謎町紀行 第120章

自衛隊に占拠された湖畔の町、地元が知る抜け道

written by Moonstone

 開いていた食堂で早めの昼ご飯をゆっくり食べて、ホテルに向かう。飲食店が、僕とシャルが泊まるホテルの周辺以外は数えるほどしかない。結局、ホテルが見える位置にある食堂で食べることになった。既に自衛隊の車両が散見されて、僕はかなり緊張感を感じていた。店を探してくれたシャルは、トザノ湖で摂れるというワカサギの天ぷらに満足した様子。
 客がいなくて閑古鳥なのは食堂も同じ。そんな中で明らかに地域住民じゃない、しかも女性の方は若くて金髪の美人となれば、食堂の店主も珍しがる。見るからにデレデレした料理担当兼店主の男性を叱り飛ばした接客担当の男性の妻が、色々と情報を教えてくれた。
 昨夜から低いエンジン音が聞こえてきて、何かと思ったら自衛隊のトラックが複数走ってきて、僕とシャルが滞在するホテルに横付けした。何事かと思って見ていたら、隊長らしい人物が、作戦行動のため写真や動画の撮影は控えてほしいと要請してきた。要請と言っても銃を携行した部下らしい隊員を数名従えているから、威圧感は相当のもので、了承せざるを得なかった。
 方角からして、自衛隊はイザワ村から来たのは間違いない。イザワ村が大雪で封鎖されているのはニュースで聞いているが、イザワ村とこのトザノ湖がある旧トザノ町-現在は市町村合併でトラダ市-への経路は、国道451号線だけ。その上、確かに地図上では隣り合っているけど、通じる国道451号線は、回顧峠という登山愛好家には険しいことで有名な峠を含む、蛇行が多い難所。どうしてわざわざそんなルートを通ってホテルに押し掛けたのか、理解に苦しむ。
 イザワ村は兎に角西側からの行き来が難しい。国道451号線は蛇行が多くて街灯がないから夜は真っ暗。不慣れな道でスピードを出して、ガードレールを超えて転落する事故も珍しくない。他に車で行き来できる道はないことが、余計に人や物の往来を妨げて過疎に繋がっている。それはこの旧トザノ町も偉そうに言えたものではないが。
 車での行き来以外の交通手段は、徒歩しかない。地元民と登山愛好家以外にはほとんど知られていないが、イザワ村方面の山はハイキングコースでもある。もっとも、雪が多い上に整備が行き届かないから獣道か本当のハイキングコースか分からない道が多いが、そのハイキングコースの1つを辿ると、イザワ村のキャンプ場に繋がる道に入れる。夏場はそこそこハイキングの客がいるが、冬場はまずいない。雪で何処に道があるか分からなくて、簡単に遭難するからだ。
 そんな道があるのか、と疑問に思って、どのあたりに通じるのかスマートフォンのマップを指示してもらったところ、そこはトライ岳に程近い場所。複数のキャンプ場があるけど、それらに通じる道はマップだと途中で途切れている。マップの周辺状況を含めた表示は車で移動しながら360°カメラで撮影しているから、車がない箇所には近づけない。
 手掛かりがつかめたような気がする。自衛隊との接触や交戦を避けて、かつトライ岳に出来るだけ近づくことが出来るルートがあるにはある。ただ、この雪と元からの難所という二重のハードルがあるから、そう簡単には突破できない。やっぱりシャルの方針どおり国道451号線を突破するしかないか?

