名探偵コナン Side Story

つないだ手(おまけ)

〜100のお題 No.33〜

written by Moonstone

※先に本編(No.33)をお読みくださると、よりお楽しみいただけると思います。※

 ある日曜日の午後。阿笠邸のリビング。
宮野志保(元・灰原哀)はソファに腰掛け、お気に入りのフサエ・ブランドの最新カタログを眺めている。
センスのある服装はさりげなく全てブランド物。だが、志保本人が言うか余程ブランド物を見極める目がなければ気づかれることはない。

「ブランド物をこれ見よがしに見せびらかすのは、ファッションセンスのなさを自ら証明しているのと同じよ。」

 志保が以前園子に言った言葉が、志保のブランド物に対する哲学を端的に証明している。
言い換えれば、ブランド物と知られないようにさり気なく着こなすのが本来のファッションセンス、というわけだ。
 薄いレースのカーテン越しに穏やかな日差しが差し込む中、足を組んで時折紅茶を飲む様子は、年齢以上に大人の女性を演出している。
こういったまさに「絵になる姿」を、毛利探偵事務所の下にある喫茶店「ポアロ」で同じように見せていた−本人にそんな意思はさらさらない−ところを、
店内に居た若い男性集団が注目して声をかけたのだが、志保は彼ら全員を無言で観察してからこう言った。

「A man is known by the company he keeps.」

 それを聞いた彼らは頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた後、志保が言ったことをあれこれ話し合った後「コンパで誘えってことか」と自分達で納得して、
「今度は友達連れて来てよね。」と志保に言ってから笑って店を出て行った。
「次が楽しみだよな」などと談笑しながら彼らが店を出た後、志保は少し肩を竦めて首を小さく横に振った。
 「A man is known by the company he keeps.」とは日本語でいうと、「付き合う友人を見ればその人が分かる」ということわざ。
彼らの立ち居振る舞いや話しかけてきた口調などから、婉曲的に「貴方達はお呼びじゃない」と言ったのだが、自分達が辛うじて聞き取れた単語と所有する知識から
辛うじて導き出した「コンパ」の単語を元に「コンパに誘えってことか」と納得した時点で、彼らは志保の眼中から完全に外れた。
肩を竦めて首を横に振った時の志保の気持ちは、勘の良い方なら言わずとも知れるものだろう。

 テーブルに置いてあるプラチナブルーの携帯電話が着信音を奏でる。曲は「Fly me to the moon」。
ジャズのスタンダードナンバーの1つであるこの曲は着信音としては珍しい部類に入るし、志保の第一印象からはやや遊離している感もあるが、
ブロウを効かせたアルトサックスでメロディが奏でられるバージョンのこの曲を、志保は気に入っている。
 発信者が「鈴木園子」と表示されているのを確認して、志保はカタログを閉じてテーブルに置き、代わりに携帯電話を広げる。
左手で携帯電話を持ったと同時に、何故かテーブルに置いてあったストップウォッチを右手で持ち、携帯電話のフックオフのボタンとストップウォッチの
ボタンを同時に押す。

「どうしたの?園子。こんな時間帯から。」

 志保が尋ねると、一瞬の間を置いて絶叫が飛び出す。

「あの2人、まどっころし過ぎるのよ〜!」

 予測していたのか携帯電話から距離を置いていた志保は、発信元である園子の絶叫が始まった瞬間にストップウォッチのストップボタンを押していた。

『5秒78・・・。前回より3秒52早いわね。』

 やはり志保は園子が絶叫するのを予測し、その上通話開始から絶叫までの時間を計測していた。前回の時間を記憶しているのも志保らしい。

「園子が今回もいきなりキレたってことは、あれから2人には何の進展もなかったってわけね?」
「そうよ!全っっっく進展なしよ!もう、見ていてじれったいったらありゃしないわ!」

 園子は明るい茶色の携帯電話を握り潰さんばかりに握り締め、猛烈な勢いでまくし立てる。志保が携帯電話から少し耳を離しているのは変わらない。
どうやらこの2人、定期的に「あの2人」に関してやり取りをしているようだ。
 志保は携帯電話を素早く操作して、メモ帳を開く。その最上段には「手作りのお弁当作戦」、その下には「毎日の手作り晩御飯作戦」と表示されている。
やはり志保と園子は、「あの2人」に関して何やらやり取りをしているようだ。

「前々回の『毎日の手作り晩御飯作戦』に続いて前回園子が提案して決めた『手作りのお弁当作戦』でも、進展がなかった・・・。難しいわね。」
「ったく・・・!蘭のお父さんをハワイ・サイパン美人コンパニオン同伴豪華旅行でなだめすかして、蘭を毎晩新一君の家に出向いて夕食を作れるようにしたのに
進展なし!この時点でも重大問題なのに、前回決定した作戦で蘭に入れ知恵して新一君に毎日お弁当を作ってあげるように唆しても駄目!どうしてこうも
進展しないのかって志保!おかしいと思わない?!」
「まあ・・・、仕方ないんじゃないかしら。」

