『2人の大事で特別なコミュニケーションの時間ですからね。嫌がる理由なんてどこにもないですよ。』
手を繋いでいるシャルのダイレクト通話が、まだ少し霞がかった頭に流れ込んでくる。コミュニケーション、か。確かにそういう側面もある。朝食会場のレストランは、やっぱり閑散としている。それ以前に、僕とシャルしか客がいない。にもかかわらず、料理は豊富。残りは従業員が食べるものと思いたい。『イザワ村の様子ですが、非常にきな臭いです。』
適当にピックアップして窓際の席に腰を下ろして食べ始めたところで、シャルが不穏なことを言う。まずはシャルの報告を聞く。イザワ村は、西側を自衛隊、東側を警察がそれぞれ管理下に置いている。隣接する自治体に通じる国道451号線などの検問は勿論、「勢力範囲」内の住民に外出禁止を通達している。名目上は除雪と安全確保だけど、除雪は何故か人力のみ。しかも明らかに手を抜いている。おかげで断続的に降り続ける雪の方が多くて、かえって通行止め解除が遠のいている。
その自衛隊と警察の「勢力範囲」の境界線が、ほぼキリストの墓と三岳神社に重なる。森の中に埋もれるように存在するキリストの墓は兎も角、三岳神社はイザワ村の村役場などがある中心部にある。その境界線上で、散発的な小競り合いが起こっている。威嚇射撃が含まれているから、村の彼方此方で銃声が聞こえる状態だ。
住民には安全確保の理由として、森から熊が出没していることを挙げている。確かに熊は強力だし、春は腹を空かしているから危険度が増す。理由としてはもっともだけど、肝心要の熊が何処にも見えない。自衛隊と警察の小競り合いに伴う威嚇射撃を、熊の応戦の口実にしている確率が非常に高い。
『-自衛隊と警察がキリストの墓と三岳神社を狙って争っていると見て良いでしょう。』
『その目的は、ヒヒイロカネやそれに繋がる情報。』
『はい。西側を制圧している自衛隊は、勢力範囲に含まれるトライ岳の調査に乗り出しています。』
『イザワ村は、自衛隊と警察のヒヒイロカネを巡る抗争の舞台になっているわけか…。』
『イザワ村は広大な面積の大半を山林が占める、過疎の自治体によく見られる地形です。住民に被害が及ぶ確率は低いですし、仮に被害が出ても国家大勢には影響がない。そういう考えに立脚しているんでしょう。しかも少なからず熊の目撃や農畜産物の被害もありますから、安全確保を口実に住民を欺きやすい環境です。』
僕とシャルの目的と照らし合わせるなら、トライ岳を含む西側を掌握している自衛隊を排除するのが優先事項だろう。トライ岳にはサカホコ町で遭遇したジャミングが存在する。サカホコ町には広大な地下通路と、それに繋がるヒヒイロカネが存在した。恐らくトライ岳にもそれに匹敵する何かがあるだろう。実際、自衛隊はトライ岳の調査に乗り出している。
だけど、自衛隊をどうやって排除するかが思いつかない。単純に武力攻撃すれば、シャルの能力なら全滅に追い込むのは十分可能だろう。だけど、それは後々に悪影響を及ぼす恐れが強い。政権党が数々の不祥事で大揺れとは言え、有権者がそれ以外の選択肢を事実上放棄して久しい上に、小選挙区制の日本では、政権党は安泰だ。つまり、Xも安泰ということ。その状況下で傘下組織の1つである自衛隊と表立った交戦をするのは、政権党やXに僕とシャルの存在を知らしめることになる。力の誇示が僕とシャルの目的じゃない。
『…自衛隊の調査の状況は分かる?』
『はい。諜報部隊を派遣して同行させています。ジャミングによって通信がままならないこと、元々登山対象として以外はさして整備されていないのと、この雪で調査は非常に難航しています。』
『自衛隊はジャミングの存在を知ってる?』
『いえ、少なくとも現場の隊員は無線通信が使えない場所という認識でしかないようです。』
