Saint Guardians

Scene 5 Act 3-4 出発U-Setting outU- 先輩が語る体験談と忠告

written by Moonstone

 ドルフィンの婚約者、否、事実上妻のシーナを新たに加えたアレン達一行は、一路カルーダへ向けてドルゴを走らせていた。
先頭を走るのは負傷で動けないドルフィンを後ろに乗せたシーナ。その後ろをアレンとフィリア、リーナがそれぞれのドルゴで追い、最後尾をイアソンが
追うという隊列を編成している。勿論シーナが結界を張っているものの、もし魔物や盗賊などとの戦闘になれば、Wizardであるシーナが即刻粉砕する構えだ。
 マリスの町を出て早1週間が過ぎた。
セイント・ガーディアンの1人であるゴルクスに剣で全身を切り刻まれた上、傷の自然回復や自己再生能力(セルフ・リカバリー)の発動を極端に鈍らせ、
傷口を開こうとするという、剣にかけられた悪質極まりない呪詛によって身体を殆ど動かせないばかりか定期的に鎮痛剤と造血剤を投与しないと激痛に
苛まれた挙句失血死してしまう危険性があるドルフィンの介護のため、進行中の昼間も3ジムおきに−太陽の傾き具合や身体の感覚で分かるとシーナは
言う−一旦停止してドルフィンに必要な処置を施さなければならないため、往路より進行が大幅に遅れているのだ。しかも鎮痛剤も造血剤も作り置きが
出来ないため、止まっては薬を調合してドルフィンに投与して、また止まっては、を繰り返すため余計に遅くなる。
 この日も日が西に落ち、夜の帳が辺りを包み始めた。アレン達一行は進行を止め、手分けして野宿の準備を始める。アレン、フィリア、イアソンがテントを
張り、リーナとシーナが薬を調合してドルフィンに投与するという役割分担である。食事は携帯食があるから特に準備する必要はない。
テントを張り終えたアレン、フィリア、イアソンは、ドルフィンに薬を投与し終えたリーナとシーナと共に夕食を食べる。夕食と言っても魚の干物だから、
魚を食べ慣れていないアレン、フィリア、リーナは悪戦苦闘する。中でもリーナは魚の小骨が苦手で、かと言って肉と骨や皮とを綺麗に分離してくれる
ドルフィンが動けない現状では非常に苦しい立場だ。そんなに苦手なら干し肉にすれば、というアレンの提案は、肉は嫌いだから、の一言でリーナが
一蹴した。魚相手に悪戦苦闘どころか死闘を演じるリーナに、イアソンが話し掛ける。

「俺が骨と皮を選り分けてやろうか?」
「レディの下着選びを覗こうとする変質者相手に借りを作るのは真っ平御免よ。」
「ま、まだ根に持ってるのかよ・・・。」

 リーナの冷たい一言にイアソンは激しく落胆する。
ラマンの町でリーナの所持品を購入した際、下着を選んでいる自分の背後に回り込んだイアソンの行為をリーナは忘れてはいなかった。イアソンはここで
器用なところを見せて自分の株を上げようと目論んでいたのだが、それ以前にリーナの評価がどん底まで落ちていては話にならない。

「あら、イアソン君たら、リーナちゃんの下着選びを覗こうとしたの?」
「ええ。だから股間に一発蹴りを叩き込んでやったんです。」
「あの一撃でもう気は済んだだろ?いい加減忘れてくれよ。」
「お断りよ。」

 懇願とも言えるイアソンの願いを、リーナは一言で一蹴する。イアソンはすっかりしょげてしまい、ぼそぼそと食事を進める。その様子がアレンとフィリアには
あまりにも不憫に思えてならない。

「じゃあ、私がやってあげるわ。」
「え?シーナさんが・・・?」
「大丈夫。こう見えても魚の干物の扱いには慣れてるんだから。」

 リーナが半信半疑で魚の干物を差し出すと、シーナはそれを受け取り、ドルフィンがやったのと同じように小骨の多い外周部を取り除き、中央の頭骨と
背骨とあばら骨を手際良く剥ぎ取り、残った皮を綺麗に剥ぎ取る。

