名探偵コナン Side Story

制服

〜100のお題 No.18〜

written by Moonstone

 ある日の改方学園高等部。澄み切った青空の元で生徒達の歓声が飛び交う。
改方学園高等部の名物行事の1つ、クラス対抗スポーツ大会だ。文化祭が「静」ならこちらは「動」の名物と言える祭典は、2日間の日程で行われる。
今日は2日目。最終日であり、全ての種目で上位を争うスケジュールが組まれている。
種目は100m競争から走り幅跳び、障害物競走といった陸上競技は勿論のこと、バスケットボールやバレーボールといった球技もあり、校庭と体育館が
会場となっている。性質上、陸上競技関係の種目は校庭、球技関係は体育館と明確に分類出来る。
クラス毎にお揃いのゼッケンを製作して体操服に縫いつけ、やはりお揃いの鉢巻−学年とクラスによって全て異なる−を巻いている。場内アナウンスもあって
何処のクラスの誰が出場しているかが一目で分かる仕組みだ。
 歓声は男子も女子も上げているが、女子は声域の高さ故に際立つ。特に人気があったりお目当ての生徒の登場や活躍には一際大きな歓声が送られる。
平次と和葉は校庭で行われている200mリレーを、観客席となっている大きな階段の一角に陣取ったクラスメートに混じって声援を送っている。
平次は剣道、和葉は合気道を得意とするが、これらは専門性が高いためスポーツ大会の種目にはない。
だからと言って傍観者に徹する筈がない。クラス対抗ということで、他の生徒同様団結心や仲間意識を燃やして声援を送る。
ちなみに平次は400mリレー、和葉はバレーボールの選手だ。和葉が出場したバレーボールは、生憎午前中の早い時間帯に行われた1回戦で敗退してしまっている。
一方の平次が出場する400mリレーはスポーツ大会で最も目立つ種目で、午前中の予選を通過して午後からの決勝戦に備えている。
 和葉もそうだが、平次の運動神経は高い。探偵として事件の現場に赴いたり関係者に聞き込みを行ったりするため、頑強な脚力が備わっている。
それを見越して、クラス会合で平次が400mリレーの選手に選出されたのだが、平次の活躍はその期待に十分応えている。
400mリレーは200mリレーと違って、選手1人の走る距離はトラックの半周分である200mではない。何と1人でトラック1周分、すなわち400mを走るのだ。
200mでもダッシュはかなり厳しいが、400mとなると更に厳しい。しかし、その見返りと言おうか、種目毎に配分されている勝利ポイントがかなり高い。
そのため、400mリレーには各クラスが所属の陸上部のエース格などを惜しまず投入する。400mリレーが目立つのはそのこともある。
 和葉が出場したバレーボールが1回戦で敗退したのは、和葉の運動神経が高いといえども普段慣れ親しんでいる競技でないことと、やはり各クラスが所属の
バレーボール部の選手、しかもやはりこれも当然と言おうかレギュラー格を投入してくる。対戦相手がバレーボールのキャプテンを含む豪華メンバーだったため
勝てる見込みは非常に低く、懸命に食い下がったもののあえなく敗退してしまった。
和葉も自分の出場種目が終わったから、といってのんびり傍観者に徹する性格ではない。事前に決まっているスケジュール表を見て、特に仲の良いクラスメートが
出場している校庭と体育館を頻繁に往復しては、惜しみない歓声を送っている。

「これにて、午前の部は終了いたします。午後の種目は予定どおり1:30から各会場で開催します。」

 放送部による構内アナウンスが響く。それとやや前後したものの、校庭でも体育館でも全ての試合が終了して、生徒達はわらわらと教室に戻っていく。
12:00から13:30は昼食兼休憩の時間だ。食休みも兼ねているため、やや長めに設定されている。

「あー、喉痛いわ。」

 平次が喉を押さえて言い、何度か軽く咳払いをする。

「午後はリレーの決勝か。腹ごしらえして昼寝でもしとくか。」
「寝過ごしてまうで。」

 平次の隣にいる和葉が平次に釘を刺す。
和葉は無論、平次が出場した400mリレーの応援に向かい、声を張り上げて平次に声援を送っていた。
平次は陸上部所属のクラスメートを差し置いてアンカーに選出されている。これもやはり平次の脚力を見越してのことだ。

「アホ。自分が出る競技の決勝で寝過ごす奴が居るか。」
「事件が起こったら、授業やろうが待ち合わせやろうがほったらかしてすっ飛んでくくせに。」
「今日は話違うわ。携帯の電源は切ってあるし、事件起こってもオレに電話せんよう大滝ハンらに言うてあるでな。試合せんと負けるわけにはいかへん。」

