雨上がりの午後

Chapter 273 伏見稲荷への参拝(2)−2人で行ける所まで−

written by Moonstone

 奥社奉拝所を後にして、三ツ辻を目指して歩く、否、上る。石段は徐々に傾斜を増してきている。雨が上がってそれほど間がないから、滑りやすくなって
いる。此処で足を滑らせるとかなり危険だ。俺は晶子の手を引いて注意深く進む。まだまだ余力はあるようだから必要はないかもしれないが、何だかこうしたく
なった。それは晶子から強く熱い視線を感じたのもある。俺の手を取る晶子の手はしっかり掴んで離そうとしない。
 暫く歩くと少し開けた場所に到着。此処が山の中とはにわかに信じ難い深そうな池が、深い森を周囲に携えて静かな水面を湛えている。新池という場所だ。

「山の中にこんな池があるんですね。」
「こっちを見ると、此処が山だってことが良く分かるぞ。」

 俺は池を見ていた晶子の肩を掴んで逆の方向を向ける。南北に延びる線路、ほぼ水平に広がる土地とそこに敷き詰められた住宅、少し遠くに見える、
住宅街に裂け目を作るように軌跡を描く川。京都南部の風景が広く見渡せる場所に来たことが分かる。

「広いですねー。」
「千本鳥居を抜けて奥社奉拝所を経由して、今居る新池に至る道で此処まで見える標高に到達したわけだ。」
「この先、もっと上っていくともっと遠いところまで見えるんでしょうね。」
「そうだろうな。まずは三ツ辻が目標だ。」

 観光案内の境内見取り図だと、第1の目標地点である三ツ辻は山の中腹にある。今よりもう少し上らないといけない。傾斜が更にきつくなることも予想される
から、体力と足元に注意して先に進もう。
 引き続き晶子の手を引いて参道を進む。やっぱり傾斜が前よりきつくなって来た。石の階段はこういう場所に共通しているような気がする、1段1段が高いもの
だから、普通の建物とかの階段より余計に体力を使う。
 時折後ろの晶子を見やる。前である俺と目が合って「大丈夫」という合図か小さく頷くが、少々息が上がってきているようだ。幸い後続は殆ど居ないし、前が
閊(つか)えていることで急かす人も居ないから休み休みでも問題ないが、頂上まで登るのは難しいかもしれない。
 まだ濡れている階段で足を滑らせないことを最優先しながら注意深く進む。時々平坦になることはあるが、基本的にきつい傾斜の石段が続く。山登りらしく
なってきたと言える。晶子が動きやすさを重視した服装で良かった。スカートだったら足にまとわりつくし、何より風−結構強く吹く時がある−で捲れることに
気を取られてしまうだろう。個人的にはスカートの方が好きなんだが、移動や作業が多い場合はズボンの方が良い。

「到着っと。」

 目標地点の三ツ辻に到着したところで大きく息をする。かなりの運動量になった。日頃徒歩での移動には慣れているとは言え基本的に平地だし、高校
までの部活や体育の授業のような運動はしてないから、石段があるとはいえ山登りに十分な体力があるとは言い難い。額を手で拭ってみると、汗がうっすら
ついてくる。自分でも息が多少上がっているのが分かる。晶子は…。

「結構きつい傾斜でした…。」

 途中見た時より明らかに息が荒くなっている。表情にも疲労の色が出ている。相当体力を使ったみたいだな。

「景色を見ながら休もう。それでまだ上れるか考えれば良い。」
「はい。」
「ちょっと…寝不足が効いてるか?」
「ほんの少しはあるかもしれませんけど、殆どは基礎体力の違いですよ。」

 晶子の寝不足の原因は多分に俺にある。今朝は朝飯の後で二度寝したくらいだ。それで眠気は取れても体力の回復は十分じゃなかったんだろう。十分
休ませてやらないといけないな。
 見晴らしは新池の時より奥行き・左右の広がり共に拡大している。新池からだと川の向こうがかすんでよく見えなかったが、此処からだと川の支流も含めて
十分見渡せる。北の方を見ると、密集しているビルとその合間に点在する寺社仏閣の大きな切妻屋根がかなり奥まで見渡せる。此処がかなりの高所である
ことと、京都市街が起伏の少ない平地であることがよく分かる。

