Saint Guardians

Scene 5 思い出よ、再び
-Memories, come again-

Act 1-1 希望U-WishU- 二人、時を重ね行き

written by Moonstone

 1匹のドルゴが、じりじりと太陽が照りつける砂漠を疾走する。
ドルゴを操縦するのはドルフィン、その後ろにはシーナが居る。
シーナが町長の娘となっていたマリスの町を出てから早くも3日目。ドルフィンがアレン達と共にマリスの町に入った時のペースからすればかなり遅い。
ドルフィンもシーナを一刻も早く魔術、医術の総本山カルーダに連れて行きたいのは山々だが、何せ駆け落ち同様に殆ど何も持たない状態で出発した身。
砂漠の強烈な照り返しから目を守るゴーグルや道中の水分補給に欠かせない水筒、テントや保存食といった野宿用の装備が必要だ。
ドルフィンは往路では通り過ぎた町に入り、それら必要な装備を買い揃え、出来るだけ町を辿る形で進んでいた。
町で宿を取ったとは言え、ドルフィンはシーナと別室にしている。
ドルフィンとしては婚約者のシーナと同室にしたいのだが、シーナの記憶がない以上、シーナに警戒感を持たせるわけにはいかない。
多少金がかかるのは致し方ないと目を瞑り、シーナの警戒感を解すことを優先していた。
 リンドの町を早朝に出たドルフィンとシーナを乗せたドルゴは、見渡す限り砂の景色をひたすら東へ向けて疾走する。
この先当分町はない。マリスの町を出てから初めての野宿が控えている。
Wizardのシーナは砂漠の夜の冷え込みに対抗する手段を持っているが、記憶を失っている今は結界すら張れないまったくの無防備状態だ。
そんなシーナの身の安全を保障するのは自分しか居ない。ドルフィンはそういう責任感を過剰なほどに背負っていた。
駆け落ち同然にシーナを連れてマリスの町を出たのだ。アレン達はシーナが無事に戻ってくるまで何処かに軟禁されているかもしれない。
アレン達や町長夫婦を安心させるためにも、そして何よりシーナの記憶を取り戻すためにも、この旅を完遂させなければならない。

 ドルフィンは結界を張って吹き上げる砂から身を守る一方、常に周囲に気を配り、魔物や盗賊の襲撃に備えていた。
魔物や盗賊が襲ってきたら、シーナに近付く前に木っ端微塵に切り刻むつもりでいる。
シーナはドルフィンの後ろに座り、ドルフィンの腰に手を回している。
自分のことを婚約者だと言う見ず知らずの男性との二人旅に出たことに、当初からまったく抵抗がなかったわけではない。
しかし、ドルフィンが婚約者という印籠を濫用せず、少なからず抱いていた警戒感を解すように行動していることで、今では警戒感も殆どなくなっていた。
自分に殊更愛情を注ぐドルフィンというこの男性のことを思い出したい、とシーナは強く思っていた。

 二人を乗せたドルゴの前方の砂が何箇所かずずっと動く。
シーナからは見えないが、ドルフィンはすぐさま剣を抜いて臨戦態勢をとる。
ドルゴが接近すると、砂の中からざざっと音を立てて巨大なサンドワームが何体も姿を現し、一行の前に立ち塞がる。
蛭の口に牙が生えたようなその口からは唾液が滴っている。彼らの底なしの胃袋は、獲物を見つけて食欲を盛んに刺激しているのだろう。
だが、ドルフィンは何ら臆することなくサンドワームの壁に向かってドルゴを走らせ、すれ違いざまに一瞬剣を振るって壁をすり抜ける。
ドルフィンとすれ違うとサンドワームの動きが止まり、身体に幾つも切れ筋を走らせて程なくバラバラになって砂の上に崩れ落ちる。
ドサドサ、という音が急速に遠ざかるのを耳にして後ろを振り返ったシーナは、サンドワームが何時の間にバラバラになったのか不思議でならない。

