Saint Guardians

Scene 3 Act 2-3 共同-Collaboration- 闇から立ち上る決戦の狼煙

written by Moonstone

 その後の作戦会議は滞りなく進み、コース別の小隊の配分まで決定した後、散会となった。北進コースにはドルフィンの他、バルジェを小隊長とする
機動部第1小隊他、約1500人が配分され、潜入コースにはアレン、フィリアの他、イアソンを小隊長とする情報部第1小隊他、約1000人が配分された。
作戦決行は今夜0ジム。真夜中の出発である。
 部屋に戻った一行は用意された食事を摂る。この食事の後は出発まで自由行動ということになってはいるが、出歩く場所などある筈もないし、差し迫った
状況を考えれば睡眠時間に充てるのが賢明だろう。
 出発してからはナルビアで合流するまでの期間、完全にドルフィンと別行動になるアレンとフィリアは緊張感を隠せない。
ハーデード山脈の古代遺跡突入のときもドルフィンと離れたが、その期間も事情もまったく異なる。あの時に同行した相手は何かと二人に突っかかってくる
リーナであったが、全員で3人という少数であり、事情が事情だけに共同するときにはそれなりに共同できた。今度は約1000人というテルサの総人口にも
匹敵するような軍勢の一員として行動する上に、その中で気心が知れているのはアレンとフィリア互いに一人しかいない。
 如何に共闘関係を締結したとはいえ、それが構成員全ての意思として浸透しているとは限らないということはドルフィンからも聞かされた。ドルフィンの
その言葉を先程までの会議で思い知っただけに、絶えず不測の事態に備えて緊張感を持続しなければならないだろう。果たして緊張感を維持できるのか、
それに敵勢力と遭遇したとき躊躇せずに殺せるのか、行動を共にする『赤い狼』が不満のあまり、自分達に不利になるような行動をとらないか・・・。
懸案事項は減ったどころか逆に増えたといえる。
考え事が多くなった分、アレンとフィリアは口数も殆どなく配給された食事もあまり進まない。先にすっかり食べ終えてしまったドルフィンが、重い表情の
二人に言う。

「まあ、それほど敵を脅威と思わないことだ。現にエルスとバードでは圧倒的な戦力差があるにもかかわらずほぼ撃退されているというくらいだし、
奴等は数としては圧倒的だが戦力としてはさほどでもないということは、ハーデード山脈の一件でも分かっただろう。」
「でも、あの時だってドルフィンから貰った魔晶石がなかったら、特にアーシルがなかったらどうなってたか分からないよ・・・。」
「逆に考えれば、アーシルとかを使って奴らの行動を阻止した上に見事に脱出できたわけだろう?」
「・・・そう、とも言えるね。」
「そうとも言える、じゃないわよ。アレンの剣があったからこそ、Warlockの魔術師を倒してあの古代遺跡に辿り着けたんだからね。相手が魔術師でなくても、
アレンの素早い剣の威力は絶大よ。」
「過信するのは危険だが、もう少し自分に自信を持っても良い。多少高位の魔術師が居ても十分勝てる、ってな。」
「そうそう。アレンには切れ味抜群の剣と抜群の運動神経があるじゃない。あたしだって頼りにしてるわよ。」

 二人の言葉にアレンの硬かった表情が少し和らぐ。何かと自分自身に劣等感を感じることが多いアレンにとって、自分に向けられる励ましや期待は
ありがたく思う。

「ミルマ以西からの援軍の可能性は薄いということだが、万が一ということもある。アーシルは出発と同時に出しておいて良いだろう。それから、前の残りの
魔晶石は危ないと思ったら迷わず使え。あれはお前に譲渡したやつだから遠慮は要らん。」
「うん。ドルフィンに貰った召還魔術と魔晶石は大事に使わせてもらうよ。」
「それから、今俺達が共有している薬や食料はお前達が持てるだけ持って行って良い。特に傷薬や精神安定剤は多すぎて困ることはない。全部持って
いっても良いぞ。」
「それじゃドルフィンはどうするんだよ?」
「俺には自己再生能力(セルフ・リカバリー11)あるから、多少の傷ならその場で直ぐ治る。それに俺はIllusionistだ。同じIllusionistやWizardでも居ない限り、
俺には魔法は大して効かん。召還魔術で余程強力な奴をぶつけて来られれば多少話は違ってくるがな。」