「あのビルが集中しているあたりが、京都駅か。伏見稲荷が此処だから…、結構な距離だな。」
「こうして見ると、京都が広いってよく分かりますね。」
「移動してる時はあまり実感がわかないのは不思議だな。」
「多分ですけど…、拠点ごとの距離が短いからじゃないでしょうか。バスや地下鉄に乗って少し待ったら目的地に到着出来るような距離に、色々な観光
スポットがありますから。」
「それは言えてるな。良い塩梅に集中してる。」

 観光案内の京都市全容地図を見ると、京都駅北側を中心に多くの有名な寺社仏閣が集中している。続いてバス路線を見ると、細かく区切られた停留所
数個単位で有名な場所がある。バス路線は東西南北に入り乱れているし、一方通行も多数あるから複雑だが、どの路線に乗って何処まで行けば良いかが
把握出来れば容易に有名どころを渡り歩けるようになっているみたいだ。
 身近な政令指定都市である小宮栄は、バスじゃなくて地下鉄主体だ。地下鉄は環状線もあるし、東西南北を走る路線が複数の駅で結ばれているから、乗り
換えも至便。その代わり、電車だから1駅ごとの距離は結構ある。地下鉄の駅はおおむね他の鉄道路線への乗り換えか、官公庁を含むオフィス街、大規模な
住宅地、学生数が多い大学近くが基本だ。主要な建物や人口集中地帯があるから駅が出来るのか、駅が出来ることで住宅街が出来たり高層ビルが出来るの
かは鶏と卵の話かもしれないが、商業と住宅が基本の小宮栄だと駅を小刻みに配置するだけの意味はない。

「京都が盆地にある町だってことは知ってましたけど、此処から見るとよく分かりますね。」
「そうだな。山に囲まれた平地そのものだ。」
「盆地に京都の源泉である平安京が造営されたのは、何か意味があるんでしょうか?」
「当時の世情を考えると、陰陽道がらみの方位が大きいかもしれない。意味は知らないが。あとは…防衛上の問題か。」

 平安京が造営された時代は医術や薬なんてものは超がつくほどの高級品か、存在自体がなかったかのどちらかだ。あったとしても、今のように分子構造
から設計して複雑な合成や臨床試験を経て世に出るものじゃなく、何かの骨をすり潰したものだったり、それこそ祈祷をした何かを混ぜただけのものだった
だろう。そんな時代に権威が高かったのは宗教であり、それに伴う祈祷や縁起といったものだった。
 学問の神様で有名な菅原道真や、少し後の平将門あたりが特に有名だが、政治の表舞台に祟りが頻繁に出て来る。不遇の末だったり恨みを抱いて
死んだりして時の権力者や権力闘争の勝者に物凄い不幸をもたらし、神として祀ることで怒りや祟りを鎮めることが常態化していた。それと密接に関係する
のが、鬼門で有名な陰陽道だ。一国の首都を造営する以上、当然当時の常識−法律や権力者の命令より上だったかもしれない−だった陰陽道の知識や
それに精通した祈祷師や占い師の進言に従って、この地に平安京を造営したと考えるのは自然だ。

「−陰陽道関係の推測はこんなところ。」
「言われてみれば確かにそのとおり、と思うことですね。防衛上というのは?」

 国連なんてものがある筈がなく、ごく近隣の国家での付き合いしかなかった時代、何時軍勢が攻めて来るか分からない。日本は周囲を海に囲まれているから
かなり安全だったが−当時はスクリュー駆動なんて概念自体なかった−、首都防衛は重要案件だ。兵力が簡単に増強できるものでない場合、造営の段階で
防衛を十分考慮に入れないといけない。
 平地は基本的に防衛に適さない。敵の侵入を防ぐものがないからだ。だが、食料の供給や人の往来の利便性では平地が最適だ。山岳部に造営すると、
平地にある田畑を荒らされたり、山岳に至る道を塞がれたら兵糧攻めの憂き目に遭う。海辺も仮想敵国が海からやって来ることを考えると、防衛ラインとなる
海沿いに首都を置くのは愚策でしかない。
 また、水が豊富に得られることも重要だ。今は水道があるが、それでも日照りが長期間続くと取水制限がかかる地域がある。水道なんてある筈がない時代に
飲料水であり生活用水であり、何より重要な田畑への給水に必要な水が得られないと、首都防衛どころか兵糧の増強もままならない。海はその点でも
不利だ。海水から飲料水を生成する技術がなかった時代に海辺に首都を構えても、必要な水は得られない。当時は海水を冷却や洗浄に使う工業より、
飲料水となる水を生活や農業に使うことが殆どだった。海水が豊富にあってもどうにもならない。
 所在地に容易に到着させない地形は、やはり山だ。山に出来るだけ周囲の奥を囲まれていれば、山越えさせる時点で敵兵力の削減も可能だ。そして水を
容易に得られること。これらの条件が重なる場所は盆地だろう。前の首都である平城京=奈良も盆地だったのも、防衛を考えたものだったと考えれば造営の
地に選ばれたのも頷ける。

