謎町紀行

第4章 赤宮の不穏な動き、崎原神社での探り合い

written by Moonstone

 山間部の夕暮れは早く感じる。山で夕日が遮られるのが早いからだろうか。夕闇が急速に侵食していく空の下、僕はシャルでホテルへ向かう。4つの神社を回って祈祷を依頼し、本殿や御神体を拝観して、更に他の御神体拝観者の聞き取り。今日も今日とて密度の濃い1日になった。
 結果、やはり赤宮を除く3つの御神体はヒヒイロカネだと判明した。色が神社の名前に合わせられていたことも併せて確認。やはり4つ揃うことで均衡を保ち、この土地を肥沃にしていた−ヒヒイロカネの用途として農地改善もあるらしい−ヒヒイロカネの1つが欠けたことで、霧がこの状況になったと見て良さそうだ。
 気になることが幾つかある。白宮と黒宮では御神体の拝観まで行けたが、赤宮だけはかなり渋られた。拝観も結局本殿までで、御神体の拝観には至らなかった。時間を稼いだことでシャルが解析できたが、赤宮の頑なな態度は引っ掛かるものを感じる。
 赤宮は周辺の集落も含めてかなり異質に感じた。先日回った時もそうだったが、監視されているような…。それは僕の思い過ごしかもしれないが、宮司や巫女さんの口調からは、かなり警戒していることは感じられた。他の3つの神社を引き合いに出したが、「余所とは違う」とにべもなし。

「監視されていたのは事実です。集落に入ってから出るまで、私達を遠巻きに見つめている人が複数いました。」
「複数?」
「はい。携帯端末をはじめとする通信機器は持っていませんでしたが、カメラでこちらを撮影している人は居ました。かなり重大な警戒対象となっていたようです。」
「どうして…。」
「事実関係は分かりませんが、過去に御神体の拝観絡みで何らかの深刻なトラブルがあった確率が存在します。」
「拝観者の情報も出してくれなかったし、かなり御神体の拝観を警戒していたのは間違いないようだね。」

 そうなると、やっぱり怪しいのはあの写真を撮っていた男性か。露光を多くしたところでどうしようもない霧の中、僕のように視覚アシストもなしに何をしていたのか。否、僕と同じように視覚アシストを受けて偵察していて、御神体の場所を探っているとしたら?赤宮の御神体だけじゃ飽き足らず、他の御神体も狙っているとしたら?
 だとすると、あの男性に接触して赤宮の御神体について探りを入れるべきか?これはかなり危険を伴う。だけど、この霧や御神体と全く無関係どころか最重要人物かもしれないとなれば、何らかの手を打たないといけない。その一手を何にするか、どう打つかが重要だ。

「あの男性については、引き続き監視を続けています。」
「御神体のスキャンや解析もしながら?凄い処理能力だね。」
「こういうことは得意分野ですから。その結果ですが、ホテルに滞在して4つの神社の他、町立図書館や駐在所、町役場など広範囲を回っています。」
「僕達より行動範囲が広いのか。」
「はい。しかも単独です。ホテルから車は使っていませんが、その分行動範囲の広さが際立ちます。かなり長期間滞在していると見られます。」
「うーん…。背景が読み辛いけど、僕達のようにヒヒイロカネ回収を目的にしているんじゃなさそうだね。」
「私をヒロキさんに託してヒヒイロカネ回収を依頼したあの方は、ヒロキさんにしか依頼していません。この世界でヒヒイロカネを探す人は、ヒロキさん以外ではこの世界にヒヒイロカネを持ち込んだ者の末裔か、何らかの形でヒヒイロカネの存在を知って奪取を目論んでいる者の何れかです。」
「やっぱり、その辺も明らかにするためにも、あの男性に接触すべきかな。」

