雨上がりの午後

Chapter 93 判明する背景、再生する絆

written by Moonstone


 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。
音域の高い規則的な音が深淵から聞こえて来る。
ゆっくりを目を開けると、目に映るのは見慣れた濃い藍色一色の天井。
目覚ましの音量が増してくる。何時も異常に耳障りに聞こえてならない。
俺は布団から手を出して目覚し時計のスイッチを押して音を切り、背面のスイッチを操作して音が鳴らないようにしてから、身体を起こす。
 まだ眠気は残っているが、寝る前よりかなり楽になった。やっぱり寝て正解だったようだ。
背中が寒い。暖房を入れなかったから部屋は外の冷気と歩調を合わせて冷えている。
こういう時は保温するのが親切というものだろうに・・・。って、部屋に文句たれても始まらないか。
 俺はベッドから出て眠気覚ましに流しで顔を洗い、タオルで水気を拭き取ってから椅子の背凭れに被さっていたコートを羽織り、鏡の前に立って
髪の乱れを整えてから、鍵を持って家を出る。
外の冷気が一層鋭さを増して頬を首筋に絡みつく。マフラーは・・・捨てたんだったな。
俺はコートの襟を立てる。これで多少はましになった。マフラーはまた新しいのを買うか・・・。それくらいの金はあるからな。
 ドアに鍵をかけてすっかり暗くなった通りに出てバイト先へ向かう。あの女は・・・来てるんだろうか?先に行ってる。そうに違いない。
そして俺が店に入るなり、言い訳を始めるんだろう。
天秤の傾きが変わった言い訳なんざ聞きたくない。傾きが代わったっていう事実だけでもう沢山だ。

 今日からもうあの女の家に行くことはない。歌は一人で練習できるだろうし、予定していたコーラスは潤子さんに代役を頼むから行く必要はない。
家に帰って暖房が効くまでの間、インスタントコーヒーで身体を温めることに戻ると思うと、むしろせいせいする。
誰にも気兼ねすることなく、自分のことだけ考えてりゃ良いんだから。
 丘の上に立つ白い建物が見えてくる。窓から飛び出す灯りが何故か温かく感じる。
気の良いマスターと優しい潤子さんの下でバイトに励む毎日が今日から始まる。
それ以外は何も考えなくて良い。考える必要もない。
この耳で密談を確かに聞いた以上、それに関する言い訳に聞く耳持つ必要なんてない。
そんな暇があるなら、潤子さん手製の夕食を味わうことを楽しんだ方がずっと良い。
 ドアを開けると、熊さんマスターの髭面と・・・こっちを振り向いたあの女が目に入って来る。
カランカラン、というカウベルの音がこれからの嵐を告げているように聞こえる。
・・・聞くことなんてない。聞く必要なんてない。俺はバイトをしに来たんであって、わかりきったことを改めて聞きに来たんじゃない。

「こんばんは。」
「話をすれば何とやら、だな。こんばんは、祐司君。」
「こんばんは、祐司さ・・・」
「誰が名前で呼んで良いって言った?」

 俺が睨みながら言うと、女は口篭もって俯く。マスターは無言だ。
俺はコートを脱いで、女と一つ挟んだ席に腰を下ろす。
座り慣れた位置から一つ右にずれたから違和感があるが、直ぐに慣れるだろう。
このバイトだって、最初は注文を取るのもおぼつかなかったのが一月もしたらさらさらとメモ出来るようになったんだから。

「潤子さんは?」
「今、オーダーを取りに行ってる。もう直ぐ戻って・・・と思ったら、来たぞ。」

 俺が客席の方を向くと、エプロン姿の潤子さんが駆け寄って来る。その表情に笑顔はなく、深刻ささえ浮かんでいる。
どうせあの女が自分が被害者みたいな顔してあれこれ言ったのを聞いたんだろう。
こういう時、決まって男の方が加害者にされるんだから始末が悪い。

