テロ対策国家

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第4章

 アメリガがジリアへの軍事威嚇を強める中、弐本ではアメリガの軍事協力を官民上げて行える法体制が急ピッチで準備され始めた。有事法制である。
大泉首相はことある毎に「備えあれば憂いなし」と繰り返し、民自党など政府与党は「日本を武力攻撃から守るため」と説明したが、国会での審議で法案の
危険な本質が露になっていった。
 共同党の議員が有事法制における「武力攻撃事態」の対象となる「我が国」とは何か、という質問に、政府は周辺事態法やテロ対策特別措置法で海外に
展開する自衛隊艦船も含まれると答弁した。つまり、「周辺事態」や「テロ対策」の名の元にアメリガ支援に乗り出した自衛隊が居るところが何処でも
「我が国」になってしまい、文字どおり世界中が「我が国」になってしまうことが明らかになった。
そしてアメリガがビラクに行ったような、国連憲章や国際法を無視した違法、無法な先制攻撃の戦争を始め、それを支援する自衛隊が攻撃を受けると
予測される場合でも−有事法制は「武力攻撃事態が予測される事態」でも発動されることになっている−有事法制が発動するのか、という質問に、
政府は自衛隊が攻撃を受ければ応戦するのが当然で、アメリガの先制攻撃だから有事法制が発動しないとかするとかいう議論をするつもりはない、と答弁
した。言い換えれば、アメリガの行う介入・侵略戦争に日本が武力を以って参戦することが明白になったのだ。
 その一方で、政府与党は「アメリガが先制攻撃を行うとは思わない」という理解不能な答弁まで行った。現にアメリガはビラクに対して、国連憲章や国際法を
無視した違法な先制攻撃を行ったのだ。それを先制攻撃でないとでも言うのか。無法を犯したアメリガが同じ無法をしないとでも言うのか。
 共同党議員が激しい批判を展開する一方で、同じく野党である主民党や由自党が「対案」を提出した。それらの趣旨説明が行われた後、民自党と主民党が
「修正協議」を始めた。この「修正協議」というのが曲者で、過去に消費税導入の際にもこの「修正協議」が行われ、「修正協議」に応じていた野党が賛成に
転じ、一気に採決、成立となったことがある。それに「修正協議」と聞こえの良い響きであるが、要は国民の見えないところで行われる談合である。
 主民党は周辺事態法審議の際、「専守防衛の国是に反する」として反対した。それに有事法制に対しても「武力攻撃事態と周辺事態との区別が不明瞭で、
日本が武力紛争に巻き込まれる懸念がある」として廃案を主張していた。しかし、「修正協議」では、最も懸念された武力攻撃事態の発動条件や、何より
憲法に保障された国民の自由や権利の制限について何ら触れられることなく、軸を加えたり表現を変更しただけの「画期的な修正」(主民党)が行われ、
「修正協議」なる談合は成立した。
それを受けて開かれた衆議院有事法制特別委員会では、「修正」法案が僅か2時間半の審議で採決に付され、与党三党に加え主民党、由自党の賛成
多数で可決された。そしてその翌日の衆議院本会議で形ばかりの審議が行われた後、一気に有事法案が衆議院で与党三党と主民党、由自党の賛成多数で
可決された。

