雨上がりの午後

Chapter 105 冬空の下の再会と楽宴−2−

written by Moonstone

※本文中「♪」で始まる文節は、本作品作者Moonstoneの作品です。

「それじゃ次はちょっと火照ったハートを鎮めてじっくり聞いてもらおうか。曲は『心あるがままに』。聞いてくれよな!」

 拍手と歓声が沸き起こる中、宏一のスティック音が響く。
そして俺と渉が白玉中心のバッキングを始め、そこに勝平がピアノのフレーズを入れる。
この曲も作詞が耕次で作曲が勝平だ。さっきまでとは打って変わって落ち着いた感じの曲調が、拍手と歓声を自然と鎮めていく。
4小節のイントロが終わりに入ると、耕次がマイクを構える。

♪何時も俺は黙っていたよ 君の声を聞くために
♪何時も俺は見詰めていたよ 君の姿を見るために
♪近付きたくても近づけない 近付きたくても近付かない
♪俺の心が露になるのが怖かったから
♪君の呼びかけに背を向けた 君の視線から目を逸らした
♪だけど気持ちを偽るのはもう止める 今沈黙を破るよ
♪心あるがままを君に伝えるために

♪弱い奴と罵るだろう そうさ俺は弱い奴
♪自分の心を抑え続けた弱い奴
♪I Love Youを伝えた後は構わない
♪心あるがままを君に伝えたのなら 俺は満足だ

 耕次のヴォーカルに続いて勝平のピアノソロが入る。ここじゃギターは完全に脇役だ。
だが、こういう曲はキーボードを入れた俺達のバンドだからこそ出来る曲だ。脇役に徹する時は徹するに限る。
勝平の綺麗な、そして切ないピアノソロが胸に響く。4小節のソロが終わりを迎える頃、耕次がマイクを構える。

♪だけど虫の良い本音が言えるなら
♪俺の心が君に届いて欲しい
♪逃げてた俺が言うのも何だけど
♪それが俺の願いだから

 宏一のシンバルのフラム(註:楽器をひたすら連打する、ドラムも基本奏法の一つ)に続いて、今度は俺がソロを始める。アームを効かせたメロディアスなソロだ。
俺はギターの弦の上で指を優しく躍らせる。
このソロは大切な「聞かせる」部分だ。ヴォーカルになったつもりでギターを歌わせる。

♪汚い奴だと嘲るだろう そうさ俺は汚い奴
♪恐怖から逃げ回り続けた汚い奴
♪I Love Youが聞けなくても構わない
♪心あるがままを君に伝えたのなら 俺は満足だ

 耕次のヴォーカルが終わると俺が主旋律を奏で、徐々にテンポを落として楽器部隊が全員揃って白玉で締める。バラードでよくあるパターンの締めくくり方だ。
楽器の音が消えるまでそのままの姿勢を保つ。音が消えると大きな拍手と歓声が沸き起こる。

「皆、聞いてくれてありがとう!それじゃ次は・・・」
「何をしておるんだ、君達は!」

 耕次が次の曲の紹介をしようとした時、野太い怒声が割って入る。
人垣を掻き分けて、スーツ姿の中年の男女数人が俺達の前に現れる。多分成人式の会場関係者だろう。
この場でスーツ姿といえば俺たち新成人を除けば会場関係者くらいしか考えられない。

「式にも出席しないで何をしておるかと思えば、外で大騒ぎしおって!何を考えとるんだね、まったく!」
「さっさと会場に入りなさい!まだ式は終わってませんよ!」

 どうやら式の出席者があまりにも少ないのを訝って外の様子を見に来たんだろう。それか入り口に近い受付の人が告げ口したか。
何にせよ、俺たちやこの集団を快く思っていないことだけは確かのようだ。
耕次が言った台詞じゃないが、「客」を取られて不愉快なんだろう。
その上原因が俺達の予告無しの、しかも会場前でのライブだとなれば尚更だろう。

