雨上がりの午後

Chapter 261 2人に戻っての熱い夜

written by Moonstone

 風呂場に到着。念のため事前に仲居を呼んで、今日も他に客は居ないことと2人で1つの風呂場を使っても問題ないことを確認してある。晶子は俺の左腕に
腕を回している。晶子は手を繋ぐのも好きだが、こうする方が好きらしい。これも普段はなかなか出来ないからだろうな。

「今日はどっちに入る?」
「祐司さんの背中を流すのもありますから、男湯の方が自然かなと。」

 昨日はめぐみちゃんの選択で女湯だったな。サウナがあったり変わった風呂があるわけじゃないからどちらを選んでも変わりない。昨日は女湯だったから
今日は男湯なんて選択は普通じゃまず出来ないことだな。
 暖簾をくぐる。広い脱衣場にはやはり誰も居ない。何処を使おうが自由だがこれだけ広いと選ぶのに困る。扇風機の近くが良いか。風呂上がりに風に
当たると寒いようだが乾くのが速いし、ドライヤーや鏡がある場所にも近いから、髪を乾かすのに時間がかかる晶子には都合が良いだろう。

「この辺にしようか。」
「はい。」

 ロッカーの前に来ても晶子は離れようとしない。今更…恥ずかしがる理由もないか。それでも胸が高鳴るのを感じながら、俺はロッカーの扉を開けて服を
脱ぐ。俺の場合、入浴の準備はいたって簡単。基本服を脱いでタオルを1枚前に垂らせば完了だ。今は浴衣だから尚更早い。
 下着を脱いだところでふと晶子を見る。晶子は下着姿で髪を結わえている。腰を薄く覆う下着だけの晶子の身体は、蛍光灯の光を反射して白く滑らかな
輝きを見せている。長い髪を器用に手早く編み込んで後ろで上げてヘアピンで留める様子からは、性欲をそそる色気より見とれる綺麗さの方が強く感じる。

「毎回、そうやって束ねるのか。」
「ええ。そうしないと髪が湯船に浸かりますし、洗う時以外は纏わりついて邪魔になりますから。」

 晶子はヘアピンで留めながら答える。髪を長い髪を維持するのは想像以上に大変なんだな。それにしても、俺が話しかけても驚くこともなく胸を隠すことも
しないのは、俺が見ることは勿論だし、見られて困ることはないと考えていると分かる。さすがに下着を脱ぐ段階では視線を反らす。今更見たからどうという
こともないんだが、マナー意識の一種だろうか。

「お待たせしました。」

 晶子から声がかかって、視線を再び晶子に向ける。タオルで申し訳程度に前を隠し、髪を束ねてアップにした晶子は新鮮だし、生じる感情はやっぱり性欲
より感嘆の方が大きい。…性欲が全然湧かないわけじゃない。身体は正直だ。誤魔化すのも兼ねて、俺は晶子の手を取る。晶子は嬉しそうに微笑んで身体を
寄せてくる。
 ドアを開けて中に入る。広い風呂場には俺と晶子の2人だけだ。足元に注意しながら湯船にほど近い洗い場に向かう。

「背中、流しますね。」
「ああ、頼む。」

 俺は椅子に座り、晶子は隣の洗い場で洗面器に湯を汲む。俺が渡したタオルを湯に浸して、そこにボディソープをつけて泡立てる。それから俺の後ろに
回って背中を流し始める。何だか…嬉しいような照れくさいような…。

「祐司さんの背中、やっぱり広いですね。」

 ひととおり洗ったところで、晶子が手を止めて言う。

「そうか?」
「ええ。力強くて逞しい、これが男性の背中なんですね。」

 思えば、晶子に背中を見せる−生きる手本と言う意味ではなく−機会はあまりない。たまに晶子が後ろから抱きつく時くらいだ。それほど体格は良い方じゃ
ないが、晶子から見ると広い背中なんだろう。晶子は再び俺の背中を洗い始める。

「京都に来てから、祐司さんの精神的な強さや逞しさに何度も接して、そのたびに『この男性(ひと)についていけば大丈夫』『この男性の言うことを信じれば
良い』と思ってました。今はこうして肉体的な強さや逞しさに接して…、心身両面で頼もしい男性が私の夫なんだと実感しています。」
「晶子がそう思えるなら、安心だな。」

 自分で自分が頼りがいのあるとか頼もしいとか判断するのは難しいし、それを信じて疑わないのはナルシストだろう。だが、誰かから頼れて安心出来ると
思われたり褒められたりするのはやっぱり嬉しいし、そうでありたいと思う。晶子が信じてついて来てくれることで、俺はその信頼に応えようと最善の判断と
行動をとるようになっているんだろう。
 晶子は俺の背中を流し終えて、静かに湯をかける。心なしか自分で洗うよりすっきりした…!

