雨上がりの午後

Chapter 121 楽祭の後で

written by Moonstone


「さて、残るは機材の搬出だ。気合入れていこーう!」
「「「「「「「「おー!」」」」」」」」

 桜井さんの言葉で気持ちを切り替え、機材の搬出にかかる。
俺はまず自分の相棒、エレキとアコギの配線を外してそれぞれソフトケースに仕舞い、一先ずスタンドに立てかけてからシンセサイザーの片付けを手伝いに行く。
会場のスタッフが続々と入ってきて、ピアノとドラムという大きな楽器の搬出にかかる。
俺は晶子と潤子さんと協力して配線を外し、シンセサイザーをハードケースに仕舞い、その内一つを俺が持ってステージを降りる。
 俺は胴が薄いエレキを背負い、アコギを手に持ってステージから会場の外へ出る。外は照明が点々と灯っているとは言えすっかり真っ暗だ。
往路で熱を出してフラフラだったが故にマスターの車の位置を憶えていなかった俺は、店の関係者が出てくるのを待つ。
最初に出てきたのはギタースタンドや配線の束を持った晶子だった。

「晶子。マスターの車の位置って分かるか?」
「ええ。こっちですよ。ついて来てください。」

 俺は晶子の先導を受けて、暗いが車がぎっしり詰まった駐車場を歩いていく。何だか迷路を歩いているようだ。
他の車に楽器をぶつけないように気を付けて歩いていくと、見覚えのある車が見えてくる。
 晶子は車に向かってキーのボタンを押す。マスターからキーを預かったんだろう。
ガチャッという音がしてロックが外れ、晶子がトランクを開ける。俺はその中にシンセサイザーが入ったハードケースを入れる。
そして晶子がギタースタンドと配線の束を端の方に詰め込む。ギターは抱えて車内で運搬するからとりあえず俺の役割はここまでだ。
 俺はギターを後部座席に乗せて、マスターと潤子さんが来るのを待つ。
マスターがサックスの入ったハードケース2つとシンセサイザーの入ったハードケースを、潤子さんが音源モジュールの入ったラックと折り畳まれた
キーボードスタンドを持って来る。

「よく分かったな。」
「晶子が案内してくれたんです。」
「よし、機材をトランクに詰め込み、詰め込み・・・。」

 マスターと潤子さんに協力して、シンセサイザーとサックスの入ったハードケースをトランクに収め、マスターがトランクを閉める。
晶子がマスターに鍵を返すと、マスターはトランクの鍵を締める。

「あとは大助と賢一の搬出待ちだな。ま、じきに終わるだろう。」
「あなた。その間に集合場所へ行ってましょうよ。」
「そうだな。祐司君、井上さん、行こう。」
「「はい。」」

 俺と晶子は、マスターと潤子さんの後に続いて、集合場所になっている搬入口へ向かう。
既に桜井さんと勝田さんが来ていた。搬出口からはピアノや分解されたドラムやパーカッションが運び出されてくる。
そして近くに駐車されていたトラックに積み込み、ロープで固定してからビニールシートで包む。確かに直ぐ終わった。
機材搬出を誘導していた青山さんと国府さんが駆け寄って来る。

「これで全員揃ったかな?」
「念のために点呼でもするか。まず、明。」
「隣に居るだろうが。」

 桜井さんがマスターの頭を軽く引っ叩く。それを受けて笑いが起こる。

「んじゃ次、大助。」
「ん。」
「賢一。」
「はい。」
「光。」
「はい。」
「これでプロ側は全員揃ってるわけだな。こっちも全員揃ってるからOKだ。」
「よし、それじゃ2時間後に胡桃町駅西口に集合ということで。」

 マスターの点呼が終わると桜井さんが予期しないことを口にする。この先何かあるって話は聞いてないぞ。

「あの・・・。この後何かあるんですか?」
「あれ?文彦。お前、言ってなかったのか?」
「ん?ああ、こういう時にはつきものだから言うまでもないか、と思って。」
「いい加減な奴だなぁ、まったく。あ、安藤君。打ち上げだよ、打ち上げ。」

「打ち上げって・・・。」
「花火を打ち上げるわけじゃないよ。」
「そんなことくらいは分かります。それより俺と多分ま・・・井上さんもそうだと思うんですけど、お金持ってないんですけど。」

 確かにこういう盛大な「祭り」の後には打ち上げが事実上不可欠なのは分かっている。
俺だって高校時代にバンドに入っていたから、ライブが終わったら喫茶店に繰り出して−この辺が高校生らしいな−乾杯して飲み食いしたもんだ。
だが、その時は勿論割り勘だった。マスターの伝達ミスとは言え金を持っていない俺と晶子はどうすりゃ良いんだ?