『言い方が難しいけど…、シャルが、シャルの行動に影響がないようにジャミングすることって出来る?』
『理解できます。勿論可能です。』
『自衛隊の攪乱のために、ジャミングをしておいて。万が一にも先を越されないようにしておきたい。』
『非常に良い作戦です。航空部隊にECM(Electronic Countermeasureの略。電子対抗手段もしくは電子攻撃)搭載機を派遣します。』
自衛隊のトライ岳調査をより攪乱できるとして、警察も気になる。既に事実上の交戦が始まっているから、警察も隙を見て境界線の突破、ひいては自衛隊の排除を目論んでいるだろう。自衛隊のトライ岳での捜索が難航し続けると、警察がそれを察知してアオサキ市方面から援軍を呼ぶ確率がある。西と東から挟み撃ちとなると地形からして流石の自衛隊も不利だろう。警察に自衛隊のトライ岳での動向を知られないように、そして援軍を呼ばれないように対策しておくと、より安全だろう。
シャルに、警察がトライ岳の動向に目を向ける暇がないよう、ホログラフィなどで撹乱するように依頼する。シャルは快諾して、早速投入した諜報部隊による攪乱を開始する。自衛隊と警察双方を足止め出来る間に、僕とシャルはヒヒイロカネを捜索して回収する。あるいは関連情報を入手する。抜け駆けではあるけど、四の五の言ってられない。
『トライ岳のジャミングのスペクトル拡散状況から見て、ヒロキさんの推測どおり、木か何かに偽装していると思われます。』
『発信源の特定には時間がかかりそう?』
『残念ながらレーダーが一切通用しない強力なものなので、X線による透過で調べるしかありません。今回はジャミングの発信源を破壊できないので、赤外線による地形把握が必要なので、さらに時間を要します。』
『となると、攪乱も大事だけど、トライ岳から自衛隊を排除することも考えた方が良いね。』
『私も同意見です。』
今のところ、シャルの実力行使以外で自衛隊を排除する手段が思いつかない。当面、現地とシャルのジャミングで攪乱しつつ、内情を探るのが良さそうだ。別に自衛隊を排除しなくても、トライ岳をはじめとするイザワ村に隠されているらしいヒヒイロカネや関連情報を回収できれば良いんだし。
オオジン村と同じく取り立てて産業のない、雪深い過疎の村が、ヒヒイロカネを巡る激しい争いの場になっている。オオジン村は村ぐるみで大麻栽培や誘拐監禁強姦に手を染めていたけど、イザワ村はその辺どうなんだろう?何も知らないし犯罪とは無関係なら、住民を守ることを優先したいところだ。
『現時点で、イザワ村全体あるいは村長などが、政権党やX、関連組織などと結託している様子や情報はありません。』
シャルの情報だと、イザワ村の住民は突然警察や自衛隊から、季節外れの大雪で国道が寸断された上に熊が出没して危険だから外出しないように、と通達されて、散発的な発砲でその情報を信じ込んでいる。元々権威に弱い地方の性質に加えて、通達を裏付ける発砲音、更に目の前に広がる大雪という条件が揃ったことで、イザワ村の住民は律義に外出禁止を守り、地域ごとに警察や自衛隊からの物資供給を受けている。そのため、生活に困窮してはいない。だけど、屋内に籠り続ける生活はメンタルに影響が出る。子どもは学校に通えないことにかなり不満を募らせていて、子どもがいる家庭の幾つかで親子間の諍いが生じている。学校という強制力を伴う生活リズムの矯正が機能しないことで、子どもの夜更かしや学習意欲の喪失といった問題も出てきている。楽観視は出来ない。
『住民に、実は自衛隊と警察が交戦中って伝える…伝えたところでどうしろってことになるか。』
『残念ながらそのとおりですね。イザワ村の人口は約2000人。しかも銃器どころか武器らしい武器がありません。国家が公認する武装集団である自衛隊と警察に丸腰で挑むのは、自殺行為でしかありません。』