 ドルフィンはあっさりと言ってのけるが、そんな戦闘が起こればこの国の一つや二つ、軽く消し飛んでしまうだろう。そんな力を国の支配や他国の侵略に
向けないのは、ドルフィンの理性がなせる技と言える。逆に言えば、そういう理性が備わっているからこそ、見知らぬ組織からも当てにされるほどの力を
身につけることが出来たのだろう。

「私達のコースでは前線基地を構築してから先に一度城に潜入する部隊があるそうですけど、潜入のコツとかありますか?」
「コツねぇ・・・。音を立てないのは基礎中の基礎だな。あとは危なくなったら逃げること。これに尽きるだろう。」
「・・・それだけ?」
「潜入といっても戦争という点では同じだ。それにハーデード山脈の一軒のときにも言ったが、無理と思ったら直ぐに退くことも重要なことだ。勇気と
無謀とは違う。それを忘れないだけでも身の安全は違ってくる。」

 出発してしまえば今度はナルビアで合流するまでドルフィンと離れ離れになるだけに、アレンとフィリアはドルフィンの言うことを一字一句
聞き漏らさないつもりで耳を傾ける。

「あと、今回は前と違って大きめの自警団並の人数と行動を共にする。前の時もいがみ合いは危険だといったが、今回は尚更だ。内輪もめは相手に
攻め込んでくれと誘っているようなものだ。隊長の指示は聞き漏らさず、自分の生命に危険が及ばない限りその指示には従うこと。そして意見を言う時も
決して感情的にならないこと。これは特に重要だ。」
「俺は特にそうだね・・・。昨日ドルフィンに食ってかかったし。」
「あたしも注意しないと・・・。」
「何か言われて言い返す時は、その前に10数えてみると良い。それだけでも随分違う。何にせよ他人と行動するときは言葉に十分注意することだ。無用な
誤解やしこりを生む原因になるからな。ことが戦争なら尚更、内輪もめの原因に直結する乱暴な言葉には注意するべきだろう。特に今度は全員が何らかの
形で武器を持っているから、内輪もめは殺し合いにもなりかねん。」
「うん。分かった。」
「よく肝に命じておきます。」
「お前達のコースの隊長は確か・・・イアソンとかいう男だったな。あの男はなかなか理知的で度胸も据わってる。あの男の言うことならそうそう疑う必要も
ないだろう。」

 ドルフィンがイアソンに手放しに近い賞賛の言葉を向ける。
昨日の共闘関係締結の交渉の場に居なかったフィリアには今日の会議終了後に握手をしたくらいで馴染みが薄いが、アレンはナルビアの詳細な情報を
紹介し、さらに国王勢力の不可解な行動に関して大胆とも言える仮説を提示して、それに対する批判や疑問にも決して感情的にならずに周囲を説き伏せた
イアソンのことはよく覚えている。
 握手を求めてきたときは一転して気さくそのもので、一大組織の中央本部関係者というより何処にでも居そうな一人の若者という印象だ。高い実戦能力と
気さくな人柄という点ではドルフィンと似ているともいえる。

「今は兎に角食うものをきちんと食って、しっかり寝ておくことだ。夜間行動は身体のリズムが狂いやすい。それが不規則になると尚更身体の調子を
崩しやすくなる。体調を万全にしておけば、それだけでも大きく違ってくるぞ。」