「はい、おしまい。これなら大丈夫でしょ?」
「あ、ありがとう・・・ございます。」

 微笑みながら肉だけになった干物を差し出すシーナから、リーナはおずおずとそれを受け取る。

「シーナ殿。こういった経験はお持ちなんですか?」
「ええ。クルーシァに居た頃、修行で此処カルーダにもよく出入りしていたし、その時魚の干物の食べ方をドルフィンに教えてもらったのよ。」

 シーナは少しはにかみながら言い、後ろで横になっているドルフィンを見る。その青い大きな瞳は愛情に満ち溢れている。

「ドルフィンに教えてもらったんですか。」
「ええ。ドルフィンは小さい頃から釣りが好きで、釣った魚を焼いて食べたり、自分で開いて干物にして家の食事にしていたから。」
「へえ・・・。ドルフィンって釣りが好きなんですか。」
「そうよ。漁船に乗って大きな魚を釣ってその場で捌いて刺身にして食べたりもしてたわ。私もよく食べさせてもらったものよ。」
「既にその頃から、ドルフィンのシーナさんに対する愛情は顕著なものだったわけですね?」
「やだ、アレン君ったら。照れるじゃないの。」

 そう言うシーナは頬をほんのり赤らめ、照れ隠しに笑顔を浮かべている。その背後で横になっているドルフィンは耳まで赤くなっていたりする。
周囲が暗いのとシーナの背後に居るのがせめてもの救いか。

「ドルフィンとシーナさんって、クルーシァに居た時どのくらいの頻度でデートしてたんですか?」
「休みの日には朝から晩まで一緒に居たけど、平日でも会って話をするくらいなら毎日してたわよ。」
「朝から晩までってことは、一緒に住んでたんじゃないんですか?」

 更に突っ込んだアレンの質問に、シーナは少し間を置いてから答える。

「クルーシァには、夫婦か婚約者以外は男女別々の寮で暮らすっていう規則があるの。だから、恋人同士でも婚約しない限りは別々に暮らさなきゃ
ならないの。」
「クルーシァって、寮生活なんですか。」

 初めて知るクルーシァの規則に、アレンは勿論、他の面々も食事の手を休めて聞き入る。

「ええ。それにドルフィンは剣の修行と魔術の勉強、私は魔術と医師、薬剤師の勉強があったから、日中はまず会えなかったわ。夜、待ち合わせ場所で
顔を合わせて暫く話をしてからそれぞれの寮へ戻る、っていう暮らしだったのよ。」
「で、その待ち合わせ場所っていうのが、ドルフィンから赤い薔薇の花束と共に『俺と一緒に居てくれ』ってプロポーズされた噴水ってわけですね?」
「アレン君、ご名答。」
「ア、アレン・・・。何でそんなこと知ってるんだ・・・?」

 嬉しそうに答えたシーナの背後から、呻き声のようなドルフィンの低い声が聞こえてくる。無論、その顔は真っ赤だ。

「マリスの町で最後の夕食を食べた時、フィリアがシーナさんに聞いたら教えてくれたんだよ。」
「き、聞くな・・・。それに・・・答えるな・・・。」
「良いじゃない。アレン君達の今後の参考になるかもしれないでしょ?」
「そんなこと、その場その時に自分の頭で考えさせろ・・・。」
「だって、フィリアちゃんが妙に切羽詰った様子で尋ねてきたんだもの。やっぱりそういう時は経験者としてきちんと話しておくべきじゃない?」
「そんな必要あるか・・・。」

 ドルフィンの呻き声のような低い声とシーナのソプラノボイスの掛け合いが続く。アレン達は時折食べつつもしっかり耳を傾けている。

「まさか・・・余計なことまで喋ってないだろうな・・・。」
「余計なことって?」
「それを言ったら・・・アレン達に聞かれるだろうが・・・。」
「あ、ドルフィンが記憶を失ったシーナさんを連れてカルーダに行った時、一夜を共にしたっていう話は聞いたから。」

 アレンの言葉は、ドルフィンにとって死の宣告に等しい。今後どんな冷やかしが待ち構えているか、分かったものではないからだ。

「シーナぁ・・・。何でそんなことまで言うんだぁ・・・。」
「ドルフィンが洞窟へルーの像を取りに向かった時、皆を集めた席上、話の流れで言わなきゃならない状況になっちゃったから・・・。」

