謎町紀行

第39章 謎の牙城を巡る水面下のせめぎ合い

written by Moonstone

 たらふく食べて、混雑を通り越して混沌としているゴコウSAを出る。此処から一番近いイチボウインターで降りて、一般道からカマヤ市に帰還する予定。入口数km前から渋滞を作っているSAに対して、出口以降は至ってスムーズ。SAがテーマパークと化しているのは、利用しておいて何だけどどうなんだろうかと思う。
 一般道から帰還するのは、シャルがレンカ神社を参拝したいというのが理由。最適なルートはシャルが既にシミュレーションしてHUDとナビに表示してくれているから、土地勘がない僕でも十分運転できる。シャルはかなり神社が好きなようだ。…縁結びに強い関心を持っていると言った方が良いかな。

「シャル。ふと思ったんだけど。」

 イチボウインターの料金所を通過したところで、ふと思ったことを口にする。

「カマヤ市にヒヒイロカネのジャミング施設があるってことは、ヒヒイロカネが発する電波みたいなものを理解できる技術水準があるってことだよね?」
「はい。そのとおりです。」
「ということは、ジャミング施設から逆にレーダーに相当するものを使って、近づいたヒヒイロカネを検出することも出来るんじゃないかな?」
「…!そ、それは気づきませんでした!」

 もしカマヤ市にあるジャミング施設がレーダーでヒヒイロカネを検出しているとしたら、かなり危険な状況かもしれない。向こうが施設に隠しているか何かしているヒヒイロカネ以外のヒヒイロカネが移動しているのを検出したら、偵察機とかで捜索しに来るだろう。だとしたら、どうする?

「シャル。偵察機とかそういうのが近くに居たりしない?」
「幸い、早期警戒機のレーダーでも検出されません。ジャミング施設周辺を含めて、部隊の展開はない模様です。」
「専守防衛なのかな…。ひとまず尾行や監視の疑惑は消えたね。」
「御免なさい。迂闊でした。」
「今のうちに気づいて危険がないって分かったから、それで十分だよ。これから飛ばしてくるかもしれないから、その対策は出来る?」
「はい。ステルス機能を稼働します。」

 この世界ではステルスと言えば戦闘機や爆撃機だけど、やっぱりヒヒイロカネにもスペクトル検出を阻害する、或いは放出を抑制する機能があるようだ。1人ならその機能でカバーできるなら、カマヤ市全域を覆うほどのジャミング施設があるってことは、大量の、或いはクロヌシを上回る規模の巨大なヒヒイロカネが存在するとも考えられる。
 ジャミング施設の存在自体も謎が多い。犯罪を犯した外国人を傭兵として警備させているというのが現時点での見方だけど、防衛に徹しているのは変な気がする。何から防衛しているのかが見えない。SMSAの追跡から逃れるため?否、それならシャルが発見したようにジャミングは逆に存在を知らせることにもなる。隠れるなら何も出さない残さないが鉄則の筈。

「シャル。ジャミング施設や旧カスプ社工場への偵察は出来る?」
「はい。」
「まず、ジャミング施設の位置の特定と、ジャミング施設周辺の環境を調査して欲しい。それが分かれば、どうやって攻めるか作戦が立てられるから。」
「分かりました。偵察機を派遣します。」

 シャル本体から偵察機が複数飛び立っていく。勿論、光学迷彩に今はステルスも追加しているだろうから、HUDの画像処理を介してしか見ることは出来ない。ジャミング施設を並べて何をするつもりなのか、ジャミングの下にあるものを探ることで見えてくるものがあるかもしれない。

「此処までの状況で、シャルの負荷の増え具合はどう?」
「0.2%ですから、まったく誤差の範囲です。」
「凄い処理能力だね。もう1つ頼めるかな?旧カスプ社工場が閉鎖されてからの経緯や動向を、カマヤ市が関係している分を特に重点的に調べてほしいんだ。」
「分かりました。調査を開始します。」

