謎町紀行 第59章

穢れた第二の追手、手配犯の持つもう1つの顔

written by Moonstone

 厳生寺の騒動から2日が過ぎた。僕とシャルは、新道宗の巡礼を装って手配犯の追跡とヒヒイロカネの調査をしている。白装束姿の伝統的な巡礼者は、年配層が殆ど。しかもツアーで大人数。僕とシャルが2人で普段着で巡っていても、シャルが視線を集めること以外は取り立てて疑問視されることもない。
 この巡礼、札所の数は33か所と極端に多くないけど、移動距離が兎に角長い。しかも、国道や高速道路といったアクセスが良い道路からすぐに行ける札所はごく僅か。どうしても何日かに分けていく必要がある。オクセンダ町の温泉旅館を拠点にすると、1日に数か所が限界だ。
 手配犯が厳生寺を出たのは、半年ほど前。手配犯の移動手段は分からないけど、半年あれば徒歩でも残りの札所をすべて回れるだろう。少し調べてみても、徒歩での巡礼にはおよそ3か月程度を要するそうだ。特に20番札所から22番札所、つまり厳生寺を挟むルートが一番時間を要する、とも。

『此処でもヒヒイロカネのスペクトルは検出できません。』
『ありがとう。ひとまず参拝しよう。』

 第19番札所の白虎寺(びゃっこじ)にも、ヒヒイロカネはなかった。安心して良いのか残念に思うのか複雑な心境だ。ともあれ、巡礼の体だから参拝はしておく。札所には本堂と導師堂が必ずあって、その他に六角堂や塔があったりする。それぞれに賽銭箱があるから、律義に賽銭を入れていると結構な出費になる。
 厳生寺で半グレ集団が結構な金額を持っていたというのも納得がいく。徒歩での巡礼だと荷物はあまり持てない。ATMがあるとは限らないから-実際この界隈で見たのは簡易郵便局だけ-、多めに現金を持っておくだろう。着眼点は良いけど悪用したらどうしようもない。
 この白虎寺も、集落から隔絶された山の中にある。しかも、駐車場から徒歩で参道を上るしかなくて、その距離と傾斜は登山みたいだ。参拝自体が修行という観点では導師こと桜蘭上人の教えに準じている。駐車場があるだけましと思うべきなんだろうか。

「山の上だからか、結構涼しいね。」
「季節は着実に秋に向かっているようです。」
「そういえば…この旅に出た時は5月の連休前だったね。色々あったからもっと昔のことのように思えるよ。」

 桜が散って葉桜になって久しい頃、僕はシャルと一緒にこの旅に出た。今まで行ったことがなかった場所に行って、様々な体験をした。時に生命に関わる怪我もした。だけど、この旅に出たことを後悔したことは一度もない。それは今も変わらない。
 確かにヒヒイロカネを探すのは容易じゃない。手掛かりは断片的だし、今のようにひたすら推測と捜索を繰り返すことも珍しくない。でも、体よく使われて僕の意思は悉く無視された時代と違って、シャルと一緒に考えて議論して、探して、駄目なら他の可能性を探る。協力して敵と戦う。僕が主体的に取り組めるし、シャルと相互尊重できる関係性がある。
 シャルと出逢った時はまだ冷え込みが残っていた。本格的な秋と冬は、シャルと一緒では初めて体験する。冬は寒いし雪は降るしで、ウィンタースポーツに良い思い出がない。だけど、食べ物が美味しい季節でもある。シャルと一緒に食べてみたいものもある。その時、何処にいるんだろう。

「オクセンダ町は、冬場はまさに秘湯中の秘湯として温泉マニア垂涎の町だそうですよ。」
「そんなに長居することに…ならないとは言えないか。」

 山は寒くなるのが早くて暖かくなるのが遅い。考えているよりも早く冬が訪れるだろう。山だと降雪も珍しくない。シャル本体は積雪でも問題なく行動できるだろうけど、物理現象には逆らえない。移動スピードを抑えたり、安全を優先して迂回したり、最悪宿から出ないことも必要だろう。
 旅に出る前だったら、雪に囲まれて宿に閉じ込められるなんてうんざりだと思っただろう。今は、その間どうやってヒヒイロカネを捜索するか、どうやって移動するのが安全で効率的かとか前向きに考えられる。金の心配がないのもある。それ以上に、シャルと一緒に居られるなら良いという感覚がある。

