雨上がりの午後

Chapter 74 過去の清算に臨む二人

written by Moonstone


 俺は急ぐことなく、一人で浜辺へ向かう。夜の浜辺には人影は見えない。
昨日同様、浜辺との接点で波が崩れる時に白色を見せる以外は墨汁を流し込んだかのように漆黒の世界である海と、色鮮やかで煌きもそれぞれ異なる
煌きを見せる星が輝いている空がある。
昨日と違うのは、隣に誰も居ないことだ。
晶子、どう思ってるだろうな・・・。
だが、俺自身明確な区切りをつけようとして決めたことだし、今更後戻りは出来ない。
そうでないと、今日の後味悪い別れ方のままで思い出の最上段が形成されることになってしまう。
潤子さんが言ったとおり、けじめをつける時間が必要なんだ。俺にとっても宮城にとっても・・・。
 浜辺に出て砂を踏む感触を感じながら北へ向かって歩いて行く。
5分ほど歩くと、大小様々な漁船がふわりふわりと揺れているのが見えてきた。
待ち合わせ場所に指定されたのは、確か漁港傍の灯台・・・。
改めて見てみると、周期的に光を回し続ける灯台が闇の中に小さく浮かんでいる。まだかなり距離はありそうだ。
あんな場所に女一人で居て大丈夫なのかとふと思う。だが、その推測は軽く吹き飛ぶ。
友人達が暗闇に隠れて宮城を監視しているだろう。
不測の事態の場合は即座に飛び出して、その娘は彼氏と待ち合わせ中、とかいって「虫」を追い払う腹積もりなんだろう。
女は一人じゃ何かと不利だが、集団になると男以上に強くなるからな・・・。
砂浜がコンクリートに変わり、ちゃぷん、ちゃぷんと音を立てて揺れている漁船を横目に、俺は灯台へ向かう。ここにも人影は全く見えない。
花火をしている若者連中が居ても不思議じゃないんだが・・・。
左手に民家や民宿の明かりがぽつぽつと見えるだけの風景も結構風情があって良い。

 灯台に近付くにつれて、灯台の周りを囲む手摺りのところに人影が見えてくる。あれが宮城か?
幾ら視力にはそこそこ自信があるとはいえ、こんな光に乏しい場所じゃ確認しようがない。それこそ傍まで行かないと分からないだろう。
胸が次第に高鳴り始める。別に緊張する必要なんてないのに・・・。
まるであの時、宮城の告白を受けた時のようだ。
これから俺は告白を受けるんじゃない。綺麗さっぱり別れるための「儀式」に臨むんだから。
そう自分に言い聞かせても、胸の高まりは収まらない。それどころかますます高鳴りが大きく強くなってくる。
こんなことで大丈夫なのか?雰囲気に飲まれたら危険だというのに・・・。
更に灯台に近付いていくと、シルエットに立体感と凹凸と濃淡が加わってくる。浜風に揺れるあの髪型は・・・宮城のものだ。
他に人影がないところを見ると、宮城だと断定して良いだろう。
いよいよ「儀式」の場へ踏み込むのか・・・。
緊張感が張り詰める中、俺は平静を装うように一歩一歩前へ進むのを確認しながらそのシルエットの方へ向かう。
 暗闇に慣れた目と微かな光がシルエットの正体を表す。・・・宮城だ。
宮城は驚きと嬉しさが入り混じった表情で俺を迎える。俺の表情は・・・多分緊張で固まっているだろう。
気持ちは決まっているし、せめて後味悪い別れにならないように言葉を選んでいるのに、何でこんなに緊張するんだろう?