『多分、自衛隊や警察は、イザワ村の住民が本当のことを知ったら…消しにかかるよね。』
『警察は武器使用に制約が多いのでやや不確定要素がありますが、自衛隊は間違いなく抹殺するでしょう。丸腰の市民など、体の良い的でしかありません。』
イザワ村の地形に目を向ける。国道451号線が東西に走り、そこから県道や村道に分岐して集落を繋いでいる。裏道のようなものはない。南北を険しい山に挟まれている地形は攻めにくく守りやすい天然の要塞だ。実力行使は禁じ手だから、自衛隊の攪乱を主体に消耗戦を狙うしかないか。
現地に入って調査などが出来ないことが、兎に角もどかしい。情報は現地での五感で得られるインパクトが圧倒的だし、事前の知識との僅かな相違点から突破口や盲点を見出すこともよくある。結局、人間同士の関わりが新しいことやブレークスルーを生み出す。テレワークやリモートで全てが出来るわけじゃないし、それが出来る職業や業務は、他に出来る誰かや機械に取って代わられる。
『自衛隊と警察への実力行使が必要と判断したら、私に指示してください。1日かけずに全滅させます。』
『冗談で言っているとはとても思えないよ。』
『実際、冗談ではありませんからね。それはそれとして、もう1つ気になっている件があります。』
『他にヒヒイロカネ関連の情報がありそう、とか?』
『いえ、このホテル全体です。』
『それです。客が少ないのは気象条件からもあり得ることですが、それにしても少なすぎます。』
『今の時刻は…8時過ぎ、か。他の客が来ていてもおかしくないね。』
『確かに妙な気がする。この時間帯は朝ご飯のピークくらいなのに。』
『周囲に飲食店は何件かありますが、大半は居酒屋で朝食や昼食のサービスはありません。宿泊者がこの時間帯に飲食できるのは、このレストランだけです。』
『…ホテルの近くにコンビニはある?』
『ありません。そもそも、このトザノ湖沿いにはコンビニは1件もありません。』
『朝ご飯を食べない人もいるけど…、宿泊者全員がそうだという確率は凄く低いね。』
『…シャル。こういう作戦で行こうと思うんだけど。』
食べながらシャルと外の景色やトザノ湖について雑談をして、その合間に考えて-何もしていないと怪しまれると踏んだ-、ある作戦を思いつく。単純極まりないけど、下手に奇をてらうよりストレートな方が良いこともある。裏の裏を読むような情報戦だと猶更。『非常に良い作戦だと思います。』
『シャルの負荷が増えると思うけど。』
『負荷の上昇率は2.3%。誤差の範囲ですから、まったく心配に及びません。』
『じゃあ、頼むね。何処かに突破口が出来るかもしれない。』
『任せてください。』
僕とシャルはシャル本体に乗って、トザノ湖湖畔を時計回りに一周する。何とか除雪されている道路を慎重に進み、HUDとナビに従ってポイントを巡っていく。最初はトザノ湖の内側に半島状に突き出た場所にある戸座野神社。駐車場から参道を歩いて上るパターンで、七輪神社を彷彿とさせる。
「神社らしいというか、随分奥まったところにあるんだね。」
「此処は、トザノ湖の伝説と坂上田村麻呂の蝦夷討伐の2つの由緒があるとされています。」
「片方は歴史、片方は修験道に纏わる由緒か。」
「その由緒に纏わる神社が末社になっています。先に参拝を済ませましょう。」
『この神社ではヒヒイロカネのスペクトルは検出されません。』
『何かあってもおかしくない雰囲気だけどね。』
『ヒヒイロカネやそれに直接つながる情報は見当たりませんが、この神社も天鵬上人こと手配犯が関与している確率が高いです。』
『此処も?』
更に、祖天海が領主を倒す際に化けた青い龍は、水神信仰の名残とも考えられるが、天鵬上人こと手配犯に仏教の秘伝を授けた中国の高層が君臨していた寺は、青龍寺。そして青龍寺はヨクニ地方の88ヵ所巡礼の札所の1つで、ヒヒイロカネを隠した逆鉾山の南西、裏鬼門を守護する位置にある重要な寺の名前でもある。
