雨上がりの午後

Chapter 65 新鮮な気分漂う一日−昼−

written by Moonstone


「祐司さん、祐司さん。」

 ん・・・。何だ・・・?

「祐司さん、朝ですよ。今日は早いんでしょ?」

 朝?!そうだ、今日は月曜日だから一コマ目に自動車学校に行って、その後みっちり講義があるんだった!
朝という言葉に反応して霧の中を漂っていた俺の意識が一瞬にして肉体に復帰して、俺はがばっと起き上がる。
少々シャツが着崩れしてるがそんなものはどうでも良い。急いで朝飯食べて出かける準備しないと・・・。

「まだ時間に余裕がありますから、安心してくださいね。」

 横を見ると、ピンクのブラウスに茶色のフレアスカートにエプロンを着けた晶子が微笑みながら俺を見ている。
・・・そうだ。昨日の晩は帰る直前に晶子に引き止められて初めて晶子の家に泊まって・・・話をしたりキスをしたり、晶子の胸を初めて愛撫して・・・
そして一緒に寝たんだったっけ。今度から月曜日は晶子の家に泊まるって約束を併せて・・・。
 壁の時計を見ると7時を少し回ったところだ。
これから朝食を食べて一旦自分の家に帰って身支度を整えて、持っていくものを揃えて駅へ向かっても余裕がある。
ゆったりのんびりくつろいで、とまではいかないが、時間的余裕があると心理的にも余裕が出来る。

「朝御飯作りましたから、一緒に食べましょうよ。」
「ああ。それじゃ・・・。」

 俺は軽く伸びをしてからゆっくりした動きでベッドから出る。
春とはいえ、まだ朝晩は結構冷えるから、自分の家じゃ時間ギリギリまで布団の中に潜っていて、時間が押し迫ったら急いで朝食を食べて着替えて、
持ち物を持って家を飛び出すんだが、今朝はほんのり暖房が効いていて、ベッドから出るのに苦労はしない。
 テーブルには色とりどりのサンドイッチとティーカップが一組ずつ置かれている。そして大きめのティーポットが俺から見て中央やや奥に鎮座している。
この微かに漂う匂いは・・・ミントだな。気分的にゆっくりのんびりしたくなる。
鼻の通りが良いこの匂いは俺も気に入っているし、晶子もそれを知ったか−元々好きなのも多分にあるだろうが−月曜日の練習の合間や
終った後の一服でもよく出される。

「このサンドイッチ、晶子が作ったのか?」
「ええ、そうですよ。自分一人の時は滅多に作らないですけどね。」
「俺が居るからか?」
「御名答。二人分なら作り甲斐があるっていうものですよ。」
「そんなもんなのか。」
「一人の時は手間隙かけるのは億劫ですけど、二人分となれば話は変わってきますから。それより、さあ、どうぞ。」
「ああ。それじゃ・・・。」
「「いただきます。」」

 偶然にも同時に食前の挨拶を交わした俺と晶子は、顔を見合わせてくくっと笑う。
晶子がティーポットから紅茶を二人分のカップに注いだ後、二人一緒に食べ始める。
微かに塩味の効いた野菜サンド、半熟卵が口の中でとろける卵サンド、ピリッと辛い−辛子マヨネーズだな、これは−ハムサンドという
バリエーションは単調になりがちな朝食をメリハリのあるものに演出してくれる。

「朝から自動車学校って、大変ですね。」
「仕方ないさ。なるべく乗れる時に乗って、早く免許取りたいしな。」
「私でも取れたんですから、祐司さんなら簡単に取れますよ。学科なんて退屈なくらいじゃないですか?」
「まあな。でも、学科も取っとかないと免許はおろか仮免も取れないから、あんまり気は抜けない。」
「交通標識覚えるの、面倒じゃないですか?」
「あー、あれは面倒。こんなの普通見ないよ、ってやつまで覚えなきゃならないんだよな。」
「ですよね。『その他注意』なんて言われても、具体的に何を注意するのか言ってもらわないと分からないですよね。」
「全くだ。」

