Saint Guardians

Scene 2 Act 3-3 遺言-Will- 異形なる砦の支配者

written by Moonstone

 夜の帳が下りて久しいミルマの静寂を、けたたましく乱打される鐘が一瞬でかき消してしまった。ミルマ全域に非常事態が発令されたのである。
鉱山の警備兵から定期連絡がないことを不審に思い、駆けつけた数名の市街担当の警備兵が、入口周辺に転がる干からびた兵士の死骸と、鉱山から
大勢の囚人を先導して出てきた『赤い狼』と鉢合わせしたことによるものである。
 何時もののように酒を飲んでくだを巻いていた兵士達も慌てて装備を整え、鉱山へと急いだ。『赤い狼』は囚人を森の中へ誘導して逃がす一方、鉱山への
唯一の道である山道で兵士達を迎え撃った。兵力では圧倒的に兵士達が勝っていたが、殆どの兵士が熟睡からの強制覚醒か泥酔状態という情けない
状態であり、『赤い狼』が繰り出す爆薬や煙幕で簡単に翻弄され、集団で狭い山道を一気に駆け上ろうしたことで混乱に拍車をかける格好になった。
 爆薬で吹き飛ばされた兵士や、煙幕で目を擦りながらのた打ち回る兵士が後ろから駆け上ってきた兵士達を巻き込んで、将棋倒しになって坂道を
転げ落ち、さらに後方の兵士達を巻き込んでしまうという失態が繰り返された。迎撃を担当した『赤い狼』のメンバーも、目の前に繰り広げられる兵士達の
無様な姿を見て、驚くよりも呆れてしまう。

「…一体何なんだ。これほどまで戦闘能力がなかったのか?」

 ミルマ支部代表は何度も首を傾げる。

「だとしたら、我々はこんな無力な兵士達に手を出しあぐね続けていたと言うことか?何とも情けない…。」
「代表。囚人誘導担当の班から、無事敵の勢力圏内から脱出したという連絡が入りました。」

 森の中からファオマを肩に乗せた青年−勿論、彼も『赤い狼』のメンバーの一人である−がミルマ支部代表に告げる。

「あ、ああ。分かった。敵に見付からないように注意しながら、増援部隊の到着を待ってバードへ向かうように折り返し連絡してくれ。」
「分かりました。」

 青年はファオマに囚人を誘導しているメンバーへの伝言を言付けて、森の中に放つ。開けたところを飛んで、敵である国家特別警察に発見されることを
警戒してのことである。
 兵士達は散発的に駆け上っては来たが、『赤い狼』の武器の一振りで簡単に地に崩れ落ちていく。
暫くすると、兵士達は全て坂道に敷き詰められたかのように倒れてしまった。その大半は坂道で将棋倒しになった弾みで骨折や打撲をするか、重量のある
鎧を着た兵士が幾重にも重なって身動きが取れなくなった、言わば戦わずして負けた兵士達である。総数3000と推測されたミルマ駐留軍を迎え撃つ
ためには相当の犠牲も覚悟しなければならないと厳しい予測を前提にしていただけに、『赤い狼』には半ば拍子抜けした結末となった。

「ミルマ占領時の手際の良さや装備の充実度から、相当訓練を積んだ戦闘集団とばかり思っていたが…。」
「所詮、即席の権力の置物だったと言うことですかね。」

 メンバーがあれこれ批評していると、やや年配の男性のメンバーが推論を述べる。

「どうやら彼らは、町の周辺、特に我々が関心を持っていた鉱山の警備に重点を置き過ぎたようです。そのため、市街地の兵力配分がおざなりになって
しまったのでしょう。」
「確かに、占領時には明らかに熟練者と分かる兵士が居た。航空部隊まで動員して来るほどだったからな。」
「彼らはこう考えたのでしょう。『これだけ周辺警備を充実させれば町に侵入者が入られることもなかろう。』と。しかしその結果、周辺警備が壊滅的打撃を
被った時にそれを補填・援助することが出来なかった。」
「私達を摘発できないまま、放置しておいた事も失態よね。」
「いえ、彼らにとって我々は目障りな存在ではありますが、鉱山の調査にさえちょっかいを出さなければ放っておかれたでしょう。本来の兵力や機動力は
圧倒的ですし、航空部隊が上空から目を光らせていることで我々はゲリラ戦を展開することすらままならなかったのですから。」