 流石のシーナも恥ずかしそうだ。ドルフィンの様子は言うまでもなかろう。しかし、この場に居る面々は皆年頃の男女。この手の話が気にならない筈がない。
アレン、イアソン、リーナはすっかり食べるのを忘れてシーナの方に注目する。
フィリアはがつがつと魚の干物を食べて水を飲んだ後、妙に引き締まった表情でシーナに尋ねる。

「シ、シーナさん。カルーダでの一夜が、は、初体験だったんですか?」
「え?違うわよ。」
「だ、だから・・・答えるなって言ってるだろ・・・。」
「そ、それじゃ、な、な、何歳の時に?あ、相手はも、勿論、ドルフィンさんですよね?」
「ええ。相手は勿論ドルフィンよ。婚約して一緒に住み始めた最初の夜だったから、18の時ね。」
「シーナ・・・。人の話を・・・聞け・・・。」

 残念ながら、ドルフィンの言葉は完全に聞き流されてしまっている。シーナから聞かされた衝撃の事実−自分達と2歳か3歳くらいしか違わない年齢で
性体験を持ったという話は、年頃の男女の注目を集めるには十分だ−に、アレン達は一瞬言葉を忘れてしまう。

「一緒に住むなりベッドインなんて・・・。ドルフィンもシーナさんも凄い・・・。」
「お、幼馴染が発展するとそうなるのね・・・。良いこと聞いたわ・・・。」
「良いことって何だよ、フィリア。」
「内緒。」
「18って言ったら、レクス王国じゃセレブレーションを受けて大人の仲間入りする年齢・・・。婚約者同士ならそうなっても不思議じゃないか・・・。」
「お、俺もやがて何れは・・・。」
「あんたがあたしの相手にならないってことだけは確実よ。」
「決め付けるなよー、リーナぁ。」
「フン。」

 四人四様の反応を見せる中、シーナは落ち着いた口調で言う。

「皆はどうか知らないけど、好きな人と初体験出来るっていうのは凄く幸せなことよ。私は女の立場から言うけど・・・あの夜は今でもはっきり憶えてるし、
これからも絶対忘れない。私にとって初体験っていうのは、それだけ重みのあるものだから。」
「「「「・・・。」」」」
「だから譬え相手がドルフィンでも、婚約っていう確固たる契約が成立するまでは絶対身体を許さなかったわ。それが恋敵には、身体を餌に自分を
守らせている、って映ったらしくて、強く非難されたけどね。でも、ドルフィンは我慢してくれた・・・。男の人の性欲がどんなものかは想像の域を出ないけど、
きっと相当の葛藤があったんだと思うわ。仲を深めたい欲望とそれを抑えようとする理性の間でね・・・。ドルフィンには今でも本当に感謝してる。私の初体験を
掛け替えのない素敵な思い出にしてくれたから・・・。」

 シーナの話にアレン達は真剣な表情で聞き入る。年頃の男女ばかりで構成されるパーティーなので、「先輩」であるシーナの話が自分に関連するものだけに
冷やかしを入れる余地はない。
恋愛事に疎いアレンはまだしも、リーナに一目惚れしてアプローチの機会を狙っているイアソンは、男としての立場からシーナの話を心に染み込ませる。
現状では限りなく可能性はゼロに近いが、もし将来リーナと恋人同士になれた場合、リーナの気持ちを考える必要があると痛感する。
 そしてシーナと同じく女であるフィリアとリーナも、一字一句聞き漏らすまいとシーナを注視している。特にフィリアはドルフィンとシーナ同様異性の
幼馴染を持ち、しかもその相手を好きになり、そしてその相手と行動を共にして久しい。自分も初めての相手はアレン、と心に決めているし、故郷のテルサの
町に居た男友達との雑談から、男の性欲が女のそれとは少し異質であると同時に女より強いものだということを聞き知っている。
もし仮にアレンと恋愛関係になり、アレンが自分を求めてきたらどうするか、今のうちから方針を決めておかなければならない、とフィリアは思う。