「・・・来てくれたのね。」
「まあな・・・。」

 宮城の歓喜溢れるのをどうにか抑えている口調での第一声に対して、俺はぶっきらぼうに答える。
緊張感は変わらないが、口の方は意外に冷静なようだ。
俺が宮城の傍まで歩み寄る。
白地に朝顔をあしらったノースリーブのワンピース姿の宮城は、何処かお嬢様のような雰囲気を醸し出している。
宮城は手摺りに両手を置いて海の方を向く。俺の足は自然と宮城の右隣へ向かう。
こうやって並ぶもんだ、って宮城の友人達から「指導」を受けたんだよな・・・。
あの頃、こうして別れの「儀式」に臨むなんて欠片も思わなかったんだが・・・未来の賽(さい)がどう転ぶなんて分からないもんだ。

「・・・高校時代にあたし、何度か祐司を怒らせたわよね。他の男の子と仲良さそうに話してるところを見られて・・・。」
「ああ、覚えてる。」
「あたしって・・・誰にでも好かれたいって思うタイプなのよね。一番好きな相手の他に、二番目、三番目を望むっていうか・・・。
別に男をキープしたいって訳じゃないけど、一番好きな相手だけにだけ目を向け続けるんじゃなくて、変な言い方だけど・・・視野を広く持ちたいって
いうか・・・そんな感じ。」
「・・・。」
「それが浮気っぽいと思われても仕方ないとは思う。祐司にもきっとそう見えたんだろうし、だから怒ったんだと思う。・・・今回も元を辿れば、
そういう自分のままだったから祐司に疑惑を持たれて、それが束縛に感じたあたしがバイト先の男の人、その人、3つ上なんだけどね、その人のあたしに
接する時の態度が寛容に思えて・・・祐司っていう一番好きな相手が居ながら、その人を自分の傍に寄せることで安心感を得ようとしたことが原因だと思う・・・。」
「・・・お前、俺が何度言っても聞かなかったよな。他の男とベタベタするな、って言っても・・・。」
「あたしはベタベタしてるつもりじゃなかった。ただ自分の話し相手として男女分け隔てなく接してたつもりだったのよ。それが結果的に・・・
こんなことになっちゃったのよね。はは・・・。あたしって・・・ホントに馬鹿よね・・・。」

 宮城の声が急にトーンダウンする。
ふと宮城を見ると、その横顔が酷く悲しげで見ているだけで痛々しく思う。目には涙さえ滲んでいる。
・・・駄目だ。ここで同情したらそれこそ晶子が言ってたように宮城の思う壺だ。
だけど・・・宮城の今の表情には演技めいたものは感じられない。
そんなに俺との終わりが嫌なら、あんな馬鹿げた真似をしなきゃ良かったものを・・・。
その上、直ぐに前言撤回の電話もせずに「身近な存在」とやらに手を出してりゃ世話ないさ・・・。

「まあ・・・昔話は別にして・・・、去年の秋のあの夜の電話で俺はお前とはもう終わったと思った。そしてお前はバイト先の男だったか?
まあ、誰でも良いけど、その男と付き合った。この時点で俺がお前にふられたっていう事態が出来上がったわけだ。お前が言うところの
『一番好きな相手』が俺じゃなくなった時点で、俺とお前の関係は終わったんだ。・・・俺はそう思ってる。」
「・・・すれ違い、よね。あたしと祐司の付き合いに対する考え方の。」
「そういう言い方もあるかな・・・。高校時代、俺とお前が学校に行けばほぼ間違いなく会えたあの時代に、互いの考え方を知っておくべきだったな。
それこそ喧嘩してでもとことん話し合ってさ・・・。俺とお前は喧嘩することが即別れに繋がると思ってて、それが怖くて互いの心を窺おうとしなかった。
未熟者同士の恋愛ごっこだったんだよ、俺とお前の関係は。」
「そうね・・・。あたしは何で祐司以外の男と話してただけで祐司が怒るのか真剣に考えたり、祐司に理由を聞いたりしなかった・・・。ただあたしが謝って
一件落着、って感じだったもんね・・・。」
「恋愛ごっことはいっても・・・お前と付き合ってたときは幸せだった。学校へ行く途中で待ち合わせたり、分岐点まで名残惜しげに話し込んだり・・・。
それで電車を乗り過ごした時もあったけど、まあ良いや、で軽く済ましたもんな。寄り道して一緒に買い物したり・・・。恋愛ごっこでも
精一杯のものだったと思う。・・・もう、それで良いんじゃないか?」
「それって・・・。」
「今はもう互いに違う方を向いてる。二度と彼女なんて出来ないと思ってた俺は晶子に拾われた。お前は就職活動の真っ最中なんだろ?」
「ついこの前決まったわよ。でなきゃ暢気に泊りがけで海に来るなんて出来ないでしょ?」
「良かったな、無事に決まって・・・。何にせよ、これでお前も向かう方向が決まったわけだ。その道を歩いていく過程で、きっとお前に相応しい
寛容な男が現れるさ。この俺ですら拾われたんだからな。」
「・・・そんなに上手くいくとは限らないじゃない・・・。あたしは・・・あたしは・・・!」