 この世界において、僕とシャル以外でヒヒイロカネの存在を知っているのは、少なくとも僕とシャルに友好的立場を撮る可能性が少ないと見て良さそうだ。あの男性の正体はまだ不明だが、僕がヒヒイロカネの存在を知っていると分かれば即座に対立する危険はある。対立だけならまだしも、攻撃を仕掛けて来る危険すらある。
 シャルの遠隔監視は行動範囲や行き先をつぶさに記録できるが、それが何の目的かまでは分からない。それを聞き出すのは僕が赴くしかない。危険は覚悟で危ないと思ったら逃げる。消極的だが、腕力に自信がなくて武器も持っていない僕が出来る対策はそれしかない。

「男性の行動を監視するのは継続して、1つだけ異質だった赤宮周辺を偵察させて、背景を探りましょう。」
「シャルが走りまわるのは目立つと思うけど。」
「以前言った、私が創造するミニチュア軍隊を使うんですよ。」

 シャルに特別に与えられたという創造機能。ミニチュアと言えどシャルの完全指揮下で働く。ヒヒイロカネだから自己修復能力は備えているだろうし、サイズが小さいが故のメリットも多い。偵察や諜報、工作活動ではミニチュアの方が発見され辛いだろう。

「この霧を利用して、此処で創造して派遣します。」
「不幸中の幸いというか、そんな感じだね。」
「まさにそれですね。では、赤宮と周辺集落に1部隊ずつ派遣します。」

 特にジェット音も集団の足音もしない。不思議半分疑問半分で居ると、HUDの向かって右側、丁度僕の正面に別ウィンドウが2つ出来て、それぞれ霧の中を高速で飛行する正面映像が表示される。シャルは創造の段階から無音あるいは消音していたようだ。抜かりがないな。

「ジェット音などを作ることも出来ますけど、デモンストレーションじゃないですし、何より周辺に気づかれます。」
「それはそうだね。かなり高速で飛んでるみたいだし。」
「念のため光学迷彩で姿を消していますが、音を出すとどうしても感づかれる恐れがありますね。」
「ちょ、ちょっと待って。さらっと言ったけど、光学迷彩って…。」
「私も装備していますよ。分離創製−偵察部隊を創造した機能の正式名称ですけど、それと同じく私に特別に搭載されたものです。」

 あの老人、シャルをどれだけ特別仕様にしたんだ?シャルを僕に託した時も甚く信頼している口ぶりだったが、それだけの信頼を得るに至った理由がいまいち分からない。とは言え、シャルの機能がなかったら、霧の中で立ち往生するしかないのが現実。大切に使ってヒヒイロカネを回収することが、あの老人への何よりの回答だろう。

「命令はシャルが音声でするわけ?」
「言ってみれば私の一部ですから、音声でなくても指示は伝わります。」
「それだと盗聴や漏洩のリスクは格段に少ないね。」
「聡いですね。分離創製で別行動を取る大きなメリットは、それらのリスクがないことです。」
「赤宮で盗聴とかがなされてるってこと?」
「監視があれば盗撮盗聴は高い確率で存在します。デバイスが小型高性能になることは、それらがより容易に行える環境が出来ることと等価です。」

 何だかスパイ映画みたいな雰囲気になって来たな…。だけど、シャルが言うには赤宮周辺で僕とシャルを監視していて、実際盗撮もされていたらしい。カメラが割と大きいから目立ちやすくなる盗撮より、小型マイク1つで音声を拾える盗聴の方がより目に着き難いし、実行されていても不思議じゃない。
 赤宮とその周辺の集落で何が起こっているのか、今は分からない。だけど、唯一ヒヒイロカネでないことが確実になった御神体、つまりはヒヒイロカネに絡むことだと推測するのは容易だ。かなり危険な状況になりつつあるのは僕でも分かるが、だからと言って町を後にするのはむざむざヒヒイロカネを逃すようなもんだ。
 逃すだけならまだしも、別の人物がヒヒイロカネを狙っている確率がある。これ自体は当初から考えられては居たが、最初の候補地であるこのオクシラブ町で早速出くわすとは思わなかった。逆に言えば、それだけヒヒイロカネを巡る動きは水面下で活発ということ。危険を覚悟で乗り込むべき時だ。

