芸術創造センター こぼれ話
Dropped talk of Performing Arts Center

2003年2月28日更新 Updated on February 28th,2003

2003/2/28

[感想用掲示板について(続報)]
 先日ここでもお話した感想用掲示板ですが、設置の目処が立ちました。3/1付更新からの運用を予定しています。今月末はログファイルの新設やホームページの背景画像の作成、更には作品の集中公開が重なって大変なのですが、何とかします(お話の時点では明日、発表なんだよなぁ〜(汗))。
 掲示板の形式はJewelBoxやWordSpheresとは違ってツリー形式を採用しました。それを希望するご意見が寄せられたのもありますし、ツリー形式の方がこの手の内容に関してあれこれ書き込みのに都合が良いと思ったからです。
 感想用掲示板はネタバレ、展開予測、キャラへのエールなど常識の範囲内なら何でもありということにします。勿論私も書き込みはしますが、はぐらかしたりすることもありますのでその辺はご了承くださいませ。で、例によって、私が不適切と判断した書き込みは問答無用、予告なしで削除します。まあ、普通に使う分には何も問題ない筈ですけどね。明日をお楽しみに(^^)。
 それは潤子さんにも言えることだ。潤子さんのレパートリーは元々スローなものが多いが、単にテンポを落としただけじゃない、88の鍵盤で構成される音域と鍵盤を叩くことで構成される音量を巧みに、しかし自然に組み合わせて謳い上げるということをやってのけている。これは兎角テクニックや音色いじりに走りがちな俺の重点課題だと思う。
 サビの部分でも甘さと切なさを存分に保ちつつ、否、より強調して、しかも無理なくサックスとピアノが歌う。シーケンサが刻むリズム音もなければメトロノームさえもない中で、サックスとピアノがぴったりと息を合わせて心地良く歌う。
 俺は自然とリラックスして曲に聞き入る。閉じた瞼の奥に言葉では上手く表現出来ない風景が浮かぶ。何と言えば良いんだろう・・・。曲のタイトルである「私が貴方を想う時」の心理を絵に描いたようなものと言えば良いんだろうか?甘く切ないサックスのメロディとそれを支えるピアノのバッキングが、その何とも言えない風景を描く。
 曲は何時の間にか最後のサックスソロを終え、たっぷり含みを持たせた後、サックスが自分の想いを切々と謳い上げるようなフレーズを奏で、ピアノが高音部のシンプルなフレーズを追加する。目を開けると、マスターがサックスのリードから口を離し、潤子さんが顔を上げるのが見える。
 音の響きが完全に消えたところで、一斉に大きな拍手と歓声が沸き起こる。俺も無意識に手を叩いていた。聞く度に聞く者の心をよりしっかり捉える曲に昇華されていっているように感じる。このアレンジでのこの曲は、マスターと潤子さんの二人だからこそ演奏出来るものだろう。客席に向かって一礼するマスターと潤子さんに、惜しみない拍手と歓声が送られる。
 潤子さんがステージから降りてくる。その額には幾つもの汗の雫が浮かんでいる。あんなテンポの曲でこうなるということは、それだけ演奏に入れ込んでいたという証拠だろう。

「潤子さん、凄かったですよ。」
「聞いてて感動しました。本当に凄いですね。」
「ありがとう。さ、次は貴方達の番よ。頑張ってね。」

雨上がりの午後 第1093回

written by Moonstone

 リラックスしていたら眠ってしまいそうなテンポでのイントロの後、マスターのサックスが甘く切ない音色を響かせる。マスターのサックスを聞いて何時も思うことは、曲に応じて時に熱く、時に切なく謳い上げるというところだ。単にメロディをなぞるだけじゃない、楽譜にいちいち書かれない曲の表情や感情を表現するところは凄いと思う。

2003/2/27

[ぎえーっ!どうしよう!(狼狽)]
 2月もあと1日と迫った今日を、大変緊迫した中で迎えることになりました。というのも昨日、3月初頭に行う業務発表のリハーサルという口実で、明日の午後、自分の居る職場以外の人にも公開することになったからです。しかも場合によっては、発表に関しては本職ともいえる人達まで巻き込むことに(大汗)。
 ことの始まりは職場の先輩が仕切っている小規模な業務発表(内容は業務に関係なくても良い)の予定者が発表出来なくなったため、3月に発表を控えている私を思いついたからという安直なもの。何ヶ月ぶりかの実施でそりゃないでしょうに(泣)。お陰で昨日は終日、発表用シナリオ片手に時間内で発表出来るように何度も練習する羽目になりましたよ。
 発表用シナリオは時間内にきちんと必要なことを発表出来るようにするために、言うこととすること(OHPシートを切り替えるなど)を纏めたものです。練習を繰り返す間に改善点がボロボロ出てきたのでかなり修正。一応2、3分の余裕を残して終了できるようにはしましたが、実は緊張しやすいタイプの私。果たして見ず知らずの人の前でシナリオどおりに出来るのか?!(大汗)
 客席から「井上さーん」という声を多く交えて拍手や指笛が起こる中、晶子は一礼する。

「そして私。この店のマスターをやっております、サックス担当の渡辺文彦です。店ではコーヒー作りと洗い物担当です。念のため申し添えておきますと、お気づきの方も居られるかもしれませんが、ピアノ担当の渡辺潤子とは夫婦です。信じたくないかもしれませんが、これは事実です。」

 笑い声や「女殺しー」などという声−やっかみか?−を多分に交えて拍手と指笛が飛び交う中、マスターは一礼する。

「以上4人のメンバーが今からペアを組んで曲をお届けします。まずは久々登場の私と潤子のペアで『WHEN I THINK OF YOU』、安藤君と井上さんのペアで新曲の『Tonight's the night』、そして安藤君と私のペアで『HIP POCKET』。まずこれら3曲をお聞きいただきましょう。」

 客席から大きな拍手が起こる中、4人揃って一礼した後、俺と晶子はステージから降りる。そしてマスターはマイクスタンドにマイクを挿してアルトサックスに持ち替え、潤子さんは「指定席」とも言えるピアノの前に座る。去年の演奏曲にも含まれた、このペアならでは曲とも言える『WHEN I THINK OF YOU』。さて、存分に聞かせてもらうことにしましょうか・・・。
 静まった店内に潤子さんのピアノが響く。この曲ではシーケンサを使わない。元々終始サックスがメロディを奏でてピアノがバッキングを担当する曲だし、サックスとピアノだけで纏めても十分だと思う。ベース部分は潤子さんがピアノの低音部分を使って表現する。シンプルなだけに誤魔化しが効かないから、二人のコンビネーションがより問われると言えるだろう。

雨上がりの午後 第1092回

written by Moonstone

「更にその右側が、ヴォーカル担当の井上晶子さんです。店では接客と料理を担当しています。この店で働くようになってまだ1年弱ですが、男性客の人気を潤子と二分するまでに成長した注目株です。」

2003/2/26

[感想用掲示板]
 このページは作品を公開しても反響が殆どありません(威張れん(汗))。そんな状況を打開しようと色々思案してきたわけですが、先日発行の「Moonlight PAC Edition」第24号で触れているように、感想用掲示板を新規に設置しようかと思っています。
 勿論、相手はプログラムですし、パーミッションの設定(CGIが使えるサーバーを使っているページ管理人の方なら分かる筈)もしないといけませんから、一日二日で、しかも仕事の疲労を引き摺っている身体ではそう簡単に設置出来ないでしょうが、設置する価値はあるかな、と思っています。
 そこではネタバレやキャラへの思いを熱く語ってもらうなど、掲載作品に関しては(常識の範囲内で)何でもあり、ということにして、徹底的に作品を堪能してもらえれば、と思います。今直ぐに、というわけにはいきませんが、メールを送るのは面倒だけど掲載作品について言いたいことがある、という方のために設置に向けて動こうと思います。・・・使う人、居るかな?(爆)

「えー、皆様。お気持ちは分かりますがくれぐれもステージに上がろうとしたり、押し合ったりしないようにご注意願います。」

 マスターの声でどうにか客席の興奮が収束へ向かう。それでも客の表情は輝きに満ちている。それだけ満足しているという証拠だろう。演奏する側にしてみれば、客の満足そうな顔を見られて嬉しくない筈がない。

「ここからは様々なペアでの演奏をお楽しみいただきましょう。4人居ますとバリエーションも広がるものです。曲が多いので、適度にMCを挟みながら続けていきたいと思います。」

 マスターのMCに客席が拍手や指笛で応える。ステージに上がっていたマスターは、次第に中央付近へ向かいつつ、俺の方を向いて手招きする。前に出ろという合図だろう。俺はギターを引っ掛けたまま前に出る。何時の間にかその横には潤子さんが居たりする。

「まず今日はじめてご来店の方向けに、簡単にプレイヤーをご紹介しましょう。皆さんの正面向かって一番左側が、ピアノ担当の渡辺潤子です。店では主に料理を担当しております。リクエストタイムでは基本的に日曜のみ登場します。」

 客席から「潤子さーん」という声を多数交えて拍手や指笛が起こる中、潤子さんが一礼する。その次は・・・やっぱり俺か?

「その右側が、恐らくメンバーの中で主役に脇役にと一番忙しい、ギター担当の安藤祐司君です。店では接客専門です。学業が非常に多忙な中、ギター演奏に加え、シーケンサのプログラミングもやってくれています。」

 客席から「安藤くーん」という声を幾つか加えて、拍手や指笛が飛んで来る。俺は客席に向かって一礼する。

雨上がりの午後 第1091回

written by Moonstone

 転調したサビが切なく、胸に響く歌われた後、シンプルなピアノの高音部のフレーズがラストを締めくくる。客席からパラパラと拍手が起こり、それが一気に津波と化してステージに押し寄せてくる。晶子と席を立った潤子さんが客席に向かって一礼する。それを受けてか拍手に歓声が加わり、客席は大盛り上がりの様相を呈する。

2003/2/25

[リプレースは大変]
 長らく製作している計測機器を制御するPCが老朽化が目立ってきたので(使えることは使えるんですが、時々FDがおかしくなるし、速度もやっぱり遅い)高速CPU、大容量メモリ&HDDを持つ新鋭PCにリプレース(置き換え)しようとしているんですが、これがなかなか・・・。
 関係するファイルを全てバックアップして、さらに新PCに同じディレクトリ構造を構築してコピー、というところまでは出来たんですが、Visual C++で出来たプログラムのファイル構成が同じにならなくて頭を抱えています。「外部参照」というところで必要なファイルが表示されないのです。
 恐らく拡張ボードのドライバをインストールすれば解決すると思うんですが、それをやろうとするにはやはり拡張ボードの実装が必要でしょう。となると旧PCからボードを取り外して新PCに実装して・・・という厄介な作業が必要。しかし、安易にボードを外すと現在の動作環境を壊す可能性がありますし・・・・。果たしてどうすれば良いものやら(困惑)。
俺はギターを素早くエレキギターに変えて、晶子がステージ中央に立ち、潤子さんがピアノの鍵盤に手を添えたのを確認して、シーケンサになっているパソコンのマウスを動かしてスタートボタンをクリックする。
 4小節分の星の煌きを思わせるシンバルワークの後−これは潤子さんの制作だ−、潤子さんのピアノが入る。曲の始まりを知らせるシンバルワークは入っているが、それ以降暫くはピアノとヴォーカルのみで乗り切らないといけない。テンポ計測が最重要課題だ。そのためか、晶子と潤子さんは凄い熱を入れて練習していた。
 ピアノのイントロが終わると晶子のヴォーカルが加わる。今回はマイクスタンドにマイクを挿して両手をマイクに重ねるというスタイルだ。この手の曲にはこのスタイルが合っていると思う。澄み切った夜空の星を思わせる晶子の声が店内にこだまする。俺は左手をギターのフレットに添えて聞き入る。俺の出番は後半だし、添え物程度のものだ。
 晶子の切なさを帯びたヴォーカルが徐々に盛り上がり、潤子さんのピアノと絶妙に絡む。そしてバッチリのタイミングでベースやドラムなどが入ってくる。練習の甲斐があったというものだ。曲はサビに入り、タイトルどおり、夜空の星のような煌きと鮮やかさを帯びた旋律が耳に心地良い。
 そうこうしているうちに曲は一度基本テーマをリピートして間奏に入る。間奏と言ってもこの曲はここがかなりややこしい。晶子はヴォーカルからコーラスに発声を切り替え、潤子さんのピアノが熱を帯びる。それでもテンポが崩れないのは練習の賜物か。
 曲の盛り上がりが最高潮に達したところで演奏がぷっつりと途絶えて、晶子の情感たっぷりの英語の台詞が発せられ、それに続いてストリングスの駆け上がりを伴ってヴォーカルが再開される。ここでようやく俺の出番だ。とは言ってもこの曲でのギターは添え物的位置付けだ。でも疎かには出来ない。メインのヴォーカルを引き立たせる脇役に徹する必要がある。

