謎町紀行 第65章

邪教最大の祭礼と崩壊(前編)

written by Moonstone

 翌朝、否、未明に僕とシャルは出発。向かう先は巡礼コースの最終版であり、神祖黎明会本部により近いH県北部。眼前の風景が次第に夜が朝に替わっていく。1日の始まりで、今日ほど緊迫感を感じたことはない。神祖黎明会を頂点とするヒヒイロカネに纏わる歪んだ同盟関係を終わらせる戦争は、今日始まる。
 シャルは短期決戦を計画している。直線距離で軽く100kmを超える3か所を別々に攻めると、証拠隠滅や逃亡の恐れが高まる。単独行動をしているO県の博物館の学芸員は兎も角、神祖黎明会と関連企業や秘密裏に半グレ集団を傘下にしている国会議員は、危険が迫れば真っ先に逃亡や証拠隠滅を図るだろう。
 昨夜の段階で、神祖黎明会は大規模なヒヒイロカネ関連設備と、戦闘機や攻撃機といった攻撃手段も有していることが判明した。今まで名前も知らなかった宗教団体が、1つの町を事実上占拠したばかりか、これまでにない規模のヒヒイロカネ兵器を揃えている。
 しかも、今日が最終日の神祖降臨祭には、推計10万人以上の信者が詰めかけているという。その会場が恐らく最大規模の戦争地域になる。シャルは信者の被害や犠牲は考慮しない構えだ。子どもが少なからずいることも勿論だけど、死者が出れば流石に隠蔽しきれないんじゃないかという懸念がある。
 神祖黎明会と癒着している、イズミ町を選挙区の一部とする国会議員がメディアに圧力をかけていることで、神祖黎明会の横暴やそもそも憲法の政教分離に違反する事態が表に出ないでいる。だけど、本部を中心に大規模な戦争が勃発したら、住民が警察に通報するだろうし、流石に国会議員も抑えきれないだろう。
 ヒヒイロカネは、この世界にあってはならないもの。だから僕はシャルとこの世界を巡って、SMSAの支援も得て回収を続けている。ヒヒイロカネに接した人々は記憶を操作されている。今回の戦争でヒヒイロカネの存在が表舞台に出ることになったら、国や企業が入り乱れての大争奪戦になる恐れもある。
 ヒヒイロカネがこの世界にあってはならないとされているのは、この世界が我欲を優先させることを是とすることで、ヒヒイロカネを正しく使えないからだろう。実際、ヒヒイロカネを悪用或いはヒヒイロカネの入手のために、人々の生活も生命も尊厳も踏み躙る事例に何度も接していることが、僕の推測を確信に変えている。

「作戦を開始しました。」

 最初の目的地、第31番札所の郡上寺(ぐじょうじ)にあと10kmとHUDに表示されたところで、シャルが言う。

「悪徳国会議員のPCから関連企業の脱税や、脱法ヤクザとの雇用関係を示す資料、神祖黎明会からの献金などなど悪事に纏わる資料を流出させました。」
「よくその手の資料が残ってたね。てっきり記録を残してないかと。」
「悪党は悪党で、金や人のやり取りをした記録を残しておかないと、それこそ殺し合いになりかねません。それらの記録を抹消するのは、自分達の立場が危うくなった時です。」
「流出先は何処?」
「PCが詐欺サイトにひっかかったという体ですので、無差別です。早速SNSで反応が出て来ています。」
「O県の博物館の学芸員は?」
「逃亡しないよう、諜報部隊とSMSAが常時監視しています。逃亡を図った時点で身柄を拘束します。」
「まず、神祖黎明会の金の行先を封じたんだね。」
「そのとおりです。この腐った関係を繋ぐ最大の鎖は金です。金の出口を封じれば、供給元は孤立しますし、供給先は離れます。」

