雨上がりの午後

Chapter 183 祈願からの帰還と寛ぎのひと時

written by Moonstone


 朝日が十分行き渡った町並みの中を歩いて宿に戻る。
闇から解放された町は、確かに動き始めている。閉じられていた店も開けられ、ちらほらではあるが人の行きかう様子が展開されている。

「朝日が昇るのを見るのは今日が初めてだけど、行きは夜そのもので人の気配が全くなかったのが嘘みたいだな。」
「夜明けに伴う変化は、特に冬が顕著なんですよ。枕草子にもありますけど、夜明けと共に町や人の時間が動き始める様子がよく分かるんです。」
「あ、そうか。晶子は普段から朝早く起きてるから、日が昇るのが遅いこの時期だと朝日を見ることもあるんだよな。」
「ええ。私は朝ご飯は文字どおりご飯にする方ですから、その分早く起きないといけないんですよ。勿論前夜に研いでおきますけど、炊くのに30分くらいは
かかりますから。」
「俺は、晶子が朝飯を作ってくれる火曜以外はパンだし、月曜から金曜まで同じ時間に起きるようになったって言っても晶子よりはずっと遅いから、
朝日の様子とかそれに関係することとかは全く無縁なんだよな。そういう意味からしても、今日見た朝日は新鮮だった。」
「祐司さんは実験で疲れてますから、火曜の朝に私が起きるのと同時に起こすのは気が引けますし・・・。」

 晶子は月曜の夜に俺の家に泊まって、月曜の夕飯と翌日火曜の朝飯を作ってくれる。
朝があまり強くない俺でも、火曜は晶子が必ず先に起きているから寝過ごして慌てることはない。
・・・晶子もそれなりに疲れてると思うんだけどな。終わった後は大抵ぐったりしてるし。・・・この件に関して考えるのは止めておこう。

「向こうに戻ったら、家で朝日を見たいな。2人で。」
「今度、起こしますね。」
「起きるように努力はするけど、頼むよ。」
「はい。」

 一昨年の俺の誕生日以来、俺が晶子と朝を迎えた回数はそれなりにある。去年の後半から頻度が増して来ている。
晶子が俺の家に泊まりに来るのもあるし、俺も晶子からの明示なり暗示なりのOKサインを受けて、今までは多忙の流れに放り投げて誤魔化すか
晶子を抱いた時の様子を思い浮かべて処理していたものを晶子に率直に向けるのもある。
 晶子は俺が自分を抱きやすいようにと俺の家に泊まりに来るんだろう。
去年の夏の終わりに「別れずの展望台」へ行った日に激しい夜を過ごした翌朝、晶子が言っていたように、晶子の家が女性専用マンションということで
無意識のうちに気兼ねしている部分は、確かにあるように思う。
 何度抱いても晶子の温もりや肌の滑らかさ、抱く時の幸福感や心地良さといったものは変わらない。むしろ抱く度にそれが色濃くなっている。
それは勿論良いことだろう。だけど、それだけじゃいけない。抱いて抱かれてだけの関係じゃ性産業の客と従業員の関係と変わらない。
晶子をより詳しく知った分の責任がある。
 晶子は俺の職業が何であろうと、収入がどうであろうと気にしないと言う。ライフスタイルも俺と晶子で相談して決めれば良いと言う。
そう言ってくれるのが嬉しいのは言うまでもない。だが、それに甘えてばかりじゃ駄目だ。
本屋のファッション雑誌とかの特集なんかには遠くても、ささやかでも良いから幸せな生活を共に構築していく。それが夫婦だと俺は思う。
 俺がプレゼントして今年で2年になる、1組の指輪。晶子はそこに大きな幸福の予約を込めている。その予約の相手である俺は、それを反故にする気は毛頭ない。
縁起物を3度も経験したことをこれからに反映させよう。今のように、晶子と2人手を取り合って・・・。

 太陽の温もりで先端を丸くした冷気を感じつつ、俺と晶子は宿に戻る。町はゆっくりだが確かに動き始めている。
往路も復路も全く同じ道を歩いていて、あえて違うことと言えば向かう方向が逆ということくらいだが、開いている店や行き交う人々を見ると、
本当に同じ町なのかと一瞬疑ってしまう。
 途中で携帯で時間を見たら、7:30を過ぎたところだった。「黄金の丘」から宿まで結構距離があるのもあるし、日が昇ってからも長く丘の上に居たのもある。
俺と晶子以外に誰も居なかったし来なかったし、すれ違いもしなかったのは意外だが、地元の人も話をしないと教えないんだろうか?
あの石碑が年季を感じさせるものだったことを考えると、そう考えて良いのかもしれない。
 宿に戻ってカウンターに懐中電灯を返し、代わりに財布と部屋の鍵を受け取る。ロビーには年配層の客がかなり居る。

