芸術創造センター こぼれ話
Dropped talk of Performing Arts Center

1999年11月30日更新 Updated on November 30th,1999

1999/11/30

 アップロードの確認の為にアクセスしてみたら、一気に22000人を突破していてあらびっくり(@o@)。最近新作更新が滞っていた第1SSグループの久々の公開が大きいかもしれませんが、この伸びは驚きです。オリジナル作品のグループでも伸びがかなり大きいので、(自業自得とはいえ)更新内容を予定より増やしたことが少しは報われたかな、と思っています。リンクが切れてましたら遠慮なくお知らせください。また、このコーナーで1000人目になられた方は、是非メールでご連絡ください。お待ちしております。

 昨日の続きになりますが、芸術や文化に対して認識が低いのは教育の責任が重大でしょう。教師や学校だけではなく、教育制度や親も含めた社会全体に問われるべき問題です。高等教育に進むに連れて芸術科目はないがしろにされ、運動系の部活動が常に優位に扱われ、創作活動に邁進することを社会からの脱落者のように扱う・・・。これでは芸術水準が上がるほうが不思議だと言えます。
 昨日触れた、バブル時代に名画を買い漁った現象も、この教育の結果と考えれば当然かもしれません。後世に名を残す名画を集めることが文化ではなく、後世に名を残す名画を描ける人物を育てることが文化であるという認識が広まるには、まだ時間がかかりそうです。少なくとも、コストと浪費を履き違えた輩には期待しないほうが良いでしょう。

「何が演奏できるんですか?」
「楽器?彼女、生憎楽器の経験がないんですって。」
「え?!」
「彼女は調理と接客専門よ。」

 おいおい、ちょっと待ってくれ。この店は楽器が弾けることがバイトをするための前提条件だったんじゃないのか?それを覆してまでどうしてこの女を店に加える必要があるんだ?!俺がそう訝っていると、マスターがご丁寧に説明してくれる。それも何故か照れながら。

「いやあ、潤子に強く頼まれてなぁ。夜の部で調理一人は結構大変だから、料理の出来る娘が一人居て欲しいって。」
「・・・前に俺がその事を言ったら、楽器を弾けなきゃナイトカフェがどうとか・・・。」
「まあ、楽器はぼちぼち覚えてもらえば良いさ。兎に角調理担当がもう一人必要という要求が、潤子の口から出たんじゃなぁ。」

 こ、この髭親父、ちゃっかり惚気ながら条件を覆したことを説明してくれるものだ。俺の進言は聞けないで、潤子さんの要求なら聞くのか?・・・無理もないか。この店が所謂「女性好み」の雰囲気やレイアウトに関わらず男性客にも人気なのは潤子さんに因るところが大きいし、マスターが潤子さんの頼みを却下できるとはとても思えない。
 何にせよ、これで俺の退路は完全に断たれたというわけだ。週に何日か知らないが、これから嫌でもこの女と顔を合わせなきゃならないと思うと、気分が一気に滅入ってしまう。昨日の直言で今度こそ諦めたかと思ったのに・・・。・・・俺があの女に捨てられたのは、こういう執念深さが足りなかったせいなんだろうか・・・。もっとも、どれだけ執念深くても相手の気持ちが自分に向いていなけりゃ単にしつこいと思われるだけだろうが。現に追われる側の俺がそう思っているんだから。

「じゃあ、晶子ちゃん。バイトの先輩の彼に改めてご挨拶、ご挨拶。」
「あ、はい。・・・安藤さん。今日からこの『Dandelion Hill』の一員になりました、井上晶子です。よろしくお願いします。」
「・・・よろしく。」

 俺はひとまず挨拶を返す。この先どうなることやら・・・。それに、この女に熱を上げている智一がこのことを知ったらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。本当に俺は運がない。

雨上がりの午後 第52回

written by Moonstone

 俺が呆然とその場に突っ立っていると潤子さんが店の奥から出て来た。

「あら、祐司君。どうしたの?そんなところにぼうっと突っ立っちゃって。」
「ど、どうしたって・・・何で・・・。」
「ああ、晶子ちゃんのこと?今日から新しく来てもらうことになったのよ。」

 これが夢なら今すぐにでも覚めてほしい。今度は客ではなく、店の関係者の一員に加わってしまった。こうなったらもう逃げ場はない。幾らこの女が嫌でも、生活費の一翼を担う収入を有する上に自分の好きなことが出来るこのバイトを辞めるわけにはいかないからだ。しかし、この店でバイト出来るということは、当然例の条件を満たしているということになる。一体何が出来るのか、それだけは気になる。

1999/11/29

 昨日の定期更新は如何でしたか?私は更新作業が終わってへろへろです(-o-;)。なのに1週間後の12/5に定期更新をぶち上げた私。「自滅してる」とおっしゃる貴方、そのとおりです(をい)。なのに何故1週間後にしたかというと、今後の更新予定が大幅に狂ってしまうからです。特に年末年始はどうなっているか予想が出来ないので、そこに更新予定を持って来るわけにはいかない、と(^^;)。先週延期したのは私の都合ですし、それもぎりぎりでしたからねぇ・・・。自分に対する一種のペナルティと位置づけています。

 私が最も嫌うのはコスト削減という決まり文句です。率直に言えばマスコミや御用学者はコストと浪費を完全に履き違えています。採算が取れないのが分かりきっていて、赤字を増やすだけの建物や道路には建設を急げと煽り、学術研究や芸術には民営化でコストを削れと叫ぶ・・・。こんな輩に芸術や文化を語って欲しくはないものです。
 あのバブルの時代、「芸術水準を高める為」と称して大企業などが海外の名画を買い漁りましたが、それで芸術水準は上がったでしょうか?絵を買うことで芸術水準が上がるなら何の苦労も要りません。その金額で若手を育てるとかに知恵が回らない辺りに、人を育てること、文化を育むことへの無知が伺えるというものです。
 俺は渾身の叫びを後ろの井上にぶつける。井上が驚いたのか袖から手を離すと、俺は振り返らずに走り出す。もう嫌だ。何としてもこの女から逃げ出さないと・・・俺は・・・また信じて・・・結局裏切られるんだ・・・。

 翌日の夕方、昼過ぎまで寝ていた俺は身形(みなり)を整えてバイトに向かう。昨夜走り去った俺を井上は追っては来なかった。全速力で走るなんて、1コマ目の講義に間に合う最後の電車に遅れそうになる時くらいだから、家に辿り着いた時には息切れの上に気分が悪くなった。智一には恨み言を言われるし、あの女にはバイト先まで付き纏われるし、まったく最悪の一日だった。だが、本人に直接近付くな、と言ったから、さすがに懲りただろう。最初からはっきり言えば良かったんだが・・・俺も「優しさ」とやらに毒されている証拠か。
 バイトに行く準備と言っても大した事はしない。せいぜい髪に櫛を通して服を着替えるだけだ。連日同じ服でも店では着替えるから対して影響はない。ただ、潤子さんに「ちゃんと洗濯とかしてるの?」と尋ねられるのは辛いので、前日服のまま寝てしまっても着替えは忘れない。俺は幸い髭が薄いので、多少剃らなくても大丈夫なのは有り難い。
 ドアを開けると、いきなり突風が出迎える。それもかなり冷えている。どうやら今日は相当寒くなりそうだ。新聞はとってないし、天気予報も見てないので詳しいことは判らないが、今日は相当寒くなりそうだ。俺は厚手のコートを引っ張り出して出直すことにする。
 吹き曝しの道にはもう街灯が灯り始めている。こんな日にも関わらず、「Dadelion Hill」の駐車場には数台の車が駐車してあって、出入り口近くには中高生のものらしい自転車も目立つ。コーヒーを飲んで暖まろうということだろうか?ドアを開けるとカランカランという馴染みのカウベルの音が響く。

「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。」

 あれ?マスターの声じゃない。いつもならドアを開けた正面には大抵マスターが待ち構えていて、驚く客も多いんだが・・・。ドアを開けると正面に居たのは確かにマスターではなかった。そして・・・潤子さんでもなかった。

「あ、こんにちは。マスター、安藤さんですよ。」
「おっ、来たか。」

 ・・・そう、井上だった。やっぱり俺には運がない。

雨上がりの午後 第51回

written by Moonstone

 井上の言葉は意外とは思わない。むしろ予想通りと言った方が良いかもしれない。あの瞳や表情の様子に見覚えのある俺には、この女が俺に近付こうとしていることはそれなりに推測できる。兄に似ているというのが事実かどうかは知る由もないが、それを口実にしていることに代わりはない。
 また女は俺を利用しようとしているんだ。あの女は「より身近な存在」に完全に乗り換えるまでの猶予期間に俺を据え、この女は兄に似ているという俺で自分の心の穴を埋めようとしているんだろう。ふざけるのもいい加減にしてくれ!俺は利用される為に生きてるんじゃないんだ!

「俺に近付くな!」
「?!」
「お前の都合で使われてたまるか!」

1999/11/28

 な、何とか公約どおり更新できました(-o-;)。大量の更新に伴ってリンク確認と情報ページの更新が大幅に増えて大変でした。皆様に御覧戴いていることには呆けているか、こんな風にへばっているか=>w(_~_)w どちらかでしょう。他のページにお邪魔して掲示板に書き込んだり、チャットにふけっているかもしれませんので、見つけてもそっとしておいて下さい(^^;)。
 連載「雨上がりの午後」も今日でとうとう第50回目を数えることが出来ました。皆様に改めて感謝します(_ _)。1000人目のリスナーの方には、このコーナーに出演して頂きたいと思います。今度は私からのインタビューではなく、出演される方からの御質問や御意見に私が答えるという形式を考えています。また、その中で登場した内容については、今後の企画などで採用する可能性もあります(本当)。

 先週は風邪で寝込んだので行けなかったのですが、今週は冷蔵庫の中身がかなり少なくなったのもあったので買い出しに出かけました。自炊へのこだわりがエスカレートしている昨今、魚は出来るだけ切り身ではなく一匹丸ごと買います。値段が安いのは勿論ですが、料理が出来るまでの過程を楽しめる度合いが強まるのが大きな理由です。
 ただ、一匹丸ごとで売っている店がなかなか無いのが現状です。大型店の店頭に並ぶのは殆ど切り身(干物などはこの際除く)なので、魚を買う時だけ別の店に出向いて選びます。でも、私が一匹丸ごと買うと、大丈夫なのかとよく驚かれます(^^;)。ちゃんと包丁も手入れしてますし(電動じゃない砥石で)、三枚に下ろすことも出来るので(独学ですが)心配御無用。驚きの中を意気揚々と引き上げて行く時はちょっと優越感に浸ってます(笑)。
 そういうことか・・・。別に株を上げようなんて考えちゃいない。第一、女性が強いって盛んに言われる時代なんだから、自分の身くらい自分で守れるだろう。それに、この店に来たのは井上の勝手だし、俺がその道楽にこれ以上付き合う理由は何処にもない筈だ。

「・・・別に気に入られようとは思わないんで・・・。じゃあ、失礼します。」
「お、おい、待てってば。」

 これ以上マスターの余計なお膳立てに構う気にはなれない。俺はマスターの呼び掛けを無視して店を出る。やっぱり恋愛をする気にも、友達付き合いをする気にもなれない。その気がないのに遊び感覚で女と付き合えるほど、俺は器用じゃない。大体・・・その気もないのに表面だけの付き合いをされたら、きっと悲しい筈だ。その気分を体験し手間もない俺にはその悲しみが分かるつもりだ。・・・別にあの女を気遣うつもりはないが・・・。
 俺はゆっくり歩き始める。胸の奥に何かが痞えているような、鬱陶しい感覚を覚える。何度か溜め息を吐くが、その痞えは消えない。心の中では俺が認識できないような感情のせめぎあいが繰り広げられているのかもしれない。この胸の痞えは、せめぎあいの中で積もり積もった感情の残骸だろうか・・・。
 不意に俺の背中が軽く叩かれる。振り向くと、井上があの朝と同じ様に肩で息をしながら立っていた。俺はその場に立ち尽くす。・・・この女からはもう逃げられないのか?

「・・・先に行かないで下さいよ。」
「・・・バイトが終わったから帰るだけだよ。あんたはゆっくりコーヒーを飲んでから帰れば良い。止めやしないから。」
「私は貴方を探してたんです。コーヒーを飲む為に・・・」
「何でそんなに俺に付き纏うんだ?たかだか兄貴にそっくりなくらいで。」

 井上の弁解を遮って俺はこの女に対する根本的な疑問をぶつける。そうだ。兄貴に似ているというだけで、こんなに執念深くなれるとはどうしても考えられない。何か別の理由があると考えた方が自然だ。

「前にも言ったと思うが、俺はあんたの兄貴じゃない。俺に兄貴の代わりをさせようなんて迷惑だ。そんなに兄貴が恋しいんなら、兄貴に毎日電話するなり会いに行くなりすりゃ良いことじゃないか?」
「・・・。」
「俺はあんたの人形じゃないんだ。どうせ・・・飽きれば簡単に捨てるくせに。」

 最後で俺の本音が顔を出した・・・。俺がこの女を避ける理由の根本を辿ればこれに行き着く。もうあんな思いをするのは嫌なんだ。それだけなんだ・・・。
 胸の痞えがますます大きくなるのを感じながら、俺は井上を振り切るように再び歩き始めようとする。しかし、服の袖を掴まれて前に進めない。

「・・・兄に似てるだけで・・・こんなに追い駆けたりすると思いますか?」

 後ろから井上の声がする。・・・微かに震えているのが分かる。

雨上がりの午後 第50回

written by Moonstone

 再び店に気まずさの混じった沈黙が漂う。俺が何か調子良く応えれば良かったんだろうが、僅か数cmのところにこの女が居るという状況ではとてもそんな気分にはなれない。丁度コーヒーもなくなったので、取り敢えずこの場から立ち去ろう。

「・・・じゃあ、これで失礼します。」
「おいおい、ちょっと待て。」

 席を立った俺をマスターが呼び止める。・・・何だろう?