 いきなり宮城が俺に抱き付いてきた。宮城の両腕が俺の背中を愛しげに撫で、顔を俺の胸に埋めて何度も互い違いに頬を摺り寄せる。
昔、学校で人目を忍んで抱き合ったことが急速にフラッシュバックしてくる。
俺はその場で完全に固まってしまう。
宮城と話していた間に解れていた緊張の糸が、再び一気に張り詰める。
どうしたら良いんだ?こういう時・・・。考えようにも頭の中がぐちゃぐちゃになって考えようもない。

「抱えていたものが大きければ大きいほど、失った時の喪失感や悲しみは大きいのよ・・・。あたしは祐司を失いたくない。あんなことで
祐司を失うことになるなんて、そんなのやだ・・・。」
「・・・。」
「祐司だって、あたしと切れたと思った時の喪失感や悲しみは大きかったんでしょ?昨日言ってたじゃない。だったらあたしの気持ちも分かるでしょ?」

 ようやく頭の中の混乱が収束していく。それに代わって宮城の言葉の分析が始まる。
確かにあの夜の喪失感や悲しみ、それに絶望とやるせない気持ちは計り知れないものだった。
何もかも嫌になって、ありとあらゆるものが薄汚れた醜いものにしか見えなかった。宮城の言うことは分からなくもない。
 だけど・・・こうなったのは元はと言えば、それこそ宮城が言ったとおり、俺が疑惑をかけたことを束縛に感じて、別の男の「寛容」に惹かれたのが原因じゃないか。
言わば宮城の自業自得だ。
それを今になって一番好きな相手だ、失いたくないとか言われても説得力が感じられない。
宮城とは・・・もう終わったんだ。あの夜の電話を最後に・・・。
 俺は宮城の両肩を掴んでぐいと引き離す。俺の背中にあった宮城の腕はするりと俺から離れる。
宮城はどうして、と言いたげな顔で俺を見ている。
この目で見詰められるとどうしても昔のことが思い出されてしまう。
俺は宮城を引き剥がして、手摺りに両手をかけて漆黒の夜の海を見ながら言う。

「・・・深く好き合ってたらそれを失った時にどうしようもないと思うのは、俺だって同じだ。昨日俺が言ったとおりな。だけど・・・事実は覆しようがないんだ。
お前は俺の気持ちを試すつもりでまた別れ話を持ち出して、俺はお前と切れたと思い、お前はそのときのショックもあるかもしれないけど、
別の男と付き合うようになった。期間の長短や気持ちの浅い深いは関係ない。お前は俺を失ったことで出来た心の穴を別の男と付き合うことで
埋めようとした。そうだろ?」
「それは・・・そうだけど・・・。」
「寂しさを別の男と付き合うことで埋めようとした。でもしっくり来なくて別れた。それでもう一度俺と付き合うことで寂しさを埋めようだなんて、
それこそ身勝手なんじゃないか?俺とその男を秤にかけるようなことが許されるとでも思ってるのか?男はお前にとってジグソーパズルのひと欠片なのか?
心の穴に合うか合わないか試してみて、やっぱりこっちがぴったりだからこっちにしよう、なんて俺は勿論、お前が以前付き合ってたっていう男をも
侮辱することだって思わないのか?」
「・・・。」