「晶子?」
「広い背中…。」

 晶子が俺の両肩に手を置いて身体を寄せている。裸の胸が背中に当たってたわんでいるのが分かる。このままだと早速理性制御の臨界点を突破して
しまう…。何度か息と共に生唾を飲んでギリギリのところで抑えるが、長時間持ちそうにない。

「…身体を冷やすといけないから、今度は俺が洗う。」
「…お願いします。」

 晶子は少し間をおいて離れる。俺は晶子と立ち位置を交代する。背中を見せて座る晶子の身体のメリハリは明瞭だが線は細い。これだと俺の背中が広く
感じるのかもしれない。晶子の背中は夜に見るが、うなじを出ていて何とも色っぽいな…。
 …自分で臨界点を突破させたら晶子と交代した意味がない。洗面器に湯を汲んで、晶子が持っていたタオルを浸してボディソープをつけて泡立て、晶子の
背中を流す。こうして見ると本当に細いし華奢だ。白い陶器のような滑らかな肌は、強くこするとひびが入りそうだ。

「痛くないか?」
「はい。気持ち良いです。」

 意識しているのかどうか知らないが、言葉も艶っぽい。晶子の身体は十二分に見てるし知ってるはずなのに、風呂場という場所が興奮を誘うんだろう。
…兎も角、背中の面積が思った以上に狭いから洗うのはすぐだ。湯を静かにかけて泡を落とす。

「ありがとうございます。」
「あとは自分で洗って、風呂に入ろう。」
「はい。」

 俺は晶子の隣の洗い場で自分の残りを洗う。髪も洗うが俺はすぐ済んでしまう。晶子は時間がかかるから、今日は終わるまで待っていよう。定期的に湯を
かけていれば身体が冷えることもない。
 晶子は俺が待っているのを知って、嬉しいのか微笑んで髪を洗う。束ねた髪をほどいて湯を満遍なくかけて、そこにシャンプーを薄く塗りつけて丁寧に洗う。
こうしないと髪が傷むんだろう。毎日風呂で時間がかかるのも納得だし、この時間と手間があるからあの髪が維持出来てると思うと、俺にとっても貴重な
時間だ。この機会だからこそ待っているべきだな。
 全体を優しく泡立てた後、髪1本1本に通すように湯をかけて流す。それで終わりではなく今度はリンスをする。これも同じく髪に塗り込むようにリンスをつけ、
マッサージするように髪になじませる。昨日はめぐみちゃんの質問に答えている間に終わっていたが、それは相当な時間だったようだ。リンスを流してしっかり
すすいでようやく完了。お疲れ様だ。

「お待たせしました。」
「いや。じゃあ、入ろう。」

 俺は先に立ちあがって、晶子に手を差し出す。晶子が微笑んで手を取ってから俺は軽く引き寄せる。晶子は立ち上がって俺に身体を寄せる。…風呂に
入ろう。俺は晶子の手を取ったまま、湯船に向かう。念のため足元に注意しながら、足からゆっくり身体を浸からせる。晶子は身体を密着させてくる。さえぎる
物が何もないから、左腕には胸の感触は勿論その表面の滑らかさが手に取るように分かる。

「…躊躇いなしにくっついてくるな…。」
「躊躇う理由はありませんから。」
「場所が場所とは言え…、そんなに強烈なアピールを続けてると、俺も我慢しきれないぞ?」
「それは承知の上です。」

