雨上がりの午後

Chapter 241 臨時親子の旅日記(9)−金閣寺での語らい(2)−

written by Moonstone

「昨今では男性も家事を担うべきという論調がありますが、どう思いますか?」
「それぞれのカップルや夫婦で決めることですから、此処からは私の意見になりますが・・・。」

 晶子は自分の見解と断って一呼吸置く。

「男性が担う仕事の軽重を考慮して分担の度合いを決めるべきだと思います。兎に角『男女平等だから家事も育児も分担が必要』と一方的に押し付けては
男性の不満や反発を招きます。男性の多くは長時間労働で、家計や職業での責任から辞められない状況にあることが多いものです。そういった男性の
事情を考慮しないでただ『男性も家事や育児をしろ』と押し付けるだけでは、男女平等ではなく男性への責任押し付けに過ぎないと思います。」
「よく考えておられますね。」
「私共の場合、夫は今お休みですけど、仕事で帰宅が深夜にずれ込むことが多くて、責任も大きいんです。ですから、時間に余裕があって融通が利く私が
家事の主たる部分を担っているんです。」
「ほう、それはそれは・・・。ご主人も大変ですなぁ。」
「自分の仕事に専念すれば良いですし、その間の休憩などは此処の裁量で出来ますからまだ良いですが、妻の配慮には感謝しています。」
「相互補完出来る良好な夫婦関係ですね。」
「「はい。」」

 俺と晶子は揃って男性に応じる。
俺は家事の面で晶子に頼る部分が大きいし、晶子が心の安寧を得るには俺と共に過ごす時間によるところが大きい。男性の言うとおり相互補完している。
どちらの負担が大きいから負担を軽減すべきだと言うのは勝手だが、実際の生活に干渉するようなら拒否する。
 男女平等やジェンダーフリーを唱える人々は、自分が信じる理念−男女平等やジェンダーフリーを絶対視して、そこから想像する「理想の男女」「理想の
夫婦」でないと「男女差別」だ何だと排撃する傾向がある。一方で女性が家事や育児をしないことを「仕事と両立出来ない社会が悪い」「夫の協力がない」と
ひたすら男性や社会に責任転嫁したり、男性には家事分担を言うのに女性の家事能力が壊滅的でも「個人の問題」と逃げたり、女性が男性に年収や社会的
地位を要求する「旧態依然」の姿勢は黙認するどころか当然視もする。結局「男女平等」「ジェンダーフリー」と叫んでる人々は、女性が仕事でも家庭でも
男性や社会にちやほやされて接待される社会、簡潔に言えば「あらゆる面で女性の都合の良い社会」でないと気が済まないんじゃないかと思う。
 「男女平等」「ジェンダーフリー」が跋扈するようになっても、多くの人の意識は大して変わってない。大学だけ見ても、理系は男性に多いし女性は文系に
多い。かつてのように「女性だから」で医者になることが出来なかった時代じゃなく、少なくとも入試で一定の成績を取れば機会が平等に与えられる現代に
おいても、だ。「成績より前に男女で理系文系に振り分けられる雰囲気があった」などの言い訳は通用しない。今の時代でそんなことをすれば、間違いなく
その学校や教師は「男女平等」「ジェンダーフリー」に反すると吊るし上げられて集中攻撃を受け、最悪社会的に抹殺されるからだ。
 実験の風景を見ていても、女性が自分の都合で立場をころころ変えることは頻繁に目にする。実験では部品や工具を使って配線をしたり半田付けをしたり
するものもある。電気電子なんだからそれがむしろ当然なんだが、そういう時女性は専ら見物。一方で主導権はやたらと取りたがる。実験をするんじゃなくて
自分が主役にされる場に出て来たいだけなんじゃないかとしか思えない。
 とりわけ「社会的に決定される性−これをジェンダーと言う−で決め付けずに個々の能力に応じて」を標榜する「ジェンダーフリー」の観点からすると、自分の
都合で「女性」としての保護を要求したり「女性」としての権利を行使させろと立場をころころ変えるのは矛盾している。仕事で「女性だから仕事は残業や
夜勤は駄目、力仕事も駄目。でも給料は男性と同じ」とされたら、男性社員は不満だし経営者も困る。だが、それを「ジェンダーフリー」や「男女平等」で何と
してでも抑え込もうとしているように思えてならない。

