雨上がりの午後

Chapter 40 聖夜に広がる音の潮−2−

written by Moonstone


 俺は一度安堵の溜息を吐くと早速次に備える。
次は一番の問題と考えている潤子さんとの『EL TORO』だ。ぼんやりしていると大失敗をしかねない。
潤子さんがステージに上がってピアノの前に座ると、俺の緊張感が一気に増す。
俺のギターが始まりの旋律を奏でたとき、もう止められない自分との戦いが始まる。
 潤子さんの方をチラッと見ると、準備OKと言うように小さく頷く。
もう後には退けない。退けることが出来るはずもない。
この曲のギターを弾けるのは、此処では俺だけしか居ないんだから。
俺は決意を固めてギターを爪弾く。

 ピアノの低音域主体のアルペジオに俺のギターを乗せる。此処までは順調だ。
問題はもう少しして現れる駆け下りて行くフレーズの部分だ。
音合わせの段階で潤子さんは完璧に仕上げていた。俺はまだ納得のいく出来じゃなかった。
ぎりぎりになって晶子に良い評価を貰ったことが唯一の自信の拠り所だ。
 曲調が盛り上がってとうとう問題の部分が近付いてきた。まず此処をしっかり決めないことには・・・。
指が緊張で固まり始める。ヤバイ。こうなると滑らかに滑り落ちるフレーズが階段を転げ落ちるようなものになっちまう。
焦りかけたその時、晶子の言葉が脳裏に蘇ってくる。
潤子さんのピアノを意識しないで、普段どおりにやれば良い。
そうだ。俺は潤子さんのピアノのおまけじゃない。今はメロディを担っている楽器の演奏者なんだ。
そう思うと再び指が柔らかさを取り戻す。もうそのフレーズの直前というところだが、ぎりぎりのところで間に合った。
俺はフレットの上に指を滑らせながらフレーズを滑らかに駆け下ろしていく。
キュッ、キュッというフレットノイズが思ったとおりのイメージでフレーズに混じって鳴り響く。
・・・成功だ。どうにか大きな山を越えた・・・。
俺のギターのトリルに潤子さんの音圧の強いフレーズが上から下へ、下から上へと鳴り響く。
あの細い指の何所にこんなメリハリのある音を出す力があるのか分からない。

 そして一瞬演奏が止まる。全てがその動きを止めてしまったかのような静寂が暫しの間会場を包む。
静寂のカーテンを少しずつ開くかのように、再び俺のギターを合図に演奏が始まる。
原曲のストリングスの部分をアレンジして取り込んでいる潤子さんのピアノが時に引いていく波のように、時に打ち付ける波のように激しく躍動する。
ピアノが生きている。そう感じさせるには十分だ。
 俺も負けてはいられない。押し寄せる音の波の上に懸命に爪弾いたビターの音を浮かべる。
自然と俺の指に篭る力が強まる。その後も曲調に相応しくないような激しい音のぶつかり合いが展開される。
一瞬でも気を抜いたら、恐らく10本全部の指を使っているだろう潤子さんのピアノに飲み込まれてしまう。
 曲も終盤に差し掛かるとギターとピアノの格闘みたいな構成からジャズっぽくなる。油断は出来ないが−ストリングスのアレンジの抑揚が激しい−
どうにか無事に最後を迎えられそうだ。