「−防衛上、加えて利水や食料生産を踏まえた推測はこんなところ。」
「なるほど…。十分納得出来る理由ですね。そんなこと思いつきもしなかったです。どうしてそんな深いところに考えが及ぶんですか?」
「高校時代にバンド仲間とこういう話をよくしたんだ。特に、リーダーの耕次とドラムの宏一が好きでな。」
「本田さんと則竹さんですか。」

 バンド仲間とはこの前の年末年始の旅行で晶子と顔合わせしたから、晶子も「あの人か」と思いつけるようだ。晶子を見た目でも言動でも大絶賛していた
バンド仲間とは、バンドの練習を含んだ放課後や休日の勉強会で、様々な分野の話をした。特に日頃は暗記科目と捉えられがちな社会科関連教科−高校
だと地理・日本史・世界史・倫理が話題になりやすかった。
 俺は理系コースに進んだ者のある種の必然として倫理を選択したから、他の教科は1年と2年にさわりの部分の授業を受けたくらいだ。一方、文系コースに
進んだ耕次と宏一は同じく文系コース選択者の必然として世界史や地理を選択して、他の教科もかなり突っ込んだところまで授業を受けた。そこでの知識や
生じた疑問、果ては現状との照合や比較で社会科関連教科を話題に挙げた。
 そういった話題でよく絡められたのは軍事や広義の安全保障だった。日本史関係では平城京や平安京の造営、豊臣家と徳川家の隆盛や衰退、満州事変
から日中・太平洋戦争における日本軍の侵攻と撤退が何故歴史のようになったのかを討論したり、豊臣家と徳川家が短期間で完全に立場が入れ替わった
要因を軍事面に当時の世情や風俗を交えて考察することが挙げられる。
 軍備の拡張や管理統制に反対の立場を鮮明にしていた耕次が軍事や安全保障の討論に積極的なのは、ともすれば軍事アレルギーや国家アレルギーと
揶揄されるその方向の政党や市民団体と比較すると異質ではある。だが、耕次の基本姿勢は「敵を批判して論戦で打ち勝つには敵の分野で論じるだけの
知識や洞察力が必要」「軍事反対を言うだけでは説得力がない」というものだった。
 そんな耕次や宏一の討論を対岸の火事感覚で聞いているだけでは済まなかった。俺も若干は倫理以外の社会科関連教科を齧っていたし、倫理で登場
する思想や哲学が当時の出来ごとの思想的背景になっていると考えるのが自然だったから、黙っていても話を振られた。それに応じるには授業の合間や
自宅で資料集を読んだり−教科書より情報が豊富で読んでいて面白かった記憶がある−、図書室や図書館で関連書籍を探して読んで自分の中で集約する
必要があった。
 あの当時は討論を聞いているだけだったり、話を振られて「分からない」の一点張りになるのが悔しかったから、ある意味自分の論理武装のために必要でそう
していた。そうすることで知識の増強が出来て、文系科目でもそれなりの成績が取れるという良い方向の副作用もあった。培われた知識や考察は、大学に
入って学年を進め、晶子とこういう話をする際に大いに役立っている。

「理系らしくない知識がついて、しかも受験では使わない教科だったから、その分のいくらかでも理系教科に回した方が大学以降も良かったかも、って思った
こともあったんだが、意外に役に立つ時もあるんだよな。」
「知識や教養って、そういうものですよ。」
「耕次がよくそう言ってたな。俺も最近、その意味に納得出来るようになった。」

