Saint Guardians

Scene 6 Act 1-3 対決-Show down- 女の闘い、その結果や如何に?

written by Moonstone

 3日後、いよいよオーディション予選の日が訪れた。
早朝から花火が打ち上げられて雲一つない空で、ポン、ポン、と威勢の良い音を響かせ、パンの町はお祭りムード一色に染まっている。大勢の観光客が
街に繰り出し、通りにはそれを当て込んだ土産物屋が威勢の良い呼び込みをしている。
オーディション予選の会場となる町の中央大広場には、特設ステージが用意されている。此処が首都フィルで開催されるオーディション本選への出場者を
決める、文字どおり女の闘いの場になるのだ。
 ちなみに、オーディションの本選出場者は各町村一人ずつではなく、各町村の人口に比例した異なる定数が割り振られている。アレン達一行が居るパンの
町の定数は3。イアソンが事前に役所の実行委員会に問い合わせたところによると、パンの町では例年30人ほどが予選にエントリーするとのことだから、
予選突破の倍率は少なく見積もっても約10倍という、かなり厳しい闘いになることが十分予想出来る。
 予選に出場するフィリアとリーナは、夜が明ける前からそれぞれの専属スタイリストであるアレンとイアソンを叩き起こして、半ば水場を占拠して最後の
準備に取り掛かっていた。
予選出場のための衣装やアクセサリーは、フィリアはアレンを、リーナはイアソンを引き連れてそれこそ町中を歩き回って物色し、最も自分に似合い、
且つ投票者となる観客にアピール出来ると思ったものを選ばせて買った結果、必然的に高価なものばかりになり、パーティーの所持金はパンの町に入った
当初の半分以下にまで落ち込んでしまっていた。
これだけ金をかけた以上、最低一人は予選を突破しないとこれから先ずっとパーティーは野宿を強いられるばかりか、食料は勿論、ドルフィンに必要な薬を
作ったり古代魔術系の触媒に必要な薬草を買うことさえままならないことになる。
故に、フィリアとリーナにはパーティーの財政事情に責任を負うこと、即ち予選突破が要求されている。
 それに加え、どちらか一方のみ予選突破ということになれば、予選落ちした方に今後計り知れない影響を及ぼすことが明らかである以上、どちらも絶対
負けられない、まさに雌雄を決する一大決戦が始まろうとしていた。

 予選開始まであと2ジムもない時間になった。フィリアとリーナは、化粧も服装も髪型も念には念を入れてチェックし、ステージでのアピールの最終
チェックにも余念がない。
フィリアとリーナは起床してから一度も目を合わせていない。目を合わせていなくても、両者の間には火花どころか爆発が絶え間なく炸裂していることは
アレンとイアソンの目には明らかだ。

「二人とも随分頑張ってるのね。」

 不意に後ろから声がした。アレン達が振り向くと、タオルを持ったシーナが立っていた。

「シーナさん。おはようございます。」
「おはよう。アレン君とイアソン君もお付き合い大変ね。」

 アレンの挨拶にシーナは笑顔で応える。
周囲にいた他の客も、一際目立つシーナの美貌に目を引かれるらしく、とりわけ男性の視線がシーナに集中しているのが分かる。
アレン達はシーナの隣に居るべきある存在がないことを不思議に思い、アレンが代表するように尋ねる。

「ドルフィンは?」
「まだ寝てるわ。昨日の晩ちょっと痛がってたから、鎮痛剤と睡眠薬を飲んでもらったのよ。」

 シーナは顔を洗い、タオルで丁寧に拭う。化粧はしていない、服装は普段着そのもの、あえて目立つものと言えばドルフィンからプレゼントされた金の
髪飾りくらいであるにも関わらず、シーナはフィリアとリーナが内心羨ましくも妬ましくも思う自然な美貌を醸し出している。
 シーナさんが出場すれば予選突破は間違いないのに、とアレンとイアソンは思う。だが、決してそれは口に出さない。否、出せない。
出そうものなら、あんたはあたしの専属スタイリストでしょうが、とそれぞれの相手から激しく詰め寄られるのは間違いない。
アレンはフィリアに慕われているからまだしも、イアソンはその器用さを買われて専属スタイリストにされているだけだから、自分をおざなりにして予選に
出場しないシーナを誉めようものなら、誰もその後のイアソンの命を保障出来ない。元々フィリア並み、或いはフィリア以上に気性が激しいリーナのことだ。
イアソンの頭をレイシャーでぶち抜くことなどいささかも躊躇しないだろう。