「こんばんは。」
「こんばんは、祐司君。・・・ちょっと待っててね。」
「ええ。構いませんよ。」

 潤子さんはカウンターの内側に入ると、マスターに伝票を見せて、自分は料理に取り掛かる。先に注文の品を作るつもりなんだろう。
マスターはコーヒースタンドのアルコールランプに火を灯す。この季節、ホットコーヒーの注文は多い。
生演奏が聞けるだけじゃなくて料理が上手いというのが、この店の繁盛の理由だからな。
 潤子さんはパスタを茹でるための大鍋に湯を入れてコンロにかけ、火を点けると今度はレタスを千切ったりキャベツや胡瓜を切ったりする。
どうやらスパゲッティの注文が入ったらしい。手際が良く、そして機敏な潤子さんの料理の様子を見ているだけでも飽きない。
 サラダが二人分出来たところで、マスターは冷蔵庫からハンバーグの形に整えられた挽き肉やサラダが入った器、ポタージュスープが入っている容器を取り出し、
コンロにフライパンをかけて挽き肉を乗せる。
付け合わせの人参とジャガイモも−先に下茹でしてある筈だ−そのフライパンに入れ、二枚の皿にブロッコリーを−これも下茹してある筈だ−乗せる。
そしてポタージュスープを二つのカップに注いでラップを被せて電子レンジに入れたところで、俺の方を向く。
その表情は真剣というか、深刻というか、どっちにせよ決して安心出来るタイプのものじゃない。

「祐司君。晶子ちゃんから話を聞いたんだけど・・・喧嘩したんだって?」
「喧嘩じゃありません。終わっただけです。横の女が俺から別の男に乗り換えただけです。単位とゼミの優先加入をセットで。」
「それって違うわよ。」

 潤子さんはきっぱりと言う。晶子の言うことを真に受けているようだ。
こういうことは先に言った方と女の方に分があるからな。無理もない。
だが、真実は覆しようがない。俺はこの耳で話を聞き、この目で現場を見たんだから。

「何が違うんですか?俺とセット付きの別の男を天秤にかけてたのを、この目と耳で押さえたんですから。生の現場をですよ?」
「祐司君、完全に誤解してるわよ。」
「してません。さっきも言ったとおり、俺はこの目と耳で現場を押さえたんです。何ならその現場を再現してみましょうか?今でもしっかり覚えてますから。
俺としては忘れたいんですけど心が忘れさせてくれないんですよね。まったく良い迷惑ですよ。」
「・・・聞く耳持たないってことね?」
「聞く耳持たないも何も、俺はこの目と耳で確認した事実を踏まえて言ってるんです。事実は覆しようがありません。何をどうしても。そうでしょう?」
「・・・事実なら、ね・・・。」

 潤子さんは溜息を吐いてハンバーグをひっくり返し、人参とジャガイモをフライパンの中で掻き混ぜる。香ばしい臭いが立ち込めてくる。

「『君は彼氏と別れて、僕と付き合ってもらう。僕の担当の講義の単位とゼミへの優先加入もセットでだ。』『こんな条件は滅多にないことだよ。
これは君を見初めたからこその話なんだ。僕としても真剣に君と付き合いたい。勿論、普段はこういうところで話をするような秘めた関係になるけどね。』
その男は、教官なんですけどね、そう言いました。それに対して横の女は一度もNOと言いませんでした。『君だって彼氏に黙って考えてたんだろ?』って
詰め寄られたら『それはそうですが』って躊躇うような素振りを見せて、『それだけ君の気持ちは揺れてるってことだ。』って言われたら何も言えない。
そしてさっきの口説き文句を暢気に聞いていた・・・。まだ再現する必要がありますか?」
「その必要はないわ。それは晶子ちゃんからも聞いたから。」
「だったら誤解もへったくれもないでしょうに。」
「その会話の背景まで踏み込んだの?」

 会話の背景?潤子さんも妙なことを言う。俺と田畑を天秤に掛けてた以外にどういう背景があるっていうんだ?

「背景も何も、俺と教官を天秤に掛けてた以外に何があるっていうんですか?」
「・・・違うのよ、祐司君。」
「何も違いません。潤子さんも俺がさっき再現した現場の状況を聞いたんでしょう?それが事実なんです。事実は覆しようがありません。そうじゃないんですか?」
「・・・ここまで頑なになっちゃうなんてね・・・。」

 潤子さんはコンロの日を緩めてフライパンに落し蓋をする。
そして湯が煮立っている鍋にスパゲッティの束を入れて鍋の枠に沿うように分散させ、スパゲッティが柔らかくなっていくのに合わせて菜箸で軽く突付いて
スパゲッティ全体を湯の中に浸け込む。
 潤子さんは俺が頑なだと言う。さしずめ俺は、湯に入れられる前のスパゲッティか?柔らかくしたいんなら、それだけのものを示して貰わないと無理だ。
スパゲッティが湯で柔らかくなるように。
まあ、何を示されたところで事実は覆りやしない。言い訳はスパゲッティを柔らかくする湯にはなりえない。

