雨上がりの午後

Chapter 194 2度目の会食−前編−

written by Moonstone


 晶子と交互に修之の受験対策を支援していると、時計の針は既に6時に達しようとしていた。既に外は真っ暗だ。早いもんだなと思っていると、ドアが開く音がする。

「そろそろ出かけましょうか。」
「出かけるって、桔梗邸へ?」
「そうよ。父さんが店に電話してくれたから。」

 桔梗邸で夕食という方針が変わることはないとは思っていたが、母さんが最初から2階まで呼びに来るのは滅多になかった。普段なら1階の階段下から
呼ばれるもんだから、音楽を鳴らしていたりして聞こえない時もある。そうなると「聞こえてるのか」と2階に駆け上がってくるもんだが、晶子が居るから
そうは出来ないんだろう。猫を被ってると言えなくもない。

「じゃあ修之さん。これで一旦終了として外出する支度をしましょう。」
「はい。」
「井上さんも準備が済みましたら降りてきてくださいね。祐司。あんたもね。」
「分かった。」

 母さんはドアを閉めて下りていく。支度と言っても俺と晶子はコートを着る程度で十分。外気に晒される時間は短いから、マフラーを巻いていくと
店に置き忘れる可能性がある。だからあえて巻いていかない。
 修之が席を立って箪笥に向かう一方、俺は晶子と一緒に部屋を出て、晶子が寝る部屋に向かう。俺のコートやマフラーは下に置いてあるから忘れることはない。
晶子がコートを着てから一緒に降りていけば良い。
 コートを着た晶子と俺が揃って部屋を出たのとほぼ同時に、やはりコートを来た修之が部屋から出てくる。階段に近い修之から階段を下り、続いて俺が晶子を
先導する形で階段を下りる。
 1階のダイニングでは、父さんがコートを着ていた。俺もコートを着て、母さんに続いて先に家を出る。往路で車を運転するのは父さんだが、車のキーは復路を
運転する母さんも持っている。父さんは酒を飲む−大酒飲みというほどではない−が、母さんはまったく飲めない。だから母さんが車のキーを持って出てドアを開け、
先に全員が乗り込むことが俺の実家での慣例になっている。

「修之は今日は助手席に乗りなさい。」
「はいよ。」
「井上さんは後ろに乗ってくださいね。祐司は真ん中に乗りなさい。」
「分かった。」
「では、失礼いたします。」
「あ、いえいえ。狭いですけど少しの間我慢してくださいね。」

 母さんはやっぱり愛想が良い。俺が去年帰省した時以上だ。客商売だから店では愛想が良いのは当然だが−そうでない店もあるらしい−、こうも愛想が良いと
気味悪くさえ感じる。
兎も角俺が先に後部座席に乗り込んで奥に入り、続いて晶子が乗り込む。俺が中央で、母さんが運転席側、晶子が助手席側にそれぞれ座る格好になる。
 全員が乗り込んでから間もなく運転席のドアが開いて、ジャケットを着た父さんが乗り込んでくる。乗って直ぐにシートベルトを締めて、後ろを向く。

「井上さん。狭苦しいでしょうけど、暫く我慢願いますね。」
「どうぞお気遣いなく。どうぞよろしくお願いいたします。」

 晶子が一礼するのを見て、父さんは至極満足そうな表情で前に向き直り、エンジンをかける。暖房の音とエンジン音が同時に異なるシーケンスを奏でる。
ライトが灯り、車がゆっくり動き出す。
 俺の家がある住宅街は新京市にある自宅と同じく、夜でも静かなところだ。自宅は近くにコンビニと夜遅くまで営業している本屋−共に晶子と顔を合わせた
初日の場所−があるから、立ち読みとかでそれなりに人の出入りがあって車の通りも多少あるが、俺の家にはコンビニも近くにないから余計に静かだ。
時間帯の関係でまだ人や車の行き来はあるが、10時を過ぎた頃には静まり返る。
 少し走っていくと車の往来が多い通りに出る。この道は俺が晶子と一緒に乗ってきたバス路線があるところでもある。父さんはスピードを上げていく。
カーラジオがトーク番組をやや控えめの音量で流す。普段父さんは割と大き目の音量で流すんだが、晶子が居るから騒々しくならないようにしているんだろうか。