「それにしても、寺の名前で虎がつくのって珍しいな。」
「あまり関係があるようには思えないですね。」
「うん。由緒を読むと理由は分かるんだけど。」

 僕が知る限り、虎という字が寺の名前に含まれるのは初めてだ。白虎というと、青龍とかを連想する。…あれ?そういえば…。僕はスマートフォンを取り出して白虎寺を含む33か所の札所全体が含まれるエリアを表示する。流石に小さくて見づらいから、白虎寺を中心に出来るだけ広範囲が見られるように、と…。

「どうしたんですか?」
「この白虎寺って名前が気になって…。」

 僕は注意深く寺の名前と地名を探っていく。…あった。青龍寺。第30番札所とある。方角は…白虎寺から見て東の方向。ということは恐らく…。僕はスマートフォンを操作して、見つけた寺の名前や地名にマーカーを立てていく。

「やっぱり。見て。」

 マーカーを立て終えたところで、シャルに画面を見せる。白虎寺を含む4つのマーカーが、十字あるいは正方形を描く形で点在しているのが明瞭だ。白虎と青龍は寺だけど、朱雀は地名、玄武は小さい島の名前だ。どれも随分小さいから、良く見ないと分からない。

「こんな形でも隠されたメッセージがありましたか。」
「凄い距離だけど、何らかの意図を持って配置されたと考えられるね。」

 今でこそGPSや地図アプリで遠いところも俯瞰できるけど、今いる白虎寺をはじめとする新道宗の寺が建てられた時代、天体の動きや影の出来方から方角や距離を把握するしかなかった。それが一目見て東西南北を正確に把握していると分かる配置に繋げるなんて、凄い技術と知見があったとしか言いようがない。
 白虎寺と青龍寺、そして朱雀と玄武島を結ぶ直線は、綺麗にその中点で交差している。此処に何があるかと期待が膨らむ。だけど、地図を拡大しても見えるのは山の斜面だけ。地名も、この奇跡的な構図とは無関係なものだ。あくまで朱雀と玄武島を利用して描いた巨大な図形でしかないのか?

「これだけ精密に作ったんだから、何かありそうだけど…。」
「他との位置関係にヒントがあるかもしれません。移動の際に分析してみます。」
「弥勒菩薩の梵字以外に、まだ色々隠されているかもしれないね。」
「その可能性は十分あると思います。偶然にしては方角や距離が精密すぎますし、複数の意図を込めて巡礼コースを制定したとしても不思議ではありません。」

 開祖桜蘭上人の軌跡を辿って弥勒菩薩に近づくことが巡礼の目的とされているけど、その桜蘭上人は別の意図を持って巡礼コースを制定して、その拠点や目印として寺を建立したんじゃないだろうか。そしてその意図の1つにヒヒイロカネの秘匿が含まれていたことも十分考えられる。
 ヒヒイロカネを持ち出した手配犯は、SMSAの追跡を振り切るため、散り散りに逃走せざるを得なかった。地理的には勿論、時間的にも。だとすると、タカオ市の騒動で身柄を拘束された手配犯が、かなり若かったのも納得が出来る。中には桜蘭上人が存命の時代に逃げ込んだ手配犯も居るだろう。
 時代も場所も散り散りになった手配犯がヒヒイロカネを隠し、仲間や子孫だけに伝え残そうとするならどうするか。やっぱり暗号だろう。文書は何時か解読される。手掛かりがない使われなくなった言語ならまだしも、ロゼッタストーンのように別の言語との対比から解読できたりする。一見それと分からない暗号は、パッと見て分かるものに残さないことだ。
 残すことと隠すことは相容れない部分が多い。残すなら分かるように情報を残さないと、探し出すことが出来なくなる。情報を残すと、今度は意図しない相手に奪われたりする危険が生じる。旧日本軍や大政翼賛会、その流れを汲む政府与党や官僚、自衛隊は前者を選ぶ。自分達が後々探す必要がないから、情報を残さないのが得策というわけだ。
 手配犯は後者を選んだ。この世界に持ち込んだヒヒイロカネを隠し、何れ仲間や子孫が見つけ出すことを期待して。桜蘭上人は修行や巡礼コース制定の過程でヒヒイロカネの存在に気づき、この世ならざるものと判断して弥勒菩薩の木像に隠した。こう考えられる。
 白虎寺での調査は終わったから、朱印を貰って境内を後にする。往路が登山を思わせる登坂だったから、復路はちょっと楽。石段が急で高さが一定じゃないから、足元に注意しないと危険だ。シャルの手を引いて注意深く降りる。改めてこんな急な階段の先に寺を建立したんだと分かる。