 旧カスプ社の工場が売却から閉鎖と厄介者扱いされた経緯は分かっている。それから外国人犯罪者の巣窟となり、更にヒヒイロカネを隠蔽するためと思われるジャミング施設まで建設されるに至った経緯は不明だ。幾らなんでも無から有を作り出すことは出来ない。旧カスプ社工場が今に至る経緯に、何か重大な秘密が隠されているかもしれない。

「手配犯はこの世界に逃げ込む際に散り散りになったそうだけど、今の今でそのままとは限らない。もしかしたら連絡を取っているかもしれないし、敵対しているかもしれない。」
「敵対、ですか?」
「手配犯の寿命は、この世界では物凄い長寿命みたいだけど、この世界で情報通信がほぼ不自由なく出来るようになったのはごく最近。その間断絶状態だったら、考え方や方向性の食い違いがあってもおかしくない。ヒヒイロカネを独り占めしようとする考えも出てくるかもしれない。欲望は簡単に人を変えるんだ。特に悪い方向にはね。」

 手配犯は殺人を犯してまでヒヒイロカネを持ち出し、この世界に逃げ込んだ。その意図は未だ不明だけど、シャルが創られた世界とこの世界とでは文明レベルが格段に違う。逃げ込んだこの世界ではヒヒイロカネやその知識とかで神のごとき扱いを受けたかもしれないけど、文明は独りで維持できるものじゃない。
 SMSAの追跡を逃れるため、散り散りにならざるを得なかったことで、1人1人が隔絶された状況に置かれることになった。この世界の通信環境が世界規模で整備されたのは、ごく最近のこと。逃げる過程で通信は居場所を知らせるリスクを伴う。無線通信は尚更だ。それが手配犯の断絶を生み、そこから方向性の違いが生じることは十分ありうる。
 ヒヒイロカネはシャルが創られた世界では非常に厳しい管理下で製造されているそうだ。性能を考えれば当然だけど、周囲に自分に及ぶものがなく、諌める者もいない状況で、逃げ込んだ先の文明レベルを超越するものを持っていたら、どう思うか?1つはヒヒイロカネを独占しようという考えだ。
 断絶されて久しい状況から、誰かがヒヒイロカネを独占する考えを出したら、他の面々は少なくとも警戒はするだろう。ヒヒイロカネの制御は、タカオ市での経験から、人格OSを搭載できるレベルにある者も居るらしいから、殺されてヒヒイロカネを奪われるという危機感は相当強くなることも考えられる。
 もしかすると、抗争が始まっているのかもしれない。勿論表に出てはいないけど、他の手配犯がヒヒイロカネを使って強奪しに来るという恐怖感から、防衛に特化して立て籠もっている手配犯がいるかもしれない。そしてそれが、カマヤ市を覆うジャミングを施す存在なのかもしれない。

「予断は禁物だけど、他の手配犯からの攻撃を恐れて立て籠もっている手配犯の1人かもしれない。ジャミングはしても偵察機を出したりしないのは、そういう理由がある可能性もある。」
「た、確かに…。」
「シャルの調査結果で色々分かることも出て来るだろうし、ヒヒイロカネの可能性があるものは徹底的に調査していこう。」
「はい。そのとおりですね。」

 防衛に徹するのは長期戦を覚悟する必要がある。反撃できないと膠着状態に陥りやすい。別にこれは戦争に限ったことじゃない。ジャミング施設が破壊されたら位置や戦力が特定されて、攻撃されやすくなる。その時迎撃・反撃の用意がないと壊滅の危険すらある。そこまであの施設は考えているんだろうか?
 ジャミング施設の陰に何があるのか、外国人犯罪者が屯することと関係があるのか、疑惑は次々浮上してくる。だけど、前準備もなしに突撃するのは危険と損害ばかりが増える。シャルやシャル本体がヒヒイロカネだからといって、どんな攻撃でも無力とは限らない。そもそもシャルを危険に晒したくない。考えることが多すぎて、頭がパンクしそうだ。シャルの調査結果を待って、じっくり謎を紐解いていこう…。