 ドルフィンはそう言うと、手近な壁に凭れると愛用の剣を傍らに立てかけて、両腕を組んで目を閉じて俯く。アレンとフィリアはドルフィンが仮眠を
取りに入ったのだと思い、食欲が湧かない胃袋に何とか食べ物を押し込んでいく。
 ドルフィンの言ったとおり、夜間出発というのは思いの他、身体に負担がかかる。ハーデード山脈の一件のときも、リーナの家に到着してからひと騒動
あってから猛烈な眠気が襲ってきて、パーティーがあるとドルフィンに起こされるまで目覚められなかったくらいだ。此処で腹が減ってないから、とか、
眠くないからといって何も食べず、寝てもいないと、出発のときになって眠くて腹も減って出発どころではなくなってしまいかねない。そうなったら、
自分達が所属する舞台のメンバー全員の足を引っ張ることになる。
 アレンとフィリアはどうにか食事を腹に追いやると、部屋に配置されている二段ベッドにアレンが上、フィリアが下に潜りこむ。二人共目が冴えて
なかなか寝付けないが、目を閉じて体の力を抜いて、何とかして寝ようと苦心する。一方のドルフィンは腕を組んだまま動く気配がない。完全に眠りに
落ちたようだ。肉体の外見は勿論、身体のリズムも状況に応じて自在に変化できるドルフィンは、まさに戦闘人間だ。それには遠く及ばないにしても、
大軍の−敵の国王精力から見れば微々たるものだが−一員として、そして闇の中フィリアを乗せてドルゴを操縦する身として体調をしっかり整えて
おかなければ、とアレンは思う…。

「・・・アレン、フィリア。そろそろ起きろ。」

 低い張りのある声がアレンとフィリアの耳に飛び込んで闇に沈んでいた意識を浮かび上がらせる。眠そうに目を擦りながら身体を起こすと、既にマントを
着けて剣を持ったドルフィンが立っていた。

「何だかんだ言っても結構寝られるじゃないか。それだけ寝られりゃ上等だ。」
「もう出発の時間?」
「あと20ミム程で集合だ。早く身支度を整えろ。」

 アレンとフィリアは身体に多少の違和感を覚えながらも、皮袋の中身のチェックや薬、食料の配分を手早く行い、ドルフィンに残りの分を手渡す。

「これで良いのか?」
「うん。皮袋がいっぱいになるくらい持ったからもう十分だよ。」
「なら良い。あとは皮袋に夢中になって自分達の装備を忘れるんじゃないぞ。」
「それは勿論。」

 アレンは自分の皮袋の傍においてあったハーフプレートを装着してから剣を腰のベルトに据え付け、フィリアは先端に宝石のついたロッドを手にする。

「準備完了。」
「私もです。」
「よし。出発場所へ向かうか。忘れ物はないか?」
「はい。」
「じゃあ、行こう。」

 アレン、フィリア、ドルフィンの一行は、部屋を出て集合場所である最も地上に近いホールへ−巨大な扉を左右に開けたときに最初に姿を現した
巨大空間のことだ-−向かう。
 一行に提供された部屋は巨大な空洞の中央付近にあり、そこから階段で上っていくかフライの魔法で飛び上がるしかない。上を見上げると階段は遥か
天まで届きそうな感じで螺旋を描いており、全体の半分くらいとはいえ、歩いて上ってくのはかなり辛そうだ。起き抜けにいきなり長い階段を上るのは
少々億劫だが、アレンは階段を上り始める。

「アレン。まさか階段上っていくつもり?」
「準備運動のつもりで今から身体動かしておかないと・・・。」
「アレンの言うことが正論だな。フィリア。お前も頑張って階段を上れ。」
「えー。」

 如何にも嫌そうな声を上げるフィリアにドルフィンが言う。

「此処に来たとき山道でドルゴに酔っただろう。あれは運動不足の証拠だ。只でさえお前は魔術師で体力がやや劣るんだから、準備運動のつもりで
歩いてでも良いから自力で登って行くんだ。」
「・・・分かりました。」