「次は順番でいうと第20番札所、緑山寺(りょくさんじ)か。」

 この次が、あの厳生寺。厳生寺は「堕落した住職、半グレ集団と癒着」「窃盗団の巣窟となった寺、住職の責任は」など大きく報道されている。だけど、A県県警とホーデン社の癒着には規模や知名度の面で及ばない。こんな面で張り合っても良いことは何もないけど、ローカル紙に留まっているのは厳生寺にとって良いのか悪いのか。
 厳生寺は現場検証のため、境内全域が封鎖されている。巡礼の証である朱印は、駐車場に仮設の礼拝所を設置してそこで対応することになった。これを主導したのが法勝寺の住職。巡礼の認識を巡って対立しているけど、新道宗というくくりは同じ。近隣の札所で輪番制で対応することにしたそうだ。
 これをきっかけに、新道宗の内紛が終息に向かいつつある。原点回帰派の有力寺院だった厳生寺で、信徒も食い物にする深刻な不祥事が発覚したことで、厳生寺の地理的条件もあるが、他の寺院や信徒、一般市民との接点を持とうとしなかった閉鎖的・排他的な傾向が事態の悪化を招いたという反省が生まれた。結果、原点回帰派は対外協調派へ歩み寄り、桜蘭上人ゆかりの巡礼と改めて見つめなおそうという動きが出て来ているそうだ。

「今日のペースからして、緑山寺は何とか行けそうだね。」
「はい。周辺の道路に工事や規制の情報はありません。」

 厳生寺を訪れ、本尊を入れ替える形で持ち出した手配犯は、一向に行方が分からない。何処に姿をくらましているのか。それに、手配犯の目的はヒヒイロカネで間違いないとしても、それと行動がいまいちしっくりリンクしていないように思う。違和感というのか、そんなものが心の奥で蠢いている。
 手配犯がヒヒイロカネを回収したいなら、本尊を入れ替えるようなことをしなくても、手持ちの武器なりで脅して、言うことを聞かないならそれこそ殺してでも奪えば良いことだ。それはせずに、敢えて法勝寺の本尊を入れ替えるという、一見非効率的なことをしている理由がいまいち見えない。
 白虎寺の駐車場を出て、緑山寺への道を走る。勿論、僕は全く土地勘がないから、シャルのHUDとナビが頼り。山道の宿命か、落書きのような蛇行をする個所もある。こんな山奥にも、小さいながらも集落がある。どう考えても僕とシャルが走るこの道が唯一の道路だ。
 道路は僕とシャル以外、通る人も車も居ない。西に傾いている太陽が山と森と川を照らし、ラジオの音声と微かなモーター音だけが室内に届く。こういう道が残るからこそ、手付かずの、或いは人の手から緩やかに戻る自然があるのかもしれない。
 ふとバックミラーを見ると、車が見える。前も後ろも誰も居ない状態が長く続いたから、ちょっと安心してしまう。次第に接近してくる。かなりスピードを出しているな。シャルのサポートを受けてはいるけど、物理現象に完全に逆らえない以上、不必要にスピードを出せない。運転中に接近されるとどうしても焦ってしまう。
 ミニバンらしいその車は、ついにシャル本体にギリギリまで接近する。間違いない。煽っている。どこかに退避してやり過ごすか。とはいうものの、こういう時に限って退避場所は出てこない。…あった。あそこに寄ってやり過ごそう。出来るだけ寄せて道を開ける。ミニバンは猛スピードで走り去って…?止まった。
 中からわらわらと人が出てくる。一目見て半グレだと分かる目つき顔つきに服装だ。退避場所を袋小路にされてしまった!何か歓声のような奇声を上げてドアや窓ガラスを叩く。どう考えてもシャルが目当てなのは間違いない。強引に出る?ギリギリ出られないこともないけど…。