 承知と知ると、会話することで一時的に抑え込んでいた興奮が一気に上昇する。俺が理性を優先させるから大丈夫だろうと思ってるんだろうか?…少し
試してみるか。
 俺はフリーの右腕を伸ばして晶子を抱き寄せる。それで終わらず、右腕で抱えた晶子の身体を俺の正面に移動させる。晶子と密着したまま正面で向き合う
格好だ。続いて晶子の唇を俺の唇で塞ぎ、舌を差し込みつつ右手で胸を丹念に揉む。左手は晶子の手を取ったままだから逃がさない。
 晶子の荒い呼吸に断片的に声が混じるのを聞きながら、俺は右手を胸から腰回り、臀部、太もも、腹へと思いのままに移動させて存分に感触を堪能する。
こうすることで理性の臨界点を突破するのを事前に発散させて防止するのも兼ねている…というと言い訳だろうか。

「はぁ…。」

 俺が塞いでいた唇を離すと、晶子は嬌声に近い溜息を洩らして俺に身体を預けてくる。晶子の空いている左手は俺の胸に当てられている。晶子の吐息が
俺の首筋に早い周期で吹きかかってくる。

「俺は…男だからな。それに…口だけじゃない。」
「ええ…。分かっています…。一緒にお風呂に入っている以上は…そうなることも承知の上です…。」

 さっきの俺の攻めで、晶子も俺が理性のタガを外してことに及ぶことは想像出来ただろう。今は誰も居ないとはいえ、良く通る声の晶子をこの広い風呂場で
喘がせたら廊下にまで響く可能性があるし、それを考えると気恥ずかしいことが最後のストッパーになっている。だが、俺は修行僧でも何でもない普通の男。
性欲はきっちり存在する。しかも、客観視してもスタイルが良い晶子が全裸でくっついて肌の滑らかさや身体の柔らかさを感じさせ続ければ、性欲は高まって
当然だ。理性が臨界点を突破すれば後先考えず激しく攻めるだろう。

「夫が性的関心を妻に向けなくなる…所謂セックスレスは…妻が妻であることに安穏として怠慢なことが原因だと思うんです…。」
「結婚したばかりなのに、もうセックスレスの心配か?」
「決まった曜日の夜しか受けない…、自分の都合を最優先して夫の欲求を受けない…、そういった怠慢は妻になって早々から戒めていかないといけない…。
そう思うんです…。」

 大学の一般教養で、日本の夫婦のセックスレスはかなり深刻と知った。晶子と付き合い始めてまだ日が浅い頃だったからセックスはまだ先のことだろうと
漠然と聞いていたが、晶子と暮らす時間が長くなり、夜の回数が増えたことで、セックスレスの問題を我が身のこととして考えるようになった。
 今がセックスレスかと言われれば全く逆だ。3年の後期、晶子が弁当を作ってくれるようになったあたりに絞ると、夜がないことは少ない。2日3日と連続する
ことは珍しくないし、1日当たりの回数も1回きりじゃない。これでセックスレスというなら世の中の夫婦の殆どはセックスレスと言えるくらい頻繁にしている。
 だが、今は性欲旺盛な時期で晶子も積極的−昼間の貞淑な様子とのギャップに性欲をそそられる−だから気にしなくて良いだけで、俺が晶子に飽きる
とか、晶子が面倒とか理由をつけて拒否するようになったら、セックスレスへの道が一気に開けるんじゃないだろうか。人間だから時々相手とのセックスに
気分が乗らないことはあるだろうが、毎回拒否されたら俺はやがて晶子を女として見なくなるだろう。それはセックスレスへの王道の1つだ。
 この頃は女性の権利意識の肥大やそれを煽る女性誌の影響で、夫婦生活も女性次第という面が強調されることが多い。夜の営みも女性の意思次第で
家庭内レイプとか意味不明だ。その結果セックスレスになって今度は夫が妻を女性と見ないとかいうのは失笑ものだ。夫唱婦随ぶり−俺は協力関係の1形態
だと思ってる−で時折大学内で批判を受け−それこそ夫婦の問題であって余計な御世話だ−、そのたびに女性側の問題を指摘や反論していることと、この
旅行の直前は女性側の都合で俺や周囲を振り回したことへの強い自戒が、今の挑発的ともいえる積極さに結びついているんだろう。