 男性は非常に客観的な分析を展開する。この男性は『赤い狼』ミルマ支部の参謀的存在であり、ミルマ支部代表もその分析力には一目置いている。
ミルマが占領された際にゲリラ戦の展開に進みかけていたメンバーに、敵の圧倒的な兵力と航空部隊の存在を説き、地下本部で待機する代りに敵が
国家経済の危機と引き替えにしてまで執着する鉱山の閉鎖の事情を調査させるべく、スパイを送り込むよう進言したのも彼である。『赤い狼』ミルマ支部が
これまで一斉摘発を免れてこれたのは、彼の判断のお陰といっても過言ではない。

「しかし…一昨日の昼間でしたか、航空部隊が大爆発を起こして全滅しましたが、あれは大きかったですよね。」
「全くよ。あれのお陰でファオマすらまともに飛ばせられなかったんだから。」
「あれはやはり、ドルフィン殿の力だろうな。」
「ええ。我々より先に鉱山内部に突入した少女3人も、ドルフィン殿の代りに来たと言っていましたし。」

 冷静な分析で一目置かれる男性も、アレンが男性であるとは分析できなかったようだ。本人が耳にしたら、さぞかし落胆するか激怒するかのどちらかだろう。

「しかし、ドルフィン殿は何故動かんのだ?テルサ支部からの報告からするに、ミルマ駐留の兵士を一蹴することなど造作もない筈。」
「彼は動けない何らかの事情があるのだと思います。それ以上は私では…。彼の所在も掴めませんし。」

 男性は首を小さく横に振る。

「しかし代表。如何にしても兵士が多すぎやしませんか?」

 別の若い女性が疑問を口にする。

「レクス王国の軍隊は元々少数。それが一月も経たないうちに総勢数万の大軍になるとは考えられません。」
「先に占領したナルビア辺りから人民を徴兵したんじゃないか?」
「いえ、徴兵するのであればナルビアやその周辺の町の総人口よりも多いミルマで徴兵を行ってもおかしくありません。しかし、それはありませんでした。
彼らは外部から、それも抑圧などで蓄積した不満が何時爆発するかもしれない人民を徴兵して、兵力を増強しようという考えはないと考えるのが自然だと
思います。」
「内部に火種を抱え込みたくはないと言うことか。しかし、元々の軍隊の兵力を考えれば多すぎるのは間違いない。」
「…傭兵を多数投入している可能性があります。それも国王が信頼を置く存在を頼って。」

 参謀格の男性が言う。

「国家の指導者が国民へ忠誠心や愛国心、もっともそれは自分を国家と同一視しているからですが、それらを植え付ける常套手段である徴兵を
行わなかったのは、捻って考えると、人民は邪魔だてしないように抑えていれば問題無いと考えていることの表れではないでしょうか。ですから、抑圧の
手段である軍隊は徴兵ではなく、信頼の置ける人物なり組織から援軍を派遣してもらったと考えると筋が通ります。」
「成る程。しかし、今回の戦い方を見ている限りでは、あまり腕の良い戦闘集団ではないようだな。」
「ええ。我々もそうですが、数が多く、装備が整っている兵士の集団を見れば、大抵威圧感を感じるものです。もっとも彼らの場合、数で押さえつけたと
いう極度の安心感で、非常時の対応がままならなかったということもあるでしょうが。」
「じゃあ、殆どの兵士達はダミーみたいなものってこと?」
「恐らく。しかし、逆に精鋭部隊が控えている可能性も考えておかなければなりません。お飾り程度の軍が潰された場合、国王の強大な権力を誇示する
ために精鋭部隊を送り込んで来るという筋書きも考えられます。」
「そんな二度手間を踏む必要なんてあるのかしら?」