「椿と強引に繋げますが、花はお好きですかな?」
「好き・・・ですね。」
「私も好きです。」
「ですと、花言葉にも多少なりとも関心はおありでしょう。」

 花言葉、か。花自体への関心の有無に話が振られて、とっさに「好き」と言えなかった。花自体それほど興味がないのもある。嫌いではないが好きと言える
ほど関心がないとも言える。一方晶子は好きと即答した。何ら違和感はない。
 そう言えば、晶子と出逢って付き合うようになってから、一度も花束をプレゼントしたことがないな。花屋は毎週買い物に行くスーパーやそこでは売って
いない品物を買いに行く大型量販店の中にもあるから目にするし、花束そのものが売られている。でも、俺が晶子にプレゼントしたものは全部アクセサリーだ。
花束を贈るってことは考えが及ばなかった。花束を贈るシチュエーションは何度もあった。晶子の誕生日、デートといったイベントごとの他、最近なら料理を
作ってもらうい礼に贈るっていう手もある。だが、今後贈る機会はまずないだろう。
 この旅行を最後に別れるわけじゃない。そんな旅行なんて考えられないし、そもそも何のためにプロポーズしたのか分からない。晶子が「もうプレゼントは
十分貰ったから気を遣わないでください」と言っているからだ。ペアのペンダントをプレゼントした2度目のクリスマスで晶子が言ってから、あえてプレゼントは
贈らないでいる。直近の出逢った記念日でもその週末にケーキを買って祝ったくらいだし、その時も一緒に居られるだけで良いしプレゼントを貰うために
一緒に居るんじゃない、と重ねて言った。
 晶子に贈るプレゼントのネタは尽きている。晶子のサイズは知っているが、ファッションセンスのない俺が自分以外の人間が着る服や普段持ち歩くバッグ
などを選ぶのは無謀だ。料理はもっと無謀だ。アクセサリーはピアスとネックレス以外贈った。ピアスは晶子が穴を開けてないし開けるつもりもないから
買っても無意味だし、ネックレスはペンダントと似たものだから新鮮味に欠ける。
 俺がゼミに顔を出すようになって表現は控えめになったが、晶子がゼミでそういう話をすると特に女子学生から「そんな付き合いありえない」と言われるから
言わないそうだ。どちらが正論かなんて価値観を持ち出せばそこで終了だし、晶子との関係そのものに干渉されない限り聞き流せば済むことだ。そんなことを
気にするようなら、晶子は俺との付き合いなんてやってられない。

「花言葉って何?」

 それまで黙っていた、若しくは話の輪に入れなかっためぐみちゃんが質問する。ここで無視したらめぐみちゃんにとっては最悪だ。

「花言葉は、その花が表す意味のことよ。例えば赤いバラだと『情熱』とか『愛情』−『貴方が大好きです』とか。」
「じゃあ、赤いバラをプレゼントすると告白になるの?」
「そう捉えても良いと思うよ。」

 めぐみちゃんは好いことを知ったという表情で頻りに頷く。年齢や世代は違っても恋愛に興味を持つのは共通事項なんだな。
それにしても、晶子が数ある花言葉の中で赤いバラを選んでその花言葉を言って、赤いバラをプレゼントすることの意味を教えたということは、やっぱり
花のプレゼント、特に赤いバラが欲しいんだろうか。直接聞いても「プレゼントはもう要らない」と言うだろうが、不意打ちで贈ってみようかと思う。

「小父さんから椿の花言葉を教えてもらおうね。」

 晶子は男性に話のバトンを戻す。巧みな切り替えに内心拍手を送る。

「奥さんが挙げたバラでもそうですが、椿も色によって花言葉が異なります。」
「椿の花って赤以外の色もあるんですか?」
「はい。赤と白に大別出来ます。」

 椿の花は赤しかないと思っていたが、白もあるのか。
バラでも赤やピンクは花屋でよく売っているし偶に植えている家もあるが、白や黒は存在は知っていても見たことがない。白はまだしも黒を植える家は少ない
だろう。色もそうだが花言葉が有名なのもある。黒バラの花言葉は「憎悪」だからな。黒バラが咲き誇る庭なんてかなり不気味だし、花を庭に植えるほど興味や
関心があれば黒バラを植える気にはならないだろう。

「赤い椿は『控えめな愛』、白い椿は『理想の愛』が主に知られていますね。」
「良いイメージの言葉ですね。」
「椿は見舞いや贈呈には縁起が悪いですから悪いイメージがありますが、日本では古くから愛されてきた花です。」

 椿の花は花弁が少しずつ落ちるんじゃなくて花全体が落ちるから、「首が落ちる」などと縁起が悪い花とされている。見舞いに持っていくのはタブーだし
、男性が言ったように贈呈にも不向きだ。そんな椿が恋愛で良いイメージの花言葉を持っているとは知らなかったし意外だ。
花言葉がどうやって決められるのかは知らない。だが椿の例からして、花が咲く様子や散る様子から連想して名づけられるものじゃなさそうだな。

