謎町紀行

第14章 高原に潜む目撃者

written by Moonstone

「素敵な部屋ですねー!」

 部屋に案内されたシャルが開口一番感嘆の声をあげる。このホテル、チェックインをしたら部屋番号を頼りに自分で行くと思いきや、フロントに待機していた従業員が案内するというもの。こういう形式のホテルは初めてだ。部屋は広大で、洋装だが和装の佇まいを取り入れて、落ち着いた雰囲気だ。調度品も屋敷のものを持ち込んだかのようなものだ。

「ありがとうございます。こちら、お部屋の鍵でございます。どうぞお寛ぎください。」

 従業員は一礼して去って行く。僕は興味深々な様子のシャルを先に部屋に入れて、ドアを閉める。ホテル自体階数は高くないがフロント近くのフロアマップを見たところかなり広いようだし、この部屋は僕が引き払ったアパートより広い。キッチンがあったらシャルと2人でも十分生活できる。
 価格はさほど気にならない。無尽蔵に金を引き出せるカードがあるし、フロントには複数のカードブランドのマークがあった。それより、このホテルにも他に客の気配が感じられないのが気になる。このホテルは高級路線で売っているようだし、人件費も馬鹿にならないだろう。オフシーズンでもこんなに客が居ないと、死活問題だと思うんだけど。

「ホテルの部屋とは思えない雰囲気の部屋ですねー。」
「手配する時、プランとか見なかったの?」
「勿論見ましたけど、写真の解像度だと調度品の詳細までは識別できなかったんです。雰囲気は実物を見ないと分からない部分が多いですし。」
「それはそうか。このホテルを選んだのは調度品に興味があったから?」
「それもありますけど、1つ重要と思われる情報があったからです。」

 シャルはひと呼吸置く。

「このホテルは、幕末までタカオ市やこの村を含む地域を治め、明治以降実業家に転身した家系、上田家の旧迎賓館だそうです。」
「!ということは、タカオ市の謎と何らかの関係が?!」
「それを判断するのは情報が少ないので早計ですが、手掛かりがある可能性はあります。」

 数々の調度品も迎賓館として現役だった頃から引き継がれたものだとしたら納得がいく。きちんと手入れされた良質な家具は、100年の時を超えることが可能だ。無論それなりに金はかかるが、迎賓館を持っていた家系なら十分拠出可能だっただろう。
 このホテルにタカオ市と関係があるかもしれない経緯があるとは思わなかった。この村には何かある。そして、この村があまりにも人気がないことも、何かある。まずは…、この建物を調べることから始めた方が良いかな。調度品はホテルの彼方此方にあるようだし、それを見物しつつ手掛かりがないか探していくか。

「シャル。これからホテル内を調べようと思うけど、今の段階でヒヒイロカネは検出できる?」
「このホテルに入る段階から検出を試みていましたが、検出には至っていません。」
「そうか…。でも、何か手掛かりがあるかもしれないから、調べてみよう。」
「そうしましょう。ホテルの人に聞いてみるのも良いですね。」