「予選が始まるまでに朝御飯食べない?」

 アレン達の思いなど知る由もないシーナは、気さくに話を持ちかける。

「そうですね。起きたのも早くてお腹空きましたし。」
「腹が減っては戦は出来ぬ、と言いますからね。」

 早くも始まっているといっても過言ではないフィリアとリーナの闘いに巻き込まれた格好のアレンとイアソンは、シーナの誘いで救われたような気がする。
フィリアとリーナは、事実上の予選突破の至上命令に加えて相手には絶対負けられないという思いがあって、正直食事どころではない。
しかし、朝食抜きで予選に臨んでは、下手をすればステージ上でへたり込んでしまうかもしれないので、食事は済ませておこうか、と思う。

「ドルフィンはいいんですか?」
「まだ流動食しか食べられないから仕方ないわ。それに無理に起こすわけにもいかないし、食堂が混んで来る前に食べておいた方が良いでしょ?」

 そうは言うものの、常に行動を共にするのが当然のようなシーナにとって、ドルフィンと一緒に朝食を摂れないのはやはり寂しいらしく、表情が明らかに
沈んでいる。

「何なら俺達と御一緒してくれないかな?」

 後ろから観光客らしい三人の若い男達が声をかけてきた。勿論、お目当てはシーナである。

「お断りします。」

 シーナは穏やかながらもはっきりした口調で誘いを断る。

「そう言わないでさあ、美人一人じゃ勿体無いじゃない?」

 折角出会えた美貌の持ち主をみすみす逃すものか、とばかりに、男達の一人が食い下がる。
美人は一人じゃない、と言いかけたリーナはぐっと堪える。下手にシーナと比較されては自分のプライドが崩壊しかねないし、フィリアの嘲笑の材料に
されるのは目に見えているからだ。

「俺達も男ばかりでつまらないし、ちょうど良いじゃない。ね?」

 なおも食い下がる男達に、シーナは呆れたとばかりに小さい溜息を吐いて言う。

「私は人妻ですから、夫を差し置いて貴方達のお相手をすることは出来ません。」

 人妻、という単語を耳にして、流石の男達もたじろく。
アレン達は、シーナが平然と自分を人妻と言ってのけたことに少し驚く。

「お前達、俺の妻に何か用か?」

 男達の背後から低くて芯の太い声がかかる。男達が後ろを振り向くと、ドルフィンが男達を見下ろす形で立っていた。
上半身に包帯を巻き付けた岩石の塊のような体格と槍のような鋭い眼光に、男達は凄まじい脅威と殺気を感じる。

「あ、あの、いや、その・・・。」

 ドルフィンがゆっくり歩き始めると、男達はさっと道を開ける。包帯を巻き付けてあるとは言え、その長身且つ見るからに強靭な肉体を前にして、男達は
とても迎え撃つ気にはなれない。
こんな男に歯向かったら間違いなく殺される、と男達は本能的に身の危険を察知したのだ。
 シーナがドルフィンの元に駆け寄る。
何をするかと思いきや、何の躊躇いも無くドルフィンの首に両腕を回してドルフィンの唇に自分の唇を押し付けるように重ねる。男達は勿論のこと、アレン達や
周囲に居た人々も、二人の人目も憚らぬ大胆な行動にただ唖然とするばかりだ。
ドルフィンとシーナの口が同時に開き、首を大きく傾ける。

「うわぁ・・・始めちゃったよ・・・。」
「あ、あれ、間違いなく舌入れてるわよ。」
「見てる方が恥ずかしいわね・・・。」
「・・・凄い。」

 何だかんだ言いながらも凝視するアレン達をはじめとするギャラリーの面前で、ドルフィンとシーナは完全に自分達だけの世界に浸りきる。
もう止めてくれ、頼むから、と思わせるほど存分に見せ付けてから、シーナは糸を引きながら名残惜しそうに唇を離して、男達に向き直る。