「修之。兄さんと井上さんの家庭教師はどうだった?」
「凄く分かりやすかった。流石はかの有名な新京大の現役学生だな、って感じ。」
「運が良かったな。今日だけだからしっかり教えてもらっておけ。」
「勿論そうする。」

 運転席と助手席との間でさっきまでの状況に関する会話が展開される。
修之が手放しで称賛するのは去年帰省した時に冬休みの宿題を見てやった時にもあったが、今日はそれ以上のようだ。俺は理数系こそ得意だが、文系は新京大学の
入試にどうにか対応出来るという程度のレベルだ。もっとも、それで家庭教師や塾講師をする際には結構なポイントになるらしい。
 俺の説明の分かりやすさとかの教えるレベルは自分では何とも言えないから修之の感想に一任するしかないが、俺が修之の雑誌を捲りながら聞いていた
晶子の英語の教えるレベルはかなり高かったように思う。あれなら高校時代に理数系クラスで英語嫌いが続出することはなかっただろう。
 俺が通っていた高校は兎に角授業の進行が早くて、そのくせ教師の教えるレベルは大きな格差があった。「当たり」の教師の授業なら殆どの大学の入試に
対応出来るレベルに到達出来るが、「外れ」だともう最悪。教科書の棒読みと生徒の指名−前回の宿題やその授業での話−と宿題やテストの範囲を指定して
終わり、というそれこそ塾に通う方がずっとましという有様だった。
 運の悪いことに、俺が3年の時の理数系クラス担当の英語教師が「外れ」だった。理数系でも俺のように入試に英語が必要な生徒は居る。むしろ多いと言った方が良いか。
入試は理数系だから理数系科目のみ、文系だから文系科目のみ、と明確に色分け出来ない。俺のように理数系でセンター試験を全教科網羅して二次試験でも
英語が必要だったり、修之のように文系でもセンター試験で数学を要求する大学もある。
 志望校を決めるのは勿論最終的には自分だが、それまでの進路指導や親も交えた個人面談で、志望校の必要科目の成績が普段の授業や模試の成績と
かけ離れていると変更するよう勧められる。俺の場合も新京大学を志望していた時は変更を勧めるとまではいかなかったが、消極的な態度だった。
「それは合格者数とそれに比例する高校の偏差値基準でのレベルを高めたいためだ」とは耕次の弁。
 そんな状況で授業がチンプンカンプンでついて行くどころの話じゃなくなると、当然成績は低下する。そして進路指導や個人面談で志望校を変更するよう
勧められる、という流れが出来上がってしまう。そのおかげで英語が入試科目に入っている志望校を諦めざるを得なくなった人も結構居た。
 俺は幸いにもバンド仲間が居た。俺と勝平と渉は理数系、耕次と宏一は文系と一応色分けは出来たが、全員成績上位者として名が知られた存在。
俺のように「外れ」の教師が担当になっても相互補完することが出来た。それが全員第一志望校合格という公約の実現に繋がったわけだ。
 ちなみに俺は勿論、バンド仲間は全員塾に通ってなかった。通っていたらバンドの練習や揃ってライブを見に行ったり、学校に泊り込むなんてことは
まず出来ないだろう。だから塾のことは話でしか聞いたことがないが、やっぱりというか、塾でも講師に「当たり」「外れ」はあるらしい。そんな経験からしても、
勉強で行き詰った時に分かりやすく教えてくれる存在が居るのはやっぱりありがたいだろうと思う。

「井上さんの英語、凄く分かりやすくてさぁ。高校の先生と置き換えて欲しいくらいだよ。」
「そうか。」
「何て言うか、TVのCMとかの英会話教室に出てくる英語ペラペラな生徒って言うか、そんな感じでさ。」
「当たり前でしょ。井上さんは新京大学の英文学科の現役学生なんだから。」