 調度品は、部屋にあるものだと椅子とテーブルとデスク。これも念のためチェック。傍目に見れば馬鹿馬鹿しいことかもしれないけど、なければないで次を探すだけだし、あって見逃す方が損失が大きい。探偵か警察みたいに、全て疑ってかかる。調べるものは全て調べる。これに尽きる。
 部屋を出て鍵をかけてから−アンティークなノブに翳すタイプのカードキー−、ホテル全体を散策しつつ調度品を調べた。調度品は彼方此方にあって、共用部分である廊下やロビーは一品ものが目白押し。見た感じだけでもその筋の店に持っていけば結構な価格で買い取られるものだと感じた。手入れも行き届いていて、傷も埃もなかった。
 シャルが調度品を都度スキャンして解析していった。やはりヒヒイロカネは見つからなかった。だけど、途中で何度か出くわしたホテルの従業員と話をして、興味深い話を幾つか聞くことが出来た。これも重要な収穫だ。謎そのものが分かりやすく存在することは少数だと思った方が良い。
 ツクシ村にはこのホテル以外に幾つも旅館やホテルがあるけど、オフシーズンでも人が来ないのは村にとって厳しい状況。実際、複数の旅館やホテルが廃業に追い込まれた。この状況は3年ほど前から表れ始めて、去年から顕著になった。村外の人の交通手段が村営バスしかないのは従来どおり。
 オンシーズンだと人は来るには来るけど、数は確実に目減りしている。オンシーズンで外貨を得て人件費や光熱費を払ったり、修繕に使ったりするから、オンシーズンの客の目減りは非常に痛い。だけど、これまでのやり方−知名度と高級感でリピーターを増やすやり方以外で積極的に客を呼び込むことには村も経営層も及び腰。
 3年前というのは、タカオ市で問題の条例、タカオ市安全都市条例が制定された年でもある。以前、客にそれとなく聞いたところ、最寄りのインターがあるタカオ市で食事をしたら、タカオ市を出るまで執拗に付き纏われた、警察に駆け込んでも条例があるのでと話にならなかった、と不満の声が続々出された。やはり地理的に通過する必要があるタカオ市が心理的障壁になっているようだ。
 それだけだとタカオ市の異常が原因と断定するには弱い。影響を受けていることは確かだけど、この村の異常な客の減少と直結する程ではないように思う。調度品は旧迎賓館時代のものの他、この村が貴族や華族−日本に貴族はなかったと思いがちだけど明治以降存在していた−の別荘地だった頃の品を譲り受けたりしたもので、ヒヒイロカネとは無関係だった。

「もどかしいね…。何か関連がありそうな臭いはするんだけど、巧妙に隠されているような…。」
「私も同じです。これも意図的なことだとしたら、首謀者はかなり狡猾ですね。」

 ホテル内の探索を終えた僕とシャルは、夕食のためホテル内のレストランへ赴いた。やっぱり客は僕とシャルしかいないようだ。レストランはかつてパーティーに使われた場所で、今も結婚披露宴会場になるそうだから、その空間に僕とシャルしかいないと、広過ぎて何だか居心地が悪い。窓際の席にしてもこれだから、中央の席だと食べてられないかもしれない。

「条例は確かに異常だけど、他は割と良くある事例だし、ヒヒイロカネは関係ないのかな?」
「その方向を判断の選択肢にするのは、条例の制定意図を掴んでからでも遅くないと思います。」
「条例の制定意図って、市民の安全を守るって名目で市長が取り巻きの与党会派とごり押しで成立させたってことは、前にシャルが説明したよね?」
「それは成立の経緯と表に出ている背景です。このような場合、本当の事情は別にあると考えるのが自然です。」
「…ヒヒイロカネを隠すためとか?」
「はい。」

 そう考えられるだけの要素はある。旧シシド町への産廃処分場の押しつけや市街地の再開発に続く安全都市条例の制定。産廃処分場や市街地の再開発は、よろしくない話が付き纏う。土建業者との癒着や地上げは表裏一体の関係にある場合も珍しくない。土建業者の社長や役員が市長や県議なんて事例もよくある話だ。
 旧シシド町では産廃処分場の建設と、その「対価」とされた企業団地の造成で、かなりの反対運動が起こったようだ。旧シシド町を回っていて、その産廃処分場近くの住宅には今も色褪せた「産廃処分場建設反対」の看板が多くかかっていた。市街地の再開発でも同様に反対運動や抵抗があったようだし、それらを治安名目で抑え込むために条例を制定したとも考えられる。
 そして、その産廃処分場建設や市街地再開発が、ヒヒイロカネの隠蔽と関連しているとしたら、市長や取り巻きにとって条例制定は必須事項だっただろう。反対運動から市長再度の情報公開請求に移り、そこから悪事が暴かれる恐れがある。そうなる前に市民レベルで反対運動を抑圧するよう条例で仕向けた。そう考えると筋は通る。
 まだ証拠がないし、現時点でヒヒイロカネが発見できてないから状況証拠の段階だ。だけど、報奨金をちらつかせてまで市民が相互に監視し合う条例を制定する異常ぶりは、何らかの事情があると考えるのが自然。そしてそこには絶対知られてはならない事実、ヒヒイロカネの存在があるとも考えられる。