雨上がりの午後 第1090回

written by Moonstone

 俺は立ち上がって椅子を持って奥へ下がる。拍手が自然と手拍子に変化してステージに上がった晶子と潤子さんを向かえる。

2003/2/24

[あー、よく寝た♪]
 完全休養日と決めていた昨日は、一日横になって寝たり起きたりを繰り返していました。食事も手っ取り早く済ませられるようにして、明日(今日)にすることを極力残さないようにしておきました。これで安心♪
 今まではやりたいことがあっても身体が動かないという状態だったんですが、昨日は身体は動きそうだけど安静を保つという状態でした。本当の意味で身体を休める日にしたというわけです。この方が気分的にも良いです。後悔や自己嫌悪がないですからね。
 また今日から仕事です。業務発表まであと1週間あまり。身体の調子には細心の注意を払って、大任を全うしたいものです。準備は整っていますからね。あとは発表が終わるその瞬間まで無事でいることです。
 潤子さんに言われて、俺はようやく我に帰ってステージに上る。まだ歓喜の拍手が残る中、俺は椅子を前に持って来てアコースティックギターのストラップに身体を通し、椅子に腰掛けて適当に弦を爪弾く。そのせいか、まだ残っていた拍手が波が引くように消える。別に黙れという意味でやったんじゃないんだが、結果的に演奏と静聴の−俺が言うべきじゃないか−態勢が整ったんだから、良しとしよう。
 俺はフットスイッチを踏んで頭の中で4拍分のリズムを刻んだ後、演奏を始める。シーケンサが演奏するピアノのリズムとぴったり噛み合う。最初でで躓くともう手の施しようがなくなるので、音合わせでも入念にチェックしたが、その甲斐はあったようだ。これは今年厳しい時間的制約の中でデータを作った、言わばフルバージョンだ。
 シーケンサの演奏を従えて、俺は弦を爪弾く。シーケンサに合わせるんじゃなくてシーケンサを従える。これが簡単なようでなかなか難しい。自分が前面に出られる数少ない曲ということもあって、つんのめったりモタったりしないように練習を繰り返した。・・・良い感じで指がフレットの上を動き、弦を爪弾く。ギターが俺の身体の一部になったような気がする。
 シーケンサが様々な音を奏でる中、俺はひたすら弦と絡む指の動きを注視する。指が滑らかに動き回り、音を紡ぐ。複雑なフレーズも難なくこなせる。今日は特に調子が良い。ステージと練習を重ねてきた甲斐があったというもんだ。俺は自然と目を閉じる。指が自然と動いてくれるから心配は要らない。暗闇となった瞼の裏側で、俺のギターとシーケンサの演奏が絡み合う。・・・良い感じだ。
 そしてラスト。再び目を開けてフレットノイズを残しながら音程の階段を駆け上がり、ダウンストロークで締める。音の響きが消えたのを確認して俺が顔を客席に向けると、それを待っていたかのように大きな拍手が沸き起こる。潤子さんの演奏に及ぶものだったかどうかは兎も角、俺なりに十分満足の出来る演奏が出来た。それで十分だ。

雨上がりの午後 第1089回

written by Moonstone

「ほら、祐司君の出番よ。」

2003/2/23

[あー、眠い(またか)]
 昨日は普段より1時間以上早く起きました。寝たのは何時もより1時間遅かったのに(汗)。一昨日より気分が晴れたので、早速PCの電源を入れて作品制作。朝食と昼食を挟んで4時間半ほどで1作品書き上げることが出来ました。なかなか良い調子でした。
 その後発行が遅れていたMoonlight PAC Editionの執筆、編集に取り掛かり、こちらは約2時間で完了。本日の発行となりました。夕食は久しぶりに手の込んだもの(ハマチのカマ(頭)と大根の煮物)を作って満足のいく出来に。その後はアニメスペシャルを「クレヨンしんちゃん」まで見て、流石に疲れが出てきたので1時間ほど寝てこのお話をしています。まだ倦怠感が残っていますが、今日はゆっくり休もうと思います。
 気分は一昨日より晴れましたが、まだわだかまりというか、納得いかないものを抱えています。経緯そのものが納得いかないものだから仕方ありません。でも、何時までもそればかり考えていると何も手につかないので、仕事とプライベートは分離させておきたいですね。
 マスターの紹介が終わり、俺と晶子、そしてマスターは潤子さんと入れ替わる形でステージから降りる。ステージ脇に待機していた潤子さんは、俺と晶子とすれ違った瞬間、「良いステージだったわよ」と一言残していった。ステージ脇に下りた俺は、潤子さんの言葉が胸にじわじわと広がってくるのを感じる。たった一言でも誉めてもらえるとやっぱり嬉しいものだ。
 客席はさっきまでとは打って変わって、水を打ったように静まり返っている。ピアノの前に腰掛けた潤子さんの演奏が今から楽しみだ。全員の視線がステージに集中する中、潤子さんは鍵盤に手を添える。
 波一つない湖面のような空気の中に、ピアノの音が一音一音波紋のように広がっていく。自然なテンポの揺れが心地良い。マスターの紹介どおり日曜恒例となっているにも関わらず、今尚この曲のリクエストは絶えることがない。曲の知名度も一因だろうが、潤子さんが生でピアノを聞かせるところが人気の大きな要因だと思う。どんな高級オーディオでCDを聞いたところで、生のピアノ音には敵わない。勿論、原曲の演奏に引けを取らない潤子さんの腕前があってこその話だが。
 曲は時折クイを交えながら、抑揚豊かに店内に響く。ピアノはギターと同じで打弦の強さで音量は勿論音色も変わってくるが、潤子さんの演奏はそれを見事なまでに生かしている。ピアノと一体になっているという表現が相応しい。本当に潤子さんの過去が知りたい。
 曲は高音部の響きを生かした、青葉から零れ落ちる朝露のような部分を通り、高音部で静かにメイン部分を聞かせた後、ピアノの持つ豊かな響きを存分に使って再びメイン部分を聞かせる。そして曲は緩やかにテンポを落としながら味わい深い響きを残してラストを迎える。
 潤子さんの手が鍵盤から離れるとパラパラと拍手が起こり、それが一気に客席全体へ波及する。聞き入るあまり拍手をするタイミングも忘れてしまっていたようだ。かく言う俺自身、客席の拍手を聞いて拍手を始めた。もの凄い音量の拍手を前に、潤子さんは席を立って一礼すると、まるで何事もなかったかのようにステージを下りてくる。まだ拍手は止まない。止みそうにない。それだけのものがあの演奏にはあったと思う。

雨上がりの午後 第1088回

written by Moonstone

「さて、盛り上がり過ぎて皆様の頭が沸騰するといけませんので、静かな、しっとりとした雰囲気に浸っていただきましょう。日曜恒例とも言える潤子の『energy flow』、主役に脇役に見事なギターを聞かせてくれる安藤くんの『AZURE』、そして今年の新曲『Like a star in the night』を井上さんと潤子のペアでお届けします。お楽しみください。」

2003/2/22

[只今、落ち込み中・・・]
 昨日(正確には一昨日)の組合設立活動妨害の怒りが、朝方はそのまま残っていたんですがそれ以後は気分の落ち込みに変わり、今に至ります。反動・・・なんですかね。「何で自分の考えや行動が理解されないんだろう」と思うわけです。
 それは自分の主義主張を押し付けようとするからだ、と思うでしょうし、昨日親からの電話でも言われましたが、誰かが動かないことにはことは始まらないのです。特に日本では敬遠どころか忌避される傾向すらある労働組合運動というものは。その先陣を私が切った。でも妨害工作にぶち当たった。それでも私が悪いというのでしょうか?
 私は自分の主義主張を押し付けようとしたことはありません。昨日もお話しましたが、単に自分に権限のない職場全体へのメール発信を許可するか代理発信するかを依頼しただけです。それでも押し付けだと言うなら、どんな頼み事も押し付けになりはしませんか?私はそう思います。・・・気分悪くなってくるので、これ以上話しません。こんなことだからアメリカの尻馬にホイホイ乗ろうとするんですよ。馬鹿馬鹿しい・・・。
 日本語の歌詞が流れる中、俺はバッキングに専念する。とは言え、リズムに合わせて身体が自然に揺れる。これは演奏に身体が馴染んでいる証拠だから一向に構わない。むしろ直立不動の方が気味悪く見えるだろう。
 サビでは晶子の声に加えて男性コーラスが入る。これはマスターのものだ。今までのステージではなかったんだが、今回のステージ向けてマスターが温めて来たものだ。音合わせで初めて聞いた時は流石にびっくりしたが、これがなかなか様になっている。客も驚いた顔こそしているものの、手拍子や身体のリズムは崩れない。
 途中のソロはシーケンサが担当する。後半ではマスターのコーラスも入る。これも曲の雰囲気を壊すものではない。サックスの腕前に加えてコーラスまでこなせるとはな・・・。マスターの音楽性の豊かさを実感する。
 サビをもう一回通してエンディングに入る。これが意外に長くて男性コーラスが続く部分だったりする。しかし、マスターのコーラスが曲の雰囲気を壊すことなくベルの音と共に店内に響く。その間、晶子はリズムに合わせて軽快に体を揺らしている。そしてラストを白玉で飾って終わりだ。
 全ての音が止むと同時に拍手と歓声と指笛が飛び回る。晶子は客に向かって一礼して姿勢を戻すと、頭を下げた際に前に流れた髪をかきあげる。その仕草で客席からどよめきが起こる。男性ファンを潤子さんと二分する晶子ならではの光景だな。ちょっと羨ましいような気がしないでもない。

「皆さん、如何でしたかー?」
「最高ー!」
「井上さーん!」

 マスターの呼びかけに呼応した客が様々な歓声を上げる。晶子は小さく手を振ってそれに応える。後ろからではどんな表情なのか分からないが、多分はにかんだ笑顔を浮かべているんだろう。

雨上がりの午後 第1087回

written by Moonstone

 ちょっとユーモアを含ませたエンディングを迎えると、一呼吸置いてフットスイッチを押す。コンサートでは初披露となる『Winter Bells』だ。リクエストが多くて慣れているとは言え油断は禁物。ベルの音と合わせて音を刻んでいく。