 中学も受験が近付くにつれて、テストの成績を向上させることが第一のようになる。高校が進学校だと当然だがより偏差値の高い、難易度の高い大学への
進学が学校全体として最優先事項に位置付けられる。1点でも成績を向上させることを至上命題とする雰囲気が学年を重ねるごとに強まる中で、学校での
授業に学問や教養の涵養を見出すのは難しい。
 俺の場合、宮城と付き合っていたこともプレッシャーの1つだった。スポーツ面では取り柄がなかったから、そこそこ誇れる勉強面で良いところを見せ
たかったし、俺と付き合っていることで悪く言わせたく(言われたく)ないという発奮材料だったが、激しい成績競争の中で成績を維持向上させることの労力
−上昇や下降は直ぐ目につくが維持は殆ど評価されない−と、成績を上昇させても強まり続ける成績向上への圧力、そして何時成績が低下して脱落する
かもしれないことへの不安が絶えず付きまとっていた。
 宮城との付き合いは始まってから瞬く間に広まった。学校内では同じ学年だけでなく、宮城がバレーボール部だった関係で上級学年にも下級学年にも
波及した。何時の間にやら別の学校に行った中学時代の同級生にも知れ渡っていた。それくらいなら良かったが、それだけでは終わらなかった。俺が居た
高校は校則もかなり緩く、対外的には「自由」というイメージが浸透していたが、それは成績がそこそこで異性との交際がないという条件付きだ。成績が
悪ければ放置されるし、脱落してもフォローはなかった。極めつけは異性との交際は教師から見て要注意対象となることだった。どうやってその手の情報を
仕入れていたのか分からないが、交際中のカップルは絶対同じクラスになれなかったし、成績が揃って悪い、若しくは低下してきたカップルは生徒指導室に
呼び出されて、生活態度を設問されて暗に別れるよう勧告されることが公然の秘密になっていた。
 俺は宮城に良いところを見せたかったし、俺との付き合いで悪く言わせたく(言われなく)なかったことで成績を向上させてきた。しかし、それは発奮材料に
なる一方でプレッシャーだった。成績が向上することだけは良いが、それは低下や脱落の可能性が広がることでもあった。100人居たとして50位なら維持
しやすいし向上もしやすい。だが、10位になると向上は難しいが低下はしやすい。成績上位者は上に行くほどつわものぞろいだ。そう簡単に上げては
くれない。しかも下位から隙を狙って迫ってくる。維持するのでもかなりのプレッシャーだったし、そんな中でも上げるようプレッシャーは止まないどころか
強まるばかり。そんな中で模試や受験で使わない教科、特に社会科関連教科の知識を増やしてどうするのかと思うことも増えて来た。
 そんな俺の考えに真っ向から異を唱えたのは耕次だった。批判や説得の話は色々あったが、纏めると2つ。1つは「特に理系は専門分野だけ詳しいだけの
理系マニアに陥ってはいけない」。もう1つが「専門分野以外の知識を得て増やすことが本来の学問だ」ということ。前者は未だによく分からないが、後者はこう
して晶子と出掛けてその状況での話をすることで、話の幅を広げて深めることに必要だと分かって来た。
 もしそういった知識を得てなかったら、俺は大学で専攻している電気電気関連の話と音楽の話しか出来なかっただろう。それが全くの畑違いの晶子にとって
共有出来るものになるとは思えない。京都に来て色々回って、観光案内を読んで確認するだけのことしか出来ないより、見たこと感じたことから話を広げて
深められる方がずっと楽しいことは今実感している。

「歴史小説の題材に、祐司さんが話した伏見稲荷建立も加えて良いですか?」
「勿論構わない。俺が持ってても使われずに腐らせるだけだし、晶子に使われる方がずっと良い。」
「ありがとうございます。…此処の話を書こうとすると、かなり古い歴史の知識も必要になりますね。」
「そういった本も、大学の図書館か晶子が居るゼミの図書室にあるんじゃないか?」
「ある…かもしれませんね。」
「あの時代の話だと、古事記や風土記あたりの文献に慣れておいた方が良いだろうな。神話がかってる部分もあるが、想像は膨らむと思う。」
「詳しいですね。祐司さんは読んだことがあるんですか?」
「ざっとだけどな。」