 演奏がようやく終わった。
汗だくになった俺とピアノの前でふうと溜息を吐く潤子さんに、大きな拍手と歓声が浴びせられる。
客の顔を見ると驚きの顔がちらほら見える。あれだけ難しい曲だったからよく演奏できたもんだな、と思ってるんだろう。
何にせよどうやら無事成功に終わったようだ。そう実感すると、溜息の代わりに汗がどばっと噴出す。
出来ればこれからあまりリクエストされたくない曲だな、これは・・・。
 おっと、まだ終わりじゃない。俺には次に晶子のバックを担当するという重大な任務がある。
体力をかなり使ったがそれを表面に出さないのも、こういう場では重要なことだ。演奏者のへばった顔を見たら、客がしらけてしまう。
 晶子が俺の後ろをしなやかに歩いてステージ正面に立つ。
今度はマイクスタンドにマイクを立てたまま、両手をそれに添えて歌う何時ものスタイルだ。
晶子がちらちらと俺の方を窺う。少し不安そうなのは、俺の額や頬を伝う大量の汗を見たからだろうか?
確かに疲れはしたが、今はそんなこと言ってられない。それにこの曲はもう指が覚えている。
軽い気分で晶子のヴォーカルとのセッションを楽しむことが出来るだろう。
 俺は小さく頷く。大丈夫という意味を込めて。
すると晶子は正面に向き直り、髪を一度かきあげて歌う準備を整える。ならば俺がもう待つことはない。早速始めるとするか・・・。
 何時ものとおり、ストリングスをアレンジした4小節に続いてボサノバのリズムを刻む4小節の基本ストロークを軽く奏でる。
晶子はゆったりと身体を上下させてリズムを取る。俺のストロークに合わせて歌い始めるタイミングを計っているんだろう。
そして何度も耳にしたあのヴォーカルが会場に広がり始める。聞きなれたヴォーカルだが飽きは全然感じない。
練習を始めた頃から比べると比較にならないほど上達した晶子のヴォーカルに、俺はギターのストロークを委ねる。
 途中俺のソロを挟んで再び晶子のヴォーカルが客に向かって、否、会場全体に放たれる。
その透明感のある、それでいて輪郭のはっきりしたヴォーカルは豊かな響きを伴って会場を優雅に漂う。
今まで練習で何度となく聞いたが、伴奏の俺自身リラックスして思わず寝入ってしまいそうになる声だ。

 最後まで歌い上げた晶子のヴォーカルに続いて俺がエンディングのストロークをかき鳴らすと、客席からどよめきを伴う拍手と歓声が降りかかる。
客も晶子のヴォーカルにすっかり酔いしれて良い気分になったようだ。自分の声でこれだけ観客を魅了できれば本当に大したもんだ。
 マスターがステージに出てくる。晶子がマイクをスタンドから離して少し下がってマスターに手渡す。
その動作にも妙な緊張は感じられない。ヴォーカルとしての風格が漂っていると言っても良いくらいだ。

「3曲続けてお送りしましたが、如何でしたでしょうか?」
「もう最高ー!」
「井上さーん!」
「さて、これまで聖夜の前夜祭ということでしっとりとした感じでお送りしてきましたが、ここからはノリの良い曲もどんどん入ってきますよ。
その前に新たな感動を齎してくれた若い二人に一言コメントを貰ってみましょうか?」

 おいおいマスター、ちょっと待て。そんな話聞いてないぞ。
だが、マスターは髭面に笑みを浮かべて少し屈んで俺の口元にマイクを差し出す。
・・・言うことなんて考えてる筈ないから適当に言っておくか。やれやれまったく・・・。

「えっと・・・ですね、コメントと言うことなんて全く頭になかったんで・・・何を言えば良いやら分からないというのが正直なところです。
兎に角、この店でバイトを始めて最初のクリスマスを迎えました。勿論このコンサートも初めての体験です。
・・・最後まで練習のとおりに、否、それ以上に聞いてもらえるような演奏を心がけたいです。・・・以上です。」

 少々抑揚が不規則に揺れながら思いついた言葉を適当に並べる。
会場から拍手に混じって女の声で「安藤くーん」なんて呼びかけが聞こえる。声の方を見ると常連のOLが手を振っている。
俺はそれに応えるつもりで苦笑いしながら手を小さく振る。
 続いてマスターは晶子を前面に来るように手招きして、晶子が来たところでマイクを向ける。
晶子も予想外だったらしく明らかに戸惑った様子を見せるが、右手を胸の中央に当てて覚悟を決める。