「花って、赤とか白とか目立つ色が多い。」
「そう言えばそうだね。お父さんが挙げた稲のような緑色や青色の花は花全体からすると少ないね。」
「虫に花粉を運んでもらう必要がありますから、赤や白といった目立つ色の方が花にとって都合が良いだと思います。」
「なるほど。それは考えられますね。」

 動物だけじゃなくて花も長い時間の流れの中で進化してきただろう。花は基本的に自分で受粉出来ないから虫や風におしべの花粉をめしべに運んでもらう
必要がある。虫が見える色の範囲や限界はよく知らないが、緑や青など寒色系より赤や白などの暖色系の方が目立つから、最初は同じ割合だけあっても
受粉しやすい方が多く子孫を残していって、結果暖色系の花が多くなったと推測している。
 めぐみちゃんは問題提起しようと思って言ったんじゃなく−言えたら凄い−素朴な疑問を口にしたんだろうが、着眼点が良い。「花は綺麗」とか「色々な
種類がある」「同じ花でも様々な色がある」は割と思いつきやすいが、花全体の色の傾向までは目が及ばない。

「緑色の花はお父さんも言ってたけど、空みたいな青色の花って見ない。」
「青色の花、か・・・。」
「パンジーは紫ですよね。青の種類は少し違いますけど、桔梗は青ですね。」
「言われてみると、青色の花は少ないですね。お嬢さんに言われて改めて思い直すとそう思います。」
「めぐみちゃんは何か思いつくか?」
「んと・・・。分かんない。」

 言いだしっぺのめぐみちゃんも、ぱっと思いつく青色の花はないようだ。
赤色の花と言えば目の前にある椿、バラ、チューリップとメジャーな名前がぱらぱらと思いつく。だが、青色の花と言われてもこれというものが思い浮かばない。
晶子が挙げた桔梗も名前こそ知っているがどんな形をしているかといった詳しいことはよく知らない。
 青色で有名と言えば、別の角度から有名なのはバラだ。つい最近まで青いバラは存在しなかった。「Blue Rose」は「不可能」の代名詞とされたほど、あらゆる
交配を施しても実現出来なかった。不可能を可能にしたのは遺伝子操作技術だ。遺伝子を解析することで、バラには青を発色する遺伝子が元々存在しない
から交配では不可能だと判明した。元々含まれない遺伝子を含ませる、言い換えれば無から有を生じさせる手法の1つとして遺伝子操作技術がある。青い
バラは遺伝子操作技術で生み出された新種のバラだ。
 青のバラが生み出されたのはごく最近のことだし、遺伝子操作に対する世間一般の懸念もあってか、花屋ではまだ見たことがない。俺自身本物は見た
ことがない。「生みの親」を招いた工学部の特別講演でスライドの写真を見たことはある。
 工学部も世間の動向を反映してか、生命関係を扱う研究室が多くなっている。工学部と生命関係はあまり関係がなさそうだが、研究室の研究方針は頂点に
君臨する教授や准教授によって変わるし、研究費の獲得のために世間の動向に多少なりとも乗る必要があるからだそうだ。大学の教官にも定年はある。
私立だとあってないような側面もあるが、国公立はその点では厳密だ。新京大学は創立から相当の歴史を有するから、創立時から在籍している教官は
居ない。工学部だけ見ても顔ぶれは大きく変わっている。
 生命関係を扱う研究室は、工学部で最も関連がありそうな分子工学科と微小材料工学科の他、俺が在籍している電子工学科や同じカリキュラムの電気
工学科、果ては情報工学科や機械工学科にもある。勿論数ある研究テーマの1つだが、一般には何処に関連があるのかと首を傾げたくなるような学科でも
生命関係の研究テーマを扱う研究室がある。電気電子工学では細胞や有機分子−電気を流す有機物のこと−の電気的特性を測定・検証したり、細胞や
生命組織に近い電気電子回路やICの研究開発を扱っている。俺が本配属を希望している音響通信工学の研究室でも、従来のテーマに加えて遠隔にある
神経細胞の電気信号を可視化するなど、生命関係の研究テーマが存在している。

「確か、ご主人はご帰宅が遅いお仕事だとか。」
「はい。理工学の研究技術に携わっています。」

 少々フライングだが、4月から卒業研究とは言え実際に携わるし、学生実験で帰宅が深夜にずれ込むことは事実だから、このくらいの誇張は由としよう。

「ほう・・・。理工学の研究技術ですか・・・。失礼ですが、どの分野を?」
「電気電子です。研修に相当する期間がようやく終わって、この4月から専門分野に着手出来るところまで来ました。」
「はぁ、随分大変ですなぁ。」
「専門性が要求されますから、実験や技術に関する基礎部分を押さえておかないとどうにもならないので必要なんです。」