「ジャミング施設などの調査結果がまとまりました。」

 レンカ神社の参拝に続いて近くの蕎麦屋で名物らしい天ぷら蕎麦を食べてホテルに戻って少しして、シャルが言う。

「これを見てください。」

 TV画面に航空写真が表示される。巨大な工場が立ち並んでいる。これがカスプ社の栄華の残滓か。

「旧カスプ社の工場跡です。工場は売却先の外資系企業が閉鎖した後も、建屋はほぼそのままです。そして問題のジャミング施設ですが、多数配置されています。」

 航空写真の彼方此方に赤丸が表示される。その中心にレーダーみたいな物体が見える。ジャミング施設はヒヒイロカネでもこの世界のレーダーとかと同じ理論で考えれば良いようだ。

「彼方此方にあるね。」
「はい。その上、出力が強力なので、早期警戒機からではヒヒイロカネを検出できません。」
「ただジャミング施設を作るだけとは思えないから、やっぱりヒヒイロカネに関係する重大なものを隠してるんだろうね。」
「偵察機に搭載した検出器では、ヒヒイロカネに酷似したスペクトルが微弱ながら検出されました。」
「酷似ってことは、本物とは断定できないってこと?」
「偵察機は発見される前に施設の全容把握と早期の離脱を優先したため、スペクトル検出に必要なホールドタイムが不足しました。今回の検出データだけではヒヒイロカネと断定するのは困難です。」

 シャルが説明する。検出器はデータの基になる要素を十分取得するために必要な時間がある。写真で言うなら、シャッターを切る時間はしっかり固定しないと、被写体がぶれてしまうことに相当する。ヒヒイロカネのスペクトル検出は遮蔽物が多くて距離も離れていることが殆どだから、スペクトルは大抵微弱。それをきちんと検出するには一定時間検出器を目標に固定しないと、スペクトルが乱れたりそもそも検出できなかったりする。
 今回の調査は、ジャミング施設を含む旧カスプ社工場跡の配置などの把握が目的。ヒヒイロカネに酷似したスペクトル検出は偶然の産物と思った方が良い。僕としても、あれもこれも同時に求めるつもりはないし、ヒヒイロカネや関連する何かを隠蔽するために旧カスプ社工場跡を改造しているらしいことが分かったのは大きな進展だ。

「今回の調査結果で、ジャミング施設の目的がヒヒイロカネに深く関係すると見て良さそうだね。」
「はい。次に旧カスプ社工場跡の人間の滞在状況を報告します。」

 航空写真の赤丸が消えて、代わりに黄色の点が表示される。結構な数だ。建物内部に固まっていて、一部が敷地外にある。

「敷地にいる人間です。総数500人を超えます。」
「!そんなに?!」
「屋外に存在する者は、すべて武器を所持しています。武器からは今のところヒヒイロカネのスペクトルは検出されていませんが、武装している以上、危険であることは間違いありません。」
「スラムにあるマフィアやギャングのアジトみたいだね…。」
「警察がカマヤ市の外国人犯罪を十分取り締まれない理由は、此処にあります。」

 日本の警察は武器使用にかなり制限がある。発砲して容疑者を負傷させたらマスコミが大騒ぎするし、死亡させようものなら殺人のような扱いをすることもある。よく死刑の是非が議論になる際、海外の死刑廃止が挙げられるが、海外は本当に容赦なく撃つし殺す。ある意味運良く射殺されなかった容疑者だけが、刑務所に入れる面がある。
 そういう事情から、武装した人間が徘徊する工場跡には警察も容易に近づけない。犯罪を犯した者が逃げ込むには好都合でもある。カマヤ市は爆弾を抱え込んだようなものだ。一方で、警察も他の警察署などと連携して一斉検挙とか家宅捜索をする手がありそうだけど、縦割り意識が強いから連携は容易じゃないんだろう。