2003/2/21

[事なかれ主義を見た!]
 私が職場での労働組合立ち上げに向けて活動していることは、この場で時々お話してきましたが、何とか職員全員を対象にした呼びかけ文が作成出来、いよいよ発信、というところで壁にぶち当たりました。職員全体にメールを発信するためのめーリングリストを使用する権限が私をはじめとする技術職や研究職にはなく、事務方が一手に掌握しているというのです。
 この時点で事務方が何様のつもりだ、というところですが、私が紹介を受けて事務が他の担当部署にメーリングリストの使用許可若しくは代理発信を依頼したところ、そのメールを彼方此方たらい回しにされた挙句、メーリングリストも使わせない、代理発信もしない、と言ってきたのです。
 これは自分達の権限を悪用して組合活動に関する私の行動を事実上封じる行為であるばかりか、自分達が面倒に巻き込まれるのは御免だ、という事なかれ主義の典型ではないでしょうか。私は激しい憤りが抑えられません。仮にどうにか組合を立ち上げたとしても、事務方の人間は加えないようにする方針でいくつもりです。組合の活動を妨害しておきながら、いざ組合に泣きついて来ても絶対助けるものか。そんな気持ちでいっぱいです。
 去年と違って潤子さんのアシストはない。ベルの音が混じる4小節分の演奏に俺はストロークを使った音を入れる。勿論音色はナチュラルだ。多分目立たないだろうが、今からは晶子が主役だから、脇役は脇役に徹するのが一番だ。
 イントロが終わると晶子の歌声が広がり始める。相変わらず流暢な発音で英語の歌詞とメロディをブレンドする。客からはさっきとは違った、楽しむ感じの手拍子が起こる。透明感のある、それでいて輪郭がはっきりした声がマイクを通して店内いっぱいに広がり、さっきまでのライブ会場の雰囲気を一気にクリスマスらしいものに塗り替える。
 晶子はステージ上を動き回りながら歌い、時折くるっと身体を回転させたりして見せる。当然の如くフレアスカートの裾がふわりと浮かび上がり、客席からどよめきが起こる。生憎だがミニスカートじゃないから下着は見えないぞ。見えたら別のショーになっちまう。
 途中、俺が短いギターソロを入れて、晶子の歌は続く。茶色がかった長い髪が照明を受けて煌き、動きに合わせて宙になびく。普段はマイクスタンドに嵌ったマイクに両手を乗せて歌うことが多い晶子だが、去年同様、コンサートでは「見せる」ことにも力を入れている。音合わせの時、汗だくになっていたのを思い出す。
 『ジングルベル』がシンプルなエンディングを迎えると、俺は一呼吸置いてフットスイッチを押す。晶子が歌う3曲は連続して聞かせることになっている。去年とは違って『赤鼻のトナカイ』は俺と晶子だけだ。勿論アレンジもそれ様に変更されている。演奏データはマスターと潤子さんが作ってくれた。『ジングルベル』同様ポップス調のアレンジだ。
 俺はストローク中心のバッキングをシーケンサの演奏に乗せる。そこにやはり流暢な英語の歌詞がメロディとブレンドされて被さる。客はリズムに合わせて身体を揺らしている。俺とマスターが演奏した時とはまた違うノリを感じ取っている証拠だ。さっきまでの雰囲気を引き摺らないで自分色に変えてしまえる辺り、晶子の「上手さ」が向上したことを感じさせる。
 これも『ジングルベル』同様、途中で短いギターソロを入れる。歌がメインだからソロは晶子の休憩時間のような位置付けだ。だからと言って勿論疎かには出来ない。ナチュラルな音色で曲の雰囲気を壊さないソロを奏でる。客の反応は上々だ。リズムに乗っているのがよく分かる。

雨上がりの午後 第1086回

written by Moonstone

 客席からの大きな拍手の中、マスターがステージ脇のマイクスタンドからマイクを取って、晶子がそのマイクを受け取る。晶子が正面を向いたのを見計らって、俺はシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。

2003/2/20

[ここまで堕落した「平和の党」(3)]
 (昨日の続きです)アメリカ追随の姿勢を如実に示す自衛隊艦船の派遣、そして既成事実を作るための民間人技術者の派遣。あろうことか戦闘能力、情報収集能力が優れたイージス艦まで派遣する始末。「居住性」云々を言うくらいなら、とっとと引き上げてくれば良いのです。無実の一般市民を「テロ組織が居るかもしれない」と攻撃し、殺しているという立派な殺戮行為にこれ以上加担する理由はありません。
 「平和の党」を名乗るのなら、自衛隊の即時撤退を自民党に訴え、要求が飲まれない場合は連立解消、というくらいの気構えが何故持てない?それは公明党がおよそ「平和の党」という看板とはかけ離れた活動方針を持っているからに他なりません。そうでなかったら、自衛隊の海外での武力行使、即ち憲法で禁じられている戦争行為に道を開き、それに国民を強制動員する有事法制を自民党と一緒になって推進する役割を担える筈がありません。
 公明党、そしてその母体である創価学会が如何に偽りに満ちているか、そして自分達に異議を唱えるものを平気で誹謗中傷して恥じない謀略集団であるかは、新聞の印刷を委託したりスポンサーになってもらっているマスコミが書いたり報道したりしないだけで、目に余るものがあります。こんな政党や集団が「平和」を口にするなど恐れ多い。身の程を知れ、とはまさにこういうことを言うのではないでしょうか。(終わり)
 そして俺とマスターはユニゾンでメロディを奏でて、マスターは身体を逸らして、俺はギターを振り上げてラストを決める。次の瞬間、客席から大きな拍手と歓声と指笛が飛んで来る。良い出来だったと自分でも思うが、どうやら客にも「熱さ」が伝わったようだ。拍手や指笛が止まない客席に向かって、マスターがマイクを使って問い掛ける。

「皆様、如何でしたかー?」

 マスターが客席にマイクを向けると、客の熱い反応が返ってくる。

「最高!最高!」
「カッコ良かったぞー!」
「ご好評をいただけて何よりです。私のサックスを時にはユニゾンで、時にはバッキングで支え、そしてソロでも抜群の腕前を見せてくれた安藤君に拍手を!」

 マスターの呼びかけに応えて、客席から大きな拍手が送られる。「安藤くーん」という呼び声も聞こえる。俺は少々戸惑いつつも手を振って拍手に応え、客席に向かって一礼する。

「さて、今まではそれぞれ自分の楽器を通して皆様に音をお届けしたわけですが、いよいよ自分自身が楽器であるヴォーカル、井上さんが登場します。井上さん、どうぞ!」

 大きな拍手に迎えられて、白のブラウスに黒のベストとフレアスカート、黒のパンプスという出で立ちの晶子がステージに上がる。指笛と共に「井上さーん」という呼び声が彼方此方から聞こえる。ファンが多い晶子ならではだ。バッキングを担当する俺は一歩下がって手を叩く。

「これからクリスマスに相応しい曲を彼女の歌声でお届けします。定番の『ジングルベル』、『赤鼻のトナカイ』、そしてこのコンサートでは初めてお目見えの『Winter Bells』。続けて3曲、張り切ってどうぞ!」

雨上がりの午後 第1085回

written by Moonstone

 マスターのサックスが高域から低域まで使い切って、細かいフレーズを誤魔化すことなく、ツブをはっきりさせて聞かせてくれる。マスターの肺活量と息継ぎのタイミングの上手さに感服させられる。俺も初めて演奏した時は、この部分がサックスではどうなるのか不安だったが、このステージで改めてそんな心配を吹き飛ばしてくれた。

2003/2/19

[ここまで堕落した「平和の党」(2)]
 (昨日の続きです)更に「サンデープロジェクト」では、司会の田原総一郎氏の「フランス、ドイツは断固反対しているんですが、それに対してどうして日本ははっきりした姿勢は示さないのか。」という問いに対し、「私は政府じゃないから分からないが」とわざわざ前置きした上で「査察継続はいいんだが、それはサダム・フセインの喜ぶところじゃないんですか。」と答え、フランスなどの戦争反対の姿勢を「間違っていると思いますよ。」と言いました。
 公明党は国権の最高機関である国会における与党の一員です。政府の行動を左右する権限があります。にも関わらず「政府じゃないから分からない」というのは責任逃れでしかありません。フランスなどの戦争反対の姿勢を「間違っていると思う」という発言共々、政府与党の一員の発言という自覚があってのことでしょうか。もしないとすれば政権与党たる自覚のなさを示すものであり、あるとすれば日本政府は戦争を容認する立場にあると公言したことになります。
 さらに田原氏の「サダム・フセイン体制を倒さなければだめだということは、日本は賛成?」という問いに「ここまで違反してきた人ですから、それは、世界中が賛成するんじゃないですか。」とまで言いました。田原氏がこの後に述べたとおり、「世界中は(賛成)していない」のです。国際世論の多数派はイラク軍事攻撃反対、査察の継続、強化による平和的な武装解除なのです。しかも他国の政権転覆の展望を持っているということは、明白な内政干渉であり、アメリカの姿勢そのものです。公明党の発言は日本政府のアメリカ追随の姿勢を証明したことになるのです(続く)。
 それに続いてシーケンサのロック調の演奏に合わせて、俺がディストーションを効かせた、いかにもロックといった感じの演奏をする。観客の手拍子が熱い。こうしていると高校時代のバンド演奏を思い出す。ロックじゃギターはヴォーカルに匹敵する存在だからな。だが、この曲はバッキングに終始するわけじゃない。
 エフェクターをユニゾン時のものに切り替えて、再びマスターとメロディをユニゾンする。T-SQUAREの曲ではギターとEWIがユニゾンするものが結構あるんだが、ギターの音色をエフェクターで工夫してやるとEWIやサックスのそれに近くなる。マスターと時々目配せしながら、音のツブをサックスと揃えてやる。こうしないと折角のユニゾンが台無しだ。
 そして曲はサビに突入する。俺はバッキングに戻り、マスターのサックスが熱く輝く。俺はこの部分が一番好きだ。タイトルの「HIGH TIME」、即ち「頃合」をイメージさせる。音はEWIじゃないが、マスターの奏でるメロディは原曲を知っている俺にも違和感を感じさせない。ロックでもブロウの効いたサックスの音色は映えるもんだ。
 曲はドラムソロに入る。勿論この部分はシーケンサの演奏だ。俺はエフェクターを切って、エレキギターのナチュラルな音でバッキングを奏でてドラムソロが前面に出るようにする。今までが「動」ならここは「静」の部分だ。次に続くギターとサックスのソロに備えて「頃合」を窺っていると言えよう。よく考えて作られていると思う。
 ドラムソロで客の手拍子がちょっと乱れたところで、オルガンのバッキングを−これも勿論シーケンサの演奏だ−従えた俺のギターソロに入る。リズムがはっきりしたことで、客の手拍子が元に戻る。いかにもロックでのギターソロという音色で演奏していると、自分の身体も熱くなってくる。客の手拍子も心なしか熱く感じる。こういう曲はやっぱりこうでないとな。
 我ながら上手く決まったと思うギターソロに続いて、マスターのサックスソロに入る。ここは原曲では勿論EWIなんだが、マスターのサックスは原曲とはまた違った、ある意味での斬新さを感じさせる。しかし、このテンポで細かいフレーズが続くというのに、マスターのサックスは少しも勢いを衰えさせない。それどころか待ち受けているサビに向かって驀進しているように思う。
 俺のバッキングが霞んでしまう迫力あるサックスソロが終わると、曲はユニゾン部分を通過してサビに突入する。マスターのサックスがより熱く輝く。俺の弦を爪弾く指にも自然と力が篭る。さあ、ラストだ。

雨上がりの午後 第1084回

written by Moonstone

 曲はサックスとギターのユニゾンで幕を開ける。マスターのパートは本来EWI(註:Akai Professional製のウィンド・シンセサイザ)なんだが、マスターはあえてサックスで挑む。何でもEWIは使ったことがないそうだ。

2003/2/18

[ここまで堕落した「平和の党」(1)]
 驚くと言うより呆れました。日曜日のNHK「日曜討論」そしてテレビ朝日系「サンデープロジェクト」で、公明党・創価学会の本音が出ました。先の「日曜討論」では、「(ベーカー米駐日大使は)まだ攻撃するということは、最終決断してませんとおっしゃっているわけです。何かもう、戦争、戦争というけれども、それはいま圧力をかけているわけであって」と、軍事攻撃準備を進めるアメリカなどの動きを「圧力」として擁護するばかりか、「その圧力を抜くような、利敵行為のような、サダム・フセインに利益を与えるような、戦争反対とか、それはむしろ解決を先延ばしする。」とまで言いました。
 何のために国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)と国際原子力機関(IAEA)が3度も国連安保理に報告し、問題点があるとしながらも「査察は前進している」「査察は継続・強化すべき」と唱え、安保理15ヶ国中12ヶ国が14日の国連安保売り外相級会合で査察の継続・強化を主張しているのか。それはもはやマスコミも無視出来なくなったように国際的にイラク戦争反対の世論が強まり、アメリカやイギリスの孤立が深まっているということの表れです。それを害するような軍事攻撃準備を「圧力」と言うとは。しかもアメリカは「ゲームは終わった」などとして先制攻撃を公言しているのです。これほど現実を無視した暴論もそうそうありません。「平和の党」の正体が見えた、というものです(続く)。
 俺とマスターが交互にソロで演奏して、1小節だけ細かいフレーズをユニゾンしてみせてから俺のソロに入る。序盤はアームやボリュームを加えてちょっとしんみりした感じで、中盤以降は音のツブを際立たせる感じで演奏する。こうするとメリハリが効いて良い感じになる、と、CDの「手本」と自分の演奏を比べて気付いた。ボリュームは見落とされがちだが、重要な要素だと認識した。
 続くシンセ音のソロは、マスターがエフェクターを介した音色で聞かせる。こういうホワンとした感じの音色は息を使う楽器の方が表現しやすいと個人的には思う。去年は本番でいきなり披露してくれたので俺もちょっと驚いたが、今回は音合わせの過程で耳にしているから驚くことはない。だが、客の中には、マスターがサックスを吹いているのに音がサックスと全然違うことに驚いている様子がちらほら見える。この辺はステージに上がる者だけが知る秘密だと言って良いだろう。
 それが終わるとシーケンサの演奏が止まり、「元に戻った」サックスと俺のギターのユニゾンに入る。ここは演奏し辛いところだし、客も戸惑っているらしく手拍子が乱れている。だが演奏者が演奏を乱すわけにはいかない。俺はテンポを頭で計りつつ、マスターと息を、音を合わせる。
 駆け上るようなフレーズのユニゾンが終わると、俺にとってのここ一番の見せ場に入る。ギターで動物の鳴き声を表現するところだ。自分の手足をフル動員して様々な動物の鳴き声を表現すると、客席から元に戻った手拍子に加えてどよめきが起こる。最後の狼の遠吠えのようなところは、ボリュームを丁寧に操作して、より「らしく」する。するとより大きなどよめきが起こる。手拍子が拍手に変わる。どうやら喜んでもらえたようだ。
 そして曲は再び俺のソロ、マスターとのユニゾン、俺のソロ、マスターのソロと流れていく。最後のマスターのソロの部分では、俺がコーラスにも喩えられる緩やかな伸びのあるフレーズを奏でる。簡単だからといって疎かには出来ない。逆にこういうところでミスが目立ったりするんだよな。
 最後は去年同様、俺とマスターのユニゾンに続いて、フェードアウトしているシーケンサの楽器音の中で俺が動物の鳴き声を模した音を出して締める。音が消えるに従って手拍子が消えていく。そして店内が一瞬静まり返った後、大きな拍手と歓声、そして指笛が沸き起こる。俺とマスターは手を振ってそれに応える。良い気分だ。しかしそれに浸り続けているわけにはいかない。次の曲が控えているからだ。俺とマスターは準備を整えた後、目配せをして俺がシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。