 神祖黎明会を頂点とする歪な同盟関係を結ぶのは金。最終的に大半が神祖黎明会の懐に還流される仕組みに気づいているかどうかは兎も角、巨額の金が暗部で流れている。まず国会議員の金と動きを封じた。何しろナチウラ市では元財務相が大学に偽装した核兵器発射施設建設を目論み、ココヨ市ではホーデン社とA県県警の癒着が明るみに出て、政権党は常時激震が続いている状況。ここでさらなるスキャンダルが発覚すれば、間違いなく党はこの国会議員を切り捨てにかかる。
 国会議員に落選しても関連企業の社長として生き永らえることも出来るだろうけど、国会議員の拍がなくなれば、単なる半グレ集団の企業。まともな企業はコンプライアンスとかから関わり合いになろうとしない。企業として立ち行かなくなれば、金や人がものをいう選挙の雲行きが怪しくなる。
 それに元財務相に離党勧告を出した政権党は、これ以上スキャンダルを抱え込むわけにはいかない。国会議員に離党勧告を出すか国会議員が自ら離党するかのどれかだろう。政権党の看板がなくなれば、政権党は別の候補者を立てる。文字どおり切り捨てられる。
 O県の博物館の学芸員は、単独で行動している。教祖のクローンである確率が高いから、神祖黎明会や国会議員と表向き無関係を装っていられるんだろう。だけど、神祖黎明会からヒヒイロカネ調査の資金を受け取り、その資金で厳生寺を事実上乗っ取ったりしている。無罪放免とはいかない。

「神祖黎明会は、まだ神祖降臨祭の最中?」
「はい。飽きもせず続いています。信者は1日1時間程度の仮眠と朝晩の質素な炊き出しだけで、延々と教祖の降臨を祝っています。」
「おかしいと思わないんだね…。」
「ヒヒイロカネを埋め込まれて教祖のお言葉とやらをダイレクトに脳に受ける上に、不眠不休で続く儀式で思考が完全に麻痺しています。洗脳には最適の環境です。」

 洗脳は考える時間と体力を奪うのが常套手段だ。神祖降臨祭は、神祖のこの世界への降臨を祝うと言う体の洗脳の機会と言った方が良い。ごく短時間の仮眠と質素な炊き出しだけの食事で、信者の思考力は麻痺している。そこに教祖がヒヒイロカネを使った奇跡を見せたり、祝福と称してヒヒイロカネを埋め込めば、洗脳完了だ。
 朝が西へどんどん広がっていく。神秘的な光景だ。対向車も前も後ろも車がない、僕とシャルだけになった世界を旅しているような気分になる。神秘的な場面は身近なところにある。宗教に依存しなくても、少し早く起きて外に出てみたり、違う場所に行ってみたりすることは出来なかったんだろうか。

「SNSで取り上げられる回数が増加してきました。国会議員と半グレ集団の癒着や企業のコンプライアンスを批判する向きが圧倒的です。」
「当の国会議員はまだ気づいてないのかな。」
「まだ寝ていますね。ヒロキさんと私が出発する直前くらいまで、半グレ集団を従えて飲み歩いていましたから。」
「よりによって半グレ集団と飲み歩きなんて…。」
「得票率では少数派でも議席が多数派になれる小選挙区では、カネとヒト次第でクズでも議員になりやすいですからね。議員になっても質問を1回もしたことがない起立要員がいきなり大臣になったりしてるようですし、多数党の驕りは腐敗どころか悪臭を放っているレベルです。」
「気の緩みは確かにあるね。選挙区で1位になれば当選だし、議会は圧倒的多数だから何でも出来ちゃう。」
「もっとも、目が覚めた時は夢だと思いたい状況でしょうね。いっそ永眠すればずっと夢を見てられるでしょうけど。」
「…この手の輩は自ら永眠なんてしないよ。」

 恐らく、状況に気づいた、或いは知らせを受けた国会議員は、秘書に身代わりになるように言うだろう。或いは何も知らない関連企業の社員か。こういう責任の押し付けは何度も繰り返されている。議員秘書は凄くリスクの多い仕事だと思う。
 秘書も秘書で、責任や悪事を押し付けられたら、自殺したりしないで全部ぶちまければ良いんじゃないかと思う。押し付けた側はそれこそ蜥蜴の尻尾切りで逃げ切りを図るんだから、救済されるなんて全くあり得ないこと。無実の罪を被って苦しむくらいなら、道連れにした方が良い。