「あー、お金のことは君と井上さんは心配しなくて良い。年長者集団が支払うから。」
「そんな・・・。」
「申し訳ないです。」
「遠慮しなくて良いよ。君達二人のお陰で今回のコンサートが成立したようなもんだから。それより君達、酒は飲める?」
「一応・・・。」
「嗜む程度ですけど・・・。」
「それじゃ問題なし。じゃあ文彦。若人二人と潤子さんを頼むぞ。」
「了解。道中気を付けてな。」
「そっちこそ。」

 何だか俺と晶子の知らないところで話は進んでしまっている。良いんだろうか?晶子は兎も角、俺なんて当日に高熱出して周囲を慌てさせたっていうのに。
今回のコンサートだって、誰一人欠けても成立しなかったものだと思うんだが。
 桜井さん達は俺達の方に手を振って、トラックや駐車場の闇の中に消えていく。
2時間というと結構時間があるな。一旦それぞれの家や「活動場所」に戻って待ち合わせ場所の胡桃町駅東口に集合、という段取りなんだろう。
・・・って、それより本当にこのままで良いのか?

「マスター。俺と晶子の分は・・・。」
「明と相談して決めたんだ。今回は祐司君と井上さんが居たからこそ出来た曲が多かったからってことで、打ち上げの費用は年長者が支払うってことにね。
君達二人の分を6人で分担するんだから、化け物みたいに飲み食いしない限り誰も文句は言わないから安心しなさい。」
「それじゃ、皆さんに申し訳ないと・・・。」
「晶子ちゃん。こういう時はね、年長者に甘えておくものよ。」

 晶子の言葉を潤子さんが笑みを浮かべて遮る。そういうもんなんだろうか?
今まで年長者というと親や教師、そしてマスターと潤子さんくらいしか接点がなかったから、面識こそあるが親交があるとは言えない人達にまで
自分の飲み食いの金を支払ってもらうのは気が引ける。

「さあて、俺達も一旦店に帰って片付けようか。」
「そうね。さ、祐司君、晶子ちゃん、行きましょう。」
「あ、はい。」
「・・・はい。」

 ここはどうもマスターや潤子さんをはじめとする年長者の厚意に素直に甘えるのが妥当なようだ。
俺は晶子の手を取って、先に歩き始めたマスターと潤子さんの後を追う。
 往路と同じ席、即ちマスターが運転席、潤子さんが助手席、晶子がマスターの後ろ、俺が潤子さんの後ろの席に座って、マスターがシートベルトをしてから
車のエンジンをかける。軽い衝撃に続いて車のアイドリングが始まり、ヘッドライトが灯る。
 車はゆっくりと駐車場内を走行し、往路と同じ細い道に出てから大通りに出る。その段階でマスターはスピードを上げる。
そうしないと他の車の邪魔になるのは、外のヘッドライトの流れを見れば明らかだ。

「祐司君。熱の方はもう良いの?」
「あ、はい。もうすっかり大丈夫です。心配かけてすみませんでした。」
「治ったなら良いのよ。祐司君一人だけ家に置いて打ち上げに行く、なんて出来ないものね。」
「私も一緒に居ます。」
「あ、そうか。祐司君が欠席だと晶子ちゃんも必然的に欠席になるんだっけ。二人が居ないとつまらなくなるわよね、あなた。」
「まったくだ。何のための打ち上げか分からなくなる。」