「攻撃することは簡単です。航空部隊と地上部隊を一斉に投入し、ジャミング施設の破壊と武装者の無力化を実現可能です。」
「…これだけ規模が大きいと、外部から監視されているかもしれない。」
「外部?」
「旧カスプ社工場跡の主じゃない、別の人間や組織だよ。ヒヒイロカネのジャミングを破れることが知られたら、そういった人間や組織が急襲してくる恐れもある。」

 武装した人間が屯し、カマヤ市全域を覆うヒヒイロカネのジャミング施設。これらから考えられる事態の1つは、強大な力を持つ人間や組織からの攻撃を防ぐためだということ。ジャミングはあるのに、攻撃機はおろか偵察機も飛ばしていない、甲羅に籠った亀のような防御一辺倒の体制は、迎え撃つことに全力を注いだ結果と考えれば筋が通る。
 そんな人間や組織が存在するという確証はない。だけど、その確率が考えられるなら、目立つ形での攻撃は控えた方が良い。シャルの能力が圧倒的と言っても、相手が武装している以上多少なりとも戦闘行為が勃発する。その時の光や音や臭いが察知されたら、ヒヒイロカネがある施設に攻撃が加えられた、つまりヒヒイロカネを持つ者が新たに現れたと見なされるだろう。

「戦闘が分かりやすい形で勃発したら、第3の勢力が乗り出して来て、漁夫の利を狙ってくることは十分考えられる。第3の勢力がいるって確証はないけど、存在したら必ずそうしてくるよ。戦闘で少なからず消耗した2つの勢力の足を掬って、すべてを奪うってことは戦争ではよくあることだから。」
「そういう選択肢までは読んでいませんでした。」
「だからシャルには、もう少し調べてほしいんだ。旧カスプ社工場跡が売却されてから現在に至るまで、何らかの抗争や衝突があったかどうか。もしあったなら、第3の勢力が監視している確率が高い。」
「分かりました。調査します。」

 カスプ社の栄華の痕跡は、ヒヒイロカネを巡る一大攻防戦の場である確率が浮上してきた。まだ僕の推測の段階だけど、ヒヒイロカネが欲に溺れたものを引き付け、狂わせるあるいは本性を剥き出しにさせるものである以上、推測はあながち的外れとは思えない。無論、こういう推測は外れる方が良いんだけど…。
 ん…?何だか外が騒がしいな…。窓越しに周期的に見えては消える赤色の光。警察?

「割と早く来ましたねー。市外からの人が集まるホテルだからかも。」

 隣からシャルの声が聞こえる。身体を起こして外を見ようとすると、左半身が重みで固定されて満足に起き上がれない。特に左腕。掛布団の中を見ると、シャルが僕の左腕に抱き着いている。それが認知できた瞬間、左腕に猛烈な存在感を放つ柔らかいものを感じる。