「単なる-というと軽く思われるかもしれませんが、汚職自体重大な犯罪です。ましてや今回は、半グレ集団が絡む土地買収やマスコミへの恫喝が含まれます。コンプライアンスに敏感な状況で、脱法ヤクザそのものの半グレ集団との癒着や宗教団体からの献金は、批判を免れません。」
「所属の政権党も、国会議員を切り捨てるだろうね。多分今は庇っている余裕はない。」
「派閥は第2勢力ですが、当選回数は2回で大臣や政務官の経験もない、言うなれば小童議員など、派閥の代表も切り捨てないと自分が危ないですからね。」

 政権党は、今も大揺れのようだ。兎に角ナチウラ市とヒョウシ市で元財務相がやらかしたことが致命的だ。非核三原則や国内法を無視して、大学に偽装した核兵器発射施設を秘密裏に建設して、傘下の企業で拉致した男女を奴隷化していたんだから。元財務相の傘下企業を基に「鉄鋼ヤクザ」と揶揄する向きもあるそうだけど、やったことはヤクザ以上に質が悪い。
 シャルの制裁で病院送りになって以来、離党勧告を出されて後援会も解散したけど、まだ離党も辞職もしていないようだ。傘下の企業でも未払い残業代の支払いや、拉致されて死にもした男女の遺族から損害賠償訴訟を次々起こされても議員を辞めないのは、それだけ議員がうま味のある職業なんだろう。
 だけど、政権党もこれ以上爆弾を抱え込むわけにはいかないだろう。小選挙区制故に、雪崩式に議席を失うリスクもある。元財務相の違法脱法をこれ以上庇っていると見られると、所属派閥どころか政権党の次の選挙が地獄絵図になりかねない。与党が野党になったらうま味が消えるから、ダメージは落選以上だ。

「この国会議員も漏れなく世襲ですけど、父親は県議で幹事長どまり。この手の国会議員としては格下と見なされますね。」
「だから半グレ集団や神祖黎明会と結託したのかな。成り上がって見返そうと。」
「そのようですね。資金集めパーティーでも、地方議員の経験から国政を変えると息巻いていましたし。もっともこの国会議員も、県議時代は大した質問や追及もしない、典型的な賛成要員でしたから、ヒロキさんの言うとおり党幹部を見返したいだけですね。」

 くだらないことこの上ないメンツのために、選挙区の住民を犠牲にしている。これで「地方議員の経験から国政を変える」なんてお題目を言われても鼻で笑うしかない。O県とH県に跨る一連のヒヒイロカネ問題の元凶は神祖黎明会だけど、国会議員も似たようなレベルの邪悪だと思う。どちらにしても、特にイズミ町の住民にははた迷惑でしかない。

「神祖黎明会は何時攻めるの?」
「正午です。その時、今のイベントは最高潮を迎えます。」

 神祖降臨祭は教祖がこの世界に降臨したことを祝うイベントだけど、そこで教祖がヒヒイロカネを使って奇跡を見せることで、唯一絶対の存在であることをアピールするという。この瞬間にシャルは一斉攻撃を仕掛けて、教祖の威厳を破壊する考えのようだ。
 ヒヒイロカネの整備工場も同時に叩くだろうから、神祖黎明会側の戦闘機や攻撃機がスクランブルする前に大勢は決まるかもしれない。そうなって欲しい。ヒヒイロカネを悪用して金と人と労力を収奪して、イズミ町を蹂躙して憚らない教祖や幹部は言うに及ばず、教祖に盲目的に従って金を流し込む信者もほぼ同罪と言って良い。
 だけど、善悪や善し悪しの判断が不十分な子どもは、この場合大人の信者と同罪かと言うと、そうは言えない。親に連れられて儀式や勧誘活動に参加させられ、親だから嫌だと言えない、言っても聞き入れられないまま従っているだけの子どももいるだろう。子どもの信者も大人の信者と同罪だからどうなろうが知ったことじゃない、とは割り切れない。
 シャルの言うとおり、このまま子どもの信者が成長すれば、神祖黎明会に骨の髄まで染められた大人の信者になる危険性はある。その前に神祖黎明会から隔離できれば、まだ理性や人生を取り戻せるんじゃないか?甘いかもしれないけど、そんな期待がある。
 空の夜の殆どが朝の光に溶けた。あと…6時間ほどか。長い1日になりそうな気がする。この1日が終わった時、神祖黎明会というイズミ町を、否、O県とH県に跨る病巣は取り除かれるだろうか。そして、アヤマ市の不可解な現象も終わるだろうか。