「私は・・・こんな大勢の人の前で自分の歌を聴いてもらえるなんて、いえ、人前で歌を歌うこと自体、このお店でバイトをさせてもらうようになった
ほんの3ヶ月くらいまでは夢にも思いませんでした。・・・でも、練習して少しずつ場数を踏んで、今日こうして色んな曲を聴いてもらうことが出来て、
私は幸せです。まだプログラムは続きますから、最後まで聞いてください。」

 晶子がそう言って小さく一礼すると、俺のときより大きな拍手と歓声が沸く。
まあ、客層は男の方が多めだし、晶子目当ての客も居るだろうから−井上さーん、なんて呼び声も彼方此方から聞こえる−無理もないか。
でも外見を差し引いても上手いと思う晶子のヴォーカルは否応なしに人の注目を引きつける威力がある。
晶子にヴォーカルをやらせてみたら、と勧めた潤子さんはこのことも計算に入れていたんだろうか?
 マスターは盛り上がる客席を前に司会を続ける。これだけの密度の高い観客の興奮を前にしても滑らかな話しっぷりを見せる辺り、
相当場数を踏んでいる証拠だと思う。そりゃジャズバーを席巻してたんだったら、ステージ慣れしてる筈か。

「さて、続いてお送りする曲は、私の『STILL I LOVE YOU』、潤子の『ENERGY FLOW』、今回初披露の曲となる安藤君と井上さんの
『THE GATES OF LOVE』、そして安藤君と私のノリの良い曲『JUNGLE DANCER』、4人揃ってクリスマスの定番『赤鼻のトナカイ』です。」

 ここでようやく俺は一休みとなる。
『ENERGY FLOW』とマスターが言ったところで会場にどよめきが起こったから、やはり楽しみにしている客が多いようだ。
噴き出る汗はステージを降りてから隠れた場所でタオルで拭う。比較的長い曲が続くから腕の疲れも十分取れるだろう。
 晶子も続いてステージを降りてくる。
井上も間近で見ると額や頬に汗が流れている。白熱電球の照明を浴びてあれだけ動いて歌えば、汗もかいて当たり前か。

「疲れただろ?結構動き回ったし。」
「私はそれ程・・・。それよりずっと演奏してた祐司さんの方が・・・。」
「次の2曲が長いから、それで休めば大丈夫だよ。音合わせの時だって連続でやってきたんだし。」
「もし痛かったりしたら早めに言ってくださいね。冷やすための氷とか何か持ってきますから。」
「・・・ありがとう。心配してくれて。」

 俺は晶子が心配してくれることが心底嬉しく思う。俺の口元に自然と笑みが浮かぶ。
晶子も微笑で応える。こんなやり取りが出来るようになるなんて、最初の頃は想像すらしなかったな・・・。
 俺と晶子がステージ脇の小さな椅子に座った頃、ステージではマスターのサックスが甘い音色を奏でる。
シーケンサで演奏される楽器の音にただ機械的に合わせるんじゃなくて、シーケンサの演奏に生命を吹き込むような
豊穣な音色が会場いっぱいに響き渡る。
 この曲は俺にとっては思い出深い−記憶に新しいというべきか−。
優子と切れてやり場のないもやもやしたものが涙になって噴出した曲だ。
あの時流した涙は何年ぶりか、というものだが、泣けたことで少し気分が楽になったことも覚えている。
 マスターのサックスの音色が会場の空気に甘い音色を溶かしていく。
カップルの姿も目立つ中でこの音色を聞けば、二人だけの甘い世界に染み込むのは簡単だろう。
実際、男の肩に凭れたり一体になったように密着しているカップルもちらほらと見える。マスターの術中に嵌ったというべきか。
その時、俺の左肩にこつんと何かが当たったのを感じる。何かと思って見ると、晶子が頭を凭れさせていた。
目に付くかもしれないから離れて欲しいんだが、晶子もマスターのサックスの甘い調に気分がとろけてしまったみたいだ。
以前のように邪険に払い除けるわけにもいかないから、ただその場に突っ立ったままでエンディングに近いマスターのサックスを聞く。
確かに俺もこの音色に酔ってしまいそうになる。マスターのサックスには魔法が掛かっているんだろうか?
 エンディングを見事に決めてサックスがマスターの口から離れると、盛大な拍手と歓声が起こる。
普段はコーヒーを沸かすのと入り口正面で威圧感を与えているだけ(?)の存在とは思えない凛とした風貌に、思わず感嘆の溜息を吐く。
自分の腕一つで生計を立てているからとかじゃなくて、この表情が出るか出ないかということがアマチュアとプロの違いだと思う。
マスターはこの喫茶店の責任者であって、演奏者として生計を立てているわけじゃない。勿論、潤子さんも同じだ。
でも、会場の「色」さえ変えてしまう音を奏で、そして武士を髣髴とさせるあの横顔をしているマスターは、間違いなくプロだ。
俺はそう思う。

