芸術創造センター こぼれ話
Dropped talk of Performing Arts Center

2004年9月30日更新 Updated on September 30th,2004

2004/9/30

[激動の青い月の終わりに]
 今日で9月も終わり。社会人の方の中には、上半期決算や異動などで忙しい方も居られるでしょう。かく言う私も、今日締めで集計して一覧表を作成する作業が明日に控えています。これを他の関連作業と共に今のPCベースで集中管理出来るようにするのが、昨日まで決死の覚悟で(大袈裟ではない)取り組んでいた仕事なんです。そのシステムを稼動させるのが下半期の始まりである明日から、ということで緊急性が非常に高かったんです。
 その仕事は昨日若干の調整と追加をして、どうにか完成しました。激務の代償はやはり大きく、体調を崩してしまいましたが、心理的には幾分楽になりました。長い間それこそノイローゼになるまで頭を悩ませていたものですからね。まだシステムが稼動して運営が軌道に乗るまで油断はなりませんが、「形になった」だけでも随分違うものです。
 気が付けば、このページも70万HIT目前。これまで以上に早く通り過ぎた青い月は今日で終わり。これでまた一つログファイルが完成することになります。順次公開しているこのコーナーの過去ログも、次回公開分(何時公開するかはチェックして確かめてください)から連載公開が始まります。加齢と共に時間の経過が早く感じるというのを実感する今日この頃です。
「今は包丁を使ったり揚げ物をしたりといった、大きな音がする段階じゃないんですよ。そこにギターの音で祐司さんの『Fly me to the moon』が聞こえてきたから、まさか、と思って・・・。」
「まだ最初の方だけだよ。これは意外に時間かかりそうだ。最初は約束どおり、あんな感じでひととおり作って、それから徐々にギターらしく聞こえるようにしていく。」
「さっきのでも、祐司さんのだ、って直ぐ分かりましたよ。楽しみにしてますね。」
「ああ。」

 美味しい晩御飯作りますね、と言って晶子は静かにドアを閉める。余程俺と晶子だけの着信音が欲しいんだな。自分だけのものだったらデフォルト状態で放置しておくか、携帯サイトからダウンロードしておしまい、としてるだろうが、イントロのごく一部を聞かれただけですっ飛んで来て喜ばれるならやり甲斐があるってもんだ。アコギの音色でベタ打ちという違和感はこの際置いておいて、俺と晶子だけの着信音を作るようにしよう。

 携帯を弄っていたら、夕食の時間が来た。携帯をシャツの胸ポケットに仕舞った俺の前に揃った夕食は俺の好物の一つ、唐揚げをはじめとして、胡瓜ともずくの酢の物や冷奴、野菜サラダ、味噌汁、そして炊き立ての御飯という豪華なラインナップだった。
 腹いっぱい食べた後は携帯と進路の話。今度の日曜日に携帯を買った店に行ってストラップを買うことを改めて確認した後、話題はやはり着信音。晶子は「Fly me to the moon」も勿論だが、「明日に架ける橋」も切望していることが改めて分かった。「明日に架ける橋」は俺も晶子も好きな曲だし、今日の流れを見ても電話よりメールの使用頻度が高そう、という見通しが立ったから、早めに用意するに越したことはないだろう。勿論晶子は、祐司さんの講義やレポートを優先してくださいね、とは言ってくれたが、やっぱり期待に応えたい。
 そして進路の話。晶子が居るゼミでも、進路が結構話題に上っていると分かった。企業から即戦力とやらを要求される時代に、晶子には悪いが、その学科を出て何が出来るのか、と突かれかねない学科だから、かなりの奴が国家・地方問わず公務員試験の準備を始めているという。中にはもう「企業詣で」を始めている奴も居るというから、切迫感は俺が居る工学部を上回るようだ。

雨上がりの午後 第1662回

written by Moonstone

「『Fly me to the moon』ですよね?祐司さんの。」
「ああ。イントロの最初の部分が入力出来たから、試しに鳴らしてみたんだ。それにしてもよく聞こえてたな。」

2004/9/29

[疲労困憊・・・(ぱたっ)]
 今日の更新が遅かったのは自宅で転寝をしていたからではありません(まあ、その時はその時で肉体的若しくは精神的に疲れているからそうするんですが)。機能お話したとおり、文字どおり「今が正念場」の仕事で帰宅時間が日付を超えたからです。出勤時の事故で(100%自損事故ですが)左肘に派手な怪我をして、両膝が痺れてまともに曲げられない(これは事故のせいじゃなくて持病のせい・・・だと思う)状況にあります。
 それでもどうにか今日で終えられる目処がつきました。後はデータが揃うのを待ってこれまで確認出来なかった部分の動作確認をして、後始末の部分を作れば完了です。予想以上に梃子摺りましたが、これまでの知識と技術を総動員しましたよ、ええ。その代償はもの凄く大きいですがね。
 WindowsやMacOSが当たり前の今、利用者の自由度は増しましたが(掲示板でも上から順に入力しないといけない、なんてことはまずないですよね?)、その分開発者の負担は数倍、数十倍になっています。JavaScriptやPerlのようなスクリプト言語は基本的に上から下への一方通行ですから(C++とかだと関数を呼び出すという形で彼方此方飛び回れます(良いか悪いかは別として))、その中で使い勝手が良いように、尚且つ不測の事態(数量入力で負の値を入力される、など)にも対応しないといけませんからね。あー、まだお話したいことはあるんですが、とりあえず今日は寝ます。お休みなさい〜。
 楽譜は駅からの道程で俺の家に立ち寄り、明日持っていく荷物と一緒に持ってきたものだ。楽譜は「Fly me to the moon」のギターソロバージョン。ペンを入れてはあるものの−鉛筆だと掠(かす)れて見えなくなってくるからだ−走り書きの域から脱するものではないそれと携帯の液晶画面、そして携帯の取扱説明書を見て一音一音入力している。
 実際に入力してみて、これほど面倒なものとは思わなかった、というのが正直な感想だ。何と言っても和音を一音一音入力しないといけないというのが一番厳しい。PCのシーケンサだとアップ/ダウンストロークは鍵盤で和音を入力してから適度に発音タイミングを音程の低い方、若しくは高い方から順にずらせば良いんだが、携帯ではそういうわけにはいかない。まあ、キーの絶対数が鍵盤とは比較にならないから仕方ないんだが、面倒と言う認識はどうしても消せない。
 晶子との事前の約束どおり、最初はベタ打ちにして、それからベロシティやボリュームを調整したものにバージョンアップしていく、という方式を採用したのは正解だと改めて思う。これを最初からきちんとしたもの−ベタ打ちがいい加減というわけじゃないが−を作ろうとしてたら、曲が出来上がる前に我慢の限界に達してしまう。
 ・・・どうにかイントロ部分の最初の部分が入力出来た。試しに鳴らしてみるか。携帯の取扱説明書を見てボタンを操作する。・・・やっぱり違和感は拭えない。ギターはベロシティが「らしく」聞かせるポイントの一つだ。これを音色だけは生意気にもアコギを選択してベタ打ちにしていたら、ギターアレンジと入力、演奏を手がけている俺が違和感を感じて当然だろう。
 だが、聞くに堪えない、というものじゃない。音色をアコギに設定したせいもあるだろうが、携帯の着信音、と割り切って聞く分にはそれなりのものになっている。たかが携帯、されど携帯。音色は色々あっても大したものじゃないだろう、と高を括っていたんだが、十分「聞ける」音色だ。これが64音発音っていうんだから、技術水準は凄いと思う。

「祐司さん、さっきの音って・・・。」

 ノックもなしに−本人の家だから問題ないか−ドアが開いて晶子が顔を出す。聞こえてたのか・・・。音量は最大にしてあるとは言え晶子は料理の最中だし、ドアを隔てているから聞こえないだろう、と思ってたんだが。

雨上がりの午後 第1661回

written by Moonstone

 だから夕食が登場するまでにはまだ時間がかかる。だからと言って、夕飯はまだか、などと言ったりするようなことはしない。晶子は何時終わるか分からない実験に取り組んでいる俺をじっと待っていてくれたんだし、その上出来立てほかほかの料理を作ってくれるんだ。文句を言う余地などどこにもない。

2004/9/28

[今日から修羅場]
 納期ギリギリの仕事が迫っています。相手方の用意が整ってないというのが引っ掛かりますが、こっちはこれを仕上げないことには身動きも取れないし心身の状態が悪化するだけなので、早急に片付ける以外にありません。食事は外で食べるか自宅から簡単なものを持っていくかして、泊りがけになるかな・・・。昨日の段階で結構出来ましたが(モジュール化しておいたのが良かった)、詳細は未知の領域なのでかなりの労力を必要とするでしょう。
 昨日かかりつけの病院に診察を受けに行ったのですが、「出来るだけ早く就寝するように」と言われました。睡眠不足と情緒不安定が連動しているので(どちらが原因でどちらが結果ではない)、ひとまず睡眠だけはきちんと取るように、ということですが、少なくとも今日明日は無理でしょう。仕事が完了するのが先か私が倒れるのが先かのどちらかになるかもしれません。
 物騒な話ですが、治療中の病気を抱えていて、薬なしでは睡眠もままならない身体ではそうならざるを得ません。更新が遅れるか妙な形(ぶつ切れなど)になるかと思いますが、ご了承願います。
「やっぱり言われるよな。俺でも言われたんだから。」
「皆それぞれ携帯につけてましたよ。複数つけている人も居ました。マスコットにそれぞれ名前をつけている人も居たりして、ストラップも着信音と同じで携帯の楽しみの一つみたいですね。」
「・・・買いに行くか、今度。」

 晶子は元々大きい瞳を見開く。俺から晶子に何かを持ちかけたことはない。付き合う前、看病の礼に食事に誘った時もしどろもどろだった。共通の話題、否、それになり得るものが出来たんだから、こういう時くらい俺から持ち出しても良いだろう。

「平日は俺が4コマめまで講義があって、その後二人揃ってバイトで買いに行く暇がないから土曜か日曜・・・、あ、土曜は晶子が買出しに行くんだったな。日曜の昼間にでもあの店に行って買いに行かないか?駅からけっこう距離はあるけど、大学と同じように大通りに面してるから迷わないと思うし・・・。どうだ?」
「はい。行きたいです。」

 即答だ。俺も晶子も言われるまで気付かなかった、それこそ気にしなければそのままで過ぎる小さなものだが、携帯と着信音と同じく、俺と晶子の絆を示すものとするならすることが出来る貴重なアイテムになる。どんなものがあるかは知らないが、色々探してみるのも良いだろう。

 俺は晶子の家のリビングで、楽譜を見ながら携帯を弄っている。家の主である晶子はドアを隔てたキッチンで夕食の準備をしてくれている。おかずは下ごしらえこそしてあるが本格的な料理はこれから、というし、御飯も炊き立てが一番美味しい、ということで、帰宅してから炊飯ジャーのスイッチを入れた。砥いで水に浸しておいてはあったが。

雨上がりの午後 第1660回

written by Moonstone

「必要かどうかで言うとNOですけど、私も言われたんですよ。折角携帯をお揃いにして、しかもあの会社のあのプランで契約したなら、その会社の支店でお揃いのストラップを買えば良かったのに、って。」

2004/9/27

[下り坂]
 結局昨日は腰を据えて作品制作、とはいきませんでした。心身の具合が午後以降急速に悪化してきましてね・・・。食事とか必要十分なことはしましたが、その他は大半寝ていました。勿論寝るといっても浅いもので、精神状態の悪化を反映してか、内容の悪い夢(誰かといざこざを起こしたりとか)を見ては気分悪く目覚め、の繰り返しのようなものでしたが。
 今日から仕事再開、しかも絶対逃げ場がない追い込みが2件迫ってきます。今週さえ乗り切れば多少ましになるので、何とか気力振り絞ります。振り絞って出るだけの気力もありゃしない、というのが本当のところなんですが。
 このお話をしている今は、何時セットしたか分からないCDを聞きながらPCに向かっています。土曜の夜遅くまでずれ込んで、その途中でCDを聞いていたところまでは覚えているんですが、今聞いているCDをセットした覚えはないんですよね・・・。大丈夫かな?ホントに(汗)。
「そんな目的で買ったんじゃありませんし、携帯が祐司さんと私を繋ぐ専用のコミュニケーション手段だと認知されたから、むしろ嬉しいです。私も言いましたよ。着信音は今は最初から入ってるものを使っているけど、そのうち夫が作ってくれたものに揃える、って。皆驚いてましたよ。携帯サイトからダウンロードしないのか、って。」
「智一も同じこと言ってた。勿論、俺と晶子の間で使うものだから俺と晶子しか持っていないものにする、って言った。」
「私はそれに加えて、夫が曲をアレンジしてくれる、って言いました。そうしたら更に驚かれました。旦那ってそんな特技持ってるのか、って。嬉しかったです。祐司さんが私の夫だってことを自慢出来て。」