 古事記や風土記の他、日本書紀や聖書も掻い摘んで読んだことがある。古事記や日本書紀は日本神話と密接な関係があるから、宗教と政治に敏感な公立
学校では存在しか教わらない。俺の場合、これも耕次から読むことを勧められた。今の宗教や政治とは切り離して、当時の宗教や政治を考えながら読むのが
良いという全般的なことと、古事記と日本書紀における日本武尊の扱いの違い、旧約聖書と新約聖書の神の相違をお勧め箇所だとアドバイスを受けた。
 読んでみると、それぞれの書物で同一人物の対照的な扱いが興味深い。日本武尊だと古事記では敗残兵の寂しい最期のように語られるなど滅していく
イメージが強いのに対し、日本書紀だと草薙の剣−三種の神器の1つであることも興味を誘う−を奮って北の邪悪−今の東北地方など−を攻め落とす勇壮
果敢なイメージが強い。同一人物で消えるような最期と今で言うヒーローや英雄の活躍が、書物を分けて語られているのは不思議だ。
 聖書でも旧約と新約で最重要人物である神の行動、話の傾向、人間の行動が大きく違う。旧約では神の気性が荒い。世界規模の洪水を起こして箱舟に
乗った一族と動物以外をすべて溺死させたり、天に近づいてきた塔を破壊して人間の言葉を通じなくさせたり、徹底した破壊・排撃行動を行う。これが新約
だと最後の審判まで座して待ち、最後の審判が始まる前の災厄でも直接実力行使に出ることはない。
 旧約では人間がかなり行動的に描かれている。神に近付こうと一致団結して高い塔を建設したり、長い放浪の旅を続けたり、全世界の動物のつがいを収容
出来る巨大な箱舟を建造したりする。一方新約では人間の罪深さが強調され、神の代行としての任務を受けた天使による裁きや制裁で苦しみ翻弄される
様子が頻繁に描かれている。
 特定の思想や宗教に関する書物を読むことがその思想や宗教に感化されると一律に警戒・排撃するのは誤りだ。戦争中に英語が敵性言語として使用
禁止にされたという話があるが、何も知らないまま触れる方が免疫がない分強烈に影響を受けることもある。それに、どれだけ強く禁止しても地下に潜って
一定の広がりや普及が出ることは、様々な歴史の事実が証明している。
 ある思想や宗教に染まることを警戒してか、関連書籍を読むことすら排除するのは、「悪い影響」を危惧して純粋培養したい思惑があるんだろう。だが、何も
知らないままで過ごせるのは学生くらいのものだ。何れ社会に出たら今度は現実という名の様々な事実や事情に直面する。その時何も知らなければ簡単に
籠絡される危険がある。大学に進学したらカルト宗教や過激派に嵌って大学に来なくなるという話が未だに絶えないことがその証左だ。
 書物を読んだだけで感化・教化されるという危惧自体あまりにも短絡的だ。それより、宗教や思想への加入や賛同とは切り離して−そのために思想信条の
自由があるんだと思う−その発現や背景、他の思想や宗教との関連について概要程度でも教えておいた方が良い。曲がりなりにも「グローバル社会」「国際
社会」と銘打って、海外渡航経験や留学若しくは出稼ぎの受け入れを奨励・推進している時代だ。日本だけで通じる考え方やあるようでないような曖昧な
宗教感以外に、生まれた時から教会やモスクがある国の思想的背景や潮流を知っておかないと、相手の行動や思想の原理が分からない。

「古事記や風土記も読んだことがあるんですか…。祐司さんの知識が幅広くて深い理由が分かります。」
「今までの貯金みたいなもんだから、そのうち晶子が逆転するさ。」
「大学の図書館やゼミの図書室にありそうな書籍すら未読でしたから、追いつくだけでもかなり時間がかかりそうです。」
「これから卒論でゼミに籠る時間が増えるだろうから、ゼミの方針に沿って増やしていけば良い。」
「そうですね。祐司さん目指して頑張ります。」
「目指すほど大層なもんじゃ…。」

 何だか意気込んでいる晶子に思わず苦笑い。でも、休憩ついでの話が構想のネタになったようだし、4月からの読書三昧の日々に卒論とは別の興味や
関心が出来るのは良いことだと思う。

「身体の調子はどうだ?」
「おかげさまで回復しました。」
「次は…四ツ辻を目指すか。」

 この先参道が緩やかになるとは考えない方が良い。此処まで来たところで日はかなり西に傾いているから、頂上に達する頃には夜になる可能性がある。
晶子の体力だけでなく俺の体力も山登りを完遂出来る保障や自信はない。
 四ツ辻は頂上の一ノ峯を含む、円を描く参道と下からの参道の交点でもある。此処を次の目標地点にして歩き、到着時の時間や体力から参拝続行か下山
かを決めるのが無難だろう。全てを見て回らないといけないわけじゃないし、俺だけならまだしも、晶子に怪我をさせたりするわけにはいかない。