 次はお待ちかね、潤子さんの『ENERGY FLOW』だ。
俺と晶子の前で控えていた潤子さんはマスターがステージの向こう側に消えるのを見計らってステージに上がる。
そのとき、俺の方を向いてぼそっと囁く。

「折角の水入らずのときなんだから、ゆっくり楽しんでね。」

 何で後ろに居るのに今の俺の状況−俺の左肩に晶子が頭を凭れている−が分かるんだ?知らない間にちらっと見たのか・・・?
後でからかいのネタにされる予感が凄い濃さで頭の中を漂う。
 それは兎も角としてステージに注目する。
ステージには潤子さんが颯爽と姿を現す。それだけで「潤子さーん」なんて呼びかけが幾つか客席から上がる。
潤子さんは普段日曜日だけの限定リクエスト受付だから、リクエストで人気の高いことでは随一の『ENERGY FLOW』が
曜日や籤運関係なしに聞けるとなれば、こういう反応も理解できる。
 潤子さんは歓声や拍手に微笑みで応えながらピアノの前に座る。その瞬間から真剣さと気迫が潤子さんの背中からはっきり伝わってくる。
そんな潤子さんの発する何かを感じたのか、ざわめいていた客席が急速に静けさを取り戻していく。
楽器の前に座るだけで客席を自分の出そうとする音に集中させることが出来るなんて・・・。
 マスターはかつて数々のジャズバーを席巻していた、言うなればバリバリのサックス・プレイヤーだ。
だが、潤子さんについては何も知らない。
只一つ知っていることは、潤子さんはピアニストでも何でもない、普通のOLをやっていたことがある、ということだけだ。
これはバイトを始めて少しして「固さ」が完全に解けた頃、俺が直接聞いたことだ。
だが、どうやってマスターと知り合ったのか、そしてどういう経緯でマスターと結婚してこの店を営むようになったのか、
そういうことについては、さあ、昔のことだからねえ、とあっさりかわされてしまった。それ以来一度も聞いたことがない。

 ピアノの高音域を使ったメロディが控えめのアルペジオを伴って流れ始める。
波一つない湖面に木の葉から雫が零れ落ちて出来る波紋・・・。譬えるならそんな音だ。
どこか自分が別の世界に居るような感覚に見舞われる。
 徐々に音の雫が大きくなり、波紋に重厚さも伴い始める。
それでいて滑らかで心地良い旋律・・・。潤子さんによってピアノが命を吹き込まれて歌っているように聞こえる。

そう、歌うように・・・。

 一つ一つの音がそれぞれの響きを伴って大合唱をしているように聞こえる。
日曜日にはもはや恒例となっているリクエストで弾くときよりずっと、ずっと豊かな響きを持っているように聞こえる。
うろ覚えだが天使が主なる神を賛美する歌を歌っているというが、潤子さんの下に天使が舞い降りたのだろうか・・・。
その後姿に大きく広がった神々しい6枚の羽が見えるような気がする。
 曲は後半へと差し掛かる。客席を見るが誰一人として身動き一つしない。
潤子さんの奏でる音の虜になっているようだ。これもまた「見せる」音楽の一つの形。
誰もがその音の魅力に囚われ、その音以外は何も聞こえない魔法のような演奏だ。
音の波紋が幾重にも重なり、鮮やかな模様を描く。
それが『ENERGY FLOW』という名の音の模様として完成に少しずつ近付いていく・・・。

