外来語帰化推進協会

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第1章

「貴方は日本語の衰退を傍観するつもりなんですか?それでも日本人ですか!」

 明星テレビの第5スタジオに怒気の篭った声が響く。
土曜日20時という、視聴率を望み易い時間帯では異質ともいえる討論番組『原 練五郎の激論・日本』の生放送中である。
司会者であり、著名な評論家である原 練五郎が発した突然の怒声に、他の出演者は勿論、スタッフも思わずびくっと体を一度振動させる。

「私は一言も傍観するとは言っていません。」
「日本語保護を『社会や教育現場を混乱させる』として反対することが、日本語衰退を傍観することだと私は言っているんです!」

 原は元々いかつい表情をさらに強張らせて、食い下がる出演者を厳しく非難する。
今回のテーマである「溢れる片仮名語から日本語をどう保護するか」について、出演者の一人である民和党衆議院議員の奥内辰巳が提唱した、『片仮名語
使用を禁止し、邦訳された単語を使用する法律を制定する』案に対して、もう一人の出演者である共同党衆議院議員の松宮貞治が『言葉の使用に
法律による強制を持ち込むと、社会や教育現場に混乱を来す』と異論を唱えた時、原が怒声を発したのだ。

「大体貴方がたの党は何かにつけて反対反対と、まるで議論にならない!」
「しかしですよ、これだけ外来語が日本に広まり、一般に使われている現状にいきなり法による強制を持ち込んだら、どうなると思いますか?」
「反対の次は『強制するな』だ。片仮名語が世間に溢れ、長年培われてきた美しい日本語が廃れていく現状に対して、奥内さんは法律で外来語の蔓延を
食い止め、日本語を保護するという現実的な提案を行った!しかし、貴方はそれに反対する!強制するなと言う!それが日本語の衰退を傍観することで
なくて、何だというんです!」

 さらに語気を荒らげる原に対して、松宮はあくまでも冷静に食い下がる。

「だから、私は傍観するとは一言も言ってません。」
「ではどうしろとおっしゃるんですか。」
「どうして外来語が日本語を駆逐したのかをきちんと捉えないと駄目なんです。」
「そんな悠長なことを言っている間に、日本語は滅びてしまいますよ!」
「貴方の言っていることは机上の空論だ!」
「全く回答になってないじゃないですか!」
「我々は外来語の蔓延をどうやって食い止めるかを議論しているんですよ、松宮さん!」

 松宮の回答が示されるや否や、一斉に非難の矛先が向けられる。
司会者も加わった非難の集中砲火の中、松宮は持論を展開する。

「言葉は文化の一部です。外来語がこれだけ使われるのは、それだけ外来の文化が広まっているという事なんです。」
「日本語をどう守るかを提案して下さい!」
「ですから、外来の文化が無制限に広まる現状をどうにかしないと・・・。」
「もう良いです!松宮さんの理想論を聞いている時間はないんです!」

 原が松宮の発言−猛烈な非難の嵐に半ば埋もれていたが−を遮る。
正面に鎮座する原は、左右にUの字に並ぶ出演者を交互に見やりながら提案する。

「奥内さんのおっしゃるように、日本語保護のためには外来語の使用禁止と外来語の邦訳、即ち外来語の帰化を法律の後ろ盾の元で強力に推進して
いくことが何よりも求められています。そうですよね、皆さん?」
「そのとおりです。」
「誠に現実的な提案です。」
「美しい日本語を護るためには、それくらい毅然とした態度が必要ですよ。」
「・・・。」

 ただ一人、松宮だけが異議あり、という表情で押し黙っていたが、原はそれを黙殺して大きく頷く。
スタッフからのエンディング開始の合図を見て、纏めに入る。

「今日の討論で、我々は日本語保護のために外来語の使用を禁止し、外来語を帰化させていくべきという結論に達しました。国民一人一人が日本語の
美しい表現が日々失われ、衰退していく現状を見据え、日本語保護に立ち上がって欲しいと思います。」

 纏め終わって正面のカメラ目線で少しの間じっとして動かない原。
スタッフの高く掲げた指が秒間隔で一本ずつ折り畳まれていく。

「はい、本番終了です!」

 スタッフの声で原をはじめとする出演者がわらわらと席を立つ。
談笑しながらスタジオを出て行く出演者の中で、松宮はただ一人唇を曲げ、眉間に皺を寄せた重々しい表情で頻りに首を小さく捻る。
松宮の主張が司会者の原と対立する構図になることは珍しいことではない。
その度に原は「反対ばかり」「理想論」だと決め付けに掛かって来る。
さらに、他の出席者も加わった集中砲火の勢いにも、いつもより激しいものを感じた。
何故外来語使用禁止、日本語保護に躍起になるのだろう?
いや、それよりも前に、何故あれほど結論を急ぐのだろう?

理想論を聞いている時間はないんです!