「早くしなさい!まったく最近の若者は何時までも子ども気分で!」
「おい、ちょっと待て。此処でライブをやっちゃいけないって決まりでもあるのかよ。」

 耕次がマイクを通して大人達に尋ねる。否、その口調には明らかに抗議の意思が詰まっている。

「決まり以前の問題だろう!式にも出ないで大騒ぎしおって!」
「決まりがあるかないか聞いてるんだよ。人の言うこと聞けよな。」

 耕次が言うと、人垣から、そうだそうだ、という声が飛び交う。大人達の顔が歪む。痛いところを突かれたという感じだ。
若しくはたかが20歳の若造が、という思いから来るものか。両方かもしれないが。

「俺達は高校卒業の時、成人式会場に集合してライブをしようと約束して、それを実行したまでだ。そして俺達の演奏を聞いてくれてる此処に居る皆は
俺達が呼び寄せたわけじゃない。自主的に集まったんだ。」
「式に来たなら式に出るのが常識だろう!」
「じゃあ聞くけど、一体誰のための式なんだよ。あんたらのための式か?それとも式に呼んだお偉いさん方のための式か?」
「ぐっ・・・。」
「お偉いさん方の顔を立てるためにする式なんざ意味ねえよ。俺達のための式じゃないんだからな。そんな式に出ようが出まいが人の自由だろうがよ!」

 耕次の叫びに続いて人垣から、そのとおり、という声やブーイングが起こる。ブーイングは急速に大きくなる。大人達は周囲を見回しておろおろし始める。
高校時代の生活指導の教師と客の生徒との対決を思い出す。

「式に出ないのは此処に居る皆の意思だ。式に出るよりこっちの方が面白い、ってな。式に出て欲しけりゃ、それなりのプログラムでも準備しやがれ!
客を取られて俺たちに八つ当たりするんじゃねえや!」

 人垣からの、そうだ、そのとおり、という声やブーイングは益々大きくなる。
まさに四面楚歌の状況に陥った大人達は、辺りをきょろきょろ見回すばかりで何も出来ない。
高校時代は教師が恫喝して生徒が更に激しく抗議するという事態に発展したが、どうやら今回はそういうことはなさそうだ。

「さあ、分かったなら行った行った。ライブの邪魔だ!」

 人垣からの声やブーイングが、「帰れ」コールに変化する。その勢いは凄まじく、下手なシュプレヒコールを凌駕するものだ。
大人達は四方八方からの帰れコールに耐えらえなくなったらしく、まさしく逃げるように人垣を掻き分けてその場を去っていく。
大人達が逃げていったことで、「帰れ」コールが拍手と歓喜の声に変わる。

「皆、応援ありがとう!みんなのお陰でライブは続けられるよ!」

 耕次が明るい口調で呼びかけると、人垣から拍手と歓声が返ってくる。観客との一体感を間近に感じられるこういうライブも良いもんだ。
それに今回は客に助けられたと言っても過言じゃない。それだけ俺達のライブが気に入ってもらえたということだろうか。

「とんだ邪魔が入っちまったが、次行こう!曲は『DANGEROUS TIME』だ!」

 「DANGEROUS TIME」。作詞は耕次、作曲は俺の、バリバリのロックナンバーだ。
宏一のシンプルなフィルを受けて、俺はディストーションを効かせたバッキングを勝平と渉の白玉演奏プラス宏一のフィルに乗せる。
それを8小節分続けた後、宏一のドラムがハーフオープンのハイハットを使った8ビートに変わり、ロック色を強める。
勝平と渉もロックらしいバッキングを奏でる。それが8小節続いたところで、耕次がマイクを構える。

♪拳銃の音が聞こえる 女の絶叫が響く
♪とんでもない危険地帯に踏み込んじまった
♪人が駆ける音がこだまする 男の怒声が響く
♪何が起こっているのかさっぱり分からない
♪血の臭いが立ち込める 銃の白い煙が見える
♪俺に迫り来るのは Oh DANDEROUS TIME

♪HARD TO ESCAPE けど逃げなきゃやられちまう
♪HARD TO ESCAPE 此処は俺が居る場所じゃない
♪生き残るためには逃げるしかない
♪血と悲鳴の世界から逃げ出せ 生きて帰るために

 耕次の熱いヴォーカルが終わると、俺がライトハンドを駆使したソロを奏でる。こういう場面ではディストーションを効かせたギターがよく似合う。
俺はオーバーアクションを交えながら、客に演奏しているところをアピールする。
8小節のソロが終わりに近付くと、耕次が再びマイクを構える。