 最後の一音の響きが止むと、客席から割れんばかりの拍手と歓声が飛び交う。
潤子さーん、という呼びかけなど当たり前で、中には結婚してくれー、という声まで聞こえてくる。
潤子さんが既婚者だって知らないんだろうか?それとも知ってて尚言わせるだけの何かをあのピアノの歌う歌が秘めていたんだろうか?
 潤子さんはゆっくり立ち上がり客席に一礼するとステージを下りる。
その額には大粒の汗が浮かんで頬を幾つも伝っている。潤子さんにとって全精力を込めた演奏だったんだろう。

「久々に会心の出来だったわ。」
「潤子さんのピアノが・・・歌ってるように聞こえました。」
「そう聞こえた?なら私も少しは上達したってことかしらね。」

 充実した疲労感が色濃く滲む潤子さん。
だが、潤子さんをこれ以上気遣う余裕はない。次は俺と晶子のステージなんだから。

「此処で・・・楽しませてもらうわよ。」

 ステージに上がる直前に呟くように潤子さんの一言がずしっと心に圧し掛かる。
あれだけの演奏を聞かされた後で俺と演奏と晶子の文字どおりの「歌」がどれだけ観客を魅了できるんだろうか・・・。
 それにこの曲は『FLY TO THE MOON』と並んで、俺と晶子の音楽を通した触れ合いの中で最初に迎えた大きな分岐点になった曲だ。
俺と晶子が単なる演奏のパートナー兼指導者と教え子(?)という関係から、自分自身も、相手を一人の男と一人の女であるということを
意識せざるをえない言葉を晶子が告げた瞬間、部屋にBGMとして流れていた曲だ。
恐らく晶子もそのことを憶えているだろう。否、憶えている筈だ。自分が好きな相手に気持ちを言葉に変えた時のことを忘れる筈がない。
そんな俺と晶子の二人にとって大切な分岐点となった曲を、満員御礼の客を前にして演奏するなんて、
何だかあの瞬間を晒す演劇をするような気さえする。
 だが、もう考えたり悩んだりする暇はない。
俺は椅子に腰掛けると素早くストラップに体を通してギターのセットアップを始めて、ギターのチューニング確認が済んだところで足元を確認する。
フットスイッチのうち一番左のスイッチを踏めばギター以外の楽器の演奏が始まる手筈だ。
あまり余計な間を空けるのはコンサートでは禁物だ。準備不足と思われるだろうし、何より客がしらけてしまう。
俺は思い切ってフットスイッチを押す。練習で何度も聞いた、俺がアレンジしたギターのフレーズのあるイントロが流れ始める。
さあ、晶子。次は・・・お前の番だぞ。

 何のことはない、いともあっさりと晶子はその歌声を会場に投げかけ始める。
変に緊張してたのは俺だけか・・・。そう思うと指先に篭っていた変な力があっさりと抜ける。
広がりのある晶子の歌声にギターの音色を控えめに乗せる。今の俺は脇役だ。晶子の歌声をより豊かに聞こえさせるのが俺の役目だ。
良い感じで歌声が会場に拡散していく。歌声のシャワーが客席に優しく降り注ぐ。
 後半、本当ならサックスが担当するソロを、俺がギターにエフェクタを効かせてサックスっぽい音色に切り替えて演奏する。
これが終われば後は晶子がきっちり纏めてくれるのを演奏しながら待つだけだ。
晶子は最後のフリーな部分も巧みにメインの歌詞をちりばめる。
俺との練習のときにも色々試していたが、その試行錯誤が功を奏したようだ。ますますステージに立つヴォーカル本来の歌う腕と
「見せる」腕を上げているな・・・。大したもんだよ、まったく。