 事実−実は学生で研修は学生実験で専門分野への着手は卒業研究ということを言い換えるのは、俺のボキャブラリーと即興力ではこの辺が限界だ。
まあ及第点だろう。横目でチラッと晶子を見ると、俺が話を合わせたことに嬉しく満足な笑みを浮かべて小さく頷く。
 学生実験を全て終えて感じることは2つある。1つは目的を持って進めないと努力が徒労に終わる危険があること、もう1つは何かを進めるに際しては多かれ
少なかれ人手が必要ということだ。学生実験では目的や手順が明記されている。半導体の温度特性なら測定対象の半導体の何を測定するのか、
そのためには恒温槽の温度をどのように変化させていくことが必要かといったことだ。目的がないことには手順が考案出来ないし、手順が高知記できない
ことには実験のしようがない。学生実験では実験が進まないと監督者の教官がたまったもんじゃないから手順が書いてあるし、そのとおりに進めれば突発的な
トラブルを除けば無事終了して結果が出る。あとはそれから設問に対する解答を導き出せば良い。
 無論トラブルの生じる可能性の高低は、実験の種類によって異なる。体験から考えると、物性関係や重電(註:モータ駆動や電力などの総称)関係の方が
高くて、計算機関係は低い。理由は実験で手を汚せば分かる。
 物性関係は温度と測定対象の電気特性の相関を見ることが主だが、一度測定を始めると中断することが難しい。温度にも慣性があるから恒温槽でも安定
するまでにかなり時間がかかるし、安定してから測定する事象−電圧だの電流だのを測定する際に1つでも欠落させてその後の実験を続けたらアウトだ。
温度が上昇する時と下降する時では特性が異なる場合もあるし、欠落したところに重要なデータが潜んでいる可能性があるからだ。これをやらかして実験を
最初からやり直す羽目になった苦い思い出がある。重電関係も似たようなもんだ。一方で計算機関係は基本的に実験環境に左右され難い。測定は
プログラムの実行結果や測定器のモニタの波形を観測することに集約されているから、実験環境に神経を削られることが殆どない。温度や湿度で
プログラムが書き換わったらとんでもないことだが、プログラムは正常に実行されるかエラーが出るかの二者択一しかないからその点分かりやすい。
 研究室の志望では、個人の好みもあるが卒研での楽さ加減も大きな要因となる。ついでに専門教科、特に必須科目で単位が取り難い教官の研究室は敬遠
されるが、3年までの関門で苦労したから卒研くらいは楽に終わらせたいと思うのは自然だ。もっとも4年進級時に卒業に必要な単位を取り逃していると後が
ないから、プレッシャーは相当なものになるだろうが。
 だが、学生実験は目的も手順も明記されているから、今自分がどの辺りに居るか、終わりが何処にあるかが分かる。卒研、更に進んで修士博士となると
結果どうなるか分からないことを解明することが要求されるから、自分の現在地も終わりも見えないのが普通だ。学生実験の段階でついていけないなら、
卒研はまだしも修士博士では到底やっていけない。

「お父さんは、花の色を勉強してるの?」
「んー。お父さんがしている仕事は今のところ花を扱ってないな。」

 「花は研究対象じゃない」と切って捨てるのは簡単だが、めぐみちゃんの興味や関心を同時に切って捨てることになる。かと言って「分からない」の一言で
濁すのも良くない。本配属を希望している研究室では生命関係の研究テーマはあるから、可能性として含みを持たせておいても悪くないだろう。

「青い花というと、本来はありえないものですが、青いバラが思い浮かびますなぁ。」
「ご覧になったことがあるんですか?」
「京都は青いバラを生んだ企業が近いところですからね。発表された時は大きな話題になりましたよ。」