「ハイキングコースというのは盲点でした。作戦を一部修正します。」

 昼ご飯を終えて代金を払って、シャル本体に乗り込んだところでシャルが言う。

「国道451号線を封鎖する自衛隊に陽動作戦を仕掛けつつ、ハイキングコースからの突破口を整備する?」
「流石ですね。そのとおりです。」

 イザワ村西側に陣取る自衛隊の配備状況をさらに詳細に調べたところ、国道451号線の彼方此方に検問を敷いている。その検問の担当隊員が1つずつ検問を西方向にシフトして、ホテルで休養や食事をして、最もイザワ村の中心部に近いところに戻るというルーチンが出来ている。都度自衛隊を殲滅していくのは少々面倒ではある。
 最も面倒な事態は、国道544号線と国道113号線で相互に牽制して、今もシャルのホログラフィと断続的に交戦している自衛隊か警察が、膠着状態を突破して西側から追撃してくること。どちらが追撃してきても殲滅するのは造作もないが、集落付近で交戦状態になると住民やその自宅に被害が及ぶ危険が高い。
 出来るだけ交戦を避けた方が良いのは、Xにこちらの存在を察知されるリスクを下げる点でも好ましい。ネックは警察も自衛隊も及ばない別ルートが必要なこと。マップを解析していたが、国道以外のルートが見つからなくて頭を抱えていた。そこに先程の情報、ハイキングコースという徒歩限定のルートがあることが齎された。
 マップアプリの道路情報は、360°カメラを搭載した車で移動できる公道が対象になる。だから私道や位置指定道路(註:建築物を建てることを目的に、土地所有者が地方公共団体から指定を受けて個人が所有する私道。指定道路と宅地の合計面積が1000㎡未満の道路が対象で、建築基準法第42条第1項第5号で定められている)は対象外だ。そして、徒歩でしか移動できない道路も対象外だ。非常に有名な登山ルートなどが表示されることはあるが、あくまで例外的なものだ。
 トザノ湖周辺のハイキングコースは、夏場はまだしも冬場は雪が多く、遭難しやすい難所で、整備が遅れているのもそれが理由の1つとされている。至急航空部隊を派遣したところ、確かに雪に埋もれた格好のハイキングコース出入口が、ホテルの北東部にある。そしてイザワ村に派遣中の航空部隊に確認させたところ、やはり食堂で得られた情報の位置に、同じく雪に埋もれたハイキングコースの出入口がある。
 どちらも人が入った形跡はない。特に、イザワ村側の出入口は自衛隊の勢力圏内で、自衛隊の調査が入っていても不思議じゃないが、その形跡は全くないし、自衛隊も度外視しているらしい。仮想敵がAo県警だから、雪中行軍の訓練を受けていない県警がハイキングコースを伝って急襲してくるとは想定できないからだろう。警察も自衛隊も当然ながらGPSやマップアプリ、SNSを駆使している。それが逆に「灯台下暗し」的な盲点になっているわけだ。

「現場に足を運ばなければ得られないものがある、というのは普遍的な真理かもしれません。」
「1つ疑問なんだけど、ハイキングコースを整備したとして、僕とシャルはそこを歩いて移動するの?」
「いえ。私本体で移動します。雪山の徒歩移動は元々危険ですし、今も降雪が続いているので、危険度は最悪レベルです。ヒロキさんの安全保障の面からも、徒歩での移動は選択肢になり得ません。」

 シャルは様々なセンサを搭載しているけど、天候という大きな障害物の前には威力が半減するものも少なくない。特にレーダーは電波を飛ばしてその反射で対象物を捉えるという性質上、雨や雪に電波が散乱されて十分な効力を発揮できない。実際、派遣・行動中の航空部隊も早期警戒機のレーダーが十分機能しなくて、各機のレーダーとCCD(註:Charge Coupled Deviceの略で、受光素子で変換された電荷を取り出し、電圧に変換することで画像データにする半導体素子。現在のスマートフォンやカメラはCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor:相補性金属酸化膜半導体)センサが主流で、CCDは医療用や業務用ハイエンドカメラに使用されている)カメラを使用している。
 カメラやセンサも気象条件の影響を受けやすい。雨や雪がカメラのレンズに付着して画像が乱れたり、センサの使用温度を上回る/下回ることでセンサが機能しないことがあるのがその典型的な例だ。どれだけ高性能でも周囲の環境次第では威力が半減したり、機能を停止することも珍しくない。現在の気象条件はレーダーやセンサにとって劣悪なのは間違いないし、人間にとっては生命活動に影響する点で最悪の部類だ。