 ライバルでもあり親友でもある新一と違って、色々な場面で熱くなる熱血漢の部分を持つ平次は、午後の決勝を睨んで不敵な笑みを浮かべる。
400mリレーは勝利ポイントの高さもあって注目の種目。しかも午前の部終了の段階で他のクラスと接戦を展開しているだけに、平次の血は尚更騒ぐ。

「和葉は午後、どうするんや?バスケットの応援か?確かあっちも予選勝っとったで。」
「そっちも行くけど、大体校庭に居るわ。誰かさんが走っとる最中にすっ転ばへんか、優しく見といたらんとアカンでな。」
「お前やあるまいし、そんなみっともないことせぇへんわ。」

 平次の反撃に和葉は疑いの笑みを向けるが、それはあくまで表向きのこと。
応援団に徹する和葉が午後からどうするか知らないのは、平次くらいのものだ。少なくともクラスメート、特に女子は賭けの対象にも出来ない話だ。

「午後の注目は何ちゅうても、400mリレーの決勝やな。」

 教室で各自机を移動したりくっつけたり、1つの机を囲んだりしての昼食の席の1つで、ウインドブレーカーを羽織った女子の一団の1人が切り出す。
その言葉を聴いた瞬間、和葉の箸が止まる。話を切り出した女子は和葉の反応を見てしてやったりといった笑みを浮かべる。

「予選の服部君、めっちゃカッコ良かったよなー。」
「ホンマや。準々決勝なんか一気に3人ごぼう抜きでトップにゴールインやもんな。」
「陸上部真っ青やで、あの走り。これでまた、服部君のファン急増やな。」

 同調する女子は、言う度に和葉の反応を眼だけを動かして確かめる。和葉が完全に固まっているのを見て、話を切り出した女子と同じ笑みを浮かべる。
リレーのアンカーは元々目立つが、それが活躍すれば更に目立つ。
しかも平次は大阪府警直属ともいえる探偵としてもその名を馳せる存在。その平次がアンカーでごぼう抜きをという快挙を成し遂げれば、注目が集まるのは必至だ。

「この分やと、決勝直前は服部君の制服奪い合いは確実やな。」
「制服は1つしかあらへんでな。服部君、囲まれて身動き取れへんようになるんと違うか?」
「あ、それありえるな。」

 唐突に制服が遡上に載せられたが、これには改方学園の不思議な伝統が背景にある。
それは、このスポーツ大会で男子の制服、厳密には通称学ランの上着を着せてもらうと、相手への恋が成就するというものだ。
 学生時代の制服が学ランだった男性には理解し難いところもあるかもしれないが、女子にとって学ランは憧れの存在だったりする。
特に相手との身長差があって大きめの学ランを着たがる傾向がある。ぶかぶかな学ランは尚のこと女子生徒には憧れの対象となる。
 更に改方学園の不思議な伝統は単なる興味や伝統の枠内には収まらない。それがきっかけとなって交際が始まり、後に結婚した卒業生も多いのだ。
女子の側から自分に着せてもらうように頼んだり、逆に男子の側から意中の相手に着てほしいと申し出たりと形は色々だが、学ランは重要なアイテムである。
言わば、誰かの学ランを羽織る若しくは羽織らせることは告白や交際宣言に代わる改方学園ならではの儀式なのだ。

「どんくらい集まるんやろなー。服部君の学ラン目当てに。」
「服部君のファンは2年だけと違うでな。1年から3年まで、服部君にとっては選り取りみどりやろで。」
「そうやなー。1年からは『服部先輩。学生服着させてください』言われて、3年からは『前から着せてもらいたかったのよ』とか言われたりして。」
「へ、平次は女に囲まれてヘラヘラしたりせぇへんもん!」

 それまで硬直していた和葉が声を張り上げる。それを見た女子は一様に、これまたしてやったりといった笑みを浮かべる。

「大丈夫やて、和葉。服部君が和葉のものやっちゅうことは、少なくとも2年やったら誰でも知っとることや。」
「和葉はもう先手打っとるやん。それだけでも圧倒的に有利やで。」

