謎町紀行 第42章

要塞の攻防戦(前編)

written by Moonstone

 シャルの報告と攻撃開始宣言から1時間後。SNSを中心にネット界隈の風向きが一気に変わった。ホーデン社とA県県警のどす黒い闇が露わになったからだ。ハネ村の動画サイトに、ハネ村村長と弁護団が緊急会見として、2通のメールの写しを掲げた。1通はホーデン社からA県県警の情報通信管理課への、もう1通はホーデン社からカマヤ市に陣取る外国人排斥団体の代表や幹部へのメールだった。
 ハネ村村長がヘッダから全面表示したパネルを掲げて読み上げた内容は、衝撃的なものだった。ホーデン社からの発信元は何れも渉外対策室。社長直属のスパイ組織だと明らかになっているこの組織がA県県警の情報通信管理課に宛てたメールは、ホーデン社の車が絡む事故情報があった際は直ちに渉外対策室に連絡し、指示を仰ぐよう要請するもの。
 これだけでも一民間企業が警察を使って根回しを図っていると読み取れるけど、更に続く文面は、ホーデン社の車が絡む事故はホーデン社の名誉を損なうものであり、事故被害者にホーデン社が決めた示談金を払って解決するため、警察は発表を控え、速やかな事故現場の収束を要請するという、警察に対して隠蔽を指示するとんでもないものだった。
 この1通だけでも大概だけど、もう1通も酷かった。ホーデン社から外国人排斥団体に対して、日頃の労働運動潰しに謝意を表すると共に、外国人犯罪で揺れるカマヤ市に入り、外国人犯罪が発生した時期を見計らって排斥運動を起こし、放棄されて久しい旧カスプ社工場跡地を占領するよう指示し、謝金の一部を前金として口座に振り込むという、犯罪教唆と言える内容だった。
 ホーデン社が御用組合の所属を昇進の要件として、本来の労働運動を妨害したり、過労死した社員の遺族にホーデン社を訴えないよう圧力をかけることは前々から言われていた。このメールはそれがホーデン社の方針であり、特に労働運動潰しが会社ぐるみで行われていることを露骨に示すものだ。これがとんでもないことじゃなくて何なのか。
 ハネ村の村長は「ホーデン社とA県県警による違法活動はもはや明らかであり、癒着の構図以外の何物でもない」「ハネ村を含むA県は運転が荒い、特にホーデン社の車の無法ぶりとA県県警の杜撰な対応は県外からたびたび指摘を受けていたが、ホーデン社の無法はA県県警公認のものであることは疑いの余地はない」と強い口調で断じた。当然というしかない。
 続いて同席した弁護団長が「一民間企業への特別待遇に留まらず、守秘義務が課せられる警察情報の横流しとそれに基づく諜報活動というしかない企業の活動、労働運動の妨害を金銭で支援し、更には別の自治体に憎悪による対立の構図を持ち込む、前代未聞の癒着の構図」「直ちに検察に刑事告発すると共に、国会に証人喚問を含む集中審議を強く求める」と発言した。
 続いて弁護団長は、これらのメールは匿名の情報として寄せられたこと、この他、ホーデン社とA県県警、そして外国人排斥団体の癒着を示す証拠や情報は続々寄せられていると語り、ハネ村の自主警備や検問をA県県警がどうこう言う資格は一切ないこと、A県県警に全面的な情報開示を要求するとして会見を締めくくった。
 県警全体が一民間企業のために情報を横流しして便宜を図り、民間企業は金と組織と県警のバックアップで明に暗に事故の被害や労働運動を抑圧し、民間企業から資金援助を得ていた団体は事故の被害者や労働運動を妨害・抑圧する先兵であり、別の自治体で外国人排斥運動を盛り上げている。そしてA県県警は当然ながら自治体という縄張り外だから、団体を検挙なり排除なりしない。見事なまでの癒着トライアングルだ。注目を集めない筈がない。
 SNSもマスコミのニュースも、殆どがホーデン社とA県県警と外国人排斥団体の癒着に切り替わった。当然ながら、SNSなどではホーデン社とA県県警への批判が再び爆発し、ホーデン社やA県県警の悪事を暴露する内容が飛び交っている。中には「A県県警とホーデン社は暴力団対策法に則って店を出禁にする」「ホーデン社とA県の警官には物を売らない」などの宣言も相次いでいる。
 ホーデン社とA県県警は、例によって例のごとく「事実関係を調査中」「担当者が居ないのでコメントできない」という定型句を出して引っ込んでいる。ヘッダどころかフッタまでついたメールを朗々と読み上げられ、更にハネ村と弁護団による特設サイトでは同様のメールが続々と公開されている。雲隠れ以外の何物でもない。
 一方、ホーデン社とA県県警との黒いトライアングルが暴露される形になった、カマヤ市の「要塞」前に陣取っていた外国人排斥団体は、外国人犯罪に辟易していて訴えに呼応して同行していた市民が急速に離れ、団体内部でも幹部と一般団員の間で口論が発生している。
 団員は外国人犯罪の増加や健康保険未加入でも病院で治療を受けて、治療費も払わない外国人や、それに無策に等しい政治や役所に憤りを感じ、外国人を追い出そうと提唱する団体に共鳴して加入した筈。なのに実態はA県県警が容認するホーデン社の先兵に過ぎず、しかも、今はホーデン社のために外国人が多数屯する「要塞」に突入しようという。
 一般に、外国人、特に欧米や中南米出身者は日本人より体格が良い。最近は接近しているとはいってもオリンピックとかを見るとその差は明らかだ。こういう時、突入の先陣を切るのは一般団員。危険も感じていただろうところに、ホーデン社のために「要塞」に突入して占領しろと言われていると知って「ホーデン社のためか?」と疑問に思うのは当然だ。