「調査はもっとかかりそう?」
「ひとまず予定の最大3日で集約して帰還させます。情報の分析も必要なので。」
「タカオ市はそっちに任せるとして、僕とシャルはもっとこの村を回ってみようか。役場とか図書館とかがあるところを中心に。」
「はい。効率的に回れるルートを設定します。」

 前例が通用するとは限らないけど、タカオ市の影響を受けているこの村で出来ることは、前例、すなわちオクラシブ町での調査や探索に倣うこと。幸い村の集落間は村営バスで回れるそうだし−シャルが調べてくれた−、時間をかければ歩けない距離でもない。役場に何らかの情報が集約されている可能性もある。
 シャル発の諜報部隊が情報を集めるまで一定の時間を要する。それを急かすつもりは毛頭ない。シャルは諜報部隊の構成分だけの分散・並列処理を24時間実行しているんだし、その負荷を増やすことはしたくない。あと2,3日、この村を歩き尽くすつもりで情報の欠片を探そう…。
 この時期、高原の夜は結構冷える。ジャケットは持って来ているけど、それでも肌寒さを若干感じる。僕がかつて住んでいたところは桜の時期はとっくに過ぎたけど、高原はまだ桜の時期の気候だ。標高の違いで気温が大きく変わる山間部の気候は、僕程度の予想を簡単に覆す。

「平野部と気温が5,6℃違いますね。」
「季節が一気にひと月くらい戻った気分だよ。シャルは平気?」
「気温の高低は感じますし、寒い暑いといった感覚もあります。機能面では問題になるレベルではありません。」
「判断…って言うのか分からないけど、機能に悪影響を与えるかどうかが基準なんだね。」
「本体は、標高が此処より低い駐車場にあるのもあります。ヒロキさんはちょっと厳しそうですね。」
「ジャケットは薄手だからね。」
「周囲に人は居ませんし…、こうしましょう。」

 シャルは僕に密着する。驚いてシャルを見ると、僕に密着したシャルの服が生き物のように動いて、僕の左腕を覆っていく。そして急速に拡大して僕の上半身を包み、続いて透明になる。それで肌寒さは解消されて、ほんのり温かい。…あっという間の出来事だったけど、ヒヒイロカネならではの保温機能付き透明ジャケットってところか。

「凄い機能だね。」
「保温と暖房の調整も出来ますから、ヒロキさんにとって程好い加減を言ってください。」
「今で丁度良いよ。嬉しいな…。」

 機能もさることながら、シャルがこういう気遣いを自然としてくれることが嬉しい。僕が好意を抱いた女性にこういう気遣いをしようとすると、当然という顔をするか嫌な顔をするかのどちらかだった。タイミングを窺っていると「しないのは失礼」と言わんばかりの態度を取られて以後音信不通になることもあった。逆に女性からはされたことはない。
 シャルが言うように、女性は自分を王侯貴族か何かと思っている節はある。僕の巡り合わせが悪かったのかもしれないし、タイミングの取り方がまずかったかもしれない。だけど、自分の思いどおりに動かない男は非人間的扱いも当然という態度は、思い上がりも甚だしい。そういうことを口に出すと「差別」になるのが女尊男卑と言われる所以なんだけど。
 それにしても、シャルが触れたように、本当に人が居ない。夕食後、そのままホテルを出てヒヒイロカネや関連情報の捜索ついでに散策をしているけど、人に全く出会わない。多少は他の宿泊者や村の住人とすれ違うくらいする筈なのに、それがまったくない。点在している民家の灯りはあるから人は居るんだろうけど…。