「フィリアちゃんとリーナちゃんは私と同じ女だけど、性体験についてどういう考えを持っているかは分からないし、その考えに干渉するつもりはないわ。
考え方は人それぞれだからね。だけど、性体験を幸せな形で迎えられた私としては、やっぱり処女であることは大事にして欲しい。成り行きや勢いに任せて
処女を失ってから後悔したところで処女は戻ってこないし、その時の記憶を嫌な形でずっと心に留める羽目にならないで欲しいから。」
「「・・・。」」
「これまでの様子を見た限りでは、フィリアちゃんはアレン君に想いを寄せてて、リーナちゃんは白紙状態みたいだけど、同じ女の体験談とそれから得た
見解が少しでも参考になれば嬉しいな。余計なお節介かもしれないけど。」
「そ、そんなことないです!凄く共感出来るものがありました!」

 フィリアが真剣そのものの表情で言う。

「私も女ですし、故郷に居た頃男友達とそういう話になった時、男の性欲ってのがどんなものか、断片的ですけどそれなりに分かったつもりです。私だって
好きな相手に処女を捧げたいですし、相手が求めてきたらどうするかまではまだはっきり決めてません。シーナさんの話を参考にして、これからの自分の
態度を決めておきたいと思います。」

 フィリアの横で発言を聞いていたアレンは、これまで猫がじゃれ付くように自分にアプローチして来たフィリアが、それなりに真剣に自分を想っているのだと
知って少し嬉しい気持ちになる。だが、フィリアのこれまでのじゃれ付くようなアプローチを何度も経験したことを踏まえると、相手が才色兼備の尊敬する
魔術師だからそう言えるのかもしれないとも思う。フィリアの想いがアレンに通じるのはまだまだ先の話になりそうだ。

「・・・あたしにも好きな人が居ました。でもその人には、あたしがどう足掻いても絶対割り込めない相手が居ることを痛感させられて、諦めました。」

 やや興奮気味だったフィリアとは対照的に、リーナは落ち着いた、少し寂しげな口調で言う。リーナが言う好きな相手が誰だったか、そしてリーナがそれを
諦めざるを得ない決断を下す過程を知っているイアソンは、神妙な面持ちでリーナの話を聞く。

「だからと言って、自棄になってその辺の男と、なんてことはしたくないです。あたしも好きな人と初体験したい、って思ってましたし、今でもそうです。だから
シーナさんの話を、先輩からの忠告として胸に刻んでおこうと思います。」
「ありがとう。何時かリーナちゃんにも相思相愛の関係になる相手が現れるわ。その時まで自分を大切に、ね。」
「はい。」

 リーナは短く返答した後、休めていた食事の手を再び動かし始める。

「アレン君とイアソン君には、本来ならドルフィンからアドバイスするのが一番適切だと思うんだけど、ドルフィンは人前で恋愛ごとを話したがらないから、
私がドルフィンに代わって女の立場から言わせて貰うわね。」
「「は、はい。」」

 話の対象が自分達に向けられたことを悟ったアレンとイアソンは、思わず背筋を伸ばして返答する。フィリアほどではないにしても、魔術師の最高峰である
Wizardであり、医師、薬剤師でもあるシーナの話を軽く聞き流す気にはなれない。