「ヘドロで出来た蜜月関係の崩壊が始まりましたね。」

 カフェで寛ぐ中、シャルが言う。カフェにこんな長時間-色々注文してるのもあるけど-居られるのも、今の状況ならではか。

「ホーデン社とA県県警が表に出られない上、金銭授受の証拠も出ました。マネーロンダリングの疑惑も生じます。火の粉を被りたくない銀行も、流石にホーデン社に対して相応の態度を取らないと危険と見るでしょう。」
「マネーロンダリングに関与していたとなれば、銀行自体の立場が危ういからね。」

 SNSなどで出ている暴対法は、指定暴力団に所属していると銀行口座が作れないとか、実生活が相当厳しく制限される。銀行口座が持てなくても現金授受で何とかなると言えるけど、毎度毎度大金を持って移動するわけにもいかない。資金移動-それこそ振込や公共料金の支払いのための引き落としも、暴対法が適用されると不可能になる。
 所謂グローバル化、実際のところは企業の海外進出に連動して、日本の銀行が海外に支店を増やしていった。その結果、暴力団や海外のマフィアが麻薬や武器の取引で使う金銭を海外に移しやすくなった。銀行にも暴対法が影響して、暴力団が口座を作れなくなったのはこういう背景がある。
 シャルが流した情報が発端になって、ホーデン社が外国人排斥団体に金銭を提供していたことが明らかになった。外国人排斥の言動に神経を尖らせる-犯罪や保険ただ乗りは厳しく追及・処罰が必要だけど-昨今、その手の団体に腐っても上場企業、しかも日経平均株価の銘柄の1つでもある企業が資金援助していたことだけでも、大スキャンダルだ。
 既にホーデン社の渉外対策室からホーデン社本社があるトヨトミ市のメガバンクの支店2店を経由して、団体に資金が流れていることが、メールや銀行口座の存在から明らかになっている。メガバンクの広報担当は「担当者が不在で分からない」とこれまた常套句を放って逃亡している。広報部署が充実しているはずの大企業は、同じ研修でも受けているんだろうか。

「警察庁がA県県警本部長を呼び出し、事情を聴く方針を打ち出しました。」
「警察庁っていうと、全国の警察を統括する省庁。そこがついに動き始めたのか。」
「外国人排斥団体への資金援助や、一企業であるホーデン社に捜査情報を横流ししていたんですから、このままだと警察の信用に関わると判断したんでしょう。今更遅いですけど。」