 京都は神社仏閣の町というイメージが強いが、多数の大学が居を構える文京都市でもあるし、大手企業の本社や研究所が置かれる産業都市でもある。
確か、電車で簡単に大阪に行ける。「商人の町」というイメージが定着している大阪が至近距離にあれば国内外との物流も容易だし、道路が迷路のように
入り組んでいて地価がとんでもない東京よりは安価に大規模の社屋を構えられるだろうから、産業にも立地条件は良い。
 俺が関係する電気電子でも、東京でなく京都に本社や研究所を置く大手企業は多い。以前電子工学科と電気工学科共通の就職状況閲覧コーナーでここ
2年ほどの求人先・就職先をパラパラと見てみたが、求人先・就職先の企業の立地場所は東京の他は京都大阪、名古屋、そして今のところ最も近い都会で
ある小宮栄が目立った。
 本社に限らず事務関係は高層ビルの中でも特に差し支えないだろう。水平方向に広いと部署ごとの区切りがし難くなるし、保管するファイルは一箇所に
集中させた方が都合が良い。移動はエレベータ、大きなオフィスビルだとエスカレータもあるから階段を何度も上り下りすることの労力は減る。今は東京や
大阪、名古屋、小宮栄は都心再開発とやらで高層ビルが駅前に続々建設されているから、電車での通勤にも便利だし新幹線が停車するような大型の駅の傍
だから出張でも便利だろう。
 一方、研究技術や工場は高層化に不向きだ。研究者や技術者は職人気質も相まってか元々閉鎖的になりやすい。一方で研究技術は今流行のナノ
テクノロジーや生物関係もそうだが、此処までは電気電子で此処からは生物、化学、物理といった分野の境界はどんどん曖昧になってきている。だから
研究室や大学・研究所間の交流の活性化を促進するためにと、複数の研究室が共同のセミナーや集中講義を開催することが増えてきている。
 日常でも交流しやすくするには同じ建物の中で、出来る限り上下の移動が少ないことが望ましい。電子工学科と電気工学科の研究棟でも階毎に主な研究
分野が分かれている。1階は電力・制御関係、2階は物性関係という具合だが、同じ建物である研究棟に居ながら交流が殆どなかったくらいだ。成果や特許が
求められる企業や研究所−最近は大学でも関係してきているが−だと尚更自分のことに手がいっぱいで他の研究室や分野に構っていられないと
なりやすい。そんな環境で交流を促進するには階の移動を極力少なくする必要がある。
 工場だと製造ラインを垂直方向に拡大するのはほぼ不可能だ。航空宇宙など大型製品の製造工場だと普通の建屋では収まらないから体育館をそのまま
持ってきたような天井の高い建屋が必要になってくるが、それでも製造工程そのものを垂直方向に拡大することはまずない。となれば、工場は自ずと広大な
敷地を必要とする。少なくとも東京23区内に研究技術に向く水平方向に広い建物や、製造ラインを収容出来る工場を建設するのは不可能だ。臨海副都心
なら出来なくもないが、あれだけぺんぺん草が生える空き地があっても企業が進出しなくて郊外に向かうのは、それだけの採算コストが見込めないためだと
いうことくらい、経済が専門でない俺でも分かる。郊外での進出となると交通網の問題が出て来るが、地元自治体が補助金を出したり高速道路を主体にする
交通網を整備したりするから、それらの是非は兎も角交通網を心配する必要性は薄い。
 一方で既存のインフラも捨てがたい。大阪や名古屋だと既存の交通網が充実しているし、飛行機ではコストがかかり過ぎる大量の製品や原材料の輸送に
最適な船舶が入港出来る大型港湾も備えられている。ついでに社員の住宅も近隣に確保しやすい。小宮栄と新京市の関係はまさにそれだ。新京市
そのものは大学以外に目立つ大型施設はないが人口が多いのは、電車1本で簡単に小宮栄にアクセス出来ることと小宮栄中心部より地価が安いことが
理由だ。実際、店に来る常連客の中には通勤先は小宮栄で住まいは新京市という人がかなり多い。

「青いバラは生み出した企業が一時期一般公開していたので、それを見に行きました。防弾ガラスに封入されて警察が警備につく物々しさでしたが、今まで
見たことのないバラは予想以上に色鮮やかでしたね。」
「花の公開でどうしてそこまで厳重な警備がついたんでしょう?軍事やテロに結びつくとは考え難いんですが・・・。」
「多分だが、晶子の言うとおり軍事やテロの絡みで襲撃される危険は殆どないだろうけど、環境保護や遺伝子操作に反対する市民団体の攻撃を懸念しての
ことだろう。青いバラは遺伝子操作の結果生まれた、自然界には本来ありえないものだからな。」