天鵬上人が、史実とは異なるルートで早期に帰国したこと、所謂「空白の7年間」で秘かに諸国を巡っていたことは、複数の証拠や痕跡から事実である可能性が高い。そして、「空白の7年間」でこの地方を巡っていた天鵬上人は、金鉱脈や地方豪族の場所を探し、朝廷に連絡する諜報活動を行っていたと考えられる。存在を偽るあるいは知られないことは、諜報活動の基本事項の1つ。顔写真もデータベースもない時代、名前や身分を偽れば諜報活動は比較的容易だっただろう。そして天鵬上人は、諜報活動の記録と朝廷への敬意表明のため、日本武尊と草薙剣に準えた由緒をこの神社に設けたと考えられる。
『-かなり信憑性が高いと思う。僕も日本武尊と草薙剣の話は知ってるけど、確かにこの神社の由緒の1つと重なる部分が多いね。』
『あくまで由緒からの推測ですから、文書解釈感想学とも取られるこの世界の日本の考古学会と似たり寄ったりですが、史実や公式見解を絶対視しない点で相違があるかと。』
捏造事件をまともに清算せず、時の学会の有力者が辞職辞任もしなかった上に、藤村氏単独で四半世紀もの間捏造を続けられたことには、組織的関与が濃厚だとされているけど、学界も関係者もマスコミも追跡や検証をしていない。それはそうだろう。自らの汚点を引き出すことになりかねないんだから。
結局、今に至っても日本の考古学会は文書解釈と所感の応酬から脱せていない。宇宙線やX線構造解析といった科学計測や分析機器を用いた再現性のある検証は殆ど行われていない。文書解釈と所感の応酬に終始するのは、法学も同じ。だから地裁を中心とするトンデモ判決がまかり通り、日弁連は死刑反対と「身内」の弾劾反対だけは熱心で、これらへのまともな反対や異論は出てこない、と法曹の世間からのずれ具合は酷い。
実際、彼方此方にある天鵬上人の痕跡や不可解な記録を正面から検証すると、天鵬上人は時の朝廷の諜報員として日本と中国で暗躍していたと考えるのが自然だ。その手は此処オオクス地方にも及んでいて、大仏や国分寺の建立に続く二度の遷都で厳しさを増していた朝廷の財政建て直しのために、時の桓武天皇の命令で当時の国家公務員である僧侶として調査報告を続けていた。こういう筋書きの方が自然だ。
『そして天鵬上人は、戸座野神社に軌跡を残して、イザヤ村に入ってトライ岳にヒヒイロカネを隠した。順番は前後するかもしれないけど。』
『その推測が正解である確率は十分高いと思います。』
『気になるのは、逆鉾山もそうだったけど、ジャミングの存在だね。天鵬上人になる手配犯がジャミングの設備を持ち込めたとは思えない。』
『私も同じ見解です。ジャミングの構築に必要な知識はあっても、それを実現する技術や設備が当時にあったとは考えられません。』
更に、半導体を理論的に構成可能だと分かっても、それを製造するにはSiを99.9999999999%、所謂「テンナイン」と言われる非常に高純度なものにすること、そこに回路パターンを出来るだけ細かく描写するリソグラフィ技術、それらに不純物が混入しないためのクリーンルーム設備が必要だ。それらはどれをとっても片手間で出来ることじゃない。半導体1つ製造するにもそれを可能にするたくさんの技術と多額の設備投資が必要ということだ。
天鵬上人こと手配犯の1人が非常に聡明で順応力が高い人物だとしても、1人でジャミングに必要な半導体や関連設備を製造できる筈がない。ましてやそれらをシャルが創られた世界から持ち込めたとは思えない。何しろSMSAの追跡から逃れるために時代を合わせ込む間もなくバラバラに逃走したくらいだ。そもそも物理的なスケールが桁違いどころの話じゃない。それらを持ち込めるくらいならわざわざこちらの世界に逃げ込まなくても、元々の世界でテロでも起こした方が早い。