「部隊の偵察と調査の結果が出るには、暫くかかります。一度ホテルに戻りましょう。」
「そうだね。」

 別ウィンドウに表示された光景は、早くも赤宮と集落に変化している。偵察と調査は此処からが本番だ。結果が出るまで座して待つしかない。これでまた新たな事実が分かれば、次の行動の選択肢が出来る。赤宮で起こった異変。集落との関係。危険な雰囲気を強くする謎とその背景は…何だろう?
 食事から戻って−無論シャルに連れて行ってもらった−部屋に居ると、シャルから連絡が入った。勿論頭に直接だ。

『部隊のうち、偵察担当が帰還しました。結果、驚くべきことが分かりました。赤宮と周辺集落は、赤宮に近づく人を無差別に監視対象にしています。』
『ええ?!理由は?』
『それは諜報担当が現在も調査中です。監視は赤宮の宮司と集落の総代、そして総代の配下にあたる集落の数戸単位で構成される組の長の合議で実施されています。総括は宮司です。』
『だとすると、僕は監視活動の総括にわざわざ顔見せに行ったようなもんだね…。』
『結果的にそうなってしまったのは事実です。至らなくて御免なさい。』
『否、シャルのせいじゃないよ。赤宮だけこんな事態になってるなんて予想してなかったし。』

 タイミングとしては最悪だ。集落ぐるみの監視活動の元締めである宮司に直接対面して、ご丁寧にも本殿の拝観を申し出たんだから。僕は皆さんの監視対象ですと宣言したようなもんだから、シャルが目撃したという撮影は間違いなく行われただろう。となると、その次に考えられるものは…。

『そう言えばシャル。周辺に不審な人物は居ない?』
『居ません。またもこの霧が幸いしたかもしれません。ヒロキさんや私を撮影したとしても、この霧では満足に写っていないでしょうし、仮に写っていたとしてもこの霧の中に出て探しに行くことは出来ないでしょう。自分が迷ってしまいますから。』
『赤宮周辺から出る時に尾行して来た車とかはなかった?』
『徒歩で多少追って来てはいましたが、車に追いつける筈がありません。偵察担当の報告でも、集落の人間が霧のせいで不審車を碌に追跡できなくて悔しがっていた旨があります。』
『ひとまずシャルの存在が割れることはなかったわけだね。』

 シャルは車そのものだから身を隠すことが難しい。車が入り乱れる町中ならまだしも、人も車も少ないこの町だと虱潰しに探されたら意外にあっさり発見される恐れがある。深い霧がシャルを覆い隠す形になって、十分な視認も追跡も出来なくさせたのは、まさに不幸中の幸いだ。
 だけど、赤宮には近づき難くなった。幾らこの霧で視認できないからといっても、ギリギリまで近づけば出来なくはない。車で一番不利なのは、車以外に接近されることだ。下手に動いて接触すると車が問答無用で不利になる。シャルにはドライブレコーダーが装備してあるけど、集落全員が押し寄せられたらそれも隠滅されかねない。
 警察もあまりあてに出来ない。都会の警察も場所や人によっては事なかれ主義だったり、あろうことか自分の犯罪を無実の人に被せたりする。田舎の警察は集落に近いほどその集落にある意味癒着しているとはよく言われる話。こちらが幾ら正当に訴えたところで、集落側が絶対正しいとされる恐れがある。
 赤宮で何が起こっているか、諜報担当の部隊が任務完了次第帰還してシャルに報告するだろう。それまでは赤宮と集落に近づかない方が良いだろう。状況が不利な時に迂闊に動くと取り返しのつかないことになりかねない。何しろ今はヒヒイロカネというオーバーテクノロジーなことこの上ない物体が関わっている。慎重であるべきだ。

『諜報担当の部隊が帰還する時期は…流石に分からないか。』
『今夜いっぱい調査させて、明日早朝に一度帰還させます。その報告はヒロキさんの朝食が済み次第行います。』
『分かった。シャルは念のため、シャルとこのホテル周辺に不審者が近づいてこないか注意しておいて。』
『分かりました。』