「今の晶子に飽きるってのはもったいない話だな。何処を取っても最高だ。」
「ん…。嬉しいです…。」

 褒めながら晶子の身体を、今度は下から上へと右手を動かしてじっくり堪能する。晶子は熱い吐息で声を出すのをこらえている。

「俺はそれほど器用じゃないから、次から次へと女性にちょっかい出してつまみ食いなんて出来ないし、しようとも思わない。ただ、これから夫婦をやっていく
上でセックスレスの問題はきちんと捉えておくべきではあるな。」
「ええ。夫婦だから許される刺激や新鮮さを大切にしたいですし、色々試してみる必要があると思って…。」
「それが今の状態なら、刺激や新鮮さは申し分ないけど、ちょっと冒険しすぎじゃないか?」
「昨日、お風呂から上がった後で祐司さんが、めぐみちゃんが居なかったら襲ってた、って言いましたよね?」
「ああ。」
「私が祐司さんの家に半ば住み込むようになっても、一緒の入浴は未経験でしたから、この機会に踏み出してみようかと…。」

 晶子の言うとおり、年明けあたりから晶子と居る時間がより長くなって、後期試験の頃には半分一緒に住んでいる状態になった。その分夜の頻度はぐんと
増したが、風呂は別々のままだった。
 意識しなかったわけじゃない。風呂場から聞こえてくるシャワーの音やドアの曇りガラス越しにぼんやり見える晶子の裸体を見聞きする機会は何度も
あったし、それで興奮して夜が激しくなることもよくあった。ドア越しに晶子を見るうちに、思い切って入ってみることが頭をよぎることもあったし、晶子の性格
からして驚きはしても嫌がることはないだろうと思っていた。
 だが、やっぱり歯止めが利かなくなると思うと決行出来なかった。カップルや夫婦の生活の一環として一緒の入浴もセックスがあって、それらが前提になって
しまうような気がした。それだと愛人関係や性風俗と大差ないし、何より…男の側はセックスに対して繋がりというのか連帯感というのかそういうものが連動
するが、女の方はそうとも限らないということを前の苦い経験で学んだからだ。

「家に居た時、晶子が風呂に入ってるところに俺が入ってきたら、どうしてたと思う?」
「少しは驚いたでしょうけど…、拒否することはなかったと思います。実は…お風呂に入っている時、何度かドア越しに祐司さんの気配を感じていたんです。
もしかしたら入ってくるのかな、と思ってました。」

 気づいてたのか。気配のメカニズムは知らないが、誰かが物陰に居るとか背後に居るとか、本人は身を潜めているつもりでも意外と知られていることが多い。
家の風呂場のドアはたいして厚みがないし、俺が晶子の入浴の様子を見ることが出来るということは、晶子も俺がドアの前に立っているのを見ることが出来る
ことでもある。身体や髪を洗っている時、ふと背後に気配を感じたら俺がドアの向こうに立っていた、という経験を晶子は何度もしていたようだ。

「私は…、祐司さんが他の女性の裸やセックスで興奮するより、私で興奮してほしいんです…。ですから、私とのセックスにある意味味を占めるのは…むしろ
好ましいことと思ってます…。」
「今の状況は刺激や興奮の材料がてんこ盛りだ。はっきり言って…、したい。」

 俺の前から抱きついている晶子の弾力も滑らかさも、蒲団の上で感じるものと同じはずなのに初めてのような錯覚さえ覚える。解放感やある種の背徳感も
相俟って、興奮のピークすれすれのところに居る。何かの拍子に臨界点を突破してもおかしくない。すぐ後ろに広がる広大な床の一部に晶子を横たえて、
表面だけでなく全てを堪能したいという強烈な誘惑が、俺の琴線をくすぐり続けている。

「無理に我慢しないでください…。」
「此処での興奮を溜めるだけ溜めておいて…、部屋に戻ってから存分に晶子に向けようか、と。」

 半分は本当で半分は誤魔化しだ。晶子は拒否するどころか誘っている感すらあるし、今は改めて脱がすまでもなく全裸だから始めるのは簡単だ。だが、
此処での興奮を部屋に戻ってからの営みで発散するのも良いかと思う。後のお楽しみはその魅力の分だけ期待感が増す。