「参道はほぼ直線だから傾斜はきつくなるだろうし、体力や空の明るさを勘案して次の目標地点を決める形で進んでいくのが良いだろう。」
「慎重な方針ですね。私は全面賛成です。」

 どうも俺は「なるようになる」という考え方はあまり出来ない頭の構造のようだ。こうして大まかにでも方針や予定を決めて、適時検証して継続か撤退かを
決めるやり方がしっくりくる。そのくせ、この旅行全般を見渡すと、京都に行くことを決めて宿泊日数分だけ宿を確保して、あとはその日の気分や成り行きで
決めていたりする。こういうのは、いい加減というのか臨機応変というのか分からない。
 四ツ辻に到着。到達というべきかもしれない。予想どおり参道は傾斜がきつくなっていた。石段の段差も大きく、石段を登るというより石畳の山道を登るという
方が適切だった。空はまだおおむね青空だが、夕暮れの気配が濃くなっている。太陽は既に山の向こう側に隠れてしまっているから、空の明るさと比べて
周囲はかなり暗い。午前中の雨で濡れた石段は結局殆ど乾かなかった。四ツ辻到着に時間と体力を費やしたのは、不安定な足元に細心の注意を払った
からだ。

「かなりきつかったです…。祐司さんの方針に従って良かったです…。」
「まさに登山だったな。景色はその分の見返りが大きくなったが。」

 眼下に広がる光景は絶景の一言だ。夕暮れ色を帯び始めた西日に照らされる様々な色と形の屋根。此処からでも分かるくらいのきらめきを放つ川。遠くに
霞むビル群と山。写真や絵画の題材にするには最適だろう。
 高校にはワンダーフォーゲル部という登山を行う部活動があった。登山を部活動とすることや大会があることにイメージが湧きづらかったが、山から見る
景色が最高だからと語っていた2年の時のクラスメートの言葉がこの景色を見て理解出来たような気がする。

「あの…下に見える道路が、バスで通って来たところですよね?」
「ああ。観光案内の地図と位置関係が合ってる。」
「こんなところまで来られたんですね…。」

 普段の生活で遠景を見ることは殆どない。俺の家は1階だから、窓からの景色は道路からせいぜい数メートルの高さの範囲内。バイトや買い物、通学で外に
出てもそれほど大きな起伏はないから、遠景というほどの見晴らしはない。
 大学だと工学部の研究棟−講義室が集中している講義棟とは別に各研究室や実験室が集約されている−の最上階の5階くらいになると、かなりの眺望に
なる。久野尾研も5階にあるから今までは週1回遠景を眺められる機会はあった。南北に長い建物の中央を廊下が走り、その東西に居室や実験室がある
構造で、窓もきちんとある。ところが、窓から外を見る機会があまりない。週1回行く時はゼミで英語のテキストを読んで、その内容について説明したり質問に
答えたりしたが、その緊張感がかなり強かった。一応読む順番は輪番で存在したが、進行役の学部4年から何時どういう質問が飛んでくるか分からないから、
自分の番でなければ寝て居て良いとはいかなかった。
 ゼミが終わればお飾り程度の休み時間を挟んで講義があった。俺の場合欲張って講義を詰め込んだから、ゼミが終わったらそのまま会議室で一服、という
わけにはいかなかった。だから、窓からの遠景を眺めている時間的余裕がなかったというわけだ。加えて、少し見たところでは研究室からの眺望はそれほど
良くない。だだっ広いキャンパスにブロックのような建物が点在している大学の眺望はそれほど見栄えしない。遠くを見ても住宅街と多少の緑というありふれた
光景だから、特筆するようなものはない。

「下の方とでは雰囲気が違いますね。」
「ああ。神秘的な雰囲気が強まって来てるように感じる。」

 千本鳥居を潜る時は鳥居の隙間から日差しが差し込んでいたが、此処まで来る途中に潜った鳥居のトンネルは、太陽が山の向こうに隠れたのもあってか
昼間なのにかなり薄暗いところがあった。眺望は光に包まれて明るいが、俺と晶子が居る四ツ辻の風景は影が主体で薄暗い。何か儀式でも始まりそうな
雰囲気だ。