 かなり危険な雰囲気だ。よく言われる田舎の閉鎖性、口コミと監視の融合が悪い形で僕とシャルに向けられている。だけど、僕もすんなり引き下がるわけにはいかない。この世界にあってはならないヒヒイロカネを回収するためには、危険は覚悟しないといけない。まだ武装した人が襲撃してこないだけましと思った方が良いかもしれない。
 赤宮とその周辺の集落で何が起こったのか。それも勿論気になるが、四色宮として密接な関係がある筈の他の3つの神社と何ら連絡が取れていないんだろうか?飛脚や狼煙しかなかった時代ならいざ知らず、電話やメールがある。異変があったら伝わっていてもおかしくない。
 どうもこの辺も妙に思う。集落ごとに閉鎖的だから?それもないとは言えないけど、町や村の良くも悪くも一心同体的な思考にはそぐわない。特に4つの神社には適用し難い。本殿や御神体への怪しい接近という情報は、早々に伝わって警戒する筈。でも赤宮以外ではそれを感じなかった。
 謎と危険が同時に存在する。今まで経験したことがない状況ではある。だけど、不満が募るばかりだったかつての生活を、それこそ職業も家族も−未婚だから両親や兄弟や親族だけど−家も−賃貸だったど−投げ捨てて、何時終わるかもしれないこの旅に出たんだ。引き返せないし引き返したくもない。何とかしてこの状況を打開したいと思えてならない…。
 翌朝。僕はホテルのレストランで朝食を摂って、シャルに乗り込む。そしてシャルからの報告を聞く。車内だから音声での会話だ。少し甘くて柔らかい声は、やや寝ぼけが残っている頭にも不快に響くことはない。

「−諜報担当からの報告は以上です。」

「御神体を奪われないため、か。何だか矛盾するなぁ…。」

 諜報担当の部隊からの報告は、赤宮と周辺集落が一体になっての監視行動は御神体を奪われないためだと言う。だけど、御神体がヒヒイロカネじゃないのは赤宮だけ。4つで揃うことで力の均衡を保っていた御神体が、1つ失われたことで霧がこんな状態になったと考えるのが自然だ。なのに「奪われないため」とはどういうことだろう?
 赤宮と周辺住民は、予想以上に外部の接触に神経質になっていることも報告された。諜報担当の部隊が記録できたのは、僕が赤宮に赴いて拝観を申し出たことと、赤宮の御神体は絶対死守するが再確認された、赤宮と周辺集落の会合の一部始終。そこから他の3つの神社や集落とは事実上断絶していることも分かったが、理由までは記録できなかった。
 好奇心旺盛な1人の観光客とも取れる僕1人の申し出で、神社と周辺集落の全体会合が開かれるのは、田舎ということを差し引いてもかなり異常だ。それだけ警戒していることの表れだとは分かるが、ヒヒイロカネでない御神体を「奪われないため」として強固な結束と外部の接触への強い警戒、そして親交を持つ筈の他の3つの神社や集落の断交がいまいち明確に結びつかない。

「次の一手をどうするかだね…。赤宮に迂闊に近づかない方が良いのは分かるし、一方で肝心の本物の御神体の場所が分からないし…。」
「青宮で写真を撮影する素振りを見せていたあの男性に接触する必要がありそうですね。何かを知っている可能性があります。」

 四色宮と周辺集落の様相が分かった今、他に意向を把握すべきなのは、シャルも言うあの男性。写真を摂っているというのは嘘の確率が存在するし、何かを探っていたとも考えられる。それが青宮の御神体を盗むための下見だとしたら?事態はより切迫していることになる。やはり動向を把握すべきだ。

「あの男性の監視は続けてる?」
「はい。町全域を少しずつ回っています。車での移動でも霧のせいで時間がかかるのもありますが、かなり時間をかけています。」
「何かを調べるか探してるかって感じだね。」
「その可能性は十分あります。かなり長期間滞在している模様ですし、何らかの意図を持って町全域を回っているのは間違いないでしょう。」