 環境保護は動物愛護と並んで過激派的な行動を執らせる。動物愛護とかで捕鯨船に薬物か何かを投げつけたり船で突っ込んだりするのと同様、環境
保護も核物質の運搬船に船で突っ込んだりとしばしば過激な行動を執る。鯨を解体することもあって大型の捕鯨船に突っ込めば、突っ込んだ側が沈没する
恐れもある。核物質の運搬船も放射性物質の漏れを起こさないようにしている構造だから必然的に大型になるし、万が一運搬船が破損して放射性物質が
漏れれば深刻な事故に結びつく危険性がある。
 放射性物質は原子力発電に使うウラン235以外に、天然ウランからウラン235を濃縮する過程で残るウラン238−核分裂を起こしやすいウラン235の含有量は
かなり少ない−、ウラン238に中性子を照射することでも生成するプルトニウム239−長崎に落とされた原子爆弾の原料でもある−などがある。毒性や
核分裂のしやすさの度合いは違うが、保管や運搬、使用には注意が必要だ。
 日本では原子爆弾が投下されたこともあって、「放射」云々という単語に対するアレルギーはかなり強い。そんな国が狭い上に地震が異様に多い国土に
原子力発電を推進するのは矛盾しているが、「放射能漏れで自然環境が破壊される」「原子力発電は環境汚染」などと唱えて核物質の運搬船に攻撃を
仕掛けるのは、当人たちが唱える「放射性漏れによる環境汚染」を引き起こす危険があると分かっていないんだろうか。
 最近問題になるのは、放射性廃棄物だ。ウラン238に中性子を照射して得られるプルトニウム239を核燃料として発電に使い、結果生じたウラン238に再び
中性子を照射してプルトニウム239を生成するという核燃料のリサイクル−核燃料サイクルと言う−は考案されてはいるが、そう簡単に進まない。
プルトニウム239の取り扱いが困難な上に、既存の原子炉の燃料をウラン235からプルトニウム239に置き換えれば済むという単純は話じゃないからだ。
 一方で原子力発電所は日本だけでも彼方此方に存在するから、その間当然燃えカスとしてウラン238が生じる。燃えカスの再利用先が未完成なのに
燃えカスは溜まっていくが、倉庫に詰め込んでおくというやり方は通用しない。出来るなら法律や色々な施設を用意する必要はない。燃えカス、言い換えると
放射性廃棄物は現在の科学水準では無害化することが出来ない。放射性物質には放射線を発する期間の目安となる半減期という単位があるが、ウランや
プルトニウムは半減期が何万年とか何億年とかとんでもない時間だ。そうでなかったら現代にウランやプルトニウムは存在し得ないんだが、これらの半減期を
待っていたら人間の絶滅か地球の終わりまでかかっても間に合わないだろう。
 そこで地中深くに埋める、不燃ごみや粗大ごみと似たような処理を以って終わりとする。最終処分場という名称はそういった核燃料の行く末を踏まえた上
での命名だろうが、その最終処分場に運ばれる放射性廃棄物の危険度は核燃料より高い。それを運搬するところに妨害するのは、放射性廃棄物による
深刻な汚染を引き起こすばかりか、周囲の人間を一挙に殺害・被爆させる危険さえある。実力行使をする環境保護団体はそこまで考えているのかどうか
かなり怪しい。

「ご主人は、青いバラをどのように作るかご存知のようで。」
「詳細は知りませんが、バラは元々青色を発色する遺伝子を持たないので、スミレの遺伝子の中から青色を発色する遺伝子を抽出してバラの遺伝子に
組み込むという手法だと聞きました。」
「専門は電気電子とのことですが、他分野にも知識を伸ばしておられるのですね。」
「最近は分野の境界が曖昧になっている−融合が進んでいると言うべきかもしれませんが、分野は違っても概要くらいは知っておく必要が出て来て
いるんです。」
「なかなか大変なお仕事ですなぁ。」

 大変といわれれば確かにそうだ。だが、そう言われて優越感に浸るために今の学部学科に進学したわけじゃない。志望校を定めにかかった2年で理系学部
学科は概ね忙しいと知っていたし、新京大学は進級が難しいことも知った上で受験して入学した。今まで「予想どおり」と思うことはあっても「こんな筈じゃ
なかった」と思うことはなかった。

「お父さん。『いでんし』って何?」
「動物や植物がその形や色になることを決める、目に見えないくらい小さい情報のことを言うんだ。」
「ん・・・?」
「例えば・・・、ペンギンは胴体が長くて空を飛べない、けど泳ぐのは得意な格好をしてるし、白と黒の模様だよね?」
「うん。」
「ペンギンの子どもが大きくなっても、同じ白と黒の模様の生き物であるパンダになったりしないよね?」
「うん。」
「そうやって、ペンギンがペンギンの格好や色になるように決める、凄く小さくて目には見えない情報のことを遺伝子って言うんだ。」