雨上がりの午後 第1083回

written by Moonstone

 マスターのサックスが入って来て俺のギターとユニゾンする。俺がソロで弾いていたメロディと殆ど変わらないが、サックスが混じると、ギター単独では味わえない音の響きの豊かさを感じる。片や弦を爪弾く楽器。片や息を吹き込む楽器。性質が違うものが上手く絡み合うと、演奏している方も気持ち良くなる音になるんだろう。

2003/2/17

[他所のこと言えるの?]
 最近、北朝鮮の番組や報道を紹介し、金正日個人崇拝の異常さや北朝鮮の政治体制を揶揄する報道がありますが、果たして日本が北朝鮮の異常ぶりを笑えるのでしょうか?
 約半世紀前、天皇という個人を現人神(あらひとがみ)として熱烈に崇拝し、その体制を批判する人を「アカ」と蔑称、排斥していたのは何処の国ですか?天皇のために死んだ人を英霊として祭り上げ、侵略行為の正当化を企んでいるのは何処の国ですか?「君」が天皇のことを指すと法案審議中の首相が明言した、「君」が末永く繁栄するよう願う国歌を歌わせているのは何処の国ですか?自分の国の歴史も今も正視出来ない分際で、よく他国の政治体制を揶揄出来るものですね。
 日本はアジア諸国に対して頭を上げられない立場にあることを分かっているのでしょうか?今尚侵略戦争を肯定、美化する人間や精力が幅を利かせ、政府がそれを擁護するようでは、アジア諸国の信頼が得られるはずがありません。昨日もお話したように、ひたすらアメリカの尻を追いかけるような国が尊敬される筈がありません。歴史と今を正視し、真に反省すること、即ち歴史の逆流を許さない毅然とした立場に立つことで初めて、日本は他国の政治体制を批判出来ると思っておくべきでしょう。
 引っ込んでいたマスターが、サックスのソロを入れてくる。転調を挟む中、マスターのサックスはあくまでも自由で力強いフレーズを聞かせる。やや前のめりの姿勢でサックスを奏でるマスターをちらちら見ながら、俺は近付いてくる自分のソロに向けて心を固める。幸いにもソロの前4小節ではギターは白玉になるので、俺はオーバーアクションを交えてタイミングを計る。
 マスターのソロが終わると直ぐに俺はソロに入る。ソロの難度はそれほど高くないが、こういう曲ではノリが何より重要だ。俺は身体を少し逸らしてギター演奏をアピールしてみせる。一旦曲が止まるところで、俺は弦を掻き鳴らした腕を大きく振り上げて動きを止める。そしてグリスに続けてソロを再開する。・・・うん、なかなか決まったんじゃないだろうか?
 そしてギターソロが終わると、再び忙しないバッキングに戻る。ここからはほぼサックスの独壇場になる。俺はリズム感を崩さないように注意しつつ、客によりノってもらうために、リズムに合わせて身体を揺らして見せる。最後のソロに突入すると、マスターのサックスも更に熱を帯びてくる。忙しないことこの上ないバッキングをこなしながら、俺はマスターとのセッションを楽しむ。マスターは身体を前後に傾けて、音の伸びや細かさを表現する。本当にマスターはサックスと一体になっている感じがする。
 難度の高い、肺活量も試されるフレーズを見事客席に向かって放って間もなく、曲は少々呆気ない形で終わる。客もやっぱり少し戸惑ったようだが、程なく拍手や指笛が飛んで来る。俺とマスターは客席に手を振ってそれに応えつつ、再び演奏の準備を整える。俺はマスターと目配せした後、シーケンサの演奏開始のスイッチを押す。
 コンガの音に続いて、俺がエフェクターとアームとボリュームをブレンドして動物の鳴き声を奏でてみせる。客席から手拍子に混ざってどよめきが起こる。この曲は去年のコンサートでも演奏したし、今までも時々演奏してきたんだが、動物の鳴き声をギターで表現するところでは客の注目が集まるのを感じる。やはり物珍しいんだろう。
 それが終わると暫くは俺がステージの主役になる。『Head Hunter』とは逆のパターンとも言える。テンポの割に細かいフレーズを、シーケンサの楽器音と客の手拍子に乗せて奏でる。自分が前面に出る分、責任は大きい。リズムを崩さないように注意しながら、しかしあくまで軽快なノリで演奏を続ける。

雨上がりの午後 第1082回

written by Moonstone

 それを8小節分続けた後、エフェクターを元に戻して最初より更に忙しないフレーズを演奏する。そこにマスターのサックスが絡む。サックスは8小節分演奏したら一旦引くが、俺はひたすらギターと格闘しなければならない。この曲は本当にギター泣かせだ。客席からの手拍子が心強い。

2003/2/16

[何時まで「スネオ」で居続けるのか!]
 イラクを巡る情勢は一段と緊迫しています。国連安保理では査察団の増強などを柱とする平和的解決を提案するフランス、ドイツ、ロシア、中国に対して、査察打ち切りと軍事攻撃を目指すアメリカとイギリスが激しく対立しています。アメリカを支持するという政府の国々(スペインなど)でも、国民世論の多数派はイラク攻撃反対であり、これは各国のメディアが伝えているところです。
 ところが日本は「14日の経過を見て国際協調を図る」としか言えない。フランスやドイツがNATO(北大西洋条約機構)でのアメリカとの同盟関係を破棄しても止むを得ないという立場から公然とアメリカに反旗を翻しているのに、日本だけはインド洋に展開するアメリカ軍を公然と支援し、あろうことか戦闘能力の高いイージス艦まで派遣する始末。一体何時までアメリカの尻を追えば気が済むのか。
 日本の国際的にも異常なアメリカ追随姿勢は、日米同盟を最優先するという立場に基づいています。このためなら国民がNLP(夜間離着陸訓練)の騒音に悩まされても構わない、世界の自然保護団体などからも批判の声が上がっているジュゴン生息域である沖縄の名護市沖に巨大米軍基地を新設する、アメリカに毎年払う必要のない「思いやり予算」を2000億円以上も提供してやる・・・。「ジャイアン」アメリカにへこへこ従う「スネオ」日本。この現状を変えるには政権を180度方針の違う方向に転換する以外方法はありません。

「皆様、コンサートはまだ始まったばかりです。手の叩き過ぎでこれから拍手出来なくならないようにご注意願いますね。」

 マスターのユーモアの混じった言葉に客席から笑いが起こる。本当にマスターはステージ慣れしている。MC(註:Master of Concertの略。司会進行のこと)が上手いと客席の盛り上がりも増す。これは一応高校時代バンドで何度もステージに上った経験で分かる。最もその時のMCは話し下手な俺じゃなくてリーダーのヴォーカルの奴がやっていたが。

「さて、気分が洗われたところで、私と安藤君がペアになってノリの良いナンバーをお届けしましょう。『Head Hunter』、『Jungle Dancer』、そして『HIGH TIME』です。さあ、今度は一転してライブ会場になりますよ。ついて来てくださいね。」

 いよいよ俺の出番がやってきた。新曲は二曲共マスターがデータを作ってくれた曲で、店の暇を狙ってたまに披露してきたが、客席の反応は上々だった。内容を知っている俺は、ひたすら自分のパートを練習してステージに臨んで来た。常連でもあまり耳にしたことがない曲だと思うが、ノリの良さは間違いないと思う。
 マスターはマイクをマイクスタンドに引っ掛けてアルトサックスの準備を整える。俺はステージに上がってエレキギターを準備する。店内にぎっしり詰まった客を見て俄かに緊張が高まる。俺は気付かれないように何度か深呼吸をしてサックスを構えたマスターの右横に並ぶ。シーケンサのスタートは俺の役目だ。俺はエフェクターの組み合わせをフットスイッチで選んで、一呼吸置いてシーケンサの演奏開始のフットスイッチを押す。
 スネアの威勢の良い1小節分のイントロの−これは演奏を始めやすいようにとマスターが作ったものだ−4小節目で、俺がギターのグリスを(註:音程を上或いは下に滑らせること)入れる。そして忙しい演奏が始まる。基本は8小節分だが、これがなかなか忙しない。アップテンポのリズムに乗せて基本フレーズを奏でる。
 マスターのサックスが入る。ブロウの効いた音色だ。よく似た感じの2小節を4回繰り返す感じだが、その間も俺の忙しないフレーズは続く。それが終わるとマスターが引っ込み、俺はエフェクターを切り替えてメロディを奏でる。音色はバッキングをやっていたときとは違って、ちょっとうねるような感じだ。ヴォーカルのような音色を生かした、メリハリのある演奏を心がける。

雨上がりの午後 第1081回

written by Moonstone

「ご清聴くださいまして、ありがとうございます。」

 拍手が鳴り止まない客席に向かって、ステージに駆け上がったマスターがマイクを通して話し掛ける。それで拍手がようやく収束へ向かう。

2003/2/15

[定期更新制度を撤廃したのに・・・]
 大体2週間おきに大きな更新が(更新したグループの数)ありますね。曜日が土曜か日曜か異なることはあっても、違いと言えばその程度のもので、2週間おきに主力作品の「魂の降る里」と「雨上がりの午後」が新作公開となってます。
 一体何のために定期更新制度を撤廃したんでしょうねぇ(苦笑)。特定作品(言っちゃえば「魂の降る里」)を狙い撃ちにした御来場者数の変動が嫌でこの日にもコンスタントに来て欲しい、という思いから定期更新制度を撤廃したんですが、更新を定期化していては以前と同様狙い撃ちされても仕方ないですわな(苦笑)。
 じゃあ、更新日をずらせば良いじゃないか、と思われるでしょうが、平日更新するとまともに読まれないんじゃないかと思うんです。皆さん、平日はそれぞれ仕事に学校にと忙しくて疲れていて、このページのようにテキスト中心のページでは折角更新しても流されてしまう。折角読んでもらうものなんだから週末に、と思って更新しているんですが・・・。こういうところで妙に几帳面さが出てしまうのが目下の悩みですね(苦笑)。
 一転して静まり返った店内に、ゆっくりと一呼吸置いてクイ(註:和音のこと)とアルペジオが混じった旋律が流れる。ゆったりとしたテンポで荘厳さを感じさせる。去年聞いたイントロと違うように思う。もしかしたら潤子さん、毎年イントロをアレンジして演奏しているんだろうか?だとしたら相当の腕前だ。潤子さんがどんな生い立ちなのか知りたくなってくる。
 4小節分のイントロが終わると、少しだけ間を置いて−これはなかなか憎い演出だ−、主旋律とアルペジオが混じった音が客席に可憐に響き渡る。緩やかに揺れるテンポは聞き苦しさを感じさせず、逆に心地良ささえ感じさせる。このあたり、やはり潤子さんの有無を言わせぬ上手さが感じられる。本当にどういう生い立ちなんだろう?益々気になってくる。
 そうしていると、メロディがクイになり、アルペジオも高温から低音までフルに使ったものに変化していく。本当に聖歌隊が合唱しているかのようだ。感嘆が混じった表情を浮かべている客も居る。これは本当に凄い。去年にも増して客に聞かせる「何か」を加えたように思う。俺は半ば呆然と、ピアノを弾く潤子さんを斜め後方から見詰める。
 徐々にテンポを落とし、ピアノの高域と低域を使い分けた、聖夜の調と呼ぶに相応しい響きを残してピアノの一音一音の響きをより大切にした感のあるエンディングを迎える。最後の音の響きが消え入っても客はまだ反応を示さない。潤子さんが鍵盤から手を離し、立ち上がったところでようやく客席から大きな拍手が沸き起こる。客も音の響きを最後まで聞き漏らすまいとしていたんだろう。もうここまで来ると流石としか言いようがない。潤子さんは割れんばかりの拍手の中で一礼して、ステージから降りる。