SMSAの攻撃力の高さと連携力の高さは、今までもヒヒイロカネの回収やそれに伴う前後の対策でつぶさに見ている。恐らく一国の軍隊かそれ以上の強さと数だろう。対する手配犯の一味は総勢9名。余程の手練れでもSMSAと戦うのは無謀だし、逮捕拘束されるか射殺されるかの二者択一を迫られるのが目に見える。
一方、こちらの世界はシャルが創られた世界より文明レベルからしてかなり低いようだ。シャルの人格OS1つ取っても、このレベルの人工知能なんて空想の話でしかない。ヒヒイロカネも「あり得ない」で片付けられる代物。それを知っていたか偶然かは知らないけど、手配犯の一味は時代こそバラバラでも、こちらの世界に逃げ込んできた。
文明レベルの大きな落差は、手配犯にとっては誤算でもあっただろう。特に古代に逃げ込んだ天鵬上人や桜蘭上人となる手配犯は、あまりの違いに愕然としただろう。だから、その知識を最大限に活用して治水や医療を手がけて民衆の強い支持を集め、時の政権、天皇を頂点とする朝廷の支持を得て、この世界の日本史に名を遺す存在となって、持ち込んだヒヒイロカネを後の世に逃げ込んだであろう手配犯の仲間に残すことにした。
そこまでは、色々な物証や状況証拠からほぼ確実と言って良い。だけど、ジャミングやピーキングアイの存在は説明できない。手配犯がこの世界に逃げ込んで様々な形でこの世界に食い込んでいるのは確実だけど、それだけじゃないような気がする。とはいえ、今重要なことはそこじゃない。
『…ジャミングを無効化することってできる?』
『不可能ではないですが、ジャミングのスペクトルと同一の郷土とスペクトルを持つ電波を発信する必要があって、ジャミングの数と強度からして現実的ではありません。それに、先に現地入りしている自衛隊との交戦の確率が高くなります。』
『施設を建設するようなものだから、流石にシャルでもこの手は非現実的か。』
『自衛隊との交戦に許可をもらえるなら、自衛隊殲滅後にジャミングポイントの詳細な解析を行い、破壊する策を取れます。ことの良し悪しを別とすると、これが最速です。』
『…。』
『念のため補足しますが、先ほどの発言はヒロキさんへの皮肉や牽制などではありません。私はヒロキさんの生命を脅かすものでなければヒロキさんの判断を優先しますし、それが最善の策であることは過去の経験から十分理解しています。私には、敵の人命や家族を可能な限り尊重するという方針や感覚が存在しないので、殲滅が選択肢として生じるだけのことです。』
『シャルの言いたいことは分かるつもりだよ。僕の方針が回りくどくて、余計な手間を増やすこともあるって。だけど…、実際に作戦行動を取るシャルに人殺しをさせたくない。』
そして、シャルはこの世界の人間を「僕とそれ以外」くらいにしか認識していない。それこそ僕がゴーサインを出せば、トライ岳を中心にイザヤ村に駐留する自衛隊や、東側に駐留する警察も、1時間持たずにすべて無残な死体に変わり果てるだろう。だけど、そうした瞬間、シャルは殺人兵器になる。それは絶対に避けないといけない。
シャルに殺人をさせることにゴーサインを出すことは、もう1つの危険を孕んでいる。僕がシャルを介して殺人を厭わなくなる、言い換えると自分のために自分の手を汚さずに殺人を決行することを選択肢にするようになること。権力や武力の強さに溺れ、自分のためにそれらを行使して他人の生命や尊厳を踏みにじる事例は、これまでの旅の過程で何度も目にしてきた。つい最近も…。
『当面、警察と自衛隊を撹乱しながらイザヤ村の状況や不審なスポットを調査して、…もし、警察や自衛隊が一般市民に危害を及ぼすなら、それは排除して。』
『分かりました。』