「最寄りのコウノ東インターが近づいてきました。HUDの指示に従ってください。」
「分かった。」
HUDに従ってコウノ東インターから一般道、国道3号線に入る。夜遅い時間帯なのにかなり車が多い。しかもスピードがかなり出ている。HUDの矢印に沿ってウィンカーを出してハンドルを切ると、土地勘がない道路でも実にスムーズに車線変更が出来る。このHUDは本当に助かる。
国道3号から市街地に入ると、急に道幅が狭くなる。何とかすれ違いが出来るくらいだ。しかも夜だから、街灯があると言っても見通しが悪い。此処でもHUDがあるから、そのとおりに運転すれば安全に進める。見えてきたのは、一般的なビジネスホテル。HUDに従って隣接する有料駐車場に入る。駐車券と引き換えにサービス券を発行してもらうスタイルらしい。
半分ほど埋まっている駐車場の一角にシャル本体を止めて、思わず溜息。約12時間を要した今日の移動は無事終了。シャルの強力なサポートや適度な休憩はあっても、長時間安全に運転するのは体力と精神力を消耗するものだ。まずはチェックインだな。ホテル自体はシャルが手配済みだから、この点は安心だ。
チェックインを済ませて、部屋のカードキーを受け取って、エレベーターで部屋がある最上階の9階へ。遅い時間だからか、人が途中で乗り降りしてくることはない。9階は部屋が4部屋。しかも案内図を見ただけでも広いことが分かる。カードキーでロックを解除して中に入ると、広さを実感できる。
「長時間の運転の後は、ゆったり寛いでください。」
「ありがとう。風呂は…部屋にあるんだね。」
「お先にどうぞ。」
一番風呂はシャルに譲ろうと思ったけど、先にシャルに譲られる。厚意を無駄にしたくないから礼を言って脱衣場へ。ビジネスホテルだと脱衣場は洗面台と一体化していて着替えを置きづらいけど、この部屋はその点でもゆったりしている。同じくビジネスホテルの「あるある」を覆す、ゆったりしたスペースの浴室へ入る。椅子に座って溜息一つ。さて、まずは髪を洗うかな。コンコン
ドアがノックされる。僕が応答すると、ドアがゆっくり開いて、シャルが入ってくる。勿論全裸。前はタオルで隠しているけど隠しきれていないのと、そもそもあまり隠していないのは、オオジン村の時と同じ。「シャ、シャル?!どうしたの?!」
「驚かないで下さいよ。お嫁さんが入ってきたんですから。背中、流しますね。」
「は、はい。お願いします。」
「シャ、シャル…?」
「運転お疲れ様です。私が今からたっぷり癒しますからね。」
…。
やっぱりこうなった…。あの身体を武器にされたら理性を確実に吹っ飛ばされる。しかも疲労が肉欲に変わって、全裸なのを良いことに浴室から始めてしまった。僕にしがみついたり腕を掴んだりしながら悩ましく喘ぐシャルの姿が可愛らしくて色っぽくて…。カーテン越しにうっすら差し込む陽光で目覚めたは良いけど、起き上がる力がない。「起きなくて大丈夫ですよ。ドアに『Don't disturb』のプレートを貼っておきましたから。」
僕の腕枕で横になっているシャルが囁き声で言う。乱れた髪の一部が頬に張り付いている。とろんとした表情と目が何とも色っぽい。元気だったら抱き着いて始めるところだけど、顔をシャルの方に向けるのが精一杯の今は、色っぽくて可愛いなと思うに留まる。「栄養剤を緩やかに投与していますから、十分休んでください。」
「全然分からないけど。」
「痛みや不快感がないように、皮膚から吸収するようにしています。」
「そういうことも出来るんだね。」
「昨夜は私が誘発したとはいえ凄かったですから、これくらいは。」
「シャル。逆鉾山に行く予定が遅れるけど。」
「SMSAが重機の搬入前に作業場所周辺の養生をしています。作業場所の保全を重視するので時間を要します。1日2日のずれは何ら問題ありませんし、SMSAにもそのように通達してあります。安心して休んでください。」
「うん。分かった。」
「ヒロキさんはヒヒイロカネを捜索するだけのロボットじゃありません。疲れた時は存分に休んで良いんですよ。」