 確かに今更遅くはある。これだけの証拠が暴露されて、しかも今もハネ村の特設サイトで次々と事実を裏付ける証拠が提示され続けているから、A県県警はホーデン社と外国人排斥団体に便宜を図り、更にはハネ村の吸収合併や旧カスプ社工場跡の占拠を実質的に支援するという、警察にあるまじき暴挙の数々を重ねていた。
 これが他の都道府県で行われていないという保証はない。ホーデン社の工場や支店、営業所は全国にある。当然、全国の都道府県県警に疑いの目が向けられるだろう。市民オンブズマンは次々情報公開請求をするだろうし、議会も流石に黙ってはいないだろう。ホーデン社やホーデン社の車に苦しめられた人達が報復を開始することも十分考えられる。
 身近なところでは、交通違反など微罪での警察権行使が難しくなる。元々警察は自分の匙加減で法律を解釈・運用して良いと錯覚している部分がある。今回の暴露は、A県では交通違反程度だと逆にホーデン社の下僕かなど反感を買ったり、動画を撮影されてアップされて更に攻撃される羽目になるだろう。A県での交通違反取締は相当厳しくなる。
 同様のことはA県以外でも起こりうる。ホーデン社の車は比較的壊れにくいと言われているが、一方でミニバンを中心に運転が荒いと言われている。特に有名なセダンの1車種は、駐車場で無茶な止め方をしたり、停止線を大幅に超えて平然としていたりと、台数が多いのもあって悪評が際立っている。ホーデン社への不満や怒りは潜在的に存在する。
 ホーデン社の車に乗っている客やホーデン社社員の入店を断る店も出て来るだろう。ホーデン社の牙城であるトヨトミ市はどうか知らないけど、他の町ではホーデン社は必ずしも牛耳るほどの規模じゃない。ホーデン社を締め出せばその分の販路が出来る、と他のメーカーの思惑が働くかもしれない。
 そのホーデン社に警察の情報を流していたA県県警と、他の都道府県警の見分けはつかない。警察は軽微な交通違反をがむしゃらに取り締まるのに、ホーデン社は情報を流して見逃すばかりかまともに捜査もしないという認識は広く伝わり、他の都道府県警に対しても同様の目が向けられるだろう。そしてホーデン社の車や社員のように出入り禁止にする店も出て来るかもしれない。
 警察庁は所轄のA県県警を早期にどうにかしないと、全国の警察に重大な悪影響が出ると思ってA県県警本部長を呼び出したんだろう。だったらどうしてハネ村の事態が最初に世に出た段階でそうしなかったのか。事実関係が掴めてなかったのかもしれないけど、それなら早々に事情聴取をすべきだっただろうに。工具を持ち歩いている工事業者を連行して取り調べるように。

「傷を広げまいと隠蔽して、取り返しがつかないところまで傷を広げてしまう。-この世界では普遍的な構図のようですね。」
「否定できないよ。ここまで全国的じゃないにせよ、こういう事例は数えきれないほどあるからね。」
「ホーデン社もコンプライアンスとか大々的に謳ってますが、外向けのポーズでしかないですね。カイカクとやらは自社の腐った組織や方針は適用外だったと見ています。」
「痛烈だけど、そうとしか思えないね。」

 SNSでは「ホーデン社のカイカクは警察と自治体を取り込むクーデター計画か」「カイカクで得たもの:経営陣の報酬、警察との癒着 カイカクで失ったもの:社員と下請けの生命と人生」など痛烈な皮肉が相次いでいる。ホーデン社発の理念であるカイカクにも強い疑問や批判が向けられている。
 ホーデン社とA県県警、その尻馬に乗ったトヨトミ市の市長や幹部の末路は、僕とシャルには関係ない。ヒヒイロカネの回収のために障害になるものを排除した結果に過ぎない。これから僕とシャルは仕切り直してハネ村とカマヤ市に存在するヒヒイロカネの回収策を検討して、出来る方から実行していくことに専念したい。

『これからどうするか、だね。ハネ村はホーデン社対策だから時間の経過と交渉でどうにかなりそうだけど、カマヤ市は実際に要塞を突破しないといけない。』
『そのとおりです。カマヤ市は要塞前に屯する走狗を排除してからになります。』
『ハネ村に戻る?』
『ハネ村は今回の事態を受けて、自主警備と検問を無期限継続すると発表しました。かえってヒヒイロカネを巡る状況は悪化した面があります。』
『うーん…。』