「こういうことですので。」

 男達は呆けたように小さく頷くと、ふらふらと立ち去って行く。大胆を通り越して堂々とした二人の行動に、自分達の誘いの無力さを嫌というほど
思い知らされたのが相当堪えたらしい。
 アレン達も二人の熱愛ぶりを目前で見せ付けられて、言葉一つも出ない。シーナはまだしも、ドルフィンは突かれるとあれほど動揺するのに、まさか公衆の
面前で堂々とディープキスをするとはとても思えなかったのだ。
しかし、ドルフィンはシーナの求めに躊躇いなく応じた。ここぞという時には自分の気持ちを行動で示せる、ということを暗に言いたかったのだろうか。

「痛くない?」
「今は薬が効いてるせいか、まったく。」
「痛みは抑えてるけど傷はまだ塞がってないんだから、無理しちゃ駄目よ。」
「普通にしてる分にはもう大丈夫だ。」

 シーナはドルフィンの首に両手を回したままで、ドルフィンはシーナの細くくびれたウエストを右腕で抱き寄せている。
その様子はいちゃつきというレベルではなく、歴戦の勇者と女神の戯れという表現が相応しい。

「・・・な、何て大胆な・・・。」

 ようやくイアソンが口を開く。

「人前でよくもまあ、あれだけ堂々と・・・。」

 アレンはそれだけいうのが精一杯だ。

「やっぱり、お邪魔虫を追い払うにはこうやって証明するのが一番効果的でしょ?」

 シーナはこれが当然であるかのようにしれっと言ってのける。

「そりゃまあ、そうですけど・・・。普段のドルフィンから考えると、人前でキスするなんて信じられない・・・。」

 アレンが言うと、イアソンは勿論、固まったままだったフィリアとリーナも頷く。

「だって、普段皆言うじゃない。事実上夫婦だって。それを証明しただけよ。ドルフィンだって、人前でキスするのが嫌なんじゃなくって照れくさいだけ
なのよね?」
「ああ。普段は二人で居るだけで何かと突かれるからな。」
「ま、参りました。」

 イアソンは深々と頭を下げる。

「参った?じゃあ、これからあんまり突かないでね。でないとまた見せちゃうわよ。」

 シーナは口調こそ軽やかだが、言っていることは決して冗談ではないと、その場に居合わせた誰もが感じる。

「見せるって・・・、何をですか?」

 答えが分かっているにも関わらず、アレンはにやっと笑いながら尋ねる。しかし、それは間違いというものだった。

「これよ。」

 シーナは挑戦的な笑みを浮かべて短く答えると、再びドルフィンの唇に自分の唇を押し付け、ほぼ同時に舌を滑り込ませる。突然のことにドルフィンは
一瞬大きく目を開いたが、そこはさすがに慣れたもの。直ぐに目を閉じ、負けじと舌を差し入れる。
ギャラリーはまたやるか、と思いつつも、悲しいかな、しっかり凝視してしまう。シーナは左足をドルフィンの右足に絡め、より一層身体を密着させる。

「い、言わなきゃ良かった・・・。でも凄い・・・。」
「ちょっと・・・。音がするわよ。」
「・・・もういいのに。」
「ひゃー、口があんなに開いてる、首があんなに傾いてる・・・。殆ど直角・・・。」