「凄いですね、潤子さん。」
「感動しました。一体何時練習してるんですか?」
「喜んでもらえて光栄だわ。練習は普段からちょくちょくやってるわよ。お店が終わってからとか。」

 潤子さんは笑みを浮かべてさらりと言ってのける。潤子さんは店に加えて家事もあって忙しい筈だ。それで練習する時間を確保するのはそう簡単に出来ることじゃない。その限られた時間を充実したものにするよう、常に心がけてるんだろう。息抜きを兼ねている部分もある俺としては、少しは見習った方が良いのかもしれない。

雨上がりの午後 第1080回

written by Moonstone

 マスターが洒落た言葉を言って、黒のスーツと黒のパンプスで固めた潤子さんを残してステージから降りる。去年も確か最初は「清しこの夜」で始まったよな。これは俺と晶子がこの店でバイトをするようになる前からの「定番」なんだろうか?潤子さんはピアノに座って長い黒髪をさっとかきあげる。その仕草に客席からどよめきが起こる。確かに様になってるよなぁ・・・。

2003/2/14

[早くチョコレート買いたい]
 今日はバレンタインデー。とはいってもこのページではそれに合わせた企画などを一切用意してません。自分に縁がないイベントですし、これが言い出された頃からチョコレートが買い辛い、否、買えない状況からは焼く脱出したいというのが率直な願いです。
 私はチョコレートが好きなんですが、「バレンタインデー」という単語が言われ始め、スーパーなどの目立つところにチョコレートのコーナーが設置されるようになると、おちおちチョコレートに手が出せません。私は単にチョコレートが食べたいから自分で稼いだ金で買いたいだけなのに、何でこんな肩身の狭い思いをせにゃならんのだ、と毎年思います。
 冬の風物詩だから、という見解もあるでしょうが、誰かが居辛くなるような風物詩なんてまっぴら御免です。それはクリスマスも同じですが。このお話をしている最中に聞いているラジオでも、バレンタインデーやら誰にチョコレートを贈るやらと五月蝿くて仕方ありません。これもクリスマス同様マスコミの喧伝で広まったことを考えると、チョコレートの塊をマスコミに投げつけたくなります。まあ、実際に出来るようなら自分で食べてるでしょうけど(爆)。
 ステージに向かって左からマスター、俺、晶子、そして潤子さんの順に並んだところでまずは揃って一礼する。すると客席から拍手が起こる。

「皆様、こんばんは。本日はようこそ当店のコンサートへお越しくださいました。多数のご来場、誠にありがとうございます。」

 マスターの言葉に観客が拍手や指笛で応える。ステージの上に居る者としては嬉しい反面、期待という強烈なプレッシャーを感じるものだ。だが、今更泣き言を言ってはいられない。もう始まったんだから。

「今年は昨年以上のご来場を見込みまして、これまで用意しておりましたテーブル席と椅子席を全て撤去し、オールスタンディングの形式とさせていただきました。そうしましたところ、予想以上に多くの方にご来場いただきまして、正解だったようです。」

 客席から笑いが起こり、続いて再び拍手が起こる。

「昨年から実力の備わった二人が新たに加わり、本年もその二人が揃ってステージに上がることになりました。二人は学業で忙しい中新曲を用意し、今回のステージでも披露します。勿論、オリジナルメンバーである私と潤子も新曲を用意しています。少々手狭ではございますが、その分お楽しみいただければ幸いです。どうか宜しくお願いいたします。」

 そう言って一礼するマスターに倣って、俺と晶子と潤子さんが一礼する。客席から万雷の拍手が沸き起こる。期待の表れだろう。この一月あまり、殆ど毎日満員御礼状態だったからな。客の顔触れを見ると、常連に混じって初めて見る顔がある。人伝でコンサートの話を聞いて訪れた客だろう。これをきっかけに店の常連になるのかもしれない。

「では聖夜の調(しらべ)は、『清しこの夜』から始めることとしましょう。ピアノの美しい音色をご静聴ください・・・。」

雨上がりの午後 第1079回

written by Moonstone

「すみません。演奏者が通りますので道を開けて下さい。」

 マスターの声で客の視線が俺の方に集中したかと思うと、人一人何とか通れるくらいのスペースが出来る。俺は客にこれ以上窮屈な思いをさせないようにと、急ぎ足でステージに向かう。

2003/2/13

[困ったなぁ・・・]
 ここ最近、頓に疲れやすくなっていて困っています。何せ出勤の経過だけで1日の仕事を終えた後みたいに疲れてしまって、眠さでまともに仕事が手につかないんです。業務発表の準備はほぼ終えましたが、15分という発表時間内で収めきれるかどうかシミュレーションするのが難しく(眠さで頭が働かない)、なかなか満足のいく形に持って行くことが出来ません。
 昼食後と夕食後の睡眠はもはや欠かせません。昼は転寝程度しか出来ませんが、夜は本格的に寝てしまいます。寝ないとPCの前に座ることすら出来ません。今お話しているのも、1時間半くらい寝てからしてますし。
 本来は連載の書き溜めを進めなければいけないんですが、この調子ではそれどころではありません。前々から疲れやすい身体になっているのは分かっているんですが、最近は特に酷い。何とかならないものか・・・。
 今回は去年以上の客の入りが予想されるということで、テーブルと椅子を全部片付けることになった。ライブ会場でよくあるオールスタンディングというタイプだが、この方がより多くの客を中に入れられる。折角来たのに入れないから諦めて帰る、なんてのは寂しい話だしな。
 昼食と休憩を挟んで客を入れる準備が着々と整っていく。ふと窓の外を見ると、もう店の前に数人の人が来ている。まだ開店の18:00まで2時間あるというのに・・・。今日24日と明日は通常営業じゃなくてクリスマスコンサートをするという告知は12月に入って直ぐにしてあるから、多分何をやっているんだろうと不思議に思っている人はあまり居ないと思う。人伝に話を聞いて今日初めて店を訪れるという人は居るかもしれないが。

「お待たせしました。押さないで順序良く奥に入ってください。」

 夕食を済ませて、準備用の汚れても良い服からステージに上がるための服に−俺は白のシャツに黒のブレザーとズボンだ−着替えた俺は、ドアを開けてプレートを「CLOSED」から「OPENING」に切り替えて客を店内に誘導する。
 予想どおり、否、それ以上に凄い人の列だ。行列は絶えることなくどんどん店内に吸い込まれていく。奥の方では「前の方に詰めてください」という晶子の声が微かに聞こえる。カップルや友人達らしい人の話し声がかなり大きなざわめきになって、奥の方の声をかなりかき消してしまう。テーブルと椅子を全部片付けたのは正解だったな・・・。
 店内は瞬く間にいっぱいになった。俺はドアを閉め、どうにか客席部分まで押し込んだ客の間を潜ってステージへ向かおうとするが人垣が固くてどうにもこうにも進めない。俺は予め打ち合わせしておいたとおり、両手を上げて交差させる。「そっちへ行けない」という合図だ。すると、先にステージに上がっていたマスターの声が店内に響く。

雨上がりの午後 第1078回

written by Moonstone

 いよいよこの日がやってきた。喫茶店「Dandelion Hill」クリスマス恒例のクリスマスコンサートだ。24、25日の両日に行われるこのコンサート、去年は初めてでマスターと潤子さんの指示を仰ぐだけで精一杯だったが、今回は自分が何をすべきかそれなりに分かる。朝食後、四人がかりでテーブルや椅子をステージの両隅に持っていって積み重ね、飾り物を窓に飾る。

2003/2/12

[完全休養日]
 昨日は一日寝てました。食事とたまの水分補給とトイレ以外、このお話をするまでPCの電源すら入れませんでした。何かしようという気はあったんですが、気だるさには勝てず、ひたすら寝ていました。まあ、実際に寝ていたのは昼前までで、後は横になっていたという感じですが。
 折角何時もの時間に目覚ましをセットして塵捨てに行くつもりだったのに、そのときにはすっかり忘れてましたよ。気付いたのが夕方では遅すぎますわな(爆)。今日から仕事だっていうのに、こんなことで大丈夫なんでしょうか?まあ、切り替えは出来る方なんで、何とかなるでしょう。
 ずっと寝てると身体の彼方此方が痛んでくるものですね。今は両肩と腰が痛いです。寝ていて余計に疲れたっていう感じがします。存分に休んだ分、今日からは業務発表の準備なんかに力を入れましょうかね・・・。
 俺は自分でテンポを取ってイントロを弾き始める。この曲での晶子の役割はヴォーカルじゃなくてコーラスだから、晶子の出番までには多少間がある。その間は俺のギターの独壇場だから−ブラスセクションが混じるが−、音のツブをはっきりさせる必要がある。本来ならエフェクターをかけて音を豊かにするところなんだが、アンプしかない今は生音で我慢するしかない。まあ、これまでの月曜日の練習でも同じだったから、戸惑いはない。
 身体を揺らしてリズムを取っていた晶子のコーラスが入る。ギターの音と合わさると、晶子と一体になって曲を奏でていることを実感出来る。ギターがメインの曲ではあるが、コーラスがないと味気ない。二曲とも俺と同じ姓のギタリストが作った曲だが、様々な方面の知識を自分のものにしているんだと思う。
 俺は独立独歩でいくのが苦にならないし、むしろ助言や忠告を干渉として排除する傾向があるように思う。「個性の時代」と言いつつ個性を圧殺するようなことが蔓延(はびこ)る理不尽な時代だが、その中で個性を保つには独立独歩が大切だとは思う。でも、助言や忠告に耳を傾ける必要もあることは、この一件で痛感させられた。もし潤子さんやマスターの助言や忠告に耳を貸さなかったら、俺は折角手に入れた幸せを自ら投げ捨てるところだったんだから。
 晶子のコーラスとギターの音が上手く噛み合う。彼氏彼女を自称するなら信じること、信じるのは相手が居ることだけじゃなくて、相手のおかれている事情を信じることが必要だと分かった。この曲のように二人一緒に何処までも歩んでいきたい。そのためには今の幸せに甘んじず、常に自戒と信心が必要なんだろう・・・。

3日後、セクハラ対策委員会の判断が下った。
田畑助教授には単位認定に関わる関係強要とメール不正使用の罪で停職6ヶ月、減給1年の処分が下された。
晶子の名前は勿論出なかった・・・。

雨上がりの午後 第1077回

written by Moonstone

「まずは『Tonight's the night』からで良いか?」
「はい。」
「よし。それじゃ始めるか。」

2003/2/11

[貧血気味・・・]
 スランプに陥った、と思っていたのは間違いだったようで、昨日1本新作を書き上げることが出来ました。書けなかったのはスランプではなく、単に疲れやすくて長時間PCに向かって考え事が出来ない状態が休みの初頭から出て、それをスランプだと思い込んでいただけのようです。
 それはそうとして、昨日は大変でした。ちょっとした拍子に出た鼻血が酷くて、1回毎の大量出血に加え、止まったと思ってもちょっとした拍子で(食事で体温が上昇したりとか)再び出血して、意識がちょっと朦朧としています。私は元々血圧が低い上に貧血気味なので、そこに大量出血を重ねたら貧血になるのは当然と言えば当然ですね(汗)。
 このお話をする前までずっと横になっていました。貧血でふらついていたこともありますし、作品書き上げて疲れたのもあります。ラジオで「20歳の献血キャンペーン」とかやっていますが、私の方が献血して欲しいくらいです(^^;)。ちなみに私は献血出来ません。先にお話したとおり血圧が低い上に貧血気味なので、献血出来る身体じゃないんです。・・・脆い(汗)。