「ゴミクズのためにヒロキさんが労力を割く必要はないですよ。」

 シャルがそう言うや否や、外でいくつもの悲鳴が上がる。地面から突き出た無数の触手に半グレ集団が捕らえられている。

「汚らしい手で私に触れた罪、せいぜい償ってもらいましょうかー。」

 シャルの声のトーンが一気に2オクターブくらい下がる。シャルは無暗に触れられるのを凄く嫌う。ましてや自分に危害を加えようとする意図があると、殲滅対象でしかない。無数の細い触手で全身を締め上げられていた半グレ集団は、勢いよく乗っていた車に叩き込まれる。

「尋問は後にして、先に緑山寺の調査を参拝をしましょう。時間が限られています。」
「あいつらは?」
「あのデカブツは完全に私の一部にしました。座席に縛り付けられたまま、移動いただきまーす。」

 ミニバンは勢いよく後退して急停止する。スペースが出来たから、僕はシャル本体を道に復帰させて運転を再開する。その後を一定の距離を保ってミニバンがついてくる。バックミラー越しに見える限りでは、運転席と助手席に座った状態で苦悶の表情を浮かべている。光学迷彩を施した触手に全身を締め上げられているようだ。
 そのまま平穏に移動して、緑山寺の駐車場に到着。ミニバンも駐車場の一角に止まる。当然ながら中から人は出てこない。僕とシャルはシャル本体から降りて、調査と参拝に向かう。シャルに境内全体をスキャンしてもらって、ヒヒイロカネがないという結果を受けて、参拝。そして朱印を貰う。

「シャル。尋問は何処でするの?」
「尋問は何処でも出来ますよ。他の人の迷惑にならないところへ移動させます。」

 シャルと一緒に境内を出る。無事閉門までに調査と参拝が出来て一安心。此処の参拝が今日できないと、厳生寺を挟むルートが凄く長いから、明日2,3時間かけて同じルートを走らないといけない。往復で5,6時間無駄に使うのは避けたいところだ。朱印帳はシャルのバッグに仕舞われている。
 半グレ集団を押し込んでいるミニバンは、ピクリともしない。中で縛り付けられているからか?全部のガラスにスモークが出来ていて、中の様子を窺うことは出来ない。見ても何の得にもならないけど、シャルがどういう拘束をしているのか少しばかり関心がある。

「これから旅館に帰って美味しい夕食を食べるんですから、見ない方が良いですよ。」
「…そうだね。」

 シャルが車に頭から叩き込むなんて乱暴な行動に出た以上、半グレ集団が五体満足でいられる保証は全くない。シャル本体に軽い蹴りを入れたヒョウシ理工科大学の院生は、全員滅多切りにメッタ刺しで集中治療室送り。何度も窓ガラスやドアを叩いたあの連中はそれ以上の制裁を食らうのが想像に難くない。
 それよりも、糸口が見えたようで決定打になるか微妙な、新道宗の巡礼コースの謎がもどかしい。弥勒菩薩の梵字が描かれていたり、綺麗に東西南北を示す配置が隠されていたりと不思議さ満載だけど、それがヒヒイロカネの行方やアヤマ市の不可思議な現象に直結しきらないのが現状だ。