 晶子は嬉しそうに微笑む。今まで不評だったところに自慢出来る機会が出来たのが余程嬉しかったんだろう。俺も良い気分こそしても悪い気分はしない。晶子が少しでも俺に関して優越感−と言えるものかどうかは別として−に浸れるなら、それに越したことはない。
 ・・・あ、携帯と言えばそれに関してもう一つ智一に言われたことがあったな。携帯と言えばそれがつきものらしいし、晶子も言われただろう。

「晶子の方では、ストラップに関してどうとか言われなかったか?」
「ストラップですか?ええ、言われましたよ。どうして携帯はお揃いのものを買ったのに、ストラップは買わなかったのか、って。言われるまで気にしてなかったですけど。」
「智一はストラップもファッションの一つだし、携帯もお揃いならストラップもお揃いのものを買ったらどうだ、って言ってた。俺も言われるまで気付かなかったから、考えておく、って言っておいた。・・・必要に思うか?」

雨上がりの午後 第1659回

written by Moonstone

「電話番号とかメールアドレスとか教え合って、話したりメール交換したりする輪に入れない、ってことだろ?」

2004/9/26

[焦るとろくなことがない]
 昨日2グループを更新しましたが、双方でミスがありました。公開した分(長期・短期の違いはあってもどちらも連載)には問題ないのですが、Novels Group 3では圧縮ファイルが圧縮ファイル用のものになっていなかったこと(末尾の部分が圧縮ファイル用の書式になっていなかったんです)、Side Story Group 1のindex2.htmlの更新内容表示が出鱈目だったこと(変更する途中そのままになっていました)。この2点です。両方とも大きな支障はないと思いますが、「圧縮ファイルを展開したら今回だけ変だった」とか「更新内容がインデックス毎に違う」と混乱を招いたかもしれません(特にエヴァ関係のチェックは混乱したかもしれませんね)。どうもすみませんでした(_ _)。
 さて、久々に思う存分作品制作に打ち込めました。特にここ一月二月くらいは「兎に角制作して公開」ということで頭がいっぱいで、そこでも相当自分を追い詰めていたように思います。「雨上がりの午後」は此処で連載を続けている限りそれなりの量が出来ますがその分ストックの消費が激しくて、総合的に見れば結構な時間を食っていますし、まっさらの状態から書く「Saint Guardians」や「魂の降る里」は危機的状態でした。
 今日1日休みですので、もう1作品書けるなら書いて更新の充実に繋げたいと思います。流石に連発出来るほど大量生産してませんからね(^^;)。1日で2作品書いていたこともあったんですが、今は無理です。・・・歳、かな(汗)。
「あ、私も言われました。会社は何処なのかとか。私が会社を言うと、祐司さんと私が契約したプランをズバリ当てられましたよ。どうして分かるのかって聞いたら、機種が旦那とお揃いなら絶対そのプランにする筈、って言われました。あのプランは有名なんですって。」
「説明でも言ってたっけ。婚約の記念に契約する客が多い、って。」

 やっぱり晶子の方でもひと騒動あったようだ。先週まで持ってなかった奴が週が明けたら持っていた、となると興味や関心が集中するのは学部とかが違っても大して変わらないらしい。当然と言えば当然かもしれないが。
 携帯、と言えば気になることがある。俺もその問題に直面したからな・・・。俺は智一だけだったからまだ良いけど、晶子は同じゼミの奴等に囲まれたそうだから追求はもっと凄かっただろう。

「晶子も、携帯を持ってることを色々話題にされたんだよな。」
「ええ。講義が終わるまで暇さえあれば、っていう感じでした。」
「聞かれなかったか?携帯の電話番号とかメールアドレスとか。」
「いえ、聞かれませんでした。」

 あれ?どういうことだ?晶子の方は俺より人目に触れる機会が圧倒的に多かったんだから、俺より聞かれても不思議じゃないんだが・・・。

「一頻り携帯に関して尋ねられたんですけど、旦那とお揃いであの会社のプランだから旦那と以外は使わないんでしょ、って言われて・・・。」

 晶子ははにかんだ笑みを浮かべる。冷やかしの材料にされたのか。照れくさいし嬉しい気もするけど、裏を返せば、晶子は携帯を介したコミュニケーションの対象からとうに外されてるということになる。

「・・・寂しくないか?」
「どうしてですか?」

雨上がりの午後 第1658回

written by Moonstone

「今まで携帯とは縁のなかった人間が持つと、珍しいみたいですね。」
「携帯を見せろ、って言われて機種がどうとか・・・。」

2004/9/25

[・・・何故?]
 飽きもせず(相手にはそんな認識はないでしょうけど)毎日送りつけられるウィルスor迷惑メール。少なくとも英語タイトルのものは即刻削除するようにしているので見てもいませんが、たまに日本語で「?」と思うタイトルがあります。中身を見たらサラ金のDMやメールアドレスの名簿(と言うのか?)のDMだったりする場合が多いのですが、昨日のメールチェックで舞い込んだメールには唖然としました。
 以前にも此処でお話したかもしれませんが、それは明らかに出会い系ページから来たお誘いのメールだったのです(怒)。念のため言っておきますが、私は如何なる形であれ出会い系ページには出入りしていません。何者かが私のハンドルネームとメールアドレスを使用して書き込んだのでしょう。確認のメールを送ると余計にややこしいことになりそうなのでしていませんが。
 こういうものも最早立派な迷惑メールでしょう。フィルタリングを色々試行錯誤して強化してはいますが、あまり強化すると真面目な内容のものまで削除してしまいかねないですからね・・・。出会い系ページは悪い、とは一概には言えないと思いますが、こういうことが悪評を招いている、という自覚が・・・ないんでしょうね(怒)。

「前みたいに終電の時間を超えるのかな、と思ってたんですけど。」
「先生が俺だけ先に帰らせてくれたんだ。」
「そんなことってあるんですか?」

 俺は実験指導担当の教官から話された事情を話す。晶子は最初こそ少し驚いた様子を見せたが、程なく元の穏やかなものに戻る。

「先生の間でも認められているんですね。祐司さんが真面目にしてるって。」
「そうらしい。まさか最後に研究室の勧誘まで受けるとは思わなかったけど。」
「日頃きちんとしている人は評価されるべきですよ。なかなか表に出ない分、それを見るのは難しいですけど、そういうのを見る目を持つのは大切なことだと思いますし、祐司さんはそれくらい優遇されて良いですよ。」
「俺は晶子に評価されれば良いんだけど、今までやってきたことが無意味じゃなかったって分かったのは素直に嬉しく思う。」

 俺としては少しでも早く帰れて、晶子と一緒に帰れればそれで良い。今日は晶子の家で夕食を一緒に食べて一緒に寝る日だ。早く晶子の料理が食べたい。そのために空腹を我慢して来たんだから。晶子は俺以上に空腹かもしれないけど。

「今日は凄かったですよ。」

 街灯が点々と灯る通りを歩いている途中で、嬉しそうに晶子が言う。

「祐司さんから今日最初のメールが届いたのが1コマめが始まって少しした頃だったんですよ。それで休み時間に講義室を移動してから携帯を取り出したら、同じゼミの娘が一斉に集まって来て・・・。私の携帯を物珍しげに見て、何時買ったの、とか、旦那とお揃いなの、とか聞かれて・・・。大変でした。」
「俺は今日一日実験だったこともあって他の奴に見せることは殆どなかったんだけど、同じグループの智一は昼飯の時に見たからかなり驚いてた。晶子と同じく、何時買ったかとか晶子とお揃いなのかとか聞かれたよ。」

雨上がりの午後 第1657回

written by Moonstone

 エレベーターを降り、フロアを通って防犯システムと自動ドアを抜けて外に出る。その時点で晶子が俺の隣に並ぶ。晶子の表情は穏やかなことこの上ない。待っていてくれたのかと思うと俺も嬉しいし安心出来る。俺と晶子は灯りの多い大通りを並んで歩く。

2004/9/24

[静かな日々]
 私が今帰省していることは先にお話しているとおりですが、昼間から窓を開け放っています。まだ残暑が厳しいところもあるようですが、私の実家は湿気も少なくて爽やかです(曇り空が続いているせいもあるでしょうが)。何より昼間から窓を開け放てるのが嬉しいですね。
 自宅がある地域も朝晩はかなり涼しくなりましたが、車が頻繁に行き交う通りに面している関係で昼間は勿論、夜でも深夜にならないと窓を開けられません。そんな時間になる頃には寝る態勢に入っていないといけませんから、家全体を涼しくするには手遅れです。元々ロードノイズが嫌いな上に、最近は心身状態が著しく不安定だったせいもあって、尚更窓を開けられなかったのです。
 実家も住宅街の中にあるんですが、車が行き交う通りとは一線を画しているので昼間でも随分静かです。窓を開けると爽やかな風が吹き抜けて気持ち良いです。そのせいで昼間眠りこけてしまうこともあるんですが(苦笑)、薬を飲んでも満足に眠れなかったことを考えれば幸せなものです。明日は移動日。出来るだけ書こうと思います。
 上の階の窓が幾つも明るい煉瓦造りの建物が見えてくる。図書館だ。俺も「常連」の一人だから、闇に微かに浮かぶ輪郭を見れば分かる。足が無意識に速まる。終電の時間には達していないとは言え、少しでも早いに越したことはない。夜も深まれば尚危険が増すもんだ。
 図書館の東館出入り口前に来たところで、俺は財布からカードを取り出す。出入り口付近はオレンジ色のライトが幾つか灯っているくらいで薄暗い。昼間は事務の人も居るし−貸し出しは自分でする−主な貸し出し用図書の棚があるところや雑誌や新聞があってそこが読める場所が蛍光灯で明るいし、周囲が真っ暗なせいで余計に暗く見えるんだろう。
 カードを出入り口にある機械のスロットに通し、LEDが赤から緑になってピピッと音がする。前に進み出ると自動ドアが開く。それを潜り、さらにCDショップや大きな本屋のような防犯システムを通って−貸し出し手続きをしていない本を持って出ようとすると警報が鳴り響くらしい−、人は居るが静まり返っているフロアを渡ってエレベーターに乗り、晶子が居るという3階を目指す。
 エレベーターが止まってドアが開く。この階は1階にない本や理工系雑誌のバックナンバーがある棚の他に個室がある。大学院進学や論文執筆や勉強のためにより静かな環境を提供する、という主旨らしい。303号室、というとさほど遠いところじゃないと思うが・・・。俺は壁伝いに個室の並ぶ場所へ向かう。
 ドアが幾つか見えてきた。個室だな。部屋番号を辿る。301、302、303!部屋には「使用中 Using」の表示が出ている。ドアロックをかけているとこうなる。ドアを控えめにノックする。少しして鍵が外れる音がしてドアが開き、晶子がその隙間から姿を現す。その顔は嬉しさに溢れている。

「お待たせ。行こうか。」
「はい。」

 晶子はドアを開けて出る。鞄を持っているから、ドアがノックされた時に俺が来た、と思って鞄を持ったんだろう。俺は晶子を先導して、静かなフロアを往路をなぞる形で歩いてエレベーターに乗る。

雨上がりの午後 第1656回

written by Moonstone

 晶子のメールでは東館に居る、とあった。理数系関係の本なんて、畑違いの人間には蕁麻疹(じんましん)を身体中に噴出させる数式や、何の面白みもない説明文の塊だ。あえてそんな書籍が固まる東館に居るということは、俺が少しでも来易いように、という晶子の配慮だろう。