 これを受けて国会外では激しい抗議運動が行われ、本会議の採決前には南韓国の有志議員から有事法案に反対するよう全議員に書簡が送られた。
論議の−これまでの経過が論議と呼ぶに相応しいか甚だ疑問だが−舞台は参議院に移り、ここでも主民党と由自党が与党に歩み寄る姿勢を見せた。
これら主民党と由自党の態度は何ら不自然なものではなく、むしろ本性を表したものと言える。
 主民党はこのままの「看板」では選挙を戦えない、と危機感を抱いた民自党や旧会社党の議員の寄り合い世帯であり、由自党は民自党の中でも右翼色が
強い一派が分離独立した−党首自身がかつて「弐本改造計画」なる著書で消費税率アップや憲法「改正」を主張している−ものである。言ってみれば
民自党の亜流であり、民自党が議席を減らした際の安全弁なのである。だからこれらの政党の議席が増えたところで与党は何も怖くないのだ。
与党が恐れるのは、与党と真っ向から対立する共同党の議席が増えることだけである。社会民主党の議席が増えても、かつて民自党と連立与党を組み、
自身の方針を悉く投げ捨てた体たらくだから、いざとなったら抱き込みも容易である。それに社会民主党自身、地方議会では与党や主民党、由自党と共に
「オール与党」を形成している一員であるから、政府与党は何も怖くないのだ。
 政府与党の思惑どおり、有事法案はろくな審議もなく−共同党の指摘や批判は一切無視した−採決に付され、一気に可決、成立となった。
弐本が警察予備隊から保安隊、自衛隊へと「格上げ」し、アメリガの要求で安保条約、周辺事態法、テロ対策特別措置法という、自衛隊を名実共に軍隊として
海外で活動させるための体制の総決算がここに完成したのである。
 勿論、弐本のメディアは有事法案の本質や危険性に対して何ら言及しない。それどころか成立を歓迎するメディアまで現れる始末だ。過去のアジアへの
侵略戦争で「大本営発表」を垂れ流し、弐本やアジアを戦争の惨禍に放り込んだ痛苦の反省は何処へ行ったのか。所詮、自分達の足や目と耳で情報を収集
しようとしない、記者クラブという閉鎖集団に所属し、そこに供給される情報を垂れ流すだけの弐本のメディアに有事法制の本質を暴くことを期待するのが
無理な話なのだ。
何れにせよ、アメリガの先制攻撃に弐本が武力行使を以って参戦出来る体制が整ったことには間違いない。

 ビラクの軍事占領を継続する一方で隣国ジリアに対する軍事威嚇を強めてきたアメリガのフッシュ政権は、日増しにジリアに対する非難をエスカレート
させていった。

「ジリアは大量破壊兵器を保有しているのは確実だ。」
「ジリアはプセイン政権指導部を匿(かくま)い、プセイン体制の復活を目論んでいる。」
「ジリアはならず者国家を支援する、ならず者国家だ。」

 これらの非難は天に唾するものに他ならない。
ビラクに対して違法な先制攻撃を仕掛けた際にも大量破壊兵器の保有を口実にしたが、未だ大量破壊兵器は発見出来ないでいる。しかも、戦争が進むに
連れて大量破壊兵器の問題は何処へやら、何時の間にやらプセイン体制の転覆に取って代わっていたではないか。
 しかし、「テロ撲滅」を安全保障の重点課題と位置付け、そのためには先制攻撃も辞さないとするアメリガの態度は、日に日に狂気を帯びてきた。
もはや自分達が「大量破壊兵器を保有している」「テロ組織と関係がある」などと見なした国家は全て攻撃対象と「認定」するようになってきた。
このようなアメリガの態度は世界各国の警戒や批判を呼び、アメリガの国際的孤立を深める一方だったが、そのアメリガに弐本は忠実に従った。
アメリガを中心とする有志の連合は、国連を無視した「世界の警察官」を気取った世界的規模での軍事行動の構えを強めていった。
 そして、とうとう恐れられていた事態が起こってしまった。
アメリガがジリアとビランを「大量破壊兵器保有国家」「テロ組織支援国家」と一方的に決め付け、一方的に先制攻撃を仕掛けたのだ。弐本政府は直ちに
「テロ対策」を口実に自衛隊を派遣し、アメリガ軍の後方支援にあたった。
 ジリア国民の頭上に、ビラク国民と同様の惨禍が降りかかった。
「精密誘導」を誇る兵器が市場や民家を巻き込み、目標を外れて民家を直撃し、クラスター爆弾が大量投下され、何も知らずに子爆弾を拾った子ども達が
爆発に巻き込まれ、手足を失ったり爆弾の破片を身体中に浴びて病院に担ぎ込まれた。
ビラク侵略戦争同様、ジリアのインフラが徹底的に破壊され、病院関係者は患者に満足な治療を施せないまま、苦悶の死を見届けざるを得なくなってきた。