「ドルフィンさん。」

 シーナが尋ねる。
ドルゴの操縦中だから聞こえていないか、と思ったが、ドルフィンは呼びかけに応えてシーナの方を向く。

「どうした?」
「さっきのサンドワーム・・・どうやって倒したんですか?」
「すれ違いざまに切り刻んでやった。いちいちドルゴを止めるほどの相手じゃない。」
「でも、サンドワームが切れる音がまったく聞こえなかった・・・。」
「シーナの家で夕食をご馳走になったとき、水晶石を切り刻んだろ?あの時と同じ要領だ。サンドワームの身体は柔らかいから切る音がしなかったのさ。」
「そうなんですか・・・。凄いですね。」
「あの程度の魔物をやり過ごせないようじゃ、到底師匠の後継者にはなれなかったさ。」

 ドルフィンはさらりと言ってのける。
サンドワームは巨体の割に動きが早く、生身ゆえ防御力こそ低いものの攻撃力は高い。
そんな強力な魔物をたった一人ですれ違いざまにバラバラにしてしまうドルフィンの力に、シーナは素直に感心していた。

「ドルフィンさんは本当に凄く強い剣士なんですね。尊敬します。」
「・・・俺が今の強さを身につけたのは、他ならぬシーナ、お前のためなんだ。」
「え・・・。私の・・・ため・・・?」
「前に話したかもしれないが、俺とお前は幼馴染だ。俺はお前を守るだけの力を身につけるためにクルーシァに渡り、師匠の元で修行した。
今の俺があるのはシーナ、お前を守りたいという大きな目標があったからだ。その点からすれば、俺はお前に感謝しなきゃならない。」
「・・・。」
「今は俺と一緒に居れば良い。必ず身の安全は保障する。そしてカルーダで記憶を取り戻す術を見つけ出す。自分のことだけ考えていれば良い。」

 ドルフィンはそう言うと再び前を向く。
シーナはドルフィンの背中に頬を凭れさせ、ドルフィンの温もりを感じる。
太陽が齎す容赦ない暑さとは違う、どこか懐かしい温もり。
ドルフィンとの間に何があったのか、シーナは益々思い出したくなってくる。
二人を乗せたドルゴは、まっしぐらにカルーダを目指して砂の上を滑るように飛んで行く・・・。

 砂漠に夜の帳が下り始めたところで、ドルフィンはドルゴを止める。
そして事前に買い揃えておいたテントを一人で手際良く貼り、シーナに保存食と水筒を渡す。
羊の肉を干した保存食はかなり歯応えがあるので、シーナはかなり食べ辛そうだ。
それを見たドルフィンはシーナから保存食を受け取り、手で細かく裂いてからシーナに手渡す。
これなら固いといってもゆっくりよく噛めば食べられないことはない。
シーナはドルフィンに礼を言って食事を進める。
ドルフィンは食事を摂るシーナを愛しげに見詰める。食事は水を少量飲んだだけで、食べ物には一切手を出していない。
肉体を極限まで鍛えたドルフィンは、度々食事を摂る必要がないように体力消費を最低限に抑えられるのだ。
 食事を終えたシーナは、最後に水筒の水を飲んで喉の渇きを癒す。
すると今度は急に体を包む冷え込みを感じ、思わず身体を縮こまらせる。
砂漠は熱の吸収源となる草地がオアシス以外には殆どないため、昼夜の温度差が激しいのだ。
ドルフィンはやはり事前に買い揃えておいた革のマントを取り出し、シーナに手渡す。

「テントに入ってこれで身体を包んで寝るんだ。そうしないと風邪をひく。」
「ドルフィンさんは?」
「この程度の寒さ、俺には涼しいとしか思えない。」
「本当に凄いですね。剣の腕といい、身体の能力といい・・・。」
「こうでなかったら、俺は師匠の後継者になれなかったさ。」