「人が全然居ないね。誰も住んでないってことはないようだけど。」
「半径1kmの範囲で外出している人は居ません。」
「…何か出歩かない、出歩けない理由があるのかな。」
「その線は考えられますね。」

 オクラシブ町は満月の時だけ霧が晴れる一方、人狩り連中に埋め込まれていたヒヒイロカネが活性化して迷い込んだ「獲物」を狩っていた。実はこの村にヒヒイロカネがあって、何らかの異変があって、村の人はそれを恐れて外出しないとか…?!その確率は十分考えられる。

「シャル。周辺に何か居る?人じゃなくても良い。」
「生体反応ですか?極端に小型なものは除きます。…居ます。人間程度のサイズと人間に似た形状ですが、人間ではありません。」
「その場所は?」
「此処から南南東に1.2kmです。…行きますか?」
「勿論。それはヒヒイロカネに繋がる謎だと思う。」

 人のサイズで形状も人間に似ているのに人間じゃない。ゴリラとか類人猿なら考えられるけど、此処でその確率は低い。それに、類人猿の多くは集団行動をする。シャルの口ぶりからして単体で居るようだけど、それは類人猿ではあまりない。何かある。そしてそれはヒヒイロカネと関連がある。そう考えざるを得ない。
 シャルに道案内を頼んで生体反応の場所へ向かう。それまで歩いていた、煉瓦が敷き詰められた綺麗な歩道から、獣道に毛が生えたような道を、時々草や枝をかき分けて進む。シャルの透明ジャケットのおかげで草や枝に引っ掛けても服や肌に傷が出来ない。別の形でも機能が発揮された。
 草と枝をかき分けて進んで出たところは、草がまばらに生える岸壁。木こそ少ないけど、草はかなり背が高い。僕の胸近くまである。何か水が流れるような音がする。…この音って…滝?

「この岸壁の向こう側に、今日の昼間に見た白木の滝があります。」
「そんな場所に…。」
「その時はヒヒイロカネは勿論、生体反応も感じられませんでした。」
「夜行性っていうか、夜しか活動できない体質か何かかな。」
「太陽光に当たることが出来ない、或いは太陽光がある時間帯は仮死状態になっていると考えられますね。」
「だからシャルが検出できなかったんだね。」

 太陽光を浴びると最悪死ぬ病気は聞いたことがあるけど、こんな山奥の更に奥まった場所に単独で居ることはあり得ない。ヒヒイロカネに繋がる何らかの影響を受けてこの地に置かれたか、或いは身を潜めているか。何れにせよ、この岸壁の何処かに居るらしい謎の生物の正体を突き止める必要がある。

「シャル。例の生物は何処?」
「!岸壁の中を移動しています。」
「岸壁の中を?音は何もしないのに?」
「岸壁と同化しながら移動しています。オクラシブ町で私がヒロキさんの治療でしたようなイメージです。」

 人狩り集団に見つかって銃撃を受けた僕をシャルが治療する際、本体である車から地中やホテルの壁に同化したカテーテルを僕に挿入していた。治療が終わって撤収した後、ホテルの壁には傷1つなかった。それと同じことが出来るということは、やはり謎の生物はヒヒイロカネに関係している。しかもかなり密接に。

「シャル。例の生物は、検出した時どの辺に居た?」
「この岸壁の表面に同化するように存在していました。丁度ヒロキさんの正面の位置です。」
「それなら、謎の生物は、少なくとも僕達に敵対する意識はないね。攻撃の意志があるなら、このエリアに踏み込んだ時に不意打ちすることも出来たわけだし。」
「!それは確かに。」
「動いている方向は?」
「岸壁の向こう側、丁度白木の滝が位置する方向です。」

 謎の生物は僕とシャルに接触するのを避けている。それが臆病だからなのか自分の存在を知られたくないためかは現時点では分からない。だけど、謎の生物はこの村、ひいてはタカオ市やヒヒイロカネに繋がる何らかの情報を持っている可能性が高い。だったら尚更追跡して意志疎通が出来るかどうかを確認しないといけない。