「ありがとうございました。」
「いいえ。『黄金の丘』でも行ってらしたんですか?」
「あ、はい。」

 俺は反射的に答えてしまう。まあ、話しても困るようなものじゃないから良いか。
明らかに他の客より見た目若い俺と晶子が未明から出かけるとなると、「黄金の丘」を連想したんだろう。地元の人だから。

「今日はええ天気言うてましたで、お日さんも綺麗やったんと違いますか?」
「はい。凄く綺麗でした。朝日が昇るのを見るのは初めてなのもあって・・・。」
「そりゃあ良かったですなぁ。あそこで朝日を浴びたんですから、ずっと仲良う出来ますよ。」
「そう思ってます。」

 思いがけない祝福を受けて気分が更に良くなる。
カウンターの小母さんにもう一度礼を言ってから−懐中電灯を直接借りてないのもある−食堂へ向かう。耕次達がもう既に居るかもしれないから、
居たら同席して朝飯を食うつもりだ。
 食堂は混雑のピーク真っ只中若しくはそれに向かう上り坂の途中らしく、かなり混み合っている。食堂は広いから、その中から特定の人物数人を
探すのはちょっと難しい。入り口付近に立っていると他の客の邪魔になるから、中に入って辺りを見回す。

「・・・まだ来てないようだな。」
「ええ。他のお客さんに紛れて見えない可能性もありますけど、ずっと見回してみても皆さんはまだいらっしゃらないようですね。」

 耕次達が居ないから空いている席を探す。
団体客が多いのもあって机は最小でも4人分、多いものだと10人分はあるが、何処もかしこも多少の歯抜けはあるが人で埋まっている。
混雑のピークが過ぎる8:00過ぎに出直した方が賢明な様だ。

「ひとまず戻るか。耕次達もまだ寝てるかもしれないし。」
「そうですね。」

 俺と晶子は食堂を出て、階段を上って2階に向かう。
此処も今朝起きたときとは全然違って、浴衣の上に羽織ものを羽織った他の客が結構居る。
ざっと見たところ年配層ばかりなのは何故だろう?連日のスキー疲れで起きる時間が遅くなっているんだろうか?
 耕次達も俺と晶子の部屋の前や、自分達の部屋の前には居ない。まだ寝ていると考えて良さそうだ。
俺はドアの鍵を外して晶子と共に部屋の中に入る。部屋の暖房はつけたままだから−チェックアウト時だけ切れるようになっている−外との温度差で震える必要はない。
俺と晶子はコートを脱いで机の前に向かい合って座る。晶子が直ぐ茶を入れてくれる。

「穏やかな朝だったな。」
「ええ。今まで雪が降らなかった時間帯とかを探す方が難しかったですし、昨日の居酒屋さんで教えてもらった天気予報を疑うつもりはありませんけど、
雪や雨がよく降る地域だと天気の変動が激しいですから、見られるまでちょっと不安だったんです。けど・・・、綺麗な朝日を祐司さんと一緒に見られて良かったです。」
「あんな縁起の良い場所なんだから、俺と晶子以外にもカップルが多く居ると思ってたんだけど、最初から最後まで俺と晶子の2人だけだったのもちょっと意外だな。」
「話はスキー場とかで聞いていて、初日の出を見るのと兼ねていたのかもしれないですね。元旦も雪が降ってなかったですから、今日みたいに朝日全部を
綺麗に見られたかどうかは分かりませんけど、日の出そのものは見られて、その見物を兼ねていたんじゃないか、と。」
「ああ、なるほど。」