 女性が尋ねると、参謀格の男性は少し間を置いてからそれに答える。

「恐怖を植え付けるためでしょう。俺達を本気にさせたらこうなる、と。その時は無差別の大量虐殺も厭わないでしょう。」

 『赤い狼』の一同は息を呑む。
国内駐留軍で最大規模を誇ると考えられるミルマ駐留軍を殆ど撃破したことで喜んではいられない。むしろ、これから有無を言わさぬ討伐と占領を呼ぶ
布石になったかもしれないのである。

「…ひとまず退却だ。囚人誘導担当の班と連絡を取りつつ、敵の出方を待とう。」

 ミルマ支部代表が当面の決断を下す。一同は頷いて深い闇を湛える森の中へ消えて行った。

「やったぁー!」

 フィリアはガッツポーズを取る。第2のゲート・キーパーである金属の巨大な鰐に炸裂させたイクスプロージョンに、十分な手応えを感じたからである。
両手を前方に翳していたリーナは厳しい表情を崩さなかったが、内心では勝利を確信していた。攻撃パターンに全くと言って良いほど変化のない、多少
ミサイルの量が多く爆発の規模が大きい程度の違いしかない金属の鰐も、第1のゲート・キーパーである金属の亀と同様の手段で倒せると踏んでいた。

「光子砲発射装置の破壊を確認。攻撃は成功です。」

 一行の頭上に浮かぶ球体が、勝利の確信を事実に変える。それに続いてけたたましい警告音が鳴り響き、あの無機質な声が響き渡る。

「非常事態!非常事態!MGK-880AGが侵入者の攻撃により大破!誘爆により全機能の97%が使用不能!直ちにMGK-880AGを収納し、非常シャッターを
全て閉鎖!警備プログラムの対象を中央制御室へ移動!全イントルーダ・ガーディアンは直ちに管理棟地下2階へ急行せよ!繰り返す!非常事態!
非常事態!非常シャッターを全て閉鎖!警備プログラムの対象を中央制御室へ移動!全イントルーダ・ガーディアンは直ちに管理棟地下2階へ急行せよ!」

 どうやら『主』も身の危険を間近に感じたらしい。単語の意味まではよく分からないが、一行の目的である中央制御室への道を塞いだ上で、全兵力を
一行へ集中させて一気に解決しようという魂胆らしい。
 アレンはドルゴを召喚してさっそうと跨る。前方からゴウンゴウンというあの低い唸り声のような音が幾つも響いて来る。
フィリアとリーナも急いでドルゴに跨る。リーナは飛躍的な防御力と引き替えに自分達の動きを封じていたローウォーの結界を解除する。
アレンは二人が乗るのを確認するや否や、すぐにドルゴの手綱を強く叩く。ドルゴはたちまちスピードを上げて、まだ煙が充満している廊下を走り抜ける。

「ここから中央制御室までは直線です!ここの非常シャッターは非常に強靭です。何としても走り抜けて下さい!」

 球体が言う。アレンはこれでもかと言うほど手綱を叩く。一行を乗せたドルゴは、床との距離がどんどん狭まるシャッターを潜り抜けて行く。

「小型ミサイルのロックオン反応を確認!注意して下さい!」

 球体が言うのとほぼ同じに、幾つもの小型ミサイルが一行に目掛けて突っ込んで来る。半透明の結界に衝突して爆発すると、ゲート・キーパーの時ほどでは
ないものの、ドルゴの胴体を揺らすほどの振動が伝わって来る。
アレンは反射的に手綱を力いっぱい握り、ドルゴの胴体をしっかりと両足で挟み込んで体勢を保つ。フィリアとリーナはしっかりと前の者にしがみ付き、
同時にドルゴの胴体を両足で挟んで振動に耐える。
 前方のシャッターは既に半分以上閉まっている。目的の中央制御室の入口らしい巨大な縦の裂け目は、10以上のシャッターの先に微かに見える。