「わざわざ外を見るまでもないですよー。」
「また何かあったの?」
「改めて横になってくれたらお話しします。」

 この柔らかさの暴力に抗える自信はない。大人しく身体を元の姿勢に戻してシャルの話を聞く。意識をしっかりシャルの話に向けていないと、簡単に左腕に持って行かれそうだ…。
 暗闇の中でシャルは目を覚ます。僕は運転疲れのせいかぐっすり眠っている。軽く頬を突いてみるが、目を覚ます気配はない。今日はヒヒイロカネ捜索や回収が2つの地点−ハネ村とカマヤ市の両方で膠着状態だから、以前行って食べ物が美味しかったゴコウSAに行って気分転換を図った。
 本来は気分転換に徹する筈だったが、話の流れで現状の考察や対策を議論する場になった。その場で出された僕の提案は、シャルの考えが及ばなかったものばかりだった。特に手配犯が敵対関係にある事態はまったく想定していなかった。この世界に持ち込んだヒヒイロカネを結集して如何に使うか考えるとばかり思っていた。
 マスターは、自分が意識を持った際に「彼はやや自分に自信がないようだが、適切にフォローすれば必ず期待に違わぬ働きをする」と言った。適切にフォローできているかは正直疑問だが、僕の聡明さは間違いないと確信している。この世界におけるヒヒイロカネの捜索と回収に必要不可欠なものを、僕は持っている。
 僕がこの旅に出るのを決意したのは、それまでの僕の扱いや僕への態度がどんな働きかけにもかかわらず変わらなかったこと、僕を都合よく使える道具と見なす態度が変わらなかったことを挙げていた。恐らく僕のこういう面を察して利用していたんだろう。人を利用することに長ける輩は、付け入る隙を探すのが上手い。
 そんな境遇から脱して、今の僕は満足だろうか?依然そんな問いかけをした時、後悔はしてないし、誰かに使われるわけでもなく自分で選んだことと言っていた。それは本心だろうが、宝探しではなく、危険も伴う想像以上の状況に巻き込んでしまったという罪悪感のようなものは消えない。
 出来る限り緊張感から解放する機会を作ろうとしているが、今日のように遊びに行った筈が作戦会議になってしまったことは多い。適切にフォローできているか疑問と思うのはこういうところだ。本来なら休憩や行楽に徹することが出来るよう誘導なり配慮なりすべきなのに。ましてや最近、彼氏彼女の関係になったというのに。
 僕はそんなことを一切責めない。主従関係とか思っていないのは嬉しいが、申し訳なくも思う。ヒヒイロカネの自分は本来睡眠をする必要はない。ディープスリープは名称こそスリープだが、あくまで消費エネルギーの節減程度の意味しかない。ただ、僕がこうしてぐっすり寝られる時間に歩調を合わせるには都合が良い面もある。

「警告。ACS Alert Level 3。武器所有の集団が接近中。」

 改めてディープスリープに移行しようとした瞬間、本体からACSアラートが入る。急遽本体にリンクすると、数人の集団が駐車場の柵を乗り越えて来ている。スキャンすると確かに武器を所有している。ヒヒイロカネのスペクトルはないが、武装した窃盗団あるいは強盗団だ。危険でない筈がない。
 駐車場も場所柄もあってか流石に対策をしている。警備システムが作動して警察署に通知が届くシステムになっている。だけど、警察署からこのホテルまでは車で30分ほどかかる。カマヤ市はこの治安状況の一方で警察署は1つしかない。こういう場合、武装集団はそのタイムラグも見込んで、ターゲットを絞って行動するのが常だ。
 向かってきたのはシャル本体。シャルに搭載されたACSは直接犯罪行為がなされる前に予測してアラートを発するが、見た目普通のコンパクトカーをターゲットにした理由は分からない。兎も角、狙いを絞って来たのは間違いない。そして自分に触れた瞬間に訪れる武装集団の末路も間違いない。
 武装集団が触れた瞬間、強烈な電撃が襲う。電圧が高いと人は弾き飛ばされる。このくらいの電撃はACSを最高レベルにしなくても出来るけど、人間はこれで行動不能に出来る。別にこの時に殺してしまっても良いんだが、焦げた死体に囲まれる趣味はない。それに、この愚者達に聞きたいことがある。
 シャルは念のため光学迷彩を施したケーブルを、動けない武装集団の脳に突き立てる。騒がれると面倒だからついでに口を塞ぐ。脳神経系に直結させて、思考を奥の奥まで読み取る。読み取ることの中心は、武装集団の居場所と目的。そしてヒヒイロカネに関するあらゆる情報。