「幸い、私本体のサイズは無暗に大きくないので、必要最小限の伐採と障害物除去でルートが使用可能になります。ルートは細く蛇行が多いので運転は困難ですが、前後に人や車両は存在しないので、HUDの指示どおり慎重に運転してもらえば大丈夫です。」
「勿論、運転は僕がするよ。だけど、出入口がホテルの近くだと、自衛隊に察知されない?」
「対策は講じてあります。それを含めて一旦ホテルに戻りましょう。」

 シャルの策はこれまでにない大掛かりなものだ。今ここであれこれ問い質すより、シャルが準備に専念できるようにした方が良い。間近に見えるホテルに戻ることにする。車だと5分どころか3分もかからない距離だけど、緊張感は既に最高潮だ。
 ホテルに隣接する駐車場は、カーキ色の車両が埋め尽くしている。止める場所はあるんだろうか?まだチェックアウトしてないし、駐車場は1室1台を売りにしていたと思うけど。

「HUDで案内します。指示に従ってゆっくり運転してください。」
「分かった。」

 雪による道路の凍結より、だんだん近づいてくるカーキ色の見慣れない車両が犇めく様子の方が緊張を高める。見張りらしい隊員が何名か見える。駐車場に近づくにつれて、隊員が気づいてこっちに近づいてくる。検問か。まずは大人しく停車する。

「失礼します。このホテルに何の用でしょうか?」

 窓を半分くらい開けると、隊員の1人が丁寧な口調で話しかけて来る。周囲は隊員に囲まれているけど、銃は背後に隠している。SNSでの批判を受けて「一般市民を威嚇しないように」という通達が出ているそうだし、見た目コンパクトカーに乗る一般市民だから、無用な警戒を抱かせたりトラブルを発生させると、巡り巡って警察に察知されると考えているんだろう。

「このホテルの宿泊者です。」

 僕は、証拠としてカードキーを提示する。カードキーにはホテルの名称とロゴ、そして部屋番号とチェックインの日時が記載されている。隊員はカードキーをしげしげと見て、ホテルに確認を取って良いか尋ねる。拒否する明確な理由がないから承諾する。カードは部下らしい別の隊員が無線通信を始めたところで返却される。

「お待たせしました。確認が取れましたので、どうぞ入ってください。」
「分かりました。」

 僕は窓を閉めて、隊員が脇に退いたのを確認して移動を再開する。HUDの案内に従って慎重に運転すると、駐車場の一角にある空きスペースが見えて来る。周囲がカーキ色の車ばかりで、一般的なコンパクトカーのシャル本体はかなり異質に映る。スペース的には十分だし、バードアイビューやHUDがあるから問題なく止められる。

「一応、敵対する意志はないみたいだね。」
「SNSで拡散されたら面倒ですからね。しかも一度SNSに乗ったら消去はまず不可能。先にSNSで批判されていますから、余計に神経を尖らせるでしょう。」

 ひとまずホテルで戦闘とはならないようだ。しんしんと雪が降る中、カーキ色の車列を掻い潜るようにホテル内に入る。ロビーには複数の隊員がいる。僕とシャルを見ると銃を下ろす。シャルによると、SNSでの批判は今も続いていて、それは自衛隊のみならずホテルにも及んでいる。ホテルも今後の営業に支障が出かねないと判断して、一般客を威嚇しないよう要請したそうだ。手遅れ感は否めないけど。
 部屋に戻る。フロントに確認したところ、夕食は特別に部屋に運ぶので1時間くらい前までにオーダーしてほしいとのこと。銃を携えた自衛隊員が跋扈する中での食事は居心地も雰囲気も悪いし、この状況下で部屋から出ずに済むならその方が良い。メニューは恐らく清掃時にデスクに置いてもらってある。そこからシャルと相談の結果、和牛のしゃぶしゃぶコースを選んでフロントに注文する。