「きつそうだな。」
「ええ…。さすがに堪えました…。」
「丁度茶店があるから、そこで休もう。」

 晶子の体力低下は目に見えて顕著だ。京都市街の眺望を見るにしても、俺の腕に寄りかかるように立っている。気分的には役得だが、山登りを続けるに
しても下山するにしてもこのままでは厳しい。三ツ辻到着時よりしっかり休ませないといけない。
 参拝者−登山者というべきかもしれない−の疲労を見越してか、四ツ辻には茶店がある。茶店は早くも煌々と明かりが灯っている。店内はそこそこ人が
居る。年配の人が多めなところからして、やっぱり午前中は何処かで雨宿りをしていた人もいるようだ。テーブル席に腰掛けてコーヒーを頼む。紅茶とコーヒー
とでは知名度か普及度が違うのか、コーヒーはあっても紅茶はないところは珍しくない。コーヒーが飲めないことはないし、食事を欲するほど空腹じゃない
から、コーヒーを飲みつつ休息を取るのが無難だ。

「4時過ぎか…。」

 携帯を取り出して時刻を確認。時間の経過が早く感じる。この時期の午後4時は夜への扉に差し掛かる頃だ。外を見る。周囲はもう薄暗い。窓の上部に
僅かに見える空はまだ青色を保っているが、光の具合は昼間のそれから夕暮れのものへと遷移している。夕暮れは近いと見るべきだ。

「神社の夜はどうなるんだろうな。」
「さあ…。電灯が点在しては居ましたけど。」
「蝋燭と燈篭が照らすのが基本なら、見る分には良いがかなり危険だな。」

 目標地点を順次更新して此処まで来る際に、下山が夜になることも考えて明かりの所在を観察してきた。街灯のような目立つ照明は少ない。此処が山の中
だということを考慮しても、闇が照明で緩和されるとは期待しない方が良いようだ。
 夜の神社に行った経験は実のところない。実家に居た頃の初詣は元旦の遅い朝に出かけることが恒例だったし、夜遅い時間に出歩くことは基本的に不可と
する家だったから行く機会がなかった。一人暮らしをしている今は自分で責任が持てる範囲なら、朝遅くまで寝ていようが夜遅くまで出歩いていようが
構わない。だが、初詣に行ったのは一昨年の月峰神社に行ったことくらい。去年はバンド仲間との再会ついでの成人式に出席するのもあって帰省したが、
親戚回りに引っ張り回されて初詣どころじゃなかった。今年はバンド仲間と旅行に出かけたが、大晦日にしこたま酒を飲んだのもあってチェックアウト近くまで
寝こけていたから、初詣らしいことはしていない。初詣という形式だと1年に1回だから逃すと自動的に1年後になるし、それほど初詣に執着がないと言える。
そんな調子だから、夜から神社に出かけた経験がない。このまま晶子のある程度の体力回復を待っていれば夕暮れになるだろう。夕暮れから夜への転換は
かなり高速に行われる。夜の神社が全貌を現すことは十分期待出来るが、喜んではいられない。
 此処まで来る途中でも、石段は濡れたままだった。雨が上がった午後からの日差しでは乾くに至らなかった石段の濡れは、これから夜が本格的になれば
翌日までそのままだ。それだけでなく、冷え込み具合によっては凍結の恐れもある。今まで夜は外に出てないから確認してはいないが、暖房がかかるくらい
冷え込んでいると考えられる。実際、今も外出時にはコートが欠かせない。電灯が十分ないところで足場が目視出来ないと、足を踏み外す危険が高くなる。

「晶子は、頂上まで登ってみたいか?」
「登れるなら…。でも、何としてもというほど強くはないです。参拝も千本鳥居を潜ることも出来ましたし、絵馬の奉納も出来ましたから。」
「休憩した後の回復具合や空の明るさから総合判断するかな。」
「お任せします。」

 俺に委任した晶子の表情には疲れの色が濃い。慣れない山登りと足元への配慮の連続で、余分に体力を消耗したようだ。安全も考慮して早めに下山して、
宿でゆっくり休ませた方が良さそうだ。
 茶店から出ると、夕闇が終焉を迎えようとしていた。東の空は既に群青色が敷き詰められていて、昼間の光は山の向こう側に微かに残っている程度だ。
それも次第に消え去っていくのが分かる。
 30分ほど休憩したが、晶子の回復は十分じゃない。登山というべき参道歩きをこのまま継続するのは明らかに無謀かつ危険と判断して、下山することに
した。晶子も言っていたが最初の本殿で参拝は済ませたし、千本鳥居も潜った。更には奥社奉拝所で絵馬の奉納もした。頂上に行けなかったことに全く
惜しくないと言えば嘘になるが、十分伏見稲荷を訪ねた目的は果たせたから満足だ。