「くそぉ!これじゃ間に合わない!」

 アレンが歯噛みする。リーナはおもむろに左手を後ろへ向け、精神を急速に集中させて叫ぶ。

「レイシャー・フルパワー!」

リーナの左手から幅広の光線が飛び出し、その反動でドルゴが一気に加速する。アレンはドルゴを床いっぱいに低空飛行させて、ぎりぎり突破できる
高さまで閉まったシャッターを一気に潜り抜ける。
 ドスンという重い響きと共にシャッターが全て床と衝突するように下ろされる。アレンは巨大な縦の裂け目の直前でドルゴの手綱を力いっぱい手前に
引っ張り、ドルゴを急停止させる。ドルゴは裂け目に衝突する直前で停止したが、急ブレーキの反動で一行は前に大きく飛び出し、固い壁にしこたま身体を
ぶつける羽目になった。

「…痛たた…。」
「うーん…。」
「何やってんのよぉ…。」

 一行はずきずきと痛む頭や身体を摩りながら体を起こす。

「な、何とか間に合ったか…。」
「上手くいくとは思ったけど…、ちょっとの間は召喚魔術は殆ど使えないわよ。」

 リーナは床にべったりと腰を下ろし、大量の汗を吹き出している。汗は黒い髪を濡らし、服の色をじわじわと濃くしている。
大量の発汗は魔法を使用するための精神力が殆ど底を突いていることの表れであることは、魔術師であるフィリアは勿論のこと、アレンも数少ない
魔術関連の知識で知っている。
 シャッターを抜けるためにフルパワーのレイシャーの反動を利用したのはいいが、必然的に重大な副作用を招くことになった。
長い前髪から流れ落ちる汗を拭うこともなく、肩で大きく息をしているリーナに、ゲート・キーパーを上回るという『主』との戦闘を行える余力など
微塵もないことは容易に分かる。フィリアも表面上はリーナほど身体が悲鳴を上げている訳ではないが、明らかに呼吸が乱れている。

「…暫く休もう。フィリアも魔法を連発して精神力が少ないだろ?」

 魔法を使っていない−ドルゴ召喚以外使えないのであるが−アレンは、比較的体力には余裕がある。しかし、アレン一人では攻撃はおろか、結界を張る
ことすらできない。二人を後ろに回して『主』と大立ち回りを演じることが出来れば良いのだが、それができるくらいならゲート・キーパーでやっている。

「ま、汗がこれだけ流せれば…、ダイエットには丁度良いわね…。」

 リーナは笑みを浮かべながら、突然妙なことを口走る。

「な、なに馬鹿な事言ってんの?!」
「後で…体重計見るのが…楽しみね。」

 巨大な壁の向こうに、一行を散々なまでに苦しめ、それを嘲笑うかのように観察していた『主』が待ち構えている。にもかかわらず、リーナは恐怖や
緊張など微塵を感じさせない。或いはそれらに押し潰されそうなところを平静に振る舞うことで誤魔化しているのかもしれないが、アレンには分からない。

「精神力を回復させるのに、どれくらいかかる?」
「…フルパワーのレイシャーが一発撃てるようになるまで、あと1ジム。ここに突入した時のレベルまで回復しようとするなら7ジムはじっとしてないと駄目ね。」

 リーナは汗で頬に張り付いた髪を後ろに掻き分けて答える。その仕草が妙に艶めかしく、アレンは心臓がぐいと締め付けられるような気がする。

「貴方達が使う魔法というものは、魔力というものがないと使えないのですね?」
「そういうこと。古代文明にはなかったでしょうけどね。」
「ええ。しかし、そのような概念はありました。貴方達が上の階で見た魔法の箱と絵を使って創り出した仮想空間を旅するという遊戯では、遊戯の進行に
おいて大きな役割を果たしていました。」
「…古代文明ってのは、妙な遊びが流行ってたのね。」
「その遊戯において魔法を使用するには、大抵マジック・パワーという項目があって、それが0になったり必要な分だけないと魔法が使えなくなるのです。
貴方達が言う精神力も同じ様なものだと思います。」
「その遊びで…マジック・パワーとやらを回復させる手段はなかったの?」
「最も手っ取り早いのは宿泊施設で休息するというものです。しかし、町の外へ出ている場合などはそうもいかないので、何らかのアイテムを使うというのが
一般的でした。」
「あんた達の文明で、魔力を回復させるようなアイテムなり手段なりはなかったの?」