 父さんと修之の会話に、母さんが割り込む。別に大学のレベルで英語が上手く話せるかどうかが決まるとは思えないんだが。
母さんは父さん以上に学歴にこだわるタイプだから、「レベルの高い大学の学生=優秀」という公式が直ぐ成立する。俺が新京大学に合格したのを近所に知らせて回り、
遠くの親戚や友人などに手当たり次第に電話をかけたのは母さんだという事実がある。

「井上さんが入試に必要だった科目は憶えてますか?」
「はい。センター試験は5教科8科目、二次試験は英語と現代文、世界史でした。」
「うわっ、センター試験だけで8科目もあったんですか。兄貴もそう言えばそうだったっけ。」
「ああ。二次試験の科目は違うけど、センター試験の必須科目は確か全学部全学科共通だったと思う。今もそうなんじゃないか?」
「どうりで、兄貴が置いていった問題集の数が多かったわけだ・・・。」
「あんたももう少し中学で勉強しておけば、兄さんと同じ高校で受験対策もしっかり出来たのに。」
「んなこと言ってもさぁ・・・。」
「まだ十分時間はありますし、お兄様から譲り受けたあの問題集を解けるようにしておけば大丈夫ですよ。」

 それぞれの不満が見えてきた母さんと修之の会話に、晶子が上手い具合に緩衝材を入れる。しかし、「お兄様」って・・・。そこまでかしこまらなくても良いと思うが、
そういう言葉遣いや姿勢が出来るレベルにまで達してるんだろうな。
 車はより交通量の多い幹線道路に出る。この道路を走っていくと麻布市の中心部に出る。これから行く桔梗邸は中心部より少し西側に離れた、
飲食店が軒を連ねる地域にある。チェーン店が多いから単独経営の店舗というのは目立つが、没個性だと結局客足が遠のく。開店閉店が特にめまぐるしい中にあって、
高級料理店としての地位と存在感を確立しているのが桔梗邸だ。
 父さんが脱サラして今の店を始めるにあたっては、中学時代からの友人でもある桔梗邸の主人から色々アドバイスを受けたそうだ。父さんが会社勤めをしていた
時代に「上客」をもてなす場所として必ずと言って良いほど桔梗邸を使ってきたことへの「恩返し」らしい。今でも何か重要なことがあると必ず桔梗邸に向かうのは、
友人として、そして同業者としての付き合いも兼ねてのことだろう。
 今まで桔梗邸に行った記憶の中で鮮明なのは3つ。俺の従兄弟の結婚が決まった時。俺が新京大学に合格した時。そして去年俺が帰省した時。今日で1つ追加される。
晶子の顔見世だけで終わるつもりだった今回の突然の帰省が齎した突然のもてなし。果たしてどうなることやら・・・。

 車が駐車場に入る。単独経営の店としてはかなり広い駐車場は大小も色も様々な車が何台も並んでいる。中央部の空間に入って車は止まる。
父さんがドアロックを外して、全員が外に出る。
 オレンジ色の照明が下からライトアップしている桔梗邸は、外観からして高級日本料理店だと感じさせる凛とした佇まいだ。広さを感じさせる建物は2階建てで、
一般の客は1階、宴会客や接待などの特別な客は2階と完全に区別されている。これまでの経験からして今日は2階席だろう。先頭の父さんが引き戸を開けて
−自動ドアでないところもこだわりだろう−中に入る。

「いらっしゃいませ。」
「安藤です。」
「あ、ようこそいらっしゃいました。店長から話は聞いております。お席にご案内しますので、どうぞこちらへ。」

 父さんが名乗ると、応対に出た若い店員が「上客」対応で俺達一行を2階に案内する。1階席は見た限りほぼ満員だ。普通だと1週間前に予約しないと
空きがないというのも納得がいく。
幾つもの「いらっしゃいませ」の声に迎えられつつ、階段を上って2階に着く。広めの廊下に障子の引き戸が幾つか面していて、段差の部分に靴が並べられている。
各部屋には旅館やホテルの宴会場のように「椿」とか「松」とか名前が付けられている。これだけでも高級感を感じさせる。
 俺達一行が案内された部屋は「桜」。6人用の部屋で中央に鎮座する机は重厚感があるもので、床の間もしっかりある。廊下に近い方から父さんと母さん、
その向かいに修之、俺、晶子という形で座る。