♪血塗れのDANGEROUS TIMEは 俺を追いかけてくる
♪血の海の荒神(あらがみ)を鎮めるために 生贄が必要なのか

 再び俺のソロが入る。ここでもテクニックを前面に押し出した格好だ。
こういう場面では目立つに限る。俺は耕次と同じ位置にまで踏み出して、耕次の隣でオーバーアクションを交えて演奏を続ける。
耕次は客と一緒に手拍子をしつつ俺に向かって小さく頷く。俺も頷いて、クライマックスへ向けてボルテージを上げる。
 最初のリフに戻る。俺と勝平と渉はそのままだが、宏一は激しくドラムを打ち鳴らす。ギターソロと並んでこの曲の目玉として俺が編み出したフレーズだ。
パラティドルや4WAYを多用した−乱用したとも言える−ドラマー泣かせのソロだ。
しかし、宏一は他の楽器部隊の音をバックに、一糸乱れぬフレーズを展開する。流石は宏一。女好きもドラムの腕も変わってないな。

♪血の臭いが立ち込める 銃の白い煙が見える
♪俺に迫り来るのは Oh DANDEROUS TIME

♪HARD TO ESCAPE けど逃げなきゃやられちまう
♪HARD TO ESCAPE 此処は俺が居る場所じゃない
♪生き残るためには逃げるしかない
♪血と悲鳴の世界から逃げ出せ 生きて帰るために

♪HARD TO ESCAPE 銃口が俺を狙ってる
♪HARD TO ESCAPE 此処は獣達の住む世界
♪生き残るためには逃げるしかない
♪血と悲鳴の世界から逃げ出せ 生きて帰るために

 耕次のヴォーカルが終わると再び最初のリフを鳴らす。それを16小節分演奏した後、ファイナルだ。
宏一が激しいフィルを叩き、残る楽器部隊の白玉に合わせてダブルクラッシュを決める。
そしてシンバルのフラムが鳴り響く中、俺と勝平と渉がアドリブを入れ、耕次のジャンプに合わせて音を止める。
 今まで以上に大きな拍手と歓声が、人垣から俺たちに向かって押し寄せてくる。
冷気が天然のエアコンみたいで心地良い。それだけ俺の身体が火照ってるってことだろう。これだけ激しい演奏を繰り広げれば熱くなっても無理はないか。

「皆、ありがとう!みんなのお陰でここまで来れたよ!」

 耕次の感謝の言葉に人垣が拍手や歓声や指笛で応える。ここが成人式会場の敷地内だということを忘れてしまう盛り上がりぶりだ。
手を休めている俺も心拍数の上昇は抑えられない。むしろ加速していく一方だ。

「皆と何時までも一緒に居たいけど、俺達の約束は演奏5曲と決まってる。だから次が最後の曲になっちまう!」

 観客から一斉に残念がる声をあげる。
俺だって続けられる限り続けたいが、何時かは区切りを付けなきゃならない。今回は次の曲で区切りをつけるというわけだ。

「その分ハートを込めた演奏をするぜ!曲は『HEARTFUL ROMANCE』だ!聞いてくれよな!」

 「HEARTFUL ROMANCE」。作詞が耕次、作曲が俺のラブバラードだ。耕次の奴、この曲を最後に選ぶとは・・・。
この曲は俺と宮城が付き合い始めたことを記念して耕次が詞を書いて俺が曲を付けて、宮城と付き合い始めて初めての校内ライブで披露した曲だ。
完全に吹っ切らせてやる、とでも言いたいんだろうか。ご丁寧なことを・・・。
 宏一のスネアとタムの同時打ちに続いて、俺のギターフレーズが始まる。高音部を意識して使った切ないイメージを目指したフレーズだ。
勝平と渉は白玉中心のバッキングに専念する。宏一は適時フィルを入れる。
8小節分のフレーズが終わりに近付くと、耕次がマイクを構える。

♪君の心に届けたい 俺の気持ちの全てを
♪雲を掴もうとするような思いが続いた日々に
♪ピリオドを打ったのは君の思いがけない言葉
♪だけど俺はまだ 君に想いを伝えていない
♪君の気持ちに任せっきりな日々が続いて
♪その心地良さに安住していた