「君は夜遅く若い女性が一人で帰るのを何とも思わないか?」
「・・・?」
「あーっ、鈍いな君は。ここで彼女を送って行ってやろうという紳士の態度を見せれば、君の株はぐんと上がるのに。」

11/19分は777人目のリスナー、takayuki様の御協力で
構成した特設インタビュー記事を掲載します

1999/11/27

 1週間延期した定期更新を明日に控えて、只今追い込みの真っ最中です。20000人突破記念企画も一部が登場するので、各グループのインデックスの整理やリンクの確認(フレームを使うところは特に)も重なって余計に時間がかかります。
 全くもって時間が過ぎるのは早いですね(^^;)。1週間延びても私の製作速度ではゆとりに結びつかないことが改めて分かりました(威張れることではない)。

 このコーナーで連載している「雨上がりの午後」も、明日の定期更新と同時にめでたく第50回目を迎えます。途中から読み始めたけど良く分からん(今は7日分しか表示されませんからね・・・)とか、話の展開が遅すぎて今までの内容を忘れちまった(意外に多いかも)、という方は、第3創作グループで少しずつ再編集版が公開されてますので(明日の更新でも公開します)、そちらをご覧ください。
 俺以外は潤子さんの提案に飛び付く。マスターは自分がお膳立てした場が滞っていたので打開したいだろうし、井上としては俺との親密さを増したいだろう。それぞれの思惑が上手く解決できるというわけだ。逆に俺だけは思惑通りに進まない。・・・今に始まったことじゃないが。

「じゃあ、最初は言い出した私からね。私は渡辺潤子。」
「私は渡辺文彦。この店のマスターをやってるよ。」
「え?お二人とも渡辺・・・ってことは、御夫婦なんですか?」
「そうよ。みんな最初は驚くんだけどね。」

 俺も初めて聞いた時、ご多分に漏れず驚いた一人だ。またか、と言いたげなマスターの表情は未だに覚えている。常連、特に男性客の中には事実を知った後でも兄弟だと信じている−自分に言い聞かせているというべきか−客も居たりするのだが。

「じゃあ次は・・・。」
「彼の名前は知ってます。安藤祐司さん・・・ですよね?」
「ああ、そう言えばリクエストの時、名前で呼んでたわね。でも、どうして知ってるの?」
「一昨日大学へ行く時に偶然一緒になったんです。その時教えてくれたんです。」
「何だ、まんざらでもないわけか。」
「・・・名前を教えただけですよ。」

 やはりそうだ。井上が既に俺の名前を知っていたことで、俺との関係を勘ぐっている。この女、本当にとり返しのつかない暴走をやってくれたものだ。ストーカーってのは相手の事情や迷惑を考えないらしいが、その点からすればこの女はまさしくストーカーだ。

「最後は私ですね。えっと・・・井上晶子です。」
「同じ大学ってさっき聞いたけど、学科も同じかい?」
「いえ、私は文学部の英文学科です。」
「学科が違うのに知り合えるってのは、なかなか君も隅に置けんな、祐司君。」
「・・・。」

 俺は何も言わずにコーヒーを口に運ぶ。胸の奥で嫌なものがもぞもぞと蠢く。ずるずるとこの女の目論見どおりに事が進んでいるのが気に入らないのか、それとも、もう恋愛は御免だと決めていたのに周囲の煽りでくっ付けられるのが苦々しいのか、それとも・・・。

雨上がりの午後 第49回

written by Moonstone

 控えめの音量で「SABANA HOTEL」が流れる店内は静まり返っている。静かというより張り詰めているというか気まずいというか、そんな雰囲気だ。駄目押しのお膳立てをしたマスターとしてはこれで俺と井上の会話が弾むだろうと思ったのだろうが、リクエストじゃないからそう都合良くシナリオを演じるわけにはいかない。
 最初に痺れを切らすのは俺か井上か、それともマスターか−潤子さんは多分のんびり様子見だろう−と思いながら、俺はコーヒーを少しずつ口に運ぶ。どうせ明日は土曜で大学は休みだから、多少帰りが遅くなっても大丈夫だ。駆け引きに弱い俺としては、ここは正念場だろう。

「まだ・・・自己紹介してなかったわね。」

 そう言って切り出したのは何と潤子さんだった。やっぱり俺は運命の女神とは相性が悪いらしい。

「こうして一緒に居るのも何かの縁でしょ?名前くらい知っておいても良いと思うけど、どうかしら?」
「おっ、そりゃ良いな。」
「・・・。」
「そうですね。」

1999/11/26

 本コーナー初の企画、777人目の方のインタビュー記事は昨日お話しましたとおり、掲載終了後もリンクから閲覧して頂けるようにしました。一番上の色の違う枠内にリンクを置きましたのでご利用ください。もう少し洒落たデザインに出来れば良いのですが、ひとまずこれということで(ああ、CG無能力者の悲哀 T_T)。
 次のメモリアルは1000人目ですので、「どれ、企画とやらに付き合ってやるか」とおっしゃる奇特な心の広い方は出来ればメールでご連絡ください(_ _)。この分だと・・・今月末くらいでしょうか?それまでに決めておかないと・・・。

 このところネットに繋ぐ1日あたりの時間が長くなっています。まあ、長いといっても10分程度ですから、ヘビーユーザーにすれば序の口だと思いますが、以前は必要分だけファイルをアップしておしまい、が当然で1日3分以内が当然だったことを考えれば、隔世の感(大袈裟だな)があります。このコーナーを始めて、さらに日刊の連載も始めたのもありますし、掲示板を設置したのもありますが、他のページ、特に当初から馴染み深いページや最近リンクを設置したCG系のページにお邪魔するのが半ば日課になったのが大きいようです。
 CGには見入ってしまう作品が多くて、「自分でもこうして描けたらどんなに良いやら」と羨ましがっています。20000人突破企画でも持ち上がっているイラストが全くイメージどおりに描けず、遅々として進まないことを考えると尚更です(^^;)。無い物ねだりが高じたようなものですが、私も「こんな風に書けたら良いなぁ」と思われるような作品を作りたいものです。
 やっぱり・・・俺自身が気分良く演奏できたからだろうか?楽器の演奏が驚くほど演奏者の感情を反映することは、経験で知っている。
 まだ俺があの女−井上ではない−と付き合っていた頃、相手に浮気の疑惑が持ち上がったことで初めて激しい口論になったことがあるが、それが収まるまでの数日間、俺の演奏は不評続きだった。静かな曲なのに音が刺々しい、とか言われたこともある。逆に週末のデートの前は、多少演奏をしくじっても良い演奏だった、と好評だったこともある。
 皮肉な話だ。仕組まれたリクエスト権の獲得で予想どおりのリクエストが来て、それが今まで望んでも得られなかった大好評を得るなんて・・・。まあ、演奏していたらマスターが余計なお世話をしたことや井上がお膳立てがあったことも知らずに感動のリクエスト権行使をしたことは気にならなくなっていたから良いものの、あれこれ考えていたらとても演奏どころじゃなかっただろう・・・。そうか・・・。潤子さんが「恋愛のことは意識しないようにしてみたら」と言ったのは、こういうことなのかもしれないな・・・。だが、それを普段でもできるかどうかは分からない。考えないようにしようと思うほど、考えてしまうものだ・・・。

あの記憶が、そうであるように・・・。

 井上は手が痛くなるんじゃないかと思うくらい拍手している。井上にしてみれば、たまたま立ち寄ったこの店で「追跡対象」の俺を発見し、その俺にリクエスト権で好きな曲を演奏させて、それが最高の出来栄えだったのだから嬉しさは倍増どころではないというところか。別に井上のために演奏したわけじゃないんだが、恐らく本人にはそうとしか思えないだろう。
 俺はまだ額に滲んでくる汗をぬぐいながらステージを降りる。店内にあふれる拍手は未だ収まる気配がない。何れにせよ、これで井上が満足して帰ってもらえれば安いものだ。リクエストしたのが誰であれこんな満足感が得られたんだから、そのことだけは感謝して良いかもしれない。

 しかし、所詮現実の女神は土壇場で俺をあっさりと見放すものだ。閉店時間を過ぎた店には、後片付けを済ませて着替えた俺とマスター、潤子さん、そして井上が居る。仕事の後の一杯も、ちゃっかりカウンターに座って飲んでいたりする。それも俺の右隣でだ。こんな配置をして待っていてくれたマスターに、いつか仕返しをしてやりたいと思う。
 結局井上は帰らなかった。その後もデザートのつもりかケーキと紅茶を頼んで居座り続けた。コーヒー1杯で長時間粘る客もたまに居るし、注文するから文句も言えない。そんなに食べると太るぞ、とでも言ってやりたかったが、セクハラだと騒がれたらかなわないので黙って注文を運ぶしかなかった。それで終わるならまだしも、マスターが何時の間にか閉店後もここに居るように耳打ちしたらしく、着替えを済ませて戻ってきた俺を、マスターと潤子さんと同じくカウンターに座って待っていたわけだ。俺は怒りを通り越し、呆れて何も言えなかった。

雨上がりの午後 第48回

 最後の音が空気の中に完全に消え去った瞬間、客席から怒涛のような拍手と歓声が俺に向かって押し寄せてきた。見ると、居合わせた客全員が俺の方を向いている。普段の演奏だと、その曲やジャンルに興味がないのか、他の客が拍手をしている中でもそっぽを向いていたり、知らぬ顔で注文の品を食べてい たりする客が1人や2人は居るものだが、今回はそれすらない。言うなれば満場一致だ。信奉するミュージシャンを見に行くライブならまだしも、様々な価値観が交錯するこの店の小さなステージ演奏で満場一致というのは異例中の異例といって良い。勿論、俺にとっては初めてだ。
 緊張と理想的な自己陶酔から解き放たれたことで噴き出て来た汗を拭い、ギターを置きながらこの前例のない称賛の嵐の原因を考える。曲が良かったから・・・?それも確かにあるだろう。だが、マスターや潤子さんに太鼓判を押されたにもかかわらず、満場一致に至らなかった曲は数多い。というか、それが普通だった。じゃあ何が、全ての客の気持ちを俺の演奏へ集約したんだろう・・・?

1999/11/25

 このところ彼方此方にリンクさせて頂いている影響か、このコーナー以外のグループが静止状態にあるにも関わらず、かなりの御来場を頂くようになりました。その分、更新や新作公開が遅れているのを申し訳なく思います。ある方からは催促メールまで戴きました(^^;)。その分期待して頂いているということを忘れないようにしたいと思います。自分でグループを設置して運営している以上、自分の責任ですからね。

 777人目の方のインタビューが掲載された11/19分は明日の更新で消滅してしまいますが、インタビューは別の形で今後も御覧戴ける形式にします。予想をはるかに上回る早さで近付いている1000人到達の際にも、このような企画を実施しようと考えていますが、掲載して1週間で消滅というのは申し訳ないので・・・。企画はまだ未定ですが、1000人目の方は出来ればメールでご連絡ください(_ _)

「・・・い、おーい。聞いてるかぁ〜?」

 マスターのおどけた様子の呼びかけで俺は我に帰る。客席からくすくすと笑う声が聞こえる。ただでさえ目立つウェイターの服装で呆けたように突っ立っていれば、嫌でも目立つだろう。今度は恥ずかしさで体温が急上昇するのが分かる。

「あ、き、聞いてます。」
「しっかりしてくれ〜。本日最後のリクエスト曲の準備を頼むよぉ。」
「は、はい。」

 俺は恥ずかしさを小走りで客席を駆け抜けることで無理矢理振り切って、ステージに上って演奏の準備を始める。思わぬアクシデントで覚えたての譜面が記憶から蒸発してしまったかどうか不安なので、頭の中で最初から早送りしてみる。・・・どうやら無事だったようだ。驚いて譜面を忘れた、なんて理由にならない。
 フレットに左手を添えて演奏準備が整ったところで、店全体の照明が絞られ、俺の居るステージだけが淡く照らされる。深夜の夜空に浮かぶ月光をイメージしてのことだろうか?静まり返った客席もあいまって、雰囲気は抜群だ。誰にリクエストされたかなんて不思議にどうでも良いと思える。良い緊張感が俺の指先を固くしない程度に神経を集中させてくれる。

 左手がフレットの上を滑る。右手が弦の上を跳ねる。レパートリーに加えて間もないのに、こんなに指が軽やかに動くなんて・・・。
 旋律を群青色の店内に放ちながら、俺は何時の間にか無意識にハミングしていることに気付く。最初の時は頭の中で自動的にスクロールして行く譜面を追い駆けるのが精一杯だったのに、弾き慣れたお気に入りの曲のように感じるこの余裕は何だろう?演奏すること自体をこんなに心地良く感じるなんて・・・何時以来だろう・・・?

・・・考えるのが何だか億劫になってきた。
今は・・・自ら織り成すひとときの快楽に身を委ねることにするか・・・。

雨上がりの午後 第47回

 井上はあの曲のタイトルを知っていた・・・。CMに使われる曲はその歌手や演奏者の名前は出るが、タイトルが出ることは少ない。それを知っていたということは少なくとも調べたか教えて貰ったかの経験があるということだ。興味を持たないとそんな事はしないだろうから、井上は俺と同じ種類の音楽を聞いている可能性があるという推測も成り立つ。
 聴く音楽の種類は限定される場合が多い。大まかな傾向は少々乱暴だが、流行もの−主にテレビの歌番組やラジオの大半の番組で流れるやつだ−を聴くか(嫌いも含めて)聴かないかで二分することが出来る。流行ものを聴く方は聴かない方を流行遅れとか世間知らずと嘲笑して、聴かない方は聴く方を商業主義の傀儡(かいらい)とか音楽無知と軽蔑するわけだが、価値観の問題だから折り合いは付かないだろう。
 何れにせよ、俺と井上の間に共通の接点がある可能性が分かった。まさか知る筈がないと半ば確信していたこともあって、俺は驚きを隠せない。

1999/11/24

 週末に寝込んでしまって殆ど製作が出来なかった分を取り戻すように、かなり作り込みました。大事を取って昼過ぎまで寝てましたが(^^;)。複数の作品を公開できるグループも幾つか出そうです。1週間延期して1つや2つじゃ・・・ねぇ(^^;)。

 日付のせいもあってか、昼からBGM替わりに聴いていたラジオで「クリスマスまであと一月」とか言い始めました。それだけならまだしも、お決まりの文句の一つ「一人ぼっちで寂しいクリスマスを過ごす方〜」と言い出したところで、キーボードを叩いていた手が止まりました。言うまでもなく私は「一人ぼっち」の方で、昔から単独行動が当たり前だったので寂しくもないし惨めでもないですが、「一人でクリスマス=寂しい、惨め」などと勝手な公式を喧伝されては不愉快です。その時期に憐れむような目で見られるのには腹立たしいことです。
 今年は千年紀を控えていることもあって、例年以上に大々的になると思います。「ミレニアムを愛する人と」とか言って(笑)。その馬鹿騒ぎの様子を第1写真グループで特集するのも面白そうです。でも・・・芸術性に極めて乏しいのでHDDが勿体無いかもしれませんね(笑)。
 井上の答えを聞いた途端、俺の体温が急上昇するのが分かる。照れや恥ずかしさではない。怒りでだ。誰が名前で呼んで良いと言った?常連でも互いの名前を知るまでにはそれなりの時間を要する。1番目に俺をリクエストしたOLのグループでも、俺が名前を教えたのはつい一月くらい前のことだ。なのに一昨日の朝に俺が名前を洩らしたとはいえ、初めてで常連面するとは・・・!
 否、それよりもはるかに重大なのは、ただでさえ常連が多い席で、見慣れない人間が俺の名前を知っているということを曝け出してしまったことだ。常連同志だと名前は知らなくても、よく見る顔だな、という程度の認識が出来る。そんな中ではさっきの理由もあって、名前を知っている=知り合いか?と勘ぐられる可能性が高い。言い換えれば井上の答えは、「私とあの人とは他人じゃないんです」と暗に宣言したようなものだ。同性なら俺に誘われた友人で済むだろうが、相手が女じゃ絶対そんな都合の良い解釈はしてもらえない。

 案の定、周囲の客席が少しざわめき始める。中には俺と井上を交互に見る客も居る。まずい。非常にまずい。常連との間で色恋沙汰は何かと追求される格好のネタになるというのに・・・。井上はそんな周囲の喧騒を他所に、マスターの肩越しに俺をじっと見詰めている。あの女、自分のしたことがどれだけ重大か全然分かってやしない!それともこれは、外堀から埋めて攻め落とそうという策略なのか?