「店長が参りますので、暫くお待ちください。」

 メニューを置いた案内役の店員が退室する。
父さんと俺がメニューを広げる。見た目にも豪華な夕食メニューもあるし、一品料理もある。どれも品数豊富で、写真があるものは見るだけでも結構楽しめる。

「井上さんは、何か食べられないものとかありますか?」
「いえ。大丈夫です。」
「そうですか。じゃあ安心して注文出来ますね。」

 父さんは晶子に確認してから改めて楽しそうにメニューを選ぶ。
俺は焼き茄子が大嫌いだが、それ以外のものは問題なく食べられる。晶子も今まで知る限りでは、食べ物の好き嫌いを出したことがない。それは振舞う料理に
本来使われる食材が入っていないとかいう事例で大体分かるが、そういったことは見たことがない。

「まず、飲み物を決めておくか。俺と祐司は・・・ビールの中ジョッキで良いか。」
「良いよ。」
「井上さんは何にしますか?」
「同じくビールの中ジョッキをお願いします。」
「じゃあ、ビールの中ジョッキ3つと。母さんは?」
「えっと・・・。ウーロン茶で。」
「俺も同じ。」
「ウーロン茶を2つ、だな。」

 飲み物が決まった。その時、障子がゆっくり開く。割烹着姿の父さんと同じくらいの年代の男性。この人がこの店を取り仕切る店長であり、父さんの友人でもある。

「お邪魔いたします。本日はようこそ。」

 接客業、しかも店長らしい丁寧な挨拶の後、店長は中に入って障子を閉める。

「今日はどういった関係で?」
「上の息子の祐司が、新京市で付き合い始めた相手を連れてきたんで。あちらのお嬢さん。」

 父さんが店長に来店の理由でもある晶子に言及すると、隣に居た晶子が席を立って俺の後ろを通り、修之の右隣で正座する。

「お初にお目にかかります。私、井上晶子と申します。どうぞお見知りおきのほどを。」
「あ、これはこれはどうも。私、この店の店長でございます。本日はようこそおいでくださいました。」

 挨拶と自己紹介に続いての晶子の一礼に、店長は恐縮した様子で晶子と向き合って一礼する。
店長も座っているところから「はじめまして」と挨拶するくらいだと思っていただろうし、それで十分だと思っていたが、面と向かって挨拶されてかなり驚いている様子だ。

「こちらのお嬢さんが、祐司君の?」
「ああ。ようやく今日家に連れてきたんでな。」
「それにしてもまあ、随分しっかりしたお嬢さんで・・・。」
「恐縮です。」
「新京市ってことは、祐司君と同じ新京大学の学生さんですか?」
「はい。」
「祐司との結婚を想定しての付き合いなんだ。」
「あらま。そりゃまためでたい話で。」
「俺も今日初めて顔を合わせたんだが、予想以上にしっかりした娘(こ)でびっくりした。」
「立派な娘さんで良かったですよ、本当に。」
「そうだろうね。」

 店長も甚(いた)く納得の様子。父さんはもとより、母さんも手放しで喜んでいる。母さんがその日初対面の相手をこれほど持ち上げるのは、俺が憶えている限りでは
かつてなかったことだ。それだけ好感度が高いと言える。

「まず、飲み物頼む。ビール中ジョッキ3つとウーロン茶2つ。」
「はいよ。じゃ、順に運ばせるんで、メニューもその時くらいに。」

 店長は失礼しました、と言って静かに退室する。晶子は障子が閉まってから俺の左隣に戻る。正面に居る父さんと母さんが感心しきっている様子なのが良く分かる。

「去年の電話からでもしっかりした娘さんだな、とは思ってたんですけど、実家はその地方で有名な方なんですか?」
「いえ、ごく一般的な勤労世帯です。」
「ほう・・・。さぞかし立派なご両親なんでしょうな。」
「そう、かと思います。」