 俺と晶子はくすくすと笑う。晶子は「経験者」だけに、話が合う。此処は一つ「経験者」ならではの体験談も聞いてみたいところだ。

「仮免の試験の時に注意しないといけないところって何かあるか?」
「んー、そうですねぇ・・・。実技はあくまでも安全第一で進めることに尽きますね。最初のシートベルトやミラーのチェックは緊張で忘れがちになりますから、
それを忘れないように。あと、スピードは常に控えめに。そんなところですね。」
「やっぱり、今のうちにしつこく言われておいた方が良いみたいだな。」
「そうですよ。いざ実技試験って時にそれを忘れると間違いなく減点になりますから。スピードを出すとつい安全確認を怠って減点、ってことになりますよ。」
「うーん、先は厳しいなぁ。」
「大丈夫ですよ。祐司さんは今、教官の人に厳しく指導されてるみたいですから、身体で覚えちゃいますよ。頭で覚えたことは直ぐに忘れちゃいますけど、
身体で覚えたことはそう簡単には忘れませんから。あとは自信。祐司さんに一番欠けてることですね。」
「そうなんだよなぁ。どうしても自信が持てないんだよなぁ。もしかしたら、って思うとなかなか踏ん切りがつかないっていうか・・・。」
「慎重なのは良いことですよ。それが度が過ぎて自分を過小評価しちゃうのが祐司さんの欠点なんですから、大丈夫、自分なら出来るって思って
取り組めば上手くいきますよ。」

 晶子は俺の欠点をズバリと言ってのける。だが悪い気はしない。
自分でも分かりきってるし、それを克服しないことには何事も満足に進まないからな。
慎重と臆病は紙一重だから、慎重の方にウェイトを傾けていかないと・・・。

「でも、祐司さんは運転するようになっても安心できますね。」
「何で?」
「それだけ慎重な人だと、スピード狂になれといってもならないで済むでしょうから。」
「なるほどね・・・。」

 俺は苦笑いする。確かにこれだけ臆病だと−晶子は慎重だと言うが−アクセルをベタ踏みするようなことは出来ない。
実際、スピードの面では今までのところ注意されたことはない。急ブレーキ試験の時は、もっとスピードを出しても良い、って言われたくらいだし。
 慎重過ぎるのは良くないが、慎重なことが運転に必要なのは間違いない。
慎重なのが自分の良いところだ、と思って取り組めば、良い方向に進むんじゃないだろうか?
そうなるように、適度に自信を持たないとな。何事にも・・・。
 晶子との話が弾む中で朝飯は終った。
時間は7時半前。これから家に戻って着替えて荷物を纏めて出かけても充分間に合う。
自動車学校には大学と同じ駅で大学への昇降口とは反対側の昇降口に出て徒歩5分くらいのところにある。
だから、同じ新京大学の学生らしい奴等をよく見かける。見た目では歳は分からないが、やっぱり1年生が多いんだろうな。
 俺はトイレを借りるのに併せて、少々乱れたシャツを整える。ついでに鏡を借りて髪を手櫛で整える。
やっぱり若干寝癖が出来ている。幾ら何でもこのまま外に出るのは気が引ける。
幸いくせっ毛じゃないから、大抵の場合、手櫛で十分整えられる範囲で収まるのが有り難い。
 見繕いが終ると、俺はリビングに戻る。
テーブルの上には整然と重ねられた皿とティーカップがあり、晶子がハンガーにかけてあった俺の上着を取って待っていた。
本当に晶子は細かいところまで気が配れる奴だ。

「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがと。」
「外まで見送りますよ。」
「出るのは俺一人でも大丈夫だろ?後片付けとかやっててくれれば良いよ。」
「でも折角ですから・・・。」

 晶子の目が、俺を見送りたい、と切々と訴えているように見えてならない。
この目で見詰められると、どうにも断れないんだよな・・・。晶子の「武器」は本当に強力だと思う。

「・・・それじゃ、頼むよ・・・。」
「はいっ。」

 短く応える晶子の声は弾んでいる。やっぱり見送りがしたかったんだな・・・。
でも、こうして泊まった翌朝出かけるのを見送られると、同居にまた一歩近づいたような気がしないでもない。
こうして俺は思わぬうちに晶子の思う壺に嵌っていくのかもしれない。まあ、それならそれでも良いような気がする。相手が晶子なら・・・。
 俺は晶子に先導される形で出入り口前のロビーに辿り着いた。
此処からは俺一人で行ける。頑強なセキュリティは出る時には働かないようになっているからだ。
俺は晶子の方を向いて言う。

「じゃあ俺、行ってくるから。」
「はい、いってらっしゃい。気をつけて下さいね。」
「ああ。」

 俺は晶子の微笑みに笑みを返して、管理人の人に会釈してから出口へ向かう。ドアが開いたところで、後ろから声がかかる。

「今日は月曜日ですから、忘れ物のないようにしてくださいね。」

 俺は一瞬何のことかと思ったが、直ぐに思い出す。
昨夜、ベッドの中で晶子と月曜日は一緒に過ごすと約束したんだった。ついうっかり、なんてことはみっともないし、
晶子を悲しませることになりかねない。それは絶対避けないといけない。