「夜は長いんだし、な。」
「お任せします…。」

 晶子は俺に完全にまたがり、身体をより密着させる。わざわざ湯船から出なくてもこの場で始めようかという誘惑がきついが…、やっぱりここは我慢しよう。
その分、部屋に戻ってから味わわせてもらうとするかな。
 暗い室内に早い呼吸音だけが消えては浮かぶ。俺は布団に身体を投げ出して天井をぼんやり眺めている。視線だけ隣に向けると、晶子が口を少し開いて
横たわっている。
 風呂での強烈な刺激で励起された興奮をどうにか部屋まで封をして保ち、鍵をかけて電気を消してから解放した。新婚初夜という位置づけで酒が入って
いた一昨日や、めぐみちゃんが寝ている近くで声を殺した昨日とはまた違う、欲望の赴くままの激しく夜だった。上になり下になり、動き動かし、思いつく
すべてのことをしたりさせたりした。俺は晶子の内にも外にも絶頂に達した証を放出した。同じく興奮を溜めこんでいたのか何時も以上に淫靡に乱れる晶子に
興奮を何度も再燃させ、後半では腰が立たなくなった晶子を思うがままにした。
 どれだけ時間が流れただろうか。晶子が懸命に上体を起こす。まだ腰が立たないらしく、腕だけを使って少しずつ。普段の何倍も時間をかけて上半身を
起こした晶子は、前に流れた髪をかき上げる。微かに差し込む月明かりで、晶子の白い身体とそこに俺が浴びせた飛沫が異なるきらめきを生む。欲求を出し
尽くして燃え尽きた筈の本能の炭が、再び燃えようと熱を帯びてくるようだ。

「祐司さん…。激しかった…。」
「風呂場で我慢しただけのことは…あっただろ?」
「はい…。凄く…。」

 ささやくような声でも会話が成り立つのは、部屋がそれだけ静かな証拠だ。俺の家も静かな方だが、今居る宿の一室は静かな上に広い。その分同じ音量
でも拡散して小さくなってしまう。晶子は俺の胸に左手を添えるように乗せて俺を見る。

「祐司さんは…、夜も凄く私を大切にしてくれて、注意を払ってくれてますね…。」
「結構…色々してると思うけどな…。」
「それでも…、暴力的という意味での滅茶苦茶は絶対しない…。もっと激しいことをしたりさせたりしても不思議じゃないのに…そうしない…。それは、私を
単なる性欲解消の玩具としなくて…、私を大切にしてくれている証拠です…。」

 俺は晶子を大切にしているつもりだ。それが無意識に夜に様々な制限、これはさせられないとかこれは嫌がるだろうとか思うことはしないストッパーになって
いるんだろう。晶子は性欲解消の対象ではあるが、晶子以外にむけることはしない。だから時に意思確認をする。それが晶子には俺をすべて受け止めるに
足る労りや気遣いに感じられるんだろう。

「これからももっと…、私を使ってください…。今日みたいに…。」
「たまには…そうするかな…。」
「どうして?」
「晶子の腰が立たなくなるほど攻めたら…、翌朝晶子の食事や弁当がお預けになるから。」

 晶子は意味が分かって嬉しそうに微笑む。俺の精力も持たないだろうし、翌朝以降の食事や弁当がなくなるのはそれこそ味を占めているだけに厳しい。
これが…胃袋を掴まれたって言うんだろうな。

「今でも俺が激しく攻めた翌朝は眠そうにしてる時があるし…、あながち出鱈目な推測でもないだろ?」
「はい…。体力をかなり削られますから…。」

 今日ほどではないにしても、興奮の度合いが高いと激しくする。その翌朝晶子は俺より早く起きてはいるものの、時折欠伸をしたり気だるそうなところを
見せる。大学がある平日だと家を出る頃には持ち直すが、休日だと一仕事終えた後で転寝をすることもある。レポートを作る俺を気遣ってか机に伏したり
ベッドの脇に凭れて寝ているところを見つけると、俺はベッドに運んで寝かせておく。

「でも…、祐司さんには、私を優先させるあまり我慢はしないでほしい…。」
「ストレスになるほど我慢してない。普段は普段で十分満足してる。今日は事前に興奮の燃料を大量に詰め込んだせいで特別激しくしただけだ。晶子は…
満足してるか?」
「はい…。毎回凄く満足してます…。」
「俺だけ満足してても意味ないからな。」
「嬉しい…。」