 ホーデン社とA県県警をハネ村から排除することには事実上成功したけど、ハネ村は逆に事実上自主警備と検問を合法化する口実を得た。A県県警が正当に止めるよう要請しても、ホーデン社とトヨトミ市の走狗と話をするつもりはないと拒否できるし、A県県警は下手に強く出るとホーデン社とトヨトミ市との癒着を出されて、手酷い反撃を食らいかねない。
 まったくホーデン社とA県県警は余計なことをしてくれたもんだ。ハネ村は人口の少なさとそれに相反する広さ、警察も当てに出来ない状況下で懸命に証拠を集め、一気呵成に攻めたてて情報戦に事実上勝利した。ようやく外敵を排除して自分達の生活と尊厳を取り戻したハネ村を責める理由は見当たらない。

『ホーデン社とA県県警が事実上収奪計画に関与していたカマヤ市の方が、回収はしやすいと言えます。』
『ジャミングはあるし、対空装備もあるし、犯罪を犯した外国人が多数屯してるのは変わらないけど…。』
『木偶の坊がどれだけ居ても、置物でしかありません。情勢を整えて一気に攻め立てます。』

 今回は、敵の数が兎に角多い。外国人排斥団体はホーデン社とA県県警との癒着の構図が暴露されてから結束が揺らいでいる。少なくともカマヤ市民など、「外部」の支持は急速に低下している。シャルはそこを突くつもりなんだろう。作戦の立案はシャルに任せよう。
 カマヤ市での回収に関わる課題や事項は、ほぼ「主様」に集約される。「主様」がヒヒイロカネの存在を隠すジャミング施設と対空装備を備え、陸上を外国人犯罪者に守らせている理由に、手配犯に関わる重要な秘密が隠されている可能性は高い。そして何から守るためにジャミング施設や対空装備を配備したのかも分かるだろう。
 僕が今の時点で思いつくことは…、既にヒヒイロカネによる戦闘機なり偵察機なりが存在して、「主様」はそれからの防衛のためにジャミング施設や対空装備を配備したんじゃないかってこと。だとしたら、僕とシャルはヒヒイロカネを巡る一大戦争に巻き込まれるかもしれない。もうその気配は漂っているようにも思うけど…。

「作戦を開始します。」

 全国を大きく揺るがした企業と警察と外国人排斥団体の癒着トライアングルの暴露から2日後の夜、僕とシャルは夕食を済ませた足でカマヤ市に向かう。何だか長く荷物置き場-それにしても大した量はない-にしていたホテルの駐車場に入った途端、シャルが宣言する。
 シャル本体から次々と戦闘機が発進していく様子がHUDに表示される。そしてHUDの映像は戦闘機の1機からのものに切り替わり、高速で景色が流れていく。目指すは…要塞か。

「例の先兵達は、昨日、警察を使って要塞前から退去させました。」
「どうやって?」
「簡単です。マネーロンダリングの証拠を例の先兵達が持っていることを、M県県警に通報したんです。幹部全員が連行されたので団体としての体をなさなくなりました。」

 一時はあれだけ運動が盛り上がっていたのに呆気ない。所詮、理念は表向きのものに過ぎなくて、金で買われて動いていた先兵の集団でしかなかったわけか。理念がない、或いは十分浸透していない組織や団体は、何かの拍子で続々と悪事が明るみに出たり、崩壊したりする。だからって、何度も長時間の会議をしたところで無理な場合も多々ある。
 外国人排斥団体が居ないとなれば、シャルの航空部隊が攻め込むのは割と容易だろう。既にジャミング施設や対空装備の配置は全て把握しているし、航空部隊の能力はサイズ以外は実際の戦闘機と同等以上。更には光学迷彩もある。問題は、攻撃で破損した際の爆発音や炎上の火災だ。曰くつきの場所で爆発炎上があったら、外国人排斥団体が再結集する口実を与えかねない。

「それは大丈夫です。攻撃は何も破壊することだけじゃありません。」

 シャルの航空部隊は、要塞に到着する前から低高度飛行に徹して、正面から要塞の敷地に突入していく。そして手近なジャミング施設に向けてミサイルを発射する。ミサイルはジャミング施設に命中すると、爆発炎上の代わりにミサイル自体が餅みたいに広がって、ジャミング施設を覆い尽くす。

「何?あれ。」
「物理行動阻害ネットを生成しました。ヒヒイロカネを拡張・展開して覆うことで、ジャミング電波の放射や銃撃など一切の物理攻撃を遮断します。」
「そんな攻撃方法が出来たの?」
「ミサイルを物質創成したものから増殖したヒヒイロカネに変えて、衝突時の機能をプログラミングしただけです。私なら造作もありません。」