「まあ、今回の晶子ちゃんの行動に問題があったのは間違いないけどね。」
「問題があったから終わったんです。約束を破ったんですから。」
「その約束も晶子ちゃんから聞いたけど、現場を見たら即終わりってのは、結論の急ぎ過ぎじゃない?」
「遅いくらいですよ。」
「傷つくなら傷が浅いうちに、ってこと?」
「ええ。何で騙されてることが分かっているのに、猿芝居に付き合わなきゃならないんですか?こんな馬鹿馬鹿しい話なんてそうそうないですよ。」
「・・・祐司君。」

 潤子さんは、悪さをした生徒を嗜める教師のような目で俺を見据えて言う。

「祐司君は、マスコミの報道が全て事実だと思う?」
「いいえ。でっち上げたり上っ面だけ報道することもままあります。」
「そうね。それはつまり、自分の目や耳で捉えた情報が表面上のものだけでその背景に何があるかまで突っ込んでいない。そして時には視聴率や部数稼ぎの
ために自ら偽るってことよね。決め付けや憶測で記事を書く・・・。」
「・・・それで何なんですか?」
「マスコミのそういうところは、今の祐司君にも当てはまるってことよ。」

 鋭利な日本刀で一刀両断するかのように潤子さんが言う。
「斬られた」俺は一瞬わけが分からなくなったが、直ぐに潤子さんの言いたいことを察する。俺が押さえた現場は上っ面に過ぎない、と言いたいんだろう。
 だが、女が俺に黙って俺と田畑を天秤に掛けていたのは−普通そんなこと公表しないか−事実だ。
女は田畑の口説きにNOと言わなかった。これも事実だ。
特に、餌をちらつかせての口説きにNOと言わなかったということは、上っ面もへったくれもない。
潤子さんは、それすらも上っ面を捉えただけ、と言いたいのか?

「単位とゼミの優先加入っていう餌をちらつかせての口説きに明確にNOと言わなかった事実が何で、上っ面だけ捉えたものになるんですか?!」
「じゃあ祐司君は、晶子ちゃんがNOと言わなかった理由を晶子ちゃんの口から聞いた?」

 潤子さんの問いかけに俺は答えられない。
確かに女がNOと言わなかった理由なんて聞いてない。
俺の目の前でNOと言わなかった事実。
それだけをもってして俺と田畑を天秤にかけて、傾きが決まったから天秤から取り出そうとしている、だったら取り出される前に自分から出てやる、と思って
マフラーと指輪を投げ捨ててその場から走り去ったんだ。
 俺が沈黙したのを見計らったかのように、潤子さんはコンロの火を消し、フライパンの落し蓋を取る。
そしてハンバーグと野菜を二つの皿に盛り付けて、電子レンジの加熱調理を始める。
加熱調理の間に二つのトレイにハンバーグと付け合せの野菜が乗った皿とサラダの入った器を乗せる。あとはポタージュスープの加熱調理完了を待つのみ、
というとこところか。
 そこまで準備を整えたところで、潤子さんが再び俺の方を向く。
怒ってるようには見えないがその真剣な表情を前にすると、事実と思ったことを素直に話さないといけないという気分になってくる。
「落としの達人」と言われる刑事が容疑者に迫る時は、こんな感じなんだろうか?

「今の祐司君の心理状態じゃ、晶子ちゃんから言っても聞く耳持たないみたいだから、私が代弁するわね。晶子ちゃんはね、最初からNOと言うつもりだった。
ただ、問題が後々まで尾を引かないように思案してたのよ。」
「え?」
「晶子ちゃんが祐司君に相談を持ちかけなかったのは、祐司君が問題の先生を敵視しているから、晶子ちゃんを問題の手段で口説きにかかってることを
知った祐司君が怒って実力行使に訴える危険性があったこと、それに祐司君が今回の問題はあくまで自分関連のものだから、自分で処理するのが
適切だと思ったこと、もう一つ添えると、今後の講義やゼミの選択のことを考えると単純に突っぱねたら問題の先生がどういう対抗手段に打って出るか
分からないから、その場その時にNOと言えなかった。理由は以上三点。質問はある?」