「ほう。彼を指名しますか。では・・・曲名は?」

 ことの首謀者であるマスターが分かりきったことを尋ねる。聞くまでもないだろうに。「AZURE」をリクエストして来るに決まってるんだから。・・・もっとも、曲は聞いてもタイトルまで知っているとは限らない。否、多分知らないだろう。流行もの以外知らない画一的な人種に違いない。もっとも俺としてはその方が望ましい。タイトルを指定できなければ「何のことか判らない」とでも逸らかすことが出来るからだ。

「今日まだお客さんが少ない時に弾いていた・・・」
「あの曲を」なんて言っても俺は判らないからな。
「『AZURE』をお願いします。」
・・・え?

知ってたのか?

 俺自身、CMで演奏していたミュージシャンの名前を頼りに探し当てたあの曲のタイトルを・・・。知っていたのか?

雨上がりの午後 第46回

written by Moonstone

 そしてリクエストの時間がやってきた。1番目のOLのグループは俺を、2番目の学生の団体はマスターを指名した。ほぼ予想通りの指名で曲もこの店では半ば定番になっているものだったので、無難にこなして拍手をもらった。ここまでは問題無い。ここからが問題だ。俺にとっては、という極めて限定された条件付きだが・・・。
 司会を兼ねているマスターが、マイクを持って井上の元へ走る。井上は自分の順番が回って来るまで気が気でならなかったらしく、リクエスト権を証明するカードを大事そうに両手に持って俺を見ていた。お前は何も知らないだろうが、お前の望みが叶うように全て仕組まれているんだ、と言えるものなら言ってやりたい。

「さて、いよいよ最後になりました。では、誰を指名されますか?」
「・・・安藤さんを。」

1999/11/23

芸術創造センターの御来場者が21000人を突破しました〜(歓喜)!

 11/21の定期更新を直前になって延期したにもかかわらず、こうして御来場戴けて嬉しく思います。延期した分も充実した更新を目指しますので見捨てないで下さい(_ _)。このコーナーも更新前に確認した時、リスナー数が900近くでした。1000人目でまた何か企画をしようと思います。今度はどうしましょうかね・・・。

 このところリンクが増えていますが、検索以外はこれまでのリンク先を巡回している途中に偶然訪れて気に入ったwebページです。CG関係が多いのは、兎角CG系に弱い(と言うか無力 ^^;)私の無い物ねだり的な希望があります。文芸中心のこのページとは全く異なる趣向のページが多いですが、やはり良いものは良いです。自分の幅を広げる為にも、色々なwebページにお邪魔してリンクさせてもらいたいと思っています。

「彼女、多分君をリクエストするから心の準備をしておけよ。」
「・・・よくそんな白々しいことを・・・。」
「んー、何のことだ?俺には全く身に覚えのないことで・・・。」

 あくまで偶然と言いたいのかもしれないが、その口調が深窓をはっきりと俺に示している。嘘を吐くならもう少し上手に言ってもらいたいものだ。よりによって客の立場であの女に完成間もない、しかも会心の出来栄えになったあの曲を披露することになるとは、災難としか言いようがない。一度聞かせてしまったから体好く断ることも出来ない。

「そんな恨めしそうな目で見るなよ。」

 マスターが苦笑いしながら言う。そこまで感情が読めるなら、余計なお膳立てをしないで欲しい。俺はあの女と付き合いたいとはこれっぽっちも思ってやしないし、友達になりたいとも思わないんだから。・・・潤子さんには悪いけど。
 友達になることも結局あの女と関わりを持つことに替わりはない。恋愛と友情−成立させたいとは思わないが−の境界線すらも分からない以上、何時の間にか本気になったら・・・また同じ結末を見るに決まってる。見た目の良い女と冴えない男。この組み合わせが上手く運ぶのは、美女と野獣くらいのものなんだ。

「ま、良い演奏を聞かせてくれよ。君のギターはもうこの店に不可欠なんだから。」
「・・・。」
「め、目が怖いって。彼女を避ける気持ちは分からなくもないけど・・・君の演奏を聞きたがってるのは本当なんだ。その気持ちは分かってやってくれ。」

 そんな気持ち・・・分かりたくもない!俺の気持ちを何一つ分からない、女という生き物の気持ちなんか!
俺は無言でマスターの横を抜け、水の入ったポットを持って客席へ向かう。リクエストが始まる時間まで、あと少し。その間に少しでもこの赤熱し始めた憎しみの炭を沈めないと、俺は何をするか自信が持てない。弾き手の感情がもろに出る演奏という舞台を前の精神統一を、今日は念入りにしておこう・・・。

雨上がりの午後 第45回

written by Moonstone

 マスターはステージを降りると、引き当てたカードを該当するテーブルに配る。これはリクエスト権を獲得したという証明書みたいな位置づけで、リクエストの時はこれを掲げることになっている。勿論、3番目に権利を獲得したあの女・・・井上もマスターからカードを受け取る。受け取ったカードを信じられない様子でしげしげと眺めている。
 俺はマスターが引き上げて来るのをカウンターの方で待ち受ける。勿論、あの籤に細工があったかどうか−俺自身は細工があったとほぼ確信している−を問い詰める為だ。マスターは俺に気付いて手を上げて合図する。してやったりと言わんばかりの表情が憎々しくすら思える。

1999/11/22

 週末に静養した甲斐あって、どうにか大事に至らずに回復できそうです。まだ油断は出来ませんが、1週間順延した定期更新の準備もありますので、そうのんびり寝ているわけにはいきません(ぶり返したら嫌だな〜)。質、量ともに一層充実した内容にしたいと思っていますので、11/28には是非御来場下さい(_ _)。

 風邪で寝込んでたので身の回りの変化が見付かりません。週末といえばもっぱら作品製作に費やしてますから、それが寝込むことに置き換わっただけともいえますが(^^;)。静まり返った中で一人寝込んでいるというのは、かなり気が滅入ります。さらに食事も自分でどうにかしなきゃならないのは悲しいです(苦笑)。
 普段は一人の生活を満喫している(というか浸り切っている(笑))のですが、心身が弱ると人恋しくなるようです。昨年入院した前後にも同じ事を感じました。看護婦さんが人気なのはそんなところにも原因があるのかもしれません。
 マスターがルールについて一通り説明した後、早速箱に手を入れて探り始める。今日のリクエスト権は3つ。平均的な数だ。客の視線が箱の中を探るマスターの右手に集中する。井上も真剣そのものだ。そのために1時間以上粘ったのだから、その執念だけは大層なものだといっておこう。俺にそれを向けられるのは御免だが。
 マスターの右手の動きが止まる。どうやら1枚目が決まったようだ。全員が注目する中、マスターがカードを箱から引き出して、番号を確認してから高々と掲げる。

「お一人目は・・・12番テーブルのお客様です!」

 ステージ正面やや奥のOL風の女性客の団体が歓声を上げる。彼女達はこの店の常連で、リクエスト権も何度か獲得した経験がある。リクエストの対象はやや俺の方が多くて、曲も数曲のローテーションの様相を呈している。演奏する側としてはやり易いタイプだ。

「続いてお二人目は・・・19番テーブルのお客様です!」

 続いてマスターがカードを掲げると、窓際のやや大きめのテーブル席に居る制服姿の男女が歓声を上げる。近くの学習塾の帰りに立ち寄る高校生で、常連の域に入る。まあ、注文はコーヒーや紅茶くらいだから、彼らなりの仕の後の一杯事−学生は勉強が仕事だと言うし−というところか。ちなみにリクエストの対象はマスターの方が多くて、日曜には潤子さんを指名して「Energy flow」を弾かせようと躍起になる。男女問わずに人気が高いのは潤子さんならではと言おうか。
 さて、いよいよ最後だ。残りのテーブル席の数を考えると当たる確率は1/10。ちらっと井上の方を見ると、両肘をテーブルに乗せて両手を顔の前で組んで祈っているような格好だ。そんなにあの曲が聞きたいのだろうか?曲を聞いて満足して帰ってくれればそれでも良いんだが・・・って、どうして気にかける必要があるんだ?!馬鹿か、俺は!同情で気を引くのは女の常套手段だって痛みと引き替えに学んだばかりなのに・・・!
 客を焦らす演出か、マスターが少し多めに時間をかけて念入りに箱を探ってカードを取り出す。カードの番号を確認した時、一瞬マスターの口元が綻んだような気がしたが・・・。

「最後は・・・7番テーブルのお客様です!」

 眼を閉じてひたすら祈っていた−そんな風にしか見えない−井上は一瞬戸惑うが、テーブルの隅に埋め込まれた番号札と比べて事の重大さに気付いたらしく、目を大きく開いて驚きの声が出そうになったところを手で口を塞いで押え込む。
 あまりにも出来過ぎた話だ。籤だから当たる可能性がないとは言えないが、何かの細工をしたんじゃないのか?もしそうだとしたら、どうしてそんなに俺とこの女との間に接点を設けようとするんだろうか?俺にとっては大きなお世話でしかないのに・・・!

雨上がりの午後 第44回

written by Moonstone

 照明がマスターを照らすと、客席から拍手が沸き起こる。常連の中からは口笛すら聞こえて来る。まあ、恒例のお祭りのようなものだから自然なことかもしれない。
籤の仕組みはこうだ。マスターの持っている箱にはテーブルの番号が書き込まれたカードが入っている。そのカードをマスターが客の前で手探りで取り出す。番号と同じテーブルに座っている客がリクエスト権を得る。こんなところだ。これは引く順番によって不公平が生じないようにという配慮らしい。最初で当たりを引いてしまったら、他の客の籤は単なる消火試合同様無意味なものになってしまうから、この方式は適切だろう。
 リクエスト権が幾つかというのは客の入りによって違う。テーブル席の埋まり具合に比例して増減するので、少ない時は1つ、多い時は5つくらいだ。リクエスト権はマスターが引き当てた順番に演奏者と曲を指定することが出来る。リクエスト権は譲渡や棄権は不可で、一度リクエストされた曲は重複できないという決まりがある。ちなみに日曜日だけは潤子さんが演奏者候補に加わるので、期間限定のピアノを自分のリクエストで弾かせようと目が血走る客も少なからず居る。

1999/11/21

 すみません。トップページでもお知らせしましたように、迂闊にも風邪をひいてしまいまして、頭痛はどうにか治まりましたがその他は芳しくありません。よって、突然の決定ですが本日の定期更新を延期させて頂きました。開設以来、隔週更新の原則を守ってきたのに残念でなりません。それ以上に楽しみにされていた方(居るかな?)には申し訳なく思っております。出来るだけ早く完治させて、来週にはしっかり更新します

 頭痛が収まったので、PCの前に座ってキーボードを叩くことはできます。昨日はそれすらもままならなかったんです(^^;)。頭の内側で打撲の痛みが疼いているというか・・・そんな感じでした。熱は・・・今も38℃くらい出ていますが、まだ耐えられます。そんなわけで、連載は昨日より長いです。これからゆっくり休養することにします。
 だが・・・この女は肝心なことを知らない。俺は確認したわけじゃないが、俺と兄貴が似ているのはあくまでも顔だけだということを。顔なんざ所詮骨格と筋肉で形成して皮膚で表面を包んだ細胞の彫像だ。顔が同じだからといって性格が同じだとは限らない。むしろ、違うと考えた方が正しい。
 仮に・・・万が一・・・俺の心に取り入ったとしても、この女は何れ俺と兄貴の性格が違うことに気付くだろう。そして・・・こう言って俺を捨てるだろう。

貴方は兄と違う、と・・・。

 違って当然だ。俺はお前の兄貴じゃないんだから!俺に面影を重ねても、俺にその代わりを求めないでくれ!自分の都合で俺を弄ぶのは、もうあの女だけで沢山だ!

「・・・籤運が良いからといって、籤に当たるとは限りませんから。」
「でも、籤はやってみないと当たらないんですよ?」
「・・・どうぞ御自由に。では、失礼します。」

 俺は会話をどうにか打ち切ってカウンターの方へ向かう。この女には全く皮肉や嫌みが通じない。それどころか、俺との会話を楽しんでいるようだ。徹底的に無視を決め込めれば良いんだが、この女が客である以上それは出来ない。・・・今日は智一と呑みに繰り出すべきだったとつくづく思う。

 マスターが「When I think of you」を終えてから、俺はウェイターの合間に1曲演奏して喝采を浴びた。あの女への皮肉のつもりで「Cry for the moon」を演奏したんだが、ちらっと見た限りでは嬉しそうに手を叩いていた。・・・動じないのか鈍いのか・・・。とんでもない女に狙われてしまったものだ。こんなこと、智一に言おうものなら只では済まないだろう。
 そして時間が8時を少し過ぎたところで、マスターが一抱えするくらいの大きさの白い箱を抱えてステージに立つ。「夜の部」のお楽しみ、リクエスト権獲得の籤を引く時間がやってきた。今日は場合が場合だけに、いつもとは別の緊張感を感じる。

雨上がりの午後 第43回

written by Moonstone

「私、籤運は結構強いんですよ。」
「・・・そうですか。」
「籤の時間、楽しみに待ってますね。」

 やはりこの女、少なくとも籤の時間までは居座るつもりらしい。昼間は町中をほっつき歩き−さっきの話から推測した限りだが−、夜はこの席に根を下ろして持久戦に持ち込むとは・・・。何故そこまで俺にこだわるんだろう?余程兄貴に惚れ込んでいたということか?

1999/11/20

 風邪にはご注意をと言っておきながら自分が風邪をひいてしまいました(T_T)。このお話をしている時点で発熱と頭痛と悪寒に苦しんでいます。このままだと明日の定期更新が出来ないかもしれません。それにこのコーナーもお休みするかも・・・。何とか治すようにしますが、私が風邪をひくと長引くんですよねぇ。

 正直な話、座っているのも辛い現状ですので、お話は勿論連載も短いです。ご了承ください。誤字脱字があっても今日は目を瞑って下さいませ(_ _)。

雨上がりの午後 第42回

written by Moonstone

 井上の問いに俺は腕時計を見る。リクエスト権をテーブル単位で獲得できる籤の時間には8時と見てもまだ1時間ほどあるから・・・、あと1回は演奏の時間があるだろう。

「何時と決まってはいませんが、1回演奏すると思います。」
「へえ・・・。さっきの曲が最初から聞けると嬉しいですけど。」
「生憎、籤の時間以外のリクエストはお断りしておりますので。」

 なかなか強かというか・・・自分が途中から聞く羽目になったあの曲「AZURE」を暗にリクエストしている。だが、そうはいかない。お前に気があるならまだしも、俺はお前が客だから相手しているだけなんだからな。・・・そんな相手にまで丁寧な言葉遣いをしなきゃならない現状が悲しい。このバイトでこんなにストレスを感じるのは初めてだ。全く近頃の俺はついてない。
 そんな俺の内側の葛藤など全く知らずに、井上はにこやかに微笑む。智一が見たらそれこそ一発で脳みそが沸騰するような魅惑的な微笑みというやつだ。だが、俺には何人もの男を誑かした魔法は通用しない。一度痛い目に遭った俺は、この魔法に耐性が備わったんだ。

心の壁とも言えるが・・・。

1999/11/19

Moontone(以下、M):皆さんこんばんは。今日のこのコーナーでは、777人目のリスナーであるtakayuki様にお越し頂きまして、このコーナーや芸術創造センターについてお話を伺いたいと思います。
まず最初に、芸術創造センターをどこでお知りになりましたか?

takayuki様(以下、t):え〜っと、ミカンの大作さんの『ミカンの箱』と相互リンクをされた時に知りました・・・多分^^;

M:やはり相互リンクというのは、ページをより多くの方に知ってもらう手軽で効果的な方法のようですね。あちこちにお願いしてますからね、私(笑)。
さて、takayuki様がよく訪れるグループは何処ですか?また、その理由は?

t:第1SSグループですかね〜。エヴァが好きだと言う理由もありますが、Moonstoneさんの書く、怪獣マヤちょんが大好きなのでよく拝見させていただいてます。

M:まだまだエヴァ人気は健在のようですね。怪獣は私もやりたい放題にさせてます。人の話を聞かない、自滅するといったところは自分を見ているようです(笑)。
では次に、このコーナーについて話を進めてまいりましょう。こぼれ話は何時からお付き合い頂いてますか?

t:こぼれ話のコーナーを始められてから、2,3日後位だと思います。

M:そんなに早くからですか。リスナーとしては常連さんですね。

t:僕は、人の日記を読むのが大好きなんですよ。なので、それから毎日欠かさず読ませてもらってます。

M:他のページでも日記などはよく読まれているようですね。最初は私も半信半疑だったんですが、なぜなんでしょう(^^;)。
では、10月から始まった連載(雨上がりの午後)はいかがですか?

t:凄く面白いです。毎日更新なので読みやすいし、リアルな設定や心理描写が素晴らしいです。

M:ありがとうございます。

t:今話題?の井上晶子の一途?なところがお気に入りです。彼女は本当にストーカーなんでしょうか?(笑)
M:判断が分かれるところですね(笑)。主役の安藤祐司も言ってますが、兄に似てるからといってここまでするか?という謎もはらんでます。それについては何れ明らかになるでしょう。
では最後に、これから芸術創造センターに望むことは?

t:う〜ん、そうですね〜。このインタビューのような斬新な企画をこれからもやって下さい。他のみなさんがあっと言われるような企画がいいです。難しいですかね?