「・・・こうじゃないといけませんよね。」
「?」
「祐司さんの言うとおり、大学と此処は別ですものね。大学のことを引っ張ってちゃ、勿体ないですよね。」
「・・・さっき言ったことと矛盾するけど・・・無理しなくて良いんだぞ。」
「もう平気です。私には祐司さんが居ることが改めて実感出来ましたから。今回の騒動と無関係な祐司さんまで影響が及んでるのに、肝心の私がしっかりしてなかったら、祐司さんが困っちゃいますよね。」
「晶子・・・。」
「さ、練習始めましょうよ。まずは言い出しっぺの祐司さんの曲からですね。」

 そう言って俺から離れた晶子は、気丈だと思う。気丈だがやはり、繊細な心の持ち主だ。無理している部分は多々あると思う。だが、晶子が自分の足でしっかり立つと宣言した以上、俺が止める理由などない。俺は晶子と共に歩むだけだ。

「そうだな。それじゃ準備するからちょっと待っててくれ。」
「はい。」

 俺と晶子は立ち上がる。そして俺はギターとアンプの準備を始める。そうだ。大学と此処とは別だ。大学でのごたごたや不満を持ち込むべきじゃない。それに此処ですべきことは沢山ある。晶子の問題はセクハラ対策委員会という然るべき組織が相応な処分を下すだろう。今回のデマメールも出所が明らかになれば、計算機センターやセクハラ対策委員会が何らかの対策を講じるだろう。
 ギターとアンプの準備を終えた俺は、簡単にチューニングの確認をする。夏場と違って湿気が少ないから、多少放っておいてもチューニングが狂って「音痴」になることはあまりない。念のため、というところだ。そして適当に弦を爪弾いて音を出したところで、晶子の方を向く。晶子は俺の方を向いて立っている。

雨上がりの午後 第1076回

written by Moonstone

 ようやく晶子に笑顔が戻る。晶子は目を手で拭って消し去る。本当は泣きたいところなんだろうけど、俺に合わせてくれてるんだろうな・・・。俺が別の方向に話を振ることで慰めようと思っていると悟って・・・。こういう時自分が不器用なことを痛感する。もっと気の利いた慰めが出来れば良いんだが・・・。

2003/2/10

[こりゃ本格的だわ(汗)]
 待てど暮らせど書く気は起こらず、無理矢理書き始めたもののテキストエディタ1画面程度書いたところで呆気なく中断。これはキャプションどおり本格的なスランプのようです。当分まともな更新は期待しないで下さい。何で年度末を控えたこの時期にこんなことになっちまうんだろうなぁ・・・。根本的なところで運が悪いですね、私は。
 で、話は変わりますが、アメリカが提示したイラクの大量破壊兵器開発疑惑の証拠の一つとして提示されたイギリスの情報機関の文書が、実は先に発表された論文のつぎはぎだったことが、イギリスのテレビ、チャンネル4で暴露されました(「しんぶん赤旗」2003年2月9付)。それもご丁寧なことにスペルミスなどはそのまま書き写し、イラク疑惑に関する部分だけは危険を煽るように書き換えていたというのですから、流石は情報機関という名の国家諜報機関だけのことはあるというものです。
 アメリカのCIAにしろイギリスのMI6にしろ、そして旧ソ連のKGBにしろ日本の公安警察や公安調査庁にしろ、国家的謀略が絡むところには必ずこのような機関が介在して情報操作や捻じ曲げをしているものです。それを「お膝元」のマスコミがホームページでも公開しているのに、それを伝えない日本のマスコミ・・・。如何に日本のマスコミが無能な存在か分かるというものです。こんなマスコミは不要です。
幾ら自分の責任だから耐えると言ってみせたとはいえ、女の白眼視やいじめは男の場合より集団的で陰湿だと言う。話を聞いて想像する限りでも、白眼視や嫌がらせは晶子の神経を相当参らせたに違いない。それがこれからも続くと考えれば、気弱になっても無理はない。叱咤激励なんて出来ない。より追い詰めるだけだ。

「・・・歌の練習するか?」

 俺は晶子に話を持ちかける。晶子の身体の震えが心なしか少なくなる。慰め方としては無茶苦茶かもしれない。だが、晶子には悪いが、幾ら泣いても喚いても現実は変えられない。ひたすら孤独に耐え、ほとぼりが冷めるのを待つしかない。ならばせめて大学を離れたら、大学のことは忘れるようなことをした方が良いんじゃないかと思う。
 晶子が顔を上げる。その目は涙でいっぱいだ。見ている俺も心が激しく痛む。だが、俺が一緒に泣いても何にもならない。俺は笑みを作って見せる。晶子は一人じゃない。そのことが晶子に伝われば十分だ。

「嫌なことなんか歌に乗せて吹き飛ばしちまおう。ここは大学じゃないんだからさ。」
「・・・そうですね。今は祐司さんと一緒に居るんですよね?」
「そうそう。此処はマスターと潤子さんの家。そして俺と晶子にとってもう一つの家だ、ってマスターも潤子さんも言ってた。だから大学じゃ出来ないことをしよう。折角の場所なんだから。」
「はい・・・。じゃあ、私の練習に付き合ってくれますか?」
「勿論。俺の方も忘れないでくれよ。今度の俺の新曲は、二つ共晶子のコーラスなしじゃ締まりがないからな。」
「はい。」

雨上がりの午後 第1075回

written by Moonstone

 俺が言えるだけのことを言うと、晶子の身体の震えがより輪郭をはっきりさせてくる。

2003/2/9

[まさかスランプ?]
 昨日は何時もの土曜日と変わらない時間に起きたんですが、何故かPCに向かっても書こうという気が全く起こってきませんでした。普段なら何かしら展開や構想の断片が思い浮かんで、それを頼りに書き始めるんですが・・・。
 で、何時ものように買出しに出かけて食事を摂っても書く気は一向に起こらず、ぼんやりとゲームするか寝るかの繰り返し。寝てる時間が一番多かったかな・・・。腹痛が時々しましたし。で、このコーナーだけは何時もと変わらず構築しています。
 かなり前、このページの運営を開始して1年経つか経たないかという時に、何も書けないという激烈なスランプを初めて経験し、立ち往生したことがあります。何かその時と似ているような気が・・・(汗)。ま、書けないなら書けないで、無理しない方が良いでしょうね。休養だと思っておきます。

「よく耐えたな・・・。それだけで十分だ。」
「でも、祐司さんまで引き合いに出されて・・・。」
「俺の方はどうってことない。言いたい奴には言わせておけば良い。それより大学や行き帰りの道で暗がりを歩くのは避けるんだ。デマを鵜呑みにした奴らが襲ってくる可能性もある。危険を感じたら迷わず大声で助けを呼ぶんだ。今は自分の身を守ることに専念するんだ。俺のことは気にするな。・・・良いか?」

 晶子は小さく頷く。そして俺の手を更に強く握り、もう片方の手を俺の胸に当て、しがみつくようにセーターを掴む。

「今回のことは・・・元を辿れば私が軽薄な態度を取ったからです・・・。だから・・・どんな嫌がらせにも耐えます・・・。それが・・・私の責任ですから・・・。」
「そんなに自分を責めるな。あんなメールをばら撒いたのは簡単に見当がつく。計算機センターでログを解析すれば、誰がばら撒いたのかは直ぐ分かる筈だ。セクハラ対策委員会も黙っちゃ居ないだろう。兎に角今は自分のことだけ考えるんだ。」
「・・・。」
「俺が言うのも何だけど、こっちがどっしり構えてりゃ、根拠のない噂は案外簡単に跳ね返せるもんだ。さっきも言ったけど言いたい奴には言わせておけば良い。ただ、危害を加えてくるようなら迷わず助けを呼ぶんだ。俺が四六時中一緒に居られるならガードするところだけど、生憎学部が違うからそうもいかない。だから自分のことだけ考えるんだ。それで良い。」

雨上がりの午後 第1074回

written by Moonstone

 相当無理していたんだろう。マスターと潤子さんに涙を見せることで心配を掛けたくなかったんだろう。だからずっと耐えていたんだろう。そして俺を二人きりになった今、ようやく胸の内を明かすことが出来た・・・。晶子の心痛を思うと同時に、俺にだけ内情を明かしてくれた晶子を、こう言っちゃ失礼だが、愛しく思う。俺は晶子の手を手繰り寄せ、晶子をそっと抱きしめる。

2003/2/8

[未だ痛みは収まらず]
 依然として腹痛は治まりません。頻度は減って痛みも弱くはなったんですが、痛む時は思わず腹を押さえて前屈みになってしまうくらい痛いです。痛み止めを飲むまでには至っていませんが、薬の数には限りがありますし、普段薬を飲んでいる関係であまり他の薬を飲みたくないので(薬の衝突が怖い)、この週末で完治して欲しいところです。もう2時間待ちとかは御免ですから(切実)。
 直接腹に風邪の菌が入った、と言う人も居ますけど、私は風邪ではないと思うんです。くしゃみ鼻水鼻詰まりや咳、喉の痛みはありませんし、腹の具合が悪いということもありません。熱っぽくもありません。要するに時々強く(医者に行った日よりははるかにましになりましたが)痛むだけです。これを以ってシャットダウン、ということはないと思いますのでご安心下さい。
 念のため来週の月曜日に有給を取りました。これで4連休になります。この間に治ってもらわないと作品制作に支障を来すのは勿論、再来週に控えている業務発表のリハーサルに向けてのスケジュールが狂ってしまいかねません。何でよりによってこんな重要な時期に、と思うこと頻りですが、なってしまったものは仕方ありません。早く良くなって欲しいです。
 俺が答えると、晶子は再び視線を下に落とす。俺は黙って様子を窺う。こういう時、妙な慰めはしない方が良いだろう。ただでさえ不器用と言われる俺だ。いいたいことが上手く伝わらずに、晶子を更に追い詰めてしまうことにもなりかねない。だから黙っているのが、消極的ではあるが、一番妥当だろう。
 また暫し沈黙の時間が流れた後、俺の手を握る晶子の手に力が篭る。再び晶子を見ると、その肩が小刻みに震えている。・・・やっぱり何かあったんだ。俺は改めてそう確信する。耐えられないほどの侮辱を浴びたか。それとも嫌がらせを受けたか。何かは分からないが、問い詰めるようなことはしないで晶子が口を開くのを待つ。それが一番賢明だ。尋問したって晶子を追い詰めるだけだ。

「・・・今朝大学へ行ったら、周囲の視線が明らかに何時もと違ってたんです。祐司さんが経験したみたいに、講義室に入った途端、私に視線が集中したかと思ったら私をちらちら見ながらひそひそ話すようになって・・・。何かあったと直感した私は、パソコンでメールを確認したんです。そうしたら・・・あんな内容のメールがあったんです。発信者は不明でしたけど、見当はつきます・・・。」
「・・・。」
「それから後で・・・割と仲の良かった子から『あんたって、ああいう女だったのね』って言われて・・・。休み時間に見たこともない男の人から・・・面と向かって『ヤらせろ』って言われて・・・。」
「・・・それで、晶子はどうしたんだ?」
「私は『そんな女じゃない』って必死に弁解しました。でも・・・メールを信じ込んだ人が多くて・・・別の子には『あんたの彼氏も可哀相ね。親が誰かも分からない子どもの親候補にされちゃって』って言われて・・・。もう・・・弁解しても通じる状況じゃない、って分かって・・・沈黙することにしました・・・。」

 やはりというか、白眼視と嫌がらせは相当なものだった。見たこともない相手から「ヤらせろ」と言われたら戸惑うのは当然だし、何で私が、と思うだろう。仲の良かった相手にまで白眼視された日には、もう大学に行くのが辛くて仕方なく思えるだろう。今まで泣かなかったのが不思議なくらいだ。

