典型的な過疎の村だった。財政状況も芳しいとは言えなかった筈。なのに、村全域に設置したであろう無数の盗聴器や監視カメラ。過疎の村1つでどうこう出来るものじゃない。自主警備隊を動員したという考え方も出来るけど、検問や警備をしながら盗聴器や監視カメラを設置するだけの人員が居るとは考えづらい。
 自主警備隊が関与していない線が濃厚だと出来る理由は、設置の巧妙さだ。僕はシャルに言われるまで全く存在に気付かなかった。恐らくシャルのように赤外線や紫外線といった可視光領域じゃない光や、超音波や低周波音といった可聴領域外の音声、はては電波やX線でも検出できないと分からないだろう。
 盗聴器や監視カメラを分からないように隠すと一言で言っても、そんなに簡単じゃない。設置するだけなら何とかなっても、実際に機能しないと意味がない。盗聴器や監視カメラとして機能するように、しかも他から分からないように設置するのは、素人じゃまず無理だ。そして電子機器特有のある条件もある。

『あと、こういう機器は必ず電源が必要だよね。100Vにせよ電池にせよ、何かしら電源をきちんと供給しないと絶対に動かない。そういったところまで考えながら設置するなんて、相当の経験がないと出来ない筈。ましてやこんな山奥の、電柱どころか道も徒歩がやっとの場所に、きちんと機能するように設置するなんて、プロ集団が居ると考えた方が自然だよ。』
『そのとおりですね…。私の感覚では数の問題を除けばそれほど難しいことではないと位置づけていたので…。』
『もしかすると…、ハネ村の背後にもヒヒイロカネに関係する人物や組織がいる確率がある。それが、この異様なまでの監視網になって表れているとしたら?』
『!』

 この異常な監視網は、長きにわたってホーデン社とトヨトミ市の干渉に晒され、A県県警が全く宛にならなかった不遇の時代の反動と見ることも出来る。だけど、人が集中する場所だけならまだしも、こんな徒歩でないと、否、徒歩でも相当きつい場所にまで巧妙に監視カメラを配置するのは、組織的な関与を考えざるを得ない。
 そうなってくると、新たな疑惑が浮かんでくる。ハネ村の独立に向けた動きとは別に、これに乗じて別の組織がヒヒイロカネを完全に隠蔽する、或いは他人の目から完全に隔離して持ち出そうと動いているんじゃないかってこと。つまり、異様な監視網はハネ村との動きとは別、或いはハネ村に食い込んで秘密裏に動いているか。
 僕とシャルの動きとは相反する動きがあることは、何となく分かっている。ホーデン社自体、ハネ村のオウカ神社に安置されているヒヒイロカネを狙って、テストコースの建設を口実にトヨトミ市を操って内政干渉を続けていた。ホーデン社の社長は警察庁に任意で事情聴取をされているが-一般人ならまず逮捕されるだろうに-、そこでヒヒイロカネがどうとか言うとは思えない。何かを知っているのは確実だけど、真相は今のところ分からない。
 ホーデン社とトヨトミ市、そしてA県県警は、これまでの騒動で完全にハネ村から切り離された。ということは、この監視網はそれらとは別に、ヒヒイロカネを探るか奪取するためにハネ村に忍び込んだ、或いはハネ村に食い込んだ組織が別に存在すると考えられる。事態は混迷の度合いを強めている。

『他のところも調査しよう。同様に監視網が敷かれているなら、それを破ることがハネ村のヒヒイロカネに届くきっかけになるかもしれない…!』
『はい、そうしましょう。…どうかしましたか?』
『…す、透けてる。』

 絶え間なく飛んでくる水飛沫は、時間をかけて浴びていればシャワーを浴びているのと変わらない。シャルのブラウスもその例に漏れないわけで…。