「わぁ…。綺麗…。」

 晶子が思わず感嘆するのも無理はない。明かりが灯った家々やビルが織りなす夜景が一望出来る。起伏が少ない京都の夜景は、小さい宝石を黒の床に
散りばめたようだ。高層ビルやコンビナートがあると複雑な形状の夜景が出来るが、こうしたシンプルな夜景も味があって良い。

「同じ風景でも、昼と夜でこんなに違うんですね。」
「ああ。そういえば…、京都に来てから夜に外にいることはなかったな。」
「昼間は彼方此方を回って、夜は宿に戻って食事したり寛いだりするっていうリズムが出来てましたよね。」
「夜に外に出ない生活ってのは健全ではあるけど、たまには良いもんだな。」

 普段の生活は、一人暮らしの大学生らしくないかもしれない健全さと規則正しさだ。それは大学が朝1コマ目から4コマ目まで詰まっていて、出席してノートを
取ってレポートを提出していたことと、大学が終われば4時間のバイトに出かけて、その後と土日はレポートに追われる生活だったからだ。どうしても夜遅くに
シフトしやすかったが、そのままだと特に月曜の学生実験に差し支える。出席が試験を受ける必須条件になっている講義も多かったから、規則正しい生活に
加えてバイトが終わってから飲み歩くような生活が出来なかった。
 それが悪いとは思わない。食事面で特に年明け以降晶子の強力な支えが得られたのもあって講義は無遅刻無欠席だったし、全講義の単位を取れた。
おかげで4年は卒研に集中出来る条件が出来た。でも、夜に街に繰り出して食事や飲みにと遊ぶ機会があっても良かったかもしれない。

「今まで大学優先で、遊びに出ることに頭が回らなかったな…。」
「年末年始には奥濃戸に行けましたし、今はこうして京都を存分に観光出来てますから、私は十分過ぎるくらいですよ。」

 晶子は俺に身体を寄せたまま、俺の顔を見つめる。石燈籠と控えめの街灯にうっすら照らされる晶子の顔は、疲労の色が残っているのもあってか愁いを
帯びて色っぽく見える。

「祐司さんが私よりずっとハードな大学生活を過ごしていることくらい、分かってるつもりです。私を楽しませるとかそんなことは考えないで、今しか出来ない
ことにじっくり取り組んでほしいんです。」
「…。」
「私はこの旅行で改めて、祐司さんと一緒に暮らせることの大切さと幸せを噛みしめています。私は祐司さんと一緒に暮らせることで十分楽しくて幸せです
から、祐司さんの家に住み込ませてもらってるんです。一生懸命取り組んでいる人の生活を支えて、一緒に暮らせることに幸せや生き甲斐を感じることも、
選択肢から選べる社会なら許容される筈ですから。」

 そう…だよな。遊びたい、旅行に行きたいと常に思うようだと俺との付き合いは続けられない。ましてや住み込んでまで時間と空間を共有したいと思う筈が
ない。晶子が食事を作ったり洗濯ものを干したり畳んだりする時の顔は、弾んだ鼻歌が聞こえてきそうではあっても不満の色は微塵も感じない。
 ドライブやスキーに行ったり海外旅行をしたりといった分かりやすい遊びより、決まった相手と食事や菓子を食べたり共通の趣味−俺と晶子の場合は音楽と
言えるだろう−に取り組んだり寛いだりすることに、晶子は幸せを感じる。俺も晶子にそうして欲しいと思うと共に、そんな暮らしに幸せや安らぎを感じている。
多様な選択肢というなら、そういう生活や幸福感もあって良い筈だ。

「だから…、もう少しこうしてこの夜景を見ていて良いですか?」
「ああ、勿論。」

 晶子は俺の手を握り、左腕に寄りかかるように立って夜景を見つめる。疲れが残っているのもあるし、俺にくっつきたいのもあるだろう。どちらの比重が大きい
かは別として、晶子にくっつかれて嫌に思う要因はない。
 灯篭から漏れだすオレンジ色の光と点在する街灯の白色光が、闇ににじんでいる。周囲の光に邪魔されることが少ないから、平面にちりばめた光の小粒が
鮮明に見える。山登りは大変だったが、こんな雰囲気の良い夜景を見るための労苦なら惜しくない…。
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