 自分で考えて機能を拡張・改良できるシャルの、人格OSとしての水準の高さを改めて見せつけられる。こんな水準の人格OSから見れば、この世界の人工知能なんて玩具でしかない。人格が違えば同じ命題でも取る方策は違ってくる。シャルじゃなかったらそれこそ普通に攻撃して破壊する人格OSもあるだろう。
 HUDに要塞の地図が表示される。X印が下の方からどんどん広がっていく。X印は使用不能にしたジャミング施設や対空装備だろう。予想以上に数が多い。これほど空からの攻撃や偵察に対して過敏な理由は、間もなく明らかになるんだろか?
 異変を察知したのか、外国人が建物から続々と出て来る。手には金属バットや角材といった殴打系の武器の他、やっぱりというか拳銃らしいものが握られている場合もある。その外国人にもシャルの航空部隊が容赦なくミサイルを発射する。ミサイルは腹や足に命中するけど、爆発も何も起こらない。ただし、外国人は苦悶の表情を浮かべてその場に倒れ伏す。

「生身の人間を行動不能にするのは簡単です。急所に痛撃を与えるだけ。そこを押さえれば…このとおり。」

 別のミサイルが倒れた外国人の上で炸裂する。爆発という形じゃなくて、ジャミング施設や対空装備を使用不能にしたのと同じ、餅のように広がって外国人を覆う。周辺は地面に密着して、外国人を上から抑え込む形になる。これなら外国人を死傷させることなく無力化できる。

「出発します。本体に光学迷彩を施しますので、道中の危険を考慮して私が制御します。ヒロキさんはハンドルを握っていてください。」
「分かった。」

 光学迷彩が発動したかどうかは車内からだと殆ど分からない。唯一の確認方法はドアミラー。ドアミラーに若干本体が映る筈が後方の反射像しか映らなくなると、光学迷彩が発動していることが分かる。この光学迷彩は窓を開けていても、車の形状の範囲に入っていれば有効だそうだ。
 シャル本体はホテルの駐車場から出て、要塞に向けて疾走する。僕が想像している以上のリアルタイム計測とシミュレーションを高速で実行しているから、普通の運転なら無理と思う追い抜きやスピードでも事故とは無縁。どうしても物理法則の影響は出るから、しっかりハンドルを握って堪える。
 ナビには僕用にだろうか要塞までの経路、HUDには要塞の敷地における状況がリアルタイム表示されている。これだけでも相当な処理だろうけど、僕とシャルを乗せた本体は勢い良く要塞へ接近し、HUDでは制圧部分がどんどん広がっている。事態が急展開しているのを感じる。
 HUDでは赤の×と青の×が要塞の敷地を埋めている。数からして赤がジャミング施設や対空装備、青が外国人だろう。青も相当だけど、赤も想像以上に多い。どれだけ空からの脅威に入念に備えていたかが分かる。だけど皮肉なことに、無力化されているのも空からの攻勢。ジャミングが無効な超低空からの接近という条件があるけど。

「対空装備は数が多いのも分からなくはないけど、ジャミング施設も相当多いね。」
「かなり空からの偵察や攻撃に過敏になっていたんでしょう。そのあたりのことも、『主様』とやらから引き出したいところです。」
「やっぱり背後関係が気になるね。誰が狙っていたのか。」

 これだけのジャミング施設や対空装備を並べた理由が、ダミーやカモフラージュとは思えない。誰かが要塞を空から探っていた、或いは攻撃を試みていて、その対策と見るのが自然だ。じゃあ、その敵は誰なのか。この謎の回答次第では、また1つ激震が生まれるかもしれない。
 要塞が見えてきた。此処までノンストップ。シャルは躊躇なく正面出入り口から要塞の敷地へ突入する。出入り口付近にも行動不能にされた外国人が結構いるけど、シャルは一瞥もせずに本体を走らせる。航空写真が合成されたHUDと比較すると、目指すは…中央の建物か。
 突然、HUDに警告メッセージが表示される。「Warning」って…?