 ドルフィンはそう言って微笑んでみせる。
ライト・ボールに照らされたその微笑みは頼もしくもあり、どこか寂しげでもある。
やはり自分が記憶を失っていることが悲しいのだろう、とシーナは察し、それ以上ドルフィンの身体能力に触れるのを止める。
シーナは、お休みなさい、と言ってドルフィンから受け取った革のマントをもてテントの中に入る。
ドルフィンはマントも羽織らずに、剣を脇に置いたままぼんやりと闇の向こうを見詰めているように見える。
しかし、実のところは魔物や盗賊が接近してこないかどうか、警戒しているのだ。
結界で防禦しているとは言え、シーナを不安にさせるものには容赦しない。そういう固い決意がドルフィンにはある。
 片膝を立てた状態でドルフィンが闇を見詰めるようになって、暫し時間が流れた。
ごそごそ、という音がしたことで、ドルフィンはすぐさま音の方を向く。音の発生源はテントだ。
シーナが寝返りでも打ったのか、と思ったドルフィンの視界に、テントからマントを羽織って出てきたシーナの姿が映る。
少し驚いたような表情のドルフィンの元にシーナが歩み寄り、その隣に腰を下ろす。

「どうしたんだ?眠れないのか?」
「それもありますが、それだけじゃないです。」
「どういうことだ?」
「一人だと不安だから・・・。それじゃ駄目ですか?」

 シーナはドルフィンの方に更に身を寄せてくる。
マントに包まっているシーナの肩に、ドルフィンの手がそっと置かれる。
それを合図にするかのように、シーナはドルフィンの肩に頭を乗せる。
ドルフィンは優しい微笑みを浮かべつつ、シーナの肩を抱いてそっと自分の方に抱き寄せる。
 程なくシーナは小さな寝息を立て始める。
ドルフィンはライト・ボールの光を弱めて、シーナの睡眠の邪魔にならないようにする。
シーナが本格的に眠りの世界に入ったのを確認して、ドルフィンはシーナの身体をゆっくり倒し、地面に倒していた自分の太腿に乗せる。
安らかなシーナの寝顔を見つめるドルフィンの顔は愛しげであり、寂しげでもある。
ドルフィンはシーナの髪にそっと指を通し、滑らせる。
上等な絹糸のような滑らかな感触が伝わってくると、ドルフィンの表情に差す陰が濃くなる。
 3年ぶりに再会出来たと思ったら相手には自分の記憶が何一つなかった。
そのショックは今尚ドルフィンの心に大きな穴を開けたままだ。
アレン達の計らいでシーナを連れ出し、記憶を取り戻す術を探し出すきっかけを掴めた以上、それを逃してはならない、とドルフィンは思う。
だが、もし記憶を取り戻す術が見つからなかったら・・・。
否、カルーダに行けば必ず原因と治療方法が見つかる筈だ。
ドルフィンは交互に去来する不安と希望に心を翻弄されていた。
それは影が濃くなった表情にのみ表れるだけだ。

 沈黙と眠りの時間がゆっくりと流れていく。
シーナの寝顔を見詰めていたドルフィンの顔から愛しさと寂しさが消え、俄かに普段の獲物を狙うそれに変わる。
そして腰の皮袋に手を伸ばし、中から先端が研ぎ澄まされた金属の棒を何本か取り出すと、四方八方にそれを投げ放つ。
闇に金属の棒、否、針が消えて少し後、彼方此方からドサッ、と何かが倒れる音が微かに聞こえて来る。
その音は非常に小さいもので、ドルフィンは聞き取れるもののシーナの睡眠を阻害するには到底及ばない。
ドルフィンは鋭い瞳で周囲を見回すが、暫くするとその瞳は優しいものに戻り、再びシーナに向けられる。
安らかな表情で眠るシーナの顔を、ドルフィンは愛しげに、そして寂しげに見詰め続ける・・・。

 砂漠にライト・ボールを凌駕する光が溢れ始めた頃、シーナはゆっくりと目を開ける。
そして自分がドルフィンに膝枕されていることを悟り、慌てた様子でがばっと起き上がる。