「今日も1日移動で疲れたでしょう。旅館で美味しい料理を食べてゆっくりしましょう。」
「うん。そうだね。」

 温泉に疲労解消の効果があるかは知らないけど、運転と徒歩での移動を繰り返す1日が終わって温泉に浸かるとほっと一息吐けるのは間違いない。特に今回は部屋風呂だから、他人の存在や時間を気にすることなく、ゆったり浸かっていられる。それに、シャルと一緒に入ることも出来る。

「私とのお風呂が楽しみですか?」

 思わずシステムボタンを押し込みそうになる。チラッとシャルを見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべてこっちを見ている。正直言って楽しみだ。昨日までに4回一緒に入ったけど、見慣れるとか飽きるなんて想像もつかない。綺麗で色っぽくて、肌はどこもかも滑らかで…。
 日はもう山の向こうに落ちて、此処に到着した時より一気に暗くなってきた。ライトは…既に点灯済み。この車、シャルの本体だから、今の環境での移動に必要な装備や状況を用意するくらい、呼吸をするような感覚だろう。…さっさと帰ろう。
 黄昏時の道を走る。拠点になっているオクセンダ町の温泉旅館へは、2時間程度の見込みとHUDに出ている。街灯が殆どないし、ガードレールも所々ないから、シャルのサポートがあるとは言っても慎重にならざるを得ない。夜の山道は偶に動物も出て来るから油断禁物だ。

「動物より、人間の方がはるかに危険だと思います。」
「否定できないね。そういえば、あのミニバンはどうするの?」
「他の人や動物に迷惑にならないように、人が来ないところへ移動してもらいます。」

 シャル本体の後ろを一定の間隔を保って走っているミニバン。あの中には僕とシャルを、正確にはシャルを襲おうとした半グレ集団が詰め込まれている。バックミラーから見る車内は真っ暗で何も見えない。一体あの中で何が起こっているんだろう。この関心は怖いもの見たさだろうか。
 オクセンダ町への分岐点になる交差点に差し掛かる。僕とシャルは右折。ミニバンも右折。そのまま暫く走る。唐突にミニバンが左に向きを変えて走り去っていく。ナビでは、ごく細い道らしいものはあるようだけど、途中で途切れている。周囲に民家も何もない、獣道か確認用の小道だろうか。

「ゴミムシから重要と思われる情報が得られました。旅館でお話しします。」
「分かった。」

 街灯もない道だけど、シャルのリアルタイム処理で、HUDには鮮明な外の景色が表示されている。もっとも生い茂る木の中心を道が走って、その上の隙間から空が見える山道そのものの景色だけど、これなら間違って動物と衝突することもないだろう。重要な情報って何だろう…?
 少し遅くなったけど、無事旅館に戻った僕とシャルは、部屋に運ばれた夕食を食べて、少し外を散歩して部屋に戻った。この間、「重要な情報」はシャルの口から出なかった。折角の寛ぎの時間を無粋な連中を口に出すことで汚したくないという意思の表れだろう。
 部屋に戻って、茶を一口飲んだシャルが、TVを操作して噴き出しが複数ある画面を表示する。これは…SNSか?

「はい。奴等のSNSのグループです。ここを見てください。」

 画面の一部が拡大される。「O県の厳生寺に、金髪の超美人来た」「車のナンバーは○○-○○」「捕まえておくから早く来い」とかある。車のナンバーは間違いなくシャル本体のもの。厳生寺に居た半グレ集団が即座に県外の仲間に情報を送っていたのか。