 元旦にはスキー場でイベントが開かれていたが、その前にカウントダウンイベントが実施されていた。
カウントダウンイベントに参加した人も居るだろうし、賑やかなものより静かなところが好きなカップルなら、カウントダウンイベントで年越しを迎えるより、
「黄金の丘」で初日の出を見るついでにご利益どおり朝日を浴びる方向に向かうだろう。
 「黄金の丘」の話の普及度がどの程度なのか、少し気になる。
月峰神社は有名で大きな神社だし、一昨年晶子と初詣に行った時も凄い人出だった。潤子さんも縁結びで有名だと言っていたし、それにあやかろうとする
カップルは多い筈だ。
去年の夏に晶子と行った「別れずの展望台」も有名な場所らしい。月峰神社のようにある意味公的なものではないにしても、移動手段として車を持っている
カップルなら行こうと思う場所だろう。
 だが、「黄金の丘」はどうも普及度が低いように思う。俺と晶子が知ったのも昨夜外に出て、偶然立ち寄った居酒屋の板前さんに教えてもらったからだ。
それに、天気予報で晴れという、雪が多い地域では尚更貴重な日の朝なのに、「黄金の丘」には結局俺と晶子以外誰も居なかったし、来なかった。
昨夜宏一がスキー場でナンパした女が偶然地元出身で話を聞いたというが、「この町の人から聞いて知る」というローカル色が強い。どうしてだろう。
 ・・・ま、真剣に突き詰めるほどのものでもないか。
知らなければいけないわけでもないし、そこで朝日を浴びたら必ず一生添い遂げられるという確証が得られるわけでもない。あくまでジンクスの範囲だ。
それに、「黄金の丘」を教えてくれた板前さんの話では、あの丘は神聖なものだからということで開発対象から外されたという。
神聖なものと所謂「祟り」とは時々表裏一体の関係になる。「神聖なものを汚したから祟られる」って具合に。だからあまり知られることがないんだろう。
 ・・・何だか眠いな・・・。元々朝が弱い俺には珍しいどころか異例の早起きをしたのもあるだろうが、外に居た時は少しも眠くなかったのに・・・。
部屋の暖房のせいかな。暖かいと眠くなりやすいし。

「眠そうですね。」
「分かるか?」
「勿論ですよ。・・・何度も一緒に朝を迎えてるんですから。」
「俺は晶子に寝顔を見られる方が圧倒的に多いからな。」
「軽く横になります?」
「軽くって・・・?」

 晶子は立ち上がり、俺の左隣に普段より少し距離を開けて座る。と思ったら俺の頭に手をかけて自分の方に引き寄せる。俺はその流れに任せて横になる。
この体勢って・・・膝枕だよな?

「横になって目を閉じているだけでも、結構違いますよ。」
「・・・良いのか?」
「嫌だったら最初からしませんよ。」

 微笑む晶子を見る角度を、ゆっくり横から上に変える。その影響で捻った腰を戻して、曲げていた膝を伸ばす。
改めて見ると、浴衣の張りの向こうに晶子の顔が見える。優しく微笑む晶子を見ながら、身体の力を抜く。
 何だか・・・今でも不思議と実感がはっきりしない。どうしてだろう?・・・あ。晶子に膝枕されるのって、これが初めてだからだろう。
付き合い始めて2年を超えた。何度も抱いては喘ぐ様子や動く様子を見た。だけど、どういうわけかこのステップは今まで踏み忘れていた。
恋愛の進め方にこうしなければならないっていうステップが定められてるわけじゃないが、手を繋いだり肩を抱いたりはしたのに膝枕はされてないなんて、
ちょっと不思議な気がする。

「初めて・・・ですよね。こうするのって。」
「そうだよな・・・。今更気がついた。」

 晶子の口ぶりからも、晶子自身今回が初めての膝枕だと気づいたらしい。その証拠に、微笑みに照れくささが含まれている。

「祐司さん、今まで眠い時はそのとおりに寝るっていう形だったから、こういうのはもしかして嫌いなのかな、って思ってたんです。」
「否、嫌いじゃない。むしろ・・・嬉しい。」
「食事もそうですけど、遠慮する必要なんてないんですよ。こういうことなら両方床に座っている時なら何時でも出来るんですから・・・。」

 晶子が俺の頬をそっと撫でることで心地良さが増す。だけど、目を閉じるのは勿体無く思う。
目を閉じれば楽なんだろうけど、そうするとこの角度から晶子を見られなくなってしまうからな・・・。

「目、閉じないんですか?それだけでも結構違いますよ。」
「何だか勿体無い気がするから、このままで良い。」
「勿体無いって・・・。こういう時なら何時でもしますよ。」
「家と此処とじゃ、違うからな。」

 俺の家は結構ものが多いから、ベッド以外で横になれる余地があまりない。晶子の家はいたってシンプルだから横になれる余裕はある。
だが、此処に居るこの時間は今しか味わえない、向こうに戻れば普段の生活の一部に組み込まれることになる。
こういった時間が増えるのは良いが、日常から離れた今、こうしている時間を味わいたい。

「・・・そうですね。家だと浴衣は着ませんし、大学やバイトとの距離は此処と新京市では全然違いますよね。日常と非日常の違いを感じられる今を・・・、
大切にしないといけませんね。」
「膝枕を続ける口実に聞こえるかもしれないけど。」
「それでも良いですよ。私自身、祐司さんからしないのかな、って思ってましたし。」
「やっぱり照れくさいし、それに・・・足、痺れないか?」
「正座は慣れてますから大丈夫ですよ。それに、そんなに重くないですし。」
「でも、正座はあんまり長時間するもんじゃないからな。血行が悪くなるし、晶子が身動き出来なくなるのが一番大きい。」
「その時は祐司さんの手を借りて立ちますから。」
「そのくらいはするよ。」