 これまで明快だった晶子の口調が鈍る。晶子は両親と半ば絶縁状態にある。その両親を褒められても嬉しいどころか、傷口に塩を塗りこまれるような気分だろう。

「父さん。先にメニューを決めよう。飲み物は直ぐ来るだろうし。」
「そうだな。さて、どれにするか。」

 俺の拙いやり方に、どうにか父さんが乗ってくれた。内心ほっと溜息。机に広げたメニューを見る。決めるのは父さんだし、焼き茄子さえ入ってなければ
極端な話、俺は何でも良い。

「今日はこれ、『桔梗』にするか。」
「あ、良いんじゃない?」

 父さんが提示した「桔梗」は夕食のコースメニューの1つで、店の名前とも重なる。季節になると1階の座敷席から見える日本庭園に、桔梗の花が咲くそうだ。
それもこの店の呼び物の1つとなっているらしい。メニューの内容は豪華絢爛そのもの。夕食のコースメニューの中では最上級のもので、1人分で8000円もする。
今日は5人だから・・・4万円、か。

「あ、凄んげぇ美味そう。」
「一番高いやつじゃない?これって。」
「構わん、構わん。修之の合格前祝いと、井上さんの歓迎を兼ねてのことだからな。」
「父さん、何気にプレッシャー・・・。」

 受験の激励じゃなくて合格の前祝いと、合格を前提にされて修之は萎えた様子を見せる。
俺の時は新京大学が五分五分だったこともあってか父さんも母さんも静観していたが−その分合格後に弾けたと言える−、修之の場合は俺が先に受験した
2校全ての合格を決めたっていう実績があるから、修之もそれを踏襲して当然、と踏んでいるようだ。修之にはプレッシャーでしかないだろう。
 1年の頃から宿題やテストで受験に鍛えられてきた俺はまだしも、3年になって大学受験に急転換した修之には厳しい状況だということには変わりない。
センター試験まであと2週間程度。俺より受験科目が少ないから、というのは合格を前提とする理由にはならない。修之がプレッシャーに押し潰されなきゃ良いけどな・・・。

「じゃ、追加で食いたいものがあったら後で注文することにするか。」

 メニューは「桔梗」に決まった。晶子は何も言わない。何かを言える立場じゃないと思ってるんだろう。
今まで知る限りでは食べ物の好き嫌いはないが、今日が初対面の俺の両親を目の前にしての高級料理の食事というのは、緊張で味わうどころじゃないだろう。
晶子には気の毒なことになってしまったな・・・。
 ちらっと晶子を見る。緊張で固まっているかと思ったら、横顔を見る限りでは普段と変わらない。父さんと母さんに今日最初に挨拶した時や、
荷物を持って2階に上がるまでの間話をしていた時には緊張の色が浮かんでいるのが俺でも分かったが、今はそれが感じられない。順応性が良いと言うか
即応性が高いと言うか、何れにせよ、晶子が人見知りをするタイプでなくて良かった。人見知りをしていたら喫茶店のバイトはなかなか出来ないと思うが。
 障子が少し開いて、失礼します、と挨拶の後、若い店員が両手に飲み物を持って入ってくる。父さんの指示を受けて、店員は飲み物を配置していく。
晶子にビールのジョッキを渡すよう指示された時、一瞬驚いた様子を見せる。まあ、晶子がビールのジョッキを傾ける様子はちょっとイメージし難いだろうな。
俺は別に違和感とかは感じないが。
 付け出しにしては随分立派な、ブリのあらと大根の煮物の鉢も配られ、父さんからメニューを聞いた店員が退室したところで、父さんがビールのジョッキを手に取る。
乾杯の前準備だ。俺と修之、母さんがそれぞれのグラス−修之は未成年だし、母さんは帰路の運転があるから当然飲まない−を持ち、少し遅れて晶子がジョッキを持つ。

「じゃ、修之の合格前祝いと、井上さんの歓迎を併せて、乾杯。」
「「「「乾杯。」」」」

 机の中央で5つのジョッキとグラスが軽くぶつかり、残響の殆どない軽やかな音を立てる。乾杯の後は手にした飲み物を一口。ビールは旅行先でも何度か飲んだが、
場所が違うと味もそれに応じて違ってくるように感じる。状況も俺にとってはめでたいこと一色じゃないから、それも影響してるんだろう。

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