 原はそう言って松宮の発言を遮った。
時間がない・・・それはそうだろう。
1時間の−番組前後や合間のCMを除けば、実質45分くらいだ−討論番組で、結論を纏めようとするのだから。
時間がない・・・そうだろうか?
外来語がこのまま「蔓延」しても、日本語が使われなくなることにはならない筈だ。
所詮「外来語」なのだ。日本語の発音、アクセントで使われているそれらは、「外国語」とは違う。
 外来語の氾濫には松宮自身も理解が追い付かず、困惑することがあるのは確かだ。
モバイル、カーナビゲーション、インターネット・・・。ここ数年登場した「外来語」だけでも相当の数だ。
決して「若い」とは言えない−国会議員の中では「洟垂れ小僧」だが−松宮が、意味不明の略語(らしい)に閉口することもしばしばある。
だが、外来語を封じればそれらが一気に「改善」されるのだろうか?
 松宮は自問自答を繰り返しながら、出演者の中で最後にスタジオを出ていった。
 番組終了から2時間後、ドアに「立入禁止」のプレートが掲げられ、周囲に警備員が立ち並ぶ新東京ホテルの「蘭の間」。
番組のようにU字に並べられた大理石のテーブルに、原をはじめとする出演者の殆どが勢揃いしていた。
番組と違うところは、原の座席がU字のカーブ部分ではなく、その位置にはでっぷり太った二重顎の中年男が座っていることである。

「・・・まずまずだったな。」
「ありがとうございます。」
「やはり松宮がしぶとく抵抗したが・・・多勢に無勢ではどうしようもあるまい。」

 男は奥内と同じ民和党衆議院議員の金田慎二郎である。
金田は郵政高級官僚出身で逓信委員会委員長を務め、次期内閣改造で郵政大臣就任も噂される、「郵政族」議員の代表格として名高い。
昨年まで深夜に細々と放送されてきた『原 練五郎の激論・日本』が、番組改編を期にこの類の番組としては異例ともいえ「出世」を果たしたのも、
この金田の「働きかけ」があったからである。
当初、「視聴率が望めない」ということで目処が立たなかったスポンサー契約が、通信関係の企業を中心に続々と成立したのも、郵政族議員の威光を
最大限発揮した金田の「成果」である。
 金田は顎を軽く撫でて、しかめっ面のままで列席者を一瞥する。
番組で熱弁を振るっていた出演者が、金田と視線が合っただけで緊張で身を震わせ、視線を逸らす。
同じ民和党の奥内も、当選回数が優に10回を超え、党幹事長でもある長老格議員の金田の前では、一介の若造に過ぎない。
落着かない様子でネクタイやスーツの襟を気にしている。

「視聴者に日本語保護の重要性を強烈に印象づけるには、番組にもう少し工夫が必要だな。」
「と、申しますと?」
「如何に外来語が蔓延しているか、日本語が危機的状況にあるかを映像で流すのだ。教育関係者に対する批判を含めつつな。」
「成る程・・・。」
「『青少年の健全な育成』というスローガンに弱いですからな、一般大衆は。教育関係者やPTAは特に。」

 金田の提案に賛意を示した、出演者の一人である教育学者の外山敏宏に、一斉に厳しい視線が向けられる。

「・・・外山君。」
「・・・はっ!も、申し訳ございません!」

 怒りが篭る金田の声に、外山は自分の犯した大きな過ちに気付き、即座に立ち上がって深々と頭を下げる。

「外山君。君は教育学者として先程私が示した案を実施する際、それを支援してもらわなければならん。なのにその君が外来語を使ってどうする。」
「申し訳ございません。」
「もう良い。番組などではくれぐれも注意するように。」

 外山はもう一度金田に向って深々と頭を下げると、ゆっくりした動きで椅子に座る。
それを見届けて、金田が口を開く。

「今度共同党以外の超党派の議員で『日本語保護推進議員連盟』を発足させる。地方議員には『日本語崩壊を憂慮し、法的保護を求める』旨の意見書を
提案、可決させて『地方からも日本語の現状に危機感を持っているという印象を持たせる。」
「報道機関に一連の動きを逐次報道させるのも重要ですね。」
「その通り。その際に批判的論調を押え込むことも忘れてはならん。」
「それは記者団体に『偏向報道は慎むように』と釘を刺しておけば良いでしょう。」
「記者団体に入っていない連中はどうしましょう?」
「電波映像機の影響力は絶大です。週刊誌にも政府広報は掲載させられますし、共同党には『反対ばかり』という印象を与えるように心がければ、
いくら反対の論陣を張っても影響力の拡大は望めますまい。」
「その点では、今日の原君の司会進行はなかなか良かった。」
「ありがとうございます。」
「しかし、論議を進める上では反対派の存在は問題だ。今後は出演させないように私から言っておく。」

 金田は皮膚が垂れ下がった顎を撫でる。
民和党議員は勿論、野党議員にも接触して『議員連盟』結成の裏工作を進め、民和党に近い論調の原や外山ら著名な評論家や学者を抱き込み、
「積極的提言を行う」と評判の高い−自分が講演などで評判を高めたのだが−討論番組を手中にするなど着々と準備を進めてきた。
これから徐々に堀を埋めていけば、法案成立は目前だ。
 耳障りな外来語が日本語に帰化される。
理解不能な略語や造語が排除される。
美しい日本語のみで会話が成立する。
「夢」が着実に実現へ向って進んでいくことに、金田は内心ほくそ笑む。
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