♪だけど言わなきゃ駄目だよな 最初は君からだったとしても
♪想い始めたのは 俺の方が早かった筈だから

♪HEARTFUL ROMANCEを踊ろう 風に舞う花弁のように
♪君と手を取り合い 身を寄せ合って
♪HEARTFUL ROMANCEを語ろう 季節を詠う詩人のように
♪君と向かい合い 瞳を見詰め合って

 最初のギターフレーズを奏でる。実は結構自分では気に入っているフレーズだったりする。
チラッと人垣を見ると、視線が俺達に集中しているのが分かる。皆真剣そのものの表情で聞き入っているようだ。

♪言葉にすれば短いけれど そこまでの道程は長い
♪二人手を取り合った時から ロマンスのフレーズが始まる

 勝平のピアノソロが入る。クイ中心のフレーズだが、連打が多いから結構大変なところだ。
ここは勝平の腕が冴えるところだ。キーボードを入れたこのバンドの真価が発揮されるところだと思う。さあ、最後の盛り上がりは近いぞ。

♪フレーズを歌わなきゃ駄目だよな 書き綴ったのは二人だけれど
♪言葉にして初めて フレーズに息吹が吹き込まれる

♪HEARTFUL ROMANCEを踊ろう 風に舞う花弁のように
♪君と手を取り合い 身を寄せ合って
♪HEARTFUL ROMANCEを語ろう 季節を詠う詩人のように
♪君と向かい合い 瞳を見詰め合って

♪HEARTFUL ROMANCEを踊ろう 風に舞う花弁のように
♪君と手を取り合い 身を寄せ合って
♪HEARTFUL ROMANCEを語ろう 季節を詠う詩人のように
♪君と向かい合い 瞳を見詰め合って

 俺が再び最初のギターフレーズを奏でる。
宏一のシンバルワークを交えたフィルに合わせて徐々にテンポを落として・・・最後は宏一のシンバルと合図に、俺と勝平と渉がそれぞれのフレーズを演奏する。
そして最後は俺と渉の白玉の上に勝平が高音部を活かした短いフレーズを入れて終わる。
 人垣の間に少しの間沈黙が立ち込めたかと思うと、とびきりの表情と共に拍手と歓声が俺達に贈られる。
全5曲の、終わってみればあっという間のスクランブルライブはこれで終了だ。
名残惜しい気はするが、これが俺達5人の約束だ。それが達成出来たんだからこれで満足しなきゃ底なしだ。
 俺と渉は楽器のストラップから身体を抜き、勝平と宏一が後ろからやってくる。
俺達は一列に並んでめいめいに手を振って、何時絶えるとも知れない拍手と歓声に応える。
そして耕次の合図で全員前を−楽器の配置や耕次の向いていた方向からの相対的な位置関係だが−向いて、手を繋いで大きく振り上げ、手を振り下ろすと
同時に頭を下げる。拍手と歓声がより大きくなる。
頭を上げた俺達は、互いに握手をしたり肩を叩き合ったりする。どいつの顔も晴れやかだ。俺も表情が緩んでいるのが分かる。

「やったな。スクランブルライブは成功だ。」
「当たり前よ!俺達5人は無敵のバンドなんだからな!」

 耕次が言うと、宏一が満面の笑みを浮かべて応える。

「最初はどうなるかと思ったが、無事終わって何よりだな。」
「渉は相変わらずクールだねぇ。」
「お前が熱過ぎるだけだ。」
「止めろ、二人共。折角良い気分で終われたんだから。」

 耕次が渉と宏一の間に割って入る。こういうタイミングは相変わらず上手いな。
俺達がそんな感じで互いの労を労っていると、歓声と共に人垣が押し寄せてくる。一体何事だ?!

「すみませーん!写真撮らせてくださーい!」
「お願いしまーす!」

 何だ、記念撮影か。俺達は求めに応じて記念撮影の中に入る。
ヴォーカルの耕次とギターの俺は自分で言うのも何だが結構人気がある。まあ、ロックバンドで一番目立つパートだからな。
勝平や渉も意外と言っちゃ失礼だが人気がある。こいつらなかなかの美形だからな。
宏一は記念撮影に応じると言うより自分から進んで撮ってくれと言っている感じだ。宏一らしい。

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