 宮城からの反論や抵抗はない。俺は身体の向きを180度変えて、手すりを背にして宮城を見る。
宮城は俯き加減で無言のまま突っ立っている。
何となく罪悪感めいたものを感じるが、筋を通すべきところは通さないといけない。けじめをつけるためには・・・下手な同情や感傷は無用だ。

「宮城・・・。これ以上未練がましくするのは止めよう。お前は勿論、俺もな・・・。」
「祐司・・・。」
「今、俺に彼女が居なかったら、人の心を試すようなお前のしたことを一頻り責めて、それでおしまい、もう一度やり直そう、って言ってるかもしれない。
あの夜の別れ話にお前の思惑があったことには、以前ほど腹立たしく思わないしな。・・・正直少しは、お前とやり直せれば、とも思う。」
「だったら・・・。」
「でも、俺はお前とやり直せないんだよ、どうやっても・・・。お前と切れたショックでささくれだって女なんか信じられるか、って頑なに思っていた俺を
拾って傍に居てくれる女が居る。お前とやり直したいが為にその女を切り捨てることは出来ないんだよ。」
「・・・あの娘のことね?」
「ああ。・・・これを見てくれ。」

 俺は左手の甲を宮城に見せる。薬指にペアリングが填まっている手を。宮城の顔が驚きに変わる。

「これはその女の誕生日にプレゼントしたペアリングの片割れなんだ。その女の同じ指にもこれと同じリングが填まっている。俺がプレゼントした時、
この指に填めて、って譲らなかった上に、俺にも同じ指に填めて、と来たもんだ。その時は照れくさく思うのが精一杯だったけど、今になって思うと、
俺がその女の左手の薬指にリングを填めたのも、俺が同じ指にリングを填めたのも、俺の気持ちがそうさせたからだと思うんだ。
俺がその女を真剣に・・・愛してるっていう気持ちがな。」
「・・・。」
「だからもうお前の方を向けない。向いちゃいけないんだ。俺はお前と違って、一人の相手に全てを注ぐタイプだからな。どっちが良いとか悪いとか、
そういう問題じゃなくて・・・ただ、俺がそうしたいし、そう思うだけだ。」

 俺が思いのままを口にし終えると、宮城はふう、と溜息を吐いてさっぱりした、少し儚げな笑みを浮かべる。

「・・・祐司のそういう一途なところ、変わってないわね。」
「1年やそこらで変わりゃしないよ。」
「祐司の言いたいこと、よく分かった。考えてみれば自分で蒔いた種だもんね。自分で蒔いた種は自分で刈り取らないと駄目よね・・・。」
「宮城・・・。」
「今日この場であたしと祐司の関係は高校の同期、以前付き合ってた相手同士ってことにしましょ。あたしだって、このままずるずる引き摺りたくないし。
でもね・・・。」

 宮城はびしっと俺を指差して、悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

「祐司の心が揺らぐようなことがあったら、容赦なく突っ込むからね。あの娘としっかりやりなさいよ。いい?」
「・・・分かった。」
「あたしは諦めたわけじゃないからね。ただ、一つの区切りをつけただけだからね!」