2004/9/23

[平穏な日]
 帰省している今は、作品制作を基本にした生活をしています。普段、作品制作を集中的にする休日でも食事や洗濯なんかをして、その合間に集中的にするのですが、最近は心身の著しい不調で思うように進まなかったんです。連載の新作を書くのは2週間がかりでしたからね。今はどうにか1日1作品というペースで進めています。
 併せて掲示板のリニューアル作業も進めています。ただ、ログはあってもプログラムが大幅に変更になるため私が1つ1つ移設しなければならないこと、今は兎に角作品制作を優先したいことなどで亀、否、蝸牛並のスピードです。10月1日付稼動を目指しているんですが、更にずれ込む可能性が高いです。
 毎日の更新と併せて掲示板の書き込みはチェックしていますので、ご安心くださいませ。作品に関するご意見、ご感想は出来ればSTARDANCEの方にお願いします(遅くなるのはご容赦願います)。移動日などを考慮すると完全フリー状態はあと2日。出来る限り書いて、次回以降の更新ラインナップ充実に繋げたいと思います。
 業務連絡そのものだが、急ぎだから仕方ない。俺はメールを送信して携帯を一旦折り畳む。広げていると液晶画面が明るくなるし、ボタンも光る。つまりその分電池の残量が減るのは言わずもがな。いざ晶子からメールが来たのに電池切れで見られない、なんて笑い話にもならない。
 あ、携帯の音を鳴るようにしておくか。えっと・・・。これで良し。シャツの胸ポケットに仕舞う。バイブレーター機能がONになってるから、手に持ったままだと落としてしまう可能性がある。携帯の扱いに慣れてない今は特に注意しないといけない。
 図書館へ向かおうと足を踏み出して程なく、胸の一部分が青く光って小刻みの振動が伝わってくる。青く光るのはメール着信の時。音もメール着信の時のものだ。昨日晶子と揃えたばかりだから忘れる筈がない。俺は振動が収まった後携帯を取り出して開き、メールを開く。

送信元:井上晶子(Masako Inoue)
題名:お疲れ様
私は図書館の東棟3階303号室に居ます。本を片付けて待っていますね。ちなみにこのメールは予め用意しておいたものです。お話はまた後で。

 俺からメールが届くのを見越して準備しておいたんだろう。兎に角急がないと・・・。実験であれこれ忙しなかった俺はまだしも、晶子は図書館に篭りっきりだろうから相当空腹を感じている筈だ。そして何より、一人俺を待っていてくれたことに報いたい。
 夜の大学は閑散としている。建物の所々や街灯が光を放っているが、星の光を強めた程度に過ぎない。そんな灯りが道標(みちしるべ)となっている中、俺は図書館へ向かう。
 この大学には食堂や売店は幾つかあるが、どういうわけか図書館は一つしかない。丁度大学の敷地の中央に鎮座している。何万書か何十万書か知らないが、兎に角膨大な書籍を揃えているのを売りにしていて、俺が居る工学部など理数系の書籍を中心とした東館と、晶子が居る文学部など文系の書籍を中心とした西館に二分されている。

雨上がりの午後 第1655回

written by Moonstone

送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:実験終了
遅くまで待たせて悪い。さっき実験が終わった。早速だけど、迎えに行くから部屋の場所を教えてくれ。念のため、今居る部屋から出ないように頼む。

2004/9/22

[トマトの謎]
 私は基本的に食べ物の好き嫌いがありません。出来合いの惣菜やコンビニの弁当、激辛料理はご遠慮させていただきたいですが、食べられないことはありません(舌が痺れるから食べたくないだけです)。数ある食材の中でもトマトはよく使います。普通に(?)生でサラダに入れたりしますし、洋風煮込み料理では完熟トマトを使います。トマトジュースも好きですね。
 ところがこのトマトというもの。好き嫌いで真っ二つに分かれるタイプのようです。というのも、私はトマトスープやトマトジュースを平気で飲みますが、両親や弟はまったく駄目なんです(納豆や秋刀魚を除く青魚などもそうですが)。他でも、トマトジュースは絶対飲めない、とか、トマトのあのブツブツ(種?の部分)が嫌、という話もちらほら・・・。
 キャベツが嫌い、という話は聞いたことがありませんし、ナスが嫌い、とか、ピーマンが嫌い、というのは子どもの間ではよく耳にする話です。でも、ナスやピーマンは大人になるに連れて好き嫌いがなくなっていくのに対し、トマトは大人になるほど好き嫌いが真っ二つに分かれるようです。不思議だな、と思いながら昨日の朝もトマトスープを飲んでいました(笑)。
 教官は苦笑いを浮かべる。これまで厳しい表情と口調しか知らなかったから、言葉は悪いが新鮮に映る。堀田先生はこの教官が所属する電力工学の研究室の頂点に君臨する教授。俺がこの研究室を希望していたのに理不尽な形で説教を食らったことで他の研究室に逃げられたら大変だ、ということか。

「君はもう帰って良いよ。この研究室ではバーベキューや旅行会なんかもあって遊びの面でも充実しているから、是非考えておいてくれ。」
「は、はい。失礼します。」
「はい。」

 初めて目にする温和な表情で研究室への勧誘まで受けた俺は、一礼してから退室する。個別に説教を食らうのかと思っていたんだが・・・。予想外の展開とは言え、兎に角少しでも早く解放されるに越したことはない。

「祐司。何言われたんだ?」

 ドアを閉めたところで、智一が小声で話し掛けてきた。こう答えておくか。

「入ったら分かると思うぞ。」
「?」
「俺は帰る。じゃあな。先生から許可は得てるから、念のため。」

 一様に頭に疑問符を浮かべる智一達の前を通って、俺は鞄を置いてある実験室に向かう。実験が終わったら次は、大切なことが待っている。何時来るかも分からないメールを待っている晶子を迎えに行って一緒に帰ること。時間は・・・まだ十分大丈夫だ。急ごう。

 鞄を持って外に出た俺は、街灯が白色の光を放散している暗闇の中で携帯を広げる。液晶画面は明るいが、ボタンが見難い。光ってはいるが周囲を包む阿藤的な闇の量の前には、文字どおり蛍光だ。俺は携帯を目に近づけて少しずつ入力する。まだ入力に慣れてない上に暗くて操作し難いというのは辛いが、約束を守らないといけない。

雨上がりの午後 第1654回

written by Moonstone

「一人暮らしだと解放感で堕落しやすい。だが、君は確かによくやっている。前回の実験のレポートも非常に良く出来ていた。君が懸命に努力して結果まで出しているのに他の学生の煽りを食うのは、それこそ理不尽だ。事情が分かった以上、君まで怠惰な学生への制裁に付き合わせるわけにはいかない。この研究室に悪い印象を持たれたら、僕は堀田先生に怒られてしまう。」

2004/9/21

[花が好きって変ですか?]
 話は日曜夜に遡ります。このコーナーを更新してネット接続の機会を窺っていた私に母が、明日(私から見て)叔母達と出かけないか、と言って来ました。最初は断るつもりだったのですが、植物園に行く、と聞いて態度を180度変更して行く、と即答。母は元々出不精の私が外出の誘いに乗るのは意外な様子でした。
 そして昨日。午前から叔母(母の姉妹)と私の従姉妹、従姉妹の娘の合計8人でその植物園へ出かけました。そこは私もTVのCMで知っていて、けっこう興味があったんです。開店休業中のPhoto Group 1ですが、写真を撮るのは好きですからね。生憎デジカメがなかったので(こんなことがあるなんて知らなかったし)携帯のカメラで我慢。
 そしてベヒモス、もとい(笑)、コスモスをはじめとする今時期の花々や屋内で管理されていて年中楽しめるベゴニア(アンデス地方原産の色鮮やかな花)に、喜々として携帯のカメラを向けた私。そこの常連と言う叔母は驚いていました(^^;)。まさか花が好きなんて思わなかった、って・・・。花が好きなのは変でしょうか?そりゃまあこの風貌からは想像も出来ないでしょうが(笑)。ちなみに、その日撮影した花の写真が、携帯の待ち受け画像になりました。
 増井先生というのは、俺の学年の進路指導を担当している教授。その増井先生に実験指導担当の教官全員が、俺のことを議題にして集合をかけられたということは、何か重大なことがあるに違いない。

「僕が指導を担当する実験内容は、君の居るグループから見ると最後の方だから、これまでのことは知らなかった。増井先生や他の先生方から話を聞いて驚いた。これまで君のグループは、殆ど君一人で乗り切ってきた、と聞いてね。」
「・・・。」
「君のグループは他のグループと比較して、あまりにお粗末だ。その中で君だけが僕の設問にしっかり答えて、レポートがそれに呼応してよく出来ているのが不思議だった。これまでは、前のグループか4年や院生あたりから流れてきた情報で取り繕っているんだろう、と思っていたんだが、その会合の場で謎や誤解が解けた。なるほど、これなら君だけが突出していて当然だ、と。」
「・・・。」
「増井先生から君の現時点での成績表が配られた。それを見てまた驚いた。履修した講義の単位を最低で8、殆どは9か10で取っているというのは、僕がこの大学の院を出て助手になってから片手で数えて十分余る。君も知っているだろうが、助手は講義を担当しない。だから、学部学生の成績は自分の研究室に入ったものでないと分からないんだが、それを差し引いても立派なものだ。」
「・・・。」
「現在君のグループが居る実験エリアは何処か、という話になって、僕が現状を説明した。そして増井先生から全員に、これまでの事情を考慮してやって欲しい、と言われた。今は上っ面だけ捉えてああだこうだ言う時代だが、そういう時代だからこそプロセスを大事にしなければならない。無数のプロセスの果てに一つの成功があるものだからね。大学という教育機関なら尚更だ。増井先生もそう仰っていた。」
「・・・。」
「増井先生から聞いたんだが、君はバイトで生計を補いながら通学しているそうだね?」
「あ、はい。」

雨上がりの午後 第1653回

written by Moonstone

 思わず聞き返した俺に、教官はやや声量を落として続ける。

「先週、僕を含む実験指導担当の教官全員が増井先生に呼び出されたんだ。議題は君のことだ。」

2004/9/20

[あまりしないこと]
 昨日、Side Story Group 1で9/18に更新した「魂の降る里」の新作の加筆版を公開しました。「1週間の更新内容」にもありますが、状況描写を追加しただけで作品の展開に変更はありません。何が加わったのかは連日チェックしていただいている方くらいでしょうが、特典があるわけではありません(当然か)。
 普通、私が作品を公開する時は「完成品」という扱いなので誤字脱字(何度チェックしても潜り抜ける奴が居る(^^;))や背景色といった細かいこと以外では変更しません。今回も勿論「完成品」という扱いでしたが、どうしてもあの部分がないことに我慢出来ず、加筆して公開し直すことに踏み切ったんです。
 こういうことは自分で原稿を持っていてそれをアップロードすることで変更や修正が出来るというWebページならではでしょう。出版物とかだと修正したものは「改訂第○版」という形にしないといけませんし(直したものをこそっと差し替えても良いのかもしれませんが)。今回はギリギリの状況だったため高位う事態になりましたが、今後はこんなことがないようにします。

「Aグループです。実験が終わりました。」
「今回もこんな時間か。」

 教官の声が重く響く。俺にとっては何でこんな扱いをされなきゃならないんだ、というものだが、一応グループでやっているという体裁だから仕方ない。俺はドアを向かい合う形で鎮座している教官の前に進み出る。

「では、安藤君に尋ねる。」

 あれ?いきなり指名か?これまでの実験では教官が質問したり解説を求める題材を挙げて、その後で指名があるんだが・・・。まあ、兎に角今はこれを乗り切ることだけを考えよう。
 俺はひたすら教官の設問に答える。骨はあるが噛み砕けないものじゃない。一応事前の予習はやってるし、実験も自分でやってる。そうすれば決して回答不能に陥らないようになっていると感覚的に分かっている。

「−ふむ。では、安藤君以外は退室しなさい。安藤君と入れ替わりで再入室するように。」

 何だ?一体・・・。智一達が、失礼しました、と言って退出していくのを背中で聞く。ドアが閉まって少し沈黙の時間が流れた後、俺を見据えた教官が小さく溜息を吐く。・・・何を言われるんだろう。

「君はよくやっている。」
「え?」

雨上がりの午後 第1652回

written by Moonstone

 俺がドアをノックする。はい、と応答が返って来た後、失礼します、と言ってドアを開けて中に入る。デスクのキーボードに向かっていた教官が俺達の方を向く。眼鏡の奥の視線は何時もどおり厳しい。