 アレンなら突っかかっても不思議ではないが、相手は自分にとって雲の上の人であるドルフィンだ。フィリアは一度溜息を吐くと、もう見上げるほどの
距離を上ったアレンに追いつこうと階段を上っていく。ドルフィンは少々同情したいものがあるが、ここはフィリアのためと思って自分は非詠唱でフライの
魔法を使ってゆっくりと浮上を始める。ドルフィンにしてみればこの程度の階段を駆け上るなど造作もないことだが、ここで高等な魔法を使うことで
『赤い狼』に力を見せ付けて不穏な動きを牽制しておく狙いもある。
 腕組みをしながらすうっと吸い上げられるように浮上していくドルフィンの姿は、任務を終えて天へ帰っていく戦闘の天使を髣髴とさせる。
ドルフィンを見た『赤い狼』の面々はドルフィンの魔力に脅威を感じ、同じ小隊の者は少なくとも敵に回してはならない存在だと感じる。フライを使えるほどの
称号を持つ魔術師は『赤い狼』にはごく少数しか存在せず、今回はその殆どがアレンとフィリアが加わる潜入コースに配分されている。ドルフィンが
微動だにせず浮上していく姿を見て、噂や情報で耳にしたドルフィンの比類なき力のごく一部を見せ付けられたような気がする。
 アレンが少し息を切らして階段を駆け上がった頃には、ドルフィンは浮上してきたときと同じ腕組みした状態で階段の前で待っていた。それより遅れること
約10ミム、フィリアが手摺りに縋りつくように階段を上ってきた。

「準備運動になっただろう。」
「十分ね・・・。それより、ドルフィンはフライですうっと上へ上っていくだもんだぁ。ちょっとずるいよ。」
「この階段、予想以上に長かったです・・・。準備運動通り越して疲れましたよ・・・。」
「階段を上るのがそんなに嫌なら、自分でフライの魔法を使えるようになることだな。」
「うっ・・・。俺が魔術嫌いで使えないこと知ってるくせに・・・。」
「あたし、まだ称号足りません・・・。」
「アレン、お前も折角賢者の石が埋め込んであるんだから、暇が出来たら魔術を覚えりゃいいことだ。魔術師が二人も居るんだからな。」
「・・・考えておく。」

 今まで魔術は強い男の使うものではないと思っていたアレンだが、魔術でも力の差が如実に示されることを目の当たりにしてきて、少しではあるが
認識が変わり始めていた。
 一方フィリアは、たった一つの称号の違い12)でフライの魔法が使えるか使えないかの明暗が分かれた格好になり、疲れたこと以上に悔しいという思いが
大きい。実戦が当たり前とも言える今回の作戦で、しっかり魔術を使って経験を積んで称号を挙げようと内心強く思う。
フライの魔術が使えるEnchanterになれば、今の手持ちの魔法も威力がアップするし、何より新たに使える魔術も増える。それを積み重ねていくことで、
少しずつドルフィンに近付けるのだ。負けず嫌いのフィリアは、疲れを忘れさせるほどの決心と闘志に燃える。
 ホールには既に『赤い狼』の戦闘員が集まってきている。大まかに二手に分かれているところからして、もうコース毎に分かれて待機しているようだ。
向こう側の壁には、大きな字で『潜入コースはここ』と書かれた大きな紙が壁に貼られている。今二人が居るところはドルフィンが加わる北進コースで、
アレンとフィリアが加わる潜入コースは向こう側らしい。如何にこのホールが広いとはいえ、今回参加する2500人もの人が一同に集まれば大変な混雑に
なるだろう。そうなると身動きを取ることもままならなくなる恐れがあるから、今のうちから別行動を取る方が賢明だとドルフィンは思う。

「アレン、フィリア。此処から別行動だ。」
「もう?」
「これでまた人が増えると身動きが取れなくなる。そうなるとコースの人数確認や行動に支障をきたすことになりかねん。」
「・・・そうだね。じゃあ、俺とフィリアは自分達のコースへ向かうよ。」
「ああ。・・・くれぐれも気をつけろよ。」
「うん。」

 一行は互いに小さく手を振って互いに背を向けて人ごみの中に消える。アレンはいきなりフィリアの手を取って混み合う人ごみの中をすり抜けていく。
フィリアはアレンの巧みな身のこなしに感嘆しつつ、手を握られたことに少し照れを感じると同時に嬉しく思う。
 今までアレンの方からこんなに積極的に−逸れない為にアレンがそうしただけだが−なったことはなかった。幼い頃には何度も手を繋いで村の彼方此方を
走り回った記憶があるが、何時の頃からか手を繋ぐことがめっきり少なくなった。互いに異性と意識し始めたのが大きいが、フィリアはアレンに対する想いから
むしろ手を繋ぎたかった。フィリアは心が弾むと同時に、アレンの手が見た目よりがっしりしていることに気付く。がっしりしているだけではない。
自分の手を握るその力も痛くはないが力強い。幼い頃は同じような感触だったのに、何時の間にかこんなに手の感触が変わってしまったのか・・・。
フィリアは如何に外見が少女的でも、アレンが男として成長しているのだと実感すると、複雑な心境になる。
 少し人ごみの中を走ると、『潜入コースはここ』と書かれた紙の真下に到着する。その直ぐ傍に全体を見渡せるように箱のようなものが置かれており、
その上に光沢のある茶色の髪を後ろで束ねた見覚えのある男が立っている。