 そうは言うものの、アレン達は勿論、ギャラリーも思わず凝視してしまう。熱愛オーディションというものがあったら間違いなく優勝だ、とギャラリーの誰もが思う。
ドルフィンとシーナの熱く深いキスは、延々10ミムも続けられた・・・。
 フィリアとリーナは気を取り直し、それぞれの専属スタイリストであるアレンとイアソン、そしてシーナと共に朝食を摂り−ドルフィンは食べずに周囲に
目を光らせ、シーナに虫が寄り付かないようにするためだ−、水場で歯を磨いて最後のチェックを済ませた後、会場である中央大広場へ向かった。
開始時刻の8ジムまで残り1ジムを切ったところで会場に到着し、フィリアとリーナは参加者受付で氏名と出身の確認と引き換えに整理券を受け取った。
どちらが先に整理券を受け取るかでひと悶着あったものの、じゃんけんの結果フィリアは11番、リーナは12番となった。
 その後続々と予選出場者が会場に現れ、ステージ脇は綺麗に着飾った若い女性達でいっぱいになった。その数43人。例年を上回る参加者数だ。
何でも首都フィルの二等貴族の一家系の後継者が結婚相手を探しているらしく、その後継者との結婚を狙っているらしい。
フィリアとリーナにとっては貴族子息との結婚などどうでも良いのは言うまでもない。ただ予選を突破し、自分が費やした金を少しでも多く取り戻し、
宿敵である相手−フィリアはリーナ、リーナはフィリア−を打ち負かすことしか考えていない。敗北とは即ち、今後勝者からの嘲りを浴びるのを余儀なく
されるということであることを嫌と言うほど自覚しているからだ。
 二人の専属スタイリストであるアレンとイアソン、そしてドルフィンとシーナは、投票者受付で投票用紙を受け取り、ステージがよく見える位置に座る。
ドルフィンとシーナはフィリアかリーナのどちらに投票しようか、と楽しげに相談しているが、アレンとイアソンはそれどころではない。
それぞれの相手役に投票するのは義務であるばかりでなく、仮に相手役が宿敵に負けるようなことになれば、自分の責任を追及されるのは間違いない。
特にイアソンは、リーナがフィリアに負けたとなれば命の保障すらないので、フィリアには悪いが何としてもリーナに勝って欲しい、と切に願っている。
 客席−と言っても地べただが−が投票用紙を持った人々でぎっしり埋め尽くされ、オーディション予選開始時刻となった。白いウェルダ4)を着た若い
男性がステージに上がる。それに伴って客席から拍手が起こる。男性はラウドネス、と呟いた後、ステージ中央に立って客席に向かい高らかに宣言する。

「お待たせいたしました!ただいまより第21回シルバーローズ・オーディションの予選を開催いたします!」

 客席から大きな拍手と歓声が沸き起こる。

「今回の出場者は前回を大きく上回る43人!果たして首都フィルで行われる本選出場の切符を手にするのは誰か!皆様、とくとご注目ください!」

 一際大きくなった拍手と歓声の中、男性はステージの左端に向かい、そこでスタッフらしい男性から紙を受け取り、改めて客席の方を向く。

「それでは、エントリーナンバー1番の女性から順にご登場していただきましょう!1番!ナターシャ・ハンデルマンさん!」

 男性に氏名を呼ばれた女性がステージに上がる。長身で顔立ちも整ったなかなかの美人で、客席からの拍手と歓声を浴びながらステージ上でくるっと
身体を一回転させて服装とスタイルをアピールしてから、男性の誘導でステージの正面に向かって左側に立つ。
男性の紹介で、次々に出場者の女性がステージに上がり、観客にアピールして整列していく。
 ドルフィンとシーナは勿論、アレンとイアソンは次第に不安になってくる。多額の賞金と本選出場への切符がかかっているだけあって、どの女性も甲乙
つけ難い美人揃いだ。果たしてこの中でフィリアとリーナが自分の存在を観客にアピールすることが出来るのか、かなり気になるところだ。

「続いては、何とはるかレクス王国からの出場者!11番!フィリア・エクセールさん!」

 いよいよフィリアの出番がやって来た。フィリアが緊張した様子でステージに上がる。
亜麻色の髪をアップにして金の髪飾りで留め、男性の目を引く深いスリットがある薄いピンクのローブのようなドレスに赤いハイヒール、そして薄いアイシャドウに
ピンクの口紅という、色気を前面に出したフィリアは、ステージ中央でくるっと一回転してから先の出場者の横に並ぶ。一回転したときにドレスの裾がふわっと
浮き上がってスリットから太腿が覗いたことで、客席から口笛も飛ぶ。これはアレンのアイデアに拠るものだ。