M:私としてもこのページならでは、という企画を立ち上げていきたいですね。なかなか思いつかないのが難点ですが(^^;)。
今回はどうもありがとうございました。

雨上がりの午後 第41回

written by Moonstone

「まずは肩の力を抜いて、話し掛けられたら答えることから始めてみたらどうかな?さっきみたいに。」
「はあ・・・。」
「折角彼女が居ることだし、丁度良い機会よ。もうすぐ出来るから運んであげてね。」

 ・・・そうだった。今潤子さんが作っている注文は井上のものだったな。スパゲッティが茹で上がる少し前に鉄板を温めて、そこに溶き卵を敷き詰めて茹でたてのスパゲッティを乗せてミートソースをかける。「Dandelion Hill」特製のミートスパゲッティーの出来上がりだ。ジュースを注いで出来立てのスパゲッティをサラダと共にトレイに乗せれば、ここから先は俺の仕事だ。注文を運ぶのは初めてでもないのに妙に緊張するのがちょっと情けない。

「じゃあこれ、7番テーブルへお願いね。熱いから気を付けてね。」
「はい。」
「別の注文ももう直ぐ出来るけど、そんなに急がなくて良いから。」
「潤子さん・・・。」
「さあさ、冷めちゃうといけないから。」

 俺は溜め息を吐くと席を立って井上の注文を受け取る。鉄板のせいで結構重みがあるし、ジュースが乗っているので慎重に運ぶ必要がある。運ぶ先が先だけに尚更神経を使う。マスターが次の曲を演奏し始める。この曲は・・・「待ちぼうけの午後」か?俺の姿を見たマスターの目が笑っているような気がする。この曲はあまり演奏しない筈なんだが、やはり何か意図的なものを感じずにはいられない。
 徐々に井上の姿が近付いて来る。井上は頬杖を突いてステージの方を物思いにふけるように眺めている。すっかりこの店の雰囲気に浸っているようだ。丁度斜め後方から横顔を見せるような体勢だが、意外に大人っぽい雰囲気を漂わせている。・・・店の雰囲気のせいだと思いたい。

「・・・お待たせしました。」

 出来るだけ音を立てないようにトレイを置いて言うと、井上がぱっと俺の方を向く。俺は井上と目を合わせずにスパゲッティの乗った鉄板、サラダ、ジュースを井上の前に並べると、空になったトレイを抱えて声量を落として尋ねる。

「・・・ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい。」
「では、失礼します。」

 他のテーブルを回る為に一礼して踵を返して立ち去る。やっぱり意識してしまう。意識したくないという思いが素っ気無い態度を取らせてしまうんだろう。・・・慣れない状況にどう対応して良いか判らない俺が居る。

 テーブルを一通り巡回して2、3の注文を取って、再びカウンターに戻ろうとした俺を井上がまた手招きしている。今度は何だろう、と訝りながらテーブルに歩み寄ると、井上が頬杖を突いた姿勢で上目遣いで俺を見る。・・・妙に思わせぶりな態度だ。これが天性のものなら相当男を誑かしてきたんだろう。そう思って警戒心を強める俺に、井上が話し掛けてきた。

「今度は、いつ演奏するんですか?」

1999/11/18

 昨日は更新が遅れてご迷惑をおかけしました(_ _)。FTP接続が何故か不調で、一時は更新を諦めました(JewelBoxにも書きました)。こんなトラブルは初めてなだけに幾分(かなり?)動揺しました。どうもサーバー全体が不調だったようですが、今日は大丈夫でしょうか?(^^;)
 おまけに昨日はエディタが突然「不正な操作」で終了して完成間近だった連載がファイルごとごっそり消えちゃうし(T_T)。何も変なことしてないのにぃ〜(ToT)。幸い過去のログと11/17の分の途中まではブラウザに表示してあったので最悪の事態は免れましたが、立て続けに悪いことが起こるのは嫌なものです(^^;)。

 仕事の都合で外食になった際、面識のない年配の人と隣り合わせになって話が弾むことがありますが、そこでは政治や宗教など所謂「固い」話で盛り上がります。その手の話題はこのコーナーでお話したり、台詞などに形を変えて作品に乗せたりしますが、それ以外では機会がないというのが現状です。
 「固い」話をするとその人の考え方や背景が判って面白いのですが、えてして敬遠されるんですよね(^^;)。芸術創造センターの作品群が固い傾向にあるのは、私自身のそんな欲求不満があるのかもしれません。
「一度試してみたら?付き合ってみて祐司君がどうしても嫌なら止めれば良いんだから。それは仕方がないことだし、どちらが悪いとかいう問題じゃないから気にすることはないわ。」

 つまりは俺に選択権があるというわけか・・・。今まで俺が立たされるのは選ばれる側ばかりで、それも決まって捨てられるという選択結果が待っていた。他に好きな相手が居る、嫌いじゃないけど付き合えない、もう疲れた・・・。選ばれる側、否、必ず捨てられる側に立たされた俺は、そんな一言で抱いた想いと一緒に心まで打ち砕かれてきた。
 一度くらい・・・選べる側に、捨てる側に立てなきゃ不公平だ。俺の中でそんな思いが俄かに頭を擡げて来る。思わせぶりな態度で適当に遊んだ後で、それこそ一言で御破算にすることだって出来る・・・。恋愛は選べる側に立たなきゃ絶対駄目なんだ。それなら・・・あの女と関わりを持っても良いか・・・って、ちょっと待て。

何で俺は・・・こんなに恋愛にこだわるんだろう?

 潤子さんは「恋愛のことは一先ず考えないでみたら」って言った筈だ。それを分かったつもりでいたけど実は何も分かってなかったことに気付く。異性との接触=恋愛という公式が頭から離れないのもあるだろう。でも、それ以上に・・・敗者であり続けた俺の屈折した感情があるように思う。そう、俺は恋愛を勝負として捉え、その勝ちにこだわっている・・・。
 そんな俺が恋愛を意識しないであの女、井上と関われるんだろうか?そう自問すると何処からか2つの回答が同時に返って来る。

良いじゃないか。気持ちに応えた振りをして弄んでやれば。気が済んだらあの女と同じ様にポイしてやれば、望んでいた勝者になれるんだぞ?

止めておけ。最初は意識しないつもりでも何れ本気になるかもしれない。そうしたらまた、たった一言で捨てられて傷付くことになるんだぞ?

 「勝ち」を拾いに行くか「逃げ」に徹するか、相反する行動を促する回答に俺の頭はますます混乱する。二つの回答がガンガンと頭の中で鳴り響く。どうしたら良いのか全く分からない。

「そんなに深刻に考えなくても良いのよ・・・。」

 我に返って顔を上げると、潤子さんが苦笑いを浮かべながら俺の方を見ている。どうやら思考のどつぼに嵌まっていたようだ。他人と、それも女とどう接するかでこれほど悩むというのは、それだけ経験が少ないということの現れなんだろう。

雨上がりの午後 第40回

written by Moonstone

 潤子さんは煮立つ鍋を時折かき混ぜながら、付け合わせのサラダの準備を始める。俺はマスターのサックスを聞きながら、潤子さんの様子をぼんやりと眺めている。やや俯き加減の潤子さんはやっぱり魅力的だ。こういう女性(ひと)となら、もう一度恋愛に挑戦してみようかな、という気になるかもしれないが・・・。マスターと俺の違いは何なんだろう?

「取り敢えず、お友達の関係を始めてみたらどうかな?」

 不意に潤子さんが顔を上げる。俺は少し驚いたがどうにか平静を装う。

「相手が女の子だからって別に意識することはないわ。昨日あったこととか好きな音楽のこととか・・・恋愛になるかどうかを考えないで、男の子のお友達と同じ様に接すれば良いのよ。」
「そんなこと・・・出来るかな・・・。」

1999/11/17

 何だか急に寒くなりました。そろそろ本格的に防寒対策が必要のようです。やっぱり何時までも暖かくはいてくれないのね(T_T)。・・・こう言うと、何だか連載の主役(安藤祐司)の心境みたいですね(^^;)。冗談はさて置きリスナーの皆様、風邪には十分ご注意下さいませ。油断すると洒落にならないことも・・・(経験者談)。

 その連載で卓越したストーカーぶりを発揮している(笑)ヒロインのことですが・・・

すみません。名前の漢字を間違えてました(_ _)。

 正しくは「晶子」であって「昌子」ではありません。読みは「まさこ」で良いのですが、変換の最初がいつまでも「昌子」のままで(辞書がなかなか覚えてくれない)、この様な事態に・・・。大変失礼しました(_ _)。
 ひとまず、このウィンドウ掲載の分は修正しました。これまでの分も第3創作グループで掲載される時には修正しておきます。あーあ、よりによってこの名前を間違うなんてファン失格だな(- -;)。ファンって何の?という理由は、近日公開予定の設定資料集で明らかにします。個人的嗜好が混じっていることには間違いありません(^^;)。

「私は・・・あると思うわ。」

 潤子さんの答えは俺にとっては意外なものだった。これまで俺が女と会話する時といえば、クラスや部活動のことといった事務的なことが殆どで、個人的な話をしたのはそれこそ、俺を捨てたあの女が初めてといって良いくらいだ。だから学校とかで男女が親しげに話している光景を見ては、その間柄を勘ぐったりしたものだ。
 別に今時男女6歳にして、などと前時代的な講釈を信じてはいないが−第一、共学ではその前提条件するない−、俺は異性と会話するというのはある種の境界を越えた証拠だと思っているし、それが自然だと思う。・・・付き合い下手を証明している様なものかもしれないが。

「ただ、その境界は凄く曖昧で微妙で、それに付き合いの数だけあると思うけどね。」
「そんな不確実なものなんですか・・・?」

 恋愛感情が生じるかそうでないかの境界線は、それこそグラデーションのように明確なものではないということなんだろうか?正直な話、俺には理解し難い。潤子さんが沸き立つ湯にカップ1杯の水を差してから俺に向き直る。

「・・・祐司君って、理数系だったっけ?」
「ええ、そうですけど・・・。」
「恋愛とかで定義とか公式とかは有り得ないし、考えない方が良いと思うけどな。」
「・・・。」
「音楽だって同じじゃない?祐司君のさっきの演奏を凄く素敵だと思う人も居れば、つまらないって思う人も居ると思う。それはこのコード展開が感動を呼び起こすこの定義に当てはまるからとか、逆にこのフレーズが不快感を呼び起こす公式で証明できるとかいうことじゃないでしょ?」

 それは確かにそうだ。音楽の善し悪しの判断なんてそれこそ十人十色。流行の曲が全てだと思ってる奴にはさっきの曲は退屈の限りだろうし、それは「そう感じたから」と言われればそれまでだ。・・・だけど、恋愛感情の生じる境界線は知っておきたい。そうでないと・・・

また、あのひとときの甘美な罠に嵌まってしまうから・・・。

雨上がりの午後 第39回

written by Moonstone

 ・・・俺が恋愛なんてもう嫌だ、と思ったのは、ひとえにその結末がまた悲しいものに終わるという確信めいたものが自分の中に根付いたからなんだと思う。学習効果と言おうか・・・変な表現だが。その確信から来る警戒が女との関わり、ひいては女全てにまで広がった・・・。これが俺の中で燃え上がったあの黒い炎の正体だったのかもしれない。怪しいものは何でも火炙りにしてしまおう、という魔女狩りの決め付けに等しい理由で自ら火種を用意したとでも言おうか。でも、同時にこうも思う。

「恋愛のない男女の仲って・・・あり得るんですか?」

 疑問がまた言葉という形を成す。俺が回答を求める先の潤子さんは、湯が沸騰した鍋にスパゲッティを解しながら放り込む。調理で手がいっぱいだから聞いてなかったかな、と思った矢先、返事が返って来る。

1999/11/16

芸術創造センター御来場者20000人突破です〜!!(^o^)

 ・・・いきなり「どこっ」と増えたので二重にびっくりです(^^;)。グループの入りを調べるとやはり第1SSグループがトップページと連動していますが、第1創作グループもかなり増えてました。知名度ゼロからの出発なので、第1SSグループ以外が短期間でこんなに増えるのは珍しいことです。一体何が?(@_@)

 昨日の話から続くことですが、魚の他に嫌われる匂いで代表的なものといえば「男」でしょう。こう言うと変に思われたかもしれませんが、汗臭さというか何かにがむしゃらに取組んだ「素のまま」の匂いです。
 ですが、今、社会そのものが「男」を拒否しているように思えます。真面目さより要領の良さ、深部を探求するより規格化された思考、過程より結果が全てというのは、簡単に物事の価値を決められるという意味で「化粧」の匂いが優遇されるのと等価でしょう。それなら最初から「外見より中身」などと言わずに「見た目が全て、結果が全て」と大々的に言えば良いんです。それを言わないことこそまさに「奇麗事」だと思います。

「ウェイターとしての態度はちゃんと出来てたぞ。結構結構。」
「・・・他人事だと思って・・・。」
「俺は今から演奏に回るから、注文が出来たら運んでやるんだぞ。」

 こ、この髭親父め。俺をからかってそんなに面白いか?コーヒーサイフォンのアルコールランプを消してにやけながらカウンターを出て行くマスターを、俺は恨めし気に睨むが、この熊さんは全く気にしちゃいない。格好の笑い種を提供する羽目になったのだから仕方ないといえばそれまでだが・・・。
 俺は溜め息を吐いてカウンターの隅に腰を下ろす。ずっと関係が続くと思っていた女には呆気なく捨てられ、今度は望みもしないブラコン女に追い回されて・・・本当に俺という男には恋愛運というものがない。神の前に人は平等であるだなって、やっぱり口からでまかせとしか思えない。

「彼女、随分祐司君に御執心のようね。」

 塩を少し入れた湯が沸騰するのを待っている潤子さんが、俺の方を見て言う。おれはもう一度溜め息を吐く。諦めたというか降参したというか、そんな感じの溜め息だ。

「執心だなんて・・・迷惑ですよ。」
「迷惑って、彼女が?」
「あの女は俺に兄貴の替わりをさせたいだけなんですよ。自分の都合で言い寄ってきて、もっと良いのが見つかればポイ・・・。そんなのはもう沢山です・・・。」

 そう、ギターを弾く俺に近付いてきたのは、あの女と同じだ。それが余計に俺の中で疑念を増幅させる。ギターを弾く姿ってのは楽器の中でも目立つ方だと思う。だが、俺は女を寄せる為にギターを弾くんじゃない。ギターを弾く姿がカッコ良いからと俺に近付くなら・・・迷惑でしかない。
 マスターのサックスが耳に届く。これは・・・「When I think of you」だな。情感たっぷりで蕩けるような音色。井上に向けたマスターの応援のつもりなんだろうか?それとも枯れた俺の恋する気持ちを蘇生させようというのか?だったら・・・止めてくれ。もう、愛や恋で傷付くのは・・・嫌なんだ・・・。

「恋愛のことは一先ず考えないでみたら?」
「え?」
「彼女と触れ合うことが即恋愛になると考えるから、また傷つけられるって警戒して迷惑に思うんじゃないかな。」

 潤子さんの言葉で、俺の心の中で痞えていた何かがすっと消えたような気がする。俺は無意識に新しい恋を、傷付く心配のない安全な恋を探していたんじゃないだろうか?