 まさかとは思うが、俺と晶子を酒の肴にしようって魂胆じゃあるまいな。・・・まあ、考え過ぎということにしておこう。
俺は溜息を吐きながら背凭れに凭れかかる。打ち上げがあると聞いたせいか、全てが終わったという実感があまり湧いて来ない。
こういう気分は高校時代のバンドでも感じたな・・・。
 車は暫く大通りを疾走した後、見慣れない風景の中に入っていく。普段通らない道の上に外が暗いから余計そう感じるんだろう。
暫く走っていくと見覚えのある道に入り、やがて小高い丘の上に立つ白い建物、Dandelion Hillが見えてくる。車はその裏側へ入っていく。
 マスターがバックで車を入れた後、ライトを消してエンジンを止める。
俺はギター二つを抱えて車から降りる。そしてエレキを素早く背中に背負って、マスターが開けたトランクに手を突っ込み、シンセサイザーのハードケースを
1つ取り出す。
 トランクに詰め込んだ時と同じ要領でそれぞれが荷物を持って、マスターが玄関の鍵を開けてドアを全開する。
マスターに続いて中に入ると、廊下を抜けて店に出る。
マスターが店の照明を点ける。そしてステージに上って俺は一旦シンセサイザーのハードケースを置いてギターのソフトケースからギターを取り出して、
晶子が置いたギタースタンドに立てかける。
 そして最も厄介なシンセサイザー周りの「復元」に取り掛かる。
まず潤子さんがキーボードスタンドを元に戻して置く場所を確保し、シンセサイザーの入ったハードケースを開いてシンセサイザーを取り出し、
落とさないように気をつけながらスタンドに置く。続いて配線の束からガムテープで作った簡易ネームプレートにしたがって、配線をそれぞれの場所に
取り付けていく。こんがらがらないように注意しながら。
 4人がかりならそれほど時間はかからない。
配線は元どおりになり、念のため潤子さんが電源を入れてシンセサイザーの音が出るか、音源モジュールの切り替えがシンセサイザーから出来るか
−これで様々な音色を出していたわけだ−を確かめる。
少しの間色々な音が出た後、潤子さんは何度か頷く。どうやら問題なしのようだ。

「よーし、これで全部OKだな。一先ずお疲れさんでした、っと。」
「まだ時間もあることだし、皆で一服しましょう。」

 今度は潤子さんを先頭にして店の奥へ向かう。途中で最後尾のマスターが店の照明を消す。
潤子さんはダイニングの照明を点けると、手早く4人分のコップを用意してそこに氷を入れ、冷蔵庫から取り出した麦茶を注いで4つの席の前に置く。
俺と晶子は何時ものとおり−何時ものとおりとなっているところが何とも・・・−マスターと潤子さんと向かい合う形で座る。
 そしてそれぞれコップを手に取って麦茶を飲み、ほぼ同時にコップから口を離して、ふぅ、と溜息を吐く。
思わず口元が綻ぶ。それは晶子もマスターも潤子さんも同じだ。
三人共額に汗の玉が浮かんでいて、何本か頬を伝った跡がある。
俺は額を拭ってみると、手が汗でべっとりと濡れる。
ただでさえ熱い照明の熱を浴びながら、ステージを行ったり来たりして力の限り演奏したんだ。汗をかいていて当たり前か。

「ははは。あれだけ派手に動き回ったんだ。皆汗びっしょりさ。」
「祐司君は汗をかいたから余計に良かったんじゃない?熱を下げるには汗をかくのが一番だから。」
「そうですね。・・・迷惑かけてすみませんでした。」

 俺はマスターと潤子さんに向かって頭を下げる。

「まあ確かに一時はどうなることかと思ったが、無事終わったんだからそれで良いさ。結果オーライってやつだな。」
「祐司君。今は本当に大丈夫?」
「ええ。もうすっかり。」
「なら良いわ。マスターの言ったとおり、結果オーライってことで。これ以上この件については言いっこなし。ね?」
「・・・はい。」

 俺ははっきり答える。口元が自然と緩むのが分かる。
見逃してもらったぜ、とかいうものじゃなくて、俺は人に恵まれている、と感じて心が温かくなったからだ。
マスターも潤子さんも、熱を出してフラフラで来た俺を心配こそすれ、叱咤するようなことはしなかったよな。そんな心遣いが本当に嬉しい。

「でも、誰か一人にはきちんとお礼を言っておくべきじゃない?」

 潤子さんに言われてはっとする。
そうだ。俺は一番心配をかけた、そして助けてくれた人にまだ一言も礼を言ってないじゃないか。俺は晶子の方を向いて頭を下げる。

「迷惑かけて悪かった。」
「迷惑だなんて・・・。心配はしましたけど、ちっとも迷惑とは思わなかったですよ。」
「晶子・・・。」
「それより、熱が下がって良かったですね。祐司さんも頑張ったコンサートの打ち上げで、祐司さんだけ具合の悪い身体で打ち上げに出ることになったり、
打ち上げに出られなかったりしたら、私もつまらないですけど、祐司さんが一番つまらないですからね。」