 晶子のヴォーカルが消えてエンディングを俺とシーケンサが纏めると、客席からわっと拍手と歓声が起こる。
初めての披露となるこの曲は、観客を十分満足させることが出来たようだ。まあ、殆ど晶子のヴォーカルの腕によるものだが。
 晶子はこれで一旦休憩だ。だが俺は安心しているわけにはいかない。
次は俺もメロディやソロを数多く弾く『JUNGLE DANCER』だ。
マスターがステージに上がってきてサックスの準備を素早く整える。やはり動きに無駄や迷いがない。
 一度マスターを見やってから、俺はフットスイッチを押す。コンガの音に続いて俺はギターを動物の声に似せて鳴らす。
客の反応を見る余裕はない。此処がこの曲の最初の見せ場と言って良い場所。今はフレットの位置とアーミングと音量に集中するときだ。
イントロの動物の遠吠えのようなSEに、客の中から小さなどよめきが起こる。
アーミングとエフェクトを組み合わせただけなんだが、これも初めて披露する曲だから、こういう注目を引くようなものがあると、
この曲を知らない客でも楽しめるだろう。
 此処から暫くは俺の独壇場だ。
割と細かいフレーズで、音域も広い。軽快なリズムに乗って細かい音は細かく、長い音はアーミングで揺れを出す。
最初のあたりで戸惑っていた客席からも、次第にリズムに合わせて手拍子が起こる。手拍子があると演奏もより楽しめる。
客席からの反応はあるに越したことはない。ブーイングでもそれは演奏に対する不満であって、無関心とは違う。
途中からマスターのサックスが重なる。
ギターとサックスが音を重ねる曲はたまにリクエストであっても、メロディで重なることは今までなかった筈だ。
手拍子や自分の中で刻むリズムを頼りにサックスと不協和音を展開しないようにする。・・・今のところはOKだ。

 一時サックスが前面に出るがそれもつかの間、サックスとあわせたフレーズを展開してギターソロに繋げる。
このフレーズも細かいフレーズよりアーミングの微妙な加減が要求される。
フレットの位置を目で追うことは勿論、右手も弦を弾いたりアームを操作したりと忙しい。
かなり難易度の高いフレーズで、練習でもかなり手を焼いた覚えがある。
 俺のソロが終わると次はマスターが前面に出る。原曲とは音色が違うがこれもどちらかというと細かさより音の長さを強調するようなフレーズだ。
マスターはサックスそのものの音を出さずにエフェクタをかけてシンセっぽい音色を出す。
フットスイッチが別のところにもあるらしいが、まさかサックスの経路にまで仕込んであったとは知らなかった。音合わせでも見せなったマスターの秘策か。
 そして客にとっては手拍子し辛いサックスとのユニゾンを済ますと、再び軽快なリズムに乗って俺がギターで動物の鳴き声を模した音を出す。
アームの操作が忙しいが、良い感じの音が出ている。客席からも手拍子に混じって感嘆の声が聞こえて来る。この辺り、意外に好評のようだ。
 最後に狼か何かの遠吠えのような音を出して普通のフレーズに繋げる。
一度こなしたフレーズだが油断は禁物。軽快かつ丁寧な演奏でサックスとのユニゾンに繋げる。
後はサックスが前面に出る。この曲、最後はサックスのソロにギターがゆったりしたフレーズを混ぜるようになっている。
マスターのサックスの音が一段と映える。

 最後は俺とマスターのユニゾンで締めて、続いて俺が動物の鳴き声を模した音を出す。他の楽器はフェードアウトしていく。
このエンディングをどうするか、結構苦心したものだ。原曲はサックスソロがフェードアウトしていくようになっているからな。
 マスターがサックスから口を離すと拍手と歓声が沸く。それらに混じってぽつぽつと安藤くーんという声援も聞こえて来る。
潤子さんや晶子に比べれば数こそ少ないのは仕方ない。
それでも自分に向けて放たれる声援をもらると、少し照れくさいが嬉しいことには変わりない。


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