2004/9/19

[また更新が遅くなりました(汗)]
 常時チェック状態(そんな方やソフトがあるのかどうかは知りませんが)の方以外は今日の更新が何時になったのか分からないと思いますが、日が昇る直前ということには間違いありません。今日の更新が遅れたのは、今帰省しているのですが、ネットに繋げる場所で親がバル○ン(アー○レッ○かもしれない)を焚いて寝てくださったので、普段どおり日付が変わる時間に更新、というわけにはいかなかったのです。
 で、帰省した実家で新聞を見て初めて知ったのですが、昨日プロ野球がストライキで全試合中止になったとのこと。労働組合がストライキをすると決めてそれを実行しただけですから、咎められる理由など何もありません。ストライキは長年の労働者の戦いと犠牲の上に築かれた、近代労働法制で保障された労働者の権利です。それを悪いことのように言うのは、ストも出来ない腑抜けた労働組合が多数を占め、そういう思想が根付けられている日本ならでは、とも言えます。この件に関しては後日改めてお話します。
 何はともあれ帰省しています。気分的には結構楽です。仕事は一部残っていますがどうにか片付けましたし、残っている分は帰省後に片付けられるものです。それにしても、私が半ばノイローゼになるまで取り組んだ理由は何だったんだろう・・・。無駄足?無駄骨?
 悲鳴のような1人の声を合図にして智一達3人が立ち上がり、実験室から駆け出していく。残り2グループしか居ない実験室は、重電関係が集中している関係で機械音とかが複雑に絡み合って薄いBGMを流している。
 俺は机を背凭れ代わりにして小さく溜息を吐く。ちょっと脅してやったが、効果はあったようだ。所詮一時凌ぎに過ぎないんだが、こうでもしないと気が治まらない。俺だけならまだしも、晶子を待たせているという事実があるからな。俺はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して広げ、着信メール一覧から最新のメールを開く。

送信元:井上晶子(Masako Inoue)
題名:気にしないでくださいね
メールありがとうございます。私は祐司さんとの約束どおり、図書館に居ます。勿論携帯の音は全て切っていますが、念のため個室に居ます。図書館には色々本や雑誌がありますから、待つのは少しも苦になりません。実験が終わったらメールをください。私が居る個室の場所を教えます。それでは、また後で。

 晶子が読書好きで助かったと言って良いのか・・・。晶子の気持ちがありがたい分申し訳なく思う。実験が終わってからメールをくれ、という文章には、自分のことは気にしないで実験に専念してくれ、というメッセージが込められていると思う。実験中に携帯を振動させることで俺に気付かせた、晶子からのメール・・・。実験が終わったら直ぐメールを送るから、待っててくれよな・・・。

 待たされること暫し。どうにか設問に臨むものが出揃った。態勢が出来た、とは言えない。図書館から戻って来たら首を揃えて「分からない」。そりゃそうだ。実験の前に提出するレポートを作る時はそれなりに調べたりしないと出来ないし−多分、教官の「配慮」だろう−、流れを把握した上で実験に手をつけていないと設問に答えられる筈がないんだから。
 俺が先頭になって教官の居室へ向かう。重電関係の担当教官は物性関係の担当教官と同等かそれ以上に厳しい。研究室では卒業研究を学会発表に持っていけるレベルを要求されると聞いたことがある。そんな研究室でしのぎを削る研究室の−その研究室の助手は他の研究室より多い−助手の中で最も助教授昇任に近いと言われる実力派だけに、厳しくて当然だろう。

雨上がりの午後 第1651回

written by Moonstone

「分からないなら図書館へ行って調べて来い。今直ぐだ。小宮栄方面の終電が出るまでに終わらなかったらどうなるか。その背景にあるものは何か。それくらいは分かるよな?」
「い、行って来ます!」

2004/9/18

[あら、10万(汗)]
 昨日更新した後、確認のためにこのコーナーを開いたら10万を越えててびっくりしました(汗)。前日の段階では確か96000超だったのに、いきなり約4000上乗せですからね。以前にも此処のリスナー数がどかっと増えたことがありましたが、何処かでチェックされてるんでしょうか?
 それはさておき。更新が遅れました(汗)。理由は前日の徹夜に酒が重なったことです。この時間(9/18 5:00)にようやく起き出してこのお話をしています。不健康なのは分かっていますが、場合が場合だけに止むを得ません。
 本当はもっと更新したかったのですが、この身体では無理なので次回に持ち越します。とりあえずやりたいことの最小限は出来たので由とします。それでは改めて寝ます。お休みなさい。
 図書館は飲食物持ち込み禁止、携帯電話の会話も勿論禁止。まさか図書館の事務室に電話をして、館内放送で晶子を呼び出すわけにもいかない。そもそも、図書館での館内放送なんて聞いたこともない。となれば、メールしかない。こういう時結構便利に思う。わざわざ学科の端末の部屋に走らなくて良いし。
 プレビューで内容を確認してから送信する。送信完了の表示が出たのを確認して、携帯を畳んでシャツの胸ポケットに戻す。メールに書いたとおり、出来るだけ早く終わらせないとな・・・。

 結局、測定が全て終了した時には8時を過ぎてしまっていた。智一は最後の測定前に一人生協の食堂へ夕食に向かい、残る2人もようやく帰って来た。帰って来なくて良い、と言いたいところだが、欠席じゃないのに4人居ないと終了にならないから仕方ない。
 そしてこれまた案の定と言うか・・・。実験指導担当の教官の設問に対応出来るだけの態勢がなかなか整わない。俺の分はとっくに終わっている。終わる時間を少しでも早めるべく、俺だけで半分以上纏めた。にもかかわらず、智一を含めた残る3人のシャーペンを握る手の動きは鈍重なことこの上ない。

「まだか。」

 俺が言うと、智一他2人は一斉にびくっと身体を振るわせる。

「一帯何時までかかってるんだ?俺の分はとっくに済ませた。配分は俺の方が圧倒的に多い。なのにどうしてこんなに時間を食うんだ?」
「「「・・・。」」」

雨上がりの午後 第1650回

written by Moonstone

 ・・・一応謝罪のつもりだが、業務連絡の域を出ないな・・・。かと言って肉声を伝えるわけにはいかない。晶子は事前の約束どおり図書館に居る−4コマめ終了時刻後少しして晶子からその旨のメールが届いた−。

2004/9/17

[明日から夏休み(でも此処は通常営業)]
 キャプションどおり、私は明日から夏休みに入ります。8月中旬にも休暇を取りましたが、それとは別に実家に帰省するための休暇を取ってあるのです。盆はどうしても道が混雑するので往復で疲れてしまう、ということで、最近は祝日が固まるこの時期に有給休暇を挟めて1週間の連休を形成しています。
 このお話をしているのは9/16の23:00頃ですが、さっき帰宅したばかりです。夏休みに入る前に長く私の頭を悩ませていたシステムを仕上げるべく仕事をしていたからです。3つのうち2つは出来ました。あと1つも基幹部分は出来るだけ他の2つから流用出来るようにしているので、1500近いデータをデータベースに登録するのが主になるでしょう。
 明日(9/18)付の更新は半分ほど準備出来ています。でも、目玉の作品がまったくの手付かずですので、今日の更新をしてネット巡回をした後制作に取り掛かります。当然徹夜になりますが、明日付の更新の時刻がずれ込むことを除けば、出来ると思います。久しぶりに更新するグループもありますので、お楽しみに。
 腕時計を見る。6時をとうに過ぎてるが、全ての実験が終わるのはまだ先の話。その上グラフを描いたりして実験指導担当の教官の設問に対応できる態勢を整えないといけないから、尚のことずれ込むのは火を見るより明らかだ。どうせ今回も説教を食らうのは目に見えてる。残り二人は何処かにとんずらしたままで帰って来やしない。
 ・・・晶子にメールを送っておくか。遅くなるだろう、とは朝にも言ってはおいたが、何の連絡もないと不安にさせてしまう。それどころか、怒らせても文句は言えない立場だ。こんな立場に追い込まれた原因が自分で吐き出したものじゃないと思うと腹が立ってくるが、苛立ったところで何も進まない。こういうのを悟りの境地、って言うんだろうか?

「智一。」

 俺が智一の方を向いて呼びかけると、机に向かっていた−さっき測定が終わったデータをチェックさせている−智一がびくっと身体を振るわせて俺の方を向く。表情は強張っている。怯えている、という表現が相応しい。

「も、もうちょっと待ってくれ。頼む。」
「まだ良い。メール送るから。」
「あ、そ、そうか・・・。」

 智一は命拾いしたように引き攣った笑顔で机に向き直る。悪いことをしたという自覚はあるらしい。俺はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して広げ、メールを作成する。

送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:現状報告
待たせてしまって悪い。今測定が一つ終わって、そのデータのチェックをさせているところ。実験が終わるのはまだ何時になるか分からない。退屈だと思うけど、出来るだけ早く終わらせるようにするから待っててくれ。終わり次第直ぐ迎えに行くから。以上、取り急ぎ現状報告。また後で。

雨上がりの午後 第1649回

written by Moonstone

 案の定と言うか、定石と言うか・・・。またしても実験の進行のずれ込みが修正不能なレベルになってしまった。原因は智一が計測すべきデータを一項目落としていたからだ。たかが一つ、されど一つ。一つでも項目が抜けたらグラフを描いたり特性を把握したり出来ない。当然最初からやり直しだ。

2004/9/16

[相性の問題]
 人間社会では往々にして「相性」ってものがあります。生きていく上では、相性が悪くても我慢しなければならない時もあります。価値観が多極化(多様化とは敢えて言わない)している現在では尚更です。価値観の相違、という観念的問題なら相性の良し悪しは避けられないでしょう。しかし、科学技術の世界で「相性」を持ち出されては利用者はいい迷惑です。迷惑だけで済むならまだしも、実利的損害まで被らされてはたまりません。
 私は職場でPCを2台(デスクトップとノート各1台)使用していますが、機動性を考慮してソフトウェアのインストールを極力控えているノートPCの方が、最近検索や調査のために某ブラウザを起動すると、何処かのページにアクセスするなり「異常発生」と言って強制終了され、作業が大幅に滞っていました。昨日、新規に開発するシステムのために必要なものがほぼ一式揃い、その中にはソフトウェアもあるので、作成中や動作確認中に強制終了されては敵わない、と最近必要に駆られてインストールしたソフトを片っ端からアンインストールしていきました。そして最後の最後、某ソフトをアンインストールしたら某ブラウザの強制終了はぴたりと収まりました。
 こういうのが所謂「相性」というものですが、こんなことが当たり前のPC社会とは異常としか思えません。私は電子回路やシステムを設計・開発していますが、それで他の機器と組み合わせて異常が起こったら「相性が悪い」では済まされません。某ブラウザもそれが動作するOSも、会長が大儲けしている企業のものですが、これはPC社会だから許される、という自覚がないから出鱈目なつじつま合わせをして平気な顔をしていられるのでしょう。厚顔無恥とはまさにこのこと。利用者は一斉訴訟に乗り出すべき時ではないでしょうか?
「ふーん・・・。」
「お前と晶子ちゃんみたいに、相手の顔も名前も性格とかも知ってる関係なら話は別だ。それこそ電話機持ち歩いてて、この前みたいに『今から帰る』『待ってますね』なんて会話するのと同じだ。・・・あ、そう言えば。」
「何だ。晶子に関する情報は一切教えないぞ。」
「今さっき気付いたけど、お前の携帯、ストラップ付いてないな。」

 そう。俺と晶子の携帯にはストラップが付いてない。携帯を買った後で潤子さんにも言われた。キーホルダーみたいなもんだし、こうやってシャツの胸ポケットに入れるから要らないと思ってる。
 智一が箸を動かしていた手を止めて腰の方を見て何やらもぞもぞしたかと思ったら、携帯を見せる。黒の携帯には、ペンダントか何かみたいな細い金属っぽい質感の細い紐の先にマスコットがぶら下がっている。

「携帯買った時にストラップも買えば良かったのに。」
「携帯を買ったときもストラップのことは全然頭になかった。今も要らないと思ってる。そんなのぶら下げてて邪魔にならないか?」
「これもファッションや趣味の一つだぜ?まあ、お前はファッションとかにはてんで興味がないからそう思うんだろうけど、折角携帯がお揃いなんだからストラップもお揃いのやつを買ったらどうだ?」
「考えておく。」