…駄目だ。また眠くなってきた。不思議と空腹感は感じないし、身体が動くようになるまでベッドと一体になった方が良さそうだ。シャルは…僕の腕枕で、僕の胸に左手を置いて気持ち良さそうに眠っている。遮光カーテンの隙間から漏れ込んでくる光が僅かに照らすだけの室内で、愛情と欲情をぶつけ合った女性、否、奥さんと惰眠をむさぼる。ヒヒイロカネを巡る攻防戦や争奪戦が表と裏で続いているとは思えない時間だな…。
シャルに起こしてもらって、身体が普通に動かせるくらい回復したのを知ったのは、何と翌日の朝。丸1日寝入っていたとは…。必要な水分は栄養剤と共に緩やかに供給されていたそうで、喉が渇いて目が覚めることもなく、ひたすらダブルベッドの中央付近で眠り続けていた。長距離運転に浴室から始まった激しい営みの疲労が加わると、こうなるものなのか。
着替えというより服を着て身繕いをして、1日ぶりに部屋を出てホテル内のレストランへ朝ご飯を食べに向かう。ごく一般的なビュッフェスタイルで、和食系と洋食系があるのも一般的。1日ぶりの食事だから、内臓に負担がかからないように柔らかいものを中心に、少量食べることにする。
レストランに入る際にエレベーターからロビーを通過する。そのロビーにTVがあったけど、異変などは発生していないようだ。マスコミが入ったことでオダワカ市の惨状が広く知られ、市民や病院などを隷属させて内戦に明け暮れた自称難民の外国人や、外国人の横暴に消極的だった市役所や警察、そして内戦を悪用して戦闘用ドローンの実戦演習をしていた自衛隊への批判が強まっている。自称難民の外国人が内戦までやらかしたことで、外国人は劣悪な状況に置かれているとする外国人支援団体やリベラルにも批判が及んでいる。
批判される側に共通するのは、「ごく一部の悪行を人権侵害に広げている」と矮小化しつつ被害者面することと、「現在調査中につきコメントは差し控える」と手を付けてるかも怪しい調査を持ち出して逃げ口上にすること、そしてひたすら沈黙に徹すること。報道やSNSでもこの何れかに当てはまるし、自称難民の外国人への対応や政策を見直すという意見表面は、批判される側からは全く出てこない。あくまで自称難民の外国人=虐げられるものという図式を保ちたいんだろうか。それとも実際に自称難民の外国人に苦しめられる市民国民は目に入らないし、耳に届かないんだろうか。
「身体の調子はどうですか?食が細くなっているみたいですけど。」
「体調は普段と変わらないよ。丸1日食べてなかったから、慣らしで消化の良いものを選んだだけ。」
「それなら良かったです。ゆっくり食べてくださいね。」
シャルと向かい合っての朝ご飯は、ゆったりした雰囲気の中で進んでいく。コウノ市から逆鉾山までの地図上の距離は、全行程の約1/3といったところ。だけど、時間は同じくらいかかるという予測が出ている。理由は悪路。坂道と蛇行という車には最悪の組み合わせを多数有する国道でないと最寄りのロープウェイの駅までたどり着けない。しかも、そこからロープウェイを使っても、一定距離は徒歩でないと行けない。
山頂周辺のホテルなど、限られた用途で使用できる道はあるけど、当然ながら一般車両は通行禁止。今回はSMSAの手配でその道を通過することになっている。だけど、そこへ行きつく行程は、険しい山道を頑張って走行する以外にない。雪が溶けてノーマルタイヤでも走行可能なだけましと思った方が良い。
『コウノ市を中継ポイントとしたのは、移動に要する時間から算定したのもありますが、もう1つ理由があります。天鵬上人こと手配犯が重要視した寺が、付近の山にあるからです。』
『!』
この竜光寺には、唐に渡る直前に渡航の安全と自身が求める仏教の教えに出会えることを願って、天鵬上人が参詣している。その大願は成就して後に天道宗を開くが、そのお礼参りをして-大願成就に感謝しての参詣が本来のお礼参り-、修行に勤しんだ。奥の院に至る道は天鵬道、修行の地は修法原(しおのはら)と呼ばれ、その道中の岩には多数の梵字が刻まれている。