「イアソンさん。」

 アレンが声をかけると、壇上にいた男、イアソンがアレンの方を向いて笑顔を浮かべる。

「アレン君・・・とフィリアさんだったっけ?随分早いね。」
「そうですか?随分集まってるみたいですけど。」
「夜間行動はどうしても集まりが遅いんだ。今日はむしろ多いくらいさ。あ、そうそう。俺のことはこれからイアソン、って読んでくれれば良いよ。代わりに俺は
君達をアレン、フィリアって呼んで良いかな?」
「え?ああ、そりゃ勿論。」
「さん付けとかの方が慣れないから、フィリアって呼んでもらった方が気楽よ。」

 人懐っこい笑顔を浮かべたイアソンは、正面に向き直るとぐっと表情と引き締める。約1000人の一大戦力を預かる潜入コースの隊長として、所属する
構成員の集まりに気をかけているのだろう。アレンとフィリアも状況が状況なだけに、それ以上イアソンに話し掛けることはせずにおとなしく横で待機する。
 程なくホールには次第に人が集まり、混雑の度合いを強めてきた。どれも鎖帷子13)やハーフプレートを身に付けていて、それに剣や槍、或いは弓を
持っている。いずれにしても左腕に赤いリボンを身に付けているのには変わりはない。彼らが『赤い狼』の構成員である証拠だ。アレン達は『赤い狼』の
構成員ではないのでリボンを巻いていないが、圧倒的多数の中では少々違和感を覚える。
 テルサでの『赤い狼』は数も少なく、機関紙の配達程度でその読者数もそれほど多くない。二人共自宅に機関紙購読や加入を呼びかけるビラが郵便受けに
入っていたことがあるが、きちんと見た覚えはない。そんなこともあって、アレンとフィリアは『赤い狼』とどうも遠い存在に思えてならない。
しかし、今回はその遠い存在と行動を共にするのだ。形だけでも赤いリボンを左腕に巻きつけておくべきか、と思う。

「あの・・・イアソン。」
「ん、何だい?」
「俺達も、左腕に赤いリボンを巻いた方が良いかな?」
「そうだねぇ・・・。戦闘になるとこの赤いリボンが敵味方を見分ける目印になることがあるから、着けて貰おうかな。ちょっと待ってね。」

 イアソンは二人の反対側に居た女性に何か告げると、女性は頷いて人ごみの中に消えていった。多分、二人分のリボンを持ってくるように頼んだだろう。
そうこうしているうちに人ごみの密度も加速度を増してきた。流石に約1000人が一堂に会するとなると、結構な人口密度になるものだ。テルサで1000人が
集まることなど、余程大きなモンスターの集団が押し寄せてくる時くらいしか考えられないし、今までそんなことはなかったから、こんな人ごみに
慣れていない二人は圧迫感すら感じる。
 人ごみを押し退けるように先程の女性が戻って来た。その手には二つの赤いリボンが握られている。