 この場における「先手を打つ」とは、体操服に縫い付けられたゼッケンと全員が頭に巻いている鉢巻のことを指す。
ゼッケンと鉢巻はクラス毎に製作するということになっているが、それを担当するのは女子だ。
通常は1人が1人分ないしは2人分を名簿順に機械的に割り振るのだが、例外がある。特定の相手がいる場合だ。
そのカップルのクラスが異なる場合は、その片割れである女子が無条件に製作することがこれまた伝統の申し合わせ事項になっている。
通過儀礼として、片割れの男子と同じクラスの女子が相手のクラスに出向いて製作を依頼するというものがある。
カップルが同じクラスなら出向く必要などない。「あんたは彼の分」と別の意味で機械的に決まる。
 平次のゼッケンと鉢巻もやはり伝統に則って機械的に和葉が担当することになり、和葉は曖昧な返事と共に承諾した。
だが、その態度は表向きに過ぎない。和葉が平次の分を作りたがっていたことは、その時の和葉の頬の赤みと、平次が今着用しているゼッケンと鉢巻の
商品として店頭に並べても遜色のない仕上がりの良さに表れている。
平次が和葉から事前に預かったゼッケンと鉢巻を受け取った時は「よう出来とるな」という素っ気無いものだったが、平次も伝統を知らない筈がない。
話題にも出た、陸上部顔負けの平次の活躍は自分の分そっちのけで丁寧に作ったゼッケンと鉢巻の力もある、と和葉は内心少し自信を持っている。

「和葉。服部君の学ラン確保するんやったら、早いうちにしといた方がええで。服部君が学年とは無関係に人気あるんはホンマやし。」

 それまで冷やかし一色だった女子の口調が、前に踏み出すのを躊躇っている和葉の背中をそっと後押しするものに変わる。
和葉が平次を想っていることは女子なら誰でも知っている。だが、事実上の公認の仲であるにもかかわらず、未だ平次からのアクションはない。
 幼馴染として長年接してきた。家族ぐるみの付き合いは健在だし、学校も今に至るまでずっと同じ。
だが、幼馴染として接してきた時間が長過ぎたのかもしれない。気心知れた間柄ではあっても異性という意識は芽生えないのかもしれない。
スポーツ大会のゼッケンと鉢巻作りに和葉が熱中したのは自分の気持ちに応えてほしい、という気持ちもあってのことだが、今のところ音沙汰なしだ。
幼馴染と恋愛関係は必ずしも等価ではない。和葉は無論恋愛関係への発展を望んでいるが、平次がどう思っているのかは分からない。
告白という自分を異性として見てほしいという意思表示が、今まで円満に続いてきた幼馴染という絆を破壊してしまうのではないか。
そんな恐怖感が、和葉に思い切ったアクションを起こさせない大きくて重い足枷になってしまっている。

「和葉の気持ちくらい、ウチらは分かっとるつもりや。服部君が400mリレーに出場した時の和葉の真剣な顔見たら、どんな鈍い奴でも分かるわ。」
「・・・。」
「告白は男からしてほしい、て気持ちは分からんでもない。せやけど、そないなこと言うとったら、和葉と服部君はこのままやで。ここが踏ん張りどころと違うか?」
「・・・アタシかて分かっとるよ。」

 和葉の声は、その切ない心情を反映してか細い。

「和葉。思い切って行きや。告白は男から、なんていう時代やあらへんで。」
「あたしらも出来る限りサポートするわ。今回逃したら次のチャンス何時になるか分からへんで。」
「・・・うん。」

 躊躇を感じつつも、援助の申し出を受けた和葉は決意を固める。
大学受験の準備が本格化する3年になるまでに解決したい。・・・たとえ自分の気持ちが一方的なものだったとしても。
宙ぶらりんのままでは、もやもやしたものを抱え続けることになる。そして相手の心の動きを止められずに、別の相手と交際を始めてしまう・・・。
それは嫌だ。相手への想いを抱えたまま相手の幸せを目の当たりにするくらいなら、いっそきっぱりふられた方が諦めがつく。
和葉は長く止まっていた昼食の手を再び動かす。来るべき「決戦」の時に向けて揺らぐ心を懸命に固めつつ・・・。

 意を決した和葉が教室に戻った時−昼食は別の場所で取っていた−、和葉は思わず足を止めた。
教室の一角に大きな人垣が出来ていた。そしてその中心には、学ランを肩に乗せた平次が居た。
人垣を作っているのは勿論女子。その数は10人どころではない。ざっと見たところでも20人、否、30人は居るようだ。
その誰もが口々に、学ランを自分に着させてくれ、と平次に頼んでいる。
 それを見ただけで、固めた筈の和葉の決意は崩壊していく。とても人垣に割って入れる自信がないためだ。
この場で平次に学ランを着せてもらうように頼んで断られたら、他の女子の前でふられるという大恥をかかされることになる。
ふられても構わないという覚悟は出来ていた筈だったが、衆人環視の前でふられてさっぱりした、と言えるような性格ではない。
 思うように身動きが取れないため渋い表情の平次と、機会を改めるべく踵を返そうとした和葉の視線が合う。
だが、それは平次の方から打ち切られる。平次は動けへんから離れろ、などと言いつつ教室から出て行く。
平次の態度は、告白を断られることより和葉の心を痛めつける。自分のことなど眼中にない、と受け止められるものだったからだ。
相手にに何か特別な気持ちがあるなら、直ぐに視線を逸らすようなことはしない。平次の態度は和葉に対する無言の断りにしか思えない。