『なるほどね…。』

 武装集団の脳全体にマイクロケーブルを張り巡らし、挿し込んで情報を奥底まで抉り取る。この間、ヒヒイロカネは脳神経系と一体化しているから身体的な害はないが、脳を直接掴まれ奥深くまで針を刺されるような感覚が続く。もっとも、それで武装集団がどうなろうと知ったことではない。
 全ての情報を抉り取り、照合と解析が完了する。カマヤ市全域を覆うジャミングの理由こそ分からなかったが、「主様」と呼ばれる人物が施設奥に鎮座していること、その人物の命令で旧カスプ社の工場跡を要塞化したことなど、重要な情報を掴めた。雑兵の割には貴重な成果と言える。
 シャルはとどめに脳神経系を攪乱する薬剤を投与して、ケーブルを抜き取る。シャル本体の周辺には、電撃のショックで小刻みに痙攣し、薬剤の影響で穴という穴から体液や排せつ物を垂れ流す無様なゾンビが横たわる。排泄物が接すると汚いから、適当に空いている場所に放り出しておく。
 西の方からパトカーが複数やってきた。サイレンは鳴らしていない。武装集団に感づかれると思ってのことだろうか。何にせよ、ぐっすり眠っている僕の邪魔にならなければ良い。…あ、眠りから覚めて来ている。赤色灯の影響か?仕方ない。ここは抱き着いておこう。
 シャルの悩みや考え、特に僕を気遣ってくれていることは分かったし、シャルに手を出そうとして凄惨な制裁を受けたことも分かった。そして旧カスプ社工場がヒヒイロカネを隠し、手配犯の可能性もある人物がいることも分かったのは大きな収穫だ。だけど、重要な情報が得られたことより左腕の柔らかさに絶えず意識を引っ張られてしまう。
 大体、仕方がないからという理由で抱き着いたのも理解できないけど、今もしっかり抱き着いたままなのも理解できない。シャルの寝間着は僕がプレゼントしたワイシャツだから、厚みはそれほどない。だから柔らかさの暴力が半端じゃない。これで冷静さを保てるなら聖人と言うしかない。

「えっと…シャル。戦略は明日考えるとして、そろそろ離れてくれない?」
「こういうのは嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど…、寝付けない。」

 僕の寝間着は半袖。つまり、シャルの胸との間はシャルの寝間着1枚だけ。しかも水着より生地は薄いから、感触はより強烈だ。今だって誘惑と一緒になって僕の意識を引っ張り続けている。こんな状況で平然と寝られるなら聖人を通り越して超人としか思えない。

「それは、私に特別な魅力を感じているから、という解釈で間違いないですか?」
「それ以外ないよ。」
「カップルになってからも、ヒロキさんから何もないので、服とか色々試みていたんです。」
「シャルは僕の好みのストライクど真ん中って言った筈だけど…。」

 僕が銃撃を受けて意識不明だった時に無制限に流れ込んできた、好みとか嗜好とかの情報を基にシャルが選んだ容貌は、端的に言えば「理想が3次元化した」だ。それまで聞いて来た声から抱いていたイメージとも寸分の狂いなく当てはまったし、情報はあったとはいえ今の容貌を選んだシャルの分析能力には感服するばかりだ。
 旅をする中でシャルの容貌のレベルの高さは感じていたけど、僕の好みが客観的にどうなのかは分からなかった。ナチウラ市で決定的な客観的評価が下された。皮肉にも僕が忌避している連中によって。シャルが登場しただけで、それまで1人でバーベキューの火おこしをしていた僕を嘲笑していた話し声がピタリと止んだくらいだ。
 ナチウラ市で水着やホットパンツといった露出の多い服装を着用したことで、シャルのスタイルの良さが分かった。シャルは恐らく自分のスタイルの良さを十分理解しているから、ああいう服装を選ぶのを躊躇しないんだろう。そのシャルへの気持ちを誤魔化せなくなって、彼氏彼女の関係になった。だけど、その先に踏み出していない。
 シャルが人間じゃないという命題は、僕にとっては「だから何?」でしかない。元々声だけ聴いていた時から「こんな女性が彼女だったら良いな」と思ってたし、その理想が3次元化したのが今のシャル。それにタンパク質で構成された、僕と同じ人間という生物に散々な目に遭わされたから、人間であるかないかがアドバンテージにはならない。
 やっぱり…怖いんだろう。その先を求めることで態度が急変するんじゃないかって。過去の記憶、僕が手ごたえを感じていたけど、求めた瞬間態度を豹変させたり、実は裏で舌を出していたりと、僕の気持ちを踏み躙られることが何度もあった。シャルを疑うつもりはないけど、どうしてもそういう記憶が足を引っ張るんだろう。