 こちらの意思を知って敵対したり、攻撃したりしてくる危険はある。だけど、この町に居る人で、町の住民を除いて何らかの事情を知っていたり意図を持って動いているのは、あの男性のみ。赤宮の現状がああだし、他の3つの神社は御神体の拝観まで出来てヒヒイロカネであることが判明したから、あの男性に接触して突破口を模索した方が良い。

「あの男性に接触しよう。今何処に居る?」
「町の南部、崎原神社周辺に居ます。その近くに向かいます。」

 シャルが僕のシートベルトを締めて動き始める。緊張が再び高まって来るが、シャルの強力なサポートもある。何より、僕が選んだ旅の1過程だ。かつての生活では味わえなかった緊張感と、自分で考えて行動することで打開策を探ること全てを、ある意味徹底的に楽しめば良い。

 オクシラブ町の南部に到着。此処も基本は田園地帯。そして全体を包み込む濃い霧。HUDに表示されるリアルタイム3Dマップで見渡せる風景に、特記するようなものはない。広大な田園の中にポツポツと小屋があって、南にこじんまりとした神社がある。あれが崎原神社だろう。

「崎原神社って、前に解析した町史にあった?」
「はい。こちらは江戸時代に成立した、比較的新しい神社です。四色宮からは独立した立ち位置なので、町における存在感はやや希薄です。」
「御神体の解析が必要かな。」
「念のため、出来るならしておいた方が良いですね。例の男性は、現在境内に居ます。」
「まずは男性への接触だね。」

 一気に緊張して来た。元々初対面の人とすんなり話せるほうじゃないし、相手が敵対して攻撃してくる危険すらあるからな…。

「若くて綺麗な女性とは、初対面でもスムーズ且つ親密にお話できるじゃないですか。」
「それは敵対や攻撃される危険がないからだよ。それに、僕程度じゃ親密とは言えない。」
「少しだけ誇張しましたけど、今回も最初から核心に触れようとしないで、奇遇ですねーくらいの気分で臨めば良いと思いますよ。」
「それは確かに。」
「危険を察知したら確実に逃げられるように支援しますから、安心してください。」
「分かった。行って来るよ。」
「行ってらっしゃい。」

 シャルの見送りを受けて、僕は崎原神社に向かう。勿論、シャルの視覚アシストがあるから、迷ったり躓いたりすることはない。鬱蒼と生い茂る森から鳥居を覗かせている形の崎原神社は、これまでの四色宮とはまた違う雰囲気だ。少ない石段を上って境内に入る。神社だから本殿や拝殿はあるだろうけど、社務所はないかな?

『社務所は右手の方向にあります。ただ、今は誰も居ないようです。』
『宮司や巫女さんが常駐してないタイプの神社かな。』
『そのようです。件の男性は、本殿正面に居ます。やはりカメラを構えています。』
『誰が来ても良いようにカモフラージュなのかも。』

 僕みたいに視覚アシストがある人は居ない筈だけど、LEDライト片手に手さぐりで歩き回っている人は居るかもしれない。そういう人と出くわしても霧の中の風景を撮影しているとか言い訳できるように、カメラを持っていると考えられる。
 視覚アシストで奥に進む。境内は建物以外何もない。確かに本殿正面に人がいる。あれが件の男性だな。緊張がピークに達する中、僕はLEDライトで視認しているのを装ってゆっくり近づく。男性はこちらを見る。どうやら僕の接近に気づいたようだ。向こうはかなり接近しないと顔までは分からないが、僕は分かる。かなり驚いているようだ。

「だ、誰です?」
「えっと…、この霧で余程近づかないと顔が分からないので、どうにも説明が難しいですけど、ひとまず怪しい者じゃないです。」

 余計に怪しまれるかも…。ひとまず自分に敵意がないことを示さないといけない。敵意剥き出しの相手に仲良くしましょうと手を差し出すなんて、ただの馬鹿だ。そんな馬鹿に友好的態度で接するなら更に馬鹿だ。残念ながらそんな馬鹿同士の対面はまずない。