「シャル。何とか生物に接触できない?」
「出来なくはないですが、意志疎通が出来るかどうかは…。」
「まず接触してみて。意志疎通が出来るかどうかは接触してから判断すれば良いから。」
「分かりました。」

 シャルは頷いて岸壁のある方向を見据える。一瞬、シャルの足元の地面が揺れたような気がした。岸壁に同化して距離を取ろうとしている生物の方向を見ているのか、シャルは微妙に顔の向きを変える。その表情は至って真剣そのもの。この生物に接触するには、あらゆる物質と同化できるシャルの能力が不可欠だ。
 少しして、シャルの身体がびくんと振動する。生物に接触できたか?接触できたら何とかして意志疎通できないか?こちらも敵意はないこと、一体何なのか、ヒヒイロカネと関係があるのか、聞きたいことはたくさんある。だけど、今は僕に出来ることは何もない。シャルの報告を待つ以外は。

「…接触に成功しました。この人には、十分な知能と意識が存在します。」
「この人?生物だとは思うけど。」
「対象は…人間です。」
「?!」

 事実を目の前にして、僕は声が出ない。シャルが接触に成功してこちら側に連れて来た生物、否、人物は、形状こそ岩の塊のような、ゲームに出て来るゴーレムを適当に崩したような姿だけど、れっきとした人間だという。人物は僕とシャルを前に何か言いたげな様子だけど、こちらも事実に認識が追い付いていないようだ。

「この人物は声を出すことが出来ないそうです。」
「だとすると、シャルが1対1で会話するしかないね。」
「いえ、ヒロキさんも会話に参加できます。腕時計から私を介する形になりますが。」

 この腕時計は、シャルと脳神経系が直結しているから、僕が思ったことがシャルを介してこの人物に伝わるってことか。こういう形でしか会話できないってことは、やっぱり…ヒヒイロカネと関係しているのか?兎も角、まずはこの人物が何者なのか、そこから聞いていこう。

『貴方は何者ですか?』
『さっきまでの声と違うな。そっちの男?どうやって?』
『私を介しています。改めて言いますが、私達は貴方に危害を加えるつもりは全くありません。貴方が何者なのか。どうしてこのような容貌になったのか。そうしたのは誰か。不躾ではありますが、事態は切迫しています。以上3点について、率直な回答をお願いします。』
『…良いだろう。』

 人物の声は男性のものだ。声質からしてかなり落ち着いた性格のようだ。シャルを介して男性の話に耳を傾ける。

『まずは最初の質問への回答も兼ねて自己紹介と行こうか。私は大場ヨウスケ。タカオ市の元副市長だ。』
『副市長?!タカオ市の?!』
『私は富原シャルと言います。』
『…失礼しました。僕は富原ヒロキ。とある理由で世界を旅してまわっている途中です。』
『シャルの方は人間ではないか。』
『はい。今の形状こそ若い女性のものですが、私は人間ではありません。』
『まあ、岸壁の中を逃げていた私を不可思議なケーブルで捕まえて、話しかけて来るなんて芸当は、人間業ではないと分かる。』

 大場ヨウスケという人物は、一呼吸置く。

『2番目の質問への回答だが、直接の原因は分からない。だが、3番目の質問への回答と関連はあるだろう。』
『…』
『順を追って話そう。私は今の市長、上田ヤスヒロの副市長をしていた。3年前までな。市長は就任後、県議時代から提唱していた旧シシド町との合併などを強引に推し進めた。当然ながら旧シシド町をはじめ、関係住民から激しい反発が起こった。このままでは次の選挙で落選の恐れがある、と何度も市長を諌めたが、市長は全く意に介さなかった。』
『シャルが調べたくれたタカオ市の行政と一致するね。』
『はい。貴重な裏付けとなる証言です。』