雨上がりの午後 第1073回

written by Moonstone

「内容・・・、信じてませんよね?」
「あんな馬鹿馬鹿しいメール、信用するかしないか以前の問題だよ。俺は晶子がメールに書いてあったような女じゃないってことは分かってるつもりだし、そもそもそんな女じゃないって信じてる。」

2003/2/7

[先日の腹痛は・・・]
 まだ完全には収まっていません(汗)。時々程度は軽いですがズキズキ痛みます。痛み止めとして医者から処方された薬は5回分。1回は一昨日の夜早速使いましたし(あの痛みによく何時間も耐えてられたもんだ(汗))、更に昨日も痛みに耐えかねて1回使いましたから残りはあと3回。薬がなくなるまでに完治して欲しいところですが・・・。実は今でも時々痛むんですよね(汗)。
 で、昨日のこのコーナーでぼやいた待ち時間の長さなんですが、原因は明確。患者数の多さに対して医者が少なすぎるのです。患者が2、30人は居るのに(座れずに立っている人も居た。私もその一人(汗))、医者はたった一人。そりゃ薬を渡すだけとかいうのなら別ですけど、この数の患者を一人で診るのは無理があるんでないかい?と思った次第です。
 批判を承知で言えば、風邪の患者は後でも良いんです。急がなくても死にやしませんから。それよりも緊急性を要する私のような患者(盲腸かも知れんし腹膜炎かも知れんし、何より痛みで立ってるのも辛い状況だった)を優先して診るような体制にして欲しいです。何度もかかっていて腕は確かなことが分かっているだけに、せめて患者が増えるこの時期くらい医者を雇って患者を迅速に診察して欲しいです。私が痛みに耐えかねて倒れたりしたらどうしたんでしょう?気になるところです。
 俺と晶子は席を立って2階へ向かう。一応部屋は別々ということになっているが、初日に晶子が隣の部屋の物音に耐えられずに「避難」してきて以来、寝るのは一緒というのが二人の了解になっている。・・・多分マスターと潤子さんは知ってると思うが。俺は椅子にかけておいたコートとマフラー、そして自分と背凭れの間に挟んでいた鞄を持って、晶子を先導する形でキッチンを出る。
 前を行く俺の左手がきゅっと軽く、しかししっかりと締め付けられる。後ろを振り向くと、晶子が俺を見上げる格好で俺の手を握っている。その表情は夕食の時とは違って思い詰めたものになっている。・・・やっぱりか。俺は再び前を向いてゆっくりと進み、階段を上っていく。
 2階に辿り着いたところで再び後ろを振り向くと、晶子は視線を落としている。だが、手は離していない。・・・予想が確信へと変わっていく。俺は何も言わずに自分に割り当てられた部屋へ−去年と同じ部屋だ−向かう。中は廊下と同じくらい冷えている。俺は一先ず部屋の電気を点けて、荷物を部屋の隅に降ろして暖房のスイッチを入れる。暖まるまでに多少の時間はかかるだろうが、今はそれどころじゃない。
 俺は晶子の手を取ったまま向きを変えて、晶子と向かい合う形でゆっくり腰を降ろす。晶子はそれに合わせて腰を降ろす。俯き加減の表情は明らかに思い詰めたものになっている。何かあったとしか思えない。名前が出ただけの俺ですらあの様だ。名前を出された上に内容が内容だ。動揺しても何ら不思議じゃない。

「・・・メール、読みました?」

 暫しの沈黙を置いて晶子が顔を上げて口を開く。やっぱりか、という思いだ。

「・・・ああ、読んだ。読んだのは実験の合間だけど。」
「じゃあ・・・内容も見ましたよね?」
「流し読みだけどな。今朝実験の部屋に入ったら、いきなり周囲の視線が俺に集中して、ひそひそ話してやがったし、智一が慌てふためいてメールの内容を話してきたから、きっちり読む必要もなかった。」

雨上がりの午後 第1072回

written by Moonstone

「お風呂の準備しておくから、12時までには入ってね。それまで2階へ行ってふたりでゆっくりしてらっしゃい。暖房はつけっ放しで構わないから。」
「はい。」

2003/2/6

[朝目覚めると・・・]
 腹痛がしました(爆)。それもかなり痛い。空腹のせいで腹が痛くなることがあるので、一昨日の夜が食い足りなかったんだろう、と何時ものように朝食を摂っても収まらない。痛い。かなり痛い。一瞬脳裏に「今日は休むか」という考えが過ぎりましたが、昨日は健康診断があるので休めませんでした(その日に受けないと面倒なことになる)。そのうち収まるだろう、と期待しつつ出勤。
 出勤して時間が経過しても痛みは一向に収まりません。それどころか益々酷くなってきました。昼食を食べれば収まるだろう、と朝と同じ考えで昼食を摂りましたが、状況は変わらず(爆)。酷い腹痛を抱えたまま健康診断へ。健康診断より腹痛を診断して欲しいと思ったのは言うまでもありません(苦笑)。
 腹痛は一向に治まらず、我慢の限界に達した私は周囲の勧めもあって早退することに。病院に診察順番確保の予約をしようと電話をしたら「6時過ぎになる」とのこと。・・・おい、今は4時前だぞ。2時間腹痛抱えてろって言うか?!でも今日診て貰わねば話にならないので家でのた打ち回ること2時間(爆)。病院で痛みをこらえること約40分(猛爆)。診断の結果は「急性腸炎」。半信半疑で貰った薬を飲んだら・・・痛みが消えました(喜)。病院へ行ったのは正解でした。待ち時間が長いのは何とかならんのかなぁ・・・。
 潤子さんの勧めに応じて、俺と晶子は遅い夕食を食べ始める。ちらっとマスターを見ると、マスターは何事もないかのように新聞を広げている。潤子さんは俺と晶子に背を向ける形で、俎板の上で包丁を動かしている。明日の店の料理の仕込だろうか?こういうことを殆ど毎日するんだから、喫茶店商売も楽じゃないな。それを思うと、俺の生活なんてまだ余裕があるほうかもしれない。
 やはり生協の食事とは違う。温かさに加えて旨味が格段に上だ。腹が減っていた俺は心配事がなくなったこともあって、ぺろりとたいらげてしまった。晶子の食べるスピードは何時もと変わらないから、まだ若干残っている。俺は若干冷めた白湯を啜りながら晶子が食べ終わるのを待つ。晶子が食べ終わると、それを待っていたかのように、八つ切りになった林檎が小さなフォークと共に皿に盛られて二人分差し出される。デザートまであるとは思わなかった。

「この時期は特に果物を食べておいた方が良いわよ。」

 潤子さんはそう言うと、再び俎板に向かって仕事を再開する。俺は程良い甘味の林檎を齧りながらぼんやり潤子さんの後姿を眺める。ふと見ると、マスターの前にも八つ切りの林檎があり、マスターは新聞を読みながら食べていたりする。さりげない夫婦のやり取りに感心してしまう。マスターは本当に幸せ者だよなぁ。潤子さんみたいな綺麗で料理が上手くて気が利く女性と結婚出来たんだから。
 対する俺はと言うと・・・自分で言うのも何だが今のところマスターには負けてないつもりだ。晶子だって美人だし、料理も上手いし、細かいところまで気を配ってくれる。これを結婚までもっていけるかどうかは、今後の俺と晶子にかかっていることだから何とも言えないが。自信がないわけじゃない。ただ未来の賽がどう転ぶかは予測出来ないだけだ。将来は結婚間違いなし、と言われていた俺と宮城との関係も、呆気ないほど簡単に切れてしまった。その二の舞を防ぐには、やはり普段からの意思の疎通が大事なんだろうな・・・。
 俺と晶子は林檎を食べ終わると、それぞれ、ごちそうさまでした、と言う。すると潤子さんが振り返って皿を取って流しに持っていく。何時の間にかマスターも食べ終わっていて、マスターの皿も潤子さんが取って同じく流しに持っていく。息が合っているというか相手の動きを心得ていると言うか・・・。流石に夫婦二人で店の経営と生活を共にしているだけのことはあるな。

雨上がりの午後 第1071回

written by Moonstone

「さあ、二人揃ったんだから、遠慮なくどうぞ。」
「あ、はい。いただきます。」
「いただきます。」

2003/2/5

[眠いです]
 兎に角眠い毎日です。帰宅して夕食を食べた後、「横になりたい」という衝動と共に眠気も襲ってきます。で、ベッドに潜り込むと何時の間にか意識が途絶えて気がつくと「げ、もうこんな時間か」と慌てることしばしば。一昨日もそれでネットに繋ぐのが何時もより30分以上遅れて、その分寝るのがずれ込んで昨日は大変でした(汗)。
 眠くなる原因は分かっています。まずは持病のせいで非常に疲れやすくなっている身体。そして毎日3回服用している薬の副作用(口が渇くという副作用もプラス)。要するに止むを得ないんです。でも、それでやりたいことが出来ないのは嫌ですね。連載を書き溜めたり、作品制作が出来ないとか・・・(し、仕事は体に鞭打ってやってますよ(汗))。
 医療費補助を受けているとは言え、医療費も積み重なると馬鹿になりません。早く治したいのは山々なんですが、治すのに相反する環境がそれを阻んでいる・・・。以前のように長期療養は無理でも、1週間くらい休みを取って徹底的に休むべきですかね。まあ、その前に業務発表を片付けないといけませんが。
その目や顔に悲しみの痕跡は見当たらない。それを見たところで俺はようやく安心して溜め息を吐く。良かった。俺が一人で心配していただけに終わって・・・。俺の溜め息の音を聞いたのか、晶子が俺の方を向く。

「祐司さん、お帰りなさい。」
「ああ。ただいま・・・。ずっと待ってたって聞いたけど・・・。」
「そうだぞ。茶を啜る程度で祐司君の帰りを待ってたんだぞ、井上さんは。」

 晶子の向かい側の席を見ると、マスターが広げていた新聞を下げて俺の方を向いている。俺はマフラーを外し、コートを脱いで晶子の隣に座る。晶子は穏やかな笑みを浮かべている。俺の心配が杞憂に終わったのならそれに越したことはない。泣いている晶子の顔なんて見たくないし。

「今から食事を温めるから、祐司君は手洗いとうがいをしてらっしゃい。」
「あ、はい。」

 俺は席を立って洗面台へ向かう。風邪をひくと大変だ、ということで、俺と晶子それぞれ洗面用具を持参している。それらは洗面台に並んでいる。俺はまず手洗いをして自分のコップでうがいをする。備え付けのタオルで顔と手の水分を拭って、キッチンに戻る。良い匂いが立ち込めてくる。この香りは・・・ビーフシチューか。こういう寒い日には−今まで気にしてる余裕がなかったが−うってつけのメニューだな。
 俺は晶子の隣に座る。今までの緊迫感とか焦燥感とかいったものが消え失せた代わりに、安堵と疲労が噴き出てきた。心配かけやがって、とかいう気持ちは起こらない。心配してたのは俺だし、それが杞憂に終わったのだから腹を立てる理由なんてない。
 少しして目の前に夕食が続々と並んできた。ビーフシチューに野菜サラダ、ご飯、そして湯飲みからほんのり湯気を立たせる白湯だ。水でないのは、ビーフシチューで温まる身体を冷やさないためだろう。茶でないのはメニューに合わないからだろう。この辺は潤子さんのちょっとした気配りだと思う。

雨上がりの午後 第1070回

written by Moonstone

 潤子さんが開けたドアから、俺は駆け込むように中に入る。そしてキッチンの様子を窺うと・・・居た!両肘をテーブルの上に乗せて、重ねた両手の上に顎を乗せてやや俯き加減の晶子が。