「必ず終わらせます。」

 シャルが短く、強く断言する。そうだ。必ず終わらせよう。ヒヒイロカネで増幅した欲を撃破して、欲に食い物にされる人と町を解放しよう。僕とシャルは…前に進むしかない。被害や犠牲が更に広がり、悪化する前に食い止めるために…。
 32番札所、陽明(ようみょう)寺の参拝とサンプル採取を済ませて、駐車場に向かう。巡礼コース後半の例に漏れず山の中だけど、割と駐車場は整備されている。シャルが言うには、この寺は新道宗の対外協調派の1つだと言う。駐車場は道の駅が併設していて、食堂やカフェ、宿坊代わりの民宿まであったりする。
 巡礼コースの最後となる33番札所は、ここから2時間ほどかかるとシャルの予測が出ている。ということで、駐車場併設の道の駅で少し早い昼食を摂ることにする。そこそこの数の巡礼者らしい団体客やツーリング中らしいバイクスーツの男性のグループがいる。そんな客構成でシャルはひときわ存在感を放っている。
 シャルの希望もあって、カフェに向かう。カフェはある意味予想外に、洒落たメニューの目白押し。巡礼コースの1つであることを除けば、山岳地域のドライブコースとして結構有名らしい。なるほど、道理でカフェの中は客層が違うわけだ。その中でもシャルが人目を引くのはもはや様式美と言うべきか。

「私を見るより向かいに居る彼女や彼を見た方が良いと思いますが。」
「そうもいかないんだよ。」

 黒の方がもはや珍しいレベルで茶色が多い中でも、根元からの完全な金髪はそれだけで目立つ。加えてアイドル顔負けの容貌とカジュアルな服装でもうっすら浮かぶグラドル真っ青のスタイル。ガン見したくなる気持ちは分かる。

『あと20分ほどで作戦を開始します。』

 品数が多いのが目を引いたランチセットを注文した後、シャルがダイレクト通話で伝えてくる。

『大勢が決まったあたりで、イズミ町に入ります。』
『そういえば、此処はイズミ町の隣町なんだよね。』
『はい。33番札所東明(とうみょう)寺と同じくらいの距離と所要時間です。県道しか通じていないので。』

 今日1日で決着をつける計画らしい。既にシャルの軍隊は、地上部隊が本部周辺に、航空部隊がレーダーに入らないエリアで展開中。シャルの号令1つで一気に攻撃開始できる状況だ。つまり、あと20分ほどで神祖黎明会の本部周辺が戦場に変わる。

『戦争は必ずしも全面的に銃火器が衝突するばかりではないですよ。』
『どういうこと?』
『偵察機が上空を旋回している神殿の内部構造や人間の有無を、私は把握しています。ヒロキさんなら分かりますよね?』
『…大体は。』
『目的はヒヒイロカネを集めて悪用する神祖黎明会を壊滅させることですが、その手段は必ずしも武力である必要はありません。』

 悲壮感と言うか絶望感と言うか、そういうものが和らいでいく。シャルは僕よりずっとしっかり色々な手段を考えている。僕が勝手に思い込んでいただけと言えるか。

『当初は神殿への文字通りの総攻撃を予定していました。ですけど、ヒロキさんが非常に消極的な見解だったので、方針を変更したんです。』
『それだとヒヒイロカネの回収に問題が生じない?』
『展開している部隊の行動方針にある程度の変更が生じましたが、ヒヒイロカネの回収に支障は生じません。それより…武力一辺倒の作戦を強行して、ヒロキさんに嫌われたくなかったので。』