「早いな。よく寝られたか?」
「え、ええ。それより私、何時の間にドルフィンさんの足に・・・。」
「人間、寝る時は横になった方が首や肩に負担がかからなくて良い。」

 ドルフィンの言葉に、シーナはドルフィンが自分を横にしたことを察する。
言い換えればドルフィンはせいぜいうつらうつらしていた程度ということになる。膝枕をしたまま相手を起こさずに熟睡出来る器用な人間は居ない。
シーナは恥ずかしさより先に申し訳なさで頭がいっぱいになる。

「御免なさい、ドルフィンさん。ドルフィンさん、昨日殆ど寝てないんでしょう?」
「1日2日寝なくても平気なようになってる。心配は無用だ。それより朝飯を食べよう。今日中にモールの町に入りたいところだしな。」
「よく場所が分かりますね。」
「カルーダは修行で何度か来たことがあるんだ。お前も度々一緒に来たんだぞ。・・・覚えてないか。」
「はい・・・。すみません。」
「謝らなくて良いさ。それより朝飯だ。朝飯はしっかり食べておくに越したことはない。」

 ドルフィンは乾パンと羊の干し肉を取り出し、シーナに手渡してから自分の分を取り出す。
量は均等だ。体格からすればドルフィンはもっと多く食べても良さそうなものだが、この程度で十分らしい。
二人は暖かくなってきた中、黙々と、しかし長閑(のどか)な雰囲気で食事を進める。
羊の干し肉は機能の夕食の時と同様、ドルフィンが細かく裂いてシーナに渡す。ドルフィンは平気で噛み切っていく。
ドルフィンは干し肉を加えたままライト・ボールを消す。もはやライト・ボールの光は必要ない。
 シーナは水筒を片手に食事を進めながら−乾燥した食料なので水分が欠かせない−何気なく周囲を見回すと、遠くの方に何かが倒れているのが見える。
シーナは懐から眼鏡を取り出してかけて見ると、それは人間らしい。
砂漠の真中で結界もなしにひっくり返ったまま寝ている筈がない。恐らく死んでいるのだろう。
シーナは眼鏡を外して懐に仕舞うと、ドルフィンに尋ねる。

「ドルフィンさん。人が倒れているようですけど、何かあったんですか?」
「俺たちに襲い掛かろうと接近してきたから、こいつを投げつけて半分くらい倒してやった。」

 ドルフィンは腰の皮袋から、昨夜闇に向かって投げつけた金属の針を1本取り出してシーナに見せる。
長さ40セム程度のそれは朝日を浴びて鈍く光るが、研ぎ澄まされた先端だけは鋭利な輝きを放つ。
シーナはしげしげとその針を観察する。
確かにこれを投げつけたら人間や弱い魔物を殺傷出来そうだが、それにはそれなりのスピードが必要だ。
しかも自分が寝ている間は眩しく感じたこともなかったし、「枕」が動いて目を覚ますということもなかった。
つまり、ドルフィンは自分を起こさないように、何処に居るかも知れない闇の中に潜む相手に向かって金属の針を放ったということだ。
シーナはドルフィンの驚異的な戦闘能力をもう一つ知って、感嘆の溜息を漏らす。

「凄いですね・・・。私を起こさないように、それも何処に居るか目視出来ない敵をこんな金属の針一本で倒せるなんて・・・。」
「譬え闇の中でも気配は感じ取れるし、その相手がどんなつもりで居るのかは把握出来る。」
「それも修行の成果ですか?」
「ああ。」
「ドルフィンさんの修行って、余程凄いものだったんでしょうね。」
「今思い返してみると、かなり凄いことをやってきたと思う。だが、懐かしくもある。修行に併せて色々な思い出があるからな。」
「思い出・・・。」
「ああ。その中にはシーナ、お前とのこともある。お前を守る力を身につけるために師匠の元で修行に励んだんだ。お前絡みのことがあるのは当然だ。」