 ストラップ、か・・・。徐に食事をしながら考えてみる。今でこそ薄れたが、携帯に対するアレルギーと言うか拒絶反応と言うか、そういうものが完全に消えたわけじゃない。今持っている携帯も、電話とメールが使えれば良い、という感覚だ。着メロは二人だけのものとする「証明」の一つとして使えるが、他の機能はなくても良いと思っている。
 俺は基本的に実用レベル以上のものを求めるタイプじゃない。自分や他人を不快にさせるものじゃないという範囲内でだが、食事は食べられるものなら、服は着られるものならそれで良い。金を使う時は使うが、それ以外は極端に見えるかもしれないほど財布の口を固く閉ざす。
 だから、晶子とのコミュニケーション手段として買った携帯に、ストラップとかアクセサリーを付けたりするのは興味がないし、使う時にブラブラして邪魔じゃないか、と思うくらいだ。・・・まあ、晶子とお揃いの品がもう一つ増えるっていうことは良いかな、とは思うが。

雨上がりの午後 第1648回

written by Moonstone

「仮面舞踏会だな。」
「そんなところはある。お互い匿名だから言いたいことが言えるって側面もあるし、ある日いきなり化けの皮が剥がれる、なんてこともありうるから、それまでは素性を隠して腹の探り合いをする、って感じだな。」

2004/9/15

[気付いたら]
 昨日の朝はちょっと慌ててました。ここ暫く早朝覚醒→朝食中に鳴るアラームを消す→眠りこける(薬の効力が残っているから)→また起きる、というパターンなので二度目に起きる時が出発時刻ギリギリということが時々あるんです。で、何時ものように仕事を始めて昼食を済ませ、ふと気付いたら「あ、携帯忘れてきた」。
 自宅で携帯を置く場所は決まっています。私は近眼(近視+乱視)なので眼鏡を外す時である寝る時は周囲の物体を概観と色で把握しますから、迂闊に置き場所を変えると見失ってしまうことがあるんです。
 帰宅して探したら、決まった置き場所にありました。普段持ち歩いてるなら気付くだろ、と思われるでしょうが、携帯を持ってからまだ半年も経ってませんし、鞄とかに付けてませんから(ストラップも付けてません)、まだ自分が持ち歩くものという実感が染み付いてないんです。外で落としたんじゃなくて良かったですけど。
 元々俺は学科での人付き合いが少ない。講義が終わったらバイト、土日も夕方からバイト、っていう生活だからなかなか飲みに行ったりする時間がなかったのもあるし、まだ余裕があった1年の前半は宮城と遠距離恋愛をやってたこともある。日頃の付き合いはなくてもレポートや研究室のゼミとなると途端に人が群がってくるんだが。
 そんな奴らに携帯の電話番号を教えたり、メール交換をしたりするつもりはない。昼休みとか土日にレポートが出来ない、とか泣きつかれたら敵わない。ついこの前も、PCでプログラムを組んで計算させないとやってられないレポートが出て、俺が夜中の3時までかかって仕上げたレポートを持っていると知るやハイエナみたいに群がってきた有様だ。
 それに、メールアドレスを付き合いの薄い、或いはない奴に知られたくない。メールと言えばあのことを思い出す。晶子が田畑助教授に交際を迫られて田畑助教授が処罰されるまでの過程で、とんでもないデマメールが流されたからだ。教えた携帯のメールアドレスが悪用されないという保障はない。今回携帯を持つことになったことからも性悪説を取るのが無難だ。

「どうだ?メール貰ってみて。」

 食事をしていたら、また智一が話し掛けてきた。・・・やっぱり・・・。

「嬉しい、な。来るまでちょっとじらされるけど。」
「そういうもんだ。俺、メル友居るんだけど、相手からメールが来ないと待ち遠しいし不安になったり。メル友だと相手から返事が来なくなって自然消滅、ってこともある。」
「何の予告もなしでか?」
「ああ。メル友の段階じゃそんなの珍しくない。相手の顔どころか、本名も知らないってのが殆どだからな。差出人の署名にハンドルネーム、まあ、ペンネームみたいなものだけど、そういうのを使うのが普通だからな。かなり長くやり取りして、結構プライベートで突っ込んだ話が出来るようになって、一度会ってみよう、って約束して会ってようやく本名が分かる、ってな具合だ。」

雨上がりの午後 第1647回

written by Moonstone

「本当に二人だけの連絡手段にする腹積もりって訳か。普通携帯持ったら、メール交換したり携帯サイト見たり、色々するんだけどなぁ。」
「遊びのために買ったんじゃないからな。」
「まあ、そういう使い方もありか。携帯はこう使わなきゃならない、なんて法律はないし。」

2004/9/14

[馬の運命]
 一昨日投開票だった市議選では、私が投票した候補者が当選しました。良かった良かった(安堵)。多数激戦だった上に、街宣車が多い時は日に10台以上(候補者単位で)自宅近くを走るほど地域締め付けが厳しかったようなので。いい加減、町内会単位や地域推薦なんてことは止めにして欲しいものです。
 さて、キャプションのお話。昨日私が居る部署の会議で、評価対策として職場外の仕事も受けるかどうかが議題となりました。15名くらい居た中で私だけ反対しました。そんなことをしたら残業を余儀なくされて身体を壊してしまう、と。
 私が最近の日記で見られるように精神状態がかなり不安定なのは、元を辿れば職場外の仕事を受けてそれに応え、評価を上げようと連日12時間以上、多い時で月80時間以上の残業を続け、行き詰まってストレスが蓄積されて心身を壊してしまったからです。評価、評価、と幾ら血走っても所詮は目の前に人参をぶら下げられた馬。届け届けと散々尻を叩かれて走らされ、走れなくなっても何の救済もない。それに気付いた時にはもう遅い。私はそれを身をもって知ったから反対したのです。賛成多数で受け入れが決まりましたけどね(溜息)。

「どうした?」
「晶子ちゃんの・・・」
「断る。」

 晶子、という固有名詞が出た時点で智一の考えは分かった。携帯の電話番号かメールアドレス、あわよくばその両方を手に入れるつもりなんだろう。そうは問屋が卸さない。この携帯は俺と晶子が公衆電話を探さなくても連絡が取れるように、という目的で買ったものだ。俺のなら兎も角、俺しか知らない晶子の秘密を教えてなるものか。

「俺、まだ最後まで言ってないんだけど。」
「晶子の携帯の電話番号とメールアドレスを教えろ、って言いたいんだろ?」
「うっ、お主何故そこまで分かる?」
「お前の口から固有名詞が出た時点で分かった。生憎だが、俺と晶子が持ってる携帯はお前の言葉を借りれば、俺と晶子を結ぶ虹の橋。その橋を俺と晶子以外の奴に渡す許可は与えない。まあ、これまでの実験での不始末を全部埋め合わせられるっていうなら検討しても良いけど。」
「その条件はキツイぞ、祐司。仮にそれが出来たとしても検討しても良い、ってことは、教えることの確証にはならないんだろ?」
「まあ、そういうことになるよな。」
「晶子ちゃんが同じゼミの娘(こ)に教えるんじゃないのか?メール交換しよう、とか言ってさ。」
「教えることはない。」

 俺は即答する。晶子とは昨日、マスターと潤子さん以外には携帯の電話番号を教えない、メールアドレスは二人だけの秘密にする、と約束した。俺はその約束を破るつもりは毛頭ないし、晶子も破らないと信じてる。晶子からのメールで同じゼミの奴に囲まれてる、ってあったのが気がかりじゃないと言えば嘘になるが、時に思いもよらない頑固さを見せるから大丈夫だろう。

雨上がりの午後 第1646回

written by Moonstone

 智一の口調が急変する。何かを思いついた様子だ。

2004/9/13

[ああ、感動]
 昨日イメージ関係のディレクトリを分割・整理したというお話をしましたが、確認がてらネットを切る前に自分のページを見たら、トップページの末尾にある検索ページのアイコンの大半が表示されてませんでした(汗)。急いでディレクトリの内容と該当するHTMLファイルを全て確認したところ、トップページの末尾でディレクトリのパスを書き換えるのを忘れてました(汗)。今は何処も問題なく表示される筈です。
 朝は6時に起きて朝食食べてからレッツゴー。市議会議員選挙投票所に一番乗りするためです。一時激しい情緒不安定に陥っていた私の神経を激しく逆撫でしてくれた街宣車が走り回ってたのはこのせいなんです。積年の恨み(1週間だって)を晴らすべく開場20分前に現地到着。誰も居ませんでした。今夏の参議院選挙で一歩遅れで逃した一番乗り達成です。
 一番乗りで何か特典があるのか、と言えば、投票箱が空かどうかの確認があるだけです。たったそのために朝早く起きるのか、と思われるでしょうが、普段お目にかかれないものの中を見られるだけでも私には価値がありますし、投票に行くのは議会制民主主義社会の構成員である有権者の義務です。さて、結果はどうなることやら・・・。

「あの様子だと何をしかけてくるか分からない。だけど大学の端末へ行き来したり、お前が実験とかで遅くなったりした時連絡を取るのが難しいから携帯を持つことにした、ってところか。」
「ああ。」
「ま、きっかけは馬鹿みたいなことだけど丁度良かったんじゃないか?今時携帯持ってない奴を探す方が難しいくらいだし、お前と晶子ちゃんが電話なりメールなりで何時でも連絡が取れるようになったんだから。」
「そう思ってる。」
「着メロとかどうしてるんだ?さっきは音を消してたみたいだけど。」
「今は最初から入ってたやつを使ってる。そのうち俺が作ったやつを晶子に渡すことにしてる。」
「何でまたそんな面倒なことを。その辺のサイトからダウンロードすりゃ一発じゃねえか。」
「俺と晶子の新しいコミュニケーション手段だから、互いに相手からのものだって直ぐ分かるようにしよう、って相談して決めたんだ。携帯サイトとかのものだと誰かが使ってる可能性があるから、どうせならこの世で俺と晶子だけが持ってるものにしようと思ってな。」
「さながら、お前と晶子ちゃんの携帯は二人を結ぶ虹の橋、ってところか。」

 俺は思わず吹き出しそうになって慌てて口を押さえる。そうしていても笑いがこみ上げてきて仕方がない。

「何笑ってんだよ。」
「・・・い、いや・・・、と、智一の口からそんな洒落た言葉が出てくるとは思わなくてさ・・・。」
「嘘や誤魔化しとアンニュイが似合わない不器用人間のお前と一緒にするな。・・・あ、そうだ。」

雨上がりの午後 第1645回

written by Moonstone

 智一は納得した様子で何度か首を縦に振る。

2004/9/12

[移動完了]
 今までCGやイラストとバナーは一つのディレクトリにあったんですが、管理がややこしい上に使用しないもの(リンク切れのバナーとか)を削除しよう、ということで、半月前から少しずつ進めていました。このページをご覧の時、一時的にアイコンが表示されなくなったりしたかもしれませんが、それはディレクトリ整理のために一度これまでのディレクトリ内部を消去したからです。ローカルでは確認しましたが、オンラインではどうかな・・・。問題があったらお伝えください(ただし、広報紙MoonlightのGIF画像は除く。自作のGIF画像は一切使っていません)。
 昨日は起きるのこそ遅かったのですが(金曜にしこたま酒飲んで話し込んでいたせいもある)、無事1作品完成。約3ヶ月ぶりの更新ですし、書きたいと思っていたことが全部書けたので満足しています。今日も張り切っていこう。えいえいおー(力入ってない(汗))。
 で、このコーナーの過去ログを追加しました。この時期は自分の休暇に合わせて更新を停止してたんだな、とちょっと懐かしくなったり。「連載はまだか!」と思われる方、1999年10月分公開までお待ちくださいませ。

「祐司。お前何時携帯買ったんだ?」

 また智一が声をかけてくる。食べていて気付かないと思ったんだが。

「ついこの前まで生協の公衆電話に走ってたじゃねえか。」
「昨日買ったばかりだよ。」
「もしかして晶子ちゃんとお揃いか?」
「そのまさか、だ。」

 智一はひゅう、と口笛を鳴らして肩を竦める。と思ったら目を輝かせて手を差し出す。

「どんな機種だよ。ちょっと見せてくれ。」

 やっぱりそう来たか。まあ、別に断る理由もないから応じる。智一は携帯を開いてしげしげと観察する。

「シルバーか・・・。お前と晶子ちゃんの指輪と同じ色だな。これってPAC910ASだよな?」
「ああ。先月発売されたばかりの新機種だ、っていうし、他に選ぶ理由がなかったからそれにしたんだ。」
「ふーん。お前もとうとう携帯を持ったか。」