『3年前の夏、だったか。やけに暑い日だったのは覚えている。私は市長に直談判するため、市長室に向かった。業務中だと何かとまずいから、終業時間後にしたがね。そこで見たものは…、奇妙な服装の男と談笑していた市長だった。』
『奇妙な服装、とは?』
『何と言えば良いのか…。裃(かみしも)のような袴のような、神主が着る服のような、見たこともないデザインだった。』
『!手配犯の一味が好む服!』

 手配犯は恐らく、シャルが創られた世界からヒヒイロカネを持ち出してこの世界に逃亡した輩のことだろう。服装は話を聞いた限りでは弥生時代とかの服をイメージする。向こうの世界とはセンスや流行が違うだろうからこちらのセンスでは一概に言えないけど、ちょっと奇抜なファッションセンスに思う。
 服装よりもはるかに重要なのは、シャルが創られた世界から逃げ込んだ輩の子孫であろう人物が、この世界の人間と接触していたこと。単に追跡を逃れてヒヒイロカネを何処かに埋めたり隠したりしたんじゃなくて、この世界に関わっている者が居るということは、ヒヒイロカネを悪用するために持ち出したと考えるのが自然だ。
 オクラシブ町は早速そんな事例だった。御神体とヒヒイロカネを入れ換え、ヒヒイロカネを埋め込んだ連中を人狩りをさせて、凄惨な生贄の儀式をさせていた。ヒヒイロカネを用いた壮大な人体実験か何かだったと考えれば、理解は出来ないが筋は通る。やっぱりヒヒイロカネは何としても探し出して、回収しなきゃ駄目だ。危険過ぎる。

『市長は私を見て、これまで見たこともない形相で私を睨みつけた。次の瞬間、私は市長から飛び出した木の根のような…、そう、シャルと言ったな。君が私を捕獲したケーブルのようなもので捕えられ、取り込まれた。目の前が真っ暗になって…。気づいたら身体がこうなっていて、此処に居た。』
『…ヒヒイロカネを肝臓に埋め込まれましたね。』
『肝臓に埋め込むと岩の塊になるの?』
『肝臓に蓄積されるアミノ酸とヒヒイロカネが融合して、全身を変質することが判明しています。ヒヒイロカネで身体を作り変えられてしまうようなものです。』

 ヒヒイロカネは体内に入れると一時は良い場合もあるが、最後は破滅を招くってことか。臓器移植でも拒否反応が問題になるのに、生きた金属を埋め込むんだから悪影響があって当然と見るべきか。ということは、この人はこのまま…。

『確認したいのですが、市長の身体が変形したというのは事実ですか?私が貴方を追跡・接触したケーブルのように。』
『事実だ。だから私は逃げたんだ。あの時のことを思い出してな。』
『結果的に恐怖の記憶を蘇らせたことはお詫びします。その点は貴方が何者なのか不明でしたし、そうする以外に貴方から真相を聞き出すことが出来ませんでした。』
『私の場所を正確に捕捉し、接触すら出来て、更にはこうして意志疎通が出来るというのは…、君も市長と同じ性質を持つのか?』
『…恐らくは。』
『シャル。それって市長が…。』
『はい。一部か全身かは不明ですが、制御されたヒヒイロカネで置き換えている、或いは私と同程度の人格OSを有した状態で本物と入れ替わったかの何れかと思います。』

 何れこういう事態があるとは思っていたけど…、早くも2つ目の候補地、否、存在スポットでシャルと同程度のヒヒイロカネの存在の確率が急浮上してきた。単に高度な状態のヒヒイロカネがあるというだけじゃない。シャルと同程度の戦闘能力のヒヒイロカネを無力化して回収するという、この世界の軍隊が束になっても不可能かもしれない課題が生じる。
 オクラシブ町のヒヒイロカネは、両手で持てるくらいの、ソフトボールくらいの大きさで、意識レベルは本能程度しかなかった。それでもシャルが無力化するのに身体の一部を損傷してでも専念しないといけないほどだった。シャルと同程度となると、全エネルギーを使わないといけないんじゃないか?あまりにも危険だ。