 アメリガは瞬く間にジリアを軍事占領した。
これに対してとうとうイズラム諸国が激怒し、自国に駐留するアメリガ軍の撤退を要求するデモ行進が大規模に展開され、アメリガ軍の駐留を許す政府を
足元から揺るがし始めた。
ビラクに続いて、しかもビラク以上に大量破壊兵器保有やテロ組織支援の疑惑が薄い同胞のジリアが侵略攻撃を受けたことで、イズラム諸国はとうとう
公然とアメリガ非難を始め、自国からのアメリガ軍即時撤退を要求するようになった。ブランスやドイヅなどもアメリガの一方的な軍事侵略を厳しく非難し、
アメリガに付き従う弐本を「フッシュの犬」と皮肉った。
 これに対してアメリガは「テロとの戦争を邪魔するのか」と的外れな反論を展開し、イズラム諸国やブランス、ドイヅなどを敵視し始めた。自分達の行動を
批判するものは全て敵、と即断するほど、フッシュ政権は思考停止状態に陥っていた。思考停止状態に陥っているのは弐本政府も同じであるが。
 イズラム諸国やブランス、ドイヅなどは、アメリガの一方的な軍事侵略を厳しく批判すると同時に、次は自分達の番かと警戒を強め始めた。
これまでのNATO軍事同盟の枠を越えた、アメリガ有志の連合とそれに反対する国々との激しい対立の構図が浮上してきた。数ではアメリガに反対する
国々の方が圧倒的多数であり、如何に一国の軍事力がアメリガに劣るとは言え、数が集まればアメリガに匹敵するものになる。しかも、アメリガ同様、
ブランスや中央国などは究極の大量破壊兵器である核兵器を保有しているのだ。
 かつてのアメリガとゾ連との冷戦、否、それ以上に国際関係が悪化の一途を辿っていった。アメリガは世界各地に軍隊を展開し、弐本は「テロ対策」を
口実にアメリガに何処までも忠実に従い、自衛隊を付き従わせた。それに対して各国は軍隊を召集し、臨戦体制を整えていった。
自分に反対するものは全て敵、敵に対しては手段を選ばない、というアメリガの姿勢は、世界を最悪の方向へ放り込んでいく・・・。
 アメリガはとうとう最悪の手段に打って出た。世界各地に展開していたアメリガ軍が、反対国に対して「テロ組織を間接的に支援している」として軍事
攻撃を開始したのだ。当然攻撃を受けた国は応戦し、世界各国で戦火が上がった。
弐本政府は「武力攻撃事態が予測される事態」と判断して有事法制を発動し、国家を上げてアメリガ支援に乗り出した。報道は政府発表に限定され、反戦
デモや集会や報道は「利敵行為」「国賊」と非難され、続々懲罰や規制の対象になった。元々有事法制が国民の自由と権利を制限することを明記して
いるのだから当然の措置ではあるが、国民の大半は突然の戦争体制に慌てふためいた。弐本国民は何も知らされないまま、何も知らないまま有事法制を
受け入れていたのだから、自業自得とも言える。
 アメリガ軍に付き従う自衛隊にも戦火が飛び火し、直ちに有事法制で規定された「我が国」に対する攻撃と判断され、応戦が指示された。世界は最も
恐れられていた事態、即ち第三次世界大戦に突入してしまったのだ。アメリガは続々と新型兵器を開発しては相手国に使用し、相手国側も徹底的に
反撃した。
世界の混乱に乗じて、これまで表立った行動を控えていたバルガイダなどの国際テロ組織が世界各国でテロを起こした。アメリガ側も相手国側もろくな
検証もなく、或いはろくに検証する間もなく相手国側の謀略手段と決め付け、より戦争を激化させた。
 そしてとうとう最悪中の最悪の手段が実行に移された。アメリガが核兵器を使用し始めたのだ。
アメリガは先制攻撃戦略に核兵器使用を盛り込んでおり、それが実行に移されただけなのだが、核兵器は言うまでもなくその他の兵器とは比較にならない
惨事を世界各国に続々と齎す結果となった。
これに対して同じく核保有国であるブランスや中央国なども核兵器で応戦し始め、地球上で核兵器が荒れ狂った。世界各地で次々キノコ雲が立ち上り、
熱風と衝撃波が地面を嘗め尽くし、建物は瓦解し、人々は焼け爛(ただ)れてずり落ちた皮膚をぶら下げて、水を求めて彷徨い歩き、続々と絶命していった。
大地は燃え、海は煮え、空は焦げ、まさにヨハネの黙示録が描いた世界の終末そのものの惨状が展開された。暴走したテロ対策が、世界を最期に導く
結果に繋がったのだ。