そして奥の院には、天鵬上人が刻んだ亀の岩というものがある。これは天鵬上人に仏教の秘伝を授けた師匠の高僧への報恩として、高僧が鎮座していた青龍寺の末永い繁栄を願って、長寿吉祥の象徴である亀を刻んだ。この亀の岩は青龍寺がある中国の長安の方を向いている。木々が深く生い茂る山林の一角で、どうやって長安を向くように方角を見定めたかも勿論だが、この竜光寺は、天鵬上人と桓武天皇をはじめとする皇族と密接な関係がある神社、そして有名な地名と不可思議な位置的関係がある。
竜光寺から南西方向を臨むと、竜光寺、舟木石上(いわがみ)神社、伊弉諾(いざなぎ)神宮、そして逆鉾山が一直線上に並ぶ。舟木石上神社は、その名に有力な海洋豪族であり、崇神天皇から垂仁天皇の時代に行なわれた元伊勢巡幸で海上交通と重要港湾を仕切って大きく貢献した舟木氏の姓を冠している。舟木氏は元伊勢巡幸の完結から約2世紀後の仲哀天皇の時代に、主な拠点を播磨国、つまりコウノ市があるH県西部に移しているけど、この移動中に淡路島に拠点を設けている。舟木石上神社はその名のとおり、巨石をご神体とする。山奥に籠って岩を刻んで長寿吉祥の象徴である亀を置いたのは、偶然の一致だろうか。
伊弉諾神宮がこの直線状にあることも無視できない。伊弉諾神宮は日本最古の神社の1つとされるのは勿論、古事記や日本書紀の冒頭「国生み神話」と密接な関係がある。古事記と日本書紀で記述や名称に若干の際はあるが、話の大要は同じ。古事記を基にすると、伊邪那岐と伊邪那美の二神が別天津神(ことあまつがみ:古事記で天地開闢の際に現れた5神の1人)に命じられ、混沌と漂っていた大地を完成させることになった。二神は天浮橋に立ち、別天津神から与えられた天沼矛(あめのぬぼこ)で混沌とした大地をかき混ぜた。そこから滴り落ちた潮が何もない海原に積もり、淤能碁呂島(おのごろじま)となった。二神はこの淤能碁呂島に降り立ち、互いの魅力を褒めたたえて成婚した。
成婚し、交わった二神からまず、水蛭子(ひるこ)と淡島(あわしま)の2人の子が生まれたが、不具の子であったことで葦船に乗せて流された。別天津神に相談したところ、伊邪那美から誘ったのが良くないとされたことで、伊邪那岐から誘って交わった。これにより、大八島(おおやしま)と言われる日本の島々が生まれたが、最初に生まれたのが淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)、すなわち淡路島だ。
淡路島に続いて、伊予之二名島(いよのふたなのしま)=四国、隠伎之三子島(おきのみつごのしま)=隠岐島、筑紫島(つくしのしま)=九州、伊伎島=壱岐島、津島=対馬、佐渡島、大倭豊秋津島=本州が生まれ、更に吉備児島=児島半島、小豆島、大島=屋代島(周防大島)、女島(ひめじま)=姫島、知訶島=五島列島、両児島=男女群島の6島が生まれた。その後、森羅万象の神である石、木、海、水、風、山、野、火などを生んだ。
火の神である火之迦具土神を生んだ際に伊邪那美が亡くなり、伊邪那岐は黄泉の国に行ったが、既に黄泉戸喫(よもつへぐい:黄泉の国の食べ物)を食べてしまった伊邪那美は当初拒んだ。黄泉の神々と話し合うから決して覗くなと言って御殿に行ったきり戻ってこない伊邪那美にしびれを切らして伊邪那岐が御殿に入って見ると、腐敗して蛆にたかられ、八雷神(やくさいかづちのかみ)に囲まれた伊邪那美がいた。
その姿に恐れおののいた伊邪那岐は逃げ出し、恥をかかされたと怒った伊邪那美が八雷神や醜女(しこめ)、黄泉軍(よもついくさ:鬼の軍勢)に追撃させたが、伊邪那岐は髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、現世と黄泉の国の境界である黄泉比良坂の麓に生えていた意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと:桃。この顛末の後伊邪那岐がこの神名を授けた)を投げつけ、その霊力で退散させ、無事黄泉の国を脱出し、黄泉比良坂を巨大な岩で封じて伊邪那美と離縁した。