「手間をかけちゃったね。ご苦労様。」
「いえ。イアソンさんのおっしゃることですから。」

 イアソンは女性からリボンを受け取ると、アレンとフィリアにリボンを差し出す。

「さあ、形の上だけとはいえ、君達も我々の一員になって欲しい。行動を共にする仲間としてね。」
「ありがとう。」

 アレンは二人分のリボンを受け取り、一つをフィリアに渡す。そして少々ぎこちない動きで左腕に赤いリボンを巻きつける。すると、背後の人ごみから
拍手が沸き起こる。二人が形の上とはいえ、自分達の仲間として加わったことへの賛辞と歓迎の拍手だ。
アレンとフィリアは多少戸惑いながらも、軍勢に向かって一礼する。これで少しは『赤い狼』との距離が少しは縮まったような気がする。
 一方、数で潜入コースを上回る北進コースはさらに人口密度を増していて、それこそ足の踏み場もないほどにごった返している。潜入コースと同じように
鎖帷子やハーフプレートを身に纏い、手に剣や槍や弓を持っている構成員の中で、ドルフィンはひときわ目立つ存在になっている。左腕に赤いリボンを
巻きつけていないのは勿論だが、背が高い構成員よりも頭一つ抜きん出ている。それに加えて、服装は普段着、剣は妙に細長い鞘を左手に持っている
だけという、戦闘に赴くにしてはあまりにも軽装備からだ。周囲の構成員は本当にあんな軽装備で大丈夫なのか、とか、あの細い剣で敵が斬れるのか、と
ひそひそと話し合う。
 ドルフィンはそんなひそひそ話など何処吹く風かと言わんばかりに、左手に剣を持って右肩に皮袋を掛けた状態で正面を見詰めている。全く緊張感を
感じさせない風貌だが、その視線は獲物を見据えた猛獣のように鋭い。それだけでも安易に近寄り難い何かを発散しているように思う。

「ドルフィン殿。ドルフィン殿は居ますか?」

 正面やや高い位置から呼びかける声がする。イアソンと同様、全体を見渡せるように高い位置に立っている北進コース隊長のバルジェである。
ドルフィンはゆっくりと正面に向かって歩き始める。すると、周囲の人ごみが自然に一人分の道を開ける。そうしなければならない、という猛烈な気迫の
ようなものを全身から溢れんばかりに発散しているように感じるのだ。そして、「この男と戦えば必ず負ける」と思わせるほどの闘気を感じさせる。
 やがて正面、バルジェの前にドルフィンが進み出る。バルジェはテルサ支部やミルマ支部からの情報だけでは今ひとつドルフィンの力を
信じられなかったが、こうして対面してみるとその迫力が実感できる。その迫力に圧倒されながらも、バルジェは手に持った『赤い狼』の構成員であることを
示す赤いリボンを差し出す。

「ドルフィン殿。貴方にも左腕に赤いリボンを巻いていただきたい。」
「・・・構成員になれということか?」
「いえ、敵味方識別のためです。敵味方入り乱れた戦闘になると敵味方の判断が出来ません。そうなるとドルフィン殿が危険な状態に置かれる可能性も
あります。」
「俺に殺意を持って襲い掛かったら、剣先が届く前にそいつが真っ二つになるだけだ。・・・まあ、識別のためなら巻くとするか。リボンを貸してくれ。」
「・・・どうぞ。」

 バルジェはドルフィンから感じる猛烈な闘気に気圧されそうになりながらも、手に持っていたリボンをドルフィンに手渡す。ドルフィンは剣を一旦
自分の足に立てかけると、素早く左腕に赤いリボンを巻きつける。
そうすると、背後からどよめきと拍手が起こる。形の上でとはいえ、ドルフィンが自分達と同じ『赤い狼』の一員になったと思ったからだろう。
ドルフィンはしかし、何ら表情を変えずに来た道を引き返していく。ドルフィンが進む方向に自然に一人分の通り道が出来るのも、出てきたときと同じだ。
人ごみの中に引き返していくドルフィンの後姿を見ながら、バルジェは少なくとも敵に回らなかっただけ自分達『赤い狼』は幸運だった、と思う…。
 ホールに構成員がぎっしり詰まった頃、中央の巨大な扉の前に一人の男が立った。全員が見えるようにかなり高い位置に上ったその男は、『赤い狼』
中央本部代表のリークその人である。ざわめいていたホールにはリークの登場に気付いて徐々に静まっていき、顔はリークの方を向く。各コースの隊長で
あるイアソンやバルジェもリークの方向を向く。シンと静まり返ったホール内に、リークの声が響く。

「今回の作戦に参加する諸君。よく集まってくれた。今回はいよいよ我々が敵本拠地であり、圧政の牙城たるナルビアへ突入することになった。
そして同時に囚われの身になった重要人物をはじめ、我々の同志、そして罪なき人民を解放するときでもある。」