 仰向けで晶子を見上げながらの会話が続く。直角に近いこの角度で晶子の顔を見上げるのは結構新鮮だ。
胸の張りでちょっと隠れているが、浴衣の生地を通して感じる晶子の太股の弾力は、枕には丁度良い。変な表現だが癖になりそうだ。
向こうに戻ったら、機会を見て晶子に膝枕を頼みそうな気がする。
 晶子のことだから、断ることはまずないだろう。だけど、俺の希望を一方的に押し付けるような感は否めない。晶子のOKを確認してから、というのが大前提だ。
これは膝枕に限ったことじゃない。万年発情期の男と特有の事情を抱えている女とでは根本的に違う部分があるからな。
その違いを無視して男が一方的に自分の欲求を押し付けるとひずみが生じて、それが蓄積されていくと破局が待っている。それだけは絶対ご免だ。
 相手を大切にすることは恋愛で最も重要なこと。交際期間が長くなると、関係が深まるほど、そのことに甘んじて相手の心情を軽んじてしまいがちだ。
親しき仲にも礼儀あり、というが、それは恋愛でも同じだと思う。相手なくして恋愛は成立し得ないんだから。

「本当に、遠慮は要らないんですからね。」

 晶子が俺の頬に右手を当てて、囁くように言う。

「大通りの真ん中とか電車の中とか、そういう場所では見たくない人も居るでしょうから手を繋ぐか腕を組む程度に留めるべきでしょうけど、
こういう2人きりの場所で余程手が離せないような時でもない限りは、構わないんですよ。」
「・・・。」
「祐司さん、何事にもかなり慎重ですよね。勿論それは大切なことですし、私は祐司さんのそういうところも好きです。けど・・・。2人きりの場所でゆったり寛げる
時間だったら、変な表現になりますけど、私にもっと触れてほしいなって思うんです。・・・宮城さんとのことで、相手に触れることにどうしても慎重になってしまうんだと
思いますけど、もう、祐司さんの相手は私なんですからね。」
「・・・分かってるつもりなんだけどな。」

 俺は左手を、俺の頬に触れている晶子の右手に重ねる。滑らかな肌触りを感じて軽く握ってみる。
ふわりとした弾力を感じる。バイトの帰りで何時も感じて馴染んでいる筈の弾力を意識する。
 晶子の言うとおりだろう。俺は宮城との別れで、それまでのどんな触れ合いも一瞬でご破算になってしまうことを知った。
苦い経験は晶子と出逢い、晶子と新たな絆を得て、晶子を抱いてからも尚無意識のレベルで沈殿し続け、別れることになったらこの経験はなかったことになる、と
考えてしまうようになってしまっているんだと思う。
 勿論、俺は晶子と別れるつもりは毛頭ない。逆にもっと距離を詰める気構えをする段階にある。
少なくともそうだと公言してるし、事実もかなりの部分で実現されている。だから晶子としては尚更、何を遠慮しているんだろう、と不思議に思うんだろう。
 晶子が女特有の事情の時に晶子が俺の家に泊まる場合、最近ただ密着して寝るだけで終わることはなくなった。
指先でなぞり、唇や舌を這わせることをし合うようになった。俺が晶子の中に入り、晶子の中で想いを解き放たないよう注意しつつ動くこともする。
なのに昼間は手も繋ぐのも憚るほど妙に遠慮がちになるのはどうしてか、と思うんだろう。

「男ってのは、こういうところで臆病になったりするんだよ。俺みたいにふられた比率の方が圧倒的に高いと特に。今度も前と同じことをしたら、
また前と同じことの繰り返しになるんじゃないか、って。恋愛では男の方が臆病で未練がましいところがあるんだよ。」
「・・・。」
「勿論前の彼女との付き合いは、晶子も知ってるとおり一昨年の夏にきっちり清算したし、俺自身前の彼女とよりを戻そうなんて意識はさらさらない。
相手から言われてもきっぱり拒否する。そもそも俺に二股かける甲斐性なんてないしな。だけど・・・、何となく前の経験が否定的な形で浮かんで来るんだ。
また前の繰り返しになるんじゃないか、って。古傷を絶えず意識してる、って言えば良いのかな・・・。そんなもんなんだよ。だけど、これだけは言える。」