 意見が違うことで嫌いになることはない。問題なのは一方的に主張を押し付けて、自分は何もしないこと。シャルの方針は、子どもの信者も考慮しない強硬なものだったけど、それでヒヒイロカネが回収できて、元凶の神祖黎明会を壊滅に追い込むのが必要だと分かっていたから、反対し続けることは出来なかった。
 それに、シャルが言った言葉-「子どもであるがゆえに信仰と言う名の洗脳は大人より深刻です。言葉は悪いですが、狂信者の幼虫です。」というのは、残念だけどそのとおりだと思う。周囲の迷惑を顧みず、時に威嚇して生きる連中の子どもは、えてして親の影響を受けて乱暴だったり迷惑行為をしたりする。
 僕自身、この旅に出る前にその手の連中に酷い目に遭わされた。騙されてバーベキューに呼び出されて、使役されたあの時、暢気に談笑している連中の中には子連れもいた。この子どもはまったく遠慮も礼儀もあったものじゃなくて、僕が焼かされた食材を奪い、肉がないと僕を蹴ってさえ来た。
 そういう子どもを、親は全く注意しないか、怒鳴りつけて放置するかのどれか。つまりは躾ける意図がない。子供としつけを放棄して何をしているかと思えば、暢気に談笑かスマートフォンを弄るかのどれか。ある意味分かりやすいけど、これで「結婚すれば一人前」なんてどの口が言うのかとせせら笑いたくなる。

『イズミ町の本来の住民には、SMSAが展開して保護に当たります。』
『イズミ町の人達に被害が及ばないようにして。』
『勿論です。』

 スマートフォンの表示を見ると、あと10分ほどで12時になる。シャルの作戦開始は刻一刻と近づいている。武力行使のみの作戦から変更になったそうだけど、神祖黎明会をどうやって壊滅に追い込むつもりなんだろう。シャルの手腕に期待するしかない。
 あと5分余りになったところで、注文したランチセットが2つ運ばれてきた。ランチメニューのイメージとかなりかけ離れた、ディナーか何かのような品数の多さだ。その分1皿の料理はやや控えめ。SNSでも有名らしく、少し検索するとこの店のランチメニューがかなり出て来るそうだ。

「食事を食べたいのか、SNSで自慢したいのか、どちらなんでしょうね。」
「人にもよるけど、後者の方が大きいかもしれないね。此処に来るのにそれなりに手間だから。」
「確かに美味しいですけど、誰かと一緒に食べたとか、そこまでこんなことがあったとか、そちらの方が後々思い出になると思います。」
「SNSはアルバムとしての用途もあるみたいだね。印刷とか収録とかの手間が要らないから。」

 食べながらチラチラと、広げておいたスマートフォンを見る。スマートフォンには、神祖黎明会の本部で開催中の神祖降臨祭の様子が映し出されている。音声こそないものの、鮨詰めになった無数の信者が周期的にひれ伏し、スポットライトに照らされた教祖が何やら宣言している様は異様でしかない。

『そろそろですね。時計表示を合成します。』

 画面左上にディジタル表示の時計が表示される。表示は11:57:32。この手の時計には珍しく秒の表示もある。カウントダウンでこんなに緊張するのは初めてだ。映像は教祖に固定される。何やら声高に宣言しているようだ。5、4、3、2、1、ゼロ。
 ん?教祖が固まってしまう。少ししてやり直しとばかりに何か宣言する。…やっぱり固まってしまう。それを何度か繰り返すうちに、教祖の顔に動揺の色が浮かんでくる。正午に合わせて何かするつもりだったのが、シャルが手を回したことで不発に終わったってところか。

『そのとおりです。ヒヒイロカネで出来た天使を登場させて、現人神であることを示すのが、このイベントの最大の見せ場です。』
『ヒヒイロカネなら簡単に出来るマジックか。』
『実にくだらない余興ですが、教祖が神そのものであることを示す機会を潰したことで、会場の信者に動揺や疑問が生じています。』
『何度もやり直してるのに一向に天使が現れないんじゃ、流石に信者も疑問に思うよね。』
『しかも、「さあ!我が僕たちよ、主なる神の召喚に応えよ!」と大層なお題目を唱えての失敗の連続ですから、もはやコントです。』

 確かに、最高の見せ場とばかりにそれらしい台詞まで言ったのに、仕込んだ天使が無反応じゃコントでしかない。客観的には笑えるけど、教祖はかなり動揺してもおかしくない。教祖はしきりに両手を振り上げて天使を召喚しようとしているけど、無反応なのは相変わらず。これで教祖を疑わないようじゃ、救いようがないかもしれない。