 智一は俺に携帯を返す。携帯を受け取った俺はシャツの胸ポケットに仕舞う。

「さっきは晶子ちゃんからのメールを見てたってところか。」
「ああ。お前がレポートのクローンを培養している間に送ったんだ。」
「晶子ちゃんも携帯持ってなかったのか。まあ、お前がわざわざ公衆電話に走って電話してたくらいだから晶子ちゃんも持ってなかった、と考える方が自然だけど、何でまた急に?」
「あの女王様対策だよ。」

雨上がりの午後 第1644回

written by Moonstone

 高校時代、宮城に用があって先に帰った時に俺の下駄箱に残していった小さな手紙、メモのような手紙を見て感じた幸福感とよく似てる。・・・否、今はもっと幸せだ。俺は小さいかもしれないが心温まる幸福感の余韻に浸りながら、携帯を畳んでシャツの胸ポケットに仕舞う。

2004/9/11

[ようやく一息]
 昨日お話した「突然飛び込んで(以下略)」最高ランクの仕事は、来週早々に終了する目処がつきました。同じ材質なのにその日の気温や湿度、工具の磨り減り具合とかで微妙に調整しなければならないので、おちおち他の仕事が出来ないのが痛いです。
 で、昨日は午後から遠路てくてく別の部署へ出向いて(やっぱり迷った(汗))、担当者との折衝をしました。やはり現場で担当者の話や要望を聞くのは重要です。ともすると自分のレベルで「この設計なら問題ないだろう」というものが、現場にとってはこういう問題がある、こういう機能が欲しい、その背景にはこういう事情がある、ということが明確になって路線修正が出来ますからね。何処かのドラマみたいですね(話に聞いただけで見たことはないですけど(^^;))。
 来週も早々から担当者や業者との折衝(多分平行して2つはやらねばなるまい)、本来の仕事の仕上げなど慌しいので、この週末はボチボチ作品制作をして気分転換をしようと思います。今日は一時的に昼夜逆転にしないといけません。否、興味のない方にすれば「する必要なし」でしょうけど、前回一歩遅れて逃したので今回は狙います。
 智一は食事を再開する。別に隠すようなことじゃないんだろうが、俺が晶子とお揃いの携帯を買って晶子からのメールを待っている、なんて智一には言い辛い。結婚を公言したんだから何を今更、という気がしないでもないが、俺からすれば明らかに女好きの類に入る智一が絞り込んだ「標的」を掠め取った、という前歴があるから、ちょっと言い辛いものがある。
 食事半ばにして、胸に振動が伝わる。振動の元を見ると、シャツの胸ポケットに入っている銀色の物体が緑色の光を発しながら小刻みに震動しているが見える。俺はポケットから携帯を取り出して見る。振動が止まった携帯の液晶画面に「着信1件あり」と表示されている。晶子からだ。そう思った俺は迷わず携帯を広げてメール関連のメニューから「受信メール一覧」を選択して開ける。
 一覧には「井上晶子(Masako Inoue)」という署名のメールが1件だけある。1件だけだが、それは俺が待ち望んでいたメール。俺はそれを開ける。

送信元:井上晶子(Masako Inoue)
題名:お疲れ様
メールありがとうございます。私は今、文系学部エリアの生協の食堂に居ます。本当は1コマめが終わった後に返事をするつもりだったんですけど、携帯を同じゼミの娘(こ)に見られて、それって旦那とお揃いなの、とか言われてそれの応対に精一杯で(実は今も同じゼミの娘に囲まれています)今までずれ込んでしまいました。遅くなるのは一向に構いませんから、祐司さんは実験を終わらせることだけ考えてくださいね。次は私からメールを送るかもしれません。勿論祐司さんからのメールも待ってます。それでは、また後で。

 あ、同じゼミの奴に見られてその対応に追われてたのか。それじゃ遅くなっても無理ないよな。晶子も携帯持つのは初めてだそうだし。何を言われているのか、と想像するとちょっと嬉しいような照れくさいような・・・。

雨上がりの午後 第1643回

written by Moonstone

「食べるのが早いお前らしくないな。どうかしたのか?」
「否、別に。」
「そうか。」

2004/9/10

[・・・あ、気絶してた(汗)]
 今「突然飛び込んできたくせに、これを片付けちまわないことには落ち着いて以前から抱えている仕事に取り組めない上に、納期がやたら短い」レベル(長い)最高ランクの仕事があるので、今日(日付上)までに少なくとも半分以上は片付けておこうと思って連日朝一番到着→夜一番遅いを繰り返していて、昨夜帰宅して更新態勢を整えた(PCを起動してテキストエディタを出したりとかそういう状態)にしたところで気を緩めたら、2時間ばかり気絶していました(汗)。
 「気絶」と「寝る」とは安息感が全然違いますので、脳みそは疲れたままです。これを繰り返していると所謂「金縛り」が体験できるようになります。あれは霊の仕業でも何でもなくて、「身体が寝ているのに脳が起きている状態」になれば誰でも体験できるものです。念のため。
 ま、それはさておき。今日は午後から別の部署へ出向きます。仕事を進めるための前段階として現場に赴き、担当者から直接現状での問題点を聞いてその原因を推測して私が用意したプランをその場で修正して提案する、というもの。その部署が近ければ良いんですが、徒歩20分くらいかかる上に初めて行く部署なので迷う可能性大(方向音痴だったりする)。大丈夫かな・・・。あ、昨日公開した過去ログは表示を修正しました。IEの方なら分かる筈です。ブラウザによって癖があるな・・・。
 俺は机の上に広げておいてあるテキストを見る。流れからすると、一旦次の実験を始めるとかなり時間がかかりそうだ。時間は・・・11時半過ぎ。昼飯にはちょっと早い気がするが、区切りと続く実験の流れを考えると、ここで昼休みにした方が良さそうだ。

「昼飯にするか。」
「そうしましょ、そうしましょ。」

 智一はノートとシャーペンを放り出すと、軽い足取りで出入り口へ向かう。調子良いな・・・。実験の時は昼休みはこの時間内でないといけない、ということはないし、1時間とかいう明確な区切りもない。極論を言えば、何時休んでも構わない。ただし、実験を終わらせて担当教官のOKを貰わないと終了とならないから、自己管理が要求される。
 実験室がある建物を出て大通りを通って生協の食堂に入る。時間が早いせいでまだゆとりがある。昼休み恒例の光景である行列は、まだ行列と言うレベルじゃない。何時もの要領で定食の食券を買ってトレイを持ち、そこに食券と箸とコップを置いて流れ作業的にメニューを受け取ると、コップに茶を汲んで空いている手近な席に座る。智一が少し遅れてその向かいに座る。
 智一が食べ始める。俺は箸を取ってチラッとシャツのポケットを見る。そこに入っている携帯は未だ微動だにしない。メールは送ったが、まだ見てないんだろうか?メールをやり取り出来るようになると、こういう不安を伴うわけか。携帯だからといって万能じゃないわけか。当たり前と言えばそうだろうが。
 待っていても仕方ないからとりあえず食事を始める。晶子には晶子の事情があるだろうし、返事がないからとっとと送れ、なんて文学部に乗り込んだら晶子に大恥をかかせるばかりか、メールを送った意味がない。思えば「待つ」と言えば、俺と晶子では俺が晶子を待たせる方が圧倒的に多い。それを考えれば、今度は俺が待つ番と思うべきだろう。

「どうした?祐司。」

 智一の声がかかる。見ると、智一は齧った魚の天ぷらを皿に置いている。

雨上がりの午後 第1642回

written by Moonstone

「データはきっちり取ったぞ。」
「取れてなかったらお前と残り2人にさせるだけだ。」
「あう・・・。ま、この辺で一休みしようぜ?どうせもうすぐ昼休みだし。」
「次は確か・・・。」

2004/9/9

[ご覧になる方居られるかな?]
 唐突ですが、本日からこのコーナーの過去ログを公開し始めました。以前此処で「公開しても良い」という旨のお話をしたその直後に、見たいというご要望が寄せられましたのでかなり前から準備してきたんですが、あれやこれやと重なって今日までずれ込みました。
 全体表示画面と重複しますが、過去ログですから内容は公開当初そのままです。HTMLのタグを私がデフォルトで使っているNetscape4.7でも、事実上の標準ブラウザであるIEでも同じ(ような)表示になるように調整しただけです。
 単純計算でも5年分あるので一気に全部、とはいきませんが、タグの調整を終え次第順に公開していきます。画像がくっついていないのでそう重くありません。連載が始まる1999年10月分からはちょっと重くなるでしょうが、それでも100kB程度ですからブロードバンドご利用の方にはさほど苦にならないでしょう。私がこのページでどんな歴史を刻んできたか興味のある方はご覧下さい。
 次は題名。・・・何てしようかな。「今日の予想」なんて素っ気無いし、ギャンブルみたいな感じもする。かと言って適当なものが思い浮かばない。・・・ここで時間を食ってても仕方ない。「今日の実験終了の見通し」と入力する。本当に業務連絡だな。
 次は本文。そのまま現状を書いておしまい、ってのも何だかつまらない気がする。・・・考え考え、3歩進んで2歩下がる、を繰り返して入力を終える。こんな感じで良いだろう。「プレビュー」を選択して入力した内容を表示する。

送信元:安藤祐司(Yuhji Andoh)
題名:今日の実験終了の見通し
こちらは今、実験前でのんびりしている。後ろではグループのメンバーがせっせとレポートのクローンを作っている。それは兎も角、今朝駅へ行く時に話したと思うけど、やっぱり今日の実験は長引きそうだ。頃合を見てまた連絡する。また後で。

 やっぱり素っ気無いかな・・・。どうも良い文章ってのが思いつかない。この辺は文章力のなさということを晶子に理解してもらうしかないな。俺はメールを送信する。液晶画面にメールが送られていくアニメーションが表示されて少ししてから「メールを送信しました」というメッセージが表示される。どんな返事が返ってくるかな・・・。

 実験の最中。とは言っても智一は俺の指示がないと動かないし、後2人の姿は見えない。ったく懲りない奴らだ。奴らは1時間程度説教されてレポートを写せばそれで良い、と思ってるんだろうが、必死こいて実験を進めて設問に答えた挙句に奴らと一緒に説教を食らう俺の身にもなって欲しい。ま、それが出来るくらいなら毎度毎度同じことを繰り返したりはしないか。
 どうにかひと段落ついた。まだ始まったばかりだが、進んだことには違いない。データを取る役割をさせていた智一のノートを覗き込む。・・・うん、しっかり取ってあるな。これくらい出来てもらわないと困るんだが。

雨上がりの午後 第1641回

written by Moonstone

 俺はシャツの胸ポケットから携帯を取り出して広げる。メール関連のメニューで「新規メール作成」を選択する。宛先は「アドレス帳から選択する」を選んで、そこに1件だけ登録されている名前−所定の操作をするとメールアドレスの編集が出来る−を選択してボタンを押す。

2004/9/8

[災害大行進]
 始業時間直前にグラグラ・・・。前日に続いて地震です。別に物が倒れたりとか自分が倒れたりとかそういうことはありませんでした。昼休みにオンラインニュースを見たところでは、前日の地震の余震だとのこと。私の住んでいる地方は何時巨大地震が起こってもおかしくない、と言われているので、こうやって適度に揺れていきなりドカンと来ないで欲しいです。
 地震が過去の話になったら、今度は空模様が怪しい。晴れたと思ったら灰色の雲が広がり、雨が降ったと思ったら今度は風が強くなる。今度は台風だそうです。朝方九州に上陸してその時は自転車並の速度だったのに、急に速まったようです。
 仕事があったのですが、上司の退避勧告が出た上に(暴風警報が出たらしい)私は傘を持っていない上に徒歩通勤(現在自転車使用不能)なので大人しく帰宅。その途中でちょっと雨に打たれましたが、大荒れになる前に帰宅出来ました。現在(9/7 23:00頃)外は風が唸り声を上げています。選挙カーが撒き散らす騒音よりはずっと可愛いものですが。
 晶子は微笑みを返す。俺の表情も自然と緩むのが分かる。きっかけは馬鹿みたいなことだが、晶子と一緒に大学と行き帰りを同じく出来るようになったのは素直に嬉しい。それに、何時でも連絡を取れる手段も加わったし。
 駅が見えてきた。通勤・通学ラッシュの時間帯に入るこの時間、駅前は賑わう。何時もはそれこそ「何時もの光景」としか思えない、或いはそう思う暇もない光景だが、何となくそんな光景が平和なものに感じる。こういうのは心に余裕があるからこそそう思えるんだろうな。

