女性帝国

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第4章

 「男女同権」「女性の権利保護」があらゆる事象において最優先で幅を利かせる中、「法の番人」ある司法の役割はどうなっているのだろう?
勿論、ここにも「男女同権」「女性の権利保護」は当然である。否、むしろ法を司るという名前ゆえの役割は、もっとも厳しく遵守されているといえる。

「彼女とは確かに関係はあった!でも、どうして別れて3年にもなって、それに彼女の方から別れを切り出されたのに、今更その関係を問題にされるんだ!」
「被告人は口を慎むように。それに貴方の先ほどの言葉は、『女性に対する一般尊重義務違反』に相当しますよ。」

 ある地方裁判所で開廷された民事裁判の最中、被告席に立たされた若い男性が裁判長−勿論女性である−に警告され、体を震わせながら
砕けるほどの勢いで歯噛みすることで、吐露できない怒りと悔しさを表現している。
 被告の罪状は「女性の貞淑保護違反」。女性の意に反する形で性的関係を持ったことに対する罪であり、非常に重い刑罰が科せられる犯罪である。
原告である女性は3年前、被告の男性に一方的に別れを切り出し、それ以来何の音沙汰も無かった。
久々の連絡が「女性の権利擁護委員会」が突きつけた、告訴した旨を伝える一枚の通知だったというのだから、驚くより他はなかった。
原告側弁護人も冒頭陳述では、3年前にもう気持ちが離れていた自分と無理矢理性的関係を持つことで束縛しようとした、と述べられた。
 しかし、実際はまるで話が逆である。気持ちが離れていたのはむしろ男性の方だったのだ。
少し長くなるが、順を追って説明しよう。

 当時、男性は近年の女性の例に漏れず、やれ海外旅行だ、やれブランドものだ、やれ高級料理だと自分の財布の中身を「食い荒らす」女性に嫌気が
差していた。女性が交際を迫る時には慎ましい素振りを見せていたが、交際を始めて一月で本性を露にした格好である。
いくら男性の職業が大企業の顧問弁護士であり、一般の男性より至近には恵まれているとはいえ、女性の消費はそれすらも突き崩す勢いだった。
男性はあまりの落差に呆然としたが、女性としては男性の職業に付随する社会的地位とその豊かな「財布」が目的だったのだから、当然の行為かもしれない。
 男性の心が自分から離れていくことを察した女性は、「切り札」を使った。所謂「女の武器」である。
ある夜、別れを切り出そうとした〜場合によっては告訴されるかもしれない恐怖と闘いながら〜男性に、いきなり交際を迫った時の態度で色気たっぷりに
懇願したのだ。お願い、私を棄てないで。貴方に棄てられたら私は生きていられない、と。
なるほど、食費や交通費、服飾費までたっぷり戴いている「財布」がなくなれば、それまでの生活水準を維持できなくなるのは明白だ。
その意味で「生きていられない」という彼女の表現は正しい。
女性誌のマニュアル雑誌通りの手慣れた「演技」で、女性は男性と性的関係を持つことで男性の心と「財布」を手放すことを免れた。
 しかし、それから間もなく、女性が友人と共に出席していたお見合いパーティーで、とある企業の後継者という男性と出会ったことで、状況は一変する。
より高い社会的地位、より豊富な資金力に心を奪われた女性は、お得意の「切り札」でその晩に後継者の男性と関係を持ち、翌日には「切り札」で
繋ぎ止めたはずの男性をあっさりと棄てた。
 しかし、その男性の会社は取り引きの失敗で大打撃を浮け、当然資金繰りも苦しくなった。
そこで女性はあっさりと見切りを付け、男性を次々乗り換えることで半ば頂点に達した生活水準を維持してきた。
そして彼女が思い付いた、もっと手軽で高額な資金を得ようと企てた。それが「被害者を装って民事裁判を起こし、高額の慰謝料を手に入れよう」と
いうものである。
あまりにも浅はかな企てと思われるかもしれないが、「女性の権利保護」が何よりも「尊重」される社会である。
彼女が相談に赴いた女性弁護士は、怒りを露にして即刻民事訴訟の手配を整えた。
−と、これがこの法廷に至るまでの経緯である。

 続いて原告である彼女が自ら証言台に立つ。
男性は一発殴打してやりたい衝動に刈られたが、これ以上罪を着せられてはかなわない。

「・・・私は、最初は彼の真摯な交際の申込に感動して交際を始めました。でも、私を『モノ』としか思わない彼の豹変した態度に、当初の気持ちは次第に
色褪せていきました。」
「(な、何をでたらめ言ってるんだ、こいつは!)」
「−私の気持ちがとうに彼から離れた3年前のある夜、私は思い切って彼に別れを切り出しました。そしたら彼は『お願いだ、俺を棄てないでくれ。
お前に棄てられたら俺は生きていけない』と懇願してきました。交際を申し込む時のような真摯な態度で・・・。でも・・・私が別れの意志が固いことを
告げると・・・か、彼は・・・。」