 俺は無言で首を横に振る。
チン、と電子レンジの加熱調理終了の音が鳴る。
潤子さんは電子レンジから二つの器を取り出してラップを取り、湯気が立ち上る器をトレイに乗せ、炊飯ジャーから御飯を二人分よそってトレイに乗せて、
トレイを俺と女・・・晶子に差し出す。俺と晶子はそれぞれ、ありがとうございます、と言ってトレイを受け取る。

「食べながらで良いから話を聞いてて頂戴ね。晶子ちゃんは今日返事をすると問題の先生に言って、それまで対策を色々考えてきた。
ただでさえ疲れ気味の祐司君にこれ以上負担をかけるわけにはいかないから、自分一人で問題を解決する道を選んだってわけ。結論は勿論NO。
だけど今後のことを考えるとあまり無下に突っぱねるようなことは避けた方が良い。穏便に自分から手を引いてもらうようなシチュエーションを考えてきた。
それで得た結論は、人目につかないところで丁寧にお断りしよう、というものだった。」
「・・・。」
「ところが晶子ちゃんの思惑通りにことは進まなかった。問題の先生は今日まで答えを引き伸ばしたのは自分に気があるからだと思い込んでしまってて、
尚も詰め寄ってきた。晶子ちゃんはやむなくきっぱりNOと言おうとした。その時に運悪く話を物陰から聞いていた祐司君が現れた。事情はこんなところ。」
「・・・。」
「双方タイミングが悪かったのよ。祐司君にとっては、晶子ちゃんが口説かれててきっぱりNOと言わないのは、祐司君が言ったように、自分と問題の先生を
天秤にかけているように見えたし、晶子ちゃんにとっては、問題の先生が自分に気があると思い込んで迫ってくるからやむなく突っぱねようとしたところに、
よりによって講義を休んで近道して帰ろうとしていたところで、ことの成り行きを聞いてしまっていた祐司君が現れた。第三者の私にしてみても、
タイミングが悪かったとしか言いようがない事態ね。」

 そんなことがあったなんて・・・。
まさか晶子が俺のことを気遣って、自分一人で問題を解決しようと思い悩んでいたなんて・・・。
そんなことを今まで一言も口にしなかったし、顔にも出さなかったのは、自分自身の今後のことは元より、俺を気遣ってのことだったなんて・・・。
 潤子さんが、今の俺とマスコミが同じ、と言った意味がようやく分かった。
俺は自分が傷つくのを恐れるあまり、ことの背景に深く突っ込まずに見たこと聞いたことだけが全てと即決して、それに対する態度を早々に表に出して
決着をつけてしまったんだ。猿芝居をやっていたのは晶子じゃなくて俺の方だったんだ。だからあの時、晶子は俺を引きとめようとしたんだ・・・。
なのに俺は話一つ聞かずに・・・おまけに無関係な人間に激情をぶつけて・・・。怒りと苛立ちに換わって出てきた罪悪感があまりにも重い。

「晶子ちゃんはまかりなりにも祐司君が居るんだから、祐司君に相談を持ちかけて一緒に考えて貰ったり、必要ならその場に同席して貰うべきだったと思う。
祐司君は・・・言わなくても分かるでしょ?」
「・・・はい。」
「ま、お腹いっぱい食べてしっかりバイトしてから、二人でじっくり反省してみることね。晶子ちゃん。先に渡すべきものを渡しておいたら?」
「はい。」

 晶子は足の上に乗せていた包みからあるものを取り出す。・・・俺が投げ捨てたマフラーだ。
続いて晶子がセーターの襟元に手を突っ込んであるものを取り出す。・・・俺が投げ捨てたペアリングの片割れだ。どちらも俺と晶子の絆を示すものだ。

「受け取って・・・くれますよね?これ・・・。」
「・・・ああ。」

 俺はまずマフラーを受け取る。ふんわりした手触りが心地良い。
続いてペアリングの片割れを受け取り、元の位置に、左手の薬指に嵌める。
ひんやりした感触が次第に弱まっていき、指に馴染んでいくのが分かる。
さっきまでなかったのが当たり前の感覚だったのに、今は指に感じる軽く締め付けるような感覚が戻ってきたという感じがする。