 ドルフィンは金属の針を仕舞う。

「お前の記憶を取り戻すことは、俺の記憶の別の断面を取り戻すことでもある。だから・・・何としても俺のことを思い出させてやる。」
「ドルフィンさん・・・。」

 真剣な表情で言うドルフィンを見て、シーナは胸が高鳴るのを感じる。
かつてこの鋭くも優しい瞳と見たような気がする。だがどうしても思い出せない。
このもどかしさを解消出来るならこの人に何処までもついて行こう、とシーナは思う。

 その日の夕方、ドルフィンとシーナはモールの町に入った。
道中敵に遭遇することもなく−遭遇してもドルフィンに一蹴されただろうが−、至って順調なものだった。
町に入ったドルフィンはプラカード・インフォメーションを見て手頃な宿を探してその名前と道程を記憶し、大通りをシーナを連れて歩いていく。
大通りは結構人は多く、体格の良いドルフィンは人波を十分掻い潜っていけるが−人波がドルフィンを避けているようにも見えるが−、シーナには厳しい。
それを察したのか、ドルフィンは立ち止まってシーナに手を差し出す。
シーナは一瞬躊躇するも、ドルフィンの手に自分の手を重ねる。
自分の手に別の感触が伝わってきたのを感じたドルフィンは再び歩き始める。
 実はメリア教の戒律では、男女が手を繋ぐのは夫婦か恋愛関係だということを示す行為と定められているのだ。
そのためシーナは一瞬躊躇したのだが、手を繋ぎたくないという感情は不思議と起こらず、逆に自分を連れて行ってもらいたい、という気持ちが強く、
決意を固めてドルフィンの手に自分の手を重ねたのだ。
ドルフィンはシーナが自分の手を取ったことで内心ほっとする。
人波からシーナを守る自信はあるものの、手を繋いでいないとシーナが人波に攫われてしまう危険性がないとは言い切れない。
そうでなくてもシーナは十分人目を、特に男性の目を引く容姿だ。シーナには万一のことでもあってはならない。
それがアレン達の計らいとは言え、シーナを駆け落ち同然で連れ出した自分の責任だ、とドルフィンは思っているのだ。
 周囲の視線を感じつつ、ドルフィンとシーナは通りを歩いていく。
そして15ミム程歩いたところで、ドルフィンは記憶しておいた名前の宿屋の看板を発見し、人波からシーナを守りつつその方向に歩を進める。
ようやく宿屋に辿り着いたドルフィンは宿の出入り口のドアを開け、先にシーナを入れてその後で自分も入る。
受付のカウンターではこの宿屋の主人らしい初老の男性が新聞を読んでいたが、客の来訪をドアの開閉の音で悟って愛想笑いを浮かべる。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人だ。部屋は・・・」
「二人部屋をお願いします。」

 一人部屋二つと言いかけたところでシーナが横槍を入れる。
男性はドルフィンとシーナを交互に見て、納得した様子で壁にかかっている鍵の中から一つを選んで差し出す。

「部屋は1回の105号室になります。食事は1階の食堂で。朝は6ジムから、夜は18ジムまで営業しております。」
「分かった。料金は幾らだ?1泊だ。」
「お二人様一泊で70ペルになります。」

 ドルフィンは皮袋から70ペルの金貨を取り出して差し出す。
男性は金貨を勘定して、確かに、と言って金貨を受け取る。
それを見たドルフィンは、シーナの手を取って部屋を探しに行く。
 幸いにも1階で構造も比較的簡単だから、さほど時間を要することなく部屋に辿り着く。
ドルフィンは鍵を外してドアを開け、宿屋に入ったときと同じようにシーナを先に中に入れてその後に自分が入る。
メリア教の戒律には建物や部屋に入る時の男女の順に関するものはない。単なるドルフィンの習慣だ。
部屋は二人分というだけあってそこそこ広く、寝床も二人分、少し距離を置いて並べられている。
ドルフィンは寝床の傍に荷物を置くと、シーナに向き直る。