 絶句して顔を手で覆ってその場に蹲る女性。「被害者=女性、加害者=男性」の構図を裁判官や傍聴人に印象づけたのは間違いない。
男性は顔を覆って蹲る瞬間、女性の口元が微かに歪んでいたのを見逃さなかったが、ここでそれを訴えてどうになるものでも無い。
逆に「女性に言い掛かりをつけた」とさらに罪を上乗せされるのは明らかだ。
 傍聴席がざわめく。そのざわめきと視線から感じるのは、女性への同情と自分への非難、それだけだ。
それもそのはず、傍聴席は殆ど原告女性の支援団体−実のところ「女性の権利擁護団体」の関係者だが−や友人で占められている。
そして原告側、女性を筆頭とする裁判官は勿論、どうにかして依頼出来た自分の弁護士も当てには出来ない。
自分の弁護士もまた、女性の主張への批判がどういう「対処」を受けるか、法律家としてその身に刻み込まれている。
言わば四面楚歌の状況に置かれた男性に、彼を弁護する雰囲気は到底期待できない。

これで、まともな裁判が遂行できるのか?!
こんなのは裁判じゃない!一方的な集団リンチだ!

 彼が我に帰った時には、法廷がしんと静まり返っていた。
彼が心の中に留めていた筈の叫びが、現実の声として口を突いて出てしまったのだ。
積もり積もった男性の怒りや不満は、叫びの封印を打ち破るにはあまりあるものだったのだろう。
 男性は静寂の中に、一斉に自分に向けられる激しい怒りの視線がぷつぷつと現れて来るのを感じる。
女性の主張に異を唱える。これは「女性の行動を阻害する」という立派な犯罪なのだ。
そしてそれは、女性達が最も嫌悪し、憎悪する行為なのだ。
しかし、一度口に出してしまった以上、それを取り込んで「なかったことにしてくれ」とできる筈がない。

こうなったらもう、言ってやれ。

 男性の中で何かが音を立てて切れた。
そして彼の口からこれまで蓄積されていた感情が猛烈な勢いで飛び出していく。

「よくもまあ、そんな出鱈目をしゃあしゃあと言えたもんだな!それも俺を騙したような巧みな演技で!さすがに、男を渡り歩いてきただけのことは
あるってもんだ!だがな!人をモノ扱いしたのは一体どっちだ?!俺の収入が割とある方なのを良いことに、バッグだ服だ、アクセサリーだと、お前の
欲望のままに買いあさったくせに!海外旅行へ行っても目指すはブランド品、その国の文化には眼もくれない!買い物英語を繰り返し使って憶えた
程度で『私ってバイリンギャル』だとぬかしやがる!」
「ひ、被告人は黙りなさい!」
「喧しい!俺の話など端から聞く耳ないくせに!大体お前達女は一体何様のつもりだ?自分のやることに反対されれば何でもかんでも即刻『男女差別』で
粛正だ!良いかよく聞け、女供!俺達男は常に戦い、勝つことを要求される!生まれた時からエリートコースという勝利への道を歩まされるべく、
戦いに放り込まれる!そうしているのは誰だ?父親か?いいや違う!子どもを戦いに放り込むのはお前達女であり、母親だ!競争社会はいけないと
言いながら、子どもは競争に放り込む!それは何故か?そう、夫や子どもを勝利させることが母親の勲章と思っているからだ!お前達は夫の、
そして子どもの収入や社会的地位といった勲章を自分のものだと思い込んでいる!だからこそ夫には『もっと働け』『もっと出世しろ』と叱咤し、
子どもには『もっと勉強しろ』と追い立てる!言わば、夫を過労死させ、子どもを受験地獄に追い込むのは、お前達女であり、母親だ!お前達は、
夫や子どもに寄生して、宿主に『もっと栄養をよこせ』と急き立てる寄生虫、そう、お前達女は質の悪い寄生虫だ!宿主をこき使い、用済みか
役立たずとなったらあっさり放り出す、最悪の寄生虫だ!」
「被告人!貴方の暴言は、重罪に値しますよ!」
「そいつを黙らせなさいよ!」「そうよそうよ!」「女性を侮辱するな!」

 傍聴席から一斉に非難と怒号が湧き起こる。勿論、男性の擁護は一つもない。
警備員が一斉に男性を取り押さえようとするが、怒りを全身から噴出させる男性は力ずくでそれを振り払い、力の限り叫び続ける。