「あ、祐司!随分早いじゃないか。」

 実験室でぼんやりしていた俺に声がかかる。智一が妙に嬉しそうな表情で駆け寄って来る。この様子だと、レポートが出来なかったから俺が何時来るかどうかと悩んで−俺からしてみれば悩みのうちに入らないが−いたところに俺が居たことが嬉しいんだろう。

「レポートは出来てないと見た。」
「う・・・。」
「写すなら写せ。今クローン2体が培養真っ最中だ。」

 俺は背後を左手の親指で肩越しに指差す。後ろでは役立たずを現実にした二人がせっせとクローン培養をしている。こいつらも俺が朝早く来たことに驚いたクチだ。内心喜んでいたことくらいは分かる。
 智一は鞄を放り出すと、クローン培養に加わる。この調子だと今日も終了がずれ込みそうだな・・・。まあ、毎度のことと言ってしまえばそれまでだが。俺は小さく溜息を吐いて腕時計を見る。1コマめが始まった頃だ。この間に晶子に今日も遅くなりそうだ、ってメールを送っておくか。勿論、普段は二人揃ってマナーモードにしている。大学で音を鳴らすのは昼休みや空き時間くらいだ。携帯を持つ者としてその辺の分別はしないといけない。

雨上がりの午後 第1640回

written by Moonstone

「腹減らないか?あそこは飲食物持込は一切禁止だけど。」
「私のことは心配しなくて良いですよ。祐司さんは実験を終わらせることだけ考えてくださいね。夕食はきちんと用意しますから。」
「ありがとう。」
「いえ。」

2004/9/7

[最悪の船出]
 日曜夜に半ば、否、完全に自棄酒を飲んだのですが、あろうことか深夜に覚醒。薬が効いている状態で二日酔いが重なり、もの凄い吐き気と頭痛でふらふらになりながらとりあえず水分補給。1リットルほど飲んで就寝。どうにか眠れましたが、本来の起床時間までさほど時間がなかったので頭が重い状態で出勤となりました。
 こちらでは日曜に市議会議員選挙が公示されて選挙運動が始まりました。選挙運動、といっても例によって例の如く、普段何ら活動報告もしてなければ、請願や陳情に悉く反対している連中が「○○に暖かいご支援を」などと名前を連呼しながら選挙カーを走り回らせる旧態依然のもの。私の自宅は大通りに面しているので日曜の昼から20:00までに15台以上の選挙カーが走りやがってノイローゼ寸前。
 昨夜も疲労が溜まっていたところに選挙カーが走りやがったおかげで精神状態が悪化。一休みしてからこのお話をしています。今は多少回復しましたが、今度は選挙カーに手を振りながら近付いて候補者の顔面に生卵をぶつけるかもしれません。
「否、俺は朝飯も着替えも適当だから早く済んだだけだよ。それより、モーニングコール、ありがとう。助かったよ。」
「約束ですからね。」
「それじゃ、行こうか。」
「はい。」

 俺と晶子は並んで歩き始める。車が頻繁に大通りを行き来するが、時間的には十分余裕がある。1コマ目の講義に余裕で間に合う時間の電車に乗れる時間だ。この町に来て大学に通い始めた頃はこの時間帯だったんだが、1ヶ月持たずに時間ギリギリまで寝る道に変更した。

「今日の実験はどんな感じですか?」
「今回も重電関係だからな・・・。前ほどではないにしてもかなり時間がかかると思う。」
「大変ですね。」
「実験は俺が居る工学関係の学科じゃ避けて通れないものだし、それより、俺の実験が終わるまで待ってられるか?」
「それなら大丈夫です。約束した場所で待ってますから。」

 晶子は笑顔で応える。「約束した場所」というのは、大学にある図書館。そこは通常の利用可能時間外でもカードがあれば24時間入れるし、普通の店のように何も買わずに居ても怪しまれるようなことはない。それに、大学構内ということが予め分かっているだけでも安心感が随分違う。

雨上がりの午後 第1639回

written by Moonstone

「おはよう。」
「おはようございます。待たせて御免なさい。」

2004/9/6

[地震体験]
 昨日夜7:00過ぎ、風呂から出た直後に地震がありました。かなり揺れましたが、戸棚がひっくり返ったりとか物が落ちてくるとか、そういうことはありませんでした。その時の私はといえば、ああ揺れてるな、としか思わなかったんですけど。
 はい。はっきり言って精神状態がまた悪化しています。この土日に思うように新作制作が出来なかったことが大きな要因だと思うんですが、自分でも詳細は分かりかねます。気を紛らわせるべく在庫していたワインを飲み干し(約350mlでアルコール度数14%程度)、それだけでは飽き足らずに近くのショッピングセンターで350mlのチューハイ(アルコール度数7%だそうな)を2缶飲んでこのお話をしています。
 痺れが続いている両足は、強く掻き毟ってもさほど感覚がありません。チューハイは20缶纏め買いしたので、この半分ほどを今日職場に持って行って残業の際に飲むつもりです。私が居残っている頃には私が居る部署には大抵誰も居やしませんし、飲まないとやってられません。賄賂でも何でもない私の金なんですから何を買おうが自由でしょう?
 食パンにジャムを塗って齧り、時々コーヒーを啜る。何時もの朝食だ。まだちょっと眠いが1コマ分の余裕が出来るから、その間身体を休めておけば良いだろう。静かな部屋で淡々と食事を済ませ、さっさと食器を洗って洗い桶に放り込み、歯を磨いて顔を洗って着替える。
 外見の準備が出来た後、持ち物を確認する。鞄には筆記用具にノート、今日提出するレポート、実験のテキストが入っている。OKだ。あ、そうそう。今日から新しく「仲間」が加わるんだった。枕元に置いてあった携帯をシャツの胸ポケットに入れる。
 身繕いをした後−と言っても大層なものじゃないが−、腕時計を見る。適当に食べて適当に服を着る俺には十分待ち合わせの時間に余裕があるが、晶子は慌しいだろう。此処は大通りより少し奥に入ったところにあるから、その手間くらい省いても罰は当たるまい。
 俺は財布をズボンのポケットに入れて鍵を持って部屋を出る。ドアに鍵をかけてから鍵を鞄のポケットに放り込んで大通りに向かう。今日も湿気が少なくて爽やかで、長袖シャツにブレザーという服装だとちょっと肌寒く感じるくらいだ。人通りのない道路を歩き、大通りに出る。車が結構な頻度で駅の方へ向かっている。丁度通勤時間帯だからな。

「祐司さん。」

 呼び声が聞こえる。声の方を向くと、晶子が間近に迫っていた。俺は晶子が来るまでにはまだ時間があるだろうと思ってぼんやり車が行き来するのを眺めていたから、声がかかるまでまったく気付かなかった。薄いピンクのブラウスに茶色のベストとフレアスカート、そして白いカーディガンを羽織った晶子が駆け寄って来る。

雨上がりの午後 第1638回

written by Moonstone

 鍋に入れた水の縁が満遍なく泡を立ててきた頃、オーブンが甲高い音を鳴らす。俺はコンロの火を切ってインスタントコーヒーを入れておいたコップに湯を注いで掻き混ぜて先にテーブルに持っていき、オーブンから狐色になったパンを取り出してバターナイフを乗せておいた皿に乗せて運ぶ。

2004/9/5

[一部変更]
 大したことじゃないんですが、このコーナーが表示されるウィンドウを開いたら、今までとは違う位置に表示されるようになったことに気付かれたでしょうか?昨日「作業がある」と言ったことの一つは、ウィンドウの表示位置を固定する修正を加えたことです。
 このコーナーに限らず、「ニュース速報」と「決議」は別途ウィンドウを開きますが、それらはJavaScriptで開いています。そこに座標指定のパラメータを加えることで、表示位置を固定するようにしたのです。
 表示位置の固定は私がデフォルトで使用しているNetscape4.7と、今主流のIE6.0の両方に対応しています。このページに来られる方は大抵IEを使っておられると思うので両方対応にしたんです。それにしても・・・JavaScriptもIEの方が色々出来るんですね(汗)。JavaScriptはNetscapeが生み出したものなのにIEの方が色々出来るなんて、何だかなぁ・・・。
 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ。
・・・ん?何だ?この音・・・。かなり俺の目覚ましってこんな音だったっけ・・・?眠気に逆らいながら目を開けて音の方を見ると、銀色の物体が音を鳴らしている。携帯・・・!そうだ。晶子が俺のためにモーニングコールするって約束したんだった。俺は携帯を手に取って広げ、フックオフのボタンを押して耳に当てる。

「はい。祐司です。」
「おはようございます。祐司さん。晶子です。」
「おはよう。携帯の音で目を覚ましたよ。」
「これから朝御飯を食べてそっちに向かいますから、祐司さんも仕度を済ませておいてくださいね。」
「ああ、分かった。それじゃ、また後で。」
「はい。」

 俺はフックオンのボタンを押して携帯を切り、上体を起こす。今日は月曜。2コマめから始まるから今まではそれに間に合うまで寝ていたんだが、今日からは月曜から金曜まで同じ時間に起きて晶子と一緒に大学に行くことになる。理由はただ一つ。あの女王様の逆恨みから晶子を守るためだ。
 守るといっても行き帰りを一緒にするくらいなんだが、それだけでも結構違うだろう。平均からすればやや小柄な方の俺だが、腕っ節には多少自信がある。相手が格闘技を齧っていたりしなければ、2、3人くらいは相手出来るつもりだ。
 さて、朝飯食って着替えるか・・・。折角起こしてもらったのにいざ迎えに来られた時にはまだ準備出来てない、なんていうのはみっともないどころか、晶子に迷惑をかける。俺はベッドから出て冷蔵庫へ向かう。ドアを開けて食パンとジャムを取り出し、食パンをトースターに入れてタイマーをセットして、焼きあがるまでの間に片手鍋にコップ1杯分の水を入れてコンロにかける。いちいちポットを使うより、この方が効率的だと最近発見した。

雨上がりの午後 第1637回

written by Moonstone

 俺は携帯を折り畳む。俺と晶子だけが使える着信メロディのためにアレンジという手間が加わったが、それくらいは許容範囲だ。今まで良くない印象を持っていた携帯だが、実際持ってみると楽しいもんだ。晶子とお揃いという特別な意味もあるからなんだろうけど。

2004/9/4

[手間取った(汗)]
 久しぶりに結構更新出来たのですが、Access Streetsの準備に手間取って更新がずれ込んでしまいました。自動的に更新出来るようにすると便利なのでしょうが、そうするとCGIを作らないといけませんし、今はそこまで手が回らないので、頃合を見て手作業でするしかありません。
 間もなく別作業に着手しますので、今日はこのあたりにて。そろそろPCを新調しないと駄目かな・・・。

「『明日へ掛ける橋』は携帯サイトからダウンロードして、祐司さんがイントロを切り出してください。それで良いです。」
「・・・否、それだと俺と晶子だけのものにならない。ギターバージョンにアレンジする。」

 晶子はまさか、と言うように目を見開いている。

「全部となるとかなり手間がかかるが、イントロだけならさほどでもない。それにあの曲のイントロは一つのフレーズを少し変形して並べたような感じだし、晶子用のデータを作った時もそれを利用した。何とかする。」
「祐司さん・・・。」
「何時もみたいに完成するまで出さない、となると予め入ってる音を使う時間が長くなるから、最初はベタ打ち(註:ベロシティや発音時間などを音符の種類毎に一定にしてデータを作ること。演劇でいうところの棒読み)でオルゴールみたいな状態にして渡す。それからちょっとずつ調整していってバージョンアップしていけば良いと思うけど、どうだ?」