 リーナは球体を見上げて尋ねる。
球体は少しの沈黙の後、それに答える。

「貴方達の言う魔力の概念を解析しました。その結果、魔力が十分にあるという状態は精神集中が容易に行える、非常に安定した状態を指すということ
ですが、それで相違ないですか?」
「そのとおり…。」
「私達の時代には、精神が様々な要因に晒されて心身が非常に危険な状態に陥る人間が続出しました。そこで、精神の安定した状態を得るための手段が
色々編み出されました。その中で最も効果があるとされる手段を試みます。」

 球体の下側の一部が横にずれて、中から豆粒ほどの物体が2対飛びだし、フィリアとリーナの耳に飛び込む。二人は突然耳に感じた異物感に思わず耳に
手をやり、侵入した異物を取り除こうとする。

「慌てないで下さい。これから音楽を流しますから身体の力を抜いて下さい。」

 二人は取り敢えず球体の言う通りに身体の力を抜く。
頭の中に聞いたこともない、柔らかく心地良い音色が湧き出して来る。フィリアは少し戸惑っていたが、リーナはすぐに目を閉じて眠ったような状態に
身を任せる。やがてフィリアも不思議に心地良い旋律に、ゆっくりと目を閉じる。アレンは二人に何が起こっているのか分からず、ただ見守るしかない。
 5ミム程後、心地良い表情で目を閉じていた二人の耳から小さな物体が飛びだし、球体の下側から中に吸い込まれる。

「どうですか?これで相当回復したと思いますが…。」

 球体が尋ねると、フィリアとリーナはゆっくりと目を開けて数回深呼吸する。

「…すっかり回復したわ。これなら十分魔法が使える。」
「結構役に立つものもあるのね、古代文明って。」

 リーナの変化は顕著で、あれほど激しく流れ出ていた汗が止まり、肩が振動するような呼吸も落ち着きを取り戻している。

「なあ、何があったの?俺には何がなんだか…。」
「二人には私達の時代で精神を安定させるために作られた音楽を聴いてもらいました。これ以外にも方法はあるのですが、球体が備える機能で行えるものの
中で、最も効果があると判断したものです。」
「そんな音楽があったのか…。」
「音楽は元々精神と密接な関係があります。抑揚や旋律、リズム次第で精神を高揚させたり、逆に沈静化させることも比較的容易に行えます。しかし、
私達の時代なら幾つもの方法を同時に行わなければ効果がない人間も大勢居たのに、貴方達は短い時間で飛躍的な回復を見せました。これは私が生きていた
時代には見られなかった、素晴らしい成果です。」

 球体が興奮気味に語ると、リーナはゆっくりと立ち上がり、額に残る汗の雫を掌でぐいと拭って言う。

「言ったでしょ?あんた達とは違うのよ。」
「そのとおりですね。」

 アレンは懐を探って、『主』を内部から攻撃するという「呪文」が封じられたカードを取り出す。

「二人とも…、いいかい?ドアを開けるよ?」
「あたしは準備OKよ。」

 リーナは何も言わずに小さく頷く。
アレンはカードを入れる溝を探す。壁の左の隅に、縦横25セームほどの四角いガラスの面と、その下に3×3の桝目状にボタンが並ぶ箱が埋め込まれていた。
ガラスの面は真っ黒で何も表示されていない。アレンが試しにボタンを色々押してみたが、何の反応もない。

「右脇にカードを入れる溝があります。そこにカードを入れてからドアが開くまで少し時間がかかります。その間に準備を整えておいて下さい。」

 アレンは箱を見渡して、右の側面に縦一文字に刻まれた溝を見つける。アレンは矢印の向きを確認してからカードを溝に差し入れる。
程なくして、今まで以上にけたたましい警告音が鳴り響く。