『会場にアナウンスを流しています。こんな感じです。』

 左耳に一瞬僅かな違和感を覚えた後、音量を絞った状態で残響成分が多いアナウンスが聞こえてくる。「教祖とやらの能力を信じるつもりか?」「飲まず食わずで儀式をさせて、挙句この有様。目を覚ませ。」など、シャルの声とは明らかに違う、男性の音声だ。

『明らかに動揺してきた信者がいるみたいだね。』
『あんなコントのような場面を目の当たりにして、教祖の能力とやらを盲信するようでは救いようがありません。そんな信者もかなりいるようですが、幹部の方が動揺の度合いが強いようなのは奇妙な話です。』
『これで教祖の権威は失墜するだろうけど、会場が世間と隔絶されているから、内部分裂で終わりそうな気もする。』
『動揺している信者は全体としては少数派ですし、このイベントに来ていない信者には伏せられますから、教祖と教団に疑念を持った信者は粛清されて終わりでしょう。勿論、それで終わらせるつもりはありません。』

 画面を見ながらだからやや鈍いけど、テーブルを所狭しと埋め尽くす料理を食べながら、片隅に置いたスマートフォンで神祖降臨祭の成り行きを見る。傍目には映画か何かの一場面だけど、今、現に此処から40kmほど東に行ったところで展開されている。

「我に祝福された敬虔なる信徒たちよ!我を侮辱する戯言に惑わされるな!」

 耳に不協和音が多い声が届く。これが教祖の声か。不思議と醜悪な本性が声に現れているように感じるのは、先行入手した知識や情報のせいだけだろうか。

「僕が我が召喚に応えないのは、諸君らの迷いによるものだ!改めて我の声を聞け!信心を込めて我を見よ!」
「自分の無能の露呈を、信者に擦り付けるのか?これが全知全能の教祖の正体か。」
「黙れ!放送設備に巣食う邪悪を排除せよ!」
『放送室に居た連中は既に拘束済みです。』
『じゃあ、もう地上部隊は神殿に?』
『はい。作戦を変更したことで、思いがけず効率的な道が開けました。』

 総攻撃を計画していたシャルは、僕が消極的な見解を示したことを受けて作戦を変更した。シャルが創造機能で創造した部隊は、別に最初から最後まで同じ形状を保つ必要も決まりもない。シャルは変幻自在なヒヒイロカネ製の軍隊の特徴を利用して、地中に溶け込ませて神祖黎明会の本部に侵入させた。
 いくらレーダーや偵察機を揃えていても、地中に溶け込んだヒヒイロカネを探知することは出来ない。労せず神祖黎明会の本部に侵入したシャルの部隊は、放送設備などインフラ関係を完全に占拠して、そこに詰めていた人員の身柄を拘束した。いきなり壁や床から染み出したシャルの部隊の前に、人員はなす術もなく拘束された。

「さあ!我を崇めよ!我の声を聞け!僕よ!我が召喚に応えよ!」
『そんなに召喚させてほしければ、させましょうか。』

 シャルの一声で、教祖の前に複数の人形(ひとがた)が現れる。人形と言っても、人間の皮を剥いで筋肉を剥き出しにしたような、異様な風貌だ。少なくとも天使とは言い難い風貌の人形の登場に、信者は騒然となる。教祖や幹部は「話が違う」といった表情だ。

『盲信する信者には、多少荒療治が必要です。』

 人形は、ゆっくりした足取りで一部は信者の方へ、一部は教祖や幹部の方へ向かう。そして、牛か何かのような低い雄叫びを上げて、床や壁を、祭壇などを殴る。信者は驚きのあまり腰を抜かす者もいるが、大半は身の危険を感じて我先にと逃げ出す。

「や、やめろ!この化け物を止めろ!」
『自分が召喚した天使を化け物と言ったり、召喚した天使の行動を制御できなかったり、駄目な教祖ですね。』
『それは無理な相談だよ。』