「私はヒロキさんに良い記憶を作る自信があります。」

 シャルがそのままの姿勢で言う。

「ヒロキさんを騙すとか陥れるとか考えるくらいなら、ヒヒイロカネをヒロキさんの脳に埋め込んで好きに操ります。第一、そんなことを想定する輩と同じベッドで寝ません。」
「シャルを疑うつもりはないよ。ただ…。」
「もっともっと良い記憶を作らないといけませんね。過去の女を『あんな馬鹿が居たな』って笑って流せるくらいに。」

 シャルが僕の腕の拘束を解いて、ゆっくりと僕の上に乗りかかる。肘を折った両腕を僕の両脇に据えて、至近距離で僕を見つめる。僕の胸にシャルの胸が乗って撓んでいる。心臓にダイレクトに来るような柔らかさの暴力だ。

「もし過去の女に出くわしたら、私を自慢できますか?」
「勿論できる。と言うより自慢したい。」
「それは何よりです。」

 シャルは僕の左側に首を落とす形で身を沈める。シャルの微かな呼吸音と甘酸っぱい匂い、そして胸を中心にこれでもかと言わんばかりの柔らかさが僕を包み込む。客観的に見ればとてつもなく羨ましいシチュエーションだろうけど…、僕にこんな環境下で寝ろと?
 結局殆ど寝られないまま、カーテンの背後が白んでいくのを妙に客観的に見る羽目になった。頭に霞がかかった状態で、随分ご機嫌な様子のシャルと共にレストランへ向かう。寝不足も良いところだから食欲は殆どないけど、ヨーグルトとかバナナとかを腹に入れておく程度でも違う。
 大きな窓越しにパトカーが見える。昨日の一件の本格的な現場調査のためだろう。TVニュースも昨日の一件に触れる。全国ニュースじゃなくて地域ニュースなのは、そこまで衝撃的なニュースじゃないってことだろうか。深夜のホテルの駐車場を集団で襲撃することが衝撃的じゃないって、言うほど日本の治安は良くないのかもしれない。

『野盗は全員病院に搬送されました。薬物使用の疑いがあるため、回復次第事情聴取する模様ですが、その頃には記憶が曖昧で使い物にならないでしょう。』
『後遺症はないようにしたんじゃないの?』
『それは勿論ですが、投与した薬剤で脳神経系が攪乱されたので、何が起こったかなど状況証拠を固めるだけの証拠には到底使えません。そもそも、何があったかを聞き出すことすらも難しいでしょう。』

 体液排泄物垂れ流しになったっていうから、相当きつい薬剤を投与されたんだろう。シャルは敵と認定した相手には一切の容赦がない。あの外国人集団は殺されなかっただけ、否、手足を切り落とされなかっただけ幸いというしかない。シャルがその気になればバラバラ死体になっていただろう。
 TVニュースでは、シャルの返り討ちに遭った外国人集団が病院に搬送されたのと、犯罪を犯した外国人を病院に搬送したことに抗議して、カマヤ市の市役所や搬送先の市民病院に外国人排斥を唱える団体がデモを行っていることが報道される。TV画面を見る限りかなりの規模のようだ。
 団体の訴えは一概に否定できない。治安を悪化させて市民の平穏を脅かし、保険料も支払わず−「支払えない」も結局同じ−病気や負傷で病院で治療を受ける。医療費を払うかと思えば失踪したり支援団体を引き連れて人権を盾に踏み倒そうとさえする。これじゃカスプ社の雇用責任よりも外国人への怒りが先行してしまう。
 今、僕とシャルが考えるべきことは、病院送りにされた外国人集団でも、それに抗議する団体へのカウンターでもない。外国人を、しかも武装した外国人を多数収容している旧カスプ社の工場だ。しかもシャルの調査でヒヒイロカネと共に「主様」という存在が判明した。ヒヒイロカネをこの世界に持ち込んだ手配犯や関係者である可能性が非常に高い。
 問題はどうやって攻略するか。シャルが偵察機で探った時はジャミングをかいくぐる超低空の高速飛行だったから発見されなかったそうだけど、攻撃で同じ手段が通用するとは限らない。これまで「戦果」を挙げて帰還してきた集団が何故か病院送りになったことは、恐らく「主様」には伝わっているだろう。何も対策を取らないとは思えないし、思わない方が良い。