「今まで見た限りだと、アレン君は白紙状態、イアソン君はリーナちゃんに想いを寄せてるようだけど、このまま一緒に旅を続けていくうちに好きな相手が
現れるかもしれない。一途なタイプのイアソン君は別としても、アレン君にも好きな相手が現れる可能性はまったくゼロとは言い切れないわ。だからアレン君と
イアソン君には、二つ頭に入れておいて欲しいことがあるの。」
「な、何ですか?」
「二つ・・・ですか?」
「ええ。まず一つ目。仮に好きな相手と恋愛関係になって順調に仲を深めていったとしても、ことが性体験の場合は相手の気持ちを優先して欲しいの。」
「「・・・。」」
「さっきも言ったけど、私にとって初体験っていうのは凄く重みのあることだから、譬え相手がドルフィンと言えども、婚約っていう確固たる契約が結ばれる
までは絶対身体を許さなかった。勿論ドルフィンだって男だから、これもさっき言ったことだけど、欲望と理性の凄まじい葛藤があったんだと思う。それでも
ドルフィンは、私が求めるまでは私をベッドに引っ張り込むことはしなかったし、その時はここまでが限界、という意思表示をしたらそこまでで止めてくれた。
だから恋敵には、ドルフィンが男だってことを忘れやしないか、って強く非難されたんだけど、私はそういう考えだった。ドルフィンが自分の気持ちより
私の気持ちを優先してくれたから、私は好きな相手と初体験を迎えられたし、凄く幸せな思い出として今でも鮮明に心に焼き付いてるし、ドルフィンと私は
将来のマリスの町の町長夫妻って公認されるまでになった・・・。もしドルフィンが強行手段に出ていたら、今のドルフィンと私の関係はなかったと思う。
男の立場からすれば、女の我が侭としか映らないかもしれないけど、実際女っていうのは我が侭なのよ。こと恋愛事に関しては特にね。だからそんな我が侭を
包容出来るだけの心を、アレン君とイアソン君には持っておいて欲しいの。」
「・・・はい。」
「仰ったこと、しっかり覚えておきます。」

 アレンとイアソンは、共に真剣な表情でシーナの「要望」に同意する。シーナは、ありがとう、という代わりに小さく頷いてから話を続ける。

「二つ目。これは凄く生々しい話だけど、男のアレン君とイアソン君には絶対覚えておいて欲しいこと。それは・・・。」

 シーナは少し間を置いてから、二つ目の「要望」を口にする。

「一つ目とも関連することだけど、幾ら相手が好きだからって、絶対にレイプっていう手段には出ないで欲しいの。」
「・・・。」
「レ、レイプ・・・ですか。」

 アレンはあまりにも生々しい単語に言葉が出ない。イアソンも衝撃を隠せない。食事をしながらシーナの話を聞いていたフィリアとリーナも、食事の手を
ぴたりと止めてシーナの方を向く。

「男の人の性欲が暴走すると、とんでもない方向に向かう時がある。・・・実はね、私はドルフィンと付き合うようになる前、レイプされそうになったの。」
「ええ?!」
「ほ、本当ですか?!」
「・・・嘘。」
「・・・。」

 アレン、イアソンは思わず聞き返す。フィリアは一言だけ呟いて絶句し、リーナも珍しく驚きを露にする。

「その時、私はドルフィンと喧嘩しちゃってて、仲直りするきっかけが掴めなくて困ってたの。そんな時、顔見知りの同年代の男の人から、ドルフィンが
謝りたいって言ってるからついて来て欲しい、って言われて、ドルフィンと仲直りしたかった私は何も考えずについて行ったの。そうしたら向かった先は
人気のない場所で・・・、そこにはその男の人の仲間が待ち構えてたの。どういうこと、って問い掛けた私に、その男の人達は目の色を変えて一斉に
襲い掛かってきたわ。私にはその男の人達が凶悪な魔物に見えた・・・。」
「「「「・・・。」」」」
「私はあっという間にその場に押し倒されて、両手両足を押さえつけられて口も塞がれて服を破られて・・・。残るは下着だけになったところでドルフィンが
駆けつけて来て、その男の人達を全員叩きのめして退治してくれたから難を逃れられたんだけど・・・。もしドルフィンが来てくれなかったら・・・。」

 シーナは話を止めて視線を落とす。アレン達は、その時のシーナのショックがいかに大きなものだったか十分察することが出来る。
少しの間重い沈黙がその場を支配した後、シーナが顔を上げて話を再開する。

「あの時男の人達が言った言葉が今でも耳から離れないの。『お前の身体を存分に堪能させてもらうぜ』『お前と一発やれるなんて、考えるだけでもワクワク
するぜ』って・・・。私が婚約するまでドルフィンに身体を許さなかったのは、きっとその時のショックがドルフィンにまで及んだせいだと思う。あんなことが
なかったら、私は婚約前でもドルフィンが求めてきたら許していたと思う。」
「「「「・・・。」」」」
「ドルフィンと仲直りすることしか頭になかったせいでろくに考えもせずにのこのことついて行った私も私だけど・・・。未遂でもレイプっていうのはそれだけ
女に強い負のショックを与えるものなのよ。アレン君とイアソン君はそんな男じゃないとは信じてる。でも、男として、これから先色々な女と出会う機会が
ある立場として、絶対にレイプっていう手段には出ないで欲しいの。レイプは・・・最低かつ最悪の行為よ。」
「・・・この場で約束します。絶対にそんなことはしません。」
「俺もアレンと同じく、絶対レイプに訴えないと誓約します。」