「ああ、分かった。事前に電話するから。」
「はい。待ってますね。いってらっしゃい。」

 晶子は笑顔で手を振る。俺は笑みを浮かべて手を振ってそれに応えて出口から外に出る。
仄かに温かかった玄関と違い、冬を髣髴とさせる凛とした冷気が俺の頬を打つ。今日は冷え込みがきついなぁ・・・。思わず身が縮こまる。
 俺は数歩歩いたところ、まだマンションの出入り口が見えるところで振り返ってみる。
すると、晶子が正面に立っていて、俺が振り向いたのが見えたのか、再び笑顔で手を降り始める。俺の姿が見えなくなるまで見送るつもりだったんだな・・・。
全く俺に似合わず律儀な奴だな、晶子は。でも、そんな心遣いが嬉しい。
 俺は再び笑みを浮かべて手を何度か振った後、正面を向いて冷気の中を歩き始める。
今から自分の家に寄って着替えて荷物を持って、自動車学校に向かう・・・。今日はまずそういうスケジュールだ。
そして大学の講義が終ったら一旦自分の家に帰ってギターとアンプ、それに下着とタオルくらいを持って晶子の家に向かうんだよな・・・。
 そう思うと何だか足取りが軽く感じる。気分がうきうきすると言えば良いんだろうか?
晶子と一緒に過ごせる。晶子と唇を重ね合わせることが出来る。そして・・・晶子の胸に触れて愛撫することが出来る。
最後は余計なことかもしれないが、一度超えた壁を超えるのは容易い。だが、それは気分が高揚し、晶子もそれを受け入れる心情になるのが条件だ。
無理に行為に及ぼうとすれば、それは嫌悪をもって受け止められるだろう。それだけは・・・嫌だ。
 朝陽が凛とした冷気を徐々に緩ませていく。温かい日差しが俺の身体を照らす。今日も良い日和になりそうだ。
俺は軽い足取りで自分の家に向かう。着替えて持ち物を持って自動車学校へ向かう為に。
今からもう夜が待ち遠しいなんて変な気もするが、それでも心弾むことには違いない。

 その日はあっという間に終った。
自動車学校も順調に実技が進み、講義も受けて−いかんせん眠くなるのは避けられなかったが−、帰宅の時を迎えた。問題といえば問題なのは・・・。

「祐司。お前、今日はやたらと機嫌良かったじゃないか?」

 ・・・隣に智一が居ることだ。
まあ、大学での稀少な友人だし、迷惑ではないんだが、智一の話術に嵌ってうっかり口を滑らせることのないようにしないといけない。
晶子の家に泊まる、なんて智一が知ったら、どんな騒ぎを起こすか分からない。
 ちなみに晶子は講義があるが2コマ目からで、3コマ目で終って先に帰っているはずだ。
月曜日は専門科目だけになってしまって、晶子が居る文学部に近い一般教養棟に足を向ける必要と理由がなくなってしまった。

「そうか?」
「そうも何も・・・表情も緩めだし口調も何時もみたいにぶっきらぼうじゃないし、・・・さては晶子ちゃんと何かあったな?」
「別に。普通に付き合ってるけど。」

 平静を装って言ったは良いが、いきなり核心に突っ込んできた智一に内心びくっとした。背筋を冷たいものが流れるのを感じる。
このままだと本当に口を滑らせてしまいそうだ。だが、妙に不機嫌を装ってぶっきらぼうに話したりすると、余計に怪しまれるかもしれない。
その辺、難しいところだな・・・。

「その、普通、ってところが引っ掛かるなぁ〜。もう付き合い始めて4ヶ月目くらいだろ?何かあっても不思議じゃないな。俺の勘から言うと。」
「・・・当てにならない勘もあるぞ。」
「おーっと、言ってくれるじゃないか、祐司。こう見えても色恋沙汰に関する俺の勘は鋭いんだからな。」
「自分で言うな、自分で。」

 務めて平静にそうは言ってみたものの、晶子とキスを交わし、昨日はとうとう晶子の胸を愛撫したことが急激に頭の中にフラッシュバックして、
胸の鼓動が激しく高鳴る。まるで敏腕刑事に尋問される容疑者だ。