 何て心温まることを言ってくれるんだろう・・・。
コンサートが始まるまでずっと俺の傍に居てくれて、一時耳が満足に聞こえなくなった俺のまさに耳とメトロノームになってくれた晶子。
俺は晶子の右手を取って両手で包むように握る。晶子は優しい微笑みを返す。晶子が本当に愛しい・・・。
 何か視線を感じる。
ゆっくりと視線を感じる方向を向くと、腕組みをしたマスターと頬杖をついた潤子さんがじっと俺と晶子を見ている。
俺は慌てて晶子から手を離して正面に向き直る。

「何だ。もう終わりか?」
「私達に構わないで続けて良いのよ。」
「・・・何言ってるんですか。二人揃って。」
「・・・。」

 チラッと晶子を見ると、晶子は頬を赤くして俯いている。
俺は何とも気まずいものを感じ、それを誤魔化すために麦茶を飲む。
ちょっとぬるくなった麦茶を口に流し込みながら前を見ると、マスターと潤子さんがいかにも残念と言った表情でコップを傾けている。
俺と晶子は見世物じゃないんだぞ。・・・まあ、さっきのは格好の見世物になっていたとは思うが。
 気まずいとしか言いようのない空気の中、俺と晶子はちびちびと麦茶を飲む。
マスターはさっさと飲み終わって額の汗を拭い、潤子さんは悠然と麦茶を飲んでいる。
再開するならどうぞご自由に、と暗に言っているような気がしてならないのは気のせいじゃないだろう。
かと言って、俺がマスターと潤子さんを攻撃したところで軽くいなされるのがオチだしな・・・。
 全員が麦茶を飲み終わったところで、潤子さんが全員のコップを集めて流しに持っていく。
そしてコップを洗い始めたところで、俺と晶子の方を向く。

「祐司君、晶子ちゃん。まだ時間あるから、上で休んでらっしゃいよ。」
「休むって・・・。ここに座ってれば十分ですよ。」
「晶子ちゃんはそれでも良いかもしれないけど、祐司君は熱出して体力が落ちた状態でコンサートに出たわけでしょ?だから1時間くらい寝てらっしゃい。
時間になったら起こしに行ってあげるから。」
「大丈夫ですよ。」
「祐司さん、行きましょう。」

 晶子がやおら席を立つと俺の手を取ってダイニングから出ようとする。
俺はそれに引っ張られて席を立ち、晶子に引っ張られるままにダイニングを出て、階段を上っていく。
晶子、もしかして怒ってるのか?別に潤子さんは俺と晶子を邪魔者扱いしてはいない筈だが、晶子の気に障ったんだろうか?
この辺、俺の頭では理解し辛いものがある。
 晶子に先導されて、泊り込みの時に俺が使わせてもらっている部屋に入る。
晶子は電灯を点けて部屋の中央辺りまで来るといきなり座る。俺もつられて前につんのめるように座る。
すると晶子の手が俺の頭を抱えるように持ち、そのまま横に倒す。これって・・・膝枕じゃないか?!
 俺が姿勢を変えて仰向けになると、晶子は優しい微笑みを浮かべて俺の頬をそっと撫でる。
それで一気に俺は抵抗する気力を失い−最初からあったのか、と言われると困ってしまうが−、折れ曲がっていた足を伸ばして楽な姿勢になる。
呼吸も急速に落ち着いていく。
 そういえば・・・晶子に膝枕されるのって、これが初めてじゃないか?少なくとも記憶を辿れる限りでは思い出せない。
少なくとも俺は、最初のことは何でも少なからず心に焼き付くものだから−宮城と初めてキスをした時だってそうだし、晶子と初めて寝た夜もそうだ−、
多分これが初めてなんだろう。
三度寝た経験があるくせに膝枕されるのは初めて、っていうのはちょっと妙な話かもしれない。
 ・・・まあ、そんなことはどうでも良いか。
枕とは違う弾力と良い感触が睡魔を活気付かせる。晶子の微笑みに霞がかかってきた。
このまま自然の流れに任せるのも良いだろう。そんな気がしてきた・・・。

Fade out...


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