「夕食の前に、ちょっと買い物に付き合ってくれるか?」
「はい。何を買うんですか?」
「保存食と昨日の晩投げて減った金属の針の補充だ。」

 ドルフィンはシーナの手を取り、部屋を出る。

 宿屋を出た二人は、ドルフィンが先導する形で通りに軒を連ねる店を見て回る。
隊商や旅行者目当ての雑貨屋が幾つもあり、ドルフィンは店を回って値段を調べた後、一番安い店に入って保存食を選び、店員と値段交渉する。
ドルフィンの話術は手馴れたもので、店員の提示した値段の約1/3の値段でかなりの量の保存食を入手することに成功した。
続いてドルフィンはその店で武器屋の場所を聞き出してそこへ向かう。荷物はドルフィンが持っているため、シーナは手ぶらだ。
シーナはそれが申し訳なく思い、せめてドルフィンの足手纏いにはなるまいと、ドルフィンから離れないようにその腕に手を絡める。
 周囲の視線を感じつつ、ドルフィンとシーナは通りを進み、武器屋に入る。
武器屋には様々な武器や防具が陳列されていて、奥からは鉄を鍛錬する甲高い音が聞こえて来る。
ドルフィンは店の主人に金属の針を見せ、これを100本作るよう依頼する。
主人は初めて見るその針を怪訝そうに観察した後、これなら明日の朝までに作っておける、と言う。
ひと安心したドルフィンは早速値段交渉を行い、1本あたり1ペル、総額100ペルで作ってもらえることになった。
ドルフィンは明日取りに来る、と告げて、シーナを連れて店を出る。
ドルフィンにとって金属の針は、遠距離の敵を攻撃出来る立派な飛び道具であり、減った際の補充は欠かせない。
幸いというか、金属の針は鉄の細い棒を適当な長さに切断し、その両端を鋭利に研ぎ澄ますだけなので、熟練工なら大量生産が可能だ。
目的を果たしたドルフィンは、シーナを連れて宿屋へ向かう。

「ドルフィンさん、値段交渉が上手いですね。」
「俺は口で勝負するしかないからな。その点、お前は俺より上手かったんだぞ。」
「私がですか?」
「店の主人は大抵男だろ?お前にお願いされたら簡単に値段を下げたもんだ。いっそさっきの買い物もお前に値段交渉を頼むべきだったかな。」
「私、口下手だから無理ですよ。」
「お前は居るだけで十分存在感があるんだ。自分の美貌を信じろ。」

 間接的に美人、と言われてシーナははにかんだ微笑みを浮かべる。
ドルフィンが言うまでもなく、シーナの容姿は他人、特に男性の目を引くには余りあるものだ。
シーナに声がかからないのは、シーナが手を絡めている腕の持ち主がこれまた一際体格が良く眼光鋭いドルフィンだからだ。
腕を組むほどの関係で−シーナはそれほど意識しているわけではないが−男の方が見るからに強そうだとなれば、声をかけるには相当の勇気が必要だ。
場合によっては命を賭ける必要があるので−ドルフィンは剣を持っている−迂闊なことは出来ない。
シーナにとってみれば、ドルフィンは格好の「虫除け」になっている。
勿論ドルフィンもシーナに他の男を寄せるつもりはないから、丁度良いと言えよう。
ドルフィンとシーナは夕闇が姿を現し始めた空の下、宿屋へ向かう・・・。

 宿屋に戻ったドルフィンとシーナは、一旦部屋に戻って買い込んだ保存食を置くと、先に購入した大きいタオルを持って水浴び場へ向かう。
水を浴びて汗を流したドルフィンとシーナは、事前の約束どおり水浴び場の入り口で待ち合わせて食堂へ向かう。
食堂はかなり混んではいるが、相席を要したり席が空くのを待ったりする必要はない。
ドルフィンとシーナは空いていたテーブルに向かい合わせに座り、従業員に夕食のセットメニューを頼む。
従業員が立ち去った後、ドルフィンはシーナに尋ねる。