「まずは一件落着のようだな。」

 それまで黙っていたマスターから声がかかる。

「祐司君は早とちりだったし、晶子ちゃんはだんまりだった。それが悪い形でぶつかって今回の騒動になったわけだ。パートナーを自称するなら、
些細なことでも、相手が疲れていても相談を持ちかけて対策を考えあうのが理想的だな。」
「はい・・・。」
「そう思います・・・。」
「晶子ちゃんが最近疲れ気味の祐司君を気遣って黙っていたのは、今回は場合が場合だけにまずい行動だったと思う。祐司君が疲れているから、っていって
相談に乗らないならパートナーとしての資格が問われるが、祐司君の性格から言ってその可能性は低いだろう。今回は場合が場合だけに尚更な。」

 晶子から今回の問題について相談を持ちかけられたら、果たして俺は耳を傾けようとしただろうか?
眠さで機嫌が悪くなっていたということはないと思うから−今日だってぶっ倒れそうになったから智一の厚意に甘えて帰ることにしたんだ−、
多分相談に乗る構えは取ったと思う。
 問題はそのあとだ。問題があの田畑絡みだと知ったら、潤子さんの言ったとおり、俺は激昂して殴りこみに向かったかもしれない。
否、そうしただろう。晶子に手を出すな、と。
その点からしても、晶子が俺に黙っていたのは、俺の性格をよく把握しているという証拠だろう。それに引き換え、俺は・・・。

「さあさあ、そろそろ食べないと料理が冷えちゃうわよ。」

 潤子さんの一転して陽気になった声で、俺は目の前の夕食に意識を向ける。
折角作りたての食事が食べられる機会だってのに、ごたごたに気を取られてすっかり忘れてた。バイトが始まる時間も迫っている。こりゃ急いで食べないと・・・。
 俺は、いただきます、と言って食べ始める。少し遅れて横から同じく、いただきます、という声が聞こえる。
料理を掻き込むように食べていく。本当はゆっくり味わいながら食べたいんだが、時間が迫っているからそうも言ってられない。
今回の騒動の余波がこんなところにも影響を及ぼしているのか・・・。田畑同様、何処までもしつこくついて回るもんだな・・・。
 食べ終えた俺は、ごちそうさまでした、の一言と共に空になった皿や器が乗ったトレイを差し出し、潤子さんが受け取ったのを見て席を立ち、
着替えるためにカウンターに入り、奥へ向かう。
着替えながら思う。
気分がかなり軽い。ここに来た時とは大違いだ。
晶子との関係に自ら終止符を打つようなことをしたが、それがどうにか修復出来て何よりだ。
 だが問題はまだ終わってない。
田畑が文学部の助教授である以上、今後も晶子にちょっかいを出してくる可能性は十分すぎるほど高い。
それに講義の単位やゼミに優先加入という餌までちらつかせて交際を迫ってきたことを考えると、それが不発に終わったら、その餌を脅迫の手段に
切り替える可能性だってありうる。そうなると晶子のよく言えば優しい、
悪く言えば甘い性格ではNOと言えなくなる状況に追い込まれるかもしれない。
 こういう時こそ俺が前面に出るべきだろう。
晶子を守るために、そして自分自身を守るために。あの浮名流しの男を晶子から完全に引き離して、言い寄ることを諦めさせなきゃならない。
そのために訴訟沙汰にでもなったら、やはり俺が前面に出て守るものを守らなきゃならない。そうでなかったら、晶子の彼氏としての俺の存在意義が問われる。
 ・・・まあ、とりあえず晶子との関係が修復出来たことだし−俺が一方的に打ち切ったんだが−、気まずい雰囲気の中でバイトを続けなきゃならないと
いうことはなくなった。
バイトが終わってから晶子が相談を持ちかけてくることは十分考えられる。その時は親身になって対策を考える必要がある。
それが俺の役割だ。

このホームページの著作権一切は作者、若しくは本ページの管理人に帰属します。
Copyright (C) Author,or Administrator of this page,all rights reserved.
ご意見、ご感想はこちらまでお寄せください。
Please mail to msstudio@sun-inet.or.jp.
若しくは感想用掲示板STARDANCEへお願いします。
or write in BBS STARDANCE.
Chapter 92へ戻る
-Back to Chapter 92-
Chapter 94へ進む
-Go to Chapter 94-
第3創作グループへ戻る
-Back to Novels Group 3-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Back to PAC Entrance Hall-