 めぐみちゃんは俺の説明を頭の中で反芻(はんすう)するように何度も小さく首を縦に振る。専門用語を予備知識のない相手に分かるように説明するのは
なかなか難しい。例として幼稚園児にも馴染み深いであろうペンギンとパンダを挙げたが、これで良かったんだろうか?
 「めぐみ」繋がりで、この旅行に至る騒動の発端になった田中さんが実験室に見学に来たことを思い出す。あの時は実験室備え付けの測定器や、その日
俺が実験を手がけていたプログラマブル・ロジックの説明をした。「難しそうなことをしてる」というのが率直な感想だろう。実際晶子と田中さんに同行して
来た4年生2人はそのままを口にしていた。
 確かに測定器は見た目難しそうに見える。表示画面だけでなくボタンやつまみもカラフルになっているとは言え、予備知識のない人が何処をどう操作すると
何が出来るのかが直感的に分かるとまではなかなかいかない。オシロスコープやロジックアナライザは観測波形が出るし表示単位が「V(ボルト)」だから、
まだ「こういう信号が見られる」と分かる。スペクトラムアナライザ(註:信号の周波数成分を観測する測定器)だと表示単位は「dB(デシベル)」だし、観測波形も
傾斜がなだらかな山だったり、針のような鋭いと形状の違いはあっても何を意味するのか分かり難い。少なくとも常用対数(註:底を10とする対数。高校
レベルの数学の1つ)を知らないと表示の意味がまったく分からない。
 だが、基本操作は結構簡単だったりする。共通事項として測定対象にケーブルなりプローブ(註:オシロスコープなどで特定箇所を測定するために使われる
接触用端子)なりで測定器と接続して、レンジ(註:測定範囲)を大きめに設定してから電源を入れて、波形が見えるようにレンジを調整すれば済む。操作する
ボタンやつまみが多いのは、同時に測定出来るチャンネルが多いからその分同じものが並んでいるか、別方向、オシロスコープだと複数あるのは
各チャンネルの表示設定で、他は縦と横の各方向のレンジ調整のためにあることが殆どで、ボタンやつまみの分だけ操作を覚える必要性は、実のところあまり
なかったりする。基本的な測定なら操作しないボタンやつまみの方が多いこともある。
 測定器は操作が難しいというのは先入観や固定概念の影響が大きいように思う。俺から見て、操作の難易度は携帯と測定器とでは大して変わらない。
携帯の方がむしろ全部で20もないキーであらゆる操作や入力をする必要があるせいで、操作が多分にややこしいと思う。携帯も自分が使う機能に限定
すれば、同じキーをひたすら押したりキーの操作手順を数個覚えれば十分事足りるから、慣れの問題だろう。

「『いでんし』ってどんな形なの?何て書かれてるの?」
「遺伝子の形は二重螺旋(らせん)っていって・・・。」

 二重螺旋の適切且つ簡潔な表現が思いつかない。絵を描ければ良いんだが、屋外で書くものもない原状では無理だ・・・!

「晶子。ちょっと髪を使わせてくれるか?」
「はい、どうぞ。」

 晶子は少し驚いた様子を見せるが、二つ返事で快諾する。
晶子は俺が髪に触るのを喜ぶ。手櫛をすると「もっと触って」とばかりに身体を寄せてくる。今回も手が届きやすいように右側を俺の方に寄せる。
めぐみちゃんの頭は晶子の左側にあるから、俺が晶子の髪を触る様子を正面で見られる。

「螺旋はこんな感じでねじってて・・・。」

 言いながら晶子の髪の一部をねじってみせる。針金じゃないから形は記憶しないが、ねじる様子は分かりやすいだろう。

「ねじってる2本の紐が、こんな感じで交差してるんだ。」

 両手が使えるのを利用して、晶子の髪で二重螺旋をイメージしたねじりを見せる。本来の形とは若干違うがイメージを掴めれば十分だろう。

「形のイメージは分かった?」
「うん、大体。難しい形してるんだね。」

 完全に把握は出来ないが「複雑な形をしている」ことは分かったようだ。身近な螺旋の物体は思いつかない。あえて言うなら非常階段だが、非常階段も
普通の階段と同じような形態のものが多いし、螺旋を描く非常階段があるようなある程度の構想の建物は京都にはなさそうだから、仕方ないな。

「どうしたら『いでんし』って見えるの?」
「遺伝子そのものは顕微鏡っていう道具を使うと見られる。顕微鏡は虫眼鏡−小さいものを見る道具だけど、それよりずっと小さいものを見られる道具なんだ。
目安としては・・・そうだな・・・。お母さんの髪の表面が詳しく見えるくらいかな。」

 丁度手にしていた晶子の髪を例に挙げる。「小さいもの」だから蚊や埃でも良いんだろうがイメージがあまり良くないし、裸眼では分からない小さなものが
見えることが分かれば良いだろう。知識の追求は年齢やその時の知識レベルに応じて進めていくもので、幼児期の教育が重要だと大量に詰め込んでも
意味がないばかりか、知識=暗記と誤解したり、何かのきっかけで勉強嫌いになったら手の施しようがなくなる場合もある。