 晶子は満足と幸福が溢れる微笑みを浮かべる。俺が頬に手を添えると、俺の胸に置いていない右手を被せて愛しげに頬ずりする。俺は晶子から手を
離さずに、いくばくか回復した体力を動員して上体を起こす。間近で見る傷一つない晶子の身体には、彼方此方に俺が最後に放出した飛沫が付着している
のが分かる。

「風呂に入った意味が…なくなったな。」
「明日の朝にでも…シャワーを浴びれば良いことです…。これも…今日だけのことじゃないです。」
「そうだな…。」
「私で興奮した祐司さんが、私に向けて放った愛の証…。幸せとは思っても不快に思う理由は何もありませんよ…。」

 晶子は俺の胸に左手を当てたまま、俺の右手に手を添えて頬ずりを続ける。幸福感と満足感に浸りきった表情だ。俺は晶子のウエストを抱え込み、少し
ずつずらすように動かして俺の前に持ってくる。食後に茶を飲んだ時と同じように、俺が晶子を後ろから抱き込む形になる。俺も晶子も全裸の今、晶子の肌の
感触とぬくもり全てを抱き込んでいるようだ。

「祐司さんが…凄く大きく感じます…。」
「自分でしておいて何だが…、これは結構良いな。」
「私も…凄く安心出来る…。温かくて…気持ち良い…。」

 茶を飲んだ時と同じように晶子のウエストに腕を回しつつ、晶子の首筋や肩に軽く唇をつける。晶子は俺に身体を預けて少し呼吸を早くする。少しの間唇を
つけた後、俺は晶子を抱きかかえることに専念する。晶子は俺の肩に後頭部を完全に預け、傾きだけ変えて俺を見る。完全にリラックスして俺に全てを委ねて
いる。

「このまま…寝てしまいそうです…。」
「寝ても良いぞ。」
「でも…、何だか今寝るのは惜しい気がします…。」

 普段の夜は俺が攻めるにしても晶子が求めるにしても、全力を使って終わったら蒲団だけ被って寝ることが殆どだ。今も体力は殆ど残ってないが、こうして
じっくり余韻を味わうのも良いもんだ。晶子のウエストを抱きながら、唇と右手を晶子の身体に這わせる。耳元直ぐ傍で、晶子の少し早い呼吸音が時々声を
交えて聞こえてくる。
 晶子の右手は自分の身体をなで続ける俺の右手に添えられている。動きを止めようとする様子は全くない。あれほど激しく入念に味わい、思うがままにした
後なのに、晶子にもっと触れたい、もっと感じたい。営みの時とは異なる感情と欲求が、全てを出し尽くして普段なら寝こけてしまうところを覚醒させ続け、
晶子に触れて感じ続けている。

「冷えるか?」
「いえ、全然。背中から祐司さんの温もりが全身に染み込んでくるから…。」
「俺も晶子を抱いていて、温かい。」

 部屋は空調が利いているが−普通のエアコンと同じで好みで変えられる−、抱いている晶子の感触すべてが気持ち良くて、そちらに意識が集中している。
軽々抱えこめる華奢な外郭に豊富な弾力がたっぷり詰まっている晶子。俺に全てを委ね、安心しきっている晶子。陳腐な物言いだが、このままずっとこうして
いたい。
 晶子の吐息が、何時の間にか速い口呼吸から規則的な寝息に変わっている。激しく何度も攻めたから、体力を使い果たしたんだろう。俺はというと全精力を
出し尽くした筈なんだが、一糸纏わぬ晶子を背後から抱いて全身に触れていたら幾分持ち直している。だが、晶子が寝ているのに攻める気にはなれない。
 俺は晶子を敷布団に寝かせて掛け布団をかける。俺はその布団に潜って晶子の寝顔を見つめる。晶子の寝顔を見るのはあまりない。夜を終えたらほぼ
同時に寝るし、朝は殆ど晶子が先に起きている。歌か何かで「俺より先に寝るな」という節を聞いた覚えがあるが、晶子はそれを実践してるように思う。
 俺と自分を既婚と公言し、法律的に裏付ける一歩手前まで持ち込んだ晶子。見てのとおりの冴えない貧乏学生の俺にひたすら尽くす理由は、どう考えても
金目当てじゃない。わずかばかりの金を得るために食事や弁当を作ったり、半ば住み込んだり、何度も身体を許すどころかこれ以上ないほど開放する必要は
ない。金のためならあまりにも割に合わない。
 晶子を抱き寄せ、俺の肩口を枕にさせる。俺の胸の中でぐっすり眠り続ける晶子が、心身両面を俺に捧げる献身ぶりに徹する理由はやっぱり分からない。
だが、俺は晶子をずっと独占して居たい。晶子を知っているのは俺だけで居たい。互いを独占することで互いに幸せに思って満足するなら、それで良い。

Fade out...