「今日捕縛したゴミムシは、厳生寺のゴミムシと同じくH県を拠点とする半グレ集団です。」
「わざわざO県まで来たんだね。」
「この手のゴミムシは、金と酒と薬と女が大好物ですからね。生憎土地勘がなく、所在がO県の厳生寺ということで情報が途切れたことで、到着に時間がかかったようです。」
「情報が途切れたのは、シャルが早い段階で全員を捕えて拷問したから?」
「そのようです。私を捕えることしか頭になくて、詳細の情報を送るのを失念したんでしょう。その程度の知能しかないから、いとも簡単に捕まるわけです。」
「それで、遅れて厳生寺へ向かっていたところに、情報にあった車のナンバーと一致したシャル本体を見て、追跡してきたと。」
「はい。連中は、厳生寺に居た仲間からの連絡が途絶えたことを少し疑問には思っていましたが、先に楽しんでいるんだろうと思って急いだようです。動かす者が居ない筈の私本体が平然と走行している時点で不審に思って警戒などしないところが、脳と生殖器が直結しているゴミムシらしい短絡的思考です。」

 もしシャルが捕らえられているなら、シャルが乗っている車が移動しているのがおかしい。それに、仲間に連絡を試みて、あまりにも応答がないようなら何かあったんじゃないかと思うところだ。それがなかったのはシャルの言うとおり思考が短絡的すぎるが故の失策だ。

「重要な情報ってのは、このこと?」
「これは導入部です。前提条件として、厳生寺に居たゴミムシと、今回捕縛したゴミムシが同じ巣のものというのがあります。」

 TVはSNSから別の文書に切り替わる。Webページの一部みたいだ。「新道宗の33か所巡礼札所に見る古代の英知」?

「これはO県県立博物館の学芸員が個人で運営するWebページです。内容は、これまでにヒロキさんと私が気づいたこともあります。そして、得られた情報から、この学芸員が手配犯である確率が濃厚です。」
「!!」

 思わぬところに潜んでいた。タカオ市は既に死亡していた人物に背乗りして市民病院の医師として潜んでいたけど、博物館の学芸員とは予想外だ。

「ゴミムシに手配犯の顔写真を見せて尋問したところ、良い話があると持ち掛けられて、前金を受け取ったとのこと。良い話というのは、厳生寺での尋問のとおり、厳生寺の住職と原点回帰派の護衛。もっとも、第1次欲求に忠実なゴミムシは前金を掴まされただけでは飽き足らず、巡礼者に手を出したという流れです。」
「今日拘束した連中も、厳生寺に行くことになっていたの?」
「交代要員ですね。2,3か月ごとに交代していたとのこと。今回は私を餌にした臨時かつ緊急の呼び出しだったそうです。学芸員こと手配犯は、新道宗の33か所巡礼に隠された秘密を探ると言っていたそうで、その結果の一部がこのWebページに反映されています。」
「学芸員だから、古代史とか宗教を専門にしていたら、新道宗の33か所巡礼にも明るいだろうから、奇妙な配置に目をつけて何かある、と感づいたのかな。」
「その可能性が高いです。手配犯が具体的に何を探しているのかは、ゴミムシは聞いたことがないそうです。所詮金で結ばれた関係ですし、金が入れば良いと考えたんでしょう。」

 手配犯の1人は、博物館の学芸員として潜伏しつつ、別の手配犯が隠したヒヒイロカネを探していた。その過程か業務の結果か、新道宗の33か所巡礼の札所が特異な配置を持つことに気づいた。そして、何らかの経緯で厳生寺の以前の住職が、O県の博物館に本尊に秘められた秘仏の鑑定を依頼したこと、その結果未知の金属であることが判明したことを知って、ヒヒイロカネだと確信して行動に移した。こう考えられる。

「手配犯の確率が高い学芸員の足取りや経歴を調査する必要があるね。」
「そのとおりです。早速O県の博物館やアヤマ市にある県庁舎と市庁舎など、関係があると思われる場所に諜報部隊を派遣しました。」