 アレンとイアソンが真剣そのものの表情できっぱりと言う。
好きな相手が居ないアレンはいまいち実感が湧かない部分もあるが、現にリーナに想いを寄せているイアソンは、リーナが泣き叫ぶ様子を想像すると
とてもリーナの処女を力ずくで奪うことは出来ないし、そんなことはしたくないと強く思うのだ。
アレンとイアソンの真剣な表情を見て、シーナは安心したのか表情を緩める。

「ありがとう。アレン君とイアソン君の言葉、覚えておくからね。この先もしアレン君かイアソン君が誰かをレイプした、なんて話を聞いたら、この私がWizardの
名誉と誇りをかけてこの世から抹消してあげるから、覚悟しておいてね。」
「「は、はい。」」

 アレンとイアソンは、シーナの言葉の背後にある壮絶な気持ちを察し、反射的に背筋を伸ばして返答する。

「長話しちゃって御免なさいね。さ、明日に備えて食事を済ませちゃいましょう。」
「「「「はい。」」」」

 明るい口調でその場の雰囲気を切り替えたシーナの言葉を受けて、アレン達は食事を再開する。その間、ドルフィンは目を閉じてこれまでのシーナとの
思い出を脳裏に蘇らせていた・・・。
 マリスの町を出てから20日を過ぎたこの日、アレン達一行はようやくカルーダの町に到着した。先にイアソンがドルゴを降り、宿と教会の手配をしてくると
言って駆け出して行ったので、残されたアレン達は入り口付近で待機している。ドルフィンにかけられた呪詛を解除出来なくても緩和することくらいは
出来る筈だ、というイアソンの判断で教会の手配も加えられたのだ。
 30ミム程経過した後、人ごみを巧みに避けながらイアソンが戻って来た。イアソンは早くなった呼吸を素早く整えると、まずドルフィンの腕を肩に回して
ドルフィンを支えているシーナの方を向く。

「教会は手配してきました。事情を話したところ、どれくらい緩和出来るかは分からないがやれるだけのことはやらせてもらう、とのことです。」
「イアソン君、ありがとう。」
「教会はこの町の中央教会23)を手配しました。少々遠いですがご了承願います。」
「それはフライで飛んでいけば良いことだから構わないわ。わざわざありがとう。」
「いえ・・・。で、宿だけど。」

 イアソンはアレン達全員を視界に収める。

「宿は、前回ドルフィン殿に連れられて此処を訪れた際に使ったところを手配した。料金も一番安いし、中央教会にも比較的近い。」
「部屋の割り当ては?」
「6人用の大部屋にした。シーナ殿にはこれまでのドルフィン殿の介護疲れが蓄積しているだろうし、シーナ殿が休んでいる間俺達でドルフィン殿の介護を
出来るように、ということで。」
「妥当な判断ね。」

 アレンの問いに答えたイアソンに、リーナが珍しく賛辞の言葉を送る。それで少し照れたイアソンだが、軽く咳払いをして表情を引き締める。

「シーナ殿。中央教会の所在地はご存知ですね?」
「ええ。何度か此処には来てるから。」
「ドルフィン殿。前回我々が利用した宿の場所は憶えておられますね?」
「ああ・・・。その点は心配要らん・・・。」
「では、シーナ殿はドルフィン殿を中央教会に運んでください。イアソン・アルゴスの紹介で来た、と言えば話は通じます。」
「分かったわ。それじゃ悪いけど、私達の荷物を宿まで運んでおいて貰えるかしら?」
「分かりました。」

 アレン、フィリア、リーナ、イアソンの4人は、シーナから2人分の荷物を受け取る。元々ドルフィンは荷物が少ないのでリーナが持ち−剣はドルフィンが
腰に装着している−、シーナの荷物はアレンが持つ。薬草や医療器具、それに加えて着替えなどがぎっしり詰め込まれた荷物は、それなりに力のある
アレンでもかなり重いと感じる。