『一気呵成に攻め落としますか?』
『今のところ防衛に徹している理由をはっきりさせたいな。昨日も言ったように、他からの攻撃に備えているかもしれない。それだと三つ巴の争いになって、ヒヒイロカネの存在が表に出てしまう恐れもある。』

 かなり判断が難しい状況ではある。世間の視線が返り討ちに遭った外国人集団とそれに抗議する団体に向いているであろう今、一気に攻め込んでヒヒイロカネを回収して、出来るなら「主様」の身柄を拘束して尋問なりするのも手だ。問題は、やっぱり旧カスプ社工場を狙う他の存在の確率だ。
 僕とシャルの目的はあくまでヒヒイロカネの回収であって、戦闘は手段の1つでしかない。それを見誤ると事態を混乱させたり、最悪ヒヒイロカネの存在が表沙汰になってしまう。こうなると取り返しがつかない。欲望が溢れ、人を蹴落としてでもそれを実現することが良しとされるこの世界では、未曽有の混乱、ひいては国家と企業が入り乱れる大戦争を引き起こしかねない。

『シャル。旧カスプ社工場のもっと詳しい調査は出来る?』
『勿論です。警備や兵器の存在の有無や配置、それらの戦闘力など詳細に。』
『あと、それと併せて、ヒヒイロカネ捜索アプリの範囲をカマヤ市より広げることが出来れば、やってくれないかな。ヒヒイロカネやジャミングが見つかれば、第三の勢力が居ることの証明になる。』
『まったく問題ありません。早速実行します。』

 やっぱり判断材料、つまりは情報が少ない。この状況で判断するのは賭けに近いし、僕は生憎勝負事には弱い。出来る限り情報を集めてより確実な判断をしたい。幸い、情報収集の面でもシャルはずば抜けた能力がある。危険が迫ったら早急に離脱してもらうのは勿論として、突っ込んだ情報収集が出来る強みがある。

「ヒロキさん。眠そうですね。」
「…あれで熟睡できたら、過去がどうとか言ってないよ。」

 自分の上で、ワイシャツネグリジェ姿の妙齢の、しかもアイドル級の自分好みの容貌を併せ持つ女性が覆い被さるように寝ていて、呼吸音と甘酸っぱい香りが視覚と嗅覚を支配して、胸には柔らかさの暴力が容赦ない。こんな状況で安眠できる神経がある人がいるなら見てみたい。
 下手に退かそうとして身体を捻ったりしたら、シャルを起こしてしまうかもしれない。そんな中でも甘い匂いがすぐ近くから漂ってきて、頭がくらくらした。でも、一気に上下を入れ替えてどうこうする勇気は僕にはない。そうこうしていたらカーテンの向こう側が徐々に白んできた。そんなオチだ。

「この辺は殺伐としていますから、違うところへ行きましょう。」
「運転はしてくれる?流石に今日はちょっと自信ない。」
「勿論私がしますよ。」

 シャルは行きたいところがあるようだし、僕は土地勘がない。調査結果が出揃うには時間が必要だし、ハネ村は膠着状態のままのようだ。ここは座して待つしかない。待つのも重要なことだとこの旅に出て分かった。物事とが動くためには時間が必要なこともあるんだ、と…。
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