「霧の中うろついていたら、僕のとは違う車があって、誰のだろうと思って…。」
「え?俺の他にこの町を車で散策している人がいるのか。」
「もしかすると、何時だったかに青宮で会ったことがあるかも。」
「…ああ、あの時の。」

 偶然を装ったつもりだったが、どうにか今のところは怪しまれていないようだ。警戒心を煽らないように、5mほど距離を置いて止まる。相手が持っているLEDライトで相手の全容が何とか確認できる。僕もLEDライトを持っているから、相手も同じような見え方だろう。

『男性は武器らしいものを持っていません。当面大きな危険はないでしょう。』
『見えるの?』
『御神体などと同じようにスキャンしました。』

 今はシャルが僕を介して見たり聞いたりできるから、拝殿や御神体と同じ要領でスキャンできるんだな。武器を持ってないなら危険は下がる。注意が必要なのは変わらないが、即死級のダメージを負わされる危険がひとまずないと分かって、少しばかり気持ちに余裕が出来る。

「また会いましたね、って言って良いのかな。」
「良いと思いますよ。この霧だと外で人の確認もままならないですから。」
「まったくです。写真を撮るにも時間がかかって…。」
「僕は彼方此方回ってるんですけど、なかなか見えなくて…。写真の撮れ具合はどうです?」
「どれをどう撮っても霧に浮かぶ形になりますね。それはそれで良いんですけど、バリエーションが増やせないのがね…。」

 そこそこスムーズに会話できてはいるが、核心に切り込む隙を見出せない。どうやって御神体の話に持って行くか…。

「この町、霧が晴れないと聞いてますけど。」
「そうらしいですね。満月の時だけ何故か晴れる、とも。」
「その時を待ってるんですか?」
「はい。明後日ですからね。それまでは適当にその辺を回りますよ。」
『満月の時を狙ってますね。』
『そんな感じはするね。』

 カレンダーとかで意識して見ないと分からない満月の日を知っている。本人の口ぶりからも満月の時を待っているのを感じる。その時を狙って再度接触するか。あまり長々と話すと怪しまれるし、そうでなくても余程の話好きでない限り鬱陶しく思うだろう。

「満月は明後日だったんですか。その時はこの町ももっとはっきり見えるでしょうね。じゃあ、僕は出直すことにします。」
「そうですか。何しろ霧は深いですからお気をつけて。」
「ありがとうございます。折角来た神社ですから、参拝はしておきます。」
『シャル。男性の様子の観察を続けて。』
『勿論です。』

 僕が去ることで、男性が何らかの動きを見せるかもしれない。念のため用心しながら、僕は男性の横を通り過ぎて拝殿に向かう。拝殿に段差がないのは幸いだ。3Dマップの視覚アシストはあるけど、本来は存在しえないもの。見えているようにスムーズに上り下りしたら、男性に怪しまれる恐れがある。
 賽銭を入れてスタンダードな2礼2拍1礼。とりあえず旅の無事を祈願しておく。拝殿の後ろに本殿があるようだけど、きっちり木の柵や壁があって入れない。社務所に常駐してなくても、こういうところはしっかり管理されているんだな。

『此処の御神体はヒヒイロカネではないようです。特に不審なところもありません。』
『あの男性は?』
『周囲を見ながら歩き回っています。何かを探しているようですが、少なくともヒロキさんを追ってはいません。』
『この神社はヒヒイロカネや赤宮の異変とは無関係のようだね。今から戻るよ。』

 やや消化不良ではあるけど、怪しい候補が1つ消えたと見ることも出来る。焦点はやはり明後日という満月の日。この町に来てから霧しか見てないから、ヒヒイロカネ関連を除いても興味深い。およそ1カ月に1回しか来ない、町にとって全てを見渡せる日。何か大きな動きがあるかもしれない…。
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