 世界の人々は自分の運命を嘆きつつ死んでいった。核シェルターに逃れた人々も、地下壕を貫通する小型核兵器の前にはなす術もなく、地上に居た
人々と同様の死を余儀なくされた。
もはや世界の何処にも逃げ場はない。核兵器が飛び交い、猛火と放射能が荒れ狂う世界は終末へ向かって一直線に突進していった・・・。
 空を厚い灰色の雲が覆っている。陸と海は静寂を取り戻した。しかし、何も残ってはいない。
残っているものは、核兵器の高熱で原形を留めないほど捻じ曲がった鉄骨や表面が泡立ったコンクリートの破片、そして夥(おびただ)しい黒焦げの死体。
時折黒い大粒の雨が激しく打ち付ける中、一匹のゴキブリがよろよろと瓦礫の山を彷徨っている。人間の何倍もの放射能に耐えられるゴキブリと言えども、
世界を何十回も滅亡されるだけの核兵器が残した大量の放射能には耐えられない。
 ゴキブリはよろめきながら瓦礫の絶壁を攀(よ)じ登り、瓦礫の谷間を渡って、一体の黒焦げの死体の前に辿り着く。目前の餌にあと一歩というところで、
ゴキブリは辛うじて保っていたバランスを崩し、瓦礫の上に仰向けにひっくり返る。起き上がろうとしているのか悶絶しているのか分からないが、震える
足をしきりに動かす。しかし、一旦仰向けになったゴキブリは起きる術を持たない。風でも吹けばその煽りで起き上がれる可能性がなくもないが、その前に
瓦礫にしこたま全身をぶつけられて宙を舞うのが関の山だろう。
 ゴキブリの足の動きは次第に弱まり、やがてある形に固まったままピクリとも動かなくなった。このゴキブリが世界最後の生物となったかどうかは
分からない。唯確実に言えることは、もはや地球と呼ばれた太陽系第三惑星は、生物が住める世界ではなくなったということだけである。

 最初はテロ組織の撲滅が目的だった。しかし、それは人種差別と人権侵害をも横行させる事態となった。

 テロ対策はやがて報復という名の戦争を引き起こした。しかし、テロ組織の首謀者を捕まえることは出来なかった。

 報復戦争の長期化は大量破壊兵器保有疑惑とテロ組織支援疑惑が持たれた国への先制攻撃に発展した。しかし、大量破壊兵器は発見されず、
テロ組織を支援しているという証拠は何一つ見つからなかった。

 先制攻撃の矛先は、自国に反対する国全てに向けられ、第三次にして最終戦争に縺(もつ)れこんだ。しかし、この戦争は地球をテロ組織はおろか、生物が
住めない死の世界に変えてしまった。

一体何が目的だったのだろう?
何処で目的が狂ってしまったのだろう?

その問いに答えられる者は、誰一人として見当たらない。見渡すはただ荒涼と広がる死の世界だけである・・・。
「テロ対策国家」 完
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