 宮城は満面の笑みを残して、くるりと背を向けて走り去っていく。それこそ俺が止める間もないくらい早く。
一人残された俺は、暗闇に消えていく白いものを見ながら、小さく溜息を吐く。
一つの区切りをつけただけ、か・・・。やれやれ、諦めの悪い奴だ。
でも、最初あれだけ未練たらたらだったのに最後はさっぱりした雰囲気にするあたり、宮城も変わってないな・・・。
俺の口から再び溜息が漏れる。
なにやら色々あったけど、最後はまあ、丸く収まったと言って良いだろう。
今までにこうしてしっかり話をする時間を持てていたら、宮城の影を恐れなくて済んだだろう。その点では宮城の友人と潤子さんに感謝しないとな・・・。
 俺は灯台の横を通りかかる。晶子、怒ってるかな・・・。
潤子さんの進言と俺の中にあった、宮城との関係に明確な区切りをつけたい、という気持ちから行くことにしたとはいえ、晶子にしてみれば、
俺に進言した潤子さんにも噛み付いてたように、別れた筈の相手とどうして今更話し合いの時間なんて与えてやるのか、という心情だろう。
ちょっと帰り辛いな・・・。

「どうやって経緯を説明しようかな・・・。綺麗さっぱり区切りはついたとはいえ、宮城は諦めたわけじゃないって言うし・・・。
それは秘密にしておいた方が無難かな・・・。」
「もう秘密には出来ませんよ。」

 思いもよらない声に驚いて声の方を見ると、灯台に凭れかかるように晶子が立っていた。丁度灯台を挟んで海を背にする位置だ。
それはそうと、何時の間に此処に来てたんだ?!

「ま、晶子?!一体何時此処に?!」
「祐司さんの後をつけてきたんですよ。気付かれないように距離を置いて。祐司さんとあの女性が背を向けた時を見計らって、此処に来たんです。」
「・・・じゃあ、俺と宮城の会話は・・・。」
「最初の方は距離があったから聞こえませんでしたけど、大体は聞かせてもらいましたよ。」

 ス、スパイか、晶子は・・・。
考え事をしながら歩いてたり、宮城との話で周囲に関心が向かなかったこともあるだろうけど、俺に気付かれずに後をつけてきて、
おまけに間近でほぼ一部始終を聞いてたなんて・・・。
さ、流石、かつてささくれだってた俺をストーカーの如く執念深く追い回してただけのことはある。探偵になったら成功するぞ、間違いなく。
 晶子はゆっくりと歩み寄って来る。その表情は怒っているようでもあり、平然としているようでもある。表情が平坦だから読めない。
程なく晶子は俺の傍に来る。そして徐に右手を挙げる。・・・平手打ちか?
正直少しは、お前とやり直せたら、とも思う、なんて言ったことが気に障ったか?
・・・無理もないといえばそれまでだ。俺はきつい洗礼を受ける覚悟を決める。
だが、予想に反して右手は俺の頬ではなく、俺の右腕に向かう。
晶子はそれをきっかけにして俺に寄り添い、柔らかい微笑みを見せる。
・・・どうやら怒ってはいないようだ。だが、覚悟まで決めておいてなんだが不思議に思う。

「・・・話、聞いてたんだよな?」
「ええ。大方は。」
「何で怒らないんだ?」
「怒る必要が何処にあるんですか?」

 宮城と正直少しはやり直したい、という俺の言葉で怒るのも無理はないと思ってたんだが、逆にどうして怒る必要があるのかと問い返されてしまった。
予想外のことに、俺はどう言って良いか分からない。