2003/2/4

[発表へ向けて]
 来月頭に東京へ業務発表に行きます。私の職場からの発表者は私を含めて2名ですし、前回の経験からすると上司や先輩や同僚が押し寄せてくることは間違いないので、今からちょこちょこ準備を始めています。再来週くらいにリハーサルをすることになっていますし、最近無気力状態が続いているので早いうちから準備しておいた方が良いと思いまして・・・。
 皆様は私の性格をどう思っているのか分かりませんが、実は私、業務発表とかいう公式の場や見慣れない人の前で話す時は、非常に緊張するんです。業務発表は4回目、口頭発表は3回目なのですが、どうしても自分の出番が近付いてくると落ち着きがなくなり、自分ではどうしようもなくなります。端から見ているとかなり笑える光景だそうですが(^^;)。
 今回の発表は多数による共同製作の件に(とは言っても実質的には私を含めて3人)関してのものですので、他の人達の分も責任を背負っていると言っても良いでしょう。悔いのないように万全の態勢で臨みたいです。
 俺は坂道も何のその、まっしぐらにマスターと潤子さんの家を目指してペダルをこぐ。兎に角今は晶子の顔が見たい。晶子がどんな状態なのかこの目で見たい。ひたすら自転車を走らせていると、喉が乾燥してくるのが分かる。だが今はそんなことより晶子の方が大事だ。喉の乾燥は後で水なり茶なり飲めば解決することだ。俺は街灯が転々と灯る夜道を疾走する。
 ようやく丘の上に灯る人家の灯りが見えてきた。俺は更にスピードを速めて丘を駆け上る。そして店の裏側、車が止まっている勝手口に回って自転車を止めると、自転車から飛び降りてインターホンを押す。応答が返ってくるまでに一気に荒くなった呼吸を静めようとするが、そう簡単に収まってはくれない。

「はい、どちら様ですか?」

 インターホンから声が聞こえてきた。これは潤子さんの声だ。俺は胸を押さえながら呼吸を出来るだけ平静に押さえ込んで応答する。

「こんばんは潤子さん。祐司です。」
「こんばんは、じゃないでしょ?ふふっ、今開けるからちょっと待っててね。」

 潤子さんの声が消えて間もなく、ドアの向こうから人の気配が近づいてくるのが分かる。そしてドアノブの辺りでガチャガチャという音がして、ドアが開く。

「・・・た、ただいま。」
「そうそう、それで良いのよ。お帰りなさい、祐司君。ご飯の用意出来てるわよ。」
「それより潤子さん、晶子はどうしてますか?」
「晶子ちゃん?晶子ちゃんならキッチンに居るわよ。まだ夕食食べてないから。」
「え?」
「祐司君と一緒に食べたい、って言ってずっと待ってたのよ。さ、中に入って。お姫様がお待ちよ。」

雨上がりの午後 第1069回

written by Moonstone

 電車から降りると、俺は走ってホームから改札を通り、自転車置き場へと走る。時間帯が遅いと言っても今日はまだ早い方だから、自転車置き場は結構混み合っている。その中から自転車を引っ張り出し、その場でサドルに跨って可能な限りのスピードで外に出ると、一気に加速を始める。「居ても立っていられない気持ち」とはこういう気持ちのことを言うんだな、とつくづく思う。

2003/2/3

[無関心、受け身は自分を滅ぼす]
 昨日の選挙には一番乗りを果たしました。勿論、投票箱の中が空という確認もしましたよ。ま、それはそれとして・・・出足が鈍いなあ、と感じていたんですが、案の定投票率は40%に達せず前回を3%以上下回る結果。これじゃ単なる組織戦になって、有権者の意向を反映したものとは言えません。
 しかし、そんな投票率にした、投票しなかった有権者の責任は極めて重大です。投票率が幾つであろうと、結果は結果として残ります。その結果自分たちにどんな負担増が迫られても、その人達には文句を言う資格はありません。自分の意思を示さなかったんですから。
 投票する候補者(政党)が居ない、という言い訳は屁理屈です。高々数人、数十人の候補者の中で自分の考えに100%合う候補者が居る方が珍しいのです。政党だって同じです。自分の考えに一番近い候補者(政党)を手間をかけて情報収集し、決定するのは有権者の義務です。それを怠って投票しなかった有権者は言うに及ばず、組織が命令したから、とか、知り合いに頼まれたから、などという下らない理由で投票した有権者の責任も重大です。日本に議会制民主主義が根付いていないと改めて実感した日でした。
「それじゃ何のための実験だか分かりゃしない。実験と予習をやってりゃ答えられないことはないんだし。」
「お前の真面目さは、もう骨身に染み込んでるもんだな。直しようがない。」
「悪かったな。」
「悪くはないさ。その真面目さが晶子ちゃんを引き付けたんだから。これからにしたって、お前の真面目さがある限り、きっと良いことがあるさ。」
「だと良いがね・・・。」

 俺は溜め息を吐く。白い吐息が勢いよく飛び出して広がり、出て来た時とは対照的にゆっくりと闇に溶け込んで消えていく。実験のあるこの曜日は、どうしても気分が優れない。温かい食事にありつけるだけまだましと考えた方が良いか・・・。
 理不尽なことの塊。それが現実社会で大学がその縮図だと思うと、真面目に−自分では意識してないが−やってるのが馬鹿馬鹿しく思える。智一が例示したようなやり方で乗り切っていけないことはないと思う。でも、それは俺の良心というか・・・気分的に許せないものがある。これが俺の本質なら・・・それはそれで仕方ないのか。今から要領良く生きろ、なんて言われても出来そうにないし・・・。
 それより晶子、今頃どうしてるかな・・・。もう帰ってるとは思うが、遅くなる、って電話で告げた相手は潤子さんだったし・・・。目が届かない分不安が募る。食がろくに進んでいないんじゃないか。部屋に篭って声を忍ばせて泣いてるんじゃないか。不安が段々焦りになってくる。早く帰ろう。晶子に会いたい。焦りと思いがピークに達した俺は、智一に告げる。

「智一、俺、急ぎの用事を思い出したから帰る。」
「あ、ああ。」

 智一の反射的な返事を聞いて直ぐに、俺は走り出す。空腹や寒さより、晶子のことが気になって仕方がない。走るにつれて焦りが募ってくる。晶子の悲しむ顔が脳裏に浮かぶ。更に焦りが膨らむ。晶子、待ってろよ・・・。

雨上がりの午後 第1068回

written by Moonstone

「祐司。お前は今の自分を損だと思うか?」
「実験に関してはな。」
「じゃあ、例えば先にやったグループから、実験結果の概要とか口頭発表の傾向とかを聞き出して楽しようと思うか?」

2003/2/2

[ひー、しんどいよー(T-T)]
 以前、この連載を編集、加筆して掲載するNovels Group 3で、Netscape6以降だと文字の大きさが意図どおりにならないという問題を解決しましたが、今回はとうとうと言うか、「魂の降る里」での同様の問題の解決に取り組みました。
 その作業はキャプションどおり、「しんどい」の一言です。ファイル名を999章まで一律に並ぶように変更し、表示がおかしくなる原因を取り除き、末尾を現在の形式に揃えるという作業は、単純ではありますが、数が重なるともう大変。暖房が満足に効かない室内で悴(かじか)む手を温めながら、必死に作業しました。
 どうにか本編掲載分は修正が完了しましたが、圧縮ファイルの方はまだ手付かずです。これから暇を見つけてちょこちょこ作業していく予定です。うう、しかしもう少し先を見通して番号をつけるべきだったなぁ・・・。でも、最初はまさかこんな長編になるとは思わなかったし・・・。何にせよ、自分で蒔いた種は自分で刈り取らなきゃならないことには変わりないですけどね。どのみち今から(お話の段階では2/1)徹夜だし、ま、のんびりやりますか。

「でも、お前ってホント、真面目な奴だよな。」
「真面目って・・・これが普通じゃないのか?まあ、少なくともあいつらよりは真面目だとは思うけど。」
「やっぱりお前は真面目だよ。謙遜でもなければ自意識過剰でもないところが特に。晶子ちゃんはきっと、お前のそういうところを見通したんだろうな。」

 智一がちょっとしんみりした口調で言う。俺の機嫌を直そうとか、そういうつもりで言ってるんじゃなさそうだ。真面目といえば、晶子が以前俺のことをそう言ったが、俺は傍から見て真面目といわれるような人間なんだろうか?自覚はないんだが・・・。

「今は真面目な奴ほど馬鹿を見るような時代だけどさ、何時かはお前みたいな真面目な奴が笑える時が来ると思うぜ。」
「どうだかね。体よく利用されっぱなしになりそうな気がするけど。」
「まあ、実験じゃお前の言うとおり、真面目なお前が利用されてるようなもんだけどさ、恋愛ごとに関して言えば、良い方向に働いてるんじゃないか?」
「・・・まあ、そうとも言えるかな。」
「じゃなかったら、晶子ちゃんみたいな良い娘を引き付けられないって。」
「・・・真面目、ねえ・・・。」

 俺は空を見上げる。黒く塗り潰された空には、宝石をばら撒いたように星が煌いている。星を見るのが特に好きというわけじゃないが、冬の星空は他の季節より華やかに思う。華やかだが派手じゃない。黒い布にきらりと光るアクセントといった感じだ。初めて一緒に待ち合わせて買い物に行った時の晶子を思い出す。飾り気のない晶子がイヤリングをつけてきたのは、晶子に関心があるわけじゃなかったあの時でも、良く似合ってたと思う。

雨上がりの午後 第1067回

written by Moonstone

 まだ今日は夕食を食べるにはそんなに遅くない時間帯だし、潤子さんが用意しておいてくれるから良いようなものの、これで先週みたいに夕食が生協、ってことになっていたら、あいつらをぶん殴っていたかもしれない。こういう、「まじめな奴ほど馬鹿を見る」っていうシステムはどうにかならないのか?

2003/2/1

[本日、徹夜予定]
 月始め恒例ということで背景写真を変更しましたが、如何でしょう?実はこの写真、数ある写真の中でも特にお気に入りの1枚だったりします。微妙な色合いや雲の形が何とも・・・(^^)。
 さて、キャプションにあるように、私は本日徹夜を決め込むつもりです。何故かと言うと、翌日が選挙の投票日だからです。私は独立して以来、投票日には一番乗り目指して時に徹夜をして、かなりの確率で一番乗りを果たしています。
 何故一番乗りにこだわるのかというと、最初の投票者が投票箱が空なのを確認出来るという滅多にないことを経験出来るのが楽しみなこともありますが、有権者の一人として自分の意思をいち早く示したい、という気持ちがあります。どうせ日曜日はぶっ倒れるでしょうから(爆)、兎に角朝さえ迎えれば問題なし。さて、徹夜の時間を活かして作品制作といきましょうかね・・・。
 結局この日も実験終了は遅くなってしまった。実験そのものは何とか滞りなく完了したんだが、肝心の口頭発表で指名された残り二人がまったく答えられず−そりゃ、実験にまるっきりタッチしてないのに、実験結果の考察なんて答えようがない−、「きちんと実験してたのか」と指導教官に説教され−これが結構長かった−、結局俺が9割、智一が1割の割合で答えてようやく解放となったわけだ。
 今回智一が多少なりとも答えたのは前進と言えるが、一歩か二歩に過ぎない。残り二人は論外だ。デマメールに−俺も見たが呆れの溜め息しか出なかった−踊らされたりレポートのクローンを作ってる暇があるなら、予習するなり実験に参加するなりしろってんだ。

「祐司。不機嫌そうだな。」
「当たり前だろ。もう実験が始まって3ヶ月だぞ?幾らグループだからって、俺や智一に任せっきりでレポートのクローンを作って済ませてきたから、こんなことになるんだ。もう今後奴らに実験のデータを提供しない。美味しいところだけ取らせてなるかってんだ。」
「まあ、お前の気持ちは分かるけどさ、そんなに腹立てても効果ないって。どのみちこの先嫌でも苦労しなきゃならないんだから。」
「それはお前にも言えることだぞ。」
「うっ、そ、それを言っちゃあ、おしまいよ。」
「自覚があるなら何とかしろ。・・・ったく、入試で実験に対する態度とかも加えりゃ、あんな役立たず共が来なくて済むものを・・・。」

 愚痴を言っていると益々腹立たしくなってきた。実験に手を出そうとしない。考察の時に自分の知識を振り絞ってでも回答しようとしない。そのくせ、他のグループの手の空いている奴と暢気に談笑してる。デマメールに踊らされてあからさまに余所余所しい態度を取ったりする。ああいう奴が好成績どころか単位を得るのは我慢ならない。

雨上がりの午後 第1066回

written by Moonstone

 とりあえず俺の方はこの調子なら何ら問題ない。問題は晶子だ。今日家に−マスターと潤子さんの家だが−戻ってからの様子を見るしかない。そこでもマスターか潤子さんが居れば表面に出さないかもしれない。二人きりになった時こそ、俺の真価が発揮されると言っても過言じゃない。・・・今日の実験が早く終われば良いんだが・・・。

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