 ホールに集まった構成員から拍手が沸き起こる。

「また、今回は強力な戦力との画期的な共同戦線構築が実現した。あれだけの猛攻にもかかわらずエルスとバードをほぼ押さえることに成功した我々の力と、
その戦力が交われば、長らく続いた圧政から人民を解放することも十分可能だ!」

 ホールが歓声と拍手に包まれる。このような状況に慣れていないアレンとフィリアはきょろきょろと周囲を見回して同じように手を叩くが、ドルフィンは
左手に剣を持ったままリークを見据えている。

「勿論、敵も全力を持って迎撃してくるだろう。しかし、我々はこの圧政から人民を解放するという志を同じとした同志!その結束を第一として今回の作戦に
臨んで貰いたい!我らが『赤い狼』に勝利を!」
「「「勝利を!」」」
「人民に勝利を!」
「「「勝利を!」」」

 ホールに掛け声がこだまする。その迫力は圧巻だ。ドルフィンは何事もないように平然と突っ立っているが、アレンとフィリアはその迫力に飲まれて
周囲を忙しなく見回す。
 アレンは自警団の結団式に参加したことがあるが、そのときはたかが数十人で周囲に空間があったしこんなに緊張感もなかった。フィリアなど多数の人が
居る場に出たことがあるのはせいぜい教会くらいのもので、それも厳粛な場だった。こんな威圧感と迫力に満ちた場に出るのは初めてだ。
同じ志を持った者がこれだけ集まり気勢を上げると、一種のトランス状態になるという。それを目の当たりにしたアレンとフィリアは恐怖すら感じる。
 リークは会場の興奮が鎮まるのを待って、再び全員に向かって演説する。やはり流石は一大反体制組織の長、構成員を興奮させたり自分を注視させる術を
心得ている。

「この扉から北進コース、潜入コースの順で出発してもらう。作戦の成功と全員の生還を期待する!では、いざ出発!!」
「おおーっ!!」

 構成員が気勢を上げる。猛獣の雄叫びのようなその声にアレンとフィリアは思わず身を縮こまらせる。リークが姿を低くして消えると−壇上から
降りたのだろう−あの巨大な鉄の扉がゆっくりと、しかし音もなく開いていく。

「では我々北進コースに参加する構成員は、私に続いてくれ!」

 バルジェは壇上からそう言うと、直ぐに飛び降りて平板鉄の扉の奥に伸びる闇の中に飛び込む。それに続いて幾多の構成員達が続々と列をなして
走って行く。そこには当然ドルフィンも居る。暫くするとホールの半分以上ががら空きになる。それを確認してイアソンが言う。

「続いて我々潜入コースも出発する。行こう!」

 イアソンは颯爽と壇上から飛び降りると、北進コースの最後尾が微かに見える程度になった闇のトンネルに駆け込んでいく。リボンを受け取ったままで
イアソンの傍に居たアレンとフィリアは直ぐそれに続き、他の構成員達も後を追って続々と鉄の扉を潜る。
 いよいよアレン達一行と『赤い狼』の共通の敵である国王精力の本拠地へ向けた作戦が本格的に始まった。彼らの頭上に降臨するのは勝利の女神か、
それとも死神か・・・?

用語解説 −Explanation of terms−

11)自己再生能力(セルフ・リカバリー):傷薬や回復魔術を使用しなくても高速に負傷が治癒していく能力。但し、病気までは治せない。自己の潜在能力を
完全に覚醒させた人間だけが備えることが出来るといわれる特殊能力である。


12)たった一つの称号の違い:前述のとおり、フィリアはPhantasmist、フライの魔法が使えるEnchanterとは一つ違うだけである。今回の例は、称号一つの
違いが生み出す差を示した典型的な例といえよう。

13)鎖帷子:帷子は「かたびら」と読む。RPGでお馴染みの細い鎖を編んで創られた軽装鎧。鉄製の鎧の下に着たり、森など機敏な動作を要求される
ところでは、敢えて鎖帷子単体で行動することもある。

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