 …朝、か。窓から差し込んだ日差しが部屋を陽転させている。ふと隣を見ると、茶色がかった長い髪で顔の大半を隠した晶子が居る。晶子より先に目が
覚めて、晶子はまだ寝入っているなんて滅多にない。興奮が大幅に増していたとはいえ、激しく何度も入念に攻めたからな…。俺は晶子を起こさないように、
腕だけ布団から出して枕元あたりを弄る。…あった。アラーム役の携帯を枕元に置くのが習慣化していて助かった。
 時間は…6時半頃。普段晶子に起こしてもらっている俺からすれば異常に早い目覚めだ。揃って仲居のノックにも気付かないものかと思ったんだが…。
朝飯が運ばれてくるのは7時半頃だからまだ余裕はあるが、晶子は起きそうにないな。

「ん…あ…。」

 寝言から声が覚醒時のものへ急変する。晶子が俺の肩口から顔を上げる。何時も朝に見るものとは違い、開ききっていない瞼は眠気を含んでいる。

「おはよう。」
「おはようございます。…寝過ごしちゃいましたね。」
「大学に行くわけでも、弁当を作るわけでもないから良い。…眠たそうだな。」
「ええ。正直言って眠いです…。」

 普段ははきはきしているしている喋り口調にも気だるさが多分に漂っている。俺の胸に両手を乗せて乗りかかる動きも緩慢だ。こんなに夜の営みの余波を
引っ張る晶子を見ることはあまりない。

「起きられるか?」
「多分…。」
「一晩寝ても回復しきってないか。」
「一晩では回復しないほど体力の殆どを奪われましたから…。」

 それを言われると何も言えない。かく言う俺はどうか。試しに晶子を乗せたまま両腕を敷布団に突いててこの原理で上体を少し起こしてみる。…起こせる。
普通に動く分には問題ないくらいまで回復しているようだ。攻める方がメインだと回復が早いような気がする。

「もう少しこのままで居させてほしい…。」
「俺も起きられないかと思って少し試してみただけだ。」

 俺は腕の支えを徐々に外して再び横たわる。晶子は俺の胸に乗りかかって微笑む。乱れた髪の一部が顔にかかり、顔に付着したまま固まった俺の飛沫と
絡まる。こんな情景を見ると…晶子を激しくじっくり味わった数時間前の営みの余韻に浸って居たくなる。
 俺は晶子の髪に左手を差し込んで頭をなでる。晶子は微笑みながら俺の胸に頬をすり寄せる。普段は晶子に起こしてもらって一緒に食事をするから、
こうして余韻に浸ることは少ない。昼と夜の違い、他で見せる顔と俺の前で見せる顔の違いが興奮を呼び起こすが、こういう時間は満足感や幸福感が強い
ように思う。
 昨日風呂に入った時にセックスレスの話が出たが、一定の作業だけこなしておしまいとするルーチンワークに陥ることもセックスレスに繋がる。ある曜日に
ベッドに入ってセックスして終わりとしても性欲を満たして処理出来るが、相手は誰だって良いんじゃないかという話になる。その疑問がやがて相手への
愛情を途絶えさせるし、この相手でなくても良いと別の異性に走ることにもなる。
 確かに晶子が半ば住み込むようになって夜の頻度は増したし、晶子以外の女性とセックスすることは考えたことはない。だが、ともすれば性欲を処理、処理
とはいかなくても発散のために晶子を使ってスッキリしていたような面は否めない。この相手と愛情をぶつけあったと確認するのはセックスだけじゃなくて、
その後話したり戯れることも大切だな。これから眠くても疲れていても、こういう時間を積極的に持つようにしよう。
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