 怒涛の勢いで叫ぶ園子に対し、志保は至って冷静な口調で、表情だけは流石に少し呆れた様子を浮かべて言う。

「工藤君ああ見えて結構、億手だから。」

 志保があっさり言うと、園子のボルテージは一気に最高潮に達する。

「億手なんてもんじゃないわ!!毎日の彼女の手作りお弁当に加えて、毎日彼女が自宅に来て夕食を作ってるのよ?!昨日も蘭がそっちに来たでしょ?!」
「ええ。蘭さんが工藤君と一緒に帰って来たわ。工藤君が持っていた買い物袋の中身から推測するに、蘭さんは工藤君の好物をメニューに選んだようね。」

 どのようにして志保が他人の買い物袋の中身まで把握しているかについては、今回は考えないでいただきたい。

「今日も警視庁管内で工藤君が出向くような事件はなかったから、トロピカルランドに行った帰りにショッピングセンターに立ち寄るんじゃない?」
「そうよ!蘭と新一君が、今日の開園と同時にトロピカルランドに入るのを家(うち)の専門部隊が確認してるわ!その後は一頻りアトラクションを楽しんで
お昼は園内のイタリアンレストランだったこともね!」

 「あの2人」、すなわち新一と蘭の行動をわざわざ専門部隊まで構成して追尾している園子の情熱(?)についても、今回は考えないでいただきたい。

「お昼の時に蘭が『今日も買い物に付き合ってね。』って言ったら、新一君は二つ返事でオッケーよ!今は残りのアトラクションを遊んでる最中、って
さっき専門部隊から報告があったわ!」
「ということは、今日も蘭さんが工藤君の家に夕食を作りに行くのは間違いないわね。毎週末の食事が殆どポアロになってる小五郎さんには少々気の毒だけど。」

 蘭が部活のない日や新一が事件で出向いている時以外は、蘭が朝から出かけて夜に帰って来るようになったため、蘭の父小五郎は階下のポアロでの食事を
余儀なくされている。独りで重い空気の中ぼそぼそと食事をする小五郎の姿に、マスターや店員の梓(あずさ)は時折そっと涙を拭っている。
耳を澄ますと小五郎の方から、「蘭の飯が食いてぇ・・・。」とか「あの探偵ボウズに娘がぁ・・・。」とか、うわ言のような呟きが聞こえてくると言う。
 ポアロのマスターや店員の梓は、小五郎をあまりに不憫に思って別居中の妻、英理との復縁を水面下で模索しているが、蘭が新一の家に毎晩行けるように
するため園子が企画した「ハワイ・サイパン美人コンパニオン同伴豪華旅行」に小五郎が鼻の下を極限まで伸ばして行ったことが、あろうことか蘭から伝わって
しまったことで英理が完全にキレてしまい、復縁話は現時点では完全に膠着状態に陥っているのだが、志保と園子は全く知らない。

「小五郎さんを生贄にした食事関連の作戦が2つとも上手く機能していないから、もう少し様子見が適切なんじゃないかしら?」
「甘い!甘いわよ、志保!蘭と新一君が何時何処でキスするかの賭けが始まってるのよ!なのに肝心の2人はキスどころかいまだに手も繋げてないなんて、
おかしいと思わない?!」
「工藤君が少しでも蘭さんに手が出しやすいように、と自宅に入れる口実を作っても尚進展しないんだから、ま、当面様子見が適切じゃない?」
「甘ーい!!毎日お昼は彼女の手作りお弁当!!その上夕食は彼女が自宅で手作り!!彼女手作りのお昼と夕食を美味しくいただいたら、次は彼女を美味しく
いただきます、って展開するのがお約束ってもんでしょうがー!!」
「お約束という定義が成立するかどうかは微妙だけど、そういう展開になっても不思議じゃないわね。」

 絶叫というより吼えると言うべき園子のキレっぷりにあくまで冷静に応対しつつも、志保は「どうも最近、園子がキレるのが早いわね」と思う。
続いて「園子、欲求不満なのかしら?」と思い、更に「そろそろ京極さんを召還しないと園子の方が危険かもね」と冷静に分析する。

「食事作戦が上手く機能しないとなると、別の角度から作戦を立てる必要があるわね。」
「例えば?」
「蘭さんは空手部に所属してるけど、工藤君は部活に所属してないから蘭さんの帰りを自宅で待ってるのよね?」
「そうよ。外が暗くなってる時は新一君が迎えに来てるけど、蘭を襲おうなんて自殺行為そのものよ。」
「私もそう思うわ。だから園子。新たな作戦として『毎日一緒に登下校作戦』を提起するわ。」
「毎日一緒に登下校・・・?ああ、そう言えば蘭は空手部の朝練がある時は先に登校してるわね。放課後はさっき言ったとおりだから、結構バラバラね。」
「その時間も一緒にすれば、蘭さんと工藤君の接触時間が延長出来るし、新たに誰かを生贄にする必要もないし、最も適切だと思うんだけど。どう?」
「さっすが志保!ナイスアイデア!」
「決まりね。志保は明日学校で蘭さんに話を持ちかけてみて。私は電話で工藤君の琴線に触れておくから。」
「オッケー!じゃあね!」

 序盤とは打って変わって上機嫌になった園子の声で、志保と園子の作戦会議は終了する。
志保は携帯電話のメモ帳に今日決定した作戦内容を記録してからを畳んでテーブルに置き、ストップウォッチも置いて、閉じていたカタログを再び開く。

そのカタログの一品が後に蘭の手に届くことになるのだが、これはまた別のお話・・・。


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