「非常事態!非常事態!中央制御室電子ロックより従業員識別用セキュリティ・カードに潜在したウィルスが警備プログラムに侵入!ワクチン投与
フォールト!ウィルスは未知のものの可能性大!」
「アレン!結界を張るわよ!」

 フィリアに呼ばれて、アレンは二人の元へ戻る。すぐにフィリアとリーナは半透明の結界を張り巡らせる。

「アンチクラッキングシステムが、ウィルスの解析とワクチン生成開始!」
「非常事態!警備プログラムのサブルーチンに重大な損傷発生!エマージェンシー・ドア・クローズ無効!」

 軽い揺れの後、一行の目の前の巨大な裂け目がゆっくりと左右に開き始める。一行は完全に開ききるのを待たずに、通り抜けられるほどの間隔が開いた
ところで内部に突入する。

「な、何、あれ?!」

 フィリアが前方を指差す。
不気味に蠢く白銀色の触手、あちこちに赤や緑のランプが輝くやはり白銀色の巨大な胴体、その上に鎮座する半球状のドームと、そこだけ異質な、生物的な
雰囲気を漂わせる、黒光りする物体。生命の鼓動を感じない、それでいてとてつもない威圧感を感じさせる、巨大な金属のいそぎんちゃくと辛うじて
喩えられる得体の知れないものがオレンジ色の光に照らされてそこに居た。

「侵入者3名を解析中…。」

 これまでの無機質な声とは別の、空気を揺るがすような低い声が響く。数十メールはあろう高い天井と硬質の壁による残響で、その声は一行を体の芯から
震わせる。

「周囲のエネルギー勾配による防禦壁の解析完了。」
「これまでの行動の解析完了。」
BAGUS27)起動!」

 リーナは反射的に両手で三角形を描いて叫ぶ。

「ローウォー!」

 一行の周囲に5匹の円盤状の魔物が現れ、4角錐の薄い赤色の結界を瞬時に形成する。
ほんの僅かな差で、触手から一斉に電撃が一行目掛けて放たれる。しかし、電撃もローウォーの結界を破壊することは出来ない。

「今度はこっちの番よ!」

 フィリアとリーナが攻撃態勢に入る。ゲート・キーパーを粉砕した要領で一気に片を付けるべく、照準を半球状のドームに合わせる。
すると、触手が大きく動き、ドームを保護するように覆い隠してしまう。リーナは舌打ちする。

「…こっちの考えてることなんて、お見通しってわけね…。」

 フィリアは呪文を詠唱し、リーナは前方に向けた両手に精神を集中させる。

「イクスロージョン!」
「レイシャー・フルパワー!」

 金属のいそぎんちゃくの胴体の上半分を猛烈な爆炎が包み込み、結界を突破した幅広の光線が追い討ちをかける。一行は勝利を確信する。
しかし、未だ収まらない爆炎の中から、白銀色の巨人の指のような触手が一斉に結界目掛けて突き出されて来た。その迫力に、一行は思わず身を屈める。
ガシッ、ガシッという乾いた衝突音が結界を揺るがす。激しい火花が散るが、触手は全く意に介さずに結界を打ちのめす。

「鬱陶しい!」

 リーナが再び両手を前方に翳した時、触手はすぐさま胴体の頂点のドームを覆い隠す。

「読まれてる…。」
「生意気なぁ…。」

 フィリアは愕然とし、リーナはぎりぎりと歯を軋ませる…。

用語解説 −Explanation of terms−

27)BAGUS:これが『主』という巨大ないそぎんちゃく状の機械の名称。中央制御機構とはこの上部にあるCPUを中心に、敷地内ネットワークを利用した
監視、迎撃システムの総称である。BAGUSは言わば、CPUを物理的攻撃から防禦、迎撃するための防衛機能と言えよう。声はCPUが音声合成を使って
発していると思われる。


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