 俺の提案に晶子は嬉しそうな微笑みを浮かべて頷く。

「それまでは最初から入ってるものを使うしかないけど、初期設定のままで良いか?」
「はい。他の人とやり取りするために買ったんじゃありませんから。」
「じゃあ、携帯に関しては一先ずこれで由、と。」

雨上がりの午後 第1636回

written by Moonstone

 明るくしかもかなり早い口調で思いついたことを喋っていた晶子の表情が、口調と共に今度は一気に重くなる。『明日へ掛ける橋』は他のヴォーカル曲と同じように晶子が歌うようにデータをデータを作ってあるから、『Fly me to the moon』と揃えるべくギターバージョンにしたいなら当然アレンジが必要だ。「名案」を思いついたは良いものの、提案の途中で重大なことに気付いたという気持ちなんだろう。

2004/9/3

[懐古気分]
 「かいこ」と入力して変換して最初に出て来た結果が「解雇」だったのがかなり嫌。ま、それはさておき。以前にもお話したかもしれませんが、私は週1回職場で実施されている、とある国家資格の受験に備えるための勉強会に出ています。講師役が回ってきた時には随分焦りますが、結構ためになります。
 中学高校で理科や物理、化学が嫌いだった、という方は居られるのではないでしょうか?「あんな公式ばっかりのつまらないもの、やってられるか!」とか「こんなの暗記して何のためになるんだ?」と当時の怒りや疑念を思い出した方も居られるかもしれませんね(^^;)。無理もありません。例えば距離、速さ、加速度の関係は高校数学の微分積分を踏まえるべきものですし、微分積分を知るには「無限」という概念を知らないといけません。それを無理矢理摘み出して詰め込もうとするのですからね。
 私の仕事は、直接は電子回路やシステム(プログラム含む)の設計・開発なんです。ですが、今出席している勉強会ではこれまで謎だった物理化学で出て来たものの意味がよく分かります。昨日の勉強会は化学分野だったのですが、高校時代に懸命に覚えたことが実践的なこととして出て来て、あの頃を懐かしく思いました。理科離れ、と言われて久しいですが、地元の大学や研究機関の一般公開の機会を利用すると良いのではないでしょうか?
 もう少し念入りに読んでみる。音域はちょっと狭い感じがする。音色は結構あるが、見たところGeneral MIDI(註:メーカーが違っても音色が共通するMIDIの規格。音楽部門2グループで公開中の曲がこれに対応している)には対応してないようだ。これだと俺が作ったデータを活用出来ないな。
 まあ此処、すなわち俺の家にはインターネットの環境がないし、大学ではホームページは見られても作ることは今のところ出来ない。大学全体や学部単位、研究室単位のホームページがあるから、研究室に正式配属されたら多少は関与出来るかもしれないが、個人用のページが作れるかどうかは確認してないから分からないし、作る時間的余裕があるかどうか疑問だ。
 メールで送るという手段は・・・無理だ。ウィルスの問題とかで、添付ファイルは送信した時点で削除されることになっているからな。それにGeneral MIDIに対応してないんじゃ、俺の家で作ったデータをディスクにコピーして大学へ持って行って、メールで俺と晶子の携帯に転送しても無意味だ。仕方ない。ちょこちょこ作っていくか。

「データを作るのは・・・ちょっと手間取りそうだな・・・。」
「お店で使うような、しっかりしたデータじゃなくて良いですよ。この曲が鳴ったら祐司さんからのものか、私からのものかが分かれば十分ですから。」
「『Fly me to the moon』はアレンジしたものだから、そのままでも俺と晶子だけのものって分かるけど、『明日へ掛ける橋』は携帯サイトから持ってくてイントロ部分だけ切り取っておしまい、っていう手段がある。それだと晶子が言った、俺と晶子だけのもの、っていう条件から外れる。」
「確かにそうですね・・・。!あ。」

 うんと考え込んだと思ったら、表情が一気に明るくして手を叩く。何か閃いたらしい。

「『Fly me to the moon』がギターバージョンですから、『明日へ掛ける橋』もギターバージョンにすれば良いんじゃないですか?・・・って、駄目ですね。それは。祐司さんの手間を増やしてしまうことになりますから。」

雨上がりの午後 第1635回

written by Moonstone

 着信メロディの自作に関する説明を見つけて早読みしていく。・・・やっぱり1音1音入力していくしかないようだ。鍵盤があればとりあえず、印刷されたものでも手書きでも良いからテンポを落としてでも楽譜どおりに弾いて後から調整する、という手段が使えるから俺もデータ作りではそうしているが、この小さな筐体にMIDI端子を付けるなんてどだい無理な話だ。

2004/9/2

[Service Packの意味]
 WindowsXPのService Pack(以下SP)2が配布されるというアナウンスが職場でありました。今度のSPは、セキュリティホールやバグを埋めるという今までのものとはかなり色合いが違うようです。私は職場でも自宅でもOSがXPじゃないので大して関心がないのですが、動作しなくなるソフトがあるらしいですね。
 技術ってものは利用するより悪用する方が簡単です。セキュリティ問題で散々悩まされているのはそれを痛感したからです。Internet ExplorerをOSであるWindowsと抱き合わせにしてシェアを広めてぼろ儲けするという、悪しきビジネスの典型をやってのけたMicrosoftに同情する気はさらさらありませんが、技術を悪用するモラルのない輩がネットという手段でウィルスを作ったり不正アクセスをしたりして世界中に迷惑をかける時代になった以上、動作しなくなるソフトが出るというリスクを背負ってでもセキュリティを強化しないとUNIX系やMacにシェアを取られるでしょうから、SP2を作らざるを得なかったのでしょう。
 今は仕事でシステム開発をやっているのですが、「誰が何をしでかすか分からない」という観点、言い換えれば性悪説に立って設計しないと、何処かの電力会社のように死傷者を出すには至らなくても大損害を起こすことになりかねません。「安全」がキーワードの一つとなって来たのは良いのか悪いのか、技術を使う人間の一人としては頭を捻るところです。
 両方共俺も晶子も好きな曲だ。「Fly me to the moon」は俺がアレンジしたギターソロバージョンと晶子のヴォーカルバージョンがある−演奏はギターのみだ−店の定番曲の一つだし、「明日へ掛ける橋」は最近投入したばかりにも関わらず、晶子個人のそれを差し引いても人気が高い。それに歌詞が勇気を与える感じだし、離れたところに居る相手と繋ぐ「橋」という意味にも重なる。

「『Fly me to the moon』はどのバージョンにする?」
「ギターバージョンが良いです。」
「コール音にしてはちょっと大人し過ぎないか?」
「コール音で驚きたくないですから。」

 晶子の言うことには一理ある。電車の中や生協の食堂で賑やかな曲が突然鳴り響いてびっくりして音の方を見たら携帯を使っている奴が居た、ってことは何度か経験がある。気付きやすいという点では賑やかな方が良いんだろうが、あ、電話だ、とコール音でふと和めることを望んでいるんだろう。

「それじゃ曲は晶子の提案どおりにするとして、どの辺から鳴らす?」
「『Fly me to the moon』は歌が入るところからで、『明日へ掛ける橋』はイントロ部分が良いです。」
「分かった。そうするよ。」

 これまた嬉しそうに微笑む晶子に笑みを返してから、俺は携帯の取扱説明書を捲る。いざ小型のシンセサイザーとも言えるものを手にしたは良いが、電話とメールの送受信以外は殆ど未知の領域だ。店で見本を触ったが、主目的の電話をかけることとメールの機能に辿り着くこと以外は、こんな機能があるのか、という程度しか覚えていなかったりする。
 その上、説明書は大学の講義で使うテキスト並み、或いはそれ以上に分厚い。これだけの厚みになるということは機能が豊富か、説明に無駄が多いかのどちらかだろう。新機種を買った、とかいう話を小耳に挟んだことがあるが、店で説明を聞いただけでも電話とメールに加えて赤外線通信機能やらカメラ機能やらがあるというから、機能を使いこなさないうちに買い換えるんだろうか。俺からすると勿体無い話だが。

雨上がりの午後 第1634回

written by Moonstone

「じゃあ、暇を見て作っておくよ。曲は何が良い?」
「えっと・・・。電話のコール音は『Fly me to the moon』で、メール着信音は『明日へ架ける橋』が良いです。」

2004/9/1

[今日から9月]
 今までならこの時期が台風被害が多いんですが、今年は九州・沖縄の他、西日本や北陸、東北や北海道まで縦断する台風が連続し、それ以外にも集中豪雨が各地に甚大な被害を齎しました。マスコミ報道では右翼国家主義と商業主義に汚濁にまみれたオリンピックなるものに熱中してすっかり置き去られましたが、特に集中豪雨の被害地域は昨日にも触れたとおり、住民や地域産業に深刻なダメージを与え、特に不況に苦しむ地域産業は事業再開の目処も立たないところが多いのです。
 日本は世界有数の災害大国です。地質学的側面では地震、火山噴火、気象学的側面では台風、と人間では予知はそこそこ出来ても発生は食い止められない自然災害が集中している上、東京など大都市では「都市再生」の名の元に行われている、大手ゼネコンやそれと関係がある政治家など一部の人間の利益と仕事確保のために建てられた高層ビル群によるヒートアイランド現象で、年々灼熱地獄と化しています。で、それを回避するためにエアコンの使用=電気消費量が増え、これまた一部大企業の仕事確保とそこからの献金を受ける政党の「政策実行」のために原子力発電所建設へと繋がる、という人工災害の生成循環も見逃せませんが。
 本来ならこういう「発生をどうにも防げない事態」の被害者や地域に税金を使い、GDP(国民総生産)の約6割を占める個人消費や労働者の約9割を抱えてこの不況下でも雇用を増やして地域の雇用確保に寄与している中小企業を支えるべきです。税金とは国民が所得に応じて出し合って使用するための共通資金なのですから。使う側も払う側も税金の意味と重みをろくに分かってないので、自分がその立場になるまで分からない、という失敗を何度も繰り返すわけです。そんなことをお話した今日は、防災の日です。
 晶子は嬉しそうに微笑む。電車の中や講義中でも携帯を操作している奴等の気持ちが何となく分かったような気がする。その度毎に相手のところへ向かわなくても、或いは電話を探さなくてもやり取り出来るんだから便利だし、相手との繋がりが深く強いほど楽しいものだろう。もっとも、顔が見えない分だけ言葉を選ばないといけないことくらいは察しがつく。

「祐司さん。着信音も変えませんか?」
「そうだな。えっと・・・、どうやって変えるんだっけ?」

 俺が説明書を捲り始めて間もなく、右腕に晶子の手が重ねられる。

「最初から色々入ってますけど、そうじゃないものが良いです。」
「となると、着信メロディとかを配布している携帯サイトにアクセスしないといけないな。」
「それだと、何処かで誰かが使っているかもしれないじゃないですか。折角ですから、祐司さんと私だけのものが良いです。」
「・・・俺がアレンジした曲にしたい、ってこと?」

 俺の確認の問いかけに、晶子は微笑みながら頷く。確かに携帯サイトで配布されている着信メロディとかは有名どころか殆どだろうし、有名どころということは誰かが使っている可能性を全否定出来ない。自分のだ、と思って携帯を取り出したら別人のものだった、という笑い話にもなりそうにないことも考えられる。俺と晶子の新しいコミュニケーションの道具として買ったんだから、俺と晶子しか使ってないものが良いには違いない。
 だけど、着信メロディとかがデフォルトで幾つかあって、携帯サイトで配布されているということは、入力がそれだけ大変だということの裏返しとも考えられる。店での説明では確か同時発音数は64音とか言ってた。店で演奏する曲のデータをシーケンサで作っている経験からすると、演奏時間は短くてもデータを作る時間はその何倍、何十倍にもなる。
 ベロシティ(註:発音時の強さ)が違うだけの鍵盤楽器や打楽器でも、違和感なく聞こえるようにするためには−いかにも打ち込みました、という単調なものでないという意味だ−細々と調整するし、音程や音量が発音中でも微妙に変化する管楽器や弦楽器はもの凄く大変だ。それを考えるとどうしても尻込みしてしまう。

「今直ぐデータを作って晶子の携帯に転送、ってわけにはいかないぞ。」
「それは分かってます。説明書では使う楽器毎に一音一音入力する、とありましたし。」

雨上がりの午後 第1633回

written by Moonstone

「どうですか?」
「嬉しいよ。ありがとう。」
「こちらこそ。」


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