「でもさぁ、付き合って4ヶ月目で何もないなんて方がおかしいぞ。お前、4月から自動車学校に行くようになって、晶子ちゃんと会う時間が少なくなっただろ?」
「まあ、前よりはな。」
「だったら、その少なくなった会う時間をより密度の濃いものにしようと思うのが自然だと思うけどな、俺は。」
「そんなもんか?」
「そうさ。」

 流石はその手の「経験」が−自称だが−豊富な智一が言うだけあって、なかなか説得力がある。宮城とも付き合い始めて1ヶ月目でキスを交わしたし
−勿論、突っつかれても知らぬ存ぜぬを通したが−大学生になって、付き合い始めて3ヶ月で何もない方がおかしいというのはもっともだ。
 だが、何があったかは言うわけにはいかない。自慢するつもりもないし、何より智一の「暴走」が怖い。
未だに俺と晶子の間に付け入る隙を窺っている智一が、俺と晶子がかなり深い関係になったことを知ったら、冗談抜きに錯乱しかねない。
疎らとはいえそれなりに人が居る通りで錯乱されたら迷惑なことこの上ない。

「ま、お子様のお前じゃ、晶子ちゃんから迫ってこない限り、手を出しそうにないけどな。」
「な・・・。」
「付き合って3ヶ月を超えて何もないとは思わないし、俺もそれなりに覚悟は出来てるつもりだけどさ、お前もちょっとはリードする気構えくらい
持っても良いんじゃないか?」

 リードする・・・か・・・。もっともな話だ。最初にキスしたのは晶子の方だし、昨日晶子の胸を愛撫したのも、晶子の了承があってのことだ。
俺から何かアクションを起こすということが少ないのが正直なところだ。
 これは元々俺が奥手な方なのもあるし−自分で言うのも何だが−、俺からアクションを起こしてそれを拒絶された時、
どうやってその場を取り繕えば良いのか分からないということがある。
宮城と付き合っていたときは互いにで方を窺っていて、俺の方から恐る恐るという表現がぴったりのアクションを起こして、
宮城がそれを受け入れるという感じだった。
そうでなかったのは、互いを激しく求め合った二人きりの旅行での大きな一線を超えた時くらいだっただろう。
 だが、今は胸を愛撫する以上のアクションを起こす気はない。
まだ早いという気持ちが大部分を占めているのもあるし、その一線を超えたら今の晶子とこの関係がただ俺が一方的に身体を求めるだけの
関係になってしまいそうで怖い。
 「前例」を踏まえるなら、昨日のことも早過ぎたくらいだ。
もっと慎重になっても良いところだが、言い訳になるが、昨日はそれだけ俺の気持ちが高ぶっていたし、晶子も受け入れこそすれど拒否しなかった。
晶子もそうなることをある意味覚悟していたんだろう。まあ、夜に一人暮らしの自分の家に男を泊まらせれば余程自制心の強い奴じゃない限り、
何らかの行動を起こしていたと思う。言い訳がましいかもしれないが。

「まあ、何て言うか・・・互いの気持ちが一致した時に進めていけば良いかな、って思う。そう焦る必要もないだろ?」
「甘いな。祐司、今のご時世、そんな悠長なこと言ってたら何も進まずに友達感覚で終っちまうぞ。3年の後期から就職活動に入らないと満足な就職先が
見つからない世の中だからな。まあ、公務員とか、お前じゃ考えられんが自活の道を選ぶって言うんなら話は別だけど。」
「・・・正直言って迷ってる。会社員や公務員みたいな、世間的に所謂まっとうな道を選ぶか、それとも自分の特技を生かす道に進むか・・・。」
「特技って・・・ギターのことか?」
「ああ。」
「それは所謂まっとうな道より険しいぞ。優秀なベテランの中に割って入って、自分をアピールしなきゃならないんだからな。お前みたいに
良く言えば控えめな、悪く言えば臆病な奴が生き残れるとは考え辛いな。」

 随分はっきり言ってくれるもんだ。だが、智一の言うことは間違ってはいないだろう。
自分と自分の腕をアピールするだけの積極性というか図太さがないと、ライバルの波に飲み込まれるのが関の山だろう。
 その意味でも、もっと俺は何事にも積極的になるべきなんだろう。
慢心は道を誤るが、自信がないと厳しい世間の嵐を防げずに吹き飛ばされてしまうだろう。それは晶子が度々俺に言っていることだ。
 高校までの教育は控えめこそ、沈黙こそ金、というようなものだった。だが、大学に入ってみるとそれは一変した。
分からなければ自分から教官に質問したり、図書館で調べたりしないと何も進まないまま過ぎていってしまう。
そこまでは高校までと大差ないが、大学では単位という形で最終的に響いてしまう。
高校までは極端な話やらなくても先に進めたが、大学ではそうはいかない。単位を取り損ねたら留年というものが待ち受けている。
 俺は今までどちらかと言えばやはり控えめな態度に終始していたように思う。
大学生活と一人暮らしで多少は改まったものの、まだ積極的というには程遠いようだ。
この環境で積極性を身につけて、時にはそれこそ他人を押し退けてでも、という行動を取らないといけないかもしれない。
 俺とて音楽業界の厳しさは雑誌の記事や特集なんかで多少は知っている。しかし、現実はもっと厳しいと考えて良いだろう。
それを乗り切るにはやはり積極性が不可欠だろう。