「シーナ。・・・何で二人部屋を希望したんだ?」

 質問はドルフィンがずっと気にしていたことである。
マリスの町を出て以来、これまで立ち寄った町ではドルフィンが一人部屋二つを依頼し、シーナが異論を言うことはなかった。
重複するが、ドルフィンが一人部屋二つにしてきたのはシーナに邪な意図を持っていないことを暗に示し、シーナを安心させるためである。
しかし、シーナは今回自分を遮る形で二人部屋を依頼した。
男女ペア、しかも若い二人となれば、二人部屋を依頼することは少なくとも単なる友達関係ではないと宣言するようなものだ。
そんなドルフィンの疑問に、シーナは微笑んで答える。

「一緒に居る方が安心出来るからですよ。」
「・・・相手が男でもか?」
「男の人なら誰でも、ってわけじゃありませんよ。相手がドルフィンさんだからです。」
「・・・。」
「ドルフィンさんなら、私が記憶を取り戻すまでは牙をむくようなことはしないと確信出来るんです。今までだって、婚約者だっていうことを武器にして
関係を迫るようなことはしなかったじゃないですか。そんなドルフィンさんを見ていたら、この人となら一つ屋根の下でも安心出来る。そう思ったんです。」
「そう思われたなら・・・嬉しいな。」

 ドルフィンは微笑む。
今は婚約者という関係が無効である以上、シーナの信頼を得ることが何より重要なことだ。
そのシーナの口から信頼が寄せられたことを聞いて、ドルフィンが嬉しくない筈がない。

「私は今のお父様とお母様に助けられて娘として迎えられて以来、ずっと箱入り娘として暮らしてきました。お父様とお母様が心配してくれる気持ちは
勿論嬉しかったですが、少し窮屈に感じていたのも事実です。それにお父様は鉱山に突然発生した魔物を退治してルーの像を持ってきた者に私を託すと
宣言して、正直私は戸惑いました。何かの偶然が重なって実力も勇気もない人がルーの像を持ち帰ってきたらどうしよう。そんな不安が絶えませんでした。
ルーの像を持ってきた人が現れた時は本当に不安になりました。その人の目は必ずぎらついていて・・・。幸いそういう人が持ってきた像は全て偽物で
兵士の方にその場で処刑されましたが、本物だったら、と考えると背筋が寒くなる思いがしたものです。」

 これまでの身の上話をし始めたシーナの話を、ドルフィンはシーナを何時になく穏やかな瞳で見詰める。

「ドルフィンさんは初対面でいきなり私を抱き締めてきたので、私はびっくりして思わず頬を叩いてしまいましたけど、私のことを婚約者だ、って訴える
言葉や瞳に嘘偽りは今まで一度も感じられませんでした。ただ、そんな真摯な気持ちにどう応えれば良いのか分からなくて、逃げてばかりいました。」
「・・・。」
「でも、私とペアのペンダントをしている・・・。ドルフィンさんが言うには相手が死ぬまで絶対外れないペンダントを私もしている。そして
ドルフィンさんから伝わってくる真摯な気持ち・・・。そんな事実と気持ちに触れていくうちに、この人との間にあったという絆を思い出したい。
きっとその絆は自分にとって大切なものに違いない。そういう確信を持つようになりました。私がドルフィンさんについて行くと応えたのは
そういう気持ちがあったからです。でも、心の何処かに男の人と二人きりで旅をするなんて、という躊躇いがありました。そんな私の躊躇いを
ドルフィンさんは誠意で取り除いてくれました。だから二人部屋を依頼したんです。躊躇いがなくなった今、私の心の中にあるものはドルフィンさんとの
絆と記憶を取り戻したい。そういう気持ちです。」

 シーナは明瞭な口調で言う。ドルフィンは穏やかな笑みを浮かべる。
シーナの独白が終わった頃、タイミング良く食事が運ばれてきた。
二人はシーナの質問に−婚約者に至るまでの過程だ−ドルフィンが答えるという会話を挟みながら和やかな夕食時を過ごす。
二人の間に僅かながら残っていたぎこちなさが完全に姿を消した時でもある・・・。

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