「ヒロキさん!しっかりハンドルを握っていてください!」
「わ、分かった。」

 ただならぬ雰囲気を感じた僕は、これまで以上にハンドルをしっかり握る。その直後、シャル本体は急激に右折する。ハンドルを握ってなかったらドアに叩きつけられそうな強烈なGが襲う。シャル本体の左側を、何かが猛スピードで飛び去っていく。

「ミサイル?!」
「敵の設備は対空だけじゃありませんでした。」

 シャルはスピードを緩めず、目指していた中央の建物から距離を取る。またHUDに「Warning」が出る。バックミラーにミサイルらしいものが映っている。シャルは急激に今度は左に旋回する。ドアを挟んですぐ近くを、シャル本体と同じくらいの大きさのミサイルが突進していく。

「誘導性能はないか、低いかみたいだね…。」
「威力に比重を置いた、ロケットランチャーに似たタイプのようです。解析の結果、私に直撃しても大したダメージにならないことは分かりましたが、衝撃や爆発などの物理現象までは完全には避けられません。」
「横転させられたら流石に厳しいよね。」
「復帰は可能ですが、車両という特質上、どうしても時間を要します。」

 ミサイルが飛んできた方向からして、中央の建物から発射されているとみて間違いなさそうだ。主様はこういう事態を想定していたのか、とんでもない隠し玉を持っていた。攻撃力はナチウラ市のクロヌシを上回るだろうか。クロヌシは接近戦だけだったけど、こっちはミサイルで遠距離攻撃してくる。
 シャルはスピードを緩めずに、敷地の東端あたりの倉庫のような建物の陰に入る。ミサイルは飛んでこないようだ。…そういえば、シャルは今、光学迷彩を施している。ドアミラーを見ても解除してはいない。なのに建物からは明らかにシャル本体、僕とシャルを狙ってミサイルが飛んできた。ということは…。

「敵は、まだヒヒイロカネの検出機能を持ってる。」
「そのとおりです。しかも中央の建物内部からジャミングに加えて、エネルギーチャフと同等のミサイル攪乱機能が検出されています。」
「要塞の中心部の方に、高度な防衛機能を隠し持ってたのか…。」
「無力化したジャミング施設や対空装備は間違いなく本物ですが、本当の意味での迎撃能力は中央の建物に集約されていたと考えられます。」
「対空装備を潰して衛兵代わりの外国人を蹴散らしていざ強奪、と思ったら手痛い迎撃を食らうってこと?」
「はい。ジャミング施設を検出できれば、私のように超低空からの攻撃でなくても、上空からの爆撃の方が安全です。一方で、爆撃ですと建物の損傷が避けられません。地道にジャミング施設や対空装備を潰しても、待っているのは強力なミサイル。並みの地上部隊では木端微塵にされます。」
「厄介だね…。」

 ジャミング施設と対空装備を潰しても、「主様」が居ると思われる中央の建物は、大型ミサイルでの攻撃とミサイル攪乱機能の防衛でがっちり固められている。意気揚々と乗り込んできた侵入者を消し炭にするか、行動不能にして拿捕するか、何とでも出来るだろう。知恵が回るというか狡猾というか。
 ミサイルが飛んでこないということは、ヒヒイロカネ、或いは赤外線など何らかのセンサで侵入者の接近を検出すると、ロックオンしてミサイルを発射するシステムなんだろう。物陰に隠れていれば、今のところひとまずミサイルに突っ込まれる危険はないようだけど、このままじゃ手の出しようがない。
 シャルの航空部隊でミサイル攻撃しても、ミサイル攪乱機能で明後日の方向に弾かれるだろう。タカオ市の市長の逃走時に支援した航空機のエネルギーチャフで、シャルの航空部隊が放ったミサイルは悉く明後日の方向に散らされた。結果が分かり切っていることをもう1回実行しても徒労でしかない。
 SMSA職員を招聘するとしても、職員は生身の人間。あんなミサイルの直撃を食らったら無事で済む筈がない。人海戦術で防衛網を破れるとは限らないし、SMSA職員の生命を危険に晒すことは避けないといけない。かといって、爆撃は爆発が目立って、折角退散させた外国人排斥団体を再び勢いづかせる口実にされる。どうしたら…!

「シャル。航空部隊と地上部隊以外の攻撃手段って出来る?」
「具体化できるものであれば、種類は問いません。」
「だったら何とか出来る。」

 シャルに攻撃方法を提案する。シャルは納得した様子で何度か頷き、早速行動を開始する。航空写真、否、航空映像を合成したHUD表示で目標地点を定める。