「あの女性とやり直したい、って思う気持ちは理解出来るつもりですよ。いくら後味の悪い別れ方をしたといっても、祐司さんの心の中に占める
あの女性の存在は決して小さくはないでしょうし。」
「・・・。」
「最初は祐司さんを引きとめるつもりでした。でも、潤子さんに言われたんです。『祐司君を信じてあげたら?』って。私は・・・あの女性と話し合うことで
祐司さんの気持ちが私からあの女性に向くかもしれないってことが怖かったんです。でも、潤子さんの言葉を聞いて、私が祐司さんを信じなかったら
どうするんだ、って思ったんです。彼を信じられないのに彼女を名乗る資格があるのかって。」
「・・・だから、割り込まずに聞いてただけだったのか・・・。」
「ええ。正直言って、祐司さんが『少しはやり直したい気持ちはある』って言った時は飛び出しそうになりました。でも、祐司さんはあの女性と
やり直したいが為に私を切り捨てることは出来ない、ペアリングの片割れを左手の薬指に填めたのは私を真剣に愛してるから、って聞いて、
その時の衝動に任せて飛び出さなくて良かったと思いました。潤子さんの言ったとおり、祐司さんを信じて良かったです。私があの時飛び出してたら、
それこそ泥沼になったかもしれませんし。」
「・・・だろうな。晶子も宮城も、気の強いところでは良い勝負だから。」
「祐司さんと付き合うようになってかなり経ちますけど、あまり好きだ、とか愛してる、とか殆ど言って貰えなかったし、私も言わなかった。
互いの気持ちは分かってるから言わなくても、とは思ってましたけど、実際に言って貰えて、それも前の彼女を前にして言って貰えて凄く嬉しかったです・・・。」

 俺は自分の気持ちを正直に言っただけだ。
そう片付けるのは簡単だけど、晶子にとっては胸を打つ言葉だったのかと思うと、改めて言葉というものの強さを感じる。
使い方を誤れば拳や平手打ちなど比べ物にならない痛手を負わせるものでもあるが。

「ありがとう・・・。信じてくれて・・・。」
「潤子さんの助言があったからですよ。私、祐司さんを取られることばかり考えていて、祐司さんを心底信用してなかったことを思い知りました・・・。
こんなんじゃ彼女失格ですよね。折角人の前で自分を愛してる、ってはっきり言える彼が居るのに・・・。」
「俺が宮城と会うことに晶子が疑問を感じるのは当たり前だよ。別れた相手となんで今更話し合いなんて、って思うのは。俺はある意味、
晶子の信用の上に胡座(あぐら)をかいていたんだ。・・・勿論、晶子が俺を信じてくれたのは嬉しい。だけど、それに甘んじてちゃいけないよな。
人の心なんて意外に脆いもんだから、しっかり補強しないといけない・・・。」

 晶子の目が少し潤んでいる。その切なげな目が俺の心を射抜く。
晶子を大事にしたい。晶子との関係をずっと保っていきたい。そんな気持ちが自然と心の底から湧き上がってくる。
あの話し合いで宮城との関係を清算出来たんだ。これからは宮城にわだかまりという形で向けていた気持ちを晶子に向けたい。

「俺は・・・晶子が居てくれて良かったと思ってる。それに・・・ずっと一緒に居て欲しいと思ってる。」
「・・・嬉しい。」

 晶子が心底嬉しそうに俺の右腕をぎゅっと抱き締める。独特の柔らかい感触がこれでもか、というほどはっきり伝わってくる。
俺はその場で固まってしまう。正直嬉しいという気持ちはあるが、こうもはっきり感じると昨日の夜のことと相俟って身体が一気に熱くなる。
意識を少しでも逸らそうと前方に視線を向けると、闇の中で何かが動いているのが見える。
・・・もしかして宮城とその友人達じゃないか?だとしたら、俺と晶子の様子はしっかり見られていることになる。
嬉しいやら恥ずかしいやら・・・何て言って良いか判らない不思議な気分だ。
 ・・・ああ、そうだ。思い出した。
宮城と付き合っていたあの頃、宮城と二人で仲良く話したり一緒に帰ったり、デートしてるところを見られて突っ込まれた時に感じたあの気分だ・・・。
 そうだ。俺は今幸せなんだ。
あの時と同じくらい。否、もっと幸せなんだ。
宮城との関係が過去のものになった今、俺はそれに充分代わり得る幸せを手に入れたんだ。この幸せを今度こそ何時までも保ちたい。

ずっと・・・。


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