 教祖が召喚した体ではあるけど、実際はシャルがタイミングを合わせて登場させたものだし、当然ながらシャルの制御下にある。教祖の言うことなんて聞きやしないし、ヒヒイロカネを悪用する神祖黎明会を壊滅させるのが目的だから、行動は教祖の思惑とは完全に乖離している。
 人形はゆっくりした動作だが、強力な拳と蹴りで神殿を破壊していく。信者は幹部や警備員の制止を振り切り、一目散に逃げだしていく。警備員が懐から何かを取り出して構える。

『拳銃?!』
『リボルバータイプではありませんね。例の国会議員傘下の半グレ集団から横流しされたものでしょう。』
『拳銃を勝手に作るだけでも銃刀法違反の筈。国会議員が関与してたら辞職だけじゃ済まないかも。』
『半グレという名の脱法ヤクザを傘下にした以上、違法行為も当然という認識でしょう。そうでなければ、最初から半グレ集団を傘下にしたりしません。』

 宗教団体の本部で拳銃が登場するとは思わなかった。宗教の皮を被った暴力団と言うべきか。巧妙に騙して宗教と言う麻薬を与え-「宗教はアヘンである」とはよく言ったものだ-麻薬中毒にして金を搾り取る。こう見ると、やってることは暴力団そのものだ。これでも法人格があって法人税がないんだからどうかしている。
 耳に乾いた破裂音が幾つも響く。警備員が人形に向けて発砲した。だけど、ヒヒイロカネで出来た人形はびくともしない。ゆっくりした動きで神殿に強烈な拳や蹴りを叩きつける。神殿は床も壁も穴だらけ。床には瓦礫が散らばり、無残な有様だ。
 幹部が逃げ惑い、警備員が拳銃で応戦する中、教祖が祭壇から降りて奥に消える。どさくさ紛れに逃亡か?

『そうはいきません。』

 奥に消えた教祖が、少しして血相を変えて飛び出て来る。教祖が逃げ込んだところから、剣山のような無数の鋭利な先端が飛び出してくる。シャルのヒヒイロカネは本部全域を掌握したようだ。こうなると神祖黎明会は、シャルの掌の上の猿だ。何処かに逃げられたつもりが何処にも逃げられない、絶望的な状況だ。

『既に航空部隊も進攻を開始しています。偵察機や警戒機はすべて撃墜しました。』
『早いね。』
『信者は適当に脅かしながら、彼らの巣である住宅地に追い込んでいます。SMSAが展開して、元々のイズミ町に侵入しないようにしています。』
『神祖黎明会が造成した住宅地か。そこに追い込んでどうするの?』
『それはもう少ししてから分かります。』

 恐らく神祖黎明会の信者の信仰心や忠誠心を徹底的に破壊する策を講じているんだろう。航空部隊が制空権を確保したみたいだから、地上部隊はヒヒイロカネ製造施設に進攻して制圧しているだろう。電光石火の攻勢の前に、神祖黎明会は呆気なく崩壊を始めてしまった。

『この神殿は、搾り取った金を惜しみなく突っ込んだだけあって、かなり頑丈な作りです。人形数人で殴る蹴るしても崩壊には至りません。』
『見た感じ、かなりボロボロだよ。』
『柱や壁を完全に破壊しないと崩壊しないようですね。ゆっくり壊します。』
『教祖が彼方此方走り回ってるね。逃げ場所を探してるのかな。』
『そのようです。解析したところ、複数の脱出口があります。どれもヒヒイロカネが塞ぐなり追い出し工作をしますから、使用不能です。』

 幹部は無効なのが明らかなのに、拳銃で人形と戦っている。拳銃の出所や所持は別として、自分や教団、そして教祖を守ろうという意思を感じる。ところが、教祖は何とかこの場から脱出しようという意思しか感じられない。神を語るならその全知全能でどうにかするか、しようとするところを見せれば良いのに、それすらしないのは、結局保身しか頭にない証拠だ。
 スマートフォンの映像を時折見ながら、豪華なランチメニューを食べ終える。映像の様子とは全く別世界の、ゆったりした時間を過ごした僕とシャルは、会計を済ませて店を出る。これから向かう先は、地図上では隣町のイズミ町。狂った宗教団体の暴挙に終止符を打ち、ヒヒイロカネを回収して手配犯の身柄を拘束するためだ。