雨上がりの午後 第38回

written by Moonstone

 井上から注文を聞いた俺はカウンターの方へ向かう。潤子さんに伝えて調理してもらう為だ。ミートソースは潤子さんの手製で、小さいサラダも付く。客の間でも人気の高い一品だ。俺も食べたことがあるが、それ以来コンビニでミートスパゲッティを買うことはない。
 カウンターではまだ笑みが残っている潤子さんが別の注文の下拵えをしていて、マスターはコーヒーを沸かしながら必死に笑いを堪えている。面白がらないで欲しい。こっちはかなり深刻なんだから。確かに他人の色恋沙汰は笑い種ともいうが・・・少なくとも俺にとっては違う。

「・・・注文です。ミートスパゲッティとオレンジジュース。7番テーブルです。」
「はい、熱烈な追っかけの彼女からね?」

 そう言ってスパゲッティの束を棚から取り出した潤子さんの目は笑っている。そして、そこに駄目押しをするのがこの人だ。

1999/11/15

 昨日告示した20000人突破記念企画の内容をひたすら創ってました。設定資料集と一口に言っても、特に第1創作グループは洒落にならない規模なので、何回かに分けて公開するかもしれません。あまりにも手が掛かると投げ出してしまうかもしれないので(^^;)。来週は定期更新か・・・。通常の連載も揃えないといけないですね(決して他人事ではない)。

 昨日の話で少し触れましたが、魚の匂いというのはかなり嫌われるようです。「生臭いから」と言われますが、それは魚固有の匂いだから当然です(笑)。料理ではそれを生姜や酒、或いは酢などの食材で緩和して、同時に保存効果や旨味を引き出すわけです。あるいは新鮮なうちに刺身として食すと。
 料理は五感を駆使しないと良いものが出来ません。その意味で、強い匂いを撒き散らす人は、大抵料理が出来ないと判断して良いでしょう。感覚が鈍ってるわけですから。そういう人間がグルメなどと称して食べまわっているのは、単に情報と共に料理を鵜呑みしているだけでしょう。勿体無い話です。

「じゃあ改めて・・・。さっきの演奏は、本当に凄かったですよ。聞き入っちゃいました。途中からだったのが惜しいです。」
「・・・ありがとうございます。」
「他にどんな曲が弾けるんですか?」
「・・・ジャズ系が多いですね。ギターのソロで弾けるようにアレンジはしてますが。」
「一日どのくらい演奏されるんですか?」
「その日の混み具合などにも依りますが・・・、まあ、4、5曲くらいですね。」

 井上の質問に答えながらちらっとカウンターの方を見ると、マスターと潤子さんが口を押さえて笑いを堪えているのが見える。マスターなんか、今にも大笑いしそうだ。この女が客になる前後で俺の態度があまりにも違うのが余程面白いんだろうか?・・・くそ、人の気も知らないで。

「客のリクエストには応えてもらえるんですか?」
「・・・時々籤を引いてもらって、当たった人のリクエストに応じます。まあ、あまり場違いなものはお断りしますが。」

 偏見かもしれないが、どうせカラオケ向きの曲しか知らないんだろう。ジャズやクラシックが高尚でポップスが低俗だとは思っちゃいないが、ポップス以外は音楽じゃない、と言わんばかりの扱いをされる風潮は大嫌いだ。第一、譜面もろくに読めない人間が音楽の善し悪しを論評すること自体が間違ってる。
 そんな思いの俺が皮肉を含ませながら答えるが、井上は全く動じた様子を見せない。どうやらこの女、目標以外は全く眼中に入らないタイプらしい。・・・智一が泣き付いてきた理由がよく分かる。逆にこういうタイプが思い詰めるとストーカーになり易いって、前にテレビで言ってたと思う。・・・テレビもたまには本当のことを言うのか。

「その籤の時間は、何時頃なんですか?」
「日によりますが・・・、8時から9時頃ですね。」

 そう答えた俺の頭に一つの疑問が浮かぶ。籤の時間を聞くということは・・・まさか、その時間までここに居座るつもりか?この店でも俺はこの女の視線を浴び続けなきゃならないというわけか?そう思っていると、井上が俺に呼びかける。

「すみません。えっと・・・ミートスパゲッティにオレンジジュースをお願いします。」

 ・・・どうやら持久戦を決め込むらしい。今日は智一に付き合うべきだったな・・・。

雨上がりの午後 第37回

written by Moonstone

 他の客が大勢居る手前、間違っても嫌な顔をするわけにはいかない。何を言い出すか気になって仕方がないが、あくまでも客とウェイターという現状は弁えておかなければならない。沸き立つ感情が表情に出るのをどうにか抑えて平静を装いつつ、俺はあの女、井上の居るテーブルへ向かう。距離が近付くにつれて、あの女が間近に迫る。何か言いたげだが、切なげというものではない。悪戯を考えた子どもの表情、と言えば良いだろうか?

「・・・何か御用でしょうか?」
「へえ。本当に客になるとちゃんと応対してくれるんですね。」
「・・・?」
「マスターが教えてくれたんですよ。客になればちゃんと話をしてくれる筈だって。」

 ・・・今日ほど俺がマスターを恨んだことはないだろう。頼むから余計なことを吹き込まないでくれ。俺が一体どういう状況に置かれているか分かってるのか・・・って、この女に付き纏われているってことは言ってなかったか・・・。結局、俺が悪いのか・・・。

1999/11/14

 まず最初に・・・

777人目の方からご連絡を戴きました(歓喜)!

・・・呼びかけて反応がもらえて嬉しいです(^^)。次は1000人目ですね、やっぱり。
引き続き寄贈作品を執筆しています。この間にも次回定期更新が迫っている・・・とは一先ず考えないでおきましょう(^^;)。今日は目前に迫った20000人突破記念企画の一部を公開します。10000人突破企画から継続するものもありますが、それは気にしないで下さい(_ _;)。

 いきなりですが、今日は匂いについてお話しましょう。何時頃からか、生活臭や体臭というものが極度に排除される傾向にあります。理由は簡単、「臭いから」(笑)。魚、特に鯖や鯵などの青魚が嫌われるのもそれが原因の一つらしいです。でも、生活をしていれば匂いは当然生じるわけです。食べ物の匂いは勿論、花や木々、果てはゴミや排気ガスまで。それらの嫌なものだけ排除するということは、生活の結果そのものを排除することと等価ではないでしょうか?
 それに人を「臭い」という奴程、香水や化粧の匂いがやたらと臭かったりするんですよね(笑)。他の匂いには過敏でも、自分の匂いには殊のほか甘い・・・。表面的なもので全ての価値を決定する現代ならではの奇行かも知れません。
 俺だってびっくりだ。本当に町中を歩き回っていたとは・・・。テレビの特番で「ストーカーの恐怖」とかいうところで「そんなに求められてるんなら嬉しいじゃないか」と悪態を突いたことがあるが−あの女との仲がぎくしゃくしていた頃だったか−、いざ自分が追われる立場になると、恐怖どころではないのが嫌というほど実感できる。ストーカーかどうかの分かれ目は追われる側が追う側に好意を抱いている(或いは抱く)かどうかというところだと思うが・・・、この女の場合は間違いなくストーカーだ。

「凄いですね。あんなにギターを弾けるなんて。」

 その女、井上が興奮気味に言う。よしてくれ。お前に誉めてもらいたくはない。

「最初から聞けなかったのが残念です。此処だと分かってたら直ぐに来たんですけど。」

 冗談じゃない。お前に聞かせる為にあの曲を弾いたんじゃないんだ。

「他にどんな曲が弾けるんですか?」
「言う必要はない。」

 それだけ吐き捨てるように言うと、俺はカウンター脇に置かれている水の入ったステンレスのポットを持って足早に客席へ向かう。この女とは関わらないに限る。早く俺のことなんか諦めてくれ。もっとお前を満足させてくれる男は他にもいっぱい居る筈だ。俺のギターを聞いて俺に惚れた素振りを見せて、挙げ句の果てに俺を捨てるのは・・・

あの女だけで沢山だ!

 客のコップに水を注いで回る。次は何時演奏するのか、とよく尋ねられる。常連客はまだしも、見慣れない客にも初めての曲を披露してそう尋ねられると自信が湧いて来る。常連でない方がなまじ社交辞令がないだけに率直な感想が聞けたりする。・・・あの女もそうだな・・・。俺はあの女のことが脳裏に浮かんできたのを悟って慌てて押え込む。考えちゃ駄目だ。甘い顔を見せたら・・・また騙されるんだから。
 一通り客席を回ったところで、一旦カウンターのほうへ引き上げようとした時、ステージ向かってやや右側のかなり近い位置にある2人用のテーブルに、あの女が、井上昌子が座っている・・・。井上は俺と目が合うと、微笑んで手招きをする。客になったら避けるわけにはいかない。雇われウェイターの悲しいところだ・・・。

雨上がりの午後 第36回

written by Moonstone

 俺の顔が急速に強張って行くのが分かる。まさか、町中歩いてこの店を探し当てたのか?だとしたら探偵稼業も十分勤まるだろう。それよりも前に最強のストーカーになるだろうが、どうして兄貴に似ているというだけでここまで執念深くなれるんだろうか?何にせよ、俺はこの女の兄貴じゃないし、その代わりをする気もない。第一、もう女とは関わり合いたくないんだ。・・・「女性」の潤子さんは例外として。

「彼女、君の演奏の途中でひょっこり顔を出してね。随分疲れた様子だったんだが君の演奏にぼうっと聞き入って、『素敵な曲ですね』と一言。」
「で、祐司君の方を見て何度か首を傾げてたから『彼が気になるの?』って聞いたら、『私が探してる人かも』って言うから、演奏が終わって顔を上げるまで待ってもらったのよ。祐司君が顔を上げたら彼女、もうびっくりよ。」

1999/11/13

 このコーナーを昨日試しに見てみたら、777まであと少しとなってました。777を踏まれた方、良ければメールでご一報ください。この場で試験的な企画(インタビューのようなもの)をしてみたいと思っていますので宜しくお願いします(_ _)。・・・トップページのような自爆は避けたい(^^;)。

 芸術創造センターそのものも御来場者20000人まであと少しなんですよね。8月半ばに10000人突破したばかりだというのに(^^;)。企画を大々的に実施したいところですが、10000人の規格も進行中のものがあったりするんですよね(^^;)。今考えているのはグループ間の合作、例えば「第1創作グループ」の設定を「第1創作グループ」で使ったらどうなるか、とか。11/14の臨時更新で思いついたものを列記しますので、また見てやって下さい(_ _)。
 ステージに立つと、客が一斉に俺の方を向く。ちらっと奥を見ると潤子さんは勿論、マスターも食器を洗う手を休めてこっちを見ている。俺は緊張で身が引き締まる思いがする。アコギを手に取って椅子に座ると、店の照明が少し落とされ、代わりにステージが白色光で照らされる。マスターが照明を操作したらしい。こうなるともはや練習などという気軽なものではなく、一足早いお披露目だ。俺はゆっくりと息を吸い込んで吐き出すと、弦の上に指を躍らせ始める。
 今回新たに選んだのは「AZURE」。何年か前、煙草のCMで流れた曲だ。音を取るのはかなり苦労したが、ギターとピアノが主体の曲なので割とアレンジはし易かった方だ。ピアノも内部的には撥弦楽器なのでギターと似ているところがあると思う。俺は両手の動きに注意しながら頭の中の楽譜を進めて行く。客やマスター、潤子さんの反応を窺う余裕はまだない。新しいレパートリーを店で初めて披露する時に味わうこの緊張感は、視界を手元に絞り、頭の中を楽譜だけにする。

 アレンジで一番難しい(と自分は思っている)ラストを弾き終えると、力を抜いた右手がだらりと肩から垂れ下がる。照明が元に戻ると同時に拍手が沸き起こる。初めてにしては会心の出来だったようだ。何時の間にか2、3人増えていた客の中には、拍手しながら頷いている人も居る。ステージにかなり近いところに座っている人も居るが、何時来店したのか全く気付かなかった。それだけ緊張していたというか、集中していたということだろう。
 反応が一番気になるカウンターの方を見ると、マスターは腕組みをしながら何度も頷き、潤子さんは微笑みながら拍手をしている。これならレパートリーに正式に加えても問題はないだろう。そう思うとようやく全身を縛っていた緊張感から完全に解放された俺は、立ち上がって一礼してからステージを降りる。一先ずカウンターの方へ戻る俺に拍手が向けられる。俺は何度も頭を下げながらテーブル席を通り抜ける。新曲の披露でこれだけ多くの喝采を浴びるのはそうそうないことだ。俺は緊張感が満足感へと昇華して行くのを感じる。

「凄い凄い。文句無しよ。初めてとは思えないわ。」
「なかなか腕を上げたな。アレンジも良かったぞ。」
「ありがとうございます。かなり緊張しました。」
「途中からだったんですけど、凄く上手なんですね。びっくりしました。」

 興奮したような別の声が聞こえて来る。・・・途中から?マスターと潤子さん以外に誰が・・・?そう思いながら声の方を向くと、そこには・・・あの女、井上昌子が立っていた。

雨上がりの午後 第35回

written by Moonstone

 いつもより早めに食べ終わると、直ぐに着替えを済ませて店に出る。この瞬間から身も心もDandelion Hillのウェイター兼ミュージシャンになる。忙しない俺の様子に潤子さんは疑問に思ったのか、俺に尋ねて来る。

「どうしたの?何だか慌ててるみたいだけど。」
「新しいレパートリーを練習しようと思って。」
「へえ・・・。今度は何?」
「ギタリストの曲を選んでみたんです。ちょっと聞いてもらえますか?」
「ええ、良いわ。お客さんも居ることだし、本番のつもりでね。」