「続いてもレクス王国からの出場者!12番!リーナ・アルフォンさん!」

 続いてはリーナの出番だ。リーナが見た目緊張した様子もなく、ゆっくりとステージに上がる。
自慢の長い黒髪を何時もどおりポニーテールにして、それを何時も着けているものより幅広の白いリボンで束ね、白いブラウスとミニスカート、そして白の
パンプスという、白と黒の対比を強調した出で立ちのリーナは、やはりステージ中央でくるっと一回転する。その時、束ねた黒髪がふわっと宙に舞い、
客席からどよめきが起こる。
イアソンはリーナ自身自慢の黒髪を強くアピールさせるため、ステージ上で速めに一回転するように助言していた。それが功を奏したらしく、これまでより
大きな拍手と歓声が起こる。
リーナはフィリアの横に並ぶ。フィリアを含めた他の女性と比較して身長の低さは否めないが、色気より可愛らしさを打ち出したリーナはかなり目立つ。
 その後も続々と出場者の氏名が紹介され、女性達がステージに上がり、中央で一回転してから先の出場者の横に並んでいく。
出場者全員、43人の女性がステージに横一列に並んだところで、男性が言う。

「さあ!これで全ての出場者が出揃いました!今から10ミムの間にどの女性に投票するか決めてください。そして皆様の右手にあります投票所で
お気に召した女性一人の番号上の空欄に○を書いて投票箱に入れてください。○を2個以上つけた投票用紙は無効票となりますのでご注意ください。
それでは皆様!時間までじっくり吟味してください!」

 客席がざわめく。誰に投票するか仲間内で相談しているグループも居る。
アレンとイアソンはそれぞれの相手役に投票することを決めている、否、投票しなければならないが、ドルフィンとシーナはうんと考え込んでいる。
フィリアかリーナのどちらかに投票するのは勿論だが、専属スタイリストが入念に手伝ったこともあって、フィリアもリーナも他の出場者に見劣りしない。
たかが一票、されど一票。一票の差で予選突破か予選落ちかが決まることも十分考えられる。

「どっちにするかな・・・。」

 ドルフィンの呟きはシーナの気持ちを代弁するものでもある。アレンとイアソンは、自分達と同じく投票権を持っているドルフィンとシーナに願い出る。

「ドルフィン。シーナさん。ここは是非、フィリアに一票を。」
「リーナに一票をお願いします。負けたら私の命の保障が・・・。」
「そう言われてもねえ・・・。選び難いわ。フィリアちゃんもリーナちゃんも十分魅力的だから。」

 シーナも真剣な表情で考え込んでいる。ドルフィンもやはり真剣な表情で、ステージに立っているフィリアをリーナを見比べる。

「こいつは難しい選択だな・・・。アレンとイアソンが揃って器用でセンスが良いことが裏目に出た格好だな。」
「でもドルフィン。ここはどちらかに票を固めた方が良いんじゃないかしら?」
「それは分かってるが・・・。」

 ドルフィンはそう言って深い溜息を吐く。

「10ミムが経過しました!皆様、速やかに投票所で投票を開始してください!○を2個以上つけたもの、並びに白票は無効となりますのでご注意を!
投票を済ませた方は、混雑を避けるため、速やかに客席にお戻りください!」

 男性の声で、観客はざわめきながら続々と立ち上がって投票所へ向かう。アレンとイアソン、そしてドルフィンとシーナも投票所へ赴く。
仕切りがされた投票所は順番待ちの投票者でごった返す。ペンで投票用紙の空欄に○をつけた人々は、隣接する投票箱に投票用紙を入れていく。
アレンとイアソンは即座に自分の相手役の欄に○をつけて、投票を済ませる。一方、ドルフィンとシーナはギリギリまで考え込んだ結果、ある欄に○をつけて
投票し、アレンとイアソンと共に元々居た場所に戻る。

「ドルフィン殿。シーナさん。どちらに投票したんですか?」
「それは開票結果が出てから教える。」
「私も同じ。」

 客席を埋め尽くした約5000人の投票が終了した直後、スタッフが投票箱を運び去っていく。開票は役所で行うことになっているからだ。

「開票結果は15ジムにこの場で発表します。それまで皆様、我が町パンを存分にご堪能下さい。」

 男性の声で、客席に居た人々が再び立ち上がり、あれこれ話しながら会場を後にする。フィリアとリーナを含む出場者の女性達は、男性の誘導でステージ
左脇から退場する。
一行の中で最も背が高いドルフィンが、愛用の剣を高く掲げてフィリアとリーナに居場所を教える。フィリアとリーナはドルフィンの顔を見つけて、揃って
走り寄ってくる。