「・・・今からでも何とかなるさ。」
「ほう。随分楽観的だな。お前にしちゃ珍しく。」
「期間限定だけど、この時期を生かせば良くなる。否、良くしなきゃいけない。」
「ま、そうだな。そっちの道を行くつもりならやっぱり強かさや積極性は欠かせないだろうからな。もっともそれ以外の道じゃ必要ないというわけじゃないが。
このご時世、譲り合いなんてものは甘っちょろいものでしかないからな。」
「・・・嫌な世の中だな。」
「まあな。でも、そんな世の中が一朝一夕に変わるはずもない。だとすれば、自分で道を切り開くだけの力を身につけないとな。」
「ああ、そうだな。」
「特に祐司、お前は存分に力を身につけておかないといけないぞ。晶子ちゃんを守って尚且つ自分の腕一つで渡って行かなきゃならない世界を
目指そうっていうんだったら。」
「そうだよな。」
「そうともさ。でなけりゃ、晶子ちゃんは俺が戴くぞ。」
「それは絶対許さん!」

 俺は思わず声を張り上げる。周囲に居た学生が何事か、という目でこっちを見やる。
だが、晶子を取り上げる−ものみたいな言い方で晶子には失礼だが−なんて言うから、こっちだって必死になってしまう。

「冗談冗談。半分はな。」
「半分は本気ってことか。」
「勿論。女一人守れない弱い男に晶子ちゃんを任せるわけにはいかないからな。」
「守ってみせる。お前みたいな何考えてるか分からないような奴に晶子を託すわけにはいかない。」
「えらい言われ様だな。まあ、それくらい言える元気があれば俺の立ち入る余地はなさそうだな。残念だけど。」

 智一は笑みを浮かべる。その笑みがどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか?・・・否、多分気のせいなんかじゃない。
あれだけ晶子に熱を上げていたところで自分の割り込む余地がなさそうだと悟れば、寂しく思えて当然だろう。
そんな智一を見ていると、晶子を独占していることにちょっと罪悪感を感じてしまう。
 そう思っていると、智一は真剣な表情になる。何だ、一体・・・。俺の方もつい緊張してしまう。
何か重大なことでもあるんだろうか?俺に出来ることなら力になってやりたいところだが・・・。

「なあ祐司。頼みたいことがある。」
「何だ?」
「・・・晶子ちゃんに、友達を紹介してくれるように頼んでくれ。」
「はあ?!」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。何を言い出すかと思えば、こいつは・・・。
こいつに少しでも罪悪感を感じた俺が馬鹿だった。まあ、言えるだけのことは言っておいてやるか。

「・・・友達は少ないって言ってたぜ。」
「そんなことないだろ。あれだけ美人でしかも立ち居振舞いも大和撫子そのもの。黙ってても人が寄って来るだろう。ああ、文学部が羨ましい・・・。」
「話の合う奴が居なくて、クラスでも浮いた存在だって言ってた。晶子、かなり真面目な方で、そういう手の話をしようとすると人が遠ざかるって。
だから友達は少ないんだってさ。」
「うーん・・・。勿体無い。実に勿体無い。文学部に押しかけてみるか。」
「お前だったらその方が確実じゃないか?その話術をもってすれば、軽く引っ掛けられると思うけど。」
「うぉっし。それに賭けてみるか!」
「その元気、実験でも発揮してくれ。」
「それとこれとは話は別だ。実験の方はこれからも頼む。」
「あのなぁ・・・。」

 全く困った奴だ。俺は苦笑いを浮かべる。でも、呆れる一方で羨ましくも思える。
これだけの元気と行動力があれば、俺みたいにずるずると過去を引き摺ったりしないだろうし、それが元で相手とつまらない諍いを起こすこともないだろう。
俺は智一から学ぶ点があると思う。尻の軽いところは別として。

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