「宿にも受付で私の名前を出してくれれば素通り出来るようにしておきますので。」
「ありがとう。それじゃ先に行かせて貰うわね。」

 シーナはフライを自分自身にかけてドルフィンを支えたまま空高く浮かび上がったかと思うと、まさに鳥のように飛び去っていく。
Wizardの力量の断片を見せ付けられて少し呆然としていたアレン達は、気を取り直す。

「それじゃ、俺達は宿へ向かうか。道案内は俺がする。」
「アレン。重そうだけど大丈夫?」
「平気平気。」

 アレンの身体が、シーナの荷物を引っ掛けている左肩の方向に傾いているのを見て不安げに尋ねたフィリアに、アレンは平然を装って答える。
しかし実際はかなり重く、この人ごみの中イアソンについて行けるかどうか多少不安がある。

「もっと身体鍛えた方が良いんじゃない?」
「あんたは余計な口出ししなくて良いの。」

 リーナがアレンに発した、やや軽蔑の篭った言葉に敏感に反応したフィリアがリーナをじろっと睨む。

「二人共、こんなところで喧嘩しても恥晒すだけだぞ。さ、行こう。」

 ちょっとしたことで直ぐに睨み合いに発展する二人の扱いには、流石のイアソンもほとほと困らされる。大勢の人の前で取っ組み合いの喧嘩をするわけには
いかない、と思ったらしく、フィリアとリーナは矛先を収めて歩き始めたイアソンについて行く。
アレンも荷物の重さで身体を傾かせながら、先に歩き始めた3人の後を追う。久しぶりに訪れたカルーダの町は、相変わらず魔術と医学と薬学の総本山の
名に相応しい混雑ぶりだ・・・。
 アレン、フィリア、リーナ、イアソンが宿に着いて部屋で寛ぐこと約1ジム。ドアがノックされ、アレンが、どうぞ、と応対すると、ドアが開いてドルフィンを
支えたシーナが入って来た。これまで完全にシーナに引き摺られる形だったドルフィンが、シーナの肩を貸して貰ってはいるものの、確かに自分の足で
立っている。
シーナがドアを閉めた後、アレンが尋ねる。

「シーナさん。ドルフィンの具合はどうなったんですか?」
「やっぱり解除は無理だったけど、少し緩和出来たわ。呪詛の効力が少し弱まったから、比較的傷の浅かった腕や足は進展が早まった自己再生能力
(セルフ・リカバリー)のお陰でかなり回復して、ご覧のとおり、支えは必要だけど一応自分の足で立てるようになったの。」
「良かったですね。」

 明るい表情でのシーナの報告に、アレンは労いの言葉をかける。他の3人も、ドルフィンが少しとは言え目に見える回復を見せたことで表情を明るくする。

「薬の投与も、これまでの3ジム単位から6ジム単位で良くなったそうよ。」
「それじゃあ、シーナさんの負担もかなり減りますね。」
「ドルフィンが少しでも楽になって良かったわ。」

 シーナは自分の負担が減ったことより、ドルフィンが回復したことが嬉しいようだ。

「で、今からドルフィンに薬を投与して包帯を取り替えて、それから皆で一緒に魔術大学へ行ってくれないかしら?」
「魔術大学へ・・・ですか?」
「ええ。ドルフィンは学長に会ったって言うし、私も2年間席を空けてたからせめて学長に顔見せくらいはしておこうと思って。」

 フィリアの問いにシーナが答える。

「でも、俺達がついて行っても邪魔なだけじゃないですか?」
「貴方達、ドルフィンと一緒にこの町に来た時魔術大学へ行ったんでしょ?ドルフィンから聞いたわよ。その時学長にも会ったそうじゃない。学長は
人懐っこい方だから、貴方達との再会を喜んでくれるわよ。」

 イアソンの不安をシーナが打ち消す。
その後、一行は手分けしてドルフィンに薬を投与して包帯を取り替えた後、全員揃って魔術大学へ向かった・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

23)中央教会:キャミール教の場合、一つの町に最低でも教会は3つあり、その内の1つが中央教会として全体の指揮監督にあたっている。

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