「フィリアちゃん。リーナちゃん。二人共お疲れ様。」
「緊張しました・・・。目の前が人、人、人で・・・。」
「あんなに大勢の人が集まるなんて思いませんでした・・・。」

 シーナの労いの言葉に、フィリアとリーナは疲れきった表情で応える。

「ま、開票結果が出るまで大人しく宿で休むとするか。二人共疲れた様子だし。」
「そうですね。我々が騒いでもどうになるものでもありませんから。」

 一行は人ごみを掻き分けるようにして宿へ向かう。
結果次第でパーティーの財政事情はおろか、フィリアとリーナの関係に重大な影響を及ぼすため結果が気になるところだが、イアソンが言ったとおり、
フィリアかリーナに一票を、などと叫んだところで○がフィリアかリーナのところへ移動するわけがないから、ここは待つしかない。
果たして結果はどうなるのか。フィリアとリーナは自分の予選突破を願いつつ、アレン達と共に宿に戻る・・・。
 日が西に沈み、パンの町に夜の帳が折り始めた頃、人々が続々と中央大広場に集まってきた。勿論目的は、オーディション予選の開票結果を知るためだ。
アレンとイアソン、そしてドルフィンとシーナは、客席中央に固まって陣取る。フィリアとリーナは事前の説明どおり、予選の服装そのままで他の出場者と共に
ステージに立っている。どちらも緊張と不安で表情が強張っている。
 ステージが幾つものライトボールで照らされる中、予選の時出場者を紹介するなどした男性がステージに上がる。大きな拍手と歓声の中、男性は
ラウドネス、と呟いてから客席に向かって宣言する。その手には1枚の折り畳まれた紙がある。

「皆様、お待たせいたしました!それでは開票結果を発表します!」

 客席からの拍手と歓声が一際大きくなる。男性は手にしていた紙を広げる。

「本選出場者三名を3位から順に発表していきます!ちなみに有効投票数は4927票でした。それでは第3位!」

 一瞬にして静まり返った会場に、男性の声が響く。

「554票獲得!エントリーナンバー22番のアシュリー・デンガルリアさん!」

 長身の青い髪の女性が両手で口を覆う。客席から拍手と歓声が飛ぶ。

「続いて第2位!837票獲得!エントリーナンバー36番のエレナ・リシェンデスさん!」

 やはり長身で茶色の髪の女性が晴れやかな笑顔を浮かべる。
これでフィリアとリーナが揃って予選突破という事態は消滅した。どちらか一方が1位の栄冠に輝くか、揃って予選落ちかのどちらかしかない。
アレン達は勿論、フィリアとリーナも緊張と不安を抱える中、男性が叫ぶ。

「そして栄えある第1位は!1209票獲得!」

 アレン達、そしてフィリアとリーナはごくっと唾を飲み込む。

「エントリーナンバー12番のリーナ・アルフォンさん!」

 リーナは一瞬ポカンとするが、その表情がじわじわと驚きに変わっていく。
怒涛のような拍手と歓声が沸き起こる中、フィリアが猛然と出場者の列から飛び出して男性に掴みかかる。

「ちょっと!エントリーナンバー11番のあたしは何位なのよ?!」
「エ、エントリーナンバー11番のフィリア・エクセールさんは・・・、225票で第5位です。」
「じ、次点でもないの・・・?」