「黙るのはお前達の方だ!女性を侮辱するなだと?ふざけるな!事あるごとに『男のくせに』と言い立てて、男の精神を鞭打つ分際で言えた立場か?!
どうして『女のくせに』は男女差別で、『男のくせに』はOKなんだ?男が弱音を吐いたり安らぎを求めるのが何故悪い?延々と戦い続けることを
強要される男が
ほっと一息つける場所が欲しいと願って何が悪い!それを妻や恋人に求めて何故悪い!お前達女が何かにつけて『私の傍に居て欲しい』『私は寂しい』と
言うのと同じ様に男もそう言いたいことがある!だが男には甘えることは許されない!そうだ、女は庇護されるもの、男は庇護するものという公式は、
お前達女が既得権益として頑として手放さない!
『男性と同じ様に』は自分に有利なことだけで、それ以外は全て男性にお任せ。それで何が
男女同権だ?!いや、それがお前達女の本音か。全てにおいて女性の意向が反映される社会。言うなれば『女性は太陽であった』時代に回帰する
ことが目的だ!それがお前達の言う男女同権だろう!!」
「正常な裁判の続行は不可能と判断。これにて閉廷します。被告人を退去させなさい!」
「ふはははははは!一方的にその女の言い分を聞いてお決まりの判決を下すだけで何が正常な裁判だ!笑わせるな!寄生虫供がぁ!!
あはははははははは!!」
「は、早く退去させるのよ!その旧時代の女性差別論者を!!」

 ヒステリックに叫ぶ裁判長の命令で、警備員から原告、傍聴人まで総出で男性を取り押さえ、法廷から連れ出していく。
男性の狂気じみた笑い声と叫びは、退去させられても尚、「矯正施設」への車に押し込まれるまで裁判所全体に響き渡った。

後に男性に対しては、「女性への貞淑保護違反」の他、女性への差別的発言など種種の罪状が加えられ、
総額数千万単位の賠償金と弁護士資格の剥奪、「矯正施設」での無期講習が課せられた・・・。

 これ以降、女性が原告となる裁判が急増することになった。
先の例のように「性的関係を強要された」とするものの他に、目立って増えたのは「セクハラをされた」とするものである。
やはりというべきか・・・原告の女性と加害者(とされた)男性は職場の同僚や元恋人で、告訴内容も事実と反対或いは偽ったものが殆ど全てである。
自分から声をかけて無反応だった、交際を申し込んで断られた、というものから、こえまでの経験でセクハラと言われるのを恐れて女性との接触を
必要時以外は避ける男性に対して「無視された」とするもの、果ては同期で昇進や昇給に差が付いたことで「女性だからと差別された」として会社を
訴えるものまで様々だ。
 そして同じく急増したのは「ドメスティック・バイオレンス」。
恋人、夫婦間の暴力を指す言葉だが、内容と事実は大きくかけ離れているか或いは正反対である場合が殆どなのは同じである。
口論で「侮辱された」とする、平手打ち一発で「虐待された」とする、または男性が手出しできない−「女性の権利保護」の教育の「成果」であるが−のを
良いことに女性が散々暴力を振るい、耐え兼ねて反撃してきたところで「暴力だ」と最寄りの「女性の権利擁護委員会」に連絡するという巧妙な手段を
経たものもある。
いざ「言った」「言わない」「殴った」「殴らない」の水掛け論になれば、裁判では「被害者」の女性に必ず有利に働くから、告訴の時点で勝利は事実上確定する。
そして最低数百万、場合によっては億単位の賠償金を得られるのだから、こんな楽な儲け話はそうそうあるまい。

しかし、それが珍しい話ではなくなったのだ。

 裁判でも女性の主張が確実に認められるようになると分かり、女性達は次なる獲物を探して職場を、学校を、そして家庭や地域社会を徘徊する。
原告となる女性は日を追う毎に年齢層を拡大し、7,80歳台から中学生まで獲物となる男性を付け狙い、隙あらば訴訟のきっかけを作ろうと動く。
女性誌にも「男を訴えよう!最新訴訟マニュアル」とか「こうすれば貴方も一攫千金。訴訟パターンの全てを教えます」などというあからさまな見出しの
特集が組まれ、当然のように、女性達の行動も数種類のパターンに統一されていく。
しかし、それでも訴訟の舞台に上れば勝利と賠償金は約束されるのだ。
 男性にしてみればたまったものではない。
女性の主張に異議を唱えるだけで「男女差別」と処罰されることに、女性の判断次第で法廷に引きずり出されることも加わったのだ。
勝負の結果は最初から決まっている。「男性は加害者であり、償うべきである」と。
 もはや男性の選択肢は一つしかない。
それは女性に完全に服従し、女性にとって望ましい男性を演じ続けること。
勿論、この「女性解放」の社会に対して反発し、抵抗を試みる者もいる。
しかし、網の目のように張り巡らされた警備システムと、「女性保護教育」の浸透による抵抗者の絶対的少数の前には、殆ど無力だ。

女性の主張が必ず反映される社会。
女性は常に被害者であり、常に加害者たる男性は償わなくてはならない社会。
「女のくせに」は許されないが、「男のくせに」は通用する社会。
「女だから」は差別だが、「男だから」は当然とされる社会。

「男女同権」とは、かくも素晴らしき理想なのか?
「女性解放」とは、かくも素晴らしき社会なのか?

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