『盗聴器とかはない?』
『この部屋にはありません。ただ、電話線には盗聴器が仕掛けられています。盗聴システムの本体はフロント奥にあるので、フロントも容認しているんでしょう。』
『ホテルにいる以上は、フロントも信用しない方が良いね。』
『盗聴したければすれば良いことです。盗聴システムに出鱈目な音声を突っ込んだり、記憶媒体をフォーマットしたり、気分次第で何とでも出来ます。』

 オオジン村の盗聴も、シャルが勝手気ままに翻弄していたっけ。ホテル側が敵対でも、シャルがいるから気にしなくて良さそうだ。そうなると、ホテルと近くを行き来しつつ、ハイキングコースを拓いてイザワ村に乗り込むタイミングを待つのが主体かな。

「ハイキングコースの整備には2日かかります。それまでゆったり寛いでください。」
「普通に喋っても大丈夫?」
「オオジン村のデータを活用して、防音シールドに加えて有線無線問わずに無秩序な周波数を配信するジャミングを配置しました。直接耳で聞いたら、鼓膜が破れますし、無線で拾って再生したら、スピーカーが壊れます。」
「音声帯域向けの全方向ジャミングってところか。」
「そのとおりです。耳やスピーカーをどれだけ壊すか見ものですね。それよりも…。」
「?!」

 唐突にシャルにベッドに押し倒される。距離からして半ば投げ飛ばされたようなものだけど、ベッドに上手い具合に仰向けに落とされたから痛みはない。シャルはニットを脱いでブラウスのボタンを幾つか外して、僕に乗りかかる。

「夕ご飯まで1時間以上あります。広いお部屋とベッドがあるんですから、この機会に存分にイチャイチャしましょう。」
「盗聴は…大丈夫だったね。」
「仮に盗聴していたとしても、存分に聞かせてやれば良いですよ。ロビーや廊下ですれ違った時、半分以上が気づかれないように私をガン見してましたし。私にはすぐ分かりましたけどね。」
「そりゃあ、ガン見すると思うよ。」
「ガン見されるほどの女性が奥さんなんですから、この立派なお部屋と広いベッドでじっくりたっぷりイチャイチャしたくないですか?」
「…したい。」

 ハーフのアイドルと言っても疑う人の方が少ないであろう顔立ち。服の生地が悲鳴を上げるのが分かる立派な胸が、ボタンを外したことで上部と深い谷間を露出させている。ほんの少し顔を上げれば唇が触れ合い、少し手を上に動かせば抱き寄せられる距離に、そんな女性がいるという現実。
 この旅に出てから非日常の出来事が多いけど-自衛隊の潜水艦から発射された多弾頭ミサイルの爆風を受けるなんて、一生に一度もないだろう-、見た目も性格もストライクど真ん中の女性と同じ部屋、同じベッドで過ごすなんて、夢にも思わなかった。否、そうなれたら良いなと思ったことはあるけど、そうなることはないと思っていた。
 オクセンダ町の温泉旅館で大きな一線を越えてから、シャルと殆ど毎晩営んでいる。そういうのはシャルが嫌なんじゃないかと思ってたけど、どうもそうじゃないらしい。シャルはかなり、否、相当スキンシップを重視している。僕が応えられることと言えば…。

「…シャル。」
「!」

 両肘で少し状態を起こして、四つん這いで僕に跨っているシャルに軽くキスする。シャルは僕からの行動に少し驚いたように一瞬目を見開いたけど、すぐ笑顔に変わって僕の首に両腕を回してキスを返す。こちらは僕がした唇と唇が触れ合うものじゃなくて、唇を割って舌を絡めるもの。圧力に負けて僕はベッドに倒れ込む。シャルの暴力的な柔らかさが身体全体に広がる。暫く…イチャイチャに没頭しよう。