『冒頭、事態が切迫していると言ったのは、君のような性質のものが紛れ込んでいて、表面化すると大変なことになるということか?』
『聡いですね。そのとおりです。』
『私をこんな姿にした市長が、私を此処に放り出したのは、言ってみれば口封じのため。事実言葉は出せないし、この姿で何をしようにも岩の化け物が襲ってくるようにしか見えない。そういう現状から考えて、市長が非常に危険な存在であり、その性質を持つ物体を早々に隠蔽なりしないと悪用する輩が続出する。そうだろう?』
『異論の余地が全くありません。』

 この人、言葉遣いはちょっと尊大だけど、かなり聡明な人だ。現市長の状況を考慮して何度も諌め、最後は直談判した。旧シシド町との合併を「強引に」と言ったところからも、市長の取り巻きではなく、側近として言うべきことは言うという立ち位置だったんだろう。それ故に市長に口封じされたのは残念でならない。
 市長がヒヒイロカネと密接な関係があること、それはオクラシブ町の時より熾烈な戦いになる確率が高いことが判明した。危険は承知で無力化して回収するしかない。そのために何が必要か、シャルと考える必要がある。そしてもう1つ存在が確定した黒幕、シャルが言う手配犯を探して捕える必要性も高まった。
 オクラシブ町の事態でも、ヒヒイロカネを御神体と入れ換えた人物の存在が分かっている。結果、オクラシブ町は凄惨極まりない状況に陥った。語弊はあるが、あの程度のヒヒイロカネでも人体に埋め込んだものと連携することで、あれだけの惨状を生み出した。シャルに近い、或いは同程度のヒヒイロカネがこのまま大人しくしているとは思えない。
 そんなヒヒイロカネを隠すどころか、この世界にヒヒイロカネで干渉する黒幕。ヒヒイロカネを持ち出してこの世界に逃げ込んだ連中、シャルが言うところの手配犯は、確実に悪意を持ってこの世界に干渉している。目的は何かは分からないが、手配犯を捕えてシャルが創られた世界に戻さないと、いたちごっこになる恐れもある。

『他に聞きたいことはあるか?』
『3つあります。1つ目。貴方が目撃した、市長と談笑していた奇妙な服の人物について、些細なことでも覚えていることがあったら教えてください。』
『隣の男の声か。残念ながら、その人物を見たのは、私が市長に直談判しに行った時が最初で最後だ。顔かたちは勿論、服装も十分な情報を伝えるだけの語彙がない。』
『記憶を思い浮かべることは出来ますか?それが出来ればイメージ情報としてこちらにコピーすることが出来ます。』
『そんなことも出来るのか。市長はどうなってしまったのか…。』

 市長が少し沈黙する。人の記憶をコピーして取り込むなんて、本当にこの世界の技術を超越している。正しく使えば被害者だけが目撃した犯人の情報を得られるけど、この世界では悪用が先行して蔓延する事態しか見えない。ヒヒイロカネの存在はこの世界ではあまりにも早過ぎる。

『コピーと転送を完了しました。後はこちらで解析します。』
『そうしてくれ。他に聞きたいことは?』
『2つ目。市長の異変の時期と、その前後の不審な行動があれば教えてください。』
『今回は、男が質問担当か。まあ良い。市長は元々、旧シシド町の合併や産業廃棄物処分場の建設などを強引に推進していた。その方針はことの善し悪しを別にして一貫している。よって、特別異変が起こったとか、不審な点があったわけではないし、その様子もなかったと記憶している。』
『では3つ目。貴方が此処を出ない理由と、この村の観光客が激減している要因は、市長が何らかの圧力やデマを流すなどしているためですか?』
『良い質問だ。私が此処に居るのは、土壌が露出している場所でないと移動できないからだ。そして、私が此処にこの姿で放置されてから間もなく、この村の何処からか不気味な呻き声がするという噂が流れるようになった。それは恐らくこんな姿になった自分を受け入れられなかった私の苦悩の声だろうが、結果としてこの村に迷惑をかけることになってしまった。その噂の出どころまでは前述の事情やこの容貌もあって確認できないが、市長も何らかの形で関与している確率はある。』
『分かりました。ありがとうございます。』