 タカオ市に潜んでいた手配犯は、市民病院の医師だった。潜伏生活をする手配犯が公務員やインフラ関係など、安定性が高いとされる職業に就いているのが意外ではある。だけど、休暇を取って捜索したり、遠出をしたりするには、休暇が取りやすかったり安定した収入が必要だ。そこに目を付けたなら結構強かだと言える。
 SMSAの追跡から逃れるために、場所も時間も各々が決めてこちらの世界に逃げ込んだ確率が高まってきた。ある者は江戸時代あたりのナチウラ市に逃げ込み、天狗とクロヌシとして伝承に残った。ある者は現代のタカオ市に、そしてアヤマ市に逃げ込み、それぞれ背乗りをしてでも一般市民に紛れ込んだ。
 話の筋は十分通っている。僕もその確率が高いと思う。だけど、ちょっと疑問に思う部分がある。半グレは暴力団対策法の対象にならない、暴力団としてはグレーな存在だけど、カジノ経営や暴力、恐喝といった犯罪行為は当然適用対象になる。実際、何度か半グレ集団が摘発されている。
 手配犯がO県の博物館の学芸員としたら、半グレとの接触は非常にリスクを伴う。ましてや金銭の授受があったら、懲戒処分の危険も高まる。何しろ今回は巡礼者を襲って金品を奪い、監禁さえしていた集団だ。O県の博物館の学芸員がそんな連中に金銭を渡していたとなったら、県知事の辞職に繋がる確率すらある。
 この世界で身を潜めて、仲間が隠したヒヒイロカネを探し出すなら、リスキーな行動はご法度だ。安定した条件で探そうと就いた職業を失いかねない。いくらこの世界よりはるかに進んだ文明から来たといっても、1人ではどうにもならないことは多い。本当の意味での潜伏生活となったら、ヒヒイロカネを探すどころじゃなくなるだろう。
 …あれ?だとすると、何か変じゃないか?ヒヒイロカネを探すために、そんなリスキーなことをする?ヒヒイロカネがどんなものか知ったら、欲求に忠実な半グレが大人しく引き下がるとは思えない。推論は話の筋道が通ったけど、まだ何か裏があるんじゃないか、そんな気がする。

「諜報部隊の調査結果が出揃うには1日くらい要します。移動も長かったですし、このくらいにしましょう。」

 シャルが考察の終了を宣言する。情報や証拠が揃わないと推測の域を出ないし、きりがない。果報は寝て待てってところか。

「お風呂に入りましょうよ。」
「シャル、風呂や温泉が好きだね。」
「シンプルでリラックスできるのが好きなんです。」

 水や湯に浸かるとエネルギー源である水素を得やすいのも理由だろうけど、入浴は車のままだったら絶対出来なかったことの1つだし、シャルにとっては言うとおりリラックスできる時でもあるんだろう。部屋風呂は僕も初めてだし、他人の目を気にせずゆったり出来るのは良い。

「ヒロキさんは、別の楽しみもあるでしょう?」
「ど、どういう意味?」
「分かってるくせに~。」

 否定できない。それどころか、実際そのとおり。シャルが温泉をPRするCM動画を出したら、再生回数が数日で数百万回に達することは容易に想像できる。そんな女性がバスタオル1枚巻いただけで僕の隣に来て、そのバスタオルすらも取って湯に浸かる。未だに別世界に来たんじゃないかと思うことがある。
 山奥の秘湯の温泉旅館という非日常がなせる業か、風呂から上がった後は…。それがシャルの言う「別の楽しみ」だとしたら、やっぱり否定できないし、そのとおりだ。流石に控えた方が良いかと思うけど、シャルの裸体を見ているとそれはどこかに消えてしまう。

「さ、お風呂に入りましょう。」

 シャルは僕の耳元で囁くように言う。この囁き声は脳髄にダイレクトに染みるような感覚がする。シャルの魅力はアイドルの顔とグラドルのスタイルは勿論、この声も大きな要因だと思う。囁くことで普段より甘さが増して骨抜きにされる。分かっててこうしてるなら、もう凶器の域だ。

「うん。」

 抗う術はない。僕はシャルと手を繋いで部屋風呂へ向かう。出来るだけシャルを見ないようにすれば、今日くらいは…。だけど、今日も…。