 俺は通り道の客に挨拶をしながら、逸る気持ちを静めつつステージへ向かう。初めて披露する時に焦りは禁物だ。まだ指が無意識に動くレベルに達していないから、突然頭の中の譜面が蒸発してしまったりするからだ。

1999/11/12

 このところ「進捗状況」が殆ど進んでいませんが、寄贈用の作品にシフトしているためです。如何に期限無しとはいえ、あまりお待たせするわけにもいかないので当ページの更新を一先ず置いて取組んでいるわけです。該当する方々、もう暫くお待ち下さい(_ _)。

 この連載で夜遅くまで営業する喫茶店を登場させていますが、私自身は喫茶店には行きません(笑)。大抵の料理は自分でどうにか出来ますし、喫茶店でどうこうする必要性が浮かばないです。待ち合わせをすることもありませんし(笑)。「こんな店でゆっくり紅茶(紅茶党なので)を飲みたい」という願望を表現したものです。前にも写真のことでお話しましたが、私が何かをするというのは単純な動機「〜したい」が殆どですから。
しかし、何よりも今のバイトをあまり休みたくないというのが一番大きい。好きな音楽が出来る、気の良い夫婦が経営するあの店に居心地の良さを感じているからだろう。
 朝が早かった上に少々寝不足だった俺は、仮眠を取ってからバイト先へ向かう。もう何かを羽織らないと外へは出辛い。悴む手をズボンのポケットに突っ込んで、少しでも肌の露出面積を減らす。薄暗い黄昏時の街には、もう灯りが当たり前のように灯っている。大学へ入って初めての冬はもうすぐそこまで来ている・・・。
 今日は定刻10分前に着いた。客の少ない時間に新しいレパートリーの練習を少しでもしておきたいからだ。ドアを開けるとカウベルが鳴り、正面に熊さんマスターが鎮座しているのが目に入る。

「こんばんは。」
「おっ、今日は早いな。」

 マスターが食器を洗う手を止めて言う。店に入ってカウンターのいつもの席に座った頃、空のトレイを抱えた潤子さんがやって来る。

「あ、こんばんは。」
「こんばんは。気分はどう?」
「・・・まあ、何とか。」
「見たところもう大丈夫みたいね。」

 潤子さんはカウンターの中に入って俺の夕食の準備に取り掛かる。カウンター越しに見える料理は俵型のコロッケに野菜スープ。毎日メニューを変えてくれる潤子さんには頭が下がる。やっぱりマスターが羨ましい。どんな魔法をかけたのか聞いてみたいところだ。

「はい、お待たせ。」

 間もなくトレイに載った食事が出される。俺は練習がしたいのもあって早速食べに掛かる。ちらっとテーブル席の方を見ると、2、3人客が居るが練習がてら聞いてもらうのも悪くはない。客の反応というのは演奏する側になると結構気になるものだ。

雨上がりの午後 第34回

written by Moonstone

 この日は最後まで智一の泣き言を聞かされる羽目になった。単に肘鉄を食らっただけならまだしも、お目当ての相手−勿論、井上というあの女だ−が俺の方を向いているというのが余程ショックだったらしい。何だか複雑な気分だが、俺は聞くだけに留めておいた。状況が状況だけに、俺の慰めは優越から来る同情と受け取られかねないからだ。「お前は良いよな。昌子ちゃんに想われててさ」と変に僻まれてはかなわない。迷惑してる、などと言おうものなら乱闘沙汰になるだろう。
 恋愛について呑んで語り明かそう、などと誘われたが、バイトがあるからと言って半ば強引に振り切った。当日にいきなり休むというのは出来るだけ避けたいし、生活を左右するのもある。仕送りはあるが学費が馬鹿にならないので、親の負担を軽くしようと生活費の半分以上は自分で稼いでいる。

1999/11/11

 まずはすみません。昨日の更新で「第1写真グループ」の短文が同一だったのを修正した筈だったのですが、index.htmlを上書きしただけでした(^^;)。せっかちな自分に改めて気付きましたとさ。・・・以後気をつけます(_ _)。

 昨日ジェンダー論批判を展開したわけですが、私がもっとも危惧するのは、最後に触れたように「健全」文化の強制に繋がりかねないということです。ジェンダー論者にしろ「健全」を叫ぶ人間というのは往々にして、教育=純粋培養と考えてますから、自分達が善しとするもの以外は「教育上良くない」として抹殺しようとする傾向が強いように見えます。しかし・・・健全を叫ぶ人間ほど健全ではないことをいい加減知るべきでしょう。所謂「エリート」がそこらこちらで何をやっているか?考えてみれば明らかです。まあ、効率や金銭的利益を至上の価値としていては分かる筈もないですが・・・。特にマスコミは。

「・・・裏切り者。」

 ぼそっと呟く智一の表情はこれでもか、というほどに恨めしそうだ。お化け屋敷にでも出てきたら悲鳴を上げて逃げてしまうかもしれない。しかし、俺に恨まれるような覚えはない・・・とは完全に言えないが、少なくとも昨日はそれなりにお膳立てをした筈だ。俺としては丁度良い厄介払いにもなったし、何が不満だというんだ?

「昨日、あれから昌子ちゃんと近くの喫茶店に誘おうとしたんだけどさ・・・それどころじゃなかったさ。」
「だからって、何で俺が裏切り者なんだ?」
「昌子ちゃんは俺のことそっちのけで、お前の住所と電話番号を聞いてきたんだよ。」
「・・・何?」
「『私と彼、近所かもしれないから』とか言ってさ、何度も何度も聞くんだぜ?参ったよ。俺のことなんて全然眼中になくって、見えてるのは彼女を嫌ってるお前のことだけなんだよ〜!こんな理不尽なことが許されて良いのか〜?」

 そんなこと言われても困るんだが、それよりも気になることがある。

「・・・で、お前、あの女に教えたのか?俺の住所と電話番号を。」
「教えなかったさ。というより、クラス名簿は家に置いてあったからはっきり覚えてなくてさ。『俺の家で調べるから一緒にどう?』って誘ったわけよ。」
「・・・で?」
「そしたらさ、昌子ちゃん『じゃあ、自分で探します』って言ってさっさと帰っちまったんだよ〜。電車に間に合わないとか言って走ってさ、追いかける間もなかったさ・・・。くそ〜、折角知的美人をゲットできると思ったのに、よりによってお前何かに〜。」

 最後の一言は余計だ。俺は迷惑してるくらいなんだから俺を恨むのは筋違いってもんだ。それにしても・・・あの女、本気か?たかが兄貴に似てるくらいでそこまで追い回すか?普通。何だか嫌な予感がするが・・・こういう時に限って予感というものは当たったりするんだよな。

雨上がりの午後 第33回

written by Moonstone

 翌日。今日も専門科目のお陰で1コマ目から大学に出なければならない。1、2年次の専門科目は必須ばかりだから留年したくなければ取るしかない。俺は夜遅くまで新しいレパートリーの編曲をしていて眠いのだが。今日は幸いなことにあの女は電車に乗っていなかった。1コマ目から講義があるんだろうか、と考えてしまう俺が居る。別に俺には関係ないことなのに・・・。
 頭の中に薄い霞が掛かっているような気分で講義室の椅子に−当然、後ろの方だ−座っていると、前にある出入り口から智一が入って来るのを見えた。俺の方を見ると、何故か恨めしそうにこっちに向かって来る。階段を重い足取りで上って来て俺の隣に座ると、じろりと俺を睨む。恨めしいというか非難めいた視線だ。一体俺が何をしたって言うんだ?

1999/11/10

 今日で「雨上がりの午後」の連載が開始から一月を迎えました(歓喜)。・・・よく続けられたなぁ(^^;)。いえ、途中で話がどん詰まりになったらどうしよう、毎日更新といいながら連載落とすのも何だし、などと考えながらでしたので(小心者)。
 これまでの執筆量は大体80kB。普通の連載の3、4回分くらいですから、まさに塵も積もれば・・・ですね(レギュラーもこの調子で出来れば ^^;)。これからもシャットダウン以外は続けるようにしますので、応援宜しくお願いします(_ _)。

 新聞の文化欄(といえるほどではないが)で、コラムの執筆者が女性だと時々出るのがジェンダー理論。「女性は豊満で美しい女性の裸が題材にされるのは、男性中心の社会を反映している」とかいうようなことを言っているわけですが、全裸の男性像も何ら珍しくないのに、ことさら女性の場合だけ取り上げているのはジェンダー論者らしい固定概念の典型ですね。
 ジェンダー論者というのはもっぱら「女性の美=男性の概念=悪」という公式を適用していますが、単に若さや美しさに嫉妬しているだけとしか思えないです。大体、芸術や文化に差別や何だと言い出したら、文部省、教育委員会推薦的胡散臭さの漂う「健全」作品しか成立し得ないことになるでしょう。・・・もしかしたら、それが望みなんでしょうか?
 その後も智一のアプローチは教官が現れるまで延々と続いた。趣味や好きな食べ物に始まり、理想の男のタイプやその逆、そして何処に住んでいるのかへと話は進み、最後は携帯の番号に到達した。見事な連続技だ、と変に感心してしまう。だが、女の方は嗜好に関する話題にはそこそこ答えたものの、それ以降、つまり「理想の男のタイプ」から先については逸らかすのみだった。「兄が理想のタイプ」を口にし辛いとは思えないんだが、所詮俺には関係のない話だ。俺がその間、ずっと雑誌を読んでいて二人の表情がどうだったのか知る由もないことは言うまでもない。女が智一に靡いてくれれば二人は勿論、俺にとっても最善の結果になるから、今はそれを望むしか俺に出来ることはない。

 講義が終わると周囲はさっさと荷物を片付けて続々と引き揚げて行く。俺は筆記用具とノートを鞄に放り込む。今日は3コマで終わりなので帰宅して一休みしてからバイトに出かける。朝が早かったので眠いから仮眠をしておきたいところだ。俺が席を立つと、女がそれに併せるように席を立って俺に話し掛けて来る。

「あの、今日はこれからどうするんですか?」
「帰る。講義がないから。」
「あ、私もそうなんですよ。じゃあ・・・。」
「俺とちょっと付き合ってくれない?」

 女が言いかけた時、智一が女の肩を叩いて割り込みをかける。自分より俺の方に女の関心が向いているような素振りに焦っているのだろうか。彼女作りにかける意気込みは凄いが、振り向いた女の顔がやや迷惑そうなのに気付いた方が良いと思う。

「俺、この近くに良い店知ってるんだ。大丈夫。変な店じゃないから。」
「あ、あの、私は・・・。」
「通れないからどいてくれ。」

 俺が言うと、女と智一は机寄りに身を寄せて道を開ける。俺は後ろのテーブルと二人の間を通り抜けて通路に出ると、二人の方を向いて言う。

「じゃあな智一。俺はバイトがあるから帰るわ。」
「おお、じゃあな。」
「ちょ、ちょっと待って・・・。」
「あいつは君に興味がないんだってさ。」

 ・・・興味がない、か。俺はそう思っている。そう思うようにしていると言うべきだろうか?もう二度と傷付かなくてもいいように、「壁」の中に閉じこもってしまった、と・・・。

雨上がりの午後 第32回

written by Moonstone

 俺がそんな事を思っている間に、希望どおりの位置に就けた智一が早速女に話し掛ける。そのやり取りを聞いていると、ややお節介なDJが担当するラジオのトーク番組のようだ。

「文学部って、どんなことやってるの?」
「え・・・今は・・・教養科目が殆どなんで、特には・・・。」
「でも、文学部っていうと何かこう、知的で上品な感じがするんだよね。やっぱり本とか好きなの?」
「ええ・・・。」
「どんな本を読んでるの?イメージからして・・・ハイネの詩集とか読んでそうだね。」
「いえ・・・。昔からファンタジーが好きなんで、『指輪物語』とか・・・。」

 智一は女に「知的な深窓のお嬢様」のイメージを抱いているらしいが、今時そんな夢物語が現実にある筈ないだろうと思う。この男、意外にロマンチックというか、夢想的なところがある。忠告したいところだか、今俺が口を出すと「割り込みは無しだぞ」とか言われそうなので黙っておくことにする。

1999/11/9

 「ねるふ・はざーど」は今、シナリオを整えると同時にプログラムの流れを考えています。条件分岐が必要なので、行き当たりばったりで書くと絶対混乱するので・・・(^^;)。今回は全部私一人で組むので、余計な神経を使わないで済むからやり易いとは思います。あくまでも面白さが第一のシリーズなので、展開が複雑にならないようにしたいと思います。

 11/7の定期更新で始動した「第1写真グループ」は、空と雲を撮った写真が多いのにお気づきでしょうか?空と雲の写真を撮ろうと思い立ったのにはある理由があります。
 それは「エースコンバット3」(ナムコ)のエンディング画面が気に入ったからです。そこでは空と雲の写真(多分)が背景に使われているのですが、その1枚1枚が凄く奇麗で、自分でも撮ってみたい、と思ったのがきっかけなんです。・・・単純な理由ですが(笑)、私が物事を始めるきっかけは、「こういうことがしたい」という文字通り単純な動機が大半だったりします。
グループから一人離れて座っている、しかもどんより落ち込んでいるような奴は何かと狙われ易いという話を聞いたことがあるが、今の俺は条件を満たしているから標的になって当然というわけか。だが・・・

「言っておくけど、俺は神様なんぞ信用してないからな。」
「え?」

 俺の心の呟きに女が聞き返す。・・・無意識に声に出てしまったようだ。俺は雑誌に視線を固定したままなので女の表情は分からないが、図星を突かれて頭の中で必死にマニュアルのページを捲っているのかもしれない。

「わ、私、言っている意味がよく分からないんですけど・・・。」

 とぼける気のようだ。まあ、それならそれでも良い。こういう場合、絶対に相手を信用しないことが肝要だ。自分を守るには容易に他人に近付かず、そして他人を近付けないこと。信じて傷付くくらいなら、疑って安心できる方がずっと良い。
 ようやく雑誌の内容に意識が集中するようになった頃、どかどかと勢いの良い足音が前の方から近付いて来るのに気が付く。動揺をそのままに音にしたような足音の主が誰なのかは大体想像はつく。

「お、お、おい祐司!試合放棄したのに抜け駆けはなしだぞ!」

 顔を上げて通路の方を見ると、やはりそこには智一が目を見開いて身を乗り出すように立っていた。トイレに行く前後で俺の隣にお目当てのこの女が居れば、そりゃ驚くだろう。だが、抜け駆けしたとは心外だ。勝手にこの女が付き纏っているだけなんだから。

「お前の思い違いだよ。」
「並んで座っておいて説得力ないぞ、お前!」
「・・・じゃあ、一つ詰めるから隣に座れば?」

 結構人が増えてきたのに動揺のあまりか大声で俺の「抜け駆け」に抗議する智一をだまらせるには、これしかあるまい。俺は左隣に置かれた智一の鞄を投げて渡すと、壁際にもう一つ分詰める。女が後に続いていそいそと左に詰めると、智一がさっさと女の右隣に座る。ふと横を見ると、やや斜め後方から観た女の横顔は少し当惑気味だ。まあ、その気持ちは分からなくもないが、俺より智一の方が付き合うには断然条件が良いことだけは保障する。俺と居ても・・・疲れるだけだろう。疲れる前に諦めてくれた方が・・・ずっとましだ。

雨上がりの午後 第31回

written by Moonstone

 俺が一つ分席を壁側にずらすと、井上というその女が俺の右隣に座る。柑橘系というか、甘酸っぱい匂いがふわりと舞い上がり、辺りに漂う。俺は隣を見ずにそのまま開けたままの雑誌に視線を下ろす。当然会話などある筈がない。雑誌を読んでいるつもりの俺だが、妙に落着かない。いつもなら声をかけられても気付かないほど熱中するんだが、ちっとも頭に入ってこない。
 どうしてだろう?俺は雑誌を読む振りをしながら考える。匂いが気になる・・・それもある。鼻を突く、というほどではないが、この匂いは・・・あの女を思い起こさせる。やはり一番気になるのは、どうしてこの女が俺にこうもしつこく付き纏うのか、ということだ。いくら俺がこの女の兄貴に似てるからって、ここまでするだろうか?友人の振りをして近付いて何時の間にか入信させる宗教団体もあるというが、もしかしたら・・・その標的にされたんだろうか?

1999/11/8

 昨日の更新疲れでそのまま昼過ぎまでお休みしてました。=>w(_O_)w 徹夜は後でどかっと出るので、出来ればやらない方が良いですね。あんなにぐっすり長時間眠ったのは久しぶりかもしれません(笑)。目覚めてから更新作業に取り掛かりました。昨日更新できなかった第1SSグループの新シリーズを始める為です。

 新シリーズ「ねるふ・はざーど」は「ねるふ・くえすと」の後半から感じ始めたゲームの要素を含んでいながら一本道であることをどうするか、を課題として始めました。今日公開の「ぷろろーぐ」だけでは通常どおりですが、ここから変わったことをする予定です。
 ここで度々お話していますが、CGIを使った分岐システムを作ろうと考えています。細切れだと前後関係の調整が大変なので、ある程度揃えてから一気に公開する形式にします。そのため、前回のように頻繁に更新、というわけにはいきませんが気長にお待ち下さい(_ _)。
 それにしても智一は遅い。昼休みだからトイレが混んでいるのかもしれないが、もしかしたらついでに売店に買い物に行ったのかもしれない。俺は再び雑誌に視線を下ろし、新しいレパートリーを考えながらコード理論の解説を読む。客に人気があるのは店の雰囲気もあってか、複雑なコード変遷があるマイナー系のジャズだから、その線で行こうと考えている。
 ふと通路側に人の気配を感じる。雑誌から視線を上げて前方を中心に見回すと、幾分混んでは来たがまだ席には余裕がある。それでも隣に来た人の気配は俺の隣に留まったままだ。俺は怪訝に思いながら−若干もしや、という気持ちを孕みながら−顔を上げて隣を見る。

「やっぱりこの講義だったんですね。」

 俺は唖然として声も出ない。通路に立っていたのはあのブラコン女、井上昌子だ。今朝来る途中に俺が何時教養課程棟の方へ来るのかどうか尋ねてきた時、知りたきゃ自分で調べろと言って、そうしますと答えたことを思い出す。・・・まさか、本当に調べたんだろうか?

「講義の一覧表で調べたら、この時間の教養課程の何処かに居るんじゃないかって思って、ずっと探してたんですよ。」
「・・・何でそこまで・・・。」
「だって、言ったじゃないですか。こっちへ来る時間が知りたかったら自分で調べろって。だから調べたんですよ。」

 ・・・正直、ここまで執念深いとは思わなかった。あれで自分に脈がないと悟って諦めるものだと思ったんだが全く逆効果だったわけだ。俺の読みが浅かったのかそれとも予想を上回るこの女の執念深さが優ったのか・・・。何にせよ、この女がそこまでして俺の居場所を調べた以上、当然目的は決まって来る。

「隣、今度は良いですよね?」

 俺は溜め息を吐いて席を一つ奥側にずらす。もう根負けした。この後智一が戻ってきたらどんな顔をするか、またしつこく問い詰められるのかと考えると今から気が重い。

雨上がりの午後 第30回

written by Moonstone

 まだ人影もまばらな大講義室で、俺は雑誌を広げる。一昨日買った音楽雑誌だ。俺は一度買った雑誌を何度でも読む方で、暇な時に読めるようにこうして持ち歩いている。雑誌には新発売のギターやエフェクターの広告が並んでいるが、ここはぱらぱらと目を通す程度だ。
 俺が興味を持つのはプロの音作りやジャンル毎のよく使われるコードパターンといったところだ。ロック一辺倒だったところに「Dandelion Hill」でのアルバイトがきっかけでジャズやクラシックに引かれるようになってから、曲のジャンルに合った音作りやアレンジに必要なコードパターンを−基本的にソロで演奏するから、ソロ用にアレンジするための知識は欠かせない−こういう雑誌やその手のCDを聴いて勉強している。少なくとも乳酸が筋肉に蓄積するばかりの専門科目よりは真剣に取組んでいると思う。・・・威張れることではないが。

1999/11/7

 ああ・・・つ、辛かった・・・。更新するものが多いにも関わらず、またしても土壇場でバタバタしてしまってこのとおりへばってます。=>w(_o_;)w 第1写真グループの次回作に備えて未明から写真を撮りに1時間半ほっつき歩いて余計に疲れました。没だらけで原画像がどんどん溜まって行く・・・。これまで増設したHDDがスカスカだったので、まだ十分余裕はありますが・・・1回の撮影で100枚近く撮って使えるのが10枚に満たないというのは情けない話です・・・(^^;)。

 精魂尽き果てた代わりに、2つの新グループは無事に始動しました。ここで毎日行っている連載も改めて編集や加筆を施して「第3創作グループ」に再登場です。今回の公開分は第8回くらいまでです。この調子で連載が続けば月1回の割合でお目見えできると思いますので、応援宜しくお願いします(_ _)。大量の没画像(廃棄物?)を産んだ「第1写真グループ」も稼動しました。改めて夕焼けを見ると、何だか懐かしい気がしませんか?次は・・・何時になるかな(^^;)。良かったら感想下さいね。

「おい祐司!お前、何時の間に昌子ちゃんと一緒に来るまでになったんだ!」

 ・・・よりによって智一に見られていたとは。智一は俺とあの女の両方は勿論、昨日の経緯にも絡んでいる。俺が昨日あれだけ嫌悪感を剥き出しにしていただけに、智一の驚きも当然といえば当然なのが・・・全くついてない。智一は俺の前に立ちはだかると、動揺の色を露にして質問を浴びせる。

「一体何時の間に仲良くなったんだよ!お前、あんなに嫌がってたじゃないかよ!」
「今でも嫌がってる。」
「嘘つけ!昌子ちゃん、嬉しそうにしてたじゃないか!」
「あの女が勝手に喜んでるだけだ。」
「全然説得力がないぞ。」

 自分で言うのもなんだが、それは俺も同感だ。本当に嫌なら何としても振り払うべきだった。結局俺はどこまでも甘い男だと改めて実感する。だからあの女−俺をポイ捨てした女のことだ−が新しい男に乗り換えるまでの「一時凌ぎ」にされたわけだ。・・・まあ、あんな目には二度と遭うまい。
 その後も智一は色々尋ねてきた。何処から一緒に来たのか、昨日の態度からの豹変に何かあったのか、などと俺とあの女が一緒に来たことに関することばかりだったが。そう言えば昨日、俺が興味ないと言ったら彼女にするべく挑戦するようなことを言っていたな。・・・止めておいた方が良いと言おうとしたが、やはり今の俺には説得力が無いので言わないことにした。

 午前中2コマの専門科目を終えて昼飯を学食で済ませてから、俺と智一は午後からの教養課程に備えて移動する。今度は法学だが、これまた人気の講義なので早めに大講義室へ出向いて席を確保しておきたい。聞きたいと思う講義には黙っていても学生は足を向けるものだ。近頃の学生は勉強しないという前に、ちょっとは居眠りを誘うような講義を見直すとかしてもらいたいものだ。金を払う相手に威張れるのは医者と教師だけだという話は本当だと思う。

雨上がりの午後 第29回

written by Moonstone

 俺は結局その女と正門まで並んで歩く羽目になった。そこまでに数人、同じ学科の奴が居たが、予想通りというか、俺の隣を見て驚いた様子だった。後で噂になるか、俺自身に質問が来るんだろうか。良い迷惑だが、徹底的に無視を決め込めなかった自分の甘さが敗因だろう。
 正門を過ぎてさらに暫く歩いたところにある、教養課程棟や文学部、法学部、教育学部への近道に差し掛かったところで、女とようやく別れることが出来た。しかし・・・

「じゃあ、また後で・・・。」

 えらく上機嫌に手を振って、何度も俺の方を見ながら歩いて行く。何も知らない奴が見れば、学部の違う仲良しカップルとしか思えないだろう。あそこまで演技できれば大したものだ。そして悪いことには、さらに悪いことが重なるものだったりする。

1999/11/6

 うーん、困った。第1SSグループが全く出来てません(- -;)。新グループが2つ始動するから、既存グループも同数以上更新しないと立場がない(笑)。第一、容量増強をどうするかの結論が未だ出てないことが問題なんですよね(人はこれを優柔不断という)。

 容量を増やす選択肢は2つに絞っているんですが、何でこうまで結論を出すのが遅いのかというとこれは職業柄というか・・・即断は禁物という意識が染み付いているからです。サーバーの容量を確保するには当然投資の上積みが必要ですが、その投資に見合っただけのことが出来るか(作品の質と量を充実できるか)、という判断が出来ないんです。好きでやることとはいえ、多い方では毎月5000円以上投資することになるので・・・。候補はどちらも一長一短があるので、これまた判断し辛いんですよね(^^;)。さあて、どうしよっかな・・・(まだやってる)。
表情こそ笑顔だったが何となく仮面みたいだったし、「信仰をお持ちですか」「神の教えに触れてみませんか」とかいう決まり口上を延々と繰り返す壊れたロボットのようだった。この女は・・・誉めるつもりはないが、生き生きしているというか、輝いている。それは否定しようがない。だが、これがやがて俺を騙す笑顔だと思うと、その輝きに惹かれる気持ちは湧き上がっては来ない。
 俺を問い質す−本人にはそんなつもりはないだろうが−だけではまずいと思ったのか、女は自分のことを話すようになる。(電車でも言っていたが)1コマ目の時はこれより1本早い急行に乗っていること、駅から歩いて15分ほどのところで一人暮らしをしていることが頭に飛び込んで来る。
しかし、どう見ても自分に好意を持っているとは思えない相手に、よく平気で自分のことを話せるものだ。俺が悪党だったらとか考えないんだろうか?お人好しというか何というか・・・。こういう人間も一度痛い目に遭えば、下手に好意を持つものじゃないと思うんだろうか?そうでなければ、キリストの再来を語っても良いかも知れない。
そんなことを思っていると、女は新たな質問を投げかけて来た。

「今日、教養科目あるんですか?」
「・・・俺達は2年の終わりまでに教養の単位を取らなきゃならないんでね。」
「じゃあ、こっちの方へ来るんですね。」

 嫌みを込めたつもりなんだが、全く効果がないのか気付いていないのか。俺が教養科目の講義に出席する為に女の通う文学部に近い教養課程棟に来ることが分かって嬉しいらしいことは分かる。

「何時こっちの方へ来るんですか?」
「・・・知りたきゃ自分で調べな。」

 これ以上兄貴の面影を重ねられて付き纏われてはかなわない。そう思った俺はぶっきらぼうに突き放す。そこまでして好意の欠片も見せない男に会いたいとは思わないだろう。

「じゃあ・・・そうしますね。」

 女は予想に反して沈んだ様子を見せない。その口調に決意のようなものすら滲んでいるように思えるのは気のせい・・・だと思いたい。

雨上がりの午後 第28回

written by Moonstone

 結局俺はこの女を完全に無視することは出来なかったわけだ。そんな意志の弱いというか、甘い自分が情けない。女の方は対照的に目を輝かせている。初めて俺が自分の問いに答えたことで、第一歩が踏み出せたと思っているんだろうか。やはり、何がなんでも無視しとおすべきだったと今更悔やんでいる自分が居る。
 井上昌子とかいうこの女は、俺の回答をきっかけにしつこく−周囲から見れば羨ましいほどの積極さだろうが−話し掛けて来る。特に興味を持っているのは、電車はこの時間なのかということと、何処に住んでいるのかということらしく、言い回しを変えて何度も聞いて来る。俺が入学の日に危うく引っ掛かりかけた新興宗教の勧誘に雰囲気が似ている。勧誘してきたのも女だったし・・・。
 まあ、我慢の限界に達した俺が怒鳴りつけて逃げ出すまで纏わり付いていた女と違うのは、その表情というか・・・。宗教の勧誘は簡潔に言えば目が死んでいた。

1999/11/5

 日付上でいよいよ明後日に迫った定期更新の準備の追い込み中です。既存グループの方がちょっときつい状況ですが、何とか間に合わせるようにします(居眠りしちゃったからなぁ ^^;)。
 えっと、このコーナーのリスナーの皆様にだけ、次回から活動を開始する第1写真グループの一部を御覧戴けるヒントを用意しました。このウィンドウの何処かにヒントが隠されていますので隈なく探してみて下さい。御覧戴くには、ちょっと推理が必要です。2日後には大っぴらになりますので、軽いお遊びのつもりでどうぞ。
 改札を前にして俺はポケットの中から定期を探る。3つしかない改札に何十人も押し寄せているから、そんなに慌てることはない。ふと横を見ると、やっぱりというか、まだ井上という女が居る。表情にこそ感情の起伏は現れてはいないが、所謂「熱い視線」で俺を見ている。己惚れなんかじゃない。これと同じ瞳を、俺は高校時代に見せ付けられて結果3年後に騙される運命の進路に足を踏み込んだんだから。
 改札の人込みが減ってきたので、俺は取り出した定期を駅員に見せながらさっさと改札を通り抜ける。すると、井上という女が俺の左隣に並んで来る。まさかまだ追いかけて来るつもりなんだろうか?冷たくされると余計に燃え上がるタイプが居るそうだが、だとすると俺はどう対処したら良いのか判らない。
 兎に角俺は女を無視して学生が連なる道を歩き始める。すると、女も俺を追って来る。どうあっても一緒に大学まで行くつもりなのか?俺の1コマ目がある工学部棟とこの女が通っているという文学部棟はかなり距離があるが、少なくとも正門までは同じ道を行くことになる。・・・今日は朝からついてない。周囲の視線がこちらに、特に女の方に集まっているのを感じる。見ているのならこの女に声をかけてみたらどうなんだ。俺みたいに口下手な奴より「楽しくて身近な存在」の方について行くだろうし、その方が俺としても有り難い。

「昨日の心理学の直前に出て行ってから、伊東さんっていう人に聞かれたんですよ。私が誰で、何処で知り合ったのかって。」
あいつ、やっぱり聞いたのか。
「一昨日の夜に偶然会ったんで改めてお話したいって言ったら、驚いてましたよ。隅に置けないなぁって。」
好きで会ったんじゃない。
「そう言えば・・・ちゃんとした自己紹介がまだですね。私、井上昌子です。」

 ・・・俺も名乗れということか。ひたすら無視するというのも結構疲れるものだし、まあ、名前だけなら教えてやるかと思った俺は正面を向いたまま無愛想に呟く。

「・・・安藤祐司。」

雨上がりの午後 第27回

written by Moonstone

 いい加減うんざりした俺は、井上という女の問いかけには応えずにさっさと改札の方へ向かう。こういう場合は徹底的に無視して諦めるか飽きるのを待つしかない。・・・別れを仄めかされたあの記憶で、俺とあの女の立場を入れ替えたようなものだが、やっぱり気持ちのベクトルがy=ax(a>0)の関係になっている状況では、どうあがいても無理だということが今更身に染みて分かる。・・・本当に俺は馬鹿だったと思う。あの時の俺に会えるなら、ぶん殴ってでもあの女にすがり付くのを止めさせていただろう。
 改札は俺と同じ様に大学へ向かう学生でごった返している。1コマ目の講義に走らなくても間に合う急行電車は俺が乗って来たやつが最後だから、特に遠距離通学の連中は乗るか乗らないかで、のんびり歩くか時計を気にしながら走るかが別れるから切実な問題だ。

1999/11/4

 昨日、第1写真グループ展示用写真の準備についてお話しましたが、改めて計算してみたら、公開用ファイルになったのは全体の1/9以下でした(^^;)。あとは公開に向けて出来るだけ待たせないように区分けするのと、短文の残りを仕上げるくらいです。
 それにしても画像ファイルは大きいですね(^^;)。今はローカルの擬似サーバーで試していますが、ダイアルアップだと複数並べるのはきついかもしれません。その場合、どうしようかな・・・。
 そのまま俺と女の間に沈黙が続く。俺から話し掛ける気にはならないし、女の方は話すタイミングを計っているのだろうか。このシチュエーションはあの女が最初に別れを仄めかした時とそっくりだ。もっともあの時とは立場が逆だ。今俺が感じている、早くこの時間が終わってくれないか、という気持ちをあの女も感じていたんだろうか・・・。こんな気持ちの女の気持ちを引き寄せようと躍起になったあの時の俺が、あまりにも滑稽で馬鹿馬鹿しく思える。
 軽い前のめりの衝撃が足元を少し揺らす。人の頭の間から僅かに見える周囲の景色は、降りる駅に近いものだ。普段感じる10分間より少しだけ短く感じるのは・・・、最初のうち会話−というか話し掛けられたこと−があったせいだろうか?普段一人で電車に乗る俺だから、珍しい出来事に何時の間にか気を取られていたのかもしれない。

 車掌のアナウンスが駅に程近いことを告げて間もなく、電車は次第に減速の度合いを強めて行く。俺は降りる気構えを固める。次の駅で乗り降りする人間はかなり多いから、うかうかしていると人並みにもまれているうちにドアが閉まりかねない。
 やがて軽い衝撃と共に電車が止まり、数秒の間を置いてドアが開く。それと同時に此処で降りる人間がドアへ集中する。この人波に乗って逆流に押し戻されないように降りるわけだ。あの女は人波に乗るというより飲み込まれるように俺により先に外へ押し出されて行く。普段乗らない電車に乗ると、その中にある暗黙の秩序が判らないから大変だろう。俺は人波に乗って上手く降りることが出来た。四方を圧迫されていたことからの解放感に一息ついていると、またも背後から軽く肩を叩かれる。

「一緒に・・・行きませんか?」

 振り向いたところに居たのは、勿論井上という女だ。執念深いというか何というか・・・。幾ら兄に似ているからって、ここまで付きまとうだろうか?

雨上がりの午後 第26回

written by Moonstone

「ちょっと・・・でしゃばり過ぎましたね。」

 女が言ったのは意外にも自己批判の弁だった。表情もさばさばしている。てっきり、悲しげな顔でどうしてそんな冷たい態度なのか、と抗議すると予想していただけに、今度は俺の方が驚かされる。

「まだ、自己紹介もちゃんとしてないのに、いきなり突っ込んだこと聞くのは良くなかったです。」 「・・・ああ。」
「またお会いできたんでちょっと舞い上がっちゃって・・・。すみません。」

 婉曲な表現だが貴方に会いたかった、ということか。智一が聞いたら泣いて悔しがりそうだが、俺は別に嬉しくない。あくまでも自分で作った心の「壁」の内側から用心深く様子を窺うだけだ。迂闊に「壁」の外へ出れば、また騙されるだろうから。

1999/11/3

 昨日に続いて更新時間が遅くなりましたが(これまではA.M.1:00くらいでした)、原因は全て私の居眠りに因るものです(^^;)。帰宅して夕飯を食べると気分が緩んで急に眠くなって来るんです。軽く仮眠するかな〜と思って横になると何時の間にか2、3時間過ぎてます(笑)。で、休み前にはPCの前で夜明けを見る、と。こういうのを自堕落というんでしょうか?

 次回定期更新で始動する「第1写真グループ」用に写真を準備しているのですが、予想以上に難しいものです。最初は「適当に撮ればオッケーでしょ」などと考えていたんですが、甘すぎました(当然)。同じ場所で撮ったものでも構図や光との位置関係などで全然違ってきます。これまで撮った写真のうち、候補に残ったのは半分以下、実際に切り取って展示用ファイルになったのはさらにその半分にも満たない数です。写真に嵌まりそうな予感がします(^^;)。
「まさか・・・同じ電車だなんて思わなかったです。」
俺だって思わなかったさ。
「いつもはこれより1本前の急行に乗るんですけど、今日は寝過ごしちゃって・・・。」
俺は早く行こうなんて思いもしないな。
「いつもこの電車に乗ってるんですか?」
「・・・何でそんな事聞くんだよ?」

 今まで心の中で霧散していた呟きが、無意識に声になって出る。井上という女は意外そうに俺を見る。そんな答えが帰って来るとは思わなかったようだが、そんなに都合良くは行かないってことだ。周囲の視線と聞き耳が、一斉に俺と女の方を向いたような気がする。こんな混み具合だからちょっと耳を欹(そばだ)てれば他人の会話は聞こえるし、若い男と女の語らい−一方的なものだが−となると、余計な興味を持つ輩は結構居るものだ。ここでもし女がしょげたり泣いたりするようなことになれば、悪者は当然俺になるんだろう。こっちの事情も知らないで決め付けられてはかなわないが、世の中はそうやって出来ているからどうしようもない。
 女の表情が徐々に困惑のそれへと変わる。予想外の返答に次の言葉が見当たらないような雰囲気だ。このまま会話が盛り上がって距離を近付けたかったのだろうが、「壁」を作った俺には生憎そんな思惑は通用しない。俺は昨日言った筈だ。

兄貴に似た男を探すなら他を当たれ、って・・・。

 女は悲しさを少し目元に滲ませた表情を見せる。この表情は正直反則技だ。周囲を味方につけて俺に同調を求める気か?実際、俺に向けられた周囲の視線がさらに冷たくなったような気がする。こんな美人を泣かせる気か、と言いたげに横目で睨んでいる奴も居るが、こっちの事情も知らないで勝手に嫉妬しないでもらいたい。自分で声をかければ良いものを・・・。
 女は一旦俯く。もしかして最終兵器−言うまでもなく涙だ−を繰り出すつもりか、と警戒を強めたが、直ぐに女は顔を上げて俺を真っ直ぐに見詰めて口を開く。

雨上がりの午後 第25回

written by Moonstone

 俺がそんなことを思っていると、その女、井上は昨日も見せたような表情を俺に向けて来る。この表情を見た俺の眉間に皺が寄るのが分かる。この表情を見ていると、どうしてもあの苦い記憶の遠因になった出会いの時を思い出してしまう。あの時あの女が見せたあの表情を・・・。昨日のように憎しみの炎が揺らめくことはないが、あの時見せられた表情に魅入られなければ、あんな思いはしなくて済んだ筈だ、という後悔の黒雲が立ち込めて来る。
 黒雲が広がるに連れて、俺の心に「壁」が生まれる。この表情に騙されるな、また痛い目に遭いたいのか、という声が胸の奥から聞こえて来る。常に警戒して疑ってさえいれば、騙されることはない。それが・・・あの経験から学んだことだ。

1999/11/2

 何でもTVを見たりTVゲームをする子どもほど暴力的傾向が強い、という調査結果が出たそうですが、健全文化の幻覚を見ている自称「健全」な輩らしい宣伝です。もしそれが事実なら、刺激の強いシーンが連続TV番組や、TVゲームの普及率を考えれば、傷害や殺人が毎日身の回りで起こっていても、交通事故並みに珍しくなくなっても不思議じゃないでしょう。
 子どもから遊ぶ場所も時間も奪っておいて、その上新しい遊びまで奪おうとするとは、笑止の一言です。第一、TVやゲームとも無縁に「健全」に育った大人が何をやらかしているかを考えれば、こんな調査がいかに無意味か分かるというものです。

「あ、あの・・・この電車で通ってるんですか?」
「・・・そうだけど。」
「もし良かったら・・・」

 白と緑のカラーリングが施されたお馴染みの電車がホームに入ってきて、電車特有の走行音とブレーキ音で女の言おうとしたことが途中でかき消される。俺は改めて聞く気も起こらなかったので、そのまま女の後ろを通り過ぎて、小走りに「定位置」へと向かう。
 電車が停まって空気が抜けるような音がすると、ドアが開いて乗客を吐き出す。とはいってもこの駅で降りる数は乗り込む数に比べれば微々たるもので、降りる客を円滑に降ろす為か、或いは押し出されたかで一旦降りた乗客の数が結構多い。客が降りきったと見るや、俺を含めた乗る客が一斉に電車のドアに押し込まれて行く。とても吸い込むという表現は出来ない。アナウンスは発車すると言っているが気が早い。タイマーの設定どおりにはいかないことくらい、いい加減気付いてもらいたい。
 それでも駅員がホイッスルを鳴らす頃には、大抵乗り込みは終わっている。不思議なものだが一見無秩序な混雑の中にも、それなりの秩序があるようだ。俺も最初の半月程は戸惑ったが、その秩序を体感していなかったせいなのかもしれない。兎も角乗客を押し込まれた電車は軽い後方への衝撃の後、ゆっくりと加速を始める。約10分間の忍耐が始まる。夏場は冷房が効いていても蒸し暑いし、冬は着膨れと暖房で押し競饅頭になるが、今の時期はそれがないだけまだ過ごし易い。
 不意に俺の肩が後ろから軽く叩かれる。この電車に知り合いが乗っていたのか?自宅通学の連中とも鉢合わせることもあるが、それは電車を降りた後の話だ。俺の「定位置」周辺には知り合いなど居ない筈。ということは・・・。

「何とか追い付きました・・・。」

 振り向くと、やはり井上という女が居た。少し肩で息をしているが、どうしてそこまで俺を追って来るんだろう?ブラコンもここまで加速すると、所謂ストーカーと大して変わらない。

雨上がりの午後 第24回

written by Moonstone

 井上とかいう女はまたしても俺の顔を見て驚く。まあ、今回は俺も驚いたから前のような不快感はないが、まさか同じ電車を使っているとは思わなかった。・・・ということは、この近くに住んでいるということか?コンビニや本屋で出くわした時は気にも留めなかったが、可能性も考えられなくもない。もしそうだとしたら、智一なら泣いて喜びそうなところだが、俺は多少面識がある程度の顔見知りに出くわしたくらいにしか思わない。
 ホームの前の方に居る人が揃えたように右を向く。そのまま首の動きが固定されているから、電車が見えてきたのだろう。俺の「定位置」まではまだ距離があるから、そのまま女の後ろを通り過ぎようとする。ところが、その女は昨日広場で見せた、意を決したような表情で俺に話し掛けてきた。

1999/11/1

 11月に入りました。というわけで、いきなり背景を代えてみました(笑)。確か10月の初めにも同じ様なことをしましたね(^^;)。このコーナーより少し遅れて発行した「Moonlight PAC Edition」をご覧戴いた方はご存知かと思いますが、これは来週の次回定期更新から始動する新グループの予行演習を兼ねています。今回の背景は私が撮影した夜明けの空です。気に入ったので背景にしてしまいました。この背景は1週間限定の予定です
 ドアを開けるとカウベルが軽やかな音を立てる。冷気に包まれた外の世界は全てが止まったかのように思える。再び背後で鳴ったカウベルの音に送られて、俺は店を後にする。
 店のある小高い丘から臨む夜景は星空の絨毯を敷き詰めたようだ。俺は坂道を下る足を止めて暫し夜景を眺める。もし今日涙を流さなかったら、この夜景を素直に奇麗だと思えただろうか?感情は見えるものに様々なフィルターをかけるものだ。黒い炎が燃え盛るまま眺めていたら、人間が作り出したイミテーションの星空、とでも表現するところかもしれない。
 マスターや潤子さんが言っていたように、たまには立ち止まって感情を露にするのも良いものだ。立ち直ろうとするのは・・・気が済んでからでも十分だ。坂道を下りながらそんなことを思う。頬に感じる冷気が心地良い。もう冬はそこまで来ている・・・。

 翌日。俺は1コマ目からの講義の為に眠い目を冷水で無理矢理開いて駅へ向かう。よりによって最初の講義は物理。専門科目の一つで出席に結構厳しいから遅れるわけにはいかない。余裕を持って目覚し代わりのステレオのタイマーをセットしてはいるが、寝起きの悪い俺は二度寝してしまうので、結局意味が無くなる。
 大学へ向かう電車は社会人の出勤時間と重なるのもあって結構混雑する。まだ、都心へ向かう逆方向の鮨詰め状態の電車よりはましだが、余程運が良くないと座ることは不可能だ。2コマ目以降なら余裕なのだが・・・時差出勤は所詮掛け声だけか。俺は隙間なく詰まった駅前の駐輪場に自転車を置きながら、確実に実現する通学光景の予想をして溜め息を吐く。
 5つ並ぶ自動改札には、案の定ごった返している。もう見飽きた光景だが、やはり気が滅入る。混雑した電車というのは意外に疲れるものだ。俺はポケットから定期を取り出していつも通る一番左端の自動改札を通ってホームへ向かう。1コマ目の講義で乗る電車は、あと5分もしないうちにホームにやって来る筈だ。階段を駆け上ると、聞き慣れたアナウンスが決まり文句を喋っているのが聞こえて来る。
 俺は階段から離れた、先頭車両が入って来る「定位置」へ向かう。階段は最後尾、都心方向にあるので、意外に距離がある。前へ向かって急ぐ俺の前に、見覚えのある女が居る。この駅を使っていたのか、と思う俺の方を、その女−井上晶子−はゆっくりと振り向いた。

雨上がりの午後 第23回

written by Moonstone

 だけど、あの時井上というあの女に恋愛感情を抱けるかといえば、それは別の話だ。自分の兄貴に似てるからって言われても俺には関係ない話だし、兄貴の面影を重ねて俺に兄貴の役割を果たせとか言われても困る。どうしたって俺はあの女の兄貴じゃないんだから。
 それに・・・やっぱり今はそんな気にはなれない。涙で黒い火種を押し流したとは言っても、完全に自分の気持ちに整理がついたかどうかは判らない。また何かの拍子に蘇って再燃するかも判らない。・・・これが未練っていうやつなんだろうか?情けない話だが、振られ慣れた筈の俺でも結構ずるずると引き摺ってしまうようだ。
俺は残りのコーヒーを飲み干すと、カップを置いて席を立つ。

「じゃあ、失礼します。」
「お疲れ様。明日もお願いね。」
「失恋中でも、もうボイコットは無しだぞ。」
「はい。・・・お休みなさい。」
「「お休み。」」


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