 俺は晶子の右手を痛くない程度にしっかり握り、晶子を改めて見つめる。

「俺は晶子を愛してる。だから、今の絆を壊すことにならないように慎重になってるだけなんだ。余所余所しくして少しずつ距離を開けようとか、
そんなことはこれっぽっちも考えてない。それだけは・・・分かってほしい。」
「分かってます。私は祐司さんがそんなことをするような人じゃないって確信しています。でも、こういう2人きりの時には、もう少し態度に出してくださいね。
そうしないと女は不安になるんですよ。」

 古傷に怯えて慎重を通り越して臆病になっている俺。古傷を乗り越えて新しい絆を積極的に味わう晶子。
互いを想う気持ちは同じなのに、行動は両極端と言えるほど違う。相手あっての恋愛というのを改めて実感する。
 以心伝心というが、思っているだけじゃ通じないものは確かにある。言葉にしないと、態度で示さないと伝わらないことはある。
信じるのは言うまでもなく大切なことだ。それがないことには恋愛どころかあらゆる人間関係が成立し得ない。
でも、信じるためにはそれなりのものが必要なのもまた事実だ。
俺の場合は、晶子が必要以上に他の男と付き合いを持ったりしないことで、晶子の場合は、俺が2人きりの時に愛情を態度や行動で示すこと。
これも言葉で伝えないと分からない。
分からないことが積み重なると信じる気持ちが根底から揺らぎ始める。分からないことは疑うことに近いからだ。

「膝枕は晶子が動けなくなるから・・・、あ、膝枕だけじゃないか。動けなくなるのは。手を繋いでいてもキスをしても、動きながら出来るもんじゃないし。」
「そうですよ。言葉にする以外の愛情表現は、何かしらの形で相手の動きを止めるものなんです。だから・・・、遠慮しないでほしいんです。」
「じゃあまず・・・、面子が様子を見に来るまでこうさせてもらうかな。良い感触だし。」
「ええ、どうぞ。」

 俺は晶子の左手を軽く握ったまま、一度小さく息を吸い込んで吐き、今の心地良さに浸る。晶子の膝枕は適度な弾力があって、頭を乗せていて違和感は全く感じない。
これから2人きりで居る時にはこういうことが自由に出来るのか・・・。照れくさいのは否定しないが、嬉しさや幸せといったものがそれを上回る。
ちょっと面子とかにも見せてみたい、というある種の優越感も芽生える。
 外の衆人環視の元では手を繋ぐが腕を組むのが限度だろう。
通学の電車の社内で互いの腰に手を回して密着しているカップルを偶に目にするが、そういうのを目障りに思う客も居るだろうから、文字どおりの触れ合いは
手を繋ぐか腕を組むくらいに留めておくのが無難だ。
 2人きりになった時、俺の家と晶子の家がその場所となり得るが、そこでは誰にも見張られていないし、大音量でCDやギターを鳴らすとか
大勢で騒ぐといったことはしないから、晶子が望むようなこういう膝枕やキスといったことにもっと積極的になってみよう。
最初は照れくささが先行するだろうが、愛情は言葉だけじゃなくて態度で示すことが必要だ。晶子もそれを望んでいるとはっきり分かったから尚更だ。
 カップルの仲の良さは2つの基準であると思う。
1つは手を繋いだり今のように膝枕をしたりといった、第三者が見ても不快感をあまり与えないスキンシップと言える行動で示される。
もう1つは闇の中、ベッドの上で2人で繰り広げる愛の営み。
最近は晶子が週1回の割合で俺の家に泊まりに来るようになり、晶子が女特有の事情で俺の愛を身体の中で受けられなくても、それに至るまでの行為を求めるから、
俺はそれに応じて晶子の身体を堪能するようになっている。
頭で思い描くそれとは全く違うリアルな感触の数々と、俺の目の前で晶子が悩ましく喘ぎ、俺の動きに合わせて豊満な胸が揺れ、全身がしっとりと汗ばんでくる様を
見ていると、晶子の身体の中で想いを迸らせないようにするのはかなり難しい。
 総括すると昼と夜、もっと突き詰めれば他人が見ているか2人きりかで、触れ合いの度合いや種類を切り替える必要があるということだ。
俺も破局で終焉したとは言えそれなりの経験はしているつもりなんだが、高校生という制約が思い切った切り替えを許さず、「街で見かける仲の良いカップル」の域を
脱せなかったように思う。
それはそれで仕方ない。大切なことは今の晶子との関係だ。晶子が望んでいながら俺が臆病なばかりに、ある意味欲求不満にさせていたんだから、
これからは積極的にいこう。勿論、時と場合を考えて。

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