 フィリアは愕然となり、男性の襟元から手を離してその場に立ち尽くす。
服装を整えた男性は、ステージ脇に居たスタッフから賞状と賞金目録を受け取って言う。

「失礼しました。それでは見事予選を勝ち抜かれた三名の皆様、どうぞ前へお進み下さい!」

 長身の女性二人と並んで、未だ信じられないといった様子のリーナが前に進み出る。拍手と歓声は最高潮に達する。

「第3位のアシュリー・デンガルリアさんには、賞金2000ペニーを授与します!」

 男性が賞状と賞金目録をアシュリーという女性に差し出す。アシュリーは驚きの表情で賞状と賞金目録を受け取ると、客席に向かって一礼する。

「第2位のエレナ・リシェンデスさんには、賞金5000ペニーを授与します!」

 男性が賞状と賞金目録をエレナという女性に差し出す。エレナは恐縮した様子でそれを受け取ると、客席に向かって一礼する。

「そして第1位のリーナ・アルフォンさんには、賞金10000ペニーを授与します!」

 男性はリーナが自分と向かい合ったところで賞状を広げて朗読する。

「賞状。第1位。リーナ・アルフォン殿。貴方は第21回シルバーローズ・オーディション、パン町予選で頭書の成績を収められましたので、ここにその栄誉を
称え、本状並びに賞金10000ペニーを授与します。クラリウス歴3312年8月23日。シルバーカーニバル実行委員会パン町支部委員会。」

 男性は賞状を賞金目録を差し出す。リーナはおずおずとそれを受け取り、客席に向かって一礼する。リーナは客席からの大きな拍手と歓声を受けて、
ようやく自分が予選を突破したという実感を掴み、少しずつ笑顔を浮かべる。その笑顔は行動を共にするようになってから今までパーティーの誰もが
見たことがない、晴れやかで爽やかなものだ。
 アレンとイアソン、そしてドルフィンとシーナも惜しみない拍手を送る中、フィリアはその場にへなへなと座り込んでしまう。
熾烈な女の闘いは、フィリアの予選落ち、リーナの第1位での予選突破という結果で幕を下ろした・・・。

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 宿屋内の酒場にアレン達パーティーの唱和がこだまする。
それぞれの飲み物−アレンとリーナとシーナはオレンジジュース、ドルフィンとイアソンはカーム酒−が入ったグラスを中央でカツンと軽く合わせる。
笑顔溢れる中、予選落ちしたフィリアだけはオレンジジュースの入ったグラス片手に重い雰囲気を漂わせて俯いている。

「これでパーティーの財政事情は改善出来ましたね。良かった良かった。」
「この先野宿ばかりだなんて、流石に抵抗あるからね。それにドルフィンの呪詛の解除の問題もあるし。」
「それにしても、この町の人間でないにも関わらず、有効投票数の約1/5を獲得とはな。大したもんだ。」
「リーナちゃん、おめでとう。」
「ありがとうございます。」

 普段着に着替えたリーナは、シーナからの賞賛にはにかんだ笑顔を浮かべる。その笑顔はイアソンの心を鷲掴みにするには十分過ぎるものだ。

「ま、これで安心して首都フィルへ行けるってもんだ。」
「ところで、ドルフィン殿とシーナさんはどちらに投票したんですか?」

 イアソンが重要なことを尋ねる。ことの次第によっては、パーティーの結束に重大な支障を及ぼしかねない。
ドルフィンはカーム酒をくいと飲み干してから、イアソンの問いに答える。

「両方に○をつけた。」
「・・・え?」
「どちらか決められなくてな。無効になることを承知で二人の欄に○をつけたんだ。」
「では、シーナさんは・・・?」
「私もよ。だって、フィリアちゃんとリーナちゃんのどちらかを選べ、なんて無茶な話じゃない。」

 ドルフィンとシーナのある意味での気遣いに、フィリアは少し気分が軽くなったような気がする。だが、今後リーナから見下されることが確定した事実は
どう足掻いても拭えない。それを考えると、フィリアは頭が重くて上げられない。

「司会者から明日役所へ行ってくれ、と言われたそうだな、リーナ。」
「うん。何でも本選出場に関する説明があるんだって。」
「何だろう。説明って・・・。」
「まあ、旅費の支給とかそんなところじゃないかしら。」
「リーナが勝ってめでたし、めでたし。ですね。ハハハ。」

 リーナが予選を突破したことで面目と命が守られたイアソンが陽気に笑う中、フィリアが幽霊を思わせる恨めしげな表情でイアソンを睨む。
大きな歓喜と激しい落胆が入り混じった宴は、夜遅くまで続いた・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

4)ウェルダ:ランディブルド王国の男性用正装。タキシードによく似ている。

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