 市長とヒヒイロカネに密接な関係がある直接の証拠こそないものの、それを物語る重要人物との接触に成功した。そこから得られた情報はヒヒイロカネの存在を強く臭わせるものだ。黒幕の行方と共に更に情報を収集して、市長とヒヒイロカネの関係を明らかにして回収する。大まかな目標と過程は決まった。
 気がかりなのは…、この大場という人の今後。シャルの推測では肝臓にヒヒイロカネを埋め込まれた結果だというこの身体は元に戻るんだろうか?オクラシブ町で目と性器にヒヒイロカネを埋め込まれて人狩りをしていた集団は、あのままだとヒヒイロカネの塊になる運命だったという。この人も…。

『貴方の身体をそのようにした原因を取り除けば、貴方は元に戻れるかもしれません。それまでは此処に留まってください。』
『ああ、そうするよ。それしか今の私に行き場はない。』
『貴重な情報をありがとうございました。…では、失礼します。』

 心なしか大場という人とシャルの足元が少し振動したように見えた後、大場という人はゆっくりと岩場に向かい、そこに溶け込んでいく。ごく限られた場所でしか行動できない、しかも食事はおろか言葉も喋れず、孤独の中で変わり果てた自分と向き合うしかない。こんな仕打ちをするなんて、市長は強引どころか外道だ。

「…シャル。大場って人の身体は…。」
「治すことは出来ます。」

 帰り道、僕の問いにシャルが予想外の返答をする。オクラシブ町の例から悲観的な見方をしていたから余計に意外だ。

「肝臓に埋め込まれたヒヒイロカネは、眼球や性器に埋め込まれた場合と異なった挙動をします。ヒヒイロカネを除去すれば、少し時間はかかりますが次第に肉体の変質は収まります。」
「大場って人のためにも、この村のためにも、タカオ市、特に旧シシド町の人達のためにも、ヒヒイロカネの存在を突き止めて回収するしかないね。」
「はい。かなりの危険を伴いますが、無力化と回収以外に方法はありません。」

 疑惑が確信に近い段階にある。この旅の目的、つまりヒヒイロカネの回収を遂行するには、市長との対決は不可避。だけど、市長という立場にある相手を馬鹿正直に敵にしたら、追われる身になる。十分な対策を講じる必要がある。そのためにはシャルが放った諜報部隊の報告を待つ。じれったい気もするけど、焦りは禁物だ。
 それにしても市長は…。地道に住民サービスをしていた旧シシド町に旧タカオ市の負の部分を押しつけ、恐らく反対運動を治安維持名目で封じるために、相互監視社会を作る条例を制定し、次回の選挙を案じて諌めた副市長を言葉は悪いが化け物に変えて放り出した。同じ人格OSを持つヒヒイロカネでも、シャルとは全くの対極にある。
 人格OSの性格や嗜好は固有のものだろうけど、ここまで邪悪になり果てたのは、OSを書き換えられたせいだろうか?以前、シャルはかなり限定的ではあるけど人格OSの修正は可能だと言った。それには特別な機器が必要だとも。黒幕の人物は、ヒヒイロカネだけを持ち出したんじゃないのか?

「その辺の事情は、ホテルに戻ってからお話します。」
「うん。」

 ヒヒイロカネがこの世界に存在してはならない金属である以上、シャルにも何らかの守秘義務があると考えるのが自然。だけど、今回存在が初めて具体的に証言された、シャルが言うところの手配犯とか、僕が知っておくべき背景はある。シャルが言えるところまで聞こう。手配犯が何を企んでいるのか見えてくるかもしれない。
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