「螺旋が絡み合っていることは色々な分析装置を使うと分かるんだけど、顕微鏡よりずっと大きな規模で学校だと持ってない。大学や研究所で持っている
ところはある。」
「ふーん・・・。凄く小っさいんだ・・・。」

 めぐみちゃんは漠然とだが凄いことを知った様子で感慨深そうだ。幼稚園で遺伝子や顕微鏡の話なんてしないだろうし、「そういうものがある」と知るだけでも
今後の勉強に大きな刺激になるだろう。今はこれくらいで良いと思う。
 俺自身微小物体の観測や装置は電子顕微鏡くらいしか知らないし、電子顕微鏡と普通の顕微鏡の違いを説明するのはなかなか大変だ。どうして光だけ
じゃ見えないかとかまで突き詰めると、物理の知識も必要になるからきりがなくなる。

「青いバラが遺伝子操作技術で作られたということは、青い椿も可能ということですかね?」
「可能だと思います。需要があるかどうかは分かりませんが。」
「青いバラはどうして作られたの?」
「青いバラは今までどうしても出来なかったから、不可能の代名詞−言い換える表現に使われるくらい、園芸をする人や花が好きな人の夢だったんだ。だから
作られたんだと思う。」

 花や花言葉には疎い俺でも青いバラが今まで出来なかったこと、それは青を発色する遺伝子を元々持たないからだということくらいは知っている。
青いバラの英語表現である「Blue Rose」は不可能を意味する表現だったくらいだ。青いバラが出来たことで青い花が続々作られるということはない。青い
バラの「生みの親」も大学での特別講演で手がけた理由の1つに需要を挙げていた。企業は利益を出すことが必要だから、基本的に需要のないことには手を
出さない。番組のスポンサーになるのは大規模な広報活動が出来るからだし、今流行の植林やゴミ削減・環境運動に企業が乗り出すのも、イメージアップや
広報活動の一環だ。
 青いバラは長く不可能の代名詞だったから、青いバラの実現を望む人々は居た。その結果青いバラは生み出され、以降青い花の需要がある
カーネーションにも広まった。青い椿も遺伝子操作で実現可能だろうが、青い椿を見たいという声は聞いたことがない。椿は赤のイメージが強いから青の
椿が現れると違和感を抱く人も居るだろうし、違和感と遺伝子操作に対するマイナスイメージから嫌悪感や恐怖感に発展させる人も出てくるだろう。
環境保護団体が動くくらいだと日本では冷めた目で見られておしまいということが多いが、政党やメジャーな市民団体が動くレベルになると企業のイメージ
ダウンに繋がる恐れがある。花を作ったことでイメージダウンになったら意味がないし、それへの投資が無駄になるから、ある程度頭が回る企業なら抗議や
懸念が需要を上回ると予測出来る段階で手を引く。

「お嬢さんは知的好奇心旺盛ですね。」
「『こうきしん』って何?」
「知らないことややってないことを知ろうと思ったりやってみようと思うことだよ。」
「お父さんとお母さんがね、めぐみの知らないこと色々教えてくれる。」
「良いお父さんとお母さんだね。」
「うん。」

 平和な会話だが、俺と晶子はめぐみちゃんの本当の親じゃないという事実が裏にあるだけに、素直に喜べない。めぐみちゃんもあの両親が心底反省
すれば、俺と晶子を両親に見立てなくても好奇心を前面に出せるだろうが・・・。

「長くお話しましたね。では、私はこれにて失礼します。」
「おじちゃん、椿のことお話してくれないの?」
「お嬢さんの疑問やお父さんとお母さんとのお話で、おじさんはお話しすることがなくなっちゃったよ。」

 男性の苦笑いは爽やかに見える。脱線し放題だったが、この男性が自分の知識をひけらかすために話しかけてきたんじゃないことが改めて分かる。
良い人と出会えたもんだ。さっきまでろくでもない大人の見本みたいなものと接していたから余計にそう見えるのかもしれないが。

「じゃあね、お嬢さん。お父さんとお母さんを大切にね。」
「うん。バイバイ。」

 めぐみちゃんが小さく手を振る。男性は同じく手を小さく振りつつにこやかに立ち去る。人垣に男性の姿が消えていく。短かかったが密度の濃い時間を
過ごせたように思う。

「優しいおじちゃんだった・・・。」
「おじさんにもめぐみちゃんくらいの子どもか孫が居るのかもしれないな。」

 風貌からして子どもより孫の方が可能性が高いが、めぐみちゃんを見て身内を思い起こしたのかもしれない。
話をする間にめぐみちゃんの疑問に答えることが何度もあったが、分かりやすく答えることに終始出来たのは、あの男性が居たおかげかもしれない。色々
話が出来たし、俺と晶子にとっても良かったと思う。
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