「・・・やっぱし・・・、アタシは単なる幼馴染なんかな・・・。」

 和葉はそう呟いて視線を下に落とす。その横顔はあまりにも悲しげで痛々しい。
教室のドアから和葉の動向を見守っていた女子は、和葉を励まそうと思うが和葉の心境を思うと憚られる。下手な励ましは逆効果になることが多々あるからだ。
和葉は自分の席に戻って弁当箱を仕舞うと、ウインドブレーカーを羽織って重い足取りで教室から出て行く。
その後構内アナウンスで開始が宣言された午後の部の応援席に、和葉の姿は校庭にも体育館にも現れなかった・・・。

「男子400mリレー決勝出場のクラスは、入場口に集合してください。」

 構内アナウンスが流れる。スポーツ大会もいよいよ佳境。目玉の種目である400mリレーの決勝も間近だ。
応援席は更に盛り上がりを見せる。平次と和葉の居るクラスは決勝にこまを進めた。
現時点での総合ポイントは平次と和葉も居るクラスを含む上位5クラスが優勢だが、その5クラスの総合ポイントは拮抗している。
400mリレー決勝の結果次第で学年別優勝、そして総合優勝の行方が大きく左右される可能性が濃厚な情勢だ。
 当然ながら、校庭の応援席の人口密度が増してくる。だが、その中に和葉の姿はない。
スポーツ大会の盛り上がりを他所に、和葉は人気のない校舎の壁に凭れて座っていた。その表情は酷く悲しげだ。
平次に事実上度外視されたショックはあまりにも大きく、和葉にとってスポーツ大会の結果などもうどうでも良くなっていた。
それより明日から、否、これから平次とどうやって接すれば良いのかを考える方が重要なのだ。

「和葉!」

 悲しみを堪えようと曲げた膝に顔を伏していた和葉に声がかかる。和葉が顔を上げて見ると、その傍に平次が居た。
平次は肩で息をしている。これまで予選を通過してきた後でも殆ど呼吸を乱さなかったのが嘘のようだ。

「ったく、お前っちゅう奴はチョロチョロしおってからに。どんだけ探したと思っとるんじゃ!」
「別にええやろ。アタシが何処に居っても。」

 強い口調で迫る平次に、和葉は投げやりな口調で応じる。

「リレーでカッコええところ見せたればええやん。平次のことや。人気殺到やろし。」
「和葉。」
「アタシのことなんてどうでもええんやろ?!今更声かけんといてよ!」
「どうでも良かったら、学校の敷地ん中も校舎ん中も探したりせえへんわ!」

 涙目で未練と共に平次を振り払おうとした和葉への平次の言葉に、和葉は意味が分からず目を見開く。
平次はその手に持っていたものを和葉の頭に被せる。それは・・・紛れもなく学ランだ。

「平次・・・。」
「昼休みに顔合った時、一緒に来い、て目で合図したのに行方不明になりおって・・・。探すんに苦労したわ。誰に聞いても知らへん言うし、女子には睨まれるし。」
「もしかして平次。これ、アタシに渡そうと・・・?」
「纏わりつかれて鬱陶しかったし、そいつらの前で渡した方がカッコつくやろ?」
「・・・カッコつけること考えるんやったら、ちゃんと言うてよ・・・。」

 溢れ出しそうな涙を堪えつつ、和葉は立ち上がって頭に被せられた学ランに袖を通す。
一度着てみたかった学ラン。しかも意中の相手から改方学園の伝統に則っての平次の行動。もう疑ったり悲しんだりする余地などない。

「平次の学ランって・・・、大っきいな。ブカブカや。」
「それ着てしっかり応援せえや。行くで。」
「うん。」

 集合を促す構内アナウンスが流れる中、これまで以上に勝利への執念を燃やす平次と、嬉しさで溢れ出した涙で頬を濡らす和葉が校庭へ向かう。
和葉の目に映る平次は涙で滲んで不規則に歪んでいる。そして学ラン特有の重みと温もりが、それまで悲しみのどん底にあった和葉の心を癒していく。

400mリレー決勝に声援を送る応援席の中で、自分の学ランを着た和葉の姿が平次には一際輝いて見えた・・・。


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