その後、伊邪那岐は黄泉の国の穢れを日向の阿波岐原で禊を行なったが、ここでも多数の神々が生まれた。最後に左目から天照大神、右目から月読命、鼻から須佐之男命が生まれ、この3神にそれぞれ高天原、夜、海原の統治を委任した。しかし、須佐之男命が母のいる根之堅洲國(ねのかたすくに:異界。註:黄泉の国と混同されたか)に行きたいと泣き叫び、海が大荒れになったので、怒った伊邪那岐は須佐之男命を追放し、余生を淡路島の多賀の地に構えた幽宮(かくれみや)で過ごした。その幽宮の跡地に神陵が設けられ、神社が創始された。これが伊弉諾神宮だ。
ヒヒイロカネが隠されている逆鉾山、天孫降臨神話に繋がる国生み神話で活躍した伊邪那岐と密接な関係がある伊弉諾神宮、元伊勢巡幸に大きく貢献した舟木氏の姓を関する舟木石上神社、そして奥の院の岩に長寿吉祥の象徴たる亀を刻み、自身と共に桓武天皇の平安京遷都を提言し、実現に大きく貢献した桓武天皇の地勢ブレーンである和気清麻呂が創建した竜光寺が一直線に並ぶことを、偶然の一致と片づけるのはむしろ無理がある。
恐らく天鵬上人こと手配犯は、ヒヒイロカネを隠した逆鉾山のランドマークとして、天孫降臨神話や皇族と密接な関係がある2つの神社、しかも国生み神話で最初に生まれたとされる淡路島にある神社を選び、それらの延長線上に創建された竜光寺に岩を刻んだ亀を置いた。-こういう推測が成り立つ。
『…あれ?』
『何か疑問点がありますか?勿論、異論や反論は歓迎します。』
『異論反論じゃなくて…、竜光寺は天鵬上人が訪れるより前に、和気清麻呂が創建したんだよね?』
『はい。そのとおりです。』
『ということは、和気清麻呂も天鵬上人と同じ手配犯?』
『その確率もなくはありませんが、天鵬上人との情報共有の結果だと見る方が有力です。』
和気清麻呂が桓武天皇に重用された大きな要因は、地政学の天才とされたことも勿論だが、宇佐八幡宮神託事件で皇族の継承を皇族以外にすることから守ったことが大きいとされる。宇佐八幡宮神託事件の概要はこうだ。天武天皇系の最後の天皇である称徳天皇の寵愛を受けたあの弓削道鏡を皇位に就かせることで国は安泰、とするお告げが宇佐八幡宮の大神からなされたと大宰府の主神(かんづかさ)であり、宇佐八幡宮の神官でもあった習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)から奏上された。しかし、これは道鏡による工作だったとされる。
宇佐八幡宮は第14代仲哀天皇、その皇后である神功皇后、そしてその2人の子である第15代応神天皇を八幡神と総称して祀る八幡宮の総本社。当然、天皇の信仰が篤い。称徳天皇は真相を確認するために、和気清麻呂を宇佐八幡宮に派遣した。この時、和気清麻呂は道鏡から吉報を齎せば官位を上げるなど懐柔策を持ち掛けられるが、和気清麻呂は「西の海 立つ白波の上にして 何過ごすらむ かりのこの世を」という、百人一首にもある歌を詠んだ。これは「西の海に立つ白波の上でどうして過ごすことが出来ようか。かりそめのこの世であるというのに」という意味だが、「西の海」は仏教界の海、西方浄土を指し、当時の仏教界の頂点に立つ道鏡を暗喩する。その道鏡が君臨する世界など白波のようなもの。すなわち「道鏡を頂点とする世界で過ごせるわけがない」という道鏡批判の歌と解釈されている。
そして和気清麻呂は宇佐八幡宮に赴き、神託を聞こうとしたところ、巨大な大神が姿を現し、「天皇の位は必ず皇族が継承するものであり、皇族でない者は早急に排除せよ」という神託を得た。和気清麻呂はその神託を朝廷に持ち帰り、報告したが、当然称徳天皇と道鏡は激怒。和気清麻呂を別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名させ、大隅国(現在の鹿児島県東部)に島流しにした。これが宇佐八幡宮神託事件のあらましだ。
しかし、諸行無常というべきか、宇佐八幡宮神託事件の翌年(770年)、道鏡の後ろ盾である称徳天皇が崩御した。称徳天皇に実子はおらず、近親は悉く更迭・粛清したため、称徳天皇の代で天武天皇系は終焉することになった。代わって即位したのが天智天皇系の光仁天皇。道鏡は急速に力を失い、ついには下野国に左遷され、親族も捕らえられて島流しにされて完全に失脚。光仁天皇とその実子である桓武天皇によって、道鏡も含まれた南都仏教の影響から脱し、度重なる天変地異から皇族と国を守るため、長岡京、そして平安京へと遷都することになる。
称徳天皇の崩御と天武天皇系の終焉、道鏡の失脚、天智天皇系の復活で、和気清麻呂は都に復帰し、地勢ブレーンとして光仁天皇と桓武天皇に重用された。そして長岡京遷都から僅か10年後、平安京への遷都を提言し、自らも造営大夫として尽力した。この重用は人臣である道鏡の天皇即位の危機を未然に防いだ忠臣としての論功行賞もあると見られるが、国造や摂津大夫としての実務官僚の経験が豊富で、方位学も熟知していたことが挙げられる。
地勢ブレーンとして称徳天皇にも重用された和気清麻呂は、伊弉諾神宮と伊勢神宮が同じ緯度にあることを基準に(北緯34度46分近傍)、伊弉諾神宮と舟木石上神社を結ぶ直線と、伊勢神宮と石上神宮(いそのかみじんぐう:奈良県)を結ぶ直線の交点を聖地と見定め、竜光寺を創建した。和気清麻呂は天鵬上人と平安京遷都に絡んで親交があり、情報共有も必然的に行われたと見られる。石上神宮も日本最古の神社の1つとされ、日本書紀に記された「神宮」は伊勢神宮と石上神宮の2社だけ。石上神宮のある地域は、神武天皇に先んじてヤマト王権に入った饒速日命(にぎはやひのみこと)の子孫とされ、有力な軍事氏族である物部氏の勢力範囲でもある。逆鉾山が伊弉諾神宮と舟木石上神社、そして竜光寺を結ぶ直線の延長線上にあることも、恐らく和気清麻呂から聞いたと考えられる。
皇族や自身にとって重要な神社を直線上に配置したのは、決して偶然ではない。太陽と月と星の動きと傾きで季節と方角を知ることが当たり前で、それ以外の方法も道具もなく、土木工事は人力のみだった時代、天体の動きと傾きで方角を知り、その直線上に寺社仏閣を建立することは、ランドマークとして重要だった。「その方角に行けばあの建物がある」というランドマークは、戦乱の影響を受けにくく、長期間その場に留まることが出来るものが望ましい。その代表格は、寄進や布施で保守管理の経費を賄え、信仰の対象でありそれを損なうことは神仏の祟りがあると印象付けられる寺社仏閣が適している。
『天鵬上人が竜光寺に着目して、岩に亀を刻んだ理由は理解できたよ。だとすると、竜光寺にヒヒイロカネがあるかもしれない?』
『竜光寺には調査部隊を送りましたが、今のところヒヒイロカネを発見できていません。ただ、隠されている可能性は否定できません。』
『行き先はまず竜光寺だね。周囲やルートの状況はどう?』
『都市部の渋滞はありますが、通行止めや制限はありません。問題なく通行可能です。』
朝ご飯を食べ終えて、一旦部屋に戻る。シャルが唐突に服装をナース服に替えてベッドに座り、その太ももを軽く叩いて、横になるよう促す。僕は大人しくシャルの膝枕で横になる。何をするつもりなんだろう?シャルは僕の首筋に手を当てる。
「-血圧、血液成分、心電図、すべて異常なしです。」
「検査?こんな一瞬で?」
「健康診断はこのくらいで十分できますよ。」
「表面にはなかなか出てこない不調や異常も、私がいち早く見つけて治療しますからね。」
「…検査と、場合によっては治療するからってことで、ナース服に替えたの?」
「そうですよ。このナース服はヒロキさんが凄く気に入っていることは知っていますし、じっくり見たくて大人しくすることも分かってます。」
「…否定できません。」
検査終了と言うことで、少し名残惜しいものを感じつつも身体を起こす。ベッドから出ようとしたところで、シャルが僕の肩に手を置いて耳元に顔を近づける。それだけでふわりと甘酸